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2007年11月27日

戦闘妖精・雪風<改>(神林長平)

いやはや、今回はまあ前書きはなしで行きますけど、ダメでしたねこの作品。僕にはダメでした。メチャクチャ面白くなかったですね。
この作家の本を初めて読みましたけど、とにかく世間的にはものすごく人気のある作家で、その中でもこの作品は特に評判のいい作品のはずなんですけど、僕にはどこが面白いのかさっぱり分かりませんでした。この作品が好きだという人には非常に申し訳ないですけど。
さらに失礼なことを言えば、何かのマニュアルを読んでいるようなそんな作品でした。パソコンとか携帯電話とかのマニュアルです。意味の分からない専門用語がたくさん羅列されていて、読むのに苦労するという点では似ているような気がします。
まあそんなわけで、僕としては全然オススメ出来ない作品です。かなり流し読みをして大雑把なストーリーだけは追いかけましたが。結局よく分かりませんでした。雪風という超高機能な戦闘機で、ジャムという異星人と戦うという話です。世間的には評価の高い作品なので、興味のある人は読んでみてもいいと思いますけど…。

というわけで今日は時間があるのでちょっと違う話を。
そろそろ一年も終わりという感じですが、ここにきて僕にはちょっとした目標が出てきました。それは、このブログの感想の記事を今年中に1000個(『記事』を数える単位ってなんだろう?)まで持っていこう、という目標です。
それには、今年中にあと39冊読んで感想を書けばOKです。しかし残りの時間で39冊読むというのは、かなりギリギリです。達成できるかどうかはかなり微妙なところでしょう。でもまあなんとか頑張ってみます。
感想が1000個というのはなかなかすごいもので、ざっとした計算をしてみるとこうなります。1回の感想で平均4000字書いていると仮定して(平均するともうちょっと少ないとは思いますが、この方が計算に都合がいいので)、記事1000個では4000000文字(400万文字)になります。これは原稿用紙に換算すると1万枚になります。単行本1冊が大体原稿用紙500枚ぐらいだとすると、原稿用紙1万枚というのは単行本で20冊相当ということになります。
このブログを始めてたぶん3年とちょっとという感じだと思うので、その期間で単行本20冊相当の文章を書いたというのはなかなかのものではないかな、と思います。大体2、3ヶ月で1冊ペースという感じで。いや結構すごいなと思ったりします。
まあそんなわけで、当面の目標はこの記事を1000個達成というところに置いてみようと思います。さてどうなりますやら。

神林長平「戦闘妖精・雪風<改>」


戦闘妖精・雪風<改>文庫

戦闘妖精・雪風<改>文庫

2007年11月26日

C.W.ニコル「風を見た少年」★★★★☆

C.W.二コル=アウトドア系髭の変な外人さん。
とか思っていたが、この物語はよい。

人だけではなく、すべての生き物の話を聞くことができる少年が、
軍事国家へと変貌する母国から逃げ出し、
さまざまな体験の後に滅茶苦茶になってしまった母国へ帰ってくる。

戦争や自然破壊への否定をテーマにしつつも、
権力や戦争に流されてしまう人間達、
子供向けのファンタジーが故の残酷さも併せ持つ。
大人が読んでも面白い物語。

これは確実に表紙で損してる。
中の挿絵は雰囲気があっていい感じなのに。


C.W. ニコル, C.W. Nicol / 講談社(2000/06)
Amazonランキング:557095位
Amazonおすすめ度:

2007年11月26日

「ウォッチメイカー 」ジェフリー・ディーヴァー


「ウォッチメイカー 」ジェフリー・ディーヴァー

511p 文藝春秋

時計じかけのごとく緻密な 犯罪を 成し遂げていくウォッチメイカー。
彼は、ライムとアメリアを 翻弄する。

「リンカーン・ライム」シリーズ第7弾。

相変わらず ドンデン返しに次ぐ ドンデン返し。
う〜ん。いつもながら 面白い。小説は こうでなくっちゃ。

今回は 新しいキャラクター キャサリン・ダンスが 非常に 魅力的。。
JUGEMテーマ:育児


JUGEMテーマ:読書


2007年11月26日

配達あかずきん(大崎梢)

さて今回はちょっと趣向を変えて、内容紹介に合わせて本屋のことをあれこれだらだら書く、というスタイルにしてみようかなと思います。本作は5編の短編からなる連作短編集で、それぞれについて書店的にいろいろ書けそうなテーマになっているので。
全体の大まかな設定だけ先に書きましょう。駅ビルの6階にある成風堂書店。駅ビルらしく女性客の多い、100坪ほどの中型書店である。そこで働く社員の杏子とアルバイトの多絵が、日々降りかかる難問を見事解き明かす!という話です。

「パンダは囁く」
とあるお客さんからの問い合わせに杏子は困惑することになる。これまでの様々に難解な問い合わせを受けてきたが、これは最高峰と言ってもいいかもしれない。
それは、病気で家から出られない老人に頼まれたというとある男性からの依頼だった。何を言っているのか聞き取りづらく、それでもなんとか聞き書きしたというその内容は、まさに意味不明としかいいようのないものだった。

『あのじゅうさにーち いいよんさんわん ああさぶろうに』

???なんのことかさっぱりである。これで三冊の本を著しているらしい。また出版社は分からないのかと聞くと、『パンダ』と答えたと言う。パンダか…。パンダといえばあれしか思いつかないが…。
そんなわけで多絵に相談をしてみる。彼女は分かったようだが、何故かお客さんが探しているわけではないらしい本を男性に渡している。一体どういうことだ?

