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2008年06月30日

2008年6月のマイ・ベスト本

天災、人災、いろいろあった2008年6月です。

今月のマイ・ベスト本は、宮部みゆき『火車』


火車 (新潮文庫)火車 (新潮文庫)
(1998/01)
宮部 みゆき

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2008年06月30日

赤×ピンク(桜庭一樹)

いつものように仕事を終えて部屋に戻ると、郵便受けに一通の封筒が入っていた。表に『招待状』と大きく書かれている以外白紙の封筒で、差出人が誰かも分からない。後で気づいたのだけど、切手も貼っていなかった。明らかに怪しいのだけれども、その時は疲れていたこともあって見逃してしまったのだ。
なんとはなしに封筒を開けて見る。それは、ある大会の予選会への招待状であった。
『エア格闘技全国大会』
「エア格闘技」というのは聞いたことがないけど、要するに「エアギター」みたいなものなのだろう。そこまでは分かるが、しかしやはり実際に想像は出来ない。
僕は小学校の頃からずっと空手をやってきて、それなりの有段者である。空手には型というのがあって、対戦相手がいない状態でその型を披露するというのがある。要するに、それの応用版だと考えればいいだろうか。ありとあらゆる格闘技の攻撃スタイルを一同に介して審査する。その型の良し悪しで、勝敗を決める、というような。ある意味で総合格闘技と言えないこともないだろう。
実は後で気づいたのだが、その招待状の末尾にURLが記されていて、詳しい情報はここにアクセスするように、という注意書きがあったのだ。そこには、エア格闘技のなんたるかということがちゃんと説明されていたのだけど、僕はそのURLにまったく気づかなかったために、自分なりの解釈のみで参加を決めてしまったのだった。ずっと続けている空手の型なら、練習を怠りさえしなければそれなりのものを披露することは出来る。それで大会に臨んでみよう、とそんな風に思っていたのだ。
そして予選会当日の日がやってきた。
会場は、普段参加する空手の大会とはちょっと違った雰囲気を醸し出していた。僕はそれを、様々な格闘技の人間が集っているからだろう、と考えていたのだけど、大会の本当の姿を目の当たりにした時、その解釈が間違っていることを知った。しかし大会が始まるまでは呑気なのもで、どこかに知り合いでもいないかなぁと探す余裕さえあったほどだ。
そして大会が始まった。
会場には畳敷きのスペースやプロレスリングなど、ありとあらゆる格闘技で使用されるステージが組まれていた。そしてそのそれぞれに一人ずつ参加者が立ち、合図を待っている。
合図と共に、すべての参加者が同時に動き出した。それを見て、僕はようやくエア格闘技のなんたるかを知ることになった。
参加者は皆、一人で動き回っている。それぞれの格闘技の型を見せている者はいない。フットワークでパンチを避けている風だったり、寝技を掛けられている風だったりする動きをしている。凄い人なんかは、背負い投げを掛けられている様子を一人で演じている。
そう、エア格闘技とは、いかに相手に技を掛けられているかを演じる競技だったのだ。それに気づいた瞬間、僕はいかにこの場から一刻も早く立ち去るかということしか考えていなかった。

