僕は社長になりたくて仕方なかった。とにかく、なるなら社長だと子どもの頃からずっと思っていた。社長にならなければ意味がない、とまで思っていたほどだ。
そんなことを周りに吹聴していると、友人の一人が一冊の本を僕にくれた。「日本でいちばん大切にしたい会社」という本だった。
「この本何?」
「タイトル通りな、日本でいちばん大切にしたいと思える素晴らしい会社について載ってるんだ。お前がもしホントに社長になりたいんだったら、こういうような人の話を読んでおくのはためになるだろうと思ってさ」
そう言われたので、僕はありがたくその本を受け取り読んでみることにした。
その本には、主に五つの会社について書かれていた。
川崎市にある、従業員の七割が障害者である「日本理化化学工業株式会社」
斜陽産業である寒天を扱って、四十八年間増収増益を続けてきた「伊那食品工業株式会社」
日本一辺鄙な場所にあるが、そこで作っている義肢装具を求めて世界中から顧客がやってくる「中村ブレイス株式会社」
地元北海道で最も親しまれていて、新卒採用の競争率が100倍という「株式会社柳月」
大手スーパーが立ち退いたためさびれてしまった商店街で驚異の売上を誇る「杉山フルーツ」
この本を読んで、僕は成功の法則を見極めることが出来た、と思った。なんだ、会社を成功させるのはこんなに簡単なことだったのか、と僕は安堵したのである。
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フリーライターとして毎日忙しく働いている私のところにある話が舞い込んで来たのは、桜も散りかけた頃のことだった。
私は、自ら企画を立てて文章まで書き、そのパッケージすべてを出版社に売り込むという形で仕事をしているのだけど、ある時変な会社があるので取材に行ってもらえないか、と依頼がやってきた。自分で企画を立てない取材は久しぶりだったものの、依頼主から聞いたその会社の特徴を聞いて、何だか嫌な予感がしたのだった。これは自分で行って確かめるしかない。私はそう決意して、一路滋賀県まで行くことにしたのである。
その会社は、実に辺鄙な場所にあった。滋賀県の奥の奥、もはやここは森と呼ぶべきなのではないか、と思えるところに、突如その建物が現れるのである。しかも奇妙なのが、その建物は商店街の中にあるのである。そんな山奥に商店街があるわけもないので、その商店街も会社の所有ということなのだろう。わざわざさびれた雰囲気を醸し出す商店街の中に本社がある。
本社に入ると、驚くべきことに従業員のすべてが障害者なのだった。受付にいる人は話すことが出来ないようで、すべて筆談でのやり取りだった。エレベーターガールは車椅子に乗っているし、工場の方でも様々な障害を負った人々がそこかしこで働いているのである。
事前に聞いていた話によれば、この会社が扱っているのは寒天と義肢装具だとのこと。ここに至って私の嫌な予感は完璧に的中したと言っていいだろう。
社長への面会を求めると、既に話は通っていたようで、社長室に案内された。そこで私は、旧友と再会することになるのである。
「やっぱり、君だと思ったよ」
「あの時お前がくれたあの本に書かれていることをすべて実践してみたんだ。なかなか困難なものもあったけど、どうだろう、なかなかうまいこと実現したとは思えないだろうか。これで僕の成功も間違いなし、というところだろうね」
私はそれ以上取材を続ける気になれず、頑張ってくれ、応援していると言ったようなことをおざなりに言って帰ってきた。まさかあそこまで馬鹿だとは思わなかった。恐らくあの会社は近い内に潰れることだろう。そう思うと、あそこで働いている障害者の方々のことが思い出されて、何とも言えない罪悪感にさいなまれるのだった。
一銃「成功の法則」
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、まさにタイトルそのままの本でして、中小企業経営論などを専門としている大学教授が、自身の足で北海道から沖縄まで6000社を超えるありとあらゆる企業を訪ねて回り、その中でここは素晴らしいと思える会社を厳選して5社紹介している本です。僕の勝手な予想では、この本はちょっと話題になりそうですね。既になっているのかもしれませんけど。
