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2008年09月30日

恩田陸【ユージニア】

静かな城下町を恐怖に陥れた大量毒殺事件。その現場に居合わせた少女が十数年後に事件を小説に書いて出版した。著者は覆面のまま、次作を発表することなく世間から忘れ去られた。

さらに長い年月を経て、事件の現場となった旧家の屋敷は取り壊しが決まった。だが事件には今なお謎が多く、容疑者については「冤罪ではないか」との声が絶えない。

小説を書いた少女の真意とは。そして事件の真相とは。


ユージニア (角川文庫 お 48-2)ユージニア (角川文庫 お 48-2)
(2008/08/25)
恩田 陸

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評価=☆☆☆☆☆  (5点満点)


本書の舞台となる静かな城下町は、文中では「K市」と呼ばれますが、これが石川県金沢市であることは明らかでしょう。恩田さんのバレバレイニシャルトーク旅行記シリーズとでも申しましょうか。『クレオパトラの夢』では函館が「H市」、その函館にある観光名所の五稜郭が「G稜郭」となっていますし、『黒と茶の幻想』では、どう考えても屋久島にしか思えない島が「Y島」と書かれています。

で、とにかくその金沢市の兼六園にある成巽閣(せいそんかく)という建物の中に、「群青の間」と呼ばれる青一色の部屋があるんだそうです。(成巽閣のホームページはこちら

なにせ「加賀百万石」と言われる城下町ですからね。お殿様が「オレってすげーだろ」と自慢したくて造った「群青の間」なのでしょうけど、青一色とはいかにも不気味。お殿様のセンスを疑います(笑)。

この不気味な青い部屋に恩田さんが触発されて本書をお書きになったことは、文庫版『ユージニア』の巻末の「ユージニアノート」でふれられています。



物語は、大量毒殺事件の関係者と思しき人々が入れ替わり立ち代わり証言する形で、ゆるゆると進みます。しかし警察の捜査はすでに終結しました。犯人もわかっています。事件はとっくに昔話と化しています。

では人々は「誰に対して」「何のために」過去の事件を語っているのか? そもそもこの語り手はいったい誰なのか? そのへんは証言の合間にチラチラと見え隠れする程度。まるで目鼻のはっきりしない幾つもの人影がふわふわ行き交うようです。恩田さんの『Q&A』という作品に似た雰囲気。

ただ、『Q&A』は結末が幻想的でしたが、本書は最後までミステリー小説らしさを保っていると思います。

恩田さんの作品だと、結末で真実が明らかになるどころか、事件そのものが形を失ったり、いつのまにやら話がミステリー小説ではないものに変わったりと、わけがわからんモノもありますからね(笑)。わからないなりに楽しめますけど。(楽しめなかったモノも若干ありますけど……)

本書では事件の真相が漠然と「察せられる」結末となっています。

すみずみまでガッチリ構築されたミステリー小説がお好みのかたには強くお勧めしませんが、作品の雰囲気に身をまかせるような読み方だと楽しめるかと思います。


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2008年09月30日

ただマイヨ・ジョーヌのためでなく(ランス・アームストロング)

