僕のパソコンは非常に不安定で、ブログを書いているとたまにフリーズして書いた内容が消えてしまいます。今もしばらく書いていた文章が消えてしまいました。また書くのめんどくせぇ。
というわけで今回は、前々回予告しておいて延期した、新人賞以外の文学賞について書こうと思います。直木賞のようないわゆる文学賞についてです。新人賞はデビューするために新人が応募するものですが、文学賞は既に出版されている作品の中から候補を選び、賞を決めるものです。
日本で一番有名なのは、やはり直木賞・芥川賞でしょうね。これは受賞が決まるとニュースになりますしね。以前綿矢りさと金原ひとみが共に20歳くらいで芥川賞を同時受賞した時なんかはえらい騒ぎでしたからね。
直木賞・芥川賞はもともと、書店では本が売れないと言われていた8月と2月に発表の時期を合わせたという経緯があるようです。何かの本で読んだ記憶があります。文学賞で年二回というのはなかなか珍しいと思うけど、まあ何にせよ直木賞・芥川賞というのは日本で一番有名で権威のある文学賞と言っていいでしょう。
しかしこの直木賞・芥川賞はとにかく悪評が多いんです。もちろん、直木賞・芥川賞受賞作は書店としては売れるので仕入れて売り場に置きますが、しかしこれが受賞作?と言いたくなるような作品が多いです。もちろんいい作品もあるんですが、どうも外しているように思えてなりません。
今年直木賞を受賞した天童荒太ですが、かつて「永遠の仔」という作品で直木賞候補になったことがあります。これは素晴らしい傑作で、僕はまだ受賞作である「悼む人」を読んでいないんですけど、それでも勝手にいわせてもらうと、「永遠の仔」の方が恐らく素晴らしいのではないかと思います。その「永遠の仔」がノミネートされた時の選考委員の一人(名前は覚えてないけど女)が、「長いから減点した」というようなことを選評で書いていたんです。もちろんそれは、小説というのは削って削って削ることで素晴らしい作品になる、という考えがあってのことなんだと思うけど、でも「永遠の仔」は削って削って削ってあの長さなんだと僕は思うんです。それを、長いからというだけの理由で減点するのはどうよ、と思いました。
また東野圭吾も不運です。直木賞の選考委員には渡辺淳一という男がいるんですけど、彼がどういうわけか東野圭吾のことが大嫌いらしいんですね。業界では有名な話みたいです。一時期東野圭吾は毎年のようにノミネートされていたんだけど(6年ぐらいずっと連続でノミネートされていたと思う)、渡辺淳一が強硬に反対したせいで(という噂)直木賞を受賞できないでいました。「容疑者Xの献身」は何で受賞できたのか分かりませんが、まあよかったなと思います。
その渡辺淳一ですが、東野圭吾の「手紙」がノミネートされた時、選評でこんなことを書いていたそうです。「手紙」では、刑務所にいる兄から弟に手紙が届くんだけど、それに触れて渡辺淳一は、
『俺も死刑囚から手紙が来るけど、全然あんな内容じゃないよ。セックスしたみたいなことが延々書いてある。リアリティがない』
というようなこと(文章は大分違うだろうけど)を書いたんだそうです。無茶苦茶ですよね。
また、乃南アサという作家の「凍える牙」という作品が直木賞を受賞したのだけど、その同じ時浅田次郎の「蒼穹の昴」という作品もノミネートされていました。僕はどちらの作品も読んだことがないんですけど、業界ではまず間違いなく「蒼穹の昴」だろうと思われていたようです。しかし蓋を開けて見ると「凍える牙」に決まった。これで「凍える牙」が素晴らしい作品だったらいいんですけど、どうも駄作なんだそうです(何度も書きますが、僕はまだ読んでませんが)。こういう不思議なことがよく起こるんです。
また、W村上と呼ばれている村上龍と村上春樹が共に芥川賞を受賞していないというのも大問題として挙げられることがあります。文学系の他の賞は昔から彼らにいろんな賞を与えていたにも関わらず、芥川賞は結局彼らに賞を与える機会を逃したんだそうです。もちろん何度もノミネートされたんでしょうが、他の作品を選んだんでしょうね。その後の活躍を考えると、やはり見る目がないとしかいいようがないのではないかなと思います。
そもそも直木賞・芥川賞の選考委員がほぼ終身雇用みたいになっているところがよくないんですね。もちろん明文化されているわけではないんでしょうが、選考委員に名を連ねている作家達がもう重鎮たちばっかりなので、主催者側も選考委員を降りてくれとは言えないんでしょう。また選考委員をやるだけで結構な報酬(僕は昔報酬が100万円ぐらいだというようなのを読んだことがある気がするんだけど、気のせいかもしれません。さすがに100万円はないよなぁ)をもらえるようで、選考委員になっている作家も降りたがらないでしょう。そのためほぼメンバーが固定されることになって、それが賞としての硬直性をますます助長させることになるわけです。
