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2008年04月30日

「そこに日本人がいた!―海を渡ったご先祖様たち 」熊田 忠雄


「そこに日本人がいた!―海を渡ったご先祖様たち 」熊田 忠雄
285p新潮社

アフリカの小島から南米の果てまで―幕末・明治期に海を渡り、日本人の誇りを 忘れずに生きたご先祖様たち。
世界各国、歴史秘話22編。


名前が 残るくらいだから、立派な人が 多い。
明治ころの日本人て 今の人とは 違う感じがするが、無から 成し遂げるのだから やはり すごいわ。

読んでいて 日本人であることが、誇らしく思えちゃいました。

2008年04月29日

讃岐うどん旅行記

僕は基本的にこのブログには、本の感想以外のことは書かないことに決めています。ただ、今回だけは例外中の例外、僕にとってはなかなかスペシャルなことだってので、敢えてこのブログにも書こうと思います。

先週の土曜から月曜に掛けて、香川県に讃岐うどんを食べに行ってきました。
とにかく僕は、うどんさえあれば生きていける超うどん人でして、ならば讃岐のうどんを食わないわけにはいかないだろう、と思っていたわけです。ずっと行きたいと思っていたわけですけど、いろいろあって一週間前に急遽行くことが決まりまして、慌しく香川まで行ってきました。

土曜日、バイトを18時で上がって、そのまま電車に乗る。19時の新幹線に乗って岡山を経ていざ高松へ。新幹線の車内で、持参した「さぬきうどんバイブル」(ってタイトルの本じゃないですけど)を片手に、どういうルートで回ろうか考える。何せ讃岐には、東京にあるマクドナルドと同じ数のうどん屋があるらしく、それを回ろうというのだから戦略が必要です。
23時頃高松に着き、香川に住んでいる後輩と落ち合う。この後輩の家に泊めてもらうことになっているのだ。感謝である。
というわけで早速うどん屋へ。うどん屋は大抵夕方ぐらいで閉まってしまうのだけど、高松市内には夜間やっている店が僕が調べた限り2軒ある。その内の一軒、「鶴丸」に行く。

「鶴丸」は、夜の繁華街というか、お水系の店が建ち並ぶ一角にあって、店内もそういう感じの人がたくさんおりました。ここはカレーうどんがうまいらしく、それを注文。さすが讃岐。とにかくうまい。まずは腹ごしらえが済んで満足。650円。これはちょっと高め。ちなみに、これから書くうどんの値段は全部「小」です。

その後後輩宅に行くのだが、そこで行こうと思っていた「谷川米穀店」という超人気うどん屋が日曜休みであることを知る。僕が持っている本だと定休日は別の日だったはずだからルートに組み入れていたのだけど、残念。そこで後輩の持っている知識と突合せながら、ルートを再度組みなおす。

そして翌日。まずは超人気店である「なかむら」に行く。8時に出て、後輩の運転で(今回の旅行ではこの後輩に多大に恩恵を被りました。多謝)「なかむら」を目指す。近づくにつれ、道が無茶苦茶細くなる。対向車が来たら絶対擦れ違えない。
でうどん屋を探すがそれらしきものはなさげ。と思っていたら、車がじゃんじゃん入っていくところがある。うどん屋なのかどうか定かではないけど、たぶんここだろうと思ってそこに入る。
す・る・と!「なかむら」は朝9時からで、僕らは9時に着いたのだけど、既に100人ぐらいの行列。ありえん。GWの頭だったということもあるだろうけど、それにしても尋常ではない行列である。近くに停まっている車を見ても、名古屋や広島など、とにかく他県のものが多い。恐るべし、「なかむら」。

1時間ほど並んでようやくありつける。ここでは「釜玉うどん」を食べる。釜玉はちょっと時間が掛かるので、どんぶりに卵を溶いて待つ。おばちゃんが鍋からうどんを入れてくれて完成。あとはねぎとかを自分で入れて、しょうゆを足らしてオッケー。

これを外で食べるんだけど、これがもううまいのだ。1時間並んだっていうのもプラスされていたと思うけど、これは素晴らしかった。麺がもう全然違うのだ。さすが超人気店「なかむら」。思わずお土産用のうどんを買ってしまったがな。300円。安い。

さて次は「松岡」を目指す。その途中、「おか泉」という有名なところの近くを通った気がしたのだけど、この店はルートから外れるということで昨日外したところなのだ。あんなに近くにあったのか?なら行けばよかったかなぁ。しかし、まあ何にしても行かなくて正解だったかもしれん。その理由は最後に分かる。

