さて今回はちょっと趣向を変えて、内容紹介に合わせて本屋のことをあれこれだらだら書く、というスタイルにしてみようかなと思います。本作は5編の短編からなる連作短編集で、それぞれについて書店的にいろいろ書けそうなテーマになっているので。
全体の大まかな設定だけ先に書きましょう。駅ビルの6階にある成風堂書店。駅ビルらしく女性客の多い、100坪ほどの中型書店である。そこで働く社員の杏子とアルバイトの多絵が、日々降りかかる難問を見事解き明かす!という話です。
「パンダは囁く」
とあるお客さんからの問い合わせに杏子は困惑することになる。これまでの様々に難解な問い合わせを受けてきたが、これは最高峰と言ってもいいかもしれない。
それは、病気で家から出られない老人に頼まれたというとある男性からの依頼だった。何を言っているのか聞き取りづらく、それでもなんとか聞き書きしたというその内容は、まさに意味不明としかいいようのないものだった。
『あのじゅうさにーち いいよんさんわん ああさぶろうに』
???なんのことかさっぱりである。これで三冊の本を著しているらしい。また出版社は分からないのかと聞くと、『パンダ』と答えたと言う。パンダか…。パンダといえばあれしか思いつかないが…。
そんなわけで多絵に相談をしてみる。彼女は分かったようだが、何故かお客さんが探しているわけではないらしい本を男性に渡している。一体どういうことだ?
本屋というのは本当に、様々な問い合わせが持ち込まれてくる場所です。他の普通の小売店ではここまでの問い合わせは恐らくないでしょう。本というのは種類が膨大で、しかも大抵のお客さんは何故か情報が曖昧なままでやってきます。著者や出版社が分からないというのは別にそこまで困りませんが、タイトルが分からないとなるとかなり厳しいです。時には、『表紙が青色で、これぐらい(と言って指を広げる)の厚さの本だったんだけど』とか、『どこかの新聞の広告に載ってたんだけど、なんの新聞か忘れちゃった』とか、『電車の中吊り広告にあって、タイトルをちゃんと見てこなかったんだけど』みたいな問い合わせもあって、いやホント、それだけの情報だとちょっとこっちも厳しいっす!と言いたくなるようなものが多いです。
僕が割と覚えているのは「震災マップ」みたいな本が立て続けに出始めた頃の話です。震災マップというのは地震が起きた時に、どういう道を歩いていけば安全かというのが詳しく載っているような本で、一時期雨後の筍のように次々と出てきました。そのまさに出始めの頃、まだそこまで話題になっていなかった(はずの)頃、ある一人の初老の男性が、『今話題の、ほら地震のやつ』というような聞き方で問い合わせをしてきました。ホントに、その本の話題が僕の耳に届く前のことで、お客さんが何を言っているんだかぜんぜんわかりませんでした。結局そのお客さんは、『何でそんなことも分からないんだ!』と言って怒って帰って行ってしまったのだけど、しばらくしてその震災マップの話題がようやく僕の耳に届き、なるほどこのことだったのか、と思いました。なるべく情報を収集しようとしているつもりではありますが、それでも話題になっている本すべてを網羅することは難しいものです。
また困るのは、例えば『大人の塗り絵はどこですか?』と言うような問い合わせです。こういう場合お客さんは大抵、特定の欲しいものが決まっているわけではなく、そういう系の本であればいいという感じなのですが、時折ある特定のものが欲しいという方がいます。そうなると調べるのが大変です。どれもタイトルは似たようなものだし、お客さんは大抵出版社とかを覚えていません。パソコンで検索して画像を見てもらうしかないという感じになって、なかなか大変になります。
また、お客さんの記憶違いというのも本当によくあります。最近あった話だと、『ネオっていう雑誌ありませんか?』と聞かれたのだけど実際は『MOE(モエ)』だったり、あるいは『デナイトクラブっていう雑誌ありませんか?』と聞かれたのだけど実際は『Daytona Club(デイトナクラブ)』だったりします。タイトルの一部を覚え間違えているようなケースも結構あって、これはこれで探すのが結構大変だったりします。お客さんのいい間違いではなく、スタッフの聞き間違いというケースもあるので侮れません。
