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2009年03月30日

2009年1月~3月のドラマ

日本テレビ 『銭ゲバ』 土曜9時
満足度=☆☆☆☆★

主演の松山ケンイチが好きなので見たけど、まー重い。暗い。救いがない。

最終回は録画したものを早回しで見ました。ちょっと怖くて……。だけどあのストーリーで安易な救いがあっても嘘くさいし、結末はあれしかないでしょう。

でも重くて暗い中に真実があった。

そしてスポンサーが1社しかついていなかったところに、寒々しい現実を見ました。


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フジテレビ(関西テレビ制作) 『トライアングル』 火曜10時
満足度=☆☆☆☆★

主演の江口洋介が好きなので見ました。(そればっかり)

関西テレビ開局50周年でしたっけ? そういう記念のドラマということで、まーキャストが豪華でびっくりしました。

その豪華な顔ぶれがみーんな怪しい人物を演じ、最終回までいかないうちに次々と逮捕されたり撃たれたり……。「いったい犯人は誰!?」というところで視聴者の興味関心をひきつける意図が見えますが、犯人さがしばかりがクローズアップされ、犯行の動機はおざなりな説明で終わってしまいました。

でも事件の謎解きに少年時代のほのかな初恋の思い出を結びつけて、いい雰囲気を出していたと思います。

サングラスの江口っちゃん、かっこよかったな~。


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2009年03月30日

【女神記】 桐野夏生

海蛇の島の大巫女の家系に生まれた二人の姉妹。姉のカミクゥは掟に従って大巫女を継ぐが、妹のナミマには別の運命が待っていた。

掟を破って島を抜け出したナミマは命を落とし、黄泉(よみ)の国の女神イザナミと出会う。


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満足度=☆☆☆☆★


イザナミは夫のイザナキによって黄泉の国に閉じ込められ、一日に千人の死者を選ぶ、いわば死の支配者になっていました。

黄泉の国の女神を動かす原動力は、イザナキに対する怨念だったんですねえ。

ナミマはナミマで、ある人物に「裏切られたぁ!」という怨念を抱いており、最初のうちは恐ろしいとしか思えなかったイザナミに、だんだん共感をおぼえるようになります。



ずいぶん昔、子供向けに書かれた本で、イザナキ・イザナミの話を読んだことがあります。そちらは男の神様であるイザナキ側の視点から書かれていたんですね。

それを桐野さんがひっくり返して、イザナミ側からお書きになったということです。男女それぞれの思惑が絡み合って、いかにも桐野さんらしい作品になってます。

神様ってこんなに人間くさーい感情や欲望にあふれちゃってていいのかなぁ……と、かすかな疑問をおぼえつつも、面白かったです。



イザナキ・イザナミの元々のお話を、角川書店のホームページからコピーしてまいりました。

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イザナキ・イザナミの男女二神は、天上の神々の命令で、天の浮き橋に断って、天の沼矛を地上にさしおろしオノゴロ島を作った。ここに下りて二人は結婚の聖なる寝殿を建てた。寝殿で二神は交わり、島と神を生んだが、火神の出産でイザナミは死んだ。イザナキは黄泉の国まで追いかけ、イザナミを連れ帰ろうとする。「もう黄泉の国の食事をしたので戻れません、しかし神と相談します。その間けして私の姿を見てはなりません」しかし、あまりに長く待たされたイザナキは、御殿の内に入り、無数の蛆がたかるイザナミの腐乱死体を見てしまう。あまりの恐ろしさに逃げ出したイザナキをイザナミは追ってきた。そこでイザナキは巨大な岩石で黄泉比良坂をふさぎ、夫婦離別の言葉を交わした。
イザナミが、「あなたがこんなしうちをするのなら、あなたの国の人間を一日に千人殺してやりましょう」というと、イザナキは、「最愛の妻よ、私は一日に千五百もの産室を建ててやろう」と言い返した。
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さらに詳しく『古事記』を知りたいかたには、こんな本もございます。

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2009年03月29日

七つの死者の囁き(有栖川有栖他6名)

日付が変わるのと同時に僕の年齢も変わりまして、本日をもってわたくし26歳になりました。26歳もフラフラ生きていこうというのをモットーに頑張ろうと思います。
というわけで本日二つ目。今回は、接客とディズニーという話をしようかなと思います。
書店ももちろん接客業で、日々お客さんといろんな形で関わります。本の問い合わせを受けたり、クレームを受けたり。そんな時僕はいつも、
「ディズニーだったらどう対応するんだろうか?」
という発想をしてしまいます。
これには二つの意味があります。
一つ目は、ディズニーのような素晴らしい接客が出来たらいいな、という普通の意味。
そしてもう一つは、こんな事態の時ディスニーのスタッフなら何とか出来るのか?というような意味です。
ディズニーの接客っていうのはすごいなと思うんです。詳しいことは知らないけど、出来る限り「無理です」とは言わないんですよね。またディズニーストアで働く人は、まず普通のデパートで働かされるんだそうです。そこまで、接客というものにこだわりを持っているんだと思うんです。
だから、別にディズニーの思想みたいなものを知っているわけでは全然ないんだけど、お客さんに問い合わせを受けたりした時、ディズニーのスタッフだったらどう対応するだろう、と考えてしまうんですね。もちろん自分でも、出来る限りの対応はしようと思うけど、もちろんディズニーの対応にはほど遠いでしょう。ただ、「ディズニーのスタッフだったらどうするか」という意識を持つことで、おざなりだったり適当だったりする対応をすることはほぼないと思います。実際ディズニーで働くことは出来ないでしょうが、接客業をする中でこの発想はなかなかいいんじゃないかと僕は勝手に思っています。
ただ、やっぱり接客業ですから、あまりよくないお客さんとかも来るわけです。別に具体例を挙げるつもりはないんだけど、でもそういうケースに当たった時、ディズニーのスタッフだったらどんな風に言うだろう、どんな風に対処するだろう、って考えてしまいますね。
例えばですけど、前にも書いたけど売場の本の上に荷物を置くお客さんとかいるんです。僕はそれを見つけると、「申し訳ないんですが、本の上には置かないでいただけますか?」と注意するんですけど、ディズニーのスタッフだったら、何か箱みたいなものを持ってきたりして、「こちらの箱をお貸ししますので、この箱にいれていただけませんか?」みたいな対応をするのかなぁ、とか想像するんですね。もちろん、ディズニーと書店では全然業種が違うんだけど、でもそういうあまりよくなお客さんに対する対応の仕方みたいなのは絶対あると思うんです。それがどこまで洗練されているのか、非常に気になります。
接客というのは、どこまでやっても尽きることがないものだと思うけど、どこまでやればいいのかというのを考えるのも難しいと思います。例えば一流料理店で必要とされる接客と居酒屋で必要とされる接客はやっぱり違うわけで、そうなると書店に相応しい接客というのはどういうものなのかな、というのも時々考えます。別に答えがあるわけではないんだけど、ここでもやっぱり、「ディズニーだったらどう考えるかなぁ」とか思ってしまいます。恐るべし、ディズニー。
そういえば全然関係ないですが、昔ディズニーのバイトをしたことがあるというスタッフが最近入ってきました。
内容に入る前にもう一つ関係ない話を。昨日東京創元社の文庫のフェアが入ってきました。それは、いろんな作家に帯のコメントをもらったりして組んであるフェアなんだけど、その中の米澤穂信のコメントが、ここ最近見たPOPや帯のフレーズの中でも僕の中でトップクラスに琴線に触れたので紹介しようと思います。
「七人のおば」という作品なんですが、