一銃「エア格闘技」

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、直木賞作家である桜庭一樹の初期の作品です。元々はライトノベルレーベルであるファミ通文庫から出ていたもので、それが再度角川文庫から文庫化されたということです。
廃校になった小学校を舞台に、夜「ガールズブラッド」が開かれる。それは、少女達によるプロレスのようなもので、お客さんを入れて見世物として成立している。
そのガールズブラッドでファイターとして毎夜戦っている三人の少女。不安定で頼りなげな「まゆ十四歳」、SMクラブで女王様のバイトをしている「ミーコ女王様」、空手少女で女と一緒に着替えるのを嫌がる「皐月」。この三人が物語の主要な少女達だ。
彼女達は、何かを求めるようにしてここガールズブラッドまで辿り着いた。それぞれに抱えているものがあり、それぞれに悩んでいることがあり、そんな中で毎日やってくるガールズブラッドに一瞬の安らぎを見出している。
こういう生き方しか出来ない少女たちの、それでも必死に生きている少女達の日常の物語。
ここ一年ほどですっかり人気作家に登りつめてしまった桜庭一樹の初期の作品です。常に何らかの形で『少女』を題材にして描き続けてきた著者らしい作品かなと思いました。
「”まゆ十四歳”の死体」「ミーコ、みんなのおもちゃ」「おかえりなさい、皐月」という三つの章で構成されていて、そこでそれぞれの少女を中心に話が進んでいきます。全体的な雰囲気は違いますが、「ブルースカイ」にちょっと構成が似てるかな、という感じはしました。
それぞれの少女は、何とも言えない悩みを抱えています。まゆは不安定で拠り所がないところが、ミーコは誰かの願いを叶えてあげることばっかり考えていて自分の望みがないところが、そして皐月は性の問題に。それぞれが抱えている問題は大きく解決されることはありませんが、しかしガールズブラッドと出会うことで何かを得、何かが変わり、新しい方向へ一歩を踏み出すことが出来る。そんな展開になっています。
ストーリー的に一番驚いたのは、やっぱり「”まゆ十四歳”の死体」ですね。このラストの展開はあまりに唐突でちょっとびっくりしました。こんなんアリかよー、とか思いました。このまゆだけが、不安定さが正しい方向にならないままフェードアウトしてしまう印象があるので、その後がすごく気になりますね。
ミーコの話が一番普通だったかな。展開としては一番分かりやすいでしょうかね。ラストもなかなか順当だと思います。
皐月は、ちょっとした驚きのあるストーリーですね。なるほど、という感じと、でも何だかイマイチ違和感があるという感じとが程よく交じり合っていて、割と好きな展開でした。皐月の印象が結構ガラリと変わるので面白いです。
全体的にはまあまあかな、という感じはしました。桜庭一樹の小説というのは結構好きなんだけど、基本的に『少女』を題材にしているために、男にはどうにも入り込めない部分があるんですよね。「私の男」や「少女七竈と七人の可愛そうな大人」みたいに、基本的に少女を描きつつも、その周辺に否応なく男が密着してくるようなストーリーなら男でも入っていけるんだけど、「少女には向かない職業」とか本作みたいに、ストーリー全面が少女で彩られていると、どうしても男が入り込む隙間がなくて物語に入れないようなイメージがあります。まあそれでもそこそこは面白いんですけどね。
女性が読んだらまたどういう印象になるのか分かりませんが、僕としてはまあまあいいかなという感じの作品でした。でも相変わらず思うのは、桜庭一樹って言うのは昔からラノベ作家っぽくなかったんだなぁ、ということです。本作も、ライトノベルのレーベルで出てはいましたが、内容的には文芸の方で分類されててもおかしくないですからね。昔からやっぱり実力があった、ということでしょうね。

桜庭一樹「赤×ピンク」


赤×ピンク文庫

赤×ピンク文庫

2008年06月30日

「夜中にラーメンを食べても太らない技術 」伊達 友美

「夜中にラーメンを食べても太らない技術 」伊達 友美
188p 扶桑社

「やせたいなら食べなさい」で女性の圧倒的な支持を得る「伊達式ダイエット」の男性版。

テレビで この人のダイエットを やっていたので 名前で借りた本。
何が言いたいのかわかった。
本当かどうかは、わからないけど、要するに、満遍なく食事をする大切さと、何を食べたらいいかをわかりやすく行ってるんだなぁ。
レコーディングダイエットと 結局は同じで、食事を根本から見直すには記録が 大切で、記録して自分を見つめ、何が足らないのかを知る。足らないものを食べたら、太りそうだが、結局は、食べているものを、太りにくい食べ物に 置き換えていくってことだと思う。
これだと できそうだと 思うのが ダイエットの成功ポイントかな。
だって 本当に この方法なら、できそうなんだもん。

2008年06月30日

日本でいちばん大切にしたい会社(坂本光司)