で松岡である。これも見た目うどん屋には見えない。看板も小さいし、探していなければまず見つからないだろう。ここでは普通のかけうどんを食べる。ここは特別何かあるわけでもなかったけど、でもうまい。さすが「宮武」の流れを汲む店である。「宮武」については後で出てきます。

次に「山下」へと向かう。山下はなかなか広くて分かりやすい。お客さんもたくさんいた。この時点で11時前ぐらいだったかな。既に3軒目。一緒に行った友人はもう結構お腹が限界に来ているっぽい。

「山下」はぶっかけうどんが有名だ。ぶっかけうどんというのは説明しづらいけど、要はつゆが少ないうどんだと思えばいい。ここの麺はとにかくコシが強くてすごかった。讃岐のうどんはどこもコシが強いのだけど、回った中でも一番コシが強かったと思う。満足。友人はやはり食べられなかったらしく、残りを僕が食べる。250円。安い。思わずお土産用のうどんを買ってしまう。

さてそして次に「宮武」を目指す。ここも超人気店で、行列必至の店だ。という情報はもちろん知っていた。けどまだ11時過ぎ。なんとかなるだろうと思っていたけど、甘かった。
「本日終了」
なんと「宮武」、開店から3時間でもう麺がなくなってしまったのだ!すごい。すごすぎる!というわけで残念ながら「宮武」食べれず。

そして次に、「長田in香の香」を目指す。ここは「長田」という店から独立したところで、両者はかなり味が似ているのだけど(「長田」にも後で行く)、人によって好みが分かれるのだそうだ。

「長田in香の香」は釜揚げがうまいということでそれを頼む。ここは麺もそうだけど、だしが絶妙だったと思う。温かいのと冷たいのとで両方食べられる。食器を回収に来るおっちゃんがなかなかいいキャラだった。ここでも友人は食べきれず、残りを僕が食べる。250円。

さて次に「長田」を目指すのだけど、その途中に、香川で有名な神社「こんぴらさん」があった。友人の腹も限界なことだし、ここはいっちょ行ってみようか、ということになる。
しかしこのこんぴらさん、舐めたらいかんのだった。とにかくひたすら階段を昇り続けるのだけど(その両側にうどん屋とかみやげ物やだとかいろいろ並んでいて、ところどころ神社がある)、奥社と呼ばれる一番高いところまで上ると、なんと1368段もあるのだ!僕らは、どうせなら最後まで昇ろうと思って奥社まで行ったが、正直これはかなり辛かった。いい運動になったけど。
黄色い幸運のお守りを買い、さぬきうどんTシャツを買い、しょうゆソフトを食べ、桜アイスを食べ、まあこのこんぴらさんで結構まったり時間を過ごしたのでありました。景色もよかったですよ。

で、気を取り直して「長田」へ。ここもやはり釜揚げがうまい店なんだけど、すごいのがたらいみたいな入れ物にうどんがわさわさ入ったファミリー用の特大サイズがあったことだ。なんかそうめんみたいだった。どこもそうだけど、相変わらず繁盛している。僕には正直、「長田in香の香」との違いは分からなかった。両方うまかった。250円。

さてそろそろお腹も一杯になりつつあるけど、まだまだ食べるよ。ということで、「長田」のすぐ近くにある「小縣屋」に行く。ここは、とにかく話のネタのために行ったようなものだ。もちろんうどんは美味しかったんだけど。
ここは、しょうゆうどんを頼むと、丸々一本大根をくれるのだ。おろしがねも渡されて、うどんが来るまで大根をすりおろしながら待つ。夏の大根は辛いらしいけど、春だったからちょうどいいかんじだった。ゆずとかゴマとかを入れて食べる。うまい。やっぱうどんはいくらでも食えるなぁ。420円。

さてそれから「やまうち」を目指す。ここも超人気店であるが、後輩がまあ普段なら夕方ぐらいでも食べれますよ、と行っていたのでまだ行けるだろうと思っていたのだった。
しかし「やまうち」も麺がなくなり終了。残念である。これで超人気店と呼ばれる店は「なかむら」しか行けなかった。「宮武」「やまうち」の他に、日曜定休の「山越」と「谷川米穀店」、そして今回はちょっと外した「がもう」。この辺りは次の機会があれば是非行ってみたいものである。

というわけで、ここから「池上」を目指す。しかし、かなり時間がヤバイ。「池上」は午前と午後の二部制の店なのだけど、午後は16時から17時までしかやってないのだ。現在時刻は16時半に近い。さて間に合うか?