自転車は昔、金属で出来ていたのだという。今となっては想像も出来ない。金属なんかで出来た自転車に乗って、何が出来たというのだろう。痛くなかったのだろうか。自転車と意思の疎通など出来なかったことだろう。改めて、技術の進歩というものは素晴らしいものだと思わされる。
iPS細胞という、どんな種類の細胞にでも出来る細胞が発見され、その実用化に様々なアイデアが考えられた。初めの内は主に移植に使われることになったが、ある時ドイツのある企業が、iPS細胞から発展させたコアiPS細胞というものを生み出した。これは特殊な方法で細胞に設計図を読み込ませることで、あらゆる機能や形態を付与させることが出来るという新しい技術だった。
さっそくこのコアiPS細胞は、工業製品に使われるようになった。一番初めに取り入れられたのはパソコンだった。これまでの、入力されたことしか出来ないものではなく、自分で考え判断を下す、人間の脳に近い形のパソコンを設計することが可能になったのだ。
それ以外にも様々な工業製品に応用されるようになった。より直感的に運転の出来る車や、常に最大効率を目指し、ロスを極力減らすように自ら作業効率を調整できる工業機械など、その応用範囲は広かった。
さらにコアiPS細胞は、スポーツの世界にも使われるようになっていった。選手の直感を反映するスパイクや、空気抵抗を自動的に最小限に抑えるユニフォームなどに使われた。
そして自転車競技にも取り入れられるようになったのだ。自転車そのものがコアiPS細胞によって設計されるようになった。これにより、マシンと選手がより一体となり、マシンがまるで身体の一部であるかのように扱えるようになっていったのだ。
しかしこのコアiPS細胞には、一つだけ大きな欠点があった。それは、コアiPS細胞が発見され、工業的に広く応用されるようになってから40年近く経ってからわかったことだ。
それは、コアiPS細胞によって設計された工業製品は、癌を発病するということだった。生体細胞を使用しているので確かにそうなる可能性を予見することは出来たかもしれないが、しかし世界中の科学者にとってはやはり予想外の出来事だった。
コアiPS細胞が使われたものすべてが発症するわけではもちろんない。その発生率は、一説には3%以下だと言われている。しかし、自分が使っているパソコンや車が癌になるというのは、やはり感覚的に理解するのに時間が掛かったものだ。
僕が乗っている自転車も、癌に掛かってしまった。今では、製品癌保険も充実しているし、その保険を使って新しいものを買い換えてしまえばいいのだ。しかし、どうにもそれが出来なかった。壊れてしまったのなら諦めもつくが、癌になったというだけのことだ。今ではこの自転車は、僕の身体の一部と言ってもいい。どうせなら闘ってみようか。僕は今そんな風に思っている。コイツと一緒に癌を乗り越えて、またレースで優勝するんだ。

