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2008年11月26日

「東京バンドワゴン」

あの野郎はなぁ、人の痛みってやつをわかってるじゃねぇか。そういう奴はなぁ、まぁそういう奴だ。今度からは家に来ても怒鳴らねぇようにしてやるからって伝えとけ

「東京バンドワゴン」小路幸哉著(集英社文庫) ISBN: 9784087462876

東京下町の古書店兼カフェ「東京バンドワゴン」を営む堀田家の4世代8人と、一家を取り巻く人々の人情話。

向田邦子脚本の名ドラマ「寺内貫太郎一家」の世界だ。派手な喧嘩こそないけれど、一家揃ってちゃぶ台を囲み、わいわい言いながら食事するシーンや、老いても頑固なひいじいちゃん、和服が似合いそうな近所の飲み屋のママさんといった「お約束」が続々登場。
ちょっとした事件が起こるけれど、悪人はいない。シングルマザーとか、生き別れた親との再会とか、人生のほろ苦さもほどよい感じです。ちょっと惜しいのは、あくの強い樹木希林さんや左とん平さんにあたるキャラクターがいないことか。

こうなると、ドラマを思い浮かべずにはいられない。えーと、「伝説のロッカー」の父は奥田瑛二とか。実年齢は若すぎるけれど、渡部篤郎も雰囲気。常識的な長男は堺雅人、やたらともてる次男に小栗旬ってどうでしょう。格好良すぎるかな。(2008・11)

2008年11月25日

池澤夏樹評:水村美苗新刊

毎日新聞から

今週の本棚:池澤夏樹・評
『日本語が亡びるとき…』=水村美苗・著

世界の言語状況、明快に解き明かす
http://mainichi.jp/enta/book/news/20081123ddm015070051000c.html

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で
水村 美苗

筑摩書房 2008-11-05
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2008年11月25日

池澤夏樹評:水村美苗新刊

毎日新聞から

今週の本棚:池澤夏樹・評
『日本語が亡びるとき…』=水村美苗・著

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2008年11月25日

「月と六ペンス」サマセット・モーム/土屋政雄訳

月と六ペンス (光文社古典新訳文庫 Aモ 1-1)
月と六ペンス (光文社古典新訳文庫 Aモ 1-1)
  • 発売元: 光文社
  • 価格: ¥ 800
  • 発売日: 2008/06/12
  • 売上ランキング: 68074
  • おすすめ度 4.5


新進作家の「私」は、芸術家を集めるパーティでストリックランド夫人と知り合う。
家に招かれ、夫のストリックランドとも会ったが、証券会社に勤める彼はおもしろみのない男に思えた。
しかしストリックランドが女と消えたと夫人に言われ、
「私」はストリックランド説得の役を引き受けることになる。
「私」が会いに行ったストリックランドは、絵にとりつかれていた・・・

2008年11月24日

最後の将軍―徳川慶喜

最後の将軍―徳川慶喜 (文春文庫)最後の将軍―徳川慶喜 (文春文庫)
(1997/07)
司馬 遼太郎

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こちらは再読。大河ドラマ「篤姫」では悪役のイメージとなってしまってるので、どうだったかなと読み直してみました。
慶喜は本当にまわりの期待が高すぎたんですね。
幕末ですから外国から攻めてこられるわ、しかし幕府を守らねばいけないし、諸藩の統率はとれなくなってくるしで、この慶喜なら徳川を救ってくれると子供のうちからまわりが持ち上げてしまうんです。
それなのに大奥からは水戸の息子と嫌われ、幕臣からも嫌われ、とにかく嫌われてしまいなにも出来ないんですよ。
まぁ江戸のお城の中では世の中で何が起こってるかなんてわからないですよね。
自分の生活が一番ですものね。
負け将軍となってしまうわけですが、時代が変わっていれば名君だったのかもしれないです。

さて、ここでは薩摩が悪役です。天璋院だって愚かに描かれてます。
歴史とはいろいろな視点でみるとまったく違ったものになりますね。
ということで新たな史実を知れば、また読み返してみるとたいへん面白いです。

2008年11月23日

「敦煌」井上靖

敦煌 (新潮文庫)
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  • 発売元: 新潮社
  • 価格: ¥ 460
  • 発売日: 1965/06
  • 売上ランキング: 67670
  • おすすめ度 5.0