あと直木賞・芥川賞の批判で最も有名なのは、俗に<文春枠>と呼ばれているものですね。あまり知られていないかもしれませんが、直木賞・芥川賞というのはどこかの財団とか団体が主催しているのではなくて、文藝春秋という出版社がやっているわけなんです。もちろん他の賞でも出版社が主催しているものはたくさんあるでしょうけど、しかし直木賞・芥川賞ではこの主催者である文藝春秋側の発言力が結構あると言われています。つまりそれは、自社の作品に何とか賞を、と選考委員を誘導するというようなことですね。そもそもノミネート作にはまず間違いなく文芸春秋から出ている作品が一作は入っているし、受賞作も文藝春秋から出ている作品であることが多いです。出版社が主催している他の賞では、直木賞・芥川賞ほど露骨なやり方をしているという話は聞いたことがありません。
まあそんなわけで、直木賞・芥川賞というのは日本で一番有名で権威ある賞のはずですが、実態はそうとう無茶苦茶で、正直言ってレベルの低い賞だと思います。もちろん、圧倒的な知名度を誇るので、直木賞を獲れるかどうかというのは作家としては重要なことなんでしょうが、しかしそれを作品に対する評価として捉えている作家は少ないんじゃないかな。よし、やった、箔がついたぜ、ぐらいのものかもしれません。皆さんも直木賞・芥川賞受賞というだけで本を選ぶと、結構失敗すると思いますよ。
直木賞・芥川賞についてもっと知りたいという時は、「文学賞メッタ斬り!」という作品を読むとより理解が深まるでしょう。この作品は日本の色んな文学賞についていろいろと書いている本ですが、直木賞・芥川賞に関する話が結構多いと思います。
直木賞・芥川賞は微妙な賞として有名ですが、一方この賞は実にいい作品を選んでいると言われる賞があります。山本周五郎賞ですが、これは選考委員がなかなかレベルが高いのか、受賞作がかなりイケてるんだそうです。まだ有名ではないけど実力のある作家にいち早く賞を与えたりするんだそうで、もし興味があったら注目してみてください。
さて、直木賞・芥川賞に対抗出来るだけの知名度を持つ唯一の賞として、本屋大賞があります。これは既存の文学賞とは全然違う賞です。普通の文学賞は、誰が選んでるのか知らないけど5冊ぐらい候補作があって、それを賞の選考委員が読んで受賞作を決めるんだけど、本屋大賞はすべてを書店員が決める賞なんです。本屋大賞は、書店員なら誰でも投票できるシステムで、まずその年に出た中からこれぞと思う作品を3冊選ぶ(一次投票)。この一次投票を集計し、ノミネート作10作を決定する。その後書店員はそのノミネート作10作をすべて読み、その上でこれぞと思う3作を選んで投票する(二次投票)。この二次投票の結果によって大賞が決まる、という仕組みになっています。
この本屋大賞は、つい先日第六回目のノミネート10作が発表されました。まだ六回目だというのに、直木賞・芥川賞並の知名度があると言っていいのではないかと思います。ノミネート10作が決まった時もニュースになりますからね。
僕はいろいろあって本屋大賞の授賞式みたいなものに出たことがあるんだけど、なかなかいい経験でした。最近、現場にいる書店員がいろんなところに呼ばれるようになってきているけど、そういうのはなかなかいいことだなと思っています。やる気が出ますからね。
本屋大賞は多数決によるので、投票する人数が多くなればなるほど平均的な作品がノミネートされていくことになります。それは仕方ないことではあるんですけど、第3回だったかな、「東京タワー」が受賞した時は多少議論になりましたね。本屋大賞というのは、あまり売れていないけど本屋さんがもっと売りたいと思っている作品を、という主旨で始まったものですが、「東京タワー」はその時点でものすごく売れてたわけです。それなのに本屋大賞に選ばれてしまっては主旨とは離れてしまう、というような話があったと思います。まあそれでも、こうやって現場にいる書店員が賞に参加できるというのはすごく面白いし、これからも続いて欲しいものだなと思います。
そんなわけで、他の文学賞のことがさっぱり書かれていませんが、何だか結構長いこと書いたし、そもそも他の文学賞についてはあんまり知らないのでこの辺にしようと思います。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、先ほど話に出した本屋大賞のノミネート作の一冊です。2月の終わりまでにノミネート作をすべて読んで投票をしなくてはいけないのでなかなか大変です。僕の場合、本作を読み終わったのであと4冊。でも結構重量級のが残っているのでヘビィなんです。