なんとか「池上」に到着。最後尾に並ぶと店の人が、「麺がギリギリだけど、三人で1玉でいい?」と言ってくる。まあしょうがない。ギリギリ間に合っただけでもよしとしよう。でもそれから、「いや何とか三人分いけるわ」ってことになってめでたく食べられることになった。
ここはルミばあちゃんが有名で、今現役でうどんを打っているのかどうか知らないけど、昔は(前は現在の場所とは違うところでやっていたらしい。そのロケーションがまた凄まじいところだったようで、その昔の「池上」に行ってみたかったなぁと思う)一人で切り盛りしていたらしい。現在では、お土産用のうどんの前で、一人でいろいろ喋ってた。元気なおばあちゃんである。あのルミばあちゃんを見るだけでも行く価値はある。
ここはでは冷やしを食べる。卵としょうゆだけで食べる超シンプルなうどんである。これがまたうまい。ギリギリ間に合った嬉しさもあって、味は格別である。お腹もかなり満足し、この日のうどん屋めぐりは終了。200円。

結局一日で9軒回り、7食食べたことになる。さすがに苦しかったけど、でももっと食べたかったとも思う。特に「やまうち」は惜しまれる。

夜は、香川に住んでいる知人と飯を食ったりしながら過ごす。

で最終日の月曜朝。朝飯をどうするかという話をしていて、結局うどんになる。素晴らしい。

後輩宅の近くには有名なうどん屋が3軒もあるのだ。素晴らしいではないか。

まず「さか枝」に行く。ここはお昼時になると市の職員が行列を作るという。僕らが行った時も、朝10時ぐらいだったけど、かなりお客さんがいた。
ここで僕は初めての経験をすることになる。それが、「自分で麺をゆがく」というやつである。実は「なかむら」でもそれは出来たのだけど、釜玉を注文したためにそれは出来なかったのだ。レジでうどんを渡され、それを網みたいなのに入れて自分でお湯に通す。これをやってみたかったんだよなぁ、嬉しいなぁ、と思いながらうどんの水気を切る。
まあもう言うまでもないけど、ここもべらぼうにうまい。しかも、無茶苦茶安い。小が160円で、しかも結構量がある。てんぷらを一つつけても240円である。破格である。

さてそれから、「竹清」を通り過ぎながら「松下」へと向かう。「竹清」は人気店なのだが、11時オープンだったので外したのだ。「竹清」は、10時半ぐらいに通り過ぎた時、既に行列が出来ていた。

「松下」は、これまで行った中でもセルフ度がトップクラスに高い店だった。店の人は麺を渡してくれるだけで、あとは全部自分でやる。麺をゆがく、つゆを入れる、そしてつゆを捨てお皿をポリバケツみたいなところに入れるところまで全部自分でやるのだ。高松市内にこんなセルフ度の高い店があるとは、さすが香川は広い。もちろんいうまでもないけど、ここもうまかった。180円。

というわけで、これが僕の香川うどん食べ歩き旅行のすべてである。それから、12時ぐらいの電車に乗って高松を出て、16時半ぐらいにこっちに戻ってきて、そのままバイトに行くというなかなかの強行軍であった。どうせなら月曜日を休みにして、祝日の今日は元々休みだったから、今日ぐらいまで向こうにいればよかったなぁ、と思ったのだけど、まあいいやと思った。とにかく満足であった。

一番初めの「鶴丸」から最後の「松下」まで、計10軒。掛かった金額は3030円という安さだ。一軒当たり平均で300円。それで、どこも無茶苦茶うまいのだ。香川恐るべし。マジ香川に永住はアリだな、と思ったわたくしでした。

香川のうどんと東京のうどんの何が違うのかと言えば、やっぱり麺のコシだ。例えるなら、東京のうどんが粘土で作ったうどんだとするなら、香川のうどんはゴムで作ったうどんである。全然美味しそうな例えじゃなくて申し訳ないが、コシだけの話をすればそうなる。このコシがとにかく絶妙で、素晴らしい。うまい。ブラボー。ファンタスティックである。

行って来たばかりだけど、また行きたくなってきた。まあ一人で行くのもありだけど、車の運転に自信がないからなぁ。そこが難点である。しかし、1日7軒うどん屋を回ってもいいよ、という超うどん人を探すのもまた大変である。バイト先に一人いるんだけど、人妻なんですよね。さすがに人妻と旅行は無理でしょう。とりあえずその人妻には「なかむら」のお土産用のうどんをあげときました。