再読。昔読んだのは10年以上前、大学の帰り、阪急電車の中だった。
読み終わってぼうっと自分の周りを見て、自分がそこにいることが不思議だった。
遙かに遠い、でも確実に動いている「時」の悠久に圧倒され、阪急電車の車内で
呆然としていたのを今でも覚えているので、そこで読んだことは間違いない。
10年前に読み終わった時の情景を覚えているなんて、この作品以外にはない。
そのくらいの強い印象を受けた作品だった。

今回久しぶりに再読。その時の電車内のことと、受けた感動を覚えているのみで、
話の内容はかなり忘れていたので、また一からの読書だった。
そしてまた同様に、今度は自分の布団の中で読み終わり、また呆然としたのだった。

2008年11月23日

「寡黙な死骸 みだらな弔い」小川洋子

寡黙な死骸 みだらな弔い (中公文庫)
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  • 発売元: 中央公論新社
  • 価格: ¥ 680
  • 発売日: 2003/03
  • 売上ランキング: 12622
  • おすすめ度 4.5


ずいぶん前に読んだんだけど、感想を書くのが難しくて、なんとなく置いていた。
絵や音楽から受けた感動が表現しづらいような、そんな困惑と似ていた。
まあそういうわけなので、たいした感想は書けないし、これ読むより
とりあえず本を読んでみてはどうだろうと薦めるしかないような気もする。

小川洋子の作品は「博士の愛した数式」や「ミーナの行進」みたいに、
すごく温かさを感じる作品と、この作品とか「密やかな結晶」みたいに、
しんとした冷たさを感じる作品と、大きく2つに分かれるような気がする。
どちらも好きだけど、冷たい印象を与える作品は特に、小川洋子でしか読めないような、
他の誰にも出せないような雰囲気がある。本当に冷たくて、美しい。

2008年11月22日

「格差はつくられた」

経済の問題としても、また実践的な政治課題としても、格差を是正し、再度アメリカを中産階級の国にすることは可能なはずである。そしていまこそが、それを始めるときだといえる。

「格差はつくられた」ポール・クルーグマン著(早川書房) ISBN: 9784152089311

08年ノーベル経済学賞をタイミングよく受賞した、リベラル派論客による一般向け著作。「なぜいまオバマなのか」を単刀直入に語る。

実は著者には、エコノミストであると同時に、マイケル・ムーアみたいな強烈な反ブッシュコラムニストという印象をもっていて、あまりに政治的立場が鮮明なので、ノーベル賞をとったとき、ちょっと驚いてしまった。本作の脱稿は07年夏だが、その後のオバマ当選を後押ししたと思われる「進歩派」の思考を明快に解説していて、興味深い。

以下ネタバレですが、著者は、日本でもいろいろ議論があった格差の拡大について、米国においては技術革新やグローバル化が原因なのではなく、「保守派ムーブメント」の意図的な政策が招いたものだ、と断じる。こうした政策は本来、一部の業界や富裕層を利するだけの反民主的なものなのに、人々の人種差別意識を利用した巧妙な戦略によって支持を得てきたと分析。ところが、その支持は有権者の世代交代などによって崩壊しつつあり、いまこそリベラルの強力なリーダーシップのもと、国民皆保険などの格差是正に踏み出すべき、と主張する。

米国ではオバマ当選に前後して、金融危機が勃発し高額報酬を得てきたウォール街の権威が失墜。さらに、雇用と社会保障の一角を担っているビッグスリーの経営が行き詰まる事態を迎え、ますます時代はリベラル&進歩派に傾いているように感じる。

凄く頑張った人が報われる、のではなく、普通に頑張る人が安心できる社会。しかし、その「正当さ」と「成長」との関係は、今ひとつ鮮明でないように思う。状況の違いはあれど、小泉改革の修正という、よく似た国内の政治的潮流は、いったいどこへ向かうのだろうか。考える刺激になる一冊。三上義一訳。(2008・11)

書評:クルーグマンのThe Conscience of a Liberal  On Off and BeyondConscienceは良心ではない - 書評 - 格差はつくられた 404 Blog Not Found

2008年11月21日

『アリス・ミラー城』殺人事件(北山猛邦)