僕は社長になりたくて仕方なかった。とにかく、なるなら社長だと子どもの頃からずっと思っていた。社長にならなければ意味がない、とまで思っていたほどだ。
そんなことを周りに吹聴していると、友人の一人が一冊の本を僕にくれた。「日本でいちばん大切にしたい会社」という本だった。
「この本何?」
「タイトル通りな、日本でいちばん大切にしたいと思える素晴らしい会社について載ってるんだ。お前がもしホントに社長になりたいんだったら、こういうような人の話を読んでおくのはためになるだろうと思ってさ」
そう言われたので、僕はありがたくその本を受け取り読んでみることにした。
その本には、主に五つの会社について書かれていた。

川崎市にある、従業員の七割が障害者である「日本理化化学工業株式会社」
斜陽産業である寒天を扱って、四十八年間増収増益を続けてきた「伊那食品工業株式会社」
日本一辺鄙な場所にあるが、そこで作っている義肢装具を求めて世界中から顧客がやってくる「中村ブレイス株式会社」
地元北海道で最も親しまれていて、新卒採用の競争率が100倍という「株式会社柳月」
大手スーパーが立ち退いたためさびれてしまった商店街で驚異の売上を誇る「杉山フルーツ」

この本を読んで、僕は成功の法則を見極めることが出来た、と思った。なんだ、会社を成功させるのはこんなに簡単なことだったのか、と僕は安堵したのである。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

フリーライターとして毎日忙しく働いている私のところにある話が舞い込んで来たのは、桜も散りかけた頃のことだった。
私は、自ら企画を立てて文章まで書き、そのパッケージすべてを出版社に売り込むという形で仕事をしているのだけど、ある時変な会社があるので取材に行ってもらえないか、と依頼がやってきた。自分で企画を立てない取材は久しぶりだったものの、依頼主から聞いたその会社の特徴を聞いて、何だか嫌な予感がしたのだった。これは自分で行って確かめるしかない。私はそう決意して、一路滋賀県まで行くことにしたのである。
その会社は、実に辺鄙な場所にあった。滋賀県の奥の奥、もはやここは森と呼ぶべきなのではないか、と思えるところに、突如その建物が現れるのである。しかも奇妙なのが、その建物は商店街の中にあるのである。そんな山奥に商店街があるわけもないので、その商店街も会社の所有ということなのだろう。わざわざさびれた雰囲気を醸し出す商店街の中に本社がある。
本社に入ると、驚くべきことに従業員のすべてが障害者なのだった。受付にいる人は話すことが出来ないようで、すべて筆談でのやり取りだった。エレベーターガールは車椅子に乗っているし、工場の方でも様々な障害を負った人々がそこかしこで働いているのである。
事前に聞いていた話によれば、この会社が扱っているのは寒天と義肢装具だとのこと。ここに至って私の嫌な予感は完璧に的中したと言っていいだろう。
社長への面会を求めると、既に話は通っていたようで、社長室に案内された。そこで私は、旧友と再会することになるのである。
「やっぱり、君だと思ったよ」
「あの時お前がくれたあの本に書かれていることをすべて実践してみたんだ。なかなか困難なものもあったけど、どうだろう、なかなかうまいこと実現したとは思えないだろうか。これで僕の成功も間違いなし、というところだろうね」
私はそれ以上取材を続ける気になれず、頑張ってくれ、応援していると言ったようなことをおざなりに言って帰ってきた。まさかあそこまで馬鹿だとは思わなかった。恐らくあの会社は近い内に潰れることだろう。そう思うと、あそこで働いている障害者の方々のことが思い出されて、何とも言えない罪悪感にさいなまれるのだった。

一銃「成功の法則」

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、まさにタイトルそのままの本でして、中小企業経営論などを専門としている大学教授が、自身の足で北海道から沖縄まで6000社を超えるありとあらゆる企業を訪ねて回り、その中でここは素晴らしいと思える会社を厳選して5社紹介している本です。僕の勝手な予想では、この本はちょっと話題になりそうですね。既になっているのかもしれませんけど。
紹介されている五社は、ショートショート内で説明した通りで、もう一度コピペすると、