ここに書いてもたぶん仕方ないとは思いますが、皆様本屋に本を訪ねに行く際は、少なくともタイトルだけは正確に、出版社や著者名もわかっていると助かります。曖昧な情報でも、とりあえず本屋さんで聞けばわかるだろう、という発想はなるべく控えていただければなぁ、と思ったりします。まあそれでも、聞かれれば頑張って探しますけどね。
「標野にて 君が袖振る」
お店に一人のお客さんがやってきました。その女性は始めてみる方だったのですが、その方の母親がよく当店に来てくれていました。ほとんど常連さんと言ってもいいくらいの方です。
その女性の話によれば、どうやらその母親がいなくなってしまった、とのことでした。いなくなる前にその女性は、『いつもの本屋さんで面白い本を見つけたわ。その中にとっても重大なことが書いてあったの』と告げられたそうです。それで、恐らく買ったのはここだろうと見当をつけて来店されたのでした。
しかしその女性が持ってきたレシートを見て杏子は驚きました。なんとその母親が買っていったのは「あさきゆめみし」というコミックだったのです。コミックなんて買うような方ではないので何かあるとは思うのだけど…。
この話のように、母親がいなくなってしまうなんていうような話が持ち込まれたことはありませんが、レシートを持って本屋にやってくる人というのは結構います。
その一番多いパターンは、交換や返品です。この交換や返品について一般的に書店でどうなっているのかよく分かりませんが、僕のいる店では、交換は状況にもよるけど基本的には可(この状況にもよるというのがいろいろ難しいのだけど)、返金については基本不可だけどこちらも状況による、というまあなんとも言えない感じです。
もちろん、ページが破れているとかページが抜けているとか、あるいは汚れていた折れている、というようなケースであれば、店内に同じものがあれば交換、同じものがなかったりした場合というのは返金になります。付録がついていなかったとかCD-ROMが再生できなかったなどいろんなケースがありますが、基本的に本自体に不具合があれば書店は普通に対応するだろうと思います。
ただ問題は、お客様の都合で交換・返金になるような場合です。家に帰ってみたら家族が同じ本を買ってくれていた、頼まれたのだけど間違ったものを買ってしまった、発売日を勘違いして前の号を買ってしまった、などなどとにかく様々なケースがあって、時には判断に迷うケースもあります。本の場合、基本的にどこまでがOKのラインなのかというのが見極めずらい部分があるからなおさらです。普通の売り物であれば、開封した時点でアウトとなるでしょうが、本の場合その開封というような状態が特にありません。ならどこを基準にするのかというのは結構難しいのではないでしょうか。
またレシートを持ってくるケースでもう一つあったのが、会社の経営者の方がある領収書を持ってきて、この明細を知りたい、とやってきたことです。いつも思うんですけど、なんで領収書には明細が載らないんでしょうね。不思議です。
「配達あかずきん」
成風堂書店では配達も行っているのだけど、その配達先の一つでとんでもないことが起きたようだ。
それは美容院でのことなのだけど、ある常連の女性客が、いつものようにお目当ての雑誌を開きながら待っていると、そのページの間から自分の盗撮写真が出てきたわけです。その女性客は怒りに怒って大問題となり、お店自体がかなり窮地に立たされているとのことです。杏子は、自分の店が配達をした雑誌でトラブルが起こってしまい、気に病んでいます。
その雑誌を配達したバイトの女性が何か鍵を握っているようなのだけど、しかし一体どういう経緯でこんなことになったのだろうか…。
配達というのは僕のいる店ではやっていないですけど、これは大変だろうな、と思います。
時々お客さんには聞かれますね。ある雑誌を毎号定期購読することにしようとしている方が、『これってウチまで届けてくれるの?』というようなことをたまに聞きます。当店ではそうしたサービスはやってないんです、と説明するのですが、それについて僕には一つ疑問があるわけです。
よく雑誌なんかに、今度こんな本が出ますよ!という広告があって、そこに予約票みたいなものが一緒になっているケースがあります。また、『週刊マイロボット』みたいな毎週出てちょっとずつ集めていくような雑誌の場合も、定期購読を申し込むような予約票みたいなものがついていることがあります。お客さんはそれに必要事項を記入して書店に持ってきてくれるのですけど、その予約票の項目の中に『住所』というのがあるんですね。