『結婚?考えてません。
「七人のおば」を読んだら、怖くって。』

というコメントです。読んでみたいなぁと興味をそそられる、非常に秀逸なフレーズだと僕は思うんですが、いかがでしょうか。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、7人の作家による、『死者』をテーマにしたアンソロジーです。

有栖川有栖「幻の娘」
死んだ人間を見ることの出来る刑事は今ある殺人事件に関わっている。容疑者を取り調べて、アリバイを証言してくれるという目撃者の似顔絵を描いたのだけど、近所の人曰くその似顔絵の人は既に死んでいるということだった。刑事は気づいた。容疑者は本当のことを言っている。彼は幽霊を見たのだ。自分も同じだから分かる。しかしそれをどうやって証明すればいい?

道尾秀介「流れ星のつくり方」
旅行に来て、一人涼みに外へ出た凛は、一人の少年に出会う。ラジオを聴いていたという少年は、凛に流れ星のつくり方を教える。しばらく会話をすると、友人の両親がなくなった話をし始めるのだが、どうもその少年の話が奇妙で…。

石田衣良「話し石」
録音機器などまだなかった太古の昔から、人間の声を閉じ込めることの出来る話し石という存在は知られていた。話し石を1001個集めるとなんでも願いが叶うと聞いたS氏は、かつて自殺した親友Rの霊を呼び出すのだが…。

鈴木光司「熱帯夜」
それは、本当に些細な行き違いから起きた。
携帯電話などなかった時代、映画館で受けた一本の電話がすべてを狂わせた。そこに自分がいるなど誰も知らないはずなのに掛かってきた、そしてすぐに切られた電話。誰が何のために私なんかに電話をしてきたの…。

吉来駿作「嘘をついた」
君も死んだら僕も死ぬ。
そう誓った相手が首を吊って死んだ。
友人のチリと一緒に、死んだ裕子の写真を取ろうと、首吊り現場である林の中でカメラを構えている。約束を破った僕のことを起怒って裕子が出てくるから、と…。

小路幸也「最後から二番目の恋」
あなたの思いでを私にくれる代わりに、あなたに人生をやり直すチャンスをあげましょう。
同い年の母親が死んでしまう。昔からずっと仲良しだったのに、いなくなってしまう。小学生の頃に出会ってからずっと、ずっと一緒だった…。

恒川光太郎「夕闇地蔵」
地蔵助と呼ばれた少年。地蔵介には世界はよく見えていない。冬次郎という友人。冬次郎の妹が死んで、冬次郎はおかしくなってしまった。
村のはずれには、冥穴堂という黄泉に通ずる穴がある。

というような感じです。
僕の印象では、本作では道尾秀介の独り勝ちだったなぁという感じです。相変わらず道尾秀介はうまい。文章が上手いと思います。
ここで僕が言う「文章が上手い」というのは、「文学的表現に優れている」とかそういう意味ではありません。「無駄がなく読みやすい」という意味です。道尾秀介は本当に、読みやすくて無駄のない文章を書きます。文章を読んでいる、という気にさせないくらい、文章が邪魔をしないんですね。デビュー作の「背の目」を読んだ時はここまでの作家になるとはまったく思わなかったけど、新刊を出す度に進化していく作家だなと思います。ここに載っている短編は、まだデビューして間もない頃のものだと思うけど、よく出来ているし、他の作家の作品と比べてずば抜けていい、と僕は思います。今は、「向日葵の咲かない夏」がバカ売れしてますからね。まさかあんなトリッキーな本がこんな売れる本に化けるとは思いませんでした。
有栖川有栖の「幻の娘」と吉来駿作の「嘘をついた」が次点という感じでしょうか。有栖川有栖の方は、まあよくある話という感じではあるけど、うまくまとまっていると思います。吉来駿作は、本作に連なっている作家の中で唯一まったく聞き覚えのない作家だけど、ストーリーは面白いと思いました。特に、オッサンがなかなかいい味を出していました。このストーリーについては、読んでいる途中で、まさかこういうことか!と思ったことがありましたが違いました。ネタバレになってしまうかもしれないけど、「男の体を手に入れるために死んだ」のではないか、と想像してしまったんですね(読んだ人ならこの意味は分かってもらえるはず)。もしそうだったらなかなか衝撃の作品だったかもしれないけど、その場合リアリティを持たせるのが大変かもです。
石田衣良の「話し石」は、設定は結構好きなんだけど、全体としてはちょっとなぁという感じでした。もうひと捻り欲しい、というところ。鈴木光司の「熱帯夜」も悪くはないけど、やっぱりもうひと捻り欲しいかもというところ。
小路幸也の「最後から二番目の恋」はちょっと期待したんだけど、僕にはどんな話なのかよく分からないまま終わりました。結局どんなオチなんですか?恒川光太郎の作品は、ちょっと何とも言えないですね。恒川光太郎ワールドっていう雰囲気は出ていましたけど、作品としてちょっと…という感じ。
というわけで、道尾秀介が圧勝という結果です。全体的にまあまあのレベルの作品が多くて、しかも読みやすいと思います。機会があれば読んでみてください。

有栖川有栖他6名「七つの死者の囁き」

2009年03月28日

尾道坂道書店事件簿(児玉憲宗)