本屋というのは本当に、様々な問い合わせが持ち込まれてくる場所です。他の普通の小売店ではここまでの問い合わせは恐らくないでしょう。本というのは種類が膨大で、しかも大抵のお客さんは何故か情報が曖昧なままでやってきます。著者や出版社が分からないというのは別にそこまで困りませんが、タイトルが分からないとなるとかなり厳しいです。時には、『表紙が青色で、これぐらい(と言って指を広げる)の厚さの本だったんだけど』とか、『どこかの新聞の広告に載ってたんだけど、なんの新聞か忘れちゃった』とか、『電車の中吊り広告にあって、タイトルをちゃんと見てこなかったんだけど』みたいな問い合わせもあって、いやホント、それだけの情報だとちょっとこっちも厳しいっす!と言いたくなるようなものが多いです。
僕が割と覚えているのは「震災マップ」みたいな本が立て続けに出始めた頃の話です。震災マップというのは地震が起きた時に、どういう道を歩いていけば安全かというのが詳しく載っているような本で、一時期雨後の筍のように次々と出てきました。そのまさに出始めの頃、まだそこまで話題になっていなかった(はずの)頃、ある一人の初老の男性が、『今話題の、ほら地震のやつ』というような聞き方で問い合わせをしてきました。ホントに、その本の話題が僕の耳に届く前のことで、お客さんが何を言っているんだかぜんぜんわかりませんでした。結局そのお客さんは、『何でそんなことも分からないんだ!』と言って怒って帰って行ってしまったのだけど、しばらくしてその震災マップの話題がようやく僕の耳に届き、なるほどこのことだったのか、と思いました。なるべく情報を収集しようとしているつもりではありますが、それでも話題になっている本すべてを網羅することは難しいものです。
また困るのは、例えば『大人の塗り絵はどこですか?』と言うような問い合わせです。こういう場合お客さんは大抵、特定の欲しいものが決まっているわけではなく、そういう系の本であればいいという感じなのですが、時折ある特定のものが欲しいという方がいます。そうなると調べるのが大変です。どれもタイトルは似たようなものだし、お客さんは大抵出版社とかを覚えていません。パソコンで検索して画像を見てもらうしかないという感じになって、なかなか大変になります。
また、お客さんの記憶違いというのも本当によくあります。最近あった話だと、『ネオっていう雑誌ありませんか?』と聞かれたのだけど実際は『MOE(モエ)』だったり、あるいは『デナイトクラブっていう雑誌ありませんか?』と聞かれたのだけど実際は『Daytona Club(デイトナクラブ)』だったりします。タイトルの一部を覚え間違えているようなケースも結構あって、これはこれで探すのが結構大変だったりします。お客さんのいい間違いではなく、スタッフの聞き間違いというケースもあるので侮れません。
ここに書いてもたぶん仕方ないとは思いますが、皆様本屋に本を訪ねに行く際は、少なくともタイトルだけは正確に、出版社や著者名もわかっていると助かります。曖昧な情報でも、とりあえず本屋さんで聞けばわかるだろう、という発想はなるべく控えていただければなぁ、と思ったりします。まあそれでも、聞かれれば頑張って探しますけどね。

「標野にて 君が袖振る」
お店に一人のお客さんがやってきました。その女性は始めてみる方だったのですが、その方の母親がよく当店に来てくれていました。ほとんど常連さんと言ってもいいくらいの方です。
その女性の話によれば、どうやらその母親がいなくなってしまった、とのことでした。いなくなる前にその女性は、『いつもの本屋さんで面白い本を見つけたわ。その中にとっても重大なことが書いてあったの』と告げられたそうです。それで、恐らく買ったのはここだろうと見当をつけて来店されたのでした。
しかしその女性が持ってきたレシートを見て杏子は驚きました。なんとその母親が買っていったのは「あさきゆめみし」というコミックだったのです。コミックなんて買うような方ではないので何かあるとは思うのだけど…。

この話のように、母親がいなくなってしまうなんていうような話が持ち込まれたことはありませんが、レシートを持って本屋にやってくる人というのは結構います。
その一番多いパターンは、交換や返品です。この交換や返品について一般的に書店でどうなっているのかよく分かりませんが、僕のいる店では、交換は状況にもよるけど基本的には可(この状況にもよるというのがいろいろ難しいのだけど)、返金については基本不可だけどこちらも状況による、というまあなんとも言えない感じです。
もちろん、ページが破れているとかページが抜けているとか、あるいは汚れていた折れている、というようなケースであれば、店内に同じものがあれば交換、同じものがなかったりした場合というのは返金になります。付録がついていなかったとかCD-ROMが再生できなかったなどいろんなケースがありますが、基本的に本自体に不具合があれば書店は普通に対応するだろうと思います。
ただ問題は、お客様の都合で交換・返金になるような場合です。家に帰ってみたら家族が同じ本を買ってくれていた、頼まれたのだけど間違ったものを買ってしまった、発売日を勘違いして前の号を買ってしまった、などなどとにかく様々なケースがあって、時には判断に迷うケースもあります。本の場合、基本的にどこまでがOKのラインなのかというのが見極めずらい部分があるからなおさらです。普通の売り物であれば、開封した時点でアウトとなるでしょうが、本の場合その開封というような状態が特にありません。ならどこを基準にするのかというのは結構難しいのではないでしょうか。
またレシートを持ってくるケースでもう一つあったのが、会社の経営者の方がある領収書を持ってきて、この明細を知りたい、とやってきたことです。いつも思うんですけど、なんで領収書には明細が載らないんでしょうね。不思議です。

「配達あかずきん」
成風堂書店では配達も行っているのだけど、その配達先の一つでとんでもないことが起きたようだ。
それは美容院でのことなのだけど、ある常連の女性客が、いつものようにお目当ての雑誌を開きながら待っていると、そのページの間から自分の盗撮写真が出てきたわけです。その女性客は怒りに怒って大問題となり、お店自体がかなり窮地に立たされているとのことです。杏子は、自分の店が配達をした雑誌でトラブルが起こってしまい、気に病んでいます。
その雑誌を配達したバイトの女性が何か鍵を握っているようなのだけど、しかし一体どういう経緯でこんなことになったのだろうか…。