僕は客注も多少関わりがあるのですが、この予約票というのは基本的にそこまで必要なものではないのですね。お客様としたら、この予約票がないと注文できないのかもしれない、と思っているのかもしれないけど(っていうかそう思うのは当然の気もするけど)、実はそんなに必要なものではありません。それはいいんですけど、でも何で項目として『住所』が入っているのかというのが僕としては解せないですね。もちろん配達を請け負っている書店もあるでしょうが、しかしそれはそれとして各店が対応すればいい話で、その予約票に住所を書く欄があれば、家まで送ってくれるのではないか、と少し思ってしまうような気がするのだけど。
まあ幸いそれに関するトラブルというのは特に起きてないけど、まあちょっとした疑問として不思議に思っていました。
「六冊目のメッセージ」
あるお客さんがお店にやってきました。その女性は長いこと入院をしていたようで、その間母親がこの本屋で本を買い病室に持ってきてくれた、とのことでした。母はここの本屋の方に、どんな本を持っていったらいいのか相談をしたようで、退院した今その方に是非お礼を言いたいとのことでした。
しかし、その女性が読んだという5冊の本のタイトルを聞くや、杏子は顔をしかめます。その5冊は様々なジャンルに渡って幅広く散っており、店内のスタッフにそこまでのジャンルをカバー出来る人材がいるとは思えません。男性スタッフだったとのことで店内の男性スタッフに聞いてみたのだけど、誰も心あたりのある人はいません。一体誰がこの5冊の本をオススメしたのだろう…。
『何か面白い本はありませんか?』という問い合わせは、そこまで多くないですけど時々あります。その度に僕は、人に本を勧めるのが得意ではないなぁ、と落ち込みます。
僕は本だけは山のように読んでいる、かなりの読書家と言ってもいい人間ですが、しかし読んだ本をすぐ忘れてしまいます。読んだ内容も、そもそも何を読んだのかということもです。だから、何か人に本を勧めるような場合にすごく困ります。まず自分がなんの本を読んだのかというところから思い出さないといけません。
また短い時間で相手の好みを探り出すというのもかなり至難の業です。『何か面白い本はないか?』と聞いてくる方は、大抵そこまで本を読んでいないと思われる方が多いです。だからどういう本が好きですか、という質問をしても明確な答えが返ってくるわけではありません。かといって好きな映画とかコミックとかを聞こうとしても、今度はこっちにその知識がありません。難しいものです。だから無難に、どんな人にでも受け入れられそうな、伊坂幸太郎とか宮部みゆきとか東野圭吾とか横山秀夫とか、そういう無難な作品をオススメすることになってしまいます。なんかそういう時、やっぱ違うよなぁ、と思うんですけど、でも冒険して相手が面白くないと思っても困るし、とかいろいろ考えてしまいます。本当は舞城王太郎とか森博嗣とか勧めたいんですけどね。
前に、『ものすごく怖いホラーはないですか?』って聞かれて結構困りました。ホラーはあんまり読んでないので、貴志祐介とか山田悠介とかそういうありきたりなものを勧めた挙句、自分が読んでいないJ・ケッチャムの「隣の家の少女」という本を勧めてみたところ、その本を注文していきました。未だに取りに来てくれていませんが…。問い合わせを受けた時酔っ払ってる感じがしたからなぁ。
また以前には、『試験に出そうな小説を探しているんだけど』というこれまた難易度の高い問い合わせがありました。さすがに分からなかったので、文豪と呼ばれている作家の作品をあれこれ言ってお茶を濁しましたけど。
『最近のミステリでオススメを』という問い合わせもつい最近あって、でもやっぱりパッとはオススメ出来なかったですね。そういう人は大抵文庫で探しているんですけど、僕はほとんど本をハードカバーで読んでしまうから、という理由もあったりしますけど。
「ディスプレイ・リプレイ」
出版社から送られてくる封筒の中身を整理していると、その中から「ディスプレイ・コンクール」の案内状を見つけました。たまたまレジに入っていたバイトの子が興味ありげだったので、『トロピカル』というコミックのディスプレイを完全に任せて見ることにしました。
すると、友人の助けも借りて素晴らしく見事なものが出来上がりました。早速写真に撮りこれで落着。売上にもさっそく反映しているようで、担当者としても満足です。