川崎市にある、従業員の七割が障害者である「日本理化化学工業株式会社」
斜陽産業である寒天を扱って、四十八年間増収増益を続けてきた「伊那食品工業株式会社」
日本一辺鄙な場所にあるが、そこで作っている義肢装具を求めて世界中から顧客がやってくる「中村ブレイス株式会社」
地元北海道で最も親しまれていて、新卒採用の競争率が100倍という「株式会社柳月」
大手スーパーが立ち退いたためさびれてしまった商店街で驚異の売上を誇る「杉山フルーツ」

という感じですね。これからそれぞれについてどういう会社なのか書いていくつもりですけど、ホントどの会社も素晴らしいですね。僕はネットでこの書評を読んで読んでみることにしたんですけど、その書評の中で、この本を読んで泣いた、という感想がありました。その気持ちは僕も分かるな、という感じです。とにかく、会社を経営するということが、これほど感動的な話になるのだなぁ、とびっくりする思いでした。世の中にいるすべての経営者がこんな感じだったら素晴らしいと思うんですけど、本作の冒頭でも触れられているように最近は偽装だのなんだのと企業にまつわる不祥事が多いです。悪いことをして利益を得るというのが当然のようにまかり通っている世の中にあって、ここに挙げられている五社の素晴らしいこと素晴らしいこと。すべての経営者は爪の垢を煎じて飲んでいただきたいものですね。
というわけで、それぞれの会社の説明をしましょう。

まず、今僕が住んでいる街である川崎市に拠点を構える「日本理化化学工業株式会社」です。この会社のとにかく素晴らしい点は、先ほども書いたように、社員の七割が障害者である、という点です。
きっかけは大分前に遡ります。ある養護学校から、生徒を就職させたいというお願いがありましたが、当時の社長は悩みに悩んだ末そのお願いを断ることにしました。しかし、それではせめてということで、一週間だけでも仕事を体験させてはもらえないだろうか、という話になり、社長はそれならとOKしたそうです。
最終日、当時の社員達は社長に直訴します。あの子達を社員として雇ってはもらえないか、と。もしあの子達に出来ないことがあれば、私達がカバーします。その熱意に押され、社長はその障害者の雇用に踏み切ったわけです。
以来障害者の雇用を続けていき、今では社員の七割が障害者というとんでもない会社になったわけです。
もちろん初めは苦労が耐えなかったそうです。人を工程に合わせるのではなくて、工程を人に合わせるというやり方で、それぞれの障害者の障害の程度に合わせて一人一人やり方を変えていったのだそうです。
この会社は、授業で使うあのチョークを作っている会社です。決して大きく儲かるような分野ではありません。それでも、障害者を雇用しているという条件の中で、実に優良な経営を続けているとのことです。新製品の開発などにも余念がなく、社員のやる気がみなぎっているそうです。

次は、斜陽産業である寒天で48年間増収増益を続けた「伊那食品工業」です。
常に研究への投資をし続け、それによって新製品の開発を行い、現在では寒天メーカーの世界的企業と言っても言い過ぎではありません。国内の80%、世界の15%のシェアを誇っているそうです。
この会社はとにかくなかなか凄くて、まず社是が「いい会社を作ろう」だったりします。「いい会社」というのは、周りの人すべてからそう思われるという意味で、この会社は常にそれを実践しています。そのため、敵を作らない経営というのを実践しているし(つまり、ライバルの発生しようのないオンリーワンの商品を提供し続ける)、なんと社員全員会社の敷地内に入る際に「右折禁止」を実行しているとのこと。右折をすると渋滞になったり事故になりやすいので、どんなに遠回りをしても左折のみで入るのだそうです。プライベートでも社員はすばらしく、駐車場の入口近くには車を停めない、というルールがあるそうです。駐車場の入口付近は障害者や高齢者のためのスペースだという認識のようで、社員全員がそれを実行しているそうです。
また、社内のあちこちに「100年カレンダー」が貼ってあります。社長は、経営とは持続させることが最も重要であると考えていて、100年先を見越した経営をモットーにしているようです。
ある時こんなことがありました。ある社員が、明らかに自身のミスで機械の操作を誤り、重いものが足に落ちてきてしまったことがあります。その時社長はこう考えました。二度と社員に危ない仕事はさせられない。事故の原因は誰がどう見ても社員の操作ミスだったにも関わらず、社長はその当時の財務状況ではかなり厳しい(倒産してもおかしくなかったような)出費をして、機械をすべて安全なものに切り替えたのだそうです。まず何よりも社員を第一に考えているということの表れですね。
とにかく、社長が持ち続けてきた理念がちょっとレベルが違う、そんな会社だと思います。