「なぁ、『鏡の国のアリス』って知ってるか?」
「いや」
「知らねぇのかよ。有名だぞ」
「何それ。映画とか?」
「バカ。本だよ。イギリスの有名な作家の」
「イギリスの本なんか知るかよ」
「まあいいや。でな、そんなかで、鏡の向こうの世界ってのが出てくるわけなんだな」
「なるほど」
「鏡の向こうの世界ってのは、こっちの世界とは何もかもあべこべなんだよ。例えば、こっちで晴れてれば、鏡の世界では雨、こっちで車が左側通行なら、鏡の世界では右側通行ってわけだ」
「ふぅん」
「でだ、もしそんな世界があったら、お前どうする?」
「どうするって、何がよ」
「いやだってさ、面白そうじゃんか。何もかもあべこべなんだぜ。例えばテストで酷い点数取ったとするだろ。でもさ、そんな時に鏡の世界に行ってみ。たぶんすごいいい点数取ってるぜ、俺。なんか、そういうの、いいじゃんか」
「ただの現実逃避だろ、それ。何がいいんだよ」
「まったく夢がないやつだな」
「それにさ、鏡の世界って、一度行ったら二度と戻ってこれないような気がするんだけど」
「何でだよ。また鏡を通ってこっちに戻ってくればいいじゃないか」
「考えてもみろよ。こっちは『鏡の世界に行ける鏡のある世界』なわけだろ。じゃあ鏡の世界では『鏡の世界に行ける鏡のない世界』ってことにならないか?」
「…うーん、そう言われると困るなぁ。確かにそうかもしれないけど、でももしそうなったらおかしくならないか?例えばこっちでは『鉛筆がある世界』なんだから、鏡の世界では『鉛筆のない世界』になっちゃうだろ」
「知らねぇよ。鏡の世界の話はお前が始めたんだろ。俺に文句言うなよ」
「まあそうだけどさ」
「なるほど、そう考えると、やっぱ俺は鏡の世界には絶対に行きたくないな」
「何でだよ」
「だって考えてもみろよ。こっちでは『自分が生きている世界』だけど、鏡の向こうでは『自分が死んでいる世界』ってことになるよな」
「…なんだかうまくいかねぇもんだなぁ」