さて今日は感想を二つ書ける予定。まず一つ目。
今回は内容に合わせて、書店員として僕が出来ること出来ないことというのを書いてみようかなと思います。
まず僕はそもそも、書店だろうが何だろうが、仕事に関しては得手不得手がある。
得意なのは、一人で出来る仕事だ。事務的な仕事でも何かを考えるとか作り出すとかでもいい。とにかく、自分一人で進められることはものすごく得意だ。どうすれば効率よく仕事が出来るかを常に考えられるし、いろいろアイデアを試したりいろんな角度から検討したりということも出来る。一人で出来る仕事は滅茶苦茶得意だ。
また、同じぐらいの立場の人間同士で、僕が仕切ってやる仕事というのも割と得意だと思う。どうやって人を配置して何をさせれば効率がいいのか、どんな準備をしなくてはいけないのか、みたいなことを考えるのは割と出来るんじゃないかと思う。
ただ僕がとにかく苦手なのは、同じ立場ではない人間と関わらなくてはならない仕事だ。とにかくこれは、仕事だと分かっていながら、なかなか出来ない。
さて具体的な話をしようかと思う。
まず、担当の仕事は基本的に一人で出来る。分担してもらう部分もあるけど、それも僕がスタッフを仕切って出来ることだから全然大丈夫。POPを描いてもらうとか、何か作ってもらうとか、そういうようなことも大丈夫。担当の仕事以外の部分でも、スタッフに指示を出してやってもらうことは全然出来る。
接客は、先ほど挙げた『同じ立場ではない人間と関わる』仕事なんだけど、これが案外大丈夫だったりする。やっぱり相手が本を買ってくれるからかなぁ。他の接客業だとこうはいかないかもしれない。とりあえず、本屋での基本的な接客も全然問題ない。
ただ、僕に出来ることってこれぐらいだなぁ、と思う。僕は自分では割と一生懸命仕事をしているつもりだし、売上も上げていると思っているんだけど、やっぱり大した書店員にはなれないなぁ、と時々思うのだ。
出来ないことを挙げるといろいろ悲しくなってくる。
まず、出版社の人と話したり親しくなったりというのがもう全然だめ。人見知りだからなんだけど、これは大変。出版社の営業の人で、店に来てくれる人とは普通に対応できる。けど問題は、自分の方からアプローチすること。出版社の人と仲良くなって、いろんな情報を仕入れたり優先して出庫してもらったり出来るようになれればいいと思うんだけど、なかなかそういうことが出来ない。なんというか、環境的に割と話題作なんかでも普通に発注すればそこそこ在庫を確保できてしまうので、そこまでガツガツ出版社の人に食いついていこうという発想にならないということもある。
また、イベントなんかを企画したりあるいはそこで盛り上げたりすることが出来ない。ウチの店はそんなイベントをやるような店では全然ないけど、でももしイベントをたくさんやるような店だったら、僕なんか全然使い物にならないと思う。たぶん、事前の準備だけは喜々として手伝うと思うんだけど、実際イベント当日は動けないみたいな人間です。今から感想を書く本の著者(書店員)は、イベントをかなりやる書店グループにいるみたいなんだけど、楽しそうだとは思うけど、そういう店ではなかなかうまく出来ないかもしれない。絵本の読み聞かせみたいなことでも、たぶん無理だと思う。
また、普通の接客は出来るけど、お客さんの個人データを頭に入れるというのは本当に出来ない。今日も、あるお客さんに本の問い合わせを受けたんだけど、その人をどこかで見たことあるなぁ、と思っていた。そしたら、雑誌の定期購読をしてくれている人だった。もちろん、顔を見ればすぐ名前が出てくる定期のお客さんもいるけど、どうもすぐ忘れてしまう。本書の中では、「○○さん、△△の本が入ったから取り置いておきましたよ」なんて会話が普通に出来る書店が描かれている。「そんなの普通に出来るでしょ」と思われる書店員は多いかもしれないけど、僕はもう記憶力が昆虫並で、特に人間に関する情報はまったく覚えられないのだ。店に来てくれる出版社の営業さんで、きちんと名前を覚えているのは2割弱ぐらいじゃないかな…。
あとはPOPが描けない。字が下手とか絵が描けないとかはもうしょうがないけど、色のセンスとかちょっとした飾りや枠組みなんかも全然うまく書けないので、諦めた。それでも昔はちょくちょく自分で書いてたけど、今はもう完全に絵のうまいスタッフにやってもらっている。どうもウチの店には絵のうまいスタッフが多いのだ。文章だけ考えて、後は何となくの雰囲気を伝えるとPOPを作ってくれる。非常に助かるけど、自分で描けないというのはいかんなぁと思う。
他にもきっと出来ないことはたくさんあると思うんだけど、やっぱり僕はカリスマ書店員にはなれないなぁと思うのだ。残念。まあそれでも、自分の出来る範囲で頑張って売上を伸ばしていこうとは思っています。
自分でも今日の文章はちょっとよくわからない感じになったなぁとか思うけど、まあとりあえず内容に入ろうと思います。
本書は、尾道を中心に広島県に二十店舗以上を展開する啓文社という書店グループで働く書店員が、WEB本の雑誌というサイトで連載を続けていたものが書籍化したものです。
著者の児玉さんは、現在は本部でチェーンの一括仕入れ窓口を担当している。書店の現場にいない書店員なのだ。基本的に書店というのは、各店の担当者が発注や返品の権限を持っている。僕も、文庫と新書に関しては、すべて発注するものを決め、返品するものを決めている。しかし、モノによってはチェーン全体分をとりあえず本部で発注し、そこから各点に分けるというやり方が必要となるものがある。なかなか各店では確保できないベストセラーやある店舗での売上はいいが他では注目されていないという本がそれに当たる。そういうものをデータを見ながら情報を得、チェーンの一括仕入れをしているのだ。
児玉さんは新入社員として入社後、60坪の書店からスタートし、突如500坪の出店を任され、それ以降様々な場所で馬車馬のように働いた。職人と呼ぶに相応しい、昔堅気の先輩社員に揉まれながら成長していった。
しかしある時病魔が襲う。脊髄の中に悪性のリンパ腫瘍が見つかり、それを取り除く手術をした後、下半身麻痺となった。その後何度か再発するも、懸命なリハビリを繰り返し、また啓文社の社長の好意もあり(著者のために本社をバリアフリーに改築したらし)、元の職場に復帰することが出来たのだ。
そんな波乱万丈な書店人生を送る著者が、新人時代から病魔との闘い、あるいは日々の書店の出来事などを綴った作品です。
良いという評判を聞いていたので、読んでみることにしました。やっぱり本屋で働いている身としては、冒頭で書いたように特にこれと言って出来ることのない僕とは雲泥の差がある人ではありますが、親近感を持って読むことが出来ました。
本書を読んだ一番の感想は、「羨ましいなぁ」ということでした。こんな店で働きたいと思えるようなところでした。本書で書かれていましたが、数社の文芸出版社に聞いたところ、文芸書の売上の2割が東京都の書店からなんだそうです。残りの8割が東京都以外の県での売り上げということになります。出版社のほとんどが東京に集中しているためこういうようなことになるんだろうけど、即ち地方の書店というのは売上的にかなり厳しいのだ。しかも本書を読む限りこの啓文社という書店グループは、他の店舗と張り合うようにして競っているし、また皆職人のような人ばかりだ。そんな人たちの中で働くのは恐らくメチャクチャ大変だろうと思う。
それでも、いい本屋だなぁと思うし、働きたいなぁと思わせる本屋でした。
啓文社の社長が繰り返し言う言葉に、「合理主義者は祭りをなくす」というのがあるそうです。祭りというのは費用がかかるばっかりで効率が悪いけど、それでも祭りは決してなくさない、というモットーが啓文社にはあるようです。だから、スタッフ全員が浴衣を着て接客をする日があったり、クリスマスにサンタクロースに扮した書店員が各家庭を訪問するなんてこともやっているみたいです。確かに、それ自体によって売上が伸びるとは思いませんが、しかしそういうことを頑張ってやり続けているというのはすごいと思うし、面白そうな会社だなと思います。ネットカフェや古本屋なんかにも手を出しているようで、業種もなかなか幅広いです。もちろん、そこで働くのは大変そうだし、面接も僕は通るとは思えないんですけどね(面接についての話も本書にあります)。あと、下半身麻痺になった著者をまた雇う、しかも本社をバリアフリーに改築するなんていう社長には惚れますね。
やっぱり、上にいる人間がやる気があって下にいる人間を引っ張っていく、上にいる人間がまず率先して動く、というのが大事だなということを思いました。爪の垢を煎じて飲ませたいなぁなんて思ったり。
本書では、書店の話から離れた、著者が病気になり、リハビリをしたりするような部分にも結構ページが割かれています。こちらもなかなか面白いです。面白いなんて言っていいのか分かりませんが、悲壮感はなさそうだし(足が動かないのは、身長が低いのと対して変わらない、というのが全然強がりに聞こえません)、実際生活する上で苦労は多々あるんだろうけど、それでも前向きに生きています。
また何よりも、奥さんが凄いなと思いました。再発し隔離病棟に入った著者を毎日見舞っていたみたいだし(片道二時間半掛かるところにあったらしいです)、家をバリアフリーに改築しなくてはいけないから、元々住んでいた家を売ったり、著者の生活をサポートするために書店員の仕事を辞めたり(著者のひいき目もあるだろうけど、著者よりさらに有能な書店員だったと著者は書いています)と、素晴らしい献身っぷりです。まあ僕が同じことをされたら、ちょっと重いなぁって感じ何ですけど(笑)、いい夫婦だなと思いました。
内容については多岐にわたるので読んでみてください。以下、読んでいて気になった部分について抜き出しながらあれこれ書いてみようと思います。

