連日ニュースを賑わせている話題がある。
医療事故だ。
ここひと月ほど、全国の医療機関で多数の医療事故が報告され続けている。ここひと月で報告された医療事故数は、ここ5年間で報告された医療事故数に匹敵する。突然医療事故が増えた、というわけではない。これまで隠されてきたものが表舞台に出てくるようになった、というだけのことだ。
それと時を同じくするようにして、インターネット上で大きく話題になっているホームページがあった。それは、死体の解剖写真が載っているものだった。
それだけでも充分問題だった。何せ死体の写真が載っているんだから。しかし、特に一部の人を驚かせたのはその部分ではない。そのサイトには、死亡診断書に記載されている死因と、実際解剖によって判明した死因が併記されているのだ。
つまりこういうことだ。現在日本の解剖率は2%台。ほとんどの死体は解剖されることなく、死体表面の所見によって死因が確定される。しかもそのほとんどが「心不全」「呼吸不全」だ。これは、「死因不明」と同義である。
サイトの運営者は、どういうやり方をしているのかは知らないが、解剖されることなく死因が確定した死体を入手し、それを独自に解剖しているようだ。恐らく葬儀業者と結託しているのだろうが、定かではない。
このサイトの存在は、厚生労働省としては大きな問題を孕んでいた。頻発する医療事故のニュースと相まって、日本の医療が崩壊しているということを世間に強く印象付けることになるからだ。警察もサイトの運営者を摘発すべく捜査を続けているが、未だ成果は上がっていない。
それは当然だ。黒幕は、もう死んでいるのだから。
今から20年前、一人の医師は日本の医療に絶望し、日本の医療を改革しようと誓った。まずはデータを集めた。葬儀業者を巻き込んで、火葬される前の死体を解剖し続け、写真と死因のデータを蓄積した。また同時に、全国の病院を回り協力者を集めた。彼らは20年後、時を見計らって同時期に医療事故を告発するという使命を帯びた。
医師は、蓄積した解剖データを基に運営されるホームページを作成した。足が付かないようにドイツにアパートを借り、そこに設置したパソコンから世界中のプロバイダを複雑に経由させた。また一日毎に解剖データがアップされるようにプログラムを組み、人の手を介すことなくサイト維持が出来るようにしておいた。
Xデーを決め、もうすぐその日が近いという時、その医師は事故に遭い死んでしまった。しかしその遺志は受け継がれ、医療制度を改革しようという人々によって計画は進められた。
半年後、厚生労働省が解体し、新たな医療系省庁を立ち上げることが新聞の一面に踊った。
一銃「日本の医療」
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、「チーム・バチスタの栄光」のシリーズの第四弾です。このシリーズは様々な人間をメインに据えて進んできましたが、本作で久々に田口と白鳥のタッグが復活です!やっぱり僕は、田口と白鳥のタッグは好きですね。「ナイチンゲール」とか「ジェネラル・ルージュ」とかも嫌いじゃないですけど、やっぱり「バチスタ」と言えば田口と白鳥、本作はもう滅茶苦茶面白かったですね。
物語は、東城大学病院長である高階に、万年講師であり、不定愁訴外来専従医師であり、また病院組織から独立したリスクマネジメント委員会の委員長でもある田口が呼び出されるところから始まります。なんと田口は今回、厚生労働省から呼び出されて、医療事故防止のための委員会創設のための検討会なるものに、リスクマネジメント委員長として意見を述べるように依頼されます。身に余る依頼だと固辞するも、明らかに白鳥からの差配と分かる露骨な依頼状を見せられ、田口は観念します。
厚生労働省の会議に出席するも、イマイチ噛みあわない議論。それもそのはず。厚生労働省は元々医療事故防止のためなんかに予算を与えるつもりなどなく、この検討会も、議論百出させ、空中分解させようという、ミスター厚生省こと八神という男の画策なのです。
厚生労働省の中では変人であり特異点とも呼ばれる白鳥は、しかし基本的には一般の利益のために動く男で、そのため八神の画策をなんとか防ごうとありとあらゆる奇手を繰り出す。田口を会議に招聘したのもその一環。田口はどうもいろんな人から、白鳥の懐刀だと思われているようで不満だ。
いつの間にか出世して厚生労働省の検討会なんかに出ている万年講師田口と、厚生労働省の特異点であり、エーアイ導入を目論む白鳥がタッグを組み、医療費削減ばかりに汲々とする厚生労働省と闘う。宗教法人によるリンチ事件や、本作中で『北』というコードネームで呼ばれる「ジーン・ワルツ」の事件なども絡んで来て、また彦根なんていう白鳥にも引けを取らない超人的なキャラクターが現れる、いやはや傑作ですな。