配達というのは僕のいる店ではやっていないですけど、これは大変だろうな、と思います。
時々お客さんには聞かれますね。ある雑誌を毎号定期購読することにしようとしている方が、『これってウチまで届けてくれるの?』というようなことをたまに聞きます。当店ではそうしたサービスはやってないんです、と説明するのですが、それについて僕には一つ疑問があるわけです。
よく雑誌なんかに、今度こんな本が出ますよ!という広告があって、そこに予約票みたいなものが一緒になっているケースがあります。また、『週刊マイロボット』みたいな毎週出てちょっとずつ集めていくような雑誌の場合も、定期購読を申し込むような予約票みたいなものがついていることがあります。お客さんはそれに必要事項を記入して書店に持ってきてくれるのですけど、その予約票の項目の中に『住所』というのがあるんですね。
僕は客注も多少関わりがあるのですが、この予約票というのは基本的にそこまで必要なものではないのですね。お客様としたら、この予約票がないと注文できないのかもしれない、と思っているのかもしれないけど(っていうかそう思うのは当然の気もするけど)、実はそんなに必要なものではありません。それはいいんですけど、でも何で項目として『住所』が入っているのかというのが僕としては解せないですね。もちろん配達を請け負っている書店もあるでしょうが、しかしそれはそれとして各店が対応すればいい話で、その予約票に住所を書く欄があれば、家まで送ってくれるのではないか、と少し思ってしまうような気がするのだけど。
まあ幸いそれに関するトラブルというのは特に起きてないけど、まあちょっとした疑問として不思議に思っていました。

「六冊目のメッセージ」
あるお客さんがお店にやってきました。その女性は長いこと入院をしていたようで、その間母親がこの本屋で本を買い病室に持ってきてくれた、とのことでした。母はここの本屋の方に、どんな本を持っていったらいいのか相談をしたようで、退院した今その方に是非お礼を言いたいとのことでした。
しかし、その女性が読んだという5冊の本のタイトルを聞くや、杏子は顔をしかめます。その5冊は様々なジャンルに渡って幅広く散っており、店内のスタッフにそこまでのジャンルをカバー出来る人材がいるとは思えません。男性スタッフだったとのことで店内の男性スタッフに聞いてみたのだけど、誰も心あたりのある人はいません。一体誰がこの5冊の本をオススメしたのだろう…。

『何か面白い本はありませんか?』という問い合わせは、そこまで多くないですけど時々あります。その度に僕は、人に本を勧めるのが得意ではないなぁ、と落ち込みます。
僕は本だけは山のように読んでいる、かなりの読書家と言ってもいい人間ですが、しかし読んだ本をすぐ忘れてしまいます。読んだ内容も、そもそも何を読んだのかということもです。だから、何か人に本を勧めるような場合にすごく困ります。まず自分がなんの本を読んだのかというところから思い出さないといけません。
また短い時間で相手の好みを探り出すというのもかなり至難の業です。『何か面白い本はないか?』と聞いてくる方は、大抵そこまで本を読んでいないと思われる方が多いです。だからどういう本が好きですか、という質問をしても明確な答えが返ってくるわけではありません。かといって好きな映画とかコミックとかを聞こうとしても、今度はこっちにその知識がありません。難しいものです。だから無難に、どんな人にでも受け入れられそうな、伊坂幸太郎とか宮部みゆきとか東野圭吾とか横山秀夫とか、そういう無難な作品をオススメすることになってしまいます。なんかそういう時、やっぱ違うよなぁ、と思うんですけど、でも冒険して相手が面白くないと思っても困るし、とかいろいろ考えてしまいます。本当は舞城王太郎とか森博嗣とか勧めたいんですけどね。
前に、『ものすごく怖いホラーはないですか?』って聞かれて結構困りました。ホラーはあんまり読んでないので、貴志祐介とか山田悠介とかそういうありきたりなものを勧めた挙句、自分が読んでいないJ・ケッチャムの「隣の家の少女」という本を勧めてみたところ、その本を注文していきました。未だに取りに来てくれていませんが…。問い合わせを受けた時酔っ払ってる感じがしたからなぁ。
また以前には、『試験に出そうな小説を探しているんだけど』というこれまた難易度の高い問い合わせがありました。さすがに分からなかったので、文豪と呼ばれている作家の作品をあれこれ言ってお茶を濁しましたけど。
『最近のミステリでオススメを』という問い合わせもつい最近あって、でもやっぱりパッとはオススメ出来なかったですね。そういう人は大抵文庫で探しているんですけど、僕はほとんど本をハードカバーで読んでしまうから、という理由もあったりしますけど。

「ディスプレイ・リプレイ」
出版社から送られてくる封筒の中身を整理していると、その中から「ディスプレイ・コンクール」の案内状を見つけました。たまたまレジに入っていたバイトの子が興味ありげだったので、『トロピカル』というコミックのディスプレイを完全に任せて見ることにしました。
すると、友人の助けも借りて素晴らしく見事なものが出来上がりました。早速写真に撮りこれで落着。売上にもさっそく反映しているようで、担当者としても満足です。
しかし翌日、朝出勤してみると、そのコミックのコーナーが真っ黒なスプレーでグチャグチャにされていました。酷い!誰がこんなことをやったのか、多絵と一緒に考えることになったのだけど…。

書店には、出版社が企画する「ディスプレイ・コンクール」なるものがあります。近くの書店でやっているところを見たことがあるかもしれませんが、とにかくとんでもなく凝りまくった装飾をした売り場を作り、それを写真にとって応募するというものです。優秀賞なんかを取ったディスプレイなんか見てると、ホントすごいもんだ、と思ったりします。そもそも僕にはそんな才能はないし、もしあったとしてもそれに割ける時間はないなぁ、とか考えてしまいますが。
もう一つ書店員が生み出すものと言えばPOPがあります。このPOPについても、本が取りづらいとか本を傷めるとかいろんな意見があって、お客様の立場からすればどういう風に見えているものなのかイマイチ把握しづらいですが、書店員や出版社の側からすればすごく大事なものだと言う認識があります。
とにかくPOPをつけるかつけないかで全然売れ行きが変わってくるわけです。出版社から送られてくるPOPやパネルをつけるだけでとんでもなく売れたりすると、なんだかなぁ、という気分にはなりますが。
逆に自分がPOPをつけた本が売れたりすると嬉しいですよね。最近では、「チーム・バチスタの栄光」という本が文庫になったので、『この本を読まないのは犯罪です』っていうPOPをつけてみました。
ただ問題は、僕自身POPを描くセンスがないということです。だからいつも、文章だけ考えてバイトの女の子に書いてもらうか、あるいはパソコンで作るという感じになっています。手早くちゃちゃっとPOPを描くセンスがあればいいなぁといつも思うんですけど、もう僕は自分のセンスには見切りをつけました。ホント、POPを自分の手で書ける人は羨ましいといつも思います。