次は、日本一と言っても過言ではないほどの僻地に本社を持つ、世界一と言ってもいい義肢装具メーカーである「中村ブレイス株式会社」です。
この会社は、日本で最も過疎の進んでいる島根県の中でも最も辺鄙と言ってもいい石見銀山の麓に本社があります。周りには遊ぶところなんか何もないようなその会社に、毎年県内外から山ほどの若者が就職を希望しにやってきます。仕事は、義肢の素材である粘土状のものを成型するという、お世辞にも綺麗でスマートだとは言いがたいものですが、そこで働くすべての人がいい笑顔で仕事をしているようです。
まだ日本で義肢装具の需要がまるでなかった頃から会社を始めた社長が初めて雇ったのが、虚弱な若者でした。一時間働いたと思ったら疲れたと言って帰り、一週間ぐらい出社しない。たまに長い時間働くことがあっても、長続きはしないという有り様の若者でした。しかし社長はその若者を雇い続け、七年半の歳月を掛けて、朝8時から夕方5時まで働けるようにしたのだそうです。世のため、人のために貢献したいという社長の創業の頃からの想いがそうさせたわけです。現在この会社の主力商品となっているものには、その若者のアイデアによるものが数多くあるそうで、会社の発展に大きく貢献したようです。
またこんなことがありました。地元の高校二年生の女の子が会社を訪ねてこういいました。
「私は東京の大学に行くけど、将来はふるさとに帰って仕事をしたい。ここで働きたいと思っているのだけど、大学の四年間、どんな勉強をすればいいですか」
そこで社長はこう答えました。
「いい友達、いい先生に出会ってくれれば、それでいいですよ」
またこんなこともありました。事故で両足を失ってしまった中学生の女の子に義足を作ってあげましたが、義足であることを理由に苛められる始末。高校に行っても友達が出来ないため、思い余った彼女は中村ブレイスへ行き、高校を辞めるのでここで働かせてください、といいます。
しかし社長は首を縦に振りません。
「最低でも高校は卒業してください。できれば大学も行ったほうがいいでしょう」
その上でさらにこう続けます。
「そして、そのときに、まだ中村ブレ―ズで働きたいと思うのであれば、私たちは待っています…。あなたの席を空けて待っています…」
目先の利益だけを求めていたら存在しなかっただろう会社だなと思いました。

次は、北海道を拠点とし、北海道からは絶対に出ないと決めている、地元民に広く愛されているお菓子会社である「株式会社柳月」です。
とにかく値段は安く、しかも味はピカイチ。この会社で働く職人は、モンドセレクションなどの世界中から数千人の職人が参加するコンテストで、三年連続金賞などの快挙を成し遂げているほどです。お菓子作り体験を社員である職人が教えたり、社長自らが北海道のお菓子全体を盛り上げようと行動をしていたりと、とにかく地元に密着して経営をしている会社です。
お菓子店というのは普通パートやアルバイトが多いそうですが、この会社では7割が正社員なんだそうです。接客も素晴らしく行き届いていて、各人が自らの能力を最大限つぎ込んでいるように感じられるそうです。
しかも、新卒採用の競争率がなんと100倍!優良経営であることを学生の多くも知っているということですね。
お菓子を通じて北海道で何が出来るのかを真剣に考えた結果としての一つの形だなと思います。