紹介されている五社は、ショートショート内で説明した通りで、もう一度コピペすると、
川崎市にある、従業員の七割が障害者である「日本理化化学工業株式会社」
斜陽産業である寒天を扱って、四十八年間増収増益を続けてきた「伊那食品工業株式会社」
日本一辺鄙な場所にあるが、そこで作っている義肢装具を求めて世界中から顧客がやってくる「中村ブレイス株式会社」
地元北海道で最も親しまれていて、新卒採用の競争率が100倍という「株式会社柳月」
大手スーパーが立ち退いたためさびれてしまった商店街で驚異の売上を誇る「杉山フルーツ」
という感じですね。これからそれぞれについてどういう会社なのか書いていくつもりですけど、ホントどの会社も素晴らしいですね。僕はネットでこの書評を読んで読んでみることにしたんですけど、その書評の中で、この本を読んで泣いた、という感想がありました。その気持ちは僕も分かるな、という感じです。とにかく、会社を経営するということが、これほど感動的な話になるのだなぁ、とびっくりする思いでした。世の中にいるすべての経営者がこんな感じだったら素晴らしいと思うんですけど、本作の冒頭でも触れられているように最近は偽装だのなんだのと企業にまつわる不祥事が多いです。悪いことをして利益を得るというのが当然のようにまかり通っている世の中にあって、ここに挙げられている五社の素晴らしいこと素晴らしいこと。すべての経営者は爪の垢を煎じて飲んでいただきたいものですね。
というわけで、それぞれの会社の説明をしましょう。
まず、今僕が住んでいる街である川崎市に拠点を構える「日本理化化学工業株式会社」です。この会社のとにかく素晴らしい点は、先ほども書いたように、社員の七割が障害者である、という点です。
きっかけは大分前に遡ります。ある養護学校から、生徒を就職させたいというお願いがありましたが、当時の社長は悩みに悩んだ末そのお願いを断ることにしました。しかし、それではせめてということで、一週間だけでも仕事を体験させてはもらえないだろうか、という話になり、社長はそれならとOKしたそうです。
最終日、当時の社員達は社長に直訴します。あの子達を社員として雇ってはもらえないか、と。もしあの子達に出来ないことがあれば、私達がカバーします。その熱意に押され、社長はその障害者の雇用に踏み切ったわけです。
以来障害者の雇用を続けていき、今では社員の七割が障害者というとんでもない会社になったわけです。
もちろん初めは苦労が耐えなかったそうです。人を工程に合わせるのではなくて、工程を人に合わせるというやり方で、それぞれの障害者の障害の程度に合わせて一人一人やり方を変えていったのだそうです。
この会社は、授業で使うあのチョークを作っている会社です。決して大きく儲かるような分野ではありません。それでも、障害者を雇用しているという条件の中で、実に優良な経営を続けているとのことです。新製品の開発などにも余念がなく、社員のやる気がみなぎっているそうです。
次は、斜陽産業である寒天で48年間増収増益を続けた「伊那食品工業」です。
常に研究への投資をし続け、それによって新製品の開発を行い、現在では寒天メーカーの世界的企業と言っても言い過ぎではありません。国内の80%、世界の15%のシェアを誇っているそうです。
この会社はとにかくなかなか凄くて、まず社是が「いい会社を作ろう」だったりします。「いい会社」というのは、周りの人すべてからそう思われるという意味で、この会社は常にそれを実践しています。そのため、敵を作らない経営というのを実践しているし(つまり、ライバルの発生しようのないオンリーワンの商品を提供し続ける)、なんと社員全員会社の敷地内に入る際に「右折禁止」を実行しているとのこと。右折をすると渋滞になったり事故になりやすいので、どんなに遠回りをしても左折のみで入るのだそうです。プライベートでも社員はすばらしく、駐車場の入口近くには車を停めない、というルールがあるそうです。駐車場の入口付近は障害者や高齢者のためのスペースだという認識のようで、社員全員がそれを実行しているそうです。