まあそんなわけで、こんな感じで内容紹介と書店の話を書いてみました。本書の巻末には書店員の対談も収録されていて面白いです。定期購読をやっていない本屋があるんだなぁ、とびっくりしたりしました。まあ確かにとんでもなく大きな本屋だと、定期購読に対応している余裕はないのかもしれないですけどね。
この作品はかなり面白かったです。僕が書店員だからという点を差っぴいても充分面白いと言える作品です。
まず本屋の仕事がすごく忠実に描かれている感じがしました。この作家は元書店員だったようで当然と言えば当然かもしれませんが、しかし本屋の仕事をここまでミステリと密接に結びつけた作品は過去になかったのではないかという気がします。どの話も、なるほど本当に本屋で起こってもおかしくないかもしれないなぁ、というようなリアリティがあり(「配達あかずきん」みたいな話はさすがにないでしょうけど)、巧いなと思いました。
ストーリーとして一番圧巻なのは、巻末の対談でも触れられているように「配達あかずきん」ですね。これはミステリとしてもなかなかの出来だと思います。誰がどうやって盗撮写真を仕込んだのか、という謎もありますが、また別の謎も絡んできて、なかなか巧い具合に進んでいきます。それに、配達をしているバイトの女の子がなかなかいい感じのキャラです。
また「パンダは囁く」もかなり面白いと思いました。これは書店員でも謎解きはかなり無理だろうと思うぐらいハードルの高い謎解きですけど、でも最終的な落しどころにはびっくりしました。まさかそんな展開になるとは!という感じです。ホントに自分のいる本屋でこんなことがあっても、恐らくそこまで辿り着けないでしょうねぇ。
また「六冊目のメッセージ」もかなり好きです。自分が気に入った5冊の本を一体誰が選んでくれたのか…、というだけの話ですけど、書店員的にもなるほどという感じの結末だし、それに終わり方がなかなか素敵な感じの話でした。
というわけで、かなりオススメ出来る作品です。書店員はもちろん楽しめるでしょうけど、書店員じゃなくてももちろん楽しめる作品です!これを読んで、本屋も大変なんだ、と分かってくれると多少助かるなぁ、なんて思ったりして。是非読んでみてください。

大崎梢「配達あかずきん」


配達あかずきん 成風堂書店事件メモハード

配達あかずきんハード

2007年11月26日

映画化――海堂尊【チーム・バチスタの栄光】

出演は竹内結子、阿部寛、吉川晃司、池内博之、玉山鉄二、井川遥、田口浩正、田中直樹、佐野史郎、野際陽子、平泉成、國村隼。

監督は『アヒルと鴨のコインロッカー』の中村義洋。

2008年2月9日(土)より全国東宝系でロードショー。


公式サイト

eiga.comの記事



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本書は文庫化されました。


チーム・バチスタの栄光(上) 「このミス」大賞シリーズ [宝島社文庫]チーム・バチスタの栄光(上) 「このミス」大賞シリーズ [宝島社文庫]
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ちなみに私の妄想キャスティングはこちらでございます。あくまでも妄想に過ぎませんので笑ってお読み流しくださいませ。

それにしても妄想キャスティングしていた作品が本当に映画化され、吉川晃司が出演することになろうとは……よもや想像もしておりませんでした。

吉川晃司ファンの妄想読書人にとってはこの上なき喜びでございます。



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2007年11月26日

君たちに明日はない(垣根涼介)