著者が新人時代に働いていた店舗の店長が職人のような人だったみたいで、出版社の営業にも厳しかったようです。案内に来た新刊について質問を浴びせかけ、答えられないと出直してこいと言って追い返したとか。こういう書店員って、まだいるんでしょうか。どこかにはいるんでしょうね。きっとそういう方が出版社の営業マンも鍛えられるんだろうけど、なかなかそんなこと出来ないようなぁとか思います。

啓文社が女性客の多いファションビルの7階に出店した時のこと。著者が店長に任命され、「女性客メイン」の品揃えにしたようだけど、その売上比率がすごい。
週刊誌は駅前で売れてしまうので全然売れない。ビジネス雑誌もクルマ雑誌も全然売れない。女性誌だけの売上比率が15パーセントで、それよりも何よりもコミックが全体の35パーセントを占めていたとか。
これはすごい数字です。ウチの場合、雑誌が大体30パーセント強くらい、文庫とコミックが共に大体15パーセントくらいという感じ。かつてウチの店を立て直しにきてくれた人は、ウチならコミックは25パーセント行ってもおかしくない、と言っていたけど、それにしても35パーセントという数字は尋常じゃない。そういえばちょっと前に、三省堂書店有楽町店のある人と話す機会があって、その店では売り上げ比率の最も高いジャンルが文庫なんだそうだ。雑誌よりも文庫の売上の方が高いってどんな店だよとか思うけど、やはり書店によって売上構成比というのはいろいろ違うものなんだなぁと思った次第。

本書には、本一冊売ると書店にいくら入ってくるかという数字が載っている。
『500円の文庫本を1冊買ってもらうとおよそ100円の儲け』と書いてあるので、書店の取り分は大体20パーセントなんだろう。今までこの数字はあんまり知らなかったので、へぇと思った。僕の知り合いには、某大手出版社で働いている人間がいて、そいつによれば出版社の取り分は70パーセントらしい。残りの10パーセントをきっと取次が取っていくのだろうな、と思う。

啓文社は、今ではどうかしらないけど同人誌を扱っていたことがあるらしい。メジャーデビューしていなかったCLAMPなんかの同人誌を置くようになると、全国からお客さんがやってくるようになったらしい。ウチの置いたら売れるんじゃないかなぁ、同人誌。

「日本一短い感想文」コンクールというのを主催しているらしい。30字以内で感想を書くというルールだ。その発想が、帯にコメントとして付けたかったというのは単純だけどなかなか思いつかないかも。

前どこかで、新刊点数が増えているという話を書いたけど、その具体的な数字が載ってた。
1960年に一年間で11000点だった新刊が、75年には倍になり、83年には3倍になり、93年には4倍になり、2000年には6倍以上になった。もちろんそのすべてが書店に入ってくるわけではないが、50年前とくらべて新刊が6倍以上になった割に新刊がどんどん売れなくなっているというのが、本当に出版業界全体の危うさを表しているなと思う。

啓文社の1号店を閉店することになったのだけど、その時お客さんの一人が言った言葉。
「欲しい本が何でも揃っていたから便利で良かったのに」
啓文社の店舗は近くの駅前にもあるが(しかもそちらの店舗の方が遥かに大きい)、そのお客さんはその駅前の店舗には欲しい本はなかったという。1号店のスタッフは、来てくれるお客さん一人一人の顔を浮かべながら品揃えをしていたわけで、何でも揃っていたのも当然だったのだ。書店の大型化によって、こういう本屋が存在しにくくなってしまった、ということを嘆いています。

尾道出身の小林和作という画家のエピソードが面白い。

書店が出版社や取次に対してイニシアテブを取れる点として著者は二つ挙げている。
「どこにどのように置くか」
「何をどれだけ返品するか」
確かに僕も、担当者の仕事というのは突き詰めて考えればこの二点だけだと日々思っているので、同じ考えでちょっと嬉しい。まあ当り前のことなんだけど。

POPの文章はどうあるべきか、という文章がある。僕はPOPを作ってもらう際、文章だけは自分で考えるんだけど、どうもしっくり来ないものが多い。どういうシチュエーションで読んで欲しいか、その本があなたにとってどういう一冊になるのかというような、本の内容以外の部分でアピールできるような文章がいいかもしれない、と考えるんだけど、そううまく文章が出てくるかどうか難しいところ。

これは結構驚いたのだけど、
『返品業務には人件費もかかるし、首都圏にはないが、地方では返品運賃も書店が負担している』
と言う文章がある。僕が驚いたポイントは、首都圏の書店には返品運賃がない、という点だ。本当かな?僕のいる店は首都圏の本屋だと思うけど、返品運賃を負担してないのかなぁ。勝手に払ってると思ってたんだけど、どうなんだろう。

まあそんなわけで、都会の本やではなく、地方ならではの書店運営についていろいろと面白いことを知ることのできる本です。書店員はもちろん、本屋が好きだという人は読んでみたら面白いかもしれません。