バチスタシリーズの中でもトップクラスに面白い、と僕は思います。やっぱり田口と白鳥のコンビが素晴らしいのもありますけど、彦根という、田口の大学時代の麻雀仲間がまたこれが素晴らしいキャラクターですね。詳しくは書けないですけど、本作で彦根が繰り出す弁舌はまあ素晴らしい。というかまあ正しいことを言っているんですけど、霞ヶ関ではどうにも正しいことが通らない。正しいことを通すには、白鳥や彦根のような変人が奇手を様々に繰り出して奮闘しなくてはいけない。おかしな世界だなと思います。
しかし本作のメインはなんといっても医療事故。これまでも海堂尊は様々な医療問題を小説の中で取り上げてきましたけど、今回はまさに、医療問題の指摘とエンターテイメントががっぷり四つに組んで見事なハーモニーを奏でている作品だと思いました。
対立構造は非常に複雑なんですね。霞ヶ関の力学は僕には到底理解できないでしょうが、でも海堂尊はそれを、僕みたいな政治オンチにでもなんとかついていけるような形にしてくれる。分かりやすいとはやっぱりいえないけど(それは現実の官僚がおかしいだけで、海堂尊は悪くないのだけど)、本作を読むと、医療事故に焦点が当たってはいるけど、広く日本の医療制度の崩壊について論じられていて、日本の医療がどう崩壊しているのかということがよく分かる内容になっています。
まず厚生労働省はとにかく医療費を削減したい。これが厚生労働省のメインです。彼ら官僚が目指すのはただこれだけで、あとは医療制度がぶっ壊れようがどうしようが関係ない。八神という、ミスター厚労省と呼ばれる男がまさにこのスタンスで、元々白鳥がやっていた検討会の梯子を外し、別の検討会を立ち上げ、議論を紛糾させ混乱させ、最終的に厚生労働省があらかじめ用意していた結論をメディアに提示しようと考えています。
そんな厚生労働省が主催者なわけで、検討会がうまくいくわけがないんですけど、ただ出席者はそれぞれの立場で真剣に議論しようと思っているわけです。しかしそのそれぞれの立場というのが、自身の既得権益を守ろうという方向でしかない、というのがどうしようもないですね。
検討会には二つの異なる解剖をメインに据えている学会の代表が出てくるんですけど、まずこの二つの学会が既得権益を守ろうといがみ合っている。しかし彼らの主張はどちらも似たようなもので、結局解剖を基礎におかなくてはいけない、というものです。解剖がなくなってしまうと彼らの既得権益はなくなってしまうわけで必至です。しかし現状では、解剖は全死亡例のたった2%に対してしか行われていません。なぜそんなことになっているかというと、国が解剖に対して予算を出さないからです。解剖は一体につき25万円かかります。解剖を一回する毎に25万円が病院の持ち出しということになるわけです。そんな利益にならないことを病院はしない、というのは当然の対応だと思います。
検討会には法律家も出てきます。しかし僕には、彼らの言っていることは良く分からなかったですね。法律にとって最も重要なことは法律の一貫性だけであって、あとはそれが現実に合っていようがいなかろうがどうでもいいのだろうな、ということだけは理解できましたが。
また検討会には医療事故遺族の代表もいます。彼らの主張は、もちろんちょっと無理だという部分もないではないでしょうが、基本的に普通の人が普通に考える普通の意見だと思います。しかし、それは決して反映されることはない。八神が遺族側の代表を検討会に組み入れたのは、田口をけん制するためだけです。遺族側の代表の一人に、バチスタ・スキャンダルの際に医師による殺人で死亡した患者の遺族がいます。白鳥から田口を検討会に引き入れることを打診された八神が、一応当て馬として遺族を組み入れたわけです。
さてそんな検討会で田口は、とある事情からエーアイの導入について意見することになります。というか元々白鳥が、エーアイを土台とした医療システムの構築を目指していたわけで、その駒として田口を引き入れたのだから当然と言えば当然ですが。
ここでエーアイについて少し説明しましょう。これは著者である海堂尊が実際に提言していることでもあります。「チーム・バチスタの栄光」で出てきたし、またブルーバックス新書から出ている「死因不明社会」という海堂尊の著書でも深く扱われています。
エーアイというのは、死亡時画像診断のことです。要するに、遺体のCTを撮りましょう、というものです。CTを撮れば、解剖せずに死因が分かるケースもあるし、もしそれでも分からないなら解剖をしましょう、という提言なわけです。