僕は本当にサラリーマンというのは無理なのだ…。
という話がピッタリの作品ではあるのだけど、ここのところこんな話ばっかり書いているような気もしないでもない。なのでちょっと違うこと、会社とか働くということについて書いてみようかなとか思います。
何故働くのか、という質問にどう答えるかというのは人それぞれかなり違うだろうなと思います。やりたいことをやるため、結婚相手を見つけるため、お金のため、権力を得るため、自己実現のため…、とまあいろいろ答え方はあるのだろうと思います。
僕としては、まあ最低限生きていくため、というような答えになるでしょうか。最低限の生活を自分に保障するために、働いて賃金を得る。とはいうものの、何度も書いたことはありますが、僕は自分の意に添わない仕事というのはどうしても出来ない人間で、だからこそサラリーマンという生き方は出来ないのですけど、まあそれはそれとして。出来ればやりがいのある仕事が出来たらいい、という風には思っています。
僕の友人には、仕事というのはお金を得るためにやるもので、だから仕事の内容なんかは何でも構わない、というやつがいます。まあそれも一つの考え方です。
もちろんそれぞれが働くことに対する理由を持っていればいいわけですけど、僕の中でちょっと納得のいかないことがあります。
それは、働くことがイコール社会の中での立ち位置を決める、という点です。
「働かざるもの食うべからず」という言葉が昔からあって、これには納得出来るんです。つまり、働くということが生活することと直結しているわけです。働かないものは、その家族の中での評価が下がり、結果食べることを許されない。まあ分かりやすい構造だと僕は思います。
しかし現代は、「働かざるもの人にあらず」という感じではないでしょうか。つまり、ある一定以上の年齢に達すれば社会に出てちゃんとまっとうな仕事をするべきだ、という風潮があります。まあ最近の話ではなく昔からそうだったのでしょうが。
僕としてはこれにはあまり納得がいかないのですね。働くことが社会的な評価と直結するというのは、どうも理不尽な気がします。
もちろん、働きもしないで親のすねばかりかじって生活していく、なんていうのは僕もダメだと思いますよ。でも例えばですよ、宝くじで1等を当てて莫大なお金を手にした人がいたとしましょう。もう働かなくてもいいやと思って会社を辞めたとしましょう。それでも、現在の社会はそうした人を一段下に見るような気が僕にはするのです。
僕の意見では、あくまでも働くというのは個人的なことではないか、と思うわけです。やりたいことをやるため、生活をするため、自分を成長させるため。なんでも構いません。しかし仕事をする第一の目的というのは、自分に還元される何かのためであるべきだ、と僕は思うわけです。働く中で、会社のためであるとか社会のためと言うような意識が出てくるのは構わないとは思うけど、しかし常に自分の目的というのが最優先されるべきではないか、と思ってしまいます。青臭い意見でしょうか。
今の社会では、働かないことが悪であるというレッテルを貼られるような感じがあります。僕は働かないと生活が出来ないので働きますが、しかし働かなくても生活が出来る人、働くことに特別意味を見出すことが出来ない人にまで働くということを強要することはないのではないか、と僕には思えるわけです。働くというのは、個人の多数にある選択の一つに過ぎないはずです。しかし、社会というのは無言でそれを要求してきます。社会に出て働かなくては一人前の人間とは認めないし、評価もしないわけです。それは一体何でなんだろうな、と僕には思えるわけです。
もちろん、仕事での評価によって社会的な評価が上がるということについては別に問題はありません。仕事をするということでプラスになるわけで、それはそれでいいです。しかし、何故仕事をしないことが即マイナスになるのか。やっぱり僕はおかしなことを言っているでしょうか?
さてちょっと違う話をしましょう。今度は会社という組織の話です。
僕はサラリーマンは無理だ、という話をよくしますが、その理由の一つには、働くということがほとんどイコールで組織に属するということであるから、というのがあります。
僕はとにかく組織というのがダメな人間で、学生時代も結構苦労したと思います。クラスとか学年とかっていう単位でまとまらないといけない場面が結構あるのだけど、そういうのは苦手でしたね。苦手でも表面上はそれなりにそつなくこなすんですけど、内心はかなり緊張しているというようなことがほとんどだったと思います。
才能があれば個人で仕事をすることも出来るし、また仕事の種類によっては一人で出来るようなものもあるのだろうけど、しかし働くということはほぼイコール組織に属することを指します。僕が組織を苦手に思う最大の理由は、組織というのはどうしても膠着してしまう、という点にあります。
どんな組織でもそうでしょうが、組織というのはしばらくすると、その組織自身が『人格』とでも呼ぶべきものを持つようになってきます。伝統や雰囲気や慣習や、まあ呼び方はなんでもいいのだけど、その組織のあり方というのが段々と固まってくるわけです。その組織に属する限り、その『人格』の構成要素の一つにならなくてはいけないわけです。僕にはそういうのがダメで、自分を一つの部品のようにどこかに嵌め込むというのがすごく苦手です。組織が何を求めているかも分かるし、自分がどう振舞えばいいのかも分かるのだけど、しかしどうしてもそれに反発したくなってしまう。どうしてもそういう自分を抑えることが出来ないのですね。
また、組織の中で仕事をするということは即ち、全体の仕事のある一行程を担当する、ということでもあります。僕はそれにあまり面白みを感じることが出来ません。どうせやるなら、初めから最後まで自分が手掛けたい、と思うような人間です。まあ、自分の能力的にもそれは出来ないんですけど、でも組織で働くということは初めからその機会を奪われるということでもあって、だからどうもなと思えてしまいます。
そういう意味では本屋の仕事というのは面白いですね。僕は文庫と新書の担当ですが、基本的にこの二つに関しては売り場をどうするのかについてほぼ自分に権限があります。最初から最後まで面倒を見れるという意味で、やっぱり面白いなと思ったりします。
ただ、やはり組織という面で見ると様々なところに不満を感じてしまいます。まあそれは書きませんけど。
正直に言って僕は、働くということにそこまで強い動機がありません。例えば何らかの理由により、誰かが僕の最低限の生活を一生保障してくれるとしましょう。そしたら僕は、じゃあ働かなくてもいいかな、とか思ったりするでしょう。生活さえ保障されていれば、社会的な評価とか自分を成長させるとか、まあそういうことにはあんまり興味がないですね。まあ本屋の仕事ならやってもいいかな、と思ったりしますけど。
今でも僕はすごいなと思うのだけど、世の中には山ほどサラリーマンがいて、満員電車に文句をいいながら、それぞれの組織へと散っていき、全体の一部でしかない仕事をこなしながら日々を過ごしているわけです。これはすごいな、と僕は思います。そして、やっぱり僕には無理だろうな、と改めて思うわけです。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、長編として捉えるべき作品だと思うけど、連作短編集という形で捉えた方が内容紹介がしやすいのでそうします。
全体の大きな設定だけ先に書きます。村上真介は「日本ヒューマンリアクト」という会社に勤める男である。この会社、何をするかと言えば、リストラ請負会社なのである。様々な会社から注文を取ってきて、内部ではなかなか進めることの出来ないリストラ策をアウトソーシングという形で手助けする、というまあそんな会社です。
そんな会社で様々な人間の首を切る役割を担っている村上。数多くの人間と面接を繰り返し、様々な人間に出会うことで、働くということや人生そのものについて考える、というような話です。

「怒り狂う女」
「森松ハウス」という建材会社が今回の依頼会社である。あくどいやり方で仕事をしてきた男を自主退職に持っていき、そして次はこの芹沢陽子である。写真を見る限り、自分の好みの女性だ。さてどうなるか。
面接をして見て余計に思う。いい、この女。しかし仕事は仕事。ちゃんとやらないと。
陽子は自分がリストラ対象であるということを知り悲しくなると同時に意固地になる。今手掛けているプロジェクトをやりきるまで絶対に辞めない。でも、あの面接以来自分にはなんの話もこない。クビならクビで早く言って欲しい。上司に聞くのも嫌だから…、あの面接の時の村上って男にちょっと連絡を取ってみようか…。

「オモチャの男」
こんかいは「バカラ」というオモチャメーカーだ。涙ながらに現状を訴えた女性の面接を終え、さて次は緒方紀夫という男だ。研究職らしい。さてどうなるか。
…。とんでもなかった。まさかこんな男がいるとは。現状をまるで認識していないし、喋り方もアホっぽい。そうかと思えば自分がリストラ対象であることを知るや構わず泣く。なんだこいつは。今日はどうしても外せない大事な用事があるっていうのに、こんな男にこれ以上構ってられない…。