一銃「鏡の向こうの世界」

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、「物理の北山」と称される、ガチガチの物理トリックを多用した本格ミステリを書く気鋭の新人作家による、「そして誰もいなくなった」へのオマージュとなる作品です。つまり、閉鎖空間に集められた人間が一人ずつ殺されていく、というやつですね。
ルディという女性に招待され、探偵たちが江利ヵ島にある『アリス・ミラー城』に集められた。彼らは、『アリス・ミラー』を求める依頼者から仕事を請け負い集まったのだ。
『アリス・ミラー』というのは、ルイス・キャロルの小説「鏡の国のアリス」に登場する鏡の国に行くことが出来ると言われる鏡だ。もちろん実際に鏡の国に行けるわけではないだろうが、ルイス・キャロルが「鏡の国のアリス」を書くきっかけになった鏡であるならば価値は高い。その鏡が『アリス・ミラー城』にあるかもしれない、ということで探偵が集ったのだ。
奇妙な意匠が施された奇怪な城の中で、探偵たちの予想通り殺人事件が起こる。チェス盤の駒が一人一人消えていく犠牲者を暗示し、『アリス・ドア』や鏡の部屋など奇妙な場所で人々が殺され、また密室やバラバラ死体が現れてくる。探偵は、一人また一人と殺されていく。犯人は、一体誰なのか…。
というような話です。
僕は読み終えた時、分からなくはないけどすっきりとした感じでは理解できなかったので、ネットでネタバレサイトを探して読んでみました。それを読むと、なるほどそういう仕掛けだったのか、ということはすごく納得できました。本作は、とにかく何重にもこだわった巧妙な罠を幾つも仕掛けていて、それ自体は確かに素晴らしいと思いました。
ただ、僕の読後の感想としては、もう少しすっきりしたかったな、ということです。というのも、本作でどういう仕掛けが使われたのか、ということはもちろん理解できましたが、やはりそれはちょっと無理があると僕は思うわけなんです。どう無理だと思うのか、というのはもちろんネタバレになるのでここでは書きませんが、やっぱり不自然なんです。僕が『アリス・ミラー城』にいる探偵だとしたらそうはしないだろう、という行動を探偵たちは取らされます。それは、本作に組み込まれた大仕掛けのためには仕方ないことなんですけど、でもちょっとなぁという感じです。あぁ、ネタバレして、どう不自然なのか書きたいですね。
でも、確かに不自然で無理はあると思うんですけど、でもその中で最大限努力しているというのは伝わってきます。僕からすればその不自然さに目を瞑ることはちょっと難しいですが、でも小説として致命的に破綻しているということはありません。これだけの大仕掛けを、小説を破綻させずに組み込むことが出来たというのは、やはり作家の手腕何だろうなと思います。でも、やっぱりもうちょっと全体的な整合性があればよかったのになぁ、と思います。まあ、難しいでしょうけど。
ただ、この大仕掛けにはまず誰も気づかないだろう、と思います。僕は冒頭で、ちょっと変だなとは思ったんです。たぶんその部分は誰もがあれ?と思うんじゃないかなと思います。でもその後、著者がうまいこと進めていくので、その疑問を忘れてしまうし、自分の中で勝手に別の解釈をしてしまうんですね。このトリックに、読んでる間に気づける人はすごいなと思います。
本作では最後に動機も明かされますが、それがかなりぶっ飛んでて僕は結構好きですね。でも、こういう動機が納得できない、という人は少なくないと思います。僕はこの著者のデビュー作も読みましたけど、そこでも動機はとんでもないものだったような気がします。まあそういう作風なんでしょう。
「物理の北山」と呼ばれていますが、本作ではさほど物理的なトリックはメインとはなっていません。まあ、全体に組み込まれた大仕掛けがメインということでしょう。
密室が出てきますが、この密室のトリックは、古典的だなと思う一方で、よくこんなこと思いつくなという感じのするものでもあります。この両者は相容れないように思えるかもしれませんが、割とそう思う人は多いんじゃないかなと思います。もう少し書いておくと、密室への思想は古典的なんだけど、その手段が凄まじいという感じです。
鏡の部屋での殺人にもちょっとしたトリックがありますが、これはそう大したものではないですね。まあもちろん僕には思いつかないわけですが。
あと、衝撃的なトリックの欠片みたいなものが一つ出てきます。これはこれで面白いですけどね。
非常に難しい作品にチャレンジしたという部分は大きく評価できます。でもやっぱり、読後もう少しすっきりしたかったな、というのが僕の感想です。素晴らしい大仕掛けだけど、でもやっぱり不自然であることが否めない。もう少し全体の整合性みたいなものがきちっとしていたら、僕ももっと前向きに評価が出来るし、恐らく素晴らしい傑作になっていたのではないかなと思います。
本格ミステリを結構これまでも読んできて好きだという人は読んでみるといいかもしれません。本格ミステリを何か読んでみたいと思っている初心者の方は、何か別の作品を読んだ方がいいかと思います。

北山猛邦「『アリス・ミラー城』殺人事件」

2008年11月20日

イノセント・ゲリラの祝祭(海堂尊)