児玉憲宗「尾道坂道書店事件簿」

2009年03月27日

ブラ・バロック(結城充考)

今日は、ウチの店の文芸書がいかに酷いかという話でもしましょうか。ちょっと前に、コミックがいかに酷いかという話を書きましたが、文芸書の担当もコミックの担当も、どっちも社員なんですよねぇ。まあいいけど。
つい最近、いろいろあって文芸書にサブの担当者みたいなのがつくことになりました。昨日深夜、僕はそのサブの担当者の手伝いをしながら文芸書の棚を少しいじっていたんですけど、まあ適当すぎます。
1年以上売れていない本が差さっているなんてのは当たり前。売上のデータとか全然見てないんでしょうね。前の巻がまったく売れていないのに、新刊だという理由で続編だけが棚に差さっていたりする。これまでまったく売上が立っていないシリーズの12巻だけ棚にあったりします。
また分類も無茶苦茶。文芸書の担当は基本的に本をまったく読まないし(まあそれは別にいいんだけど)、小説に関する知識をまったく勉強しようともしないので、そもそも作家名を見て小説作家なのかノンフィクション作家なのか時代小説作家なのかエッセイがメインなのかというようなことが判断できない。だから、何でこれがこの棚にささってるわけ?というようなものがゴロゴロある。小説の棚のところに司法試験の予備校の先生が書いた勉強本があったり、格差社会っぽい内容のノンフィクション(でも表紙は小説っぽい)みたいなのがあったりする。そんなの、帯の文句を読んだり、著者の略歴を見たり、内容をパラパラめくってみれば分かると思うんだけど。あと、小説のコーナーは「一般小説」と「時代小説」に分けているんだけど、「しゃばけ」なんかを書いている畠中恵を「時代小説」に分類したら売れないと思うんだよなぁ。棚に余裕があって、二か所に置けるなら別だけど。
在庫のデータがそもそも狂ってるし(何であそこまで在庫がおかしいのか本当に意味が分からない。これはコミックについても同じだけど)、同じ本が棚の別々のところにささってたりして(田口ランディのある本が、「た」のところと「か」のところにささってた)、ブックオフかよっていう気がしてくる。
基本的な知識がないからだろうけど、「芥川賞受賞作」「直木賞受賞第一作」「本の雑誌1位」とか書いてあると売れてなくても残しちゃうし、村上春樹はビッグネームだけどあんまり売れないエッセイが棚にずっとあったりする。
これは僕の予想だけど(そして絶対間違いないけど)、棚の構成は、入ってきた新刊をただ入れているだけで、これを棚に入れようと思って担当者が注文しているなんていうことはまずない。だから棚に統一感というか担当者の主張というか、そういうのがまったくない。僕も文庫や新書の売場からそういうものを感じさせることが出来ているかどうかは分からないけど、少なくとも日々あれこれ考えて棚は作っているつもり。入ってくる新刊をただ漫然と並べているだけの売場は酷い。
平積みにしても、ビッグタイトルはなるべく発注するようにしているようだけど(昔はたぶんそれもしてなかった)、それ以外のものは初回の配本を売り切っておしまいということが多い(と思う)。
発注はしてるのかもしれないけど、そのやり方じゃ入ってこないんじゃないかなぁというものが多い。特に文芸書の新刊や話題作は確保するのが難しいんじゃないかなと思うんだけど、出版社に電話注文している姿は見たことがない(でもこれは僕が遅番で、それを見る機会がないからという可能性はあるけど、でもしてないと思う)。
かつて外部の人が店を立て直しにきてくれた時、文芸書は売上の7パーセントぐらいは行くでしょう、と言っていた。現状では、大体3パーセント弱というところ。僕の感触としては、5パーセントくらいまでは頑張れるんじゃないかと思う。頑張れば。
文芸書のサブの担当になった人が、日々嘆いていますね。あまりにも酷すぎる。一からやらせて欲しい、と。気持ちは分かります。なんというか、やる気のない人間の下につかされるのは、僕だったら我慢できないでしょう。
まあそんなわけで、僕がどの店にいるのか知っている方は、ウチの店に来ても文芸書(とコミック)の売り場は見ないでいただけるとありがたいです。恥ずかしくって、人にはお見せできないです。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、今年の日本ミステリー文学大賞を受賞した新人の作品で、恐らくこれから大いに話題になっていくのではないか、と思われる作品です。
舞台は、京浜工業地帯。神奈川県警機動捜査隊に所属する女刑事・クロハは、喉を切り裂くという残忍な殺人事件の捜査中、別件で埋立地の冷凍コンテナに行かされることになった。事情があってコンテナを開けるんで、立ち会って欲しいということらしい。女だからという理由でこういう扱いをされる。機動捜査隊を希望したのは、捜査の本質を知るためなのに。
しかしそこでクロハは、予想もしなかった事態に遭遇する。冷凍コンテナから、14体の凍死体が発見されたのだ。
ドアノブから死んだ人間すべての指紋が検出され、また睡眠薬を服用していることから集団自殺と判断されたが、事態の解明のために捜査は続けられる。クロハは、上司の嫌がらせに遭い、捜査から外されるが、それに反発してあちこち首を突っ込むことになる。
後から見つかった遺書。クロハが逃げ込む仮想空間。アレルギーを抱える息子を持つ姉。ハラやサトウといった同僚。振り続く雨。頻発する殺人事件。謎の男との遭遇。増える死体…。
というような作品です。
新人の作品とは思えない出来で、これはなかなかレベルが高い、と思いました。著者はかつて、電撃大賞の銀賞とかを受賞しているようで、本作がデビュー作というわけではないようですが、それにしても新人でここまで書けるというのは素晴らしいと思います。
本作の一番の特徴は文体でしょうか。恐らく僕の予想では、この文体を受け付けないという人はいるだろうなと思います。全体的に感情が隠れていて無機質さを感じさせる文体で、非常に冷たい。苦手だと感じる人はいることでしょう。でも僕はこういう感じは好きでした。森博嗣の「スカイ・クロラ」ともちょっと違う感じではあるんですけど、イメージとしては近いです。「スカイ・クロラ」が完全な無関心によって無機質さを演出しているのに対して、本書では無機質さの中にキリっとしたトゲトゲしたものを感じます。もの凄く冷たい雨に打たれているような文体で、作品全体の雰囲気ともものすごく合っているんで、いいと思いました。この著者がこれから成功できるかどうかは、作品に合わせて文体を変えられるかどうか、に掛かっているかもしれません。あるいは文体を変えられないのなら、自分の文体に合ったストーリーを生み出せるかどうかに。本作では、作品の雰囲気と文体が非常に合っていたので、全体としていい効果を生んでいたと思います。
ストーリーもなかなか斬新じゃないかなと思います。本作は、括りとしては警察小説となると思うけど、普通警察小説って大きな事件を扱うじゃないですか。連続殺人とか誘拐とか。でも本作では集団自殺というのがストーリーの入口なんです。規模は確かに小さくはないかもしれないけど、それで警察小説を書くには厳しいんじゃないかなと思えるような題材で、それを新人がやるっていうんだから度胸があります。
そんな、警察小説で描くにはちょっと地味ではないかと思える集団自殺を扱った作品なんだけど、これが面白い風に展開していくんです。自殺だということはすぐ判明するんだけど、そこからどうやって物語を展開させていくんだろうと僕は思っていました。しかし、巧いですね。遺体の身元を割り出せば終わりだろうと高を括っていた面々(もちろん読者も)を驚かせるような事実が次々出てくるんです。構成が巧いと思いました。これだけ地味な題材で、ここまで物語を転がすことが出来るというのは、著者の力量だろうなと感じました。
しかも本作は、さっきも書いたように文体が非常に冷たくて落ち着いているんです。そうすると、まったく一切の予感がない状態でびっくりするような出来事が起こったりするんです。普通小説って、こうなるんじゃないか、あぁだったらどうしよう、みたいなことを読者に思わせて、で裏切られたぁ、そうくるかぁ、って思わせるんじゃないかって思うんだけど(特にミステリーでは)、本作はその「あぁだったらどうしよう」みたいなことを考える部分が全然ないんです。だから、自分の思っていたこととの落差に驚くみたいな風ではなくて、予想もしない方向から車が突っ込んできたみたいに、突然事態が進展するんです。これは、口で言うほど簡単ではないと思うんですね。だって、読者に何か予想をさせるのであれば、それを裏切れば読者を驚かせることが出来るけど(まあもちろんそれも難しいんだろうけど)、本作ではどうなるのかまったく先を読ませない(トリックがどうとかっていう点ではなく、ストーリーの展開がどんな風になっていくのかというのがイメージ出来ないと思う)状態で驚かせるわけで、一番難しい点は、「あぁだったらどうしよう」なんて言う風に思わせないで、でも早く先を読みたいと思わせること。本作ではここが出来ているんですね。
その最も重要な要素が、クロハという女刑事の存在だと思います。本作は、読者にストーリー以外の部分に意識を向けている間にストーリーの方で大きな展開を持たせるというような、何となくマジシャンがやっているようなテクニックでページをめくらせているような気がするんだけど、そのストーリー以外の部分で読者に意識を向けさせるのが、クロハではないかなと思います。上司とぶつかったり、同僚との関係性だったり、クロハ自身の過去だったり、姉との関わりだったり、謎の男との邂逅だったり、仮想空間での出来事だったりと、クロハの存在が非常に目立つんです。感情を抑えた冷たい文体の癖に、妙にクロハが気になる。そういう風に描いているんだろうけど、このクロハの存在が読者の目くらましになってストーリーへの注意を削がせ、その隙にびっくりするような展開を持ってきているんだろうなと言う気がしました。
帯には、選考委員の言葉が載っているんだけど、有栖川有栖の「今書かれ、今読まれるべき新感覚のミステリー」というのは確かにその通りだなと思います。例えば本作が10年前に出たとしたら、ちょっと受け入れられないんじゃないかって思います。わかりませんけど、まさに「今」だからこそ通用する雰囲気や背景を持っている作品だなと思います。
また、田中芳樹の「この作家でなければ書き得ない境地を獲得している」というのも、ちょっと大げさだけど分かる気はします。文体や作品全体の雰囲気に、著者自身の個性が滲み出ていて、こういう新人はそう多くはないと思います。これからうまくすれば、かなりメジャーな作家になっていくかもしれないなぁと思わせる萌芽があります。
新人賞受賞作というのは、正直外れが多いというのが僕の印象ですが、本作はかなり当たりだと思います。本作の文体が受け入れられないという人はまず間違いなくいると思うので、買う前に10ページくらい立ち読みすることをオススメしますが、文体が受け入れられるようなら是非読んでみてください。警察小説にしては地味な題材を、非常にうまく扱って面白い物語に仕立てています。全体の雰囲気も特徴的で、作家の個性が出ています。このクロハって女刑事はシリーズになりそうな予感もしますが、シリーズにならなくても、二作目以降ちょっと気にしてみようと思います。装丁も結構かっこいい(カバーだけでなく、本体そのものにも印刷があって、新人の作品への装丁としては結構気合いが入ってると思う)ので、是非手に取ってみてください。たぶんこれから話題になる作品だと思うんだけどなぁ。