しかし翌日、朝出勤してみると、そのコミックのコーナーが真っ黒なスプレーでグチャグチャにされていました。酷い!誰がこんなことをやったのか、多絵と一緒に考えることになったのだけど…。
書店には、出版社が企画する「ディスプレイ・コンクール」なるものがあります。近くの書店でやっているところを見たことがあるかもしれませんが、とにかくとんでもなく凝りまくった装飾をした売り場を作り、それを写真にとって応募するというものです。優秀賞なんかを取ったディスプレイなんか見てると、ホントすごいもんだ、と思ったりします。そもそも僕にはそんな才能はないし、もしあったとしてもそれに割ける時間はないなぁ、とか考えてしまいますが。
もう一つ書店員が生み出すものと言えばPOPがあります。このPOPについても、本が取りづらいとか本を傷めるとかいろんな意見があって、お客様の立場からすればどういう風に見えているものなのかイマイチ把握しづらいですが、書店員や出版社の側からすればすごく大事なものだと言う認識があります。
とにかくPOPをつけるかつけないかで全然売れ行きが変わってくるわけです。出版社から送られてくるPOPやパネルをつけるだけでとんでもなく売れたりすると、なんだかなぁ、という気分にはなりますが。
逆に自分がPOPをつけた本が売れたりすると嬉しいですよね。最近では、「チーム・バチスタの栄光」という本が文庫になったので、『この本を読まないのは犯罪です』っていうPOPをつけてみました。
ただ問題は、僕自身POPを描くセンスがないということです。だからいつも、文章だけ考えてバイトの女の子に書いてもらうか、あるいはパソコンで作るという感じになっています。手早くちゃちゃっとPOPを描くセンスがあればいいなぁといつも思うんですけど、もう僕は自分のセンスには見切りをつけました。ホント、POPを自分の手で書ける人は羨ましいといつも思います。
まあそんなわけで、こんな感じで内容紹介と書店の話を書いてみました。本書の巻末には書店員の対談も収録されていて面白いです。定期購読をやっていない本屋があるんだなぁ、とびっくりしたりしました。まあ確かにとんでもなく大きな本屋だと、定期購読に対応している余裕はないのかもしれないですけどね。
この作品はかなり面白かったです。僕が書店員だからという点を差っぴいても充分面白いと言える作品です。
まず本屋の仕事がすごく忠実に描かれている感じがしました。この作家は元書店員だったようで当然と言えば当然かもしれませんが、しかし本屋の仕事をここまでミステリと密接に結びつけた作品は過去になかったのではないかという気がします。どの話も、なるほど本当に本屋で起こってもおかしくないかもしれないなぁ、というようなリアリティがあり(「配達あかずきん」みたいな話はさすがにないでしょうけど)、巧いなと思いました。
ストーリーとして一番圧巻なのは、巻末の対談でも触れられているように「配達あかずきん」ですね。これはミステリとしてもなかなかの出来だと思います。誰がどうやって盗撮写真を仕込んだのか、という謎もありますが、また別の謎も絡んできて、なかなか巧い具合に進んでいきます。それに、配達をしているバイトの女の子がなかなかいい感じのキャラです。
また「パンダは囁く」もかなり面白いと思いました。これは書店員でも謎解きはかなり無理だろうと思うぐらいハードルの高い謎解きですけど、でも最終的な落しどころにはびっくりしました。まさかそんな展開になるとは!という感じです。ホントに自分のいる本屋でこんなことがあっても、恐らくそこまで辿り着けないでしょうねぇ。
また「六冊目のメッセージ」もかなり好きです。自分が気に入った5冊の本を一体誰が選んでくれたのか…、というだけの話ですけど、書店員的にもなるほどという感じの結末だし、それに終わり方がなかなか素敵な感じの話でした。
というわけで、かなりオススメ出来る作品です。書店員はもちろん楽しめるでしょうけど、書店員じゃなくてももちろん楽しめる作品です!これを読んで、本屋も大変なんだ、と分かってくれると多少助かるなぁ、なんて思ったりして。是非読んでみてください。
大崎梢「配達あかずきん」
配達あかずきんハード
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