連日ニュースを賑わせている話題がある。
医療事故だ。
ここひと月ほど、全国の医療機関で多数の医療事故が報告され続けている。ここひと月で報告された医療事故数は、ここ5年間で報告された医療事故数に匹敵する。突然医療事故が増えた、というわけではない。これまで隠されてきたものが表舞台に出てくるようになった、というだけのことだ。
それと時を同じくするようにして、インターネット上で大きく話題になっているホームページがあった。それは、死体の解剖写真が載っているものだった。
それだけでも充分問題だった。何せ死体の写真が載っているんだから。しかし、特に一部の人を驚かせたのはその部分ではない。そのサイトには、死亡診断書に記載されている死因と、実際解剖によって判明した死因が併記されているのだ。
つまりこういうことだ。現在日本の解剖率は2%台。ほとんどの死体は解剖されることなく、死体表面の所見によって死因が確定される。しかもそのほとんどが「心不全」「呼吸不全」だ。これは、「死因不明」と同義である。
サイトの運営者は、どういうやり方をしているのかは知らないが、解剖されることなく死因が確定した死体を入手し、それを独自に解剖しているようだ。恐らく葬儀業者と結託しているのだろうが、定かではない。
このサイトの存在は、厚生労働省としては大きな問題を孕んでいた。頻発する医療事故のニュースと相まって、日本の医療が崩壊しているということを世間に強く印象付けることになるからだ。警察もサイトの運営者を摘発すべく捜査を続けているが、未だ成果は上がっていない。
それは当然だ。黒幕は、もう死んでいるのだから。
今から20年前、一人の医師は日本の医療に絶望し、日本の医療を改革しようと誓った。まずはデータを集めた。葬儀業者を巻き込んで、火葬される前の死体を解剖し続け、写真と死因のデータを蓄積した。また同時に、全国の病院を回り協力者を集めた。彼らは20年後、時を見計らって同時期に医療事故を告発するという使命を帯びた。
医師は、蓄積した解剖データを基に運営されるホームページを作成した。足が付かないようにドイツにアパートを借り、そこに設置したパソコンから世界中のプロバイダを複雑に経由させた。また一日毎に解剖データがアップされるようにプログラムを組み、人の手を介すことなくサイト維持が出来るようにしておいた。
Xデーを決め、もうすぐその日が近いという時、その医師は事故に遭い死んでしまった。しかしその遺志は受け継がれ、医療制度を改革しようという人々によって計画は進められた。
半年後、厚生労働省が解体し、新たな医療系省庁を立ち上げることが新聞の一面に踊った。