一銃「コアiPS細胞」

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、あるアメリカ人の闘いの記録です。
ランス・アームストロングは、21歳の時、史上最年少で世界自転車選手権で優勝し、また世界で最も過酷なスポーツの一つと言われているツール・ド・フランスのステージ優勝(区間賞のようなもの)をしたりと、順調に世界トップクラスのライダーへと突き進んでいった。元々自転車レースはヨーロッパが主流で、アメリカではほとんど知られていなかった。そんなアメリカから、ヨーロッパの選手を脅かす男が出てきたので、注目されるようになった。
しかし、25歳の時に睾丸癌を発病する。しかも彼の癌は最悪なケースだった。異常を感じてはいたが、それをしばらく放っておいたため状況は悪化。睾丸から肺に転移しており、さらに脳にまで転移していた。当初医師らは、治る可能性は五分五分だという風に言うが、病気から回復した著者が実際はどうだったのかと聞くと、治る可能性はとんでもなく低いと思っていた、と語った(どれぐらいの数字だと思っていたのか、というのも本作の最後の方に出てきます)。それくらい、絶望的な状況に立たされていた。
しかし彼は、ありとあらゆる困難を退けて癌と闘った。その結果彼は回復し、その後、ツール・ド・フランスで総合優勝をするのだ。
と書くと、本作は一人の人間の、不屈の精神や諦めない生き方、どんな時でも負けない気持ちや弱さを克服する力、なんかが書かれていると思うだろう。しかし、決してそうではない。本作で著者は、自分の弱い部分を惜しげもなくさらけだしている。病気の治療をしている時どうだったのか、どんな風に辛かったのか、そして何よりも、病気が回復した後の、すべての無気力な自分というのもきちんと描いている。彼は、癌と闘っている時は、まだ好戦的だった。なんとしてでも癌をやっつけてやる、と気力だけは強かった。しかし、病気が治ってからしばらくは、まさに腑抜けと言ってもいい生活だった。何もやる気が起きない、自転車の世界なんかもちろん戻りたくない、不摂生な生活をし、毎日ゴルフをしているだけの日々。しかもその間、結婚を前提に付き合っていた女性がいたのだ(この女性がまあなかなか凄いんですね)。それでも彼は、何もかも放り投げたかったし、実際周囲の人間の踏ん張りがなければ、彼はそのままダメになってしまっただろう。
けれども、彼はそんな腑抜けの人生からも回復した。そしてツール・ド・フランス総合優勝という栄冠を勝ち取るのだ。
僕は読んだことはないけど、「五体不満足」と似ているようで似ていない作品なのかなという気がします。僕のイメージでは、「五体不満足」というのは徹頭徹尾前向きなことが書かれている気がします。障害があっても大丈夫、どんな生き方だって出来る、という強いメッセージが発信されているような気がします。でも本作は、もちろん諦めなければいいことがある、というような強いメッセージももちろん発信しているんだけど、それだけじゃないんですね。なんというか、弱い自分だって自分なんだから仕方ないじゃないか、というようなメッセージも込められているような気がします。自分は確かに、癌から回復してツール・ド・フランス優勝という栄冠を勝ち取ることが出来た。でもこれは、自分一人のお陰なんかじゃもちろんない。自分自身はこれほど酷かった時だってあるし、こんなに弱かったこともある。でも、周囲の人の支えやちょっとした幸運のお陰で、僕はいい方向に進むことが出来た。そんなメッセージを込めているような気がします。
本作ではとにかくありとあらゆることを包み隠さず書いていて、癌治療によって生殖機能の減退してしまった著者が、妻と不妊治療を行う話まで書かれています。本作の原題は「It's Not About the Bike(自転車についての話じゃない)」なんだけど、確かにそうだなという気がします。もちろん癌だけの話でもありません。これは、一人の男がどう生きたかという記録であり、その証なんだなという気がします。
僕は小説やノンフィクションで癌についての話を読む度に、自分だったらどうするだろう、と思います。僕は正直、癌になったら諦めるような気がするんですね。化学治療や放射線治療は、どういう描写を読んでも辛そうで、もともと生きる気力の少ない僕としては耐えられないような気がするんですよね。
本作を読んでいて、「僕が癌になったのは、僕がそれを克服できる人間だからだ」というようなセリフがあって、その言葉の意味自体はちょっと無理がありすぎるとしても、しかしそんな風に前向きに考えられるのは本当にすごいなと思いました。とにかく著者の、癌と闘っている部分は本当に凄くて、あらゆる本を読みまくって知識を得て、看護婦や医者を質問攻めにしたりして、彼自身も治療に積極的に参加していきます。今では、睾丸癌だけについてだったら専門家になれる、と言うくらい知識があるそうです。また、無茶苦茶辛い化学治療の間も自転車に乗っていたりと、本当に強いなと思いました。
だからこそその反動で、その後の無気力に繋がっていってしまうのかなと思ったりもしました。本当にこの時期の著者は最悪で、この時未来の妻となる女性と付き合っていなかったらたぶん自転車の世界には戻れなかったのではないか、と思ったりします。この女性はなかなか肝が据わっていて惹かれますね。すごいと思います。
本作を読むと、とにかく周りの人たちの支えが素晴らしいと思います。時には、契約を切られるなど哀しい出来事もあったけど、概ね彼の周りにいる人々は彼のために全力になってくれています。これほど素晴らしい仲間がいたことが、彼の復活にも大きく関わっているのだろうなと思います。
かなりいい本だと思います。「やれば出来る」なんていう強すぎるメッセージだけじゃない、「人間は誰だって弱さを抱えているんだ」と思える作品です。読んでみてください。

ランス・アームストロング「ただマイヨ・ジョーヌのためでなく」


ただマイヨジョーヌのためでなく文庫

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