香川がもう少し近ければいいんだけど。鈍行で3時間ぐらいのとこなら、月1ぐらいで行くんだけどな。うまくいかないものである。しかしまあ何にせよ、初香川上陸はもう素晴らしい体験で、僕が今まで行ったすべての旅行よりも最高の旅行でした。だって、僕は普段旅行とか行っても、周りの人間が行こうっていうところにただホイホイついていくだけなんですけど、今回は人生で初めて、自分からここに行こうあそこに行こうって言って友人を振り回しましたからね。超積極性を見せた旅でした。インドに行くよりも僕の人生観は変わったでしょう…というのはたぶん大げさですけど、それぐらい素晴らしい旅でした。

そういえば今日の昼ごはんもうどんを食べました。香川であった知人がお土産だと言ってくれたうどんで、先ほども話に出した「おか泉」のお土産用のうどんでした。もうですね、やっぱりうまいですね。香川って何が凄いって、コンビニで名店のうどんが売ってるんですよね。観光客のお土産用なんだろうけど、さすがだなと思いました。

そういえば香川に住む後輩が、「加ト吉の冷凍うどんは香川の人間も食べる」みたいな話をしていました。僕は寡聞にして「加ト吉の冷凍うどん」を知らないし食べたこともないわけなんですけど、これは香川人も認める美味しいうどんなんだそうです。というわけで、美味しいうどんを食べたい人は、「加ト吉の冷凍うどん」を食べましょう。

普通の本の感想よりも長々と文章を書いているような気がします。まあそんなわけでですね、香川は最高だっていうことなんですよね。また行きたいなぁ。

2008年04月29日

巨匠の傑作パズルベスト100(伴田良輔)

「クイズでもやろか」
「クイズ?頭使うの苦手やで」
「まあまあ、そう言わんと。パズルの本買ってん」
「まあええわ。第1問」
「『車の中をのぞいたら何があるでしょうか?』だって」
「いやいやちょっと待ちぃな。車覗いたらあかんがな」
「そうやなぁ。もしかしたらいやらしいことしとるかもしらんしなぁ」
「うわぁ、そんなん考える自分がやらしいわ」
「猫とかがな」
「猫かいな!」
「こないだ見た車は、あれやったなぁ、中に風呂があってん」
「んなアホな!」
「ウソちゃうで。あれなんやってんやろな。車の後ろ開けたらとこに浴槽があってな、移動銭湯でもやってるんやろか」
「移動銭湯か。それちょっとおもろいアイデアやな。ちょっと離れてたりすると、銭湯行くのめんどくさいしな。それちょっとやってみようや」
「俺らでか?移動銭湯を?でも女風呂はどうすんねん」
「あぁ、そうか。俺ら二人じゃ対応出来んわな。んじゃまあ諦めるか」
「早っ!」
「ってことはあれか、車ん中覗いたら風呂があるってのが答えか」
「んなわけないやろ!」
「でも答え分からんやん」
「真剣に考えてないような気もするけどな。まあええわ。答えは、『三』やて」
「は?三?どうゆうことやねん」
「だからな、『車』って漢字思い浮かべてみ。でそこからな、『中』って漢字を『除く』ねん。そんだら、『三』が残るやろ」
「なるほどなぁ。『覗く』やなしに『除く』ちゅうことやってんか。そらわからんわ」
「ほんなら次行くで。『目の前に二人の少年がいました』
「少年な。少年じゃなきゃあかんのかいな」
「知らんがな。とりあえず問題聞きぃな。『その少年二人は顔がそっくりで、双子にしか見えませんでした』」
「ザ・たっちみたいなもんやな」
「『そこで彼らに、君たちは双子なの?、と聞いてみたのだけど、違います、と言われてしまいました』」
「なんでやねん」
「それを考えんねん。『さてどういうことでしょう』」
「まあこら答えは一つしかないやろ」
「何やねん」
「クローンやで」
「クローン人間?んなわけないやろ。クローン人間は遺伝子が同じ生物を生み出せるってだけで、年齢まで同じになるわけじゃないしな」
「まあそうか。じゃあれちゃう?マネキンやったんちゃうん?ほら最近あるやん、人間と喋る人型ロボットみたいなん。あんなんがいたんちゃうんか」
「いやこういうのはどうよ。実はその少年は人間じゃなくて蛙だったとかね」
「それでどないになんねん」
「まあ細かいことは気にしなさんな」
「まあ人間より蛙の方がようけ卵産みよるやろしな。そうなると双子どころやないで」
「あぁ、それだわ、きっと」
「どれやねん」
「双子どころじゃないってとこ」
「それがどないしてん」
「だからさ、双子じゃなくて、三つ子とか四つ子とかだったんじゃない」
「おぉ!そうだわ。それ正解だわ」
「おっ、答え合っとるがな。なかなかやりよるな」
「でもさ、やっぱクイズじゃ腹は膨れんぜよ」
「雪山で遭難した時のお供には向かんわな」