一銃「日本の医療」

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、「チーム・バチスタの栄光」のシリーズの第四弾です。このシリーズは様々な人間をメインに据えて進んできましたが、本作で久々に田口と白鳥のタッグが復活です!やっぱり僕は、田口と白鳥のタッグは好きですね。「ナイチンゲール」とか「ジェネラル・ルージュ」とかも嫌いじゃないですけど、やっぱり「バチスタ」と言えば田口と白鳥、本作はもう滅茶苦茶面白かったですね。
物語は、東城大学病院長である高階に、万年講師であり、不定愁訴外来専従医師であり、また病院組織から独立したリスクマネジメント委員会の委員長でもある田口が呼び出されるところから始まります。なんと田口は今回、厚生労働省から呼び出されて、医療事故防止のための委員会創設のための検討会なるものに、リスクマネジメント委員長として意見を述べるように依頼されます。身に余る依頼だと固辞するも、明らかに白鳥からの差配と分かる露骨な依頼状を見せられ、田口は観念します。
厚生労働省の会議に出席するも、イマイチ噛みあわない議論。それもそのはず。厚生労働省は元々医療事故防止のためなんかに予算を与えるつもりなどなく、この検討会も、議論百出させ、空中分解させようという、ミスター厚生省こと八神という男の画策なのです。
厚生労働省の中では変人であり特異点とも呼ばれる白鳥は、しかし基本的には一般の利益のために動く男で、そのため八神の画策をなんとか防ごうとありとあらゆる奇手を繰り出す。田口を会議に招聘したのもその一環。田口はどうもいろんな人から、白鳥の懐刀だと思われているようで不満だ。
いつの間にか出世して厚生労働省の検討会なんかに出ている万年講師田口と、厚生労働省の特異点であり、エーアイ導入を目論む白鳥がタッグを組み、医療費削減ばかりに汲々とする厚生労働省と闘う。宗教法人によるリンチ事件や、本作中で『北』というコードネームで呼ばれる「ジーン・ワルツ」の事件なども絡んで来て、また彦根なんていう白鳥にも引けを取らない超人的なキャラクターが現れる、いやはや傑作ですな。
バチスタシリーズの中でもトップクラスに面白い、と僕は思います。やっぱり田口と白鳥のコンビが素晴らしいのもありますけど、彦根という、田口の大学時代の麻雀仲間がまたこれが素晴らしいキャラクターですね。詳しくは書けないですけど、本作で彦根が繰り出す弁舌はまあ素晴らしい。というかまあ正しいことを言っているんですけど、霞ヶ関ではどうにも正しいことが通らない。正しいことを通すには、白鳥や彦根のような変人が奇手を様々に繰り出して奮闘しなくてはいけない。おかしな世界だなと思います。
しかし本作のメインはなんといっても医療事故。これまでも海堂尊は様々な医療問題を小説の中で取り上げてきましたけど、今回はまさに、医療問題の指摘とエンターテイメントががっぷり四つに組んで見事なハーモニーを奏でている作品だと思いました。
対立構造は非常に複雑なんですね。霞ヶ関の力学は僕には到底理解できないでしょうが、でも海堂尊はそれを、僕みたいな政治オンチにでもなんとかついていけるような形にしてくれる。分かりやすいとはやっぱりいえないけど(それは現実の官僚がおかしいだけで、海堂尊は悪くないのだけど)、本作を読むと、医療事故に焦点が当たってはいるけど、広く日本の医療制度の崩壊について論じられていて、日本の医療がどう崩壊しているのかということがよく分かる内容になっています。
まず厚生労働省はとにかく医療費を削減したい。これが厚生労働省のメインです。彼ら官僚が目指すのはただこれだけで、あとは医療制度がぶっ壊れようがどうしようが関係ない。八神という、ミスター厚労省と呼ばれる男がまさにこのスタンスで、元々白鳥がやっていた検討会の梯子を外し、別の検討会を立ち上げ、議論を紛糾させ混乱させ、最終的に厚生労働省があらかじめ用意していた結論をメディアに提示しようと考えています。
そんな厚生労働省が主催者なわけで、検討会がうまくいくわけがないんですけど、ただ出席者はそれぞれの立場で真剣に議論しようと思っているわけです。しかしそのそれぞれの立場というのが、自身の既得権益を守ろうという方向でしかない、というのがどうしようもないですね。
検討会には二つの異なる解剖をメインに据えている学会の代表が出てくるんですけど、まずこの二つの学会が既得権益を守ろうといがみ合っている。しかし彼らの主張はどちらも似たようなもので、結局解剖を基礎におかなくてはいけない、というものです。解剖がなくなってしまうと彼らの既得権益はなくなってしまうわけで必至です。しかし現状では、解剖は全死亡例のたった2%に対してしか行われていません。なぜそんなことになっているかというと、国が解剖に対して予算を出さないからです。解剖は一体につき25万円かかります。解剖を一回する毎に25万円が病院の持ち出しということになるわけです。そんな利益にならないことを病院はしない、というのは当然の対応だと思います。
検討会には法律家も出てきます。しかし僕には、彼らの言っていることは良く分からなかったですね。法律にとって最も重要なことは法律の一貫性だけであって、あとはそれが現実に合っていようがいなかろうがどうでもいいのだろうな、ということだけは理解できましたが。
また検討会には医療事故遺族の代表もいます。彼らの主張は、もちろんちょっと無理だという部分もないではないでしょうが、基本的に普通の人が普通に考える普通の意見だと思います。しかし、それは決して反映されることはない。八神が遺族側の代表を検討会に組み入れたのは、田口をけん制するためだけです。遺族側の代表の一人に、バチスタ・スキャンダルの際に医師による殺人で死亡した患者の遺族がいます。白鳥から田口を検討会に引き入れることを打診された八神が、一応当て馬として遺族を組み入れたわけです。
さてそんな検討会で田口は、とある事情からエーアイの導入について意見することになります。というか元々白鳥が、エーアイを土台とした医療システムの構築を目指していたわけで、その駒として田口を引き入れたのだから当然と言えば当然ですが。
ここでエーアイについて少し説明しましょう。これは著者である海堂尊が実際に提言していることでもあります。「チーム・バチスタの栄光」で出てきたし、またブルーバックス新書から出ている「死因不明社会」という海堂尊の著書でも深く扱われています。
エーアイというのは、死亡時画像診断のことです。要するに、遺体のCTを撮りましょう、というものです。CTを撮れば、解剖せずに死因が分かるケースもあるし、もしそれでも分からないなら解剖をしましょう、という提言なわけです。
これが解剖と比べてどれだけ効果的かというのは明白です。まず解剖の場合は結果がわかるまでに半年近くの時間が掛かるようですが、エーアイはたった1時間。費用については分かりませんが、解剖が一体25万掛かるのに比べたら断然低いでしょう。また解剖の場合遺族の抵抗も出てくるでしょうが、画像を撮るだけなら抵抗感も薄まります。
というように明らかにメリットがあるわけなんですけど、医療費を削減したくて仕方ない厚生労働省は、利益を生み出さない解剖やエーアイに費用拠出をしません。今回は、このエーアイを基本導入できるのかどうか、というところが焦点であり、読みどころでもありますね。
読んでいると、官僚というのは本当にどうしようもない存在なのだろうなと思います。まあ別にどうにもしようがないんでしょうけど、官僚なんかに国の舵取りをされたらとんでもないことになるな、と思います。他の省庁についてはよくわからないし、本作で描かれている厚生労働省が現実とどこまで近いのかも僕は正確には分からないけど、でも僕の個人的な印象では、本作で描かれる厚生労働省の官僚というのはまさに現実なのだろうし、こんな人達に国が運営されているのだと思うと怒りが湧いてきますね。いやホント、誰か革命でも起こした方がいいかもしれませんよ。僕はやりませんけど(笑)。
本作を読むと、白鳥がものっすごっくまともな人間に思えるから不思議で仕方ないですね。「バチスタ」の時はあんなに変人だったのに。別に白鳥のキャラが変わったわけではないんです。ただ、白鳥のいる場所の背景が変わっただけなんですね。錯視と同じで、背景が変わるだけで、白鳥というキャラクターががらりと別物に変わってしまうのは本当に読んでて面白かったです。白鳥みたいな官僚が現実にいないですかね。いないでしょうねぇ。
本当に面白い作品なのでまだまだ書こうと思えばいくらでも書けそうですが、しかしちょっと今日は時間がないので、後は本作で面白いなと思った部分を抜き出して終わりにしようと思います。
まずは厚生労働省の次官が局長に向かって言った、官僚というものの存在について。白鳥みたいな人間は官僚であってはいけない、という話の続きです。