追記)amazonを見たら、動画が貼ってありました。大した内容じゃないけど、出版社が力入れてるんだなぁというのが伝わってきます。

結城充孝「ブラ・バロック」

2009年03月27日

「覚えていない」佐野 洋子

評価:
佐野 洋子
マガジンハウス
「覚えていない」佐野 洋子
219pマガジンハウス

『本の雑誌』などに 連載された50代のころのエッセイ。

読むなかに ワンフレーズ、なんかそうだなぁと思う。
68歳の佐野さんから見たら、50代は 若かったなぁと 書いてあった。
そうなんだ〜〜。

2009年03月27日

映画化 【さまよう刃】 東野圭吾

主演は寺尾聰。竹野内豊と伊東四朗が刑事役で出演。

2009年の秋に公開予定。

スポーツ報知の記事


さまよう刃 (角川文庫)さまよう刃
(角川文庫)

(2008/05/24)
東野 圭吾

商品詳細を見る



わたくし、この本は持っていますが、まだ読んでいません……。


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2009年03月26日

「警視庁捜査一課刑事」飯田 裕久

評価:
飯田 裕久
朝日新聞出版
「警視庁捜査一課刑事」飯田 裕久
352p朝日新聞出版

捜査一課歴12年。刑事通算20年。警視庁捜査一課の元刑事。
どのように刑事になったか、どんな生活なのか。
地下鉄サリン事件、トリカブト事件、お受験殺人事件ではどんなことをしていたかなど、ノンフィクション。

内側から刑事の生活が書かれている。なかなか興味深い。
面白かった。

●警察のノンフィクション関連
「警察内部告発者・ホイッスルブロワー」原田 宏二
フィクションはいっぱいあるからなぁ。

●事件モノのノンフィクション関連
「世田谷一家殺人事件―侵入者たちの告白」斉藤 寅
「必要悪 バブル、官僚、裏社会に生きる」田中 森一 、 宮崎 学
「人格障害をめぐる冒険」大泉 実成
「歪んだ正義―特捜検察の語られざる真相」宮本 雅史
「でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相」福田 ますみ
「消された一家―北九州・連続監禁殺人事件」豊田 正義
「累犯障害者」 山本 譲司
「心にナイフをしのばせて」奥野 修司
「ブラック・ダリアの真実」スティーヴ ホデル
「冷血」トルーマン・カポーティ

2009年03月26日

聖☆おにいさん3巻(中村光)