「旧友」
今回は「ひかり銀行」という都銀である。自分に振られたリストラ対象者のリストを見て驚いた。知った名前がある。誰だったか思い出してみると、そうだ、高校時代の同級生だった男だ。なんという偶然。しかし仕事は仕事、やらないわけにはいかない。
村上は高校時代の別の友人に会い、旧友の名前は出さずに相談を持ちかけた。こいつは今後、銀行内で浮き上がる可能性はあるだろうか…。

「八方ふさがりの女」
今回の仕事は名古屋へ出張だ。コンパニオン派遣会社「T・スタッフ」が依頼会社だ。この会社は元々、「トヨハツ会社」の広報部を独立させた会社であったが、事情により規模を縮小せざるおえなくなった。
そこで面接をした飯塚日出子という女性。コンパニオンの中では並の顔立ちであるのだが、どうも気になる女性だ。おまけに面接でも気の強さを発揮する。なかなかいい。
日出子はなんとしても会社を辞めるつもりはなかった。付き合っている男にも相談したが、どうも頼りない。実家の「みそカツ屋」のこともある。何だか考えることが多すぎる…。

「去り行く者」
社長がどうにも妙な仕事を取ってきた。社長の友人で音楽事務所を経営している人からの依頼だそうだ。何でも、これまで一緒に会社を大きくしてきた仲間の内、どうしても一方を切らなくてはいけなくなったのだが、事情があって自分では決断できない。こちら側が決めた人間を切るから面接をしてくれないか、ということだった。なんとも奇妙な話だったが、その話を村上が担当することになった。あまりにも好対照な二人の内、一体どちらを残すべきか…。

というような話です。
内容紹介を書いていて思いましたけど、やっぱり連作短編集として内容を書くのは無理があったような気もします。というのも本作の半分を占めるある要素を完全に書いてないからです。
それは、村上と陽子の恋愛の話です。
「怒り狂う女」で出てくる芹沢陽子と村上は、結局付き合うことになるわけです。その恋愛の話が作中の、まあ半分とは言わないまでも3分の1ぐらいは占めていると思います。どうもその部分を内容紹介では書ききれなかったですね。
読んでいると、やっぱサラリーマンって大変だよな、とか思ってしまいます。
今世の中がどのぐらい不景気なのか僕にはわかりませんけど、でもやっぱり厳しいことは厳しいんでしょう。実際にリストラをするような会社もたくさんあるのでしょう。今のデータは知りませんけど、ちょっと前に知ったデータでは、年間でサラリーマンの自殺者が3万人を超えるみたいな話もあったりします。そのすべてがリストラではないにしても、リストラが原因というのもかなり多いのではないか、と思います。
組織の怖いところにはこういう面もあります。リストラをされることではなく、組織の中にいれば安泰だという幻想を見せるという部分です。日本はまだ終身雇用制がギリギリ保たれている気がしますが、そういう部分もその安泰を助長する要素になります。
人は安泰を感じると将来に対して投資をします。ローンを組んで家を買ったり、あるいは結婚したりと言ったようなことです。まあ結婚が投資というのはおかしいかもですけど、少なくとも安泰しないと結婚に踏み切れないというのは事実でしょう。
しかしリストラというのは、その途中で登っている階段を外してしまうわけです。年を取ってくると守らなくてはいけないものがたくさん出てくるわけです。それを守るためには会社にしがみつかなくてはいけないのに、でも会社はあの手この手で放り出そうとする。なんかそういう部分の悲哀みたいなものが巧く出ていると思いました。
だからと言って全体的に物悲しい話なのかと言うと全然そんなことはありません。いっそ陽気と言ってしまってもいいような雰囲気を感じます。それは、村上信介が仕事と割り切ってリストラをやっているという面もあるし、また陽子との恋愛の話がところどころに入ってくるからという面もあると思います。
リストラという人生の中でもトップクラスのピンチを突きつけられた人々の反応は様々です。そんな様々な人間の生き様を巧く切り取っている作品だと思います。
しかし実際こんなリストラ請負会社みたいなのがあったら、会社としては便利だろうけど、サラリーマンとしてはたまらないだろうなと思います。本当にこういう会社が出てきたりするかもしれませんけどね。あるいはもう実際にあったりとかするかもしれませんが。ますますサラリーマンと言うのは大変になっていくのでしょうね。皆さん頑張ってください。まあ僕も頑張れよ、って話ですけどね。
サラリーマン、しかもリストラの対象になりそうな年代の人が読んだら結構身につまされる話かもしれません。そういう意味では荻原浩の「明日の記憶」にちょっと近い雰囲気を感じます。決してサラリーマンの元気を与える作品ではないと思いますが、読んだら読んだで何か得られるものがあるんじゃないかな、とか思ったりします。まあそんな難しいことを考えなくても普通に楽しめる作品です。読んでみてください。

追記:
amazonの評価に、こういう作品を書かせたら奥田英朗が日本で一番巧い、とあった。それは確かに、と思った。奥田英朗が本書と同じようなテーマで小説を書いたら、間違いなく本書より面白くなるだろうなぁ、と思ってしまいました。

垣根涼介「君たちに明日はない」


君たちに明日はない文庫

君たちに明日はない文庫

2007年11月26日

「珍妃の井戸」

紫禁城の後宮には、中華皇帝をいつでも殺すことのできる人間がおり、理由と、方法とがある。まるで金色の波のように幾重にもうち続く壮大な宮殿の甍を思い出して、ソールズベリー卿はほんとうに青ざめた。

「珍妃の井戸」浅田次郎著(講談社文庫)

義和団事件で混乱する北京で、皇帝の寵愛を受けたひとりの妃が命を落とした。誰が珍妃を殺したのか。列強の高官4人が探索を始める。

「蒼穹の昴」から「中原の虹」に至る歴史ロマンの番外編的な一編。ミステリーの形で、食い違う関係者証言をつないでいく。
歴史の真実というものは、見るものの立場、思いによって変わる。そのことを、リアルな人物像を通して、くっきりと浮かび上がらせている。証言する人物たちは誰一人として、先入観通り、評判通りの人物ではない。裏切られる楽しさで、一気に読める。