一銃「クイズ」

今回は、『パズル』をモチーフにしたショートショートをどうしても思いつけなかったので、こんな感じでお茶を濁してみました。
ちなみにショートショート中のパズルですけど、「車の中~」の方が、昔テレビでやってた「マジカル頭脳パワー」って番組で出てきた問題で、「双子じゃない」って方が、「頭の体操」っていう本に載ってたものでした。共に、僕がその問題を見たのがその媒体でっていうことで、元々の出典は違うかもしれません。
というわけで内容に入ろうと思います。
本作は、サム・ロイドとデュードニーという、二十世紀初頭に同じ時期に活躍したパズル作家の巨頭たちの紹介をしつつも、彼らが生み出した傑作パズルを紹介する、という内容になっています。
僕はクイズだとかパズルだとかが好きで、結構自分で作ったりもしてきました。昔「パズラー」っていうパズル雑誌があって、これは他のパズル雑誌とは一線を画す素晴らしい雑誌だったわけなんですけど(僕が高校三年の時に廃刊になってしまいました。実に残念)、そこに一般の人がパズルを投稿するようなコーナーがありました。そこにオリジナルのパズルを投稿してたりしました。一度だけ採用されて、あと次点みたいな感じで紹介されたことが一度あります。
また、ナンプレってのが結構長いことブームですけど、このナンプレも自分でオリジナルのルールを加えて作ったりしています。
だからまあ結構パズルとかってのは好きなんですけど、でも僕が解けるのは、論理的に詰めていけば最後には答えに辿り着くようなものだけで(ナンプレみたいなやつ)、本作に載っているような発想が要求されるようなパズルはもう全然ダメです。
本作に載ってるようなパズルに僕が触れたのは、「頭の体操」という超有名な本でです。新書サイズで昔かなり出版されていた本で、最近ではその著者が、DSのソフトの「零トン教授がなんとか」みたいなのの監修をしてたりするんですけど、とにかく裏をかいたり前提をひっくり返したり盲点をついたりと、その多彩な問題にいつもやられたと思わされていました。
そんなパズルやクイズの原型を作ったのが、このサム。ロイドとデュードニーの二人なわけです。この二人は、それまで数学者の一部で親しまれていたようなパズルを一般向けにアレンジして、一大パズルブームを生み出しました。今世の中に存在するパズルのルーツを辿ると、そのほとんどすべてがサム・ロイドとデュードニーに行き着く、とさえ言われているくらいです。
サム・ロイドのパズルで有名なのは、「15パズル」と「地球を飛び出せ」です。「15パズル」は結構多くの人がやってことがあるんじゃないかと思うんだけど、4×4の面に1~15までの数字が書かれた縦横にスライドするピースがあって、それを順番通りに並べる、というやつです。「地球を飛び出せ」も、サム・ロイドのオリジナルじゃないにせよたぶん何らかの形で見たことがある人が多いと思うんだけど、二枚の円盤が重なってて、その周囲に13人の人間が描かれてるんだけど、その円盤をちょっと回すと、不思議なことに人が一人消えて12人になってしまう!というやつです。あれは今見ても不思議ですね。理屈を説明されてもイマイチよくわからないし、一人消えてしまうインパクトは薄れないですね。
デュードニーの方は、僕らが知ってるようなメジャーなパズルはないみたいですけど、サム・ロイドよりも数学的な背景をきちんと持っているパズルを作ったそうです。だから、数学の専門家さえも唸らせるような問題や解答を次々に出してきて驚かせたそうです。
それで本作には、サム・ロイドとデュードニーの生み出したパズルがそれぞれ40作ぐらいずつ載っていて、あとは古典的に有名なパズルが20作ぐらい載っています。答えを知ってる問題もチラホラありましたけど、そうでない問題は早々と諦めて答えを見てしまいました。いや、わからんっすよ、あんな問題。マジ難しい。でも僕の好みとしては、サム・ロイドのパズルの方が好きですね。直観的に答えが理解出来るような問題が多いですね。デュードニーの方は数学的な背景があるせいもあるんだろうけど、やっぱちょっと難しいですね。ただデュードニーの方もすごい問題があって、「葉巻のパズル」なんかは見事だと思いましたね。二人の男が同じ葉巻をテーブルの上に重ならないように交互に置いていく。もうテーブルの上に葉巻を載せられない、という状況を作り出した方が勝ちだとすると、この勝負に勝てるのは先攻か後攻か、という問題で、問題を見る限り解けるとは思えないんだけど、答えを見るとなるほどという感じなのです。
まあそんなわけで、パズルが好きだという人にはなかなかいいと思います。頭を柔らかくしたい、という人も是非チャレンジしてみてください。新書サイズだし、持ち歩きにも便利だと思います。