『官僚には不動点や特異点は存在してはならない。特異点は取り替えが利きません。官僚の大いなる美点は、いつでもどこでも誰とでも相互交換ができること。システム運営する誰かが、取り替えの利かない存在に成り果てたら、その人と共にシステムが滅びる。だから我ら官僚は、顔のない、誰もが同じ造作の、無限増殖を繰り返す存在に徹しなければならないのです』

なるほど、これは面白い意見だなと思いました。

もう一つは、田口のクレーム処理について。田口は不定愁訴外来という、患者の愚痴を聞く専門なのだけど、最近はモンスター・ペイシェントという無茶苦茶な文句を言うような人間が増えた。その対応もさせられているのだ。それに対する田口の対応の仕方。

『たとえば、「診療順を飛ばされた」というクレームを延々と言い続ける中年女性がいた。不定愁訴外来に回された当初、マシンガンのように自分が蒙った不利益をまくしたてた。俺はうなづきながら相手の目を見、聞いていますよ、とサインを送る。三度目、四度目になると、さすがに相手もワンパターンの俺の対応に気がつく。
「ちょっとお、聞いてるいるの?」
彼らのクレームは必ずこう変容する。そこで俺は、彼らが主張したことをまったく同じように繰り返してみせる。彼らは俺の言うことにいちいちうなずく。俺が語るのは彼らの主張なのだから、当たり前だ。人間とは不思議で、どんなに怒っていても、うなずくという肯定的行為をしながら怒りを持続させることは難しい。俺は、相手がいいと言うまで、相手のクレームを丁寧にリピートする。彼らはうなずき続けるが、やがて「もういいわよ」と呟く。そしてすっきりした顔で、「今回は許してあげるけど、次に同じ目に遭わせたら訴えるわよ」と捨て台詞を吐き、不定愁訴外来を後にするという寸法だ。』

なるほど、ブラボー。僕のいる本屋にもたまに無茶苦茶なことを言ってくる人がいるから参考にしてみよう。でもこれ、時間掛かるだろうなぁ。田口は、早く終わらせようとするから難しく思えるんだ、と言っているけど、まあ確かに。
というわけで、本作はとっても面白いです。またエンターテイメントとしてだけではなく、日本の医療制度について詳しく知るという点でも非常にうってつけの作品だと思います。素晴らしい作品なので、是非読んでみてください。

海堂尊「イノセント・ゲリラの祝祭」

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