これが解剖と比べてどれだけ効果的かというのは明白です。まず解剖の場合は結果がわかるまでに半年近くの時間が掛かるようですが、エーアイはたった1時間。費用については分かりませんが、解剖が一体25万掛かるのに比べたら断然低いでしょう。また解剖の場合遺族の抵抗も出てくるでしょうが、画像を撮るだけなら抵抗感も薄まります。
というように明らかにメリットがあるわけなんですけど、医療費を削減したくて仕方ない厚生労働省は、利益を生み出さない解剖やエーアイに費用拠出をしません。今回は、このエーアイを基本導入できるのかどうか、というところが焦点であり、読みどころでもありますね。
読んでいると、官僚というのは本当にどうしようもない存在なのだろうなと思います。まあ別にどうにもしようがないんでしょうけど、官僚なんかに国の舵取りをされたらとんでもないことになるな、と思います。他の省庁についてはよくわからないし、本作で描かれている厚生労働省が現実とどこまで近いのかも僕は正確には分からないけど、でも僕の個人的な印象では、本作で描かれる厚生労働省の官僚というのはまさに現実なのだろうし、こんな人達に国が運営されているのだと思うと怒りが湧いてきますね。いやホント、誰か革命でも起こした方がいいかもしれませんよ。僕はやりませんけど(笑)。
本作を読むと、白鳥がものっすごっくまともな人間に思えるから不思議で仕方ないですね。「バチスタ」の時はあんなに変人だったのに。別に白鳥のキャラが変わったわけではないんです。ただ、白鳥のいる場所の背景が変わっただけなんですね。錯視と同じで、背景が変わるだけで、白鳥というキャラクターががらりと別物に変わってしまうのは本当に読んでて面白かったです。白鳥みたいな官僚が現実にいないですかね。いないでしょうねぇ。
本当に面白い作品なのでまだまだ書こうと思えばいくらでも書けそうですが、しかしちょっと今日は時間がないので、後は本作で面白いなと思った部分を抜き出して終わりにしようと思います。
まずは厚生労働省の次官が局長に向かって言った、官僚というものの存在について。白鳥みたいな人間は官僚であってはいけない、という話の続きです。
『官僚には不動点や特異点は存在してはならない。特異点は取り替えが利きません。官僚の大いなる美点は、いつでもどこでも誰とでも相互交換ができること。システム運営する誰かが、取り替えの利かない存在に成り果てたら、その人と共にシステムが滅びる。だから我ら官僚は、顔のない、誰もが同じ造作の、無限増殖を繰り返す存在に徹しなければならないのです』
なるほど、これは面白い意見だなと思いました。
もう一つは、田口のクレーム処理について。田口は不定愁訴外来という、患者の愚痴を聞く専門なのだけど、最近はモンスター・ペイシェントという無茶苦茶な文句を言うような人間が増えた。その対応もさせられているのだ。それに対する田口の対応の仕方。
『たとえば、「診療順を飛ばされた」というクレームを延々と言い続ける中年女性がいた。不定愁訴外来に回された当初、マシンガンのように自分が蒙った不利益をまくしたてた。俺はうなづきながら相手の目を見、聞いていますよ、とサインを送る。三度目、四度目になると、さすがに相手もワンパターンの俺の対応に気がつく。
「ちょっとお、聞いてるいるの?」
彼らのクレームは必ずこう変容する。そこで俺は、彼らが主張したことをまったく同じように繰り返してみせる。彼らは俺の言うことにいちいちうなずく。俺が語るのは彼らの主張なのだから、当たり前だ。人間とは不思議で、どんなに怒っていても、うなずくという肯定的行為をしながら怒りを持続させることは難しい。俺は、相手がいいと言うまで、相手のクレームを丁寧にリピートする。彼らはうなずき続けるが、やがて「もういいわよ」と呟く。そしてすっきりした顔で、「今回は許してあげるけど、次に同じ目に遭わせたら訴えるわよ」と捨て台詞を吐き、不定愁訴外来を後にするという寸法だ。』
なるほど、ブラボー。僕のいる本屋にもたまに無茶苦茶なことを言ってくる人がいるから参考にしてみよう。でもこれ、時間掛かるだろうなぁ。田口は、早く終わらせようとするから難しく思えるんだ、と言っているけど、まあ確かに。
というわけで、本作はとっても面白いです。またエンターテイメントとしてだけではなく、日本の医療制度について詳しく知るという点でも非常にうってつけの作品だと思います。素晴らしい作品なので、是非読んでみてください。
海堂尊「イノセント・ゲリラの祝祭」
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