伴田良輔「巨匠の傑作パズルベスト100」


巨匠の傑作パズルベスト100新書

巨匠の傑作パズルベスト100新書

2008年04月28日

桐野夏生【水の眠り 灰の夢】

昭和38年、連続爆弾魔「草加次郎」が世間を騒がせている最中に、地下鉄で爆発事件が起こった。

たまたま現場に居合わせたトップ屋の村野善三は、またも「草加次郎」が動いたとみて取材に走る。だが女子高生殺しの疑いをかけられ、思いどおりに動けない。その中で村野は思いがけない真実を知る。


水の眠り 灰の夢 (文春文庫)水の眠り 灰の夢
(文春文庫)

(1998/10)
桐野 夏生

商品詳細を見る


評価=☆☆☆  (5つ星が満点)


主人公の村野善三は、『顔に降りかかる雨』と『天使に見捨てられた夜』に登場する探偵の村野ミロの父親です。

本書は娘のミロが生まれて間もないころのお話。

「トップ屋」って何だろうなーと思ったら、週刊誌のトップ記事を書くフリーランスの記者のことでした。

村野が「私、こういう者です」と差し出す名刺には、『週刊ダンロン 特約記者 村野善三』とあり、それを見た刑事は「なんだ、トップ屋か」と蔑むように言います。トップ屋は、警視庁に記者クラブを置く新聞社の記者より一段も二段も低く見られています。

しかしトップ屋集団「遠山プロ」の男たちには、「おれたちが『週刊ダンロン』を支えている。警察発表の通りにしか記事を書けない新聞より、おれたちのほうが面白い記事を書ける」という自負があります。

村野は記事を書く筆力もさることながら、調査能力に秀でています。のちに記者から探偵へ転身したのは、そういう素地があったことも理由の一つでしょう。

そのころ『週刊ダンロン』編集部は、トップ屋を排除して社員だけでやっていきたい意向を見せ始めていました。『ダンロン』に限らず業界全体に「トップ屋はもう終わりだ」という空気が漂っています。



桐野作品はどれを見ても、こういう諦めの空気が漂っているようです。

探偵ミロシリーズでも、村野ミロは愛に傷ついているし、探偵業に情熱があるようにも見えないし、事件の関係者と寝ちゃうし……。諦めというか、けっこう投げやり。そんな調子で大丈夫かなあと思います。読んでいて、こんなに安心できない探偵も珍しいんじゃないかな。

そういう不安感と、結構オドロオドロしい事件の背景もあって、先を読みたい気持ちにターボエンジンがかかったのがミロシリーズでした。



いっぽう本書は、後年の村野善三の姿を知っている分、ターボエンジンがかかるほどのザワザワした不安感はなく、諦めの空気だけが澱んでいる。

それに連続爆弾魔であるはずの「草加次郎」が、途中から爆破をしなくなっちゃうんですよね。

ところどころに「これが草加次郎の正体か?」と思わせる人物は登場しますが、物語の焦点は女子高校生殺人事件に移ります。草加次郎のほうは……あれ? ん? うーん。そういうオチか。ちょっと不完全燃焼の感は否めない。

しかし村野善三は一連の事件で大切な友人を亡くし、トップ屋からの転身を余儀なくされます。彼にとっては青春時代の苦すぎる終幕であり、人生の大きな節目でした。

昭和38年に流行したファッションや人気スターの名前が文中にたくさん織り込まれていますが、それらと村野の青春時代の思い出は分かちがたく結びついているのでしょう。亡くなった友人は当時のファッションのまま、村野の記憶の中で永遠に生きつづけるのでしょう。



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