また、社内のあちこちに「100年カレンダー」が貼ってあります。社長は、経営とは持続させることが最も重要であると考えていて、100年先を見越した経営をモットーにしているようです。
ある時こんなことがありました。ある社員が、明らかに自身のミスで機械の操作を誤り、重いものが足に落ちてきてしまったことがあります。その時社長はこう考えました。二度と社員に危ない仕事はさせられない。事故の原因は誰がどう見ても社員の操作ミスだったにも関わらず、社長はその当時の財務状況ではかなり厳しい(倒産してもおかしくなかったような)出費をして、機械をすべて安全なものに切り替えたのだそうです。まず何よりも社員を第一に考えているということの表れですね。
とにかく、社長が持ち続けてきた理念がちょっとレベルが違う、そんな会社だと思います。
次は、日本一と言っても過言ではないほどの僻地に本社を持つ、世界一と言ってもいい義肢装具メーカーである「中村ブレイス株式会社」です。
この会社は、日本で最も過疎の進んでいる島根県の中でも最も辺鄙と言ってもいい石見銀山の麓に本社があります。周りには遊ぶところなんか何もないようなその会社に、毎年県内外から山ほどの若者が就職を希望しにやってきます。仕事は、義肢の素材である粘土状のものを成型するという、お世辞にも綺麗でスマートだとは言いがたいものですが、そこで働くすべての人がいい笑顔で仕事をしているようです。
まだ日本で義肢装具の需要がまるでなかった頃から会社を始めた社長が初めて雇ったのが、虚弱な若者でした。一時間働いたと思ったら疲れたと言って帰り、一週間ぐらい出社しない。たまに長い時間働くことがあっても、長続きはしないという有り様の若者でした。しかし社長はその若者を雇い続け、七年半の歳月を掛けて、朝8時から夕方5時まで働けるようにしたのだそうです。世のため、人のために貢献したいという社長の創業の頃からの想いがそうさせたわけです。現在この会社の主力商品となっているものには、その若者のアイデアによるものが数多くあるそうで、会社の発展に大きく貢献したようです。
またこんなことがありました。地元の高校二年生の女の子が会社を訪ねてこういいました。
「私は東京の大学に行くけど、将来はふるさとに帰って仕事をしたい。ここで働きたいと思っているのだけど、大学の四年間、どんな勉強をすればいいですか」
そこで社長はこう答えました。
「いい友達、いい先生に出会ってくれれば、それでいいですよ」
またこんなこともありました。事故で両足を失ってしまった中学生の女の子に義足を作ってあげましたが、義足であることを理由に苛められる始末。高校に行っても友達が出来ないため、思い余った彼女は中村ブレイスへ行き、高校を辞めるのでここで働かせてください、といいます。
しかし社長は首を縦に振りません。
「最低でも高校は卒業してください。できれば大学も行ったほうがいいでしょう」
その上でさらにこう続けます。
「そして、そのときに、まだ中村ブレ―ズで働きたいと思うのであれば、私たちは待っています…。あなたの席を空けて待っています…」
目先の利益だけを求めていたら存在しなかっただろう会社だなと思いました。
次は、北海道を拠点とし、北海道からは絶対に出ないと決めている、地元民に広く愛されているお菓子会社である「株式会社柳月」です。
とにかく値段は安く、しかも味はピカイチ。この会社で働く職人は、モンドセレクションなどの世界中から数千人の職人が参加するコンテストで、三年連続金賞などの快挙を成し遂げているほどです。お菓子作り体験を社員である職人が教えたり、社長自らが北海道のお菓子全体を盛り上げようと行動をしていたりと、とにかく地元に密着して経営をしている会社です。
お菓子店というのは普通パートやアルバイトが多いそうですが、この会社では7割が正社員なんだそうです。接客も素晴らしく行き届いていて、各人が自らの能力を最大限つぎ込んでいるように感じられるそうです。
しかも、新卒採用の競争率がなんと100倍!優良経営であることを学生の多くも知っているということですね。