さて今日二つ目。今回は、ついさっき書いた話と被る部分もたくさんあるんだけど、出版社はどの方法を向いて本を作るべきかという話。相変わらず大した話は出来ませんが。
つい先ほどの記事で、「本好きが勧めた本は売れない」「本好きにとっては欠点の目立つ本がベストセラーになる」という話からいろいろ書きました。こういう流れは、正直本好きの僕としてはあまり良くないと言う感想です。僕が読みたい本が主流であってほしい、という風にどうしても思ってしまいます。
ただまあこの流れは変わらないし、これからもどんどんと進んでいくことでしょう。今はまだ普通に本を読める世代がたくさん残っているんで大丈夫ですが、今の10代や20代前半の、著しく「読む力」が失われている世代がどんどん年を取っていくようになると、いつか僕のような本好きが「超マイナー」な存在になっていくことでしょう。今だって、僕みたいに本ばっかり読んでいる人間はマイナーでしょうが、しかしまだ人数としては結構いるだろうと思うんです。でも今の世の中の環境から言って、僕のようにたくさん本を読む人間というのは、僕より若い世代ではどんどん減って言ってしまうだろうなというのが正直なところです。
それは僕としては悲しすぎる未来ですが、恐らく避けられないでしょう。では、それを受け入れた場合、出版業界全体が生き残るためにはどうしたらいいんでしょう?
もちろん答えなんか持ってないけど、少なくとも現在のやり方が通用することはなくなるだろう、と思います。
現在は、出版業界に関わる人のほとんどが、僕のような「本好き」のはずなんです。本を書いている人間も、本を作っている人間も、本を売っている人間も、本を評価している人間も、みんな基本的には「本好き」だと思うんです。出版社も書店も書評界も、その他本に関わるありとあらゆる仕事をしている人の大半が「本好き」のはずです。
これまでは(今でもギリギリそうですが)、「本好き」がいいと思って作った本を「本好き」の人間に届けるというのが基本的なモデルだったわけで、これは問題ないだろうと思うわけなんです。しかし、「本好き」の人間がどんどん減ってしまうという事実を受け入れると、このモデルはどうしても破たんしてしまうんです。今後はどうしても、「普段本を読まない人」に届くようなモデルを作っていかないといけないと思うんですね。
書店はその変化に、まだギリギリ対応していけていると思っているんです。僕は文庫の担当なんで文庫中心の目線で書きますが、今文庫だと「既刊の掘り起こし」というのがかなり盛んに行われています。全国の有名チェーンから中小の本屋に至るまで、自店で独自に売れる既刊本を日々見つけ出そうと努力しています。そうした努力の一部が全国へと波及して大ベストセラーになることもあります。このやり方は、もちろん書店の担当者が強く推したいという意図から始まって行ったはずですが、段々と、ウチの店ならこれが売れるかもしれない、という発想にシフトして行っている感覚が僕の中にはあります。「売れたものが良い本だ」とはさすがに僕は言えませんが、しかし書店としては売れなくてはどうしようもないので、そういう意味ではまだお客さんの方を向けているのではないかと思うんです。
さてでは、出版社の方はどうでしょうか?
様々な理由があるとは思いますが、最近特に新刊が売れないと言われています。文庫もそうだし、同じく僕が担当をしている新書でもそうです。その理由の一つに、出版社が出す本がお客さんに合っていない、ということがあるんだろうという風に思います。未だに「本好き」の人へと本を届けようとたくさんの本を作っている。もちろん、それは悪いことではありません。僕のような「本好き」からすれば歓迎すべきことではあるんですけど、でも一方で「本好き」にとって良い本であろうとも売れないのなら仕方ない。
だから出版社は、不本意であっても「本をそこまで読まない人」に届くような本を作らなくてはいけないのかな、なんて思ったりしました。
将来的には、携帯小説みたいな本が本屋にずらりと並ぶことになるのかぁ、とか思うとすごく悲しくなります。そうならないように、一人でも多くの人を「本好き」に出来るような売り場を目指したいと思うけど、なかなか難しいものです。僕が生きている内はせめて、僕が読みたいと思える本がたくさん出る世の中であって欲しいなぁと思ったりします。
とりとめのない話になりましたが、そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、普段全然マンガを読まない僕が珍しく読むことにしているマンガです。普段僕は「名探偵コナン」だけ買い続けていて、あとマンガはほとんど読みません。マンガは完結してからじゃないと読めないし、完結するまで待つと凄く長いんでなかなか読めないんです。本作のように、一話完結みたいな話だといいんですけどね。
本作は、1巻が出た時から大いに話題になり、「このマンガがすごい」みたいなランキング本でも常に上位を維持し、一時書店の売り場を席巻した大人気マンガの最新刊です。
今回もなかなか面白かったです。というか、これだけダユい(ダラダラしててユルいという意味の今僕が勝手に作った言葉)作品だと、どんな話でも面白いんじゃないかと思えてしまいますけどね。
一応大体の設定を書いておくと、天界の住人であるブッダとイエスが、下界に休暇で訪れて、立川で二人で住んでいる、という話です。確かそんな設定だったと思う。
今回は、普段の日常的な話に加えて、ちょっと遠出の旅の話もあります。
日常的な話は、相変わらずスケールが低いです。部屋が暑いからファミレスに行くとか、滅茶苦茶安い物件があったから引っ越そうかと考えるとか、小学校の運動会に出るとか、寒い日の大掃除とか、お金がないからバイトでもしようかみたいな話です。そんなありきたりの話なんだけど、ブッダとイエスがそれぞれ昔の経験からいろんなことを判断したり言ったりやったりするんで面白いですね。住んでるアパートの大家さんに、かつて自分が生まれた家みたいに素晴らしいアパートだって伝えようとしてイエスが言ったのが、「馬小屋みたいで」って言葉で、大家さんを怒らせちゃうとか、そんなやりとりがそこかしこで続けられるんです。よくもブッダとイエスの細かな情報を使って、こういう面白い話を描けるものだなと思います。
旅行の話は伊豆です。こっちも、旅行らしい話というか、日常のやり取りの延長みたいな話ばっかりですけど、やっぱり面白いです。
マンガの感想って何を書いたらいいかよく分からないからどうも「面白い」としか言えないんだけど、やっぱり話題のマンガだけあって面白いなと思います。僕としては、他のコミックより明らかに薄い(ページ数が少ない)と言うのが気になるところなんだけど(いい商売してるなぁって感じなのかな)、まあ面白ければいいでしょう。1、2巻の内容は既に忘れたけど、こういう一話完結のマンガだと読み返さなくてもいいので好きです。続きが楽しみです。

中村光「聖☆おにいさん3巻」

2009年03月26日

寝っころがって空をみろ(丁田政二郎)