高津耀子は電車でガラの悪い若者にからまれてしまった。その時、一人の男がやってきて、その若者たちをなぎ倒していく。まる風のようだ。あまりに驚いたせいでその男の顔にお礼を言うのを忘れていた。
数学を受け持っている耀子は、学校の特進クラスで昨日電車で見かけた少年を見つけた。風のように若者をなぎ倒していった少年と一緒にいた子だ。木樽という、授業料が免除になっている秀才だ。昨日の風のような少年とは正反対にひょろっとしている。耀子は知らなかったが、木樽は中学時代いじめられていた。
木樽に昨日の少年のことを聞くと、体育クラスにいる鏑矢だという。同じ学校の生徒だったのだ。お礼に行こうとするが、あまりにもふざけた人間なので呆れて立ち去ってしまう。
そうして耀子はボクシングと関わっていくことになる。
鏑矢は1年ながら、ボクシング部で一番強かった。中学時代からジムで鍛えられていたらしいが、それだけではない。天性の才能があるのだ。まさにボクシングをするために生まれてきたような男。常人とは思えない反射神経と考えられない身体の動きは、普通の練習では決して手に入れられるものではない。
耀子は成り行きでボクシング部の顧問になることになった。初めて触れるボクシングというものに圧倒されながらも、さらに鏑矢という男に強く惹かれるものを感じた。あの時感じた風のようだという感覚は間違っていなかった。まさに鏑矢のパンチは風のようだったのだ。
一方で木樽は、とあるきっかけからボクシング部に入部することに決めた。これまで運動なんて全然したことものない、中学時代はいじめられていた木樽がボクシングをやると決めて周囲は驚いた。監督は了承したが、すぐ辞めるだろうと思っていたようだ。
しかしそれから木樽は死ぬほど練習した。走りこみ、腕立てや腹筋をして基礎体力をつけながら、監督から教わったジャブとストレートだけを律儀に練習し続けた。木樽は驚くべき速さで上達していく。
その頃アマチュアボクシング界を震撼とさせていた稲村という高校生がいた。ボクシングを始めてから無敗という考えられない強さを誇る化け物に、彼らは立ち向かったいくことになるのだが…。
というような話です。
「永遠の0」という作品で大いに話題になった著者の最近作です。
僕は「永遠の0」は正直微妙だなと思ったんだけど、本作は結構面白かったなと思いました。ボクシングのことなんか全然知らないけど、なかなか楽しめる作品でした。
まあ言ってしまえばよくあるスポーツ物の作品ではあるんです。スポーツ物の作品というのは、やはりどうしても型が決まってしまう部分があります。天才が出てくるとか、ライバルみたいなのがいるとか、試合の展開とかそういうようなことでいろいろとよくある設定になってしまうんですね。もうそれはスポーツ物の小説を書く上で宿命みたいなもので、そういう型から外れた作品というのはなかなか難しいんです。だからその型の中でいかに面白い作品を生み出すかということになっていくと思うんだけど、本作はなかなかうまく出来ていると思いました。
まず鏑矢という天才がいます。もう彼はとにかく天才的に強い。ホントに才能がある奴で、練習も真剣にやらないんだけどバシバシ勝てる。本人も自分の強さを自覚していて、練習なんてそこそこでいいし、試合では負けるわけがないと思っている。と言っても嫌な奴ってわけでもなくて、ムードメーカーだし、ボクシング部の精神的な柱にもなっている男だ。本作での主人公の一人で、鏑矢がその後どんなボクシングをやっていくのかというのが本作の読みどころの一つである。結構波乱万丈と言っていいでしょう。後半での別の意味での成長っぷりは目を見張るものがあるし、ちょっと泣きそうになりました。
ただそんな鏑矢よりも遥かに成長するのが木樽です。申し訳ない、ちょっとだけネタバレしてしまうけど、木樽はたった一年でべらぼうに強くなるんです。もうべらぼうに、です。超絶的な努力と、その素直な性格、そして後々才能があるといわれるようになったその資質によって、木樽はぐんぐん強くなっていくわけなんです。
僕が思うに本作を読んだ人の感想は、この木樽の成長をどう受け止めるかで二分しそうな気がします。こんな風に急速に成長することはありえないという人と、その成長を受け入れた上で物語を楽しむ人ということです。