それにしても、これを読んでから故宮に行けばよかった!(2007/11)

「珍妃の井戸」浅田次郎   Ciel Bleu

2007年11月25日

ブラックペアン1988(海堂尊)

プロフェッショナルというのは諸刃の剣でもある。
本人にとってではない。組織にとってである。
プロフェッショナルという人種はそもそも単独であり続けるべき存在であると僕は思っている。組織には馴染まない存在だ。しかしそれでも、そもそも組織の中でなくては存在し得ないプロフェッショナルというのも存在する。そこに矛盾が生じる。
例えば、まあ僕は全然詳しくないのだけど、アメリカのNBAの話をしよう。昔シカゴブルズというチームにマイケルジョーダンという天才がいた。バスケットボールに全然興味のない僕でさえその名前を知っているようなスーパースターだ。フリースローラインからダンクシュートする映像を見たことがあると思うのだけど、あれはまさに化け物だと思った。同じ人間とは思えない。まさにプロフェッショナル中のプロフェッショナルである。
バスケットボールというのはチームスポーツなので、当然マイケルジョーダンもどこかのチームに所属しないわけにはいかない。シカゴブルズはマイケルジョーダンが入ってくるまでは万年下位に甘んじていたチームだったようだ。それがジョーダンの加入と共に毎年優勝するような無茶苦茶強いチームになった。
しかしそれは、組織が強くなったということを意味しない。ただ、マイケルジョーダンという天才がいた、というだけの話に過ぎない。
事実、マイケルジョーダンがいなくなった後は、シカゴブルズというチームはまた下位に甘んじるチームに逆戻りしたのだそうだ。ジョーダンあってのシカゴブルズだった、というわけである。
確かにマイケルジョーダンという存在は、シカゴブルズという組織を何度も優勝へと導いた。その功績は素晴らしいものがあるだろう。もちろん彼のプレーを支えたチームメイトというのもいたのだろうが、しかし功績のほとんどはマイケルジョーダンに与えられてもいいだろうと思う。
しかし、組織の中に図抜けたプロフェッショナルがいるという状況は、組織全体にとってはあまり功を成さないように思う。マイケルジョーダンが加入したことで、組織としてシカゴブルズというチームが強くなったというのならいい。マイケルジョーダンのプレースタイルや戦略なんかをチームメイトが受け継ぎ、それを元に、ジョーダンがいなくなってもレベルのそこまで落ちないプレーが出来るというのなら問題ない。
しかし実際はそうはならなかった。ジョーダンがいなくなると共にシカゴブルズは衰退した。即ち、ジョーダンという存在が組織そのものを強化したわけではない、ということである。
日本では野球の巨人などがいい例ではないかと思う。まあ野球のこともよく知らないのだけど、あのチームは金で一流の選手をガンガン集めてチームを作っている。まさにプロフェッショナルの巣窟と言ってもいいようなチームである。
しかし巨人というチームが強いかというとそうでもない。何故なら、プロフェッショナルというのは組織と相性が悪いものだからだ。プロフェッショナルを集めたところで、チームが強くなるというわけでもない。
プロフェッショナルと組織について、本作ではなかなか難しい問題が提示される。
ある、外科的に難しい手術(これをA手術と呼ぶことにしよよう)がある。これは、かなり熟練の手技を必要とする手術であり、ベテランと呼ばれる医者にしか出来ない類の手術であるとされてきた。本作で登場する佐伯総合外科教室でも、そのA手術を実際にやったことがあるのは過去10年間でたった5人という数字である。
そこに、ある器械(これをB器械と呼ぶことにしよう)を導入しようとする高階という男が登場する。このB器械は比較的操作が容易く、中堅どころの外科医であれば使いこなせるだけのものである。高階は、A手術がプロフェッショナルにしか手術不可能であるという現状はおかしいと思っている。限定された術医にしか出来ないということは、それだけ患者の側に制限が掛かることになる。このB器械を使えば、並の医者でもその難しいと言われているA手術をこなすことが出来る。それでこそ本当の医療と呼ぶべきではないか、と考えている。高階はこのB器械を日本中の病院に広めようという目論みを持っているのである。
これに対し、佐伯という総合外科教室の教授はこのB器械をあまり歓迎していない。このB器械は、手術が容易である反面、多少ではあるが患者に負担(B器械を挿入するために傷つけなくていい部分までメスを入れなくてはいけない)を強いるのだ。患者に負担を強いるくらいなら、技術を磨き技術で以って患者と向き合うべきではないか、と考えている。
さて、この二人の意見をどう思うだろうか。まさにこの点が、プロフェッショナルと組織との難しい矛盾の本質であるように僕には思えるのだ。
つまり組織にとって、プロフェッショナルというのは看板になるし、何よりも実績を生み出してくれるので都合がいい。しかし、プロフェッショナルにしか出来ない事柄が増えていけば、必然的に選択肢は制限され、権力は集中していくことになる。その格差をもし器械によって是正することが出来るのであれば、ならばその是正を容認するべきだろうか。
今の社会というのは基本的にそういう発想によって成り立っている。大量生産の仕組みを生み出して職人を追い出し、マニュアルによる接客を生み出して接客を平板化してしまう。どんどんプロフェッショナルがいなくなり、誰にでも出来るレベルにまでやるべきことが噛み砕かれていく。それが正しいのかどうなのか、僕には判断が出来ない。難しい問題だ。
手術を技術によって行うべきだという意見と器械によって単純化するべきだという意見。この二つの対立は、作中で決着がつく。その結論はここには書かないけど、なるほど、確かにそう言われてみればそれは正しい、と僕は思った。
誰もが小さな領域でいいからプロフェッショナルであるべきだ、と僕は思う。しかし同時に、誰にでも平等に機会が与えられるべきだとも思う。この二つの意見は平行線を保ち、交わることは決してない。どちらが正しいのかは、一般論の中では決断できないだろう。ここのケースで判断していくしかない。
プロフェッショナルはどんどんと減り続けていると僕は思う。それは、プロフェッショナルが生き難い世の中になった、ということでもあるのだろう。あるいは、時代がもうプロフェショナルを求めていないということなのかもしれない。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、「チーム・バチスタの栄光」から続く、東城大学医学部を舞台にしたシリーズになります。ただし、時代は遡り、昭和と平成の境目である1988年です。
東城大学医学部の佐伯総合外科教室の医局員1年目である世良雅志は、医師国家試験の合格発表を間近に控えている、未だ医者としての身分ももらっていないような男である。そんな末端ではあるが、医局員としての仕事は降りかかってくる。毎朝の採血なんかはかなりきついが、まあ頑張るしかない。早速手洗いとして手術に立ち会うと言ったこともやる。忙しい毎日だ。
ある日世良は、部屋で手術着のまま横になっている男を発見する。見たことのない顔だ。よく分からないままその男のペースに巻き込まれてしまう。カンファレンスにその男と遅刻して行く羽目になった。
そこで男の素性が明らかになる。官僚養成大学と呼ばれる帝華大学から着たという高階である。東城大学には講師という形でやってきたようだ。佐伯教室に配属らしく、しかもどうやら佐伯教授とはあまりかみ合わせがよくないらしい。なんだか嫌な予感がする。
その高階は、「スナイプAZ1988」という秘密兵器を携えてやってきた。それは、『食道癌における下部食道切除術』という、なかなかに高度な術式の手術を容易にする秘密兵器なのだそうだ。ならばお手並み拝見と、佐伯教授は高階講師に早速手術を命じる。
技術を重んじる佐伯教授と器械の導入を主張する高階。そこに、佐伯教授となにやら因縁があるらしい渡海という謎の医者が混ざりこんで異様な様相を呈する。何が正しいのかを追い求める中で、世良が図らずも知ることになる医者の覚悟のあり方とは…。
というような話です。
さすが海堂尊。相変わらず面白い話を書いてくれます。
このシリーズは重ねる毎にどんどんとミステリー色をなくして行きますが、本作も全然ミステリじゃないですね。何でしょう、一応サスペンスチックな感じではありますけど、どちらかと言えば社会派キャラクター小説と言った方が正確ではないかという感じです。
研修医の目を通して病院が描かれていて、しかもさすがに現役の医者が描くだけあってリアリティはなかなかのもの(と言っても病院の裏側なんか知らないのでそれらしく見えるというだけですけど)で、相変わらず面白いです。
ストーリーは、なんていえばいいんでしょうね。様々な思惑が入り乱れながら、様々な人間模様を描いていくという感じで、相変わらずノンストップという表現がピッタリです。
さらに、最後にいろんなものをエイヤっとひっくり返すその手腕はなかなかのもので、してやられたなという感じがします。巧いですね、相変わらず。まさかあんな展開になるとは思いませんでした。ブラックペアンというタイトルも、なるほどという感じです。
また面白いのは、これまでのシリーズに出てきた様々なキャラクターがちょいちょい顔を覗かせるという点です。もちろん、舞台が1988年なのでこれまでのストーリーと同じ形で出てくるわけではないんですけど、田口や速水や島津も出てくるし、猫田も藤原婦長も花房も出てきます。水落冴子も一瞬だけ出てくるし。これまでのシリーズに出てきたそういうキャラクターの昔の姿が見れるというのも面白いし、これまでの作品で出てきたエピソードなんかも実際に話の中に登場します。まあもちろん、こういう部分はメインの話とは全然関係ないので、これまでの作品を読んでいない人でも充分に楽しめるようになっています。
あと海堂尊は本作とほぼ同時期に「夢見る黄金地球儀」という作品も出しているんですけど、それに言及するような話もちょっとだけ出てきます。なるほど、まさかあれもシリーズと関わりがある作品だとは思わなかったのでビックリしました。読んでみようと思います。
そんなわけで、相変わらず面白い作品ですよ。是非読んで欲しい作品です。もちろん「チーム・バチスタ」から読んで欲しいわけですけど、まあ本作から読んでもいいでしょう。しかしこの人、今も勤務医なのに作品出すの無茶苦茶はないなぁ。すごいと思います。どこにそんな時間があるんだろう。講談社ブルーバックスという新書から「死因不明社会」なんて本も出したし。いやはや、ホントすごいです。