最後に、大規模スーパーの撤退によって寂れてしまった商店街の中で驚異的な売上を誇る「杉山フルーツ」です。ここは、株式会社でも有限会社でもありません。商店街によくあるような家族経営の小さなところです。しかしそれでも、この果物屋がやっていることはすごいですね。
まず関係ないですけどびっくりしたのが、これが静岡県富士市の吉原商店街にあるということですね。何がビックリかって、僕の生まれたのがこの富士市の隣町である富士川町だからです。正確には覚えていないけど、吉原商店街という名前も聞いたような記憶があるし、たぶんその近くを通っているのではないかな、という気がします。高校が富士市にあったので。何だか知っている地名が出てきて親近感が沸きました。
この店では、高価なマスクメロンが年間で8000個売れるんだそうです。この数字はなかなか実感し難いですけど、単店での売上としては日本一だろうと著者は書いています。またただの小売りではなくメーカーになろうとしていて、オリジナルのゼリーを作って販売していたりします。このゼリーは好評で、全国の様々なスーパーチェーンから、わが社で売らせて欲しいというオファーが殺到したようですが、すべて断ったそうです。一日の売上が少なくとも1億円以上、その倍出してもいい、と言われても首を縦には振らなかったそうです。手作りなので一日限られた個数しか作れないから、というのがその理由のようですが、しかしすごい決断だなと思います。
この店が何故そんなに売上を上げることが出来たのかと言えば、二つの要素があります。一つは、贈り物用に特化したこと。そして早くからインターネットを活用したことです。
例えばこんなことがあったそうです。ある人が杉山フルーツのHPを見て連絡をして来ました。その人は、実家にいる母に毎月果物を送ってもらえないだろうか、と依頼してきました。もちろんそのお客さんの住む街にも果物屋はあるでしょうが、お客さんはあなたに頼めば実家の母に想いが届くのではないかと言います。普通こんなめんどうな注文は断るでしょうが、杉山フルーツは二年間毎月フルーツを送り続けたのだそうです。
また別の話があります。結婚を控えた夫婦が、とあるきっかけで引き出物を杉山フルーツに頼むことにしました。予算は少なかったのですが、杉山フルーツはスタッフ総出で可能な限り素晴らしい引き出物を完成させました。それを見た夫婦は、明らかに自分達が提示した予算内に収まる仕事ではないと分かります。そんな採算を度外視したこともやってのけてしまうわけです。
立地は悪い、規模は小さい、売っているものはただのフルーツ。そんないい条件などどこにもない状況でも、素晴らしい仕事をすることは出来るのだな、と思いました。

著者としては、世の中の経営者に向けてメッセージを発したくて本作を書いたのかもしれませんが、僕としてはこれから仕事を選ぼうと想っている人、そして天職を考えているような人に読んで欲しいかもしれない、と思います。仕事をするということはどういうことなのか、そしてそれを実現することの出来る会社とはどういう会社なのかということを考えるいい機会になるのではないかな、と思います。
経営者にはとにかく、社員やスタッフの満足を一番に考えた経営をしてもらいたいものですね。本作でも、企業が最も重視すべきは、お客さんよりもまず社員である、と書いています。社員を大切にすることが、結果的に売り上げに繋がるのだ、と。確かにそうだろうな、と思いました。
なかなか素晴らしい本だと思います。200Pぐらいで1時間ぐらいで読めてしまうので、本当はオススメしたくないですけど立ち読みで読んでもいいかもしれません。僕もこんな会社で働きたいものだなぁ、と思わせるような会社の話でした。
最近、「俺ブラック会社に勤めてるんだが、もうダメかもしれない」みたいなタイトルの本が話題ですが、それと合わせて読んでみても面白いかもしれません。

坂本光司「日本でいちばん大切にした会社」


日本でいちばん大切にしたい会社ハード

日本でいちばん大切にしたい会社ハード

2008年06月29日

シャルビューク夫人の肖像(ジェフェリー・フォード)