さて今日は二つ感想を書く予定です。まず一つ目。
今回は、売れる本の条件みたいな話をしてみようかなと思います。大層なことは書けませんが。
ちょっと前に、本の雑誌社の杉江さんのブログ「炎の営業日誌」で、『本好きの人が良いっていう本ほど売れない』という話がありました。また、『本好きが読んだら欠点が目につく作品が読みやすくてベストセラーになっている』ともあります。
これは僕も実感としては非常によくあります。僕も二年ぐらい前からずっと同じことを思っていました。昔は僕は、自分が推したい本を売場に結構たくさん置いていたんですけど、そういう本は(僕の売り方の問題もあるんだろうけど)なかなか売れない。で、僕が読んで「これは大したことないなぁ」「どこが面白いんだろう」と思うような作品が世間的にベストセラーになって、売場に置いておくとバンバン売れていく、なんてことになるわけです。
世間的に大ベストセラーになっていった本(ちょっと前だと「モルヒネ」や「行きずりの街」など)を、こういう本が売れるんだなという分析のためになるべく読むようにしているんだけど、面白くないものが多いし、何で売れるんだかさっぱり理解できない。
それでもそういう本が実際にベストセラーになっていくわけで、つまり最近では『僕が読んで面白くないと思った本ほど売れる可能性がある』という無茶苦茶な考えに傾きつつあります。もっと正確に言えば、『ストーリーやキャラクターや構成は大したことはないんだけど、文章が読みやすい作品なら売れる可能性がある』ということだろうと思います。
しかしこれは正直難しいですね。僕としてはやっぱり売上を上げたいというのがあるので、きっちりと売れる本を揃えておきたい。でも最近の傾向だと、売れる本というのは本好きからすると大したことのないつまらない作品であることの方が多い。そうなると、売上のためにはそういう作品を置かざるおえないけど、そういう本ばっかり並べておくと今度は本好きの人が店から離れて行ってしまう、ということにもなりかねません。もちろん僕としてはバランスを取って、本好きの人にも楽しんでもらえる本を置くようにしていますけど、売れる本と面白い本というのがここまでかみ合わなくなってくると、売場作りが難しいなぁという気がします。
そういえばどこかで読んだ話ですが、「週刊ブックレビュー」という番組と「王様のブランチ」の違いがこういうところにあるんじゃないかという話です。「週刊ブックレビュー」の司会の女の人(名前は知らない)は結構本を読む人らしいんだけど、その人が紹介しても本はそこまで売れない。でも、「王様のブランチ」で優香が紹介すると売れる売れる。「優香の一泣き10万部」とも言われているそうで、「優香でも読めるんなら私でも大丈夫かも」と思わせるのではないか、と僕が読んだ文章には書いてありました。
いずれにしても、最近の人は読む力が失われているんだろうという気はするんです。ちょっと前も書きましたが、昔僕は当時18歳ぐらいだった女性に、伊坂幸太郎の「重力ピエロ」を貸したことがあるんですね。そしたら、「難しくて読めない」って言われたんですね。「過去と未来に行ったり来たりして難しい」なんだそうです。正直唖然としましたね。最近の子はそこまで文章が読めないものか、と。そりゃあ携帯小説とか読むしかないわなぁと思いました。
最近は、売れる本は滅茶苦茶売れるけど売れない本は全然、という売上格差時代になっています。それ自体も問題ですが、より問題なのは、どんな本なら売れるのかというのが昔以上に(恐らく僕が本屋で働く前と比べたらもっとでしょうが)わからなくなってきているということです。それは確かにやりがいがあるし面白い点でもあるのだけど、でも自分が良いと思った本があまり売れないというのでは微妙だなという感じはします。なかなか難しいものです。
そろそろ内容に入ろうと思います。
今回、またゲラをいただきまして、新人賞を受賞した作品だそうです。ちょっと調べたところ、この著者は俳優みたいなこともやっているみたいです。
舞台は1986年(という表記はないんだけど、チャレンジャー号が爆発したと年という表記があったんで調べてみました)の鳥取。高校生である宮田は、ロックにはまってギターをやり始めたのだけど、カシオペアというインストゥルメンタルバンド(ボーカルのいないバンド)に出会って大いにはまり、高校の文化祭である天神祭でバンドを組んで出ると決める。
しかし、元々組もうと思っていた相手に裏切られ、宮田はそいつのことを罵りながらも、新たにメンバー探しを開始することになった。
いろんなきっかけで集まってきたメンバーと共に、念願だったカシオペアをやれる。初めは全然うまくいかなかったけど、練習していく内にバンドらしくなっていった。 受験を控えながらも、天神祭という一瞬にひと夏すべてを掛ける宮田と、そんな宮田と共に一緒にバンドをやっていく個性的な面々の物語です。
基本的には最初から最後までバンドの話です。僕は読んだことはないんだけど、「青春デンデケデケデケ」って作品に近いものがあるんじゃないかなと思います。田舎でバンドをやろう、っていう設定が同じです。
正直読み始めはきつかったです。文章が、携帯小説みたいとは言わないけど(携帯小説なんかよりははるかにしっかりした文章だけど)、そっちよりの軽さの作品で、地の文が喋ってるような感じで進んでいくんですね。さっき僕が書いた理屈で言えば、読みやすいという理由で売れる要素になるかもしれないんだけど、読み始めはこの文章に慣れるのがきつかったですね。軽すぎて、もちろんスラスラ読めるんだけど、ちょっとどうなのかなぁという感じ。段々と慣れてはきたし、作品の雰囲気とも合ってるような気はしてくるんだけど、やっぱり僕としてはもう少し、勢いだけで書いたような文章ではなくて、軽さはあってもしっかりしている文章がよかったなぁという気はします。
ストーリーは平凡ですけど、まあなかなか面白いと思います。宮田がバンド探しに必死になっている理由、思っていたのとは違った形で集まったメンバー、うまくいかない練習、次第にまとまっていく連帯感、そして本番…というような、まあ王道でしょうね。起伏はないですけど、そこそこ面白く読めると思います。秋津のキャラがなかなかいいんじゃないかなと思います。
個人的には、本筋とはほとんど関係ないんだけど、宮田が片思いをしている館野っていう同級生とのくだりは結構好きでした。正直なところ館野に対する宮田の態度が全然高校生っぽい感じがしないんだけど(どこがどうっていえないけど、高校生男子ってそんなに大人かなぁという感じがしてしまう。まあそういうものかもしれないけど)、館野って女の子がなかなかいいキャラしてるんでいいなと思いました。
後本作の特徴と言うと、方言ですね。鳥取弁なのか、他に別に名前があるのか知らないけど、方言丸出しの会話です。僕はこれは結構好きですね。語尾に「だらぁ」ってつくのは、確か僕の地元もそんな感じだったので(僕は静岡出身です)懐かしい感じもしました。
冒頭で書いた話を踏まえると、本作は、本好きを満足させるレベルには届かないかもしれないけど、本をそこまで読まない人なら面白く読むかもしれない、とそんな感じの本だなと思いました。機会があったら読んでみてください。

丁田政二郎「寝っころがって空をみろ」

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