海堂尊「ブラックペアン1988」


ブラックペアン1988ハード

ブラックペアン1988ハード

2007年11月25日

温かいはなし ミミズクと夜の王

ミミズクと夜の王 (電撃文庫 こ 10-1)ミミズクと夜の王 (電撃文庫 こ 10-1)
紅玉 いづき

メディアワークス 2007-02
売り上げランキング : 5733

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レビュー

紅玉いずき『ミミズクと夜の王』
額に焼き印、手足を鎖に繋がれた少女のミミズク。ミミズクは夜の王に会い「あたしのことを、食べてくれませんかぁ」と言う。

読み始めは痛いです。雪が降りそうな寒い日に水仕事をしていると、手が痺れる冷たさ。その冷たさがだんだん感じなく、指先がジンジンと熱くなってくる。冷たいのか温かいのか、自分でもよく分らない。でも、冷たいんだと思ったら、突然、カイロが挿しだれた気分です。・・・嬉しい。
何度もウルウルして、最後はぼろ泣き。目以外の鼻から温かい雫が垂れてくる。
人は悲しくて、悔しくて、切なくて、涙を流す。でも、いつのころから嬉しくても涙を流す日がある。ドラマではそういう場面を見たことがあっても体験しないと分らない。12歳か13歳のとき、自分にそういうことが訪れたとき、驚いた。言葉じゃなく押し寄せる感情。
この本はそういう涙が溢れる本です。
ラストはとても温かい。

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2007年11月25日

温かいはなし ミミズクと夜の王

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紅玉いずき『ミミズクと夜の王』
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何度もウルウルして、最後はぼろ泣き。目以外の鼻から温かい雫が垂れてくる。
人は悲しくて、悔しくて、切なくて、涙を流す。でも、いつのころから嬉しくても涙を流す日がある。ドラマではそういう場面を見たことがあっても体験しないと分らない。12歳か13歳のとき、自分にそういうことが訪れたとき、驚いた。言葉じゃなく押し寄せる感情。
この本はそういう涙が溢れる本です。
ラストはとても温かい。

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