お菓子を通じて北海道で何が出来るのかを真剣に考えた結果としての一つの形だなと思います。
最後に、大規模スーパーの撤退によって寂れてしまった商店街の中で驚異的な売上を誇る「杉山フルーツ」です。ここは、株式会社でも有限会社でもありません。商店街によくあるような家族経営の小さなところです。しかしそれでも、この果物屋がやっていることはすごいですね。
まず関係ないですけどびっくりしたのが、これが静岡県富士市の吉原商店街にあるということですね。何がビックリかって、僕の生まれたのがこの富士市の隣町である富士川町だからです。正確には覚えていないけど、吉原商店街という名前も聞いたような記憶があるし、たぶんその近くを通っているのではないかな、という気がします。高校が富士市にあったので。何だか知っている地名が出てきて親近感が沸きました。
この店では、高価なマスクメロンが年間で8000個売れるんだそうです。この数字はなかなか実感し難いですけど、単店での売上としては日本一だろうと著者は書いています。またただの小売りではなくメーカーになろうとしていて、オリジナルのゼリーを作って販売していたりします。このゼリーは好評で、全国の様々なスーパーチェーンから、わが社で売らせて欲しいというオファーが殺到したようですが、すべて断ったそうです。一日の売上が少なくとも1億円以上、その倍出してもいい、と言われても首を縦には振らなかったそうです。手作りなので一日限られた個数しか作れないから、というのがその理由のようですが、しかしすごい決断だなと思います。
この店が何故そんなに売上を上げることが出来たのかと言えば、二つの要素があります。一つは、贈り物用に特化したこと。そして早くからインターネットを活用したことです。
例えばこんなことがあったそうです。ある人が杉山フルーツのHPを見て連絡をして来ました。その人は、実家にいる母に毎月果物を送ってもらえないだろうか、と依頼してきました。もちろんそのお客さんの住む街にも果物屋はあるでしょうが、お客さんはあなたに頼めば実家の母に想いが届くのではないかと言います。普通こんなめんどうな注文は断るでしょうが、杉山フルーツは二年間毎月フルーツを送り続けたのだそうです。
また別の話があります。結婚を控えた夫婦が、とあるきっかけで引き出物を杉山フルーツに頼むことにしました。予算は少なかったのですが、杉山フルーツはスタッフ総出で可能な限り素晴らしい引き出物を完成させました。それを見た夫婦は、明らかに自分達が提示した予算内に収まる仕事ではないと分かります。そんな採算を度外視したこともやってのけてしまうわけです。
立地は悪い、規模は小さい、売っているものはただのフルーツ。そんないい条件などどこにもない状況でも、素晴らしい仕事をすることは出来るのだな、と思いました。
著者としては、世の中の経営者に向けてメッセージを発したくて本作を書いたのかもしれませんが、僕としてはこれから仕事を選ぼうと想っている人、そして天職を考えているような人に読んで欲しいかもしれない、と思います。仕事をするということはどういうことなのか、そしてそれを実現することの出来る会社とはどういう会社なのかということを考えるいい機会になるのではないかな、と思います。
経営者にはとにかく、社員やスタッフの満足を一番に考えた経営をしてもらいたいものですね。本作でも、企業が最も重視すべきは、お客さんよりもまず社員である、と書いています。社員を大切にすることが、結果的に売り上げに繋がるのだ、と。確かにそうだろうな、と思いました。
なかなか素晴らしい本だと思います。200Pぐらいで1時間ぐらいで読めてしまうので、本当はオススメしたくないですけど立ち読みで読んでもいいかもしれません。僕もこんな会社で働きたいものだなぁ、と思わせるような会社の話でした。
最近、「俺ブラック会社に勤めてるんだが、もうダメかもしれない」みたいなタイトルの本が話題ですが、それと合わせて読んでみても面白いかもしれません。
坂本光司「日本でいちばん大切にした会社」
日本でいちばん大切にしたい会社ハード
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