「最も私に似た絵を描いた者に、すべての遺産を与えよう」
実業家であり経済評論家でもあった竹中一郎氏が、自身がコメンテーターを務めるテレビ番組の中でそう宣言したのは、今から一ヶ月前のことであった。
竹中氏は銀行員からベンチャー企業を興した変わり者で、しかも一代で巨万の富を築いた立身伝中の人物であった。一方でその豊富な知識から経済評論家としても活躍し、テレビで目にしない日はない、という人であった。
その竹中氏が、テレビを通じてこう宣言したのだ。
世間はこの宣言に狂喜した。何せ、親族でなくても絵さえ描けば莫大な遺産を手に入れることが出来るチャンスがあるのだ。世界中の人々が、世界中の芸術家にアプローチし、誰もがこの賭けに勝ってやろうと意気込んでいた。誰が遺産を手に入れるか賭けまで行われる始末で、そのあまりの熱狂振りに、他局でも特集番組が組まれる程であった。
さてそんなわけだったから、それなりに名の通った芸術系の大学にいる僕の周りも、この話でもちきりだった。もちろん絵の巧い奴がゴロゴロいるわけで、誰もが山師になった気分で、自分が遺産を手に入れて見せると意気込んでいるのだった。
かく言う僕もその一人であるのだが、僕には勝算があった。そもそも多くの人はこのゲームの本質を見極めていない、と僕は感じていた。重要なことは、絵の判断をするのは竹中氏本人である、ということだ。
僕は、あらゆる伝手を辿って、あらゆる人の手を介しながら、目標へと少しずつ迫っていった。それを手に入れることが出来るかどうかで、ほぼ勝敗が決すると言っても言い過ぎではないだろう。僕は自分では一切絵を描かなかったし、誰かに絵を依頼することもなかった。それでも、僕には間違いなく勝てるだろうという目算があった。
そして発表当日の日がやってきた。会場として指定された場所は、人で一杯だった。それもそのはずで、日本のみならず世界中からありとあらゆる人間が詰め掛けているのだった。
するべきことは単純だった。順番に竹中氏に絵を見せる。これだけ多くの人がいるのだから、見せる時間はほぼ一瞬と言っていい。そして最後まで絵を見終わった後、竹中氏が一枚の絵を選ぶのである。
審査が始まった。ほとんどの時間は待つしかない。退屈でもあり、同時に緊張もしていた。自分の賭けが当たるかどうかの分かれ目なのである。
長い時間を経て、ようやく僕の番がやってきた。僕の絵を見た竹中氏の表情が変化した。そして、これまでそんなことは一度もなかったのだが、竹中氏は付き人の一人と何やら話をし始めたのだった。
僕が見せたのは、竹中氏の一人娘が小学生の頃に描いた父親の顔である。多くの人を介してこれを手に入れることが出来た。どれだけ似た絵を描こうとも、竹中氏の心を掴むことが出来ないのでは仕方がない。
中断していた流れが再会される気配はない。しばらくすると僕のところに、先ほど竹中氏と話をしていた付き人がやってきた。
「恐れ入りますが、その絵をこちらにお渡しいただきたい」
僕は心の中でガッツポーズをした。これはつまり、僕が勝者となったということだろう。
「ありがとうございます」
「勘違いされては困ります。その絵は、竹中氏が小学生の頃に描かれた、お父上の絵です」
なるほど。僕はまったく違うものを掴まされたというわけか。心の中で一人苦笑し、賭けに負けたことを悟った。
「最近、竹中氏のお父上が殺されたというニュースをご存知でしょうか」
彼がそう言った瞬間、サイレンの音が聞こえてきた。まさか。
「警察もあなたにお話を聞きたい、とのことです」