世の中には、現実を舞台にした作品の中でちょっとでもありえないことが書かれると読む気がなくなるとかその作品を駄作だと思う人がいるみたいです。本作で言うとしたら、「木樽の成長はあまりにも非現実的だからこれは駄作だ」というような主張ですね。でも僕は、そういうのは全然気にならないんです。僕の場合は、どれだけありえないことが書かれていても、それがきちんと描かれていれば(つまり携帯小説のような適当な描写ではダメということですが)、僕はそれを受け入れた上で物語を楽しむことが出来ます。本作での木樽の成長は確かに僕も急速すぎると思うし、恐らくボクシングに詳しい人ならありえないと思うような成長なのではないかなと思います。しかしそこをあげつらって「この作品はダメだ」と言うような評価は僕はあんまり好きではないんですね。木樽の成長がありえないほど早すぎるとしても、その過程はしっかりと描かれるし、それに見合うかどうかは別として木樽はとんでもない努力をしているわけです。そういう風にきちんと描いていればまあ僕はいいんじゃないかなと思うわけです。まあ恐らくこの木樽の成長に関する部分が、本作の評価を分けそうな気はします。
この鏑矢と木樽の成長が二枚看板(言葉の使い方間違ってるかもだけど)となって本作は進んでいきます。基本的にずっとボクシングの話です。高校での恋愛の話があったり、ボクシングとは関係のないハプニングがあったりなんていうことはほとんどありません。ほぼ全編ボクシングの話なので、ボクシングについて知らないとか興味がないという人は大丈夫だけど、ボクシングを嫌悪しているという人は読まない方がいいでしょう。
僕もボクシングについては全然知らないんだけど、それでも本作は普通に読めます。もちろん試合中、どんなパンチを打ってそれをどう避けるかなんてことを詳しく描写されても全然イメージ出来ないんだけど、それでも文字を追っているとなんとなくだけど試合の展開が分かるんですね。というか、どっちが優勢でいまどんな感じか、ということぐらいですけど。試合のシーンをそこまでくどくど描かず、割と短い文章でさらっと描いていくので読みやすいです。それでも、重要な試合についてはやっぱり結構長いこと描写がありますけど、ボクシングについて詳しくなくても別に読むのに辛いということはありません。
しかしボクシングというのはなかなか奥の深いスポーツですね。確かに、強ければ勝てるんだけど、では何をもって強いといえるのかというのが非常に難しい。鏑矢はとんでもない才能を持っているもの凄い強い男だけど、でもそんな鏑矢でも負ける。これまでボクシングっていうのは喧嘩の延長だと勝手に思っていたんだけど、しっかりとした技術に裏打ちされた科学的なスポーツなんだっていうことが初めて分かりました。ジャブとかストレートとかも、無茶苦茶練習しないとちゃんと打てるようにはならないみたいですね。素人とボクサーが喧嘩をして素人がまず勝てないのは、このしっかりとしたパンチが打てるかどうかなんだそうです。木樽が成長していく過程の描写で、そのボクシングの技術に関していろいろと話が出るんだけど、結構深いんだなと思いました。
しかし僕もボクシングとか始めたら、木樽みたいに実は眠っていた才能が目を覚ますなんてことはないかなぁ。っていうかもちろんやる気ゼロだけど(笑)。ついこの間、待ち合わせに遅刻しようになって駅まで走ったんだけど、3分くらいでぜぇぜぇでしたからね。運動とかマジ無理っす。書店員は結構力仕事立ち仕事だけど、それでも昔に比べたら相当体力落ちてるなぁと思いました。友人がフルマラソンをいろんなところで走っているみたいですけど、ホント信じられません。
本作では、ボクシング部のマネージャーで丸野という女の子が描かれるんだけど、僕はこの丸野が結構好きでした。天然というのかよく分からないのだけど、何とも掴み所のないキャラクターで、面白かったです。丸野は身体が弱くって昔から運動が出来なかったこともあって、それでボクシングをやって光っている部員に惹かれたみたいなところがあるみたいです。っていうかマネージャーになったきっかけは鏑矢に惹かれたっていうことなんですけどね。初めはブサイクだなぁとか言われて鏑矢には疎まれていた丸のだったけど、次第にボクシング部にはなくてはならない存在になっていきました。病気がちで入院してたりしてあんまりストーリーには関わってこないんだけど、それでも非常に存在感のあるキャラクターでした。
僕の中でスポーツ物のベストというのは「風が強く吹いている」「一瞬の風になれ」「DIVE!!」の三作で恐らくこれは不動です。本作は、やっぱりそれらのレベルにまでは行かないですけど、でも僕がこれまで読んできたスポーツ物の中でもかなりトップクラスにいい作品でした。後半は泣きそうになる場面も結構あったりして、緩急うまく描き分けられた作品です。ちょっと長いかもしれませんが、面白い作品です。是非読んでみてください。
百田尚樹「Box!」
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