一銃「似顔絵ゲーム」

そろそろ内容に入ろうと思います。
舞台は19世紀末のニューヨーク。ロウソクの灯りから電球への灯りへと移行し始め、街中では馬車と共に車も走るようになった、そんな時代。写真が発明され、下層の人々でも気軽に自分の肖像を手に入れることが出来るようになったため、逆に上流階級の人々の間で肖像画を描いてもらうことが流行した。そんな時流の中にいる、一人の画家ビアンボが物語の主人公です。
ビアンボは元々芸術派の画家でしたが、お金の誘惑もあって肖像画家として歩むことになり、その世界で多少名の知られた存在になっていた。しかし、以前のような芸術的な絵をまた描きたいという想いも燻っていて、イマイチ落ち着かない日々を過ごしている。
そんなある日、ビアンボの元にある依頼が舞い込んできた。自画像を描いて欲しいというのはいつも通りであるが、その報酬と内容が常軌を逸していた。こちらの条件をきちんと満たしてくれれば、現在ビアンボが受けているすべての依頼を合わせた総額の三倍の値段を支払うと依頼人は言います。そしてなんと、自分の顔を見せることは出来ないというのです!依頼人はビアンボに、想像だけで私の完璧な自画像を描くように依頼してきたのです。
依頼人はビアンボに、自分のことはシャルビューク夫人と呼ぶようにと言い、そして想像のよすがとなるようにと、自身にまつわる様々な話をすることになります。子ども時代に父親の手伝いをしていた話から、彼女がどうやって成功するに至ったのかまで。ビアンボは、それらの話を聞き、シャルビューク夫人の姿を想像している内に、すっかりこの依頼の虜になってしまいました。付き合っている美人舞台女優のサマンサをほったらかしにしてまで、シャルビューク夫人の肖像画を描こうとします。
目から血を流して死んでいく女性や、ビアンボの手伝いをしてくれる知人画家、師匠であるサボットとの思い出、シャルビュークと思われる人物からの襲撃など、様々な要素に囲まれながら、ビアンボはシャルビューク夫人の狂気にとりつかれていき…。
というような話です。
ネット上でなかなかいい評判だったのを見かけたのでちょっと読んでみました。
冒頭、ビアンボがシャルビューク夫人に出会うまで(40ペ^ジぐらいですけど)は結構きつかったですね。なかなか物語を読み進められなくて、どうしようかと思いました。ただ、ビアンボがシャルビューク夫人と出会ってからはかなり面白い展開で、全体的にはなかなか面白い作品だと思いました。
圧巻なのが、シャルビューク夫人が語る生い立ちですね。その生い立ちを聞きながらビアンボはシャルビューク夫人の姿を想像しなくてはいけないのですが、この生い立ちがなかなかとんでもない話なわけです。要するに、特殊な占い師であった父親の手伝いをしている内に自分は予言者になってしまい、それによって成功したという話なわけですけど、細部の緻密なこと緻密なこと。よくもまあこんな与太話をこれだけリアルな話として語ることが出来るものだなぁ、と感心しました。彼女の子どもの頃の姿や、成長していくに連れ屏風の後ろに隠れてしまうようになってしまうまでの姿が思い浮かんでくるのではないかと思えてしまうくらい、シャルビューク夫人の語る生い立ちは真に迫っていたと思いました。
それに、全体的に謎めいたストーリー展開なのもなかなかいいですね。顔を見ることなく肖像画を描くというのがもちろん一番の謎になりますが、目から血を流して死ぬ女性や、シャルビュークの登場など、外野でもなかなかいろんなことが立て続けに起こったりします。
しかし、要素だけ見るとなかなかミステリ的なお膳立てがされるのだけど、物語自体はミステリっぽい展開はしないですね。なので本作を読みながらミステリっぽい展開を期待するとちょっと裏切られるかもしれません。ラストの展開はちょっとイマイチかなと思わなくもないですけど、ミステリだと思わなければまあ悪くないかなと思える、そんな感じでした。
ビアンボの恋人であるサマンサや、ビアンボに協力して手を尽くしてくれる知人画家であるシェンツなんかがなかなかいい味を出しているわけです。特にサマンサの存在はピリリと利いていて、物語を小気味に展開するのに大いに役に立っています。ビアンボとサマンサの関係の展開についても不満がないではないですけど、まあ仕方がないかもしれないな、と思ったりもします。
この著者は、デビュー長編である「白い果実」で世界幻想文学大賞を受賞したようで、本作でも同じ賞にノミネートされたのだそうです。また、「ガラスのなかの少女」という作品でMWA最優秀ペーパーバック賞を受賞し、ミステリ作家としても高い評価を受けているようです。本作も、なかなかいい作品だと思いました。外国人作家の作品が苦手という人でも割と読めるのではないかと思います(何故なら登場人物がそんなに多くないからです)。物語全体がどう展開するかよりも、ビアンボがいかにしてシャルビューク夫人の語りによって囚われていくのかというのを追っていくのがなかなか楽しいと思います。

ジェフェリー・フォード「シャルビューク夫人の肖像」


シャルビューク夫人の肖像文庫

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