さて最近「世界征服は可能か?」という本を読んだりしたのでその関連もあるのだけど、もし天下統一だとか世界征服だとかを実現することが出来たら一体何をしたいだろうか、と考えてみる。確か、「世界征服は~」の感想でも書いたような気がするのだけど。
問題は、特にしたいことはないだろうな、ということである。皆さんはどうだろうか。
いやまあそりゃあ世界征服なんてのが出来れば、うまいものは食い放題、面白いものは見放題、美女は抱き放題。ハリウッドスターを使って個人的な映画を撮ることも出来るかもしれないし、宇宙旅行も出来るかもしれないし、そりゃまあ何でもやりたいことは出来るのだろうとは思うのである。
しかし、現実問題それは楽しいのか、と僕は思ってしまう。
例えばどれだけうまいものを食べ続けたって、半年もすれば飽きるだろう。どれだけ世界中の料理をかき集めて毎日違うものを食べたって、5年もすれば全部食べ尽くすのではないか。見たいところだって、何年もあれば全部回ることが出来るだろうし、どれだけ絶世の美女とセックスをしまくったって、そりゃあそれでそのうち飽きるだろう。
問題は、やりたいことが何でも出来る、というところにはないのだ。じゃあ何かと言えば、それに飽きてしまったらどうすればいいのか、ということである。
世界征服を達成して、でやりたいことを自由にやる。まあそれはいいとして、でもいつかその生活にも飽きるだろうと思うのだ。しかしじゃあ後何するよ?
世界征服をしたわけで、もう何だって出来るわけである。その生活に飽きてしまったら、もはややることがなくなってしまうと僕は思うのだけどどうだろうか。
どんなに刺激的な出来事だって、数年も続けばそれは立派な日常になる。そして日常というのは退屈と隣り合わせなのである。世界征服を達成してそれで飽きてしまったら、それは世界一不幸な人間ということにならないだろうか。
そもそも僕は思うのである。自由というのは不自由があるからこそ楽しめるものなのだ、と。
僕らは普段から、金がないとか時間がないとか眠いとか疲れたとか友人が誰も捕まらないだとかチケットが取れないだとか、まあ要するにそういう不自由を味わいながらその中で自由を得ようと頑張っている。じゃあその不自由がなくなったら一体どうなるだろう。
昔心理学的なものに一時期はまっていたことがあって、一般向けの本を何冊か読んだことがあるのだけど、その中に非常に面白い実験について書かれているのがあった。
ABCという三つのグループを作って、それぞれにあるコンサートに行ってもらうことにした。Aグループは、そのチケットをその場で手渡しでもらうことが出来る。Bグループについては正確には忘れてしまったけど、まあ何か制限付きでチケットを手に出来る。Cグループは実験スタッフから、こちらでチケットは用意出来ないという風に伝え、なんとかして自分で手に入れて欲しい、と伝える(まあもちろん実験なので、その被験者には最終的にチケットが渡るようにはなっているのだけど、被験者はそこに実験スタッフの介入があったことを知らない。つまり、自分で苦労してそのチケットを手に入れた、と思っているわけである)。
さてこの三グループがまったく同じコンサートに行ったわけである。実験結果については予想できるだろうけど、一番満足度の高かったグループはCで、一番低かったのはAである。
まったく同じコンサートに行ったにの満足度に差が出るのは、要するにチケットをいかに苦労して手に入れたかに比例しているのである。Aグループは苦労することなくチケットを手に出来た、つまり不自由が少なかったので満足できなかった。Cグループはチケットを手に入れるのにかなりの不自由を強いられたが、しかしそのお陰でコンサートを大いに満足することが出来た、ということである。
これはラーメン屋の行列にも当てはまる理屈らしい。行列に並ぶというのは多少不自由を強いられるということである。つまり、これだけ待ったのだからラーメンは美味しいはずだ、というような意識がお客の側にあるからこそより満足度が高くなる、ということらしい。
もし不自由なく何でも出来るようになってしまったら、それは満足度の低い経験になるに違いない。となればより飽きがくるのも早いだろう。
何事もほとほどにするべきで、つまり出来ないことがたくさんある方が出来ることにより満足することが出来る、ということだろうと思う。僕ら普通の人間には出来ないことが山ほどある。その出来ないことをいつか出来るかもと夢見つつ、一方でその不自由さの中で出来ることをより満足して行うことが出来るというものである。世界征服なんかしたら、出来ないことがなくなってしまって不幸になるだけである。
これまでも歴史の上では様々な権力者が現れ消えていったことだろう。彼らは本当に満足できていたのだろうか。出来ないことなど何もなくなってしまった生活は逆に不自由ではなかったのではないだろうか。
とここまで考えてなるほど、と思った。昔の権力者が不老不死なんかに憧れていたりするのにはその点に理由があったのかもしれない。
つまり不老不死というのは絶対に叶わない夢である。となれば、それを追いかけているうちは飽きることも満足することもない。だからこそ、上へと登りつめてしまった人達は不老不死を追いかけるのではないだろうか。
何でも自由になる立場に置かれるが故に、永遠に叶わない夢に手を出すしかない。やはり上に立つ人間にはなりたくないものだな、と思うものである。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作はいささか変わった構成の作品になっています。
本作は、中国の歴史書を元にして、中国のある時代のある出来事について描いているという体裁なのですが、文章の中に著者が出てくるのである。
というか要するに、著者自身が語っている、という体裁をとっているのだ。何だか説明しづらいが、語り部は登場人物の誰かというわけではなく著者自身である。なかなかこういう小説は珍しいと思う。
話は1600年代の中国である。そこにおける「後宮」の話である。
後宮というのは要するに、日本で言う大奥みたいなものである。皇帝がセックスをするために女性をずわっと侍らせておくそのシステムのことである。
前の皇帝が死に、それに伴って後宮も新しく作り変えられることになった。後宮にいる女性を宮女というが、その宮女候補になった銀河という名の一人の少女が物語の主人公である。
銀河は田舎から出てきた女で、教養もなければもちろんセックスについても知らない。後宮がどんなところなのかということもまったく知らないまま宮女候補になった。ただ好奇心だけは人一倍であり、後宮におけるセックスを教える場である「女学校」では、講師である角先生にズバズバと質問を繰り出したりする。
後宮では宮女候補は4人一部屋で暮らすのだが、そこで同じ部屋になったメンバーもまた奇妙な人物が揃っていた。無口で無表情な江葉、高貴な出身でプライドの高いセシャーミン、そしてセシャーミンよりもさらの高貴な出て何を考えているかさっぱりわからないタミューンである。
物語は、後宮というものがいかにして成り立っていたのかということをメインにして描きつつ、その外側についても時折触れ、やがて訪れる後宮崩壊までを軽妙な筆致で描いた作品である。
さて本作は、森見登美彦がデビューしたことで大分有名になっただろう日本ファンタジーノベル大賞の第一回受賞作である。で第二回受賞作が、佐藤亜紀の「バルタザールの遍歴」であり、この二作のレベルがあまりにも高すぎた故に日本ファンタジーノベル大賞はすごいぞ、と評判になるくらいの作品だったわけです。
今では書評家である大森望はかつて新潮社の社員だったらしいんですけど、その頃たまたま日本ファンタジーノベル大賞の下読みみたいなこともやっていて、で自分のところに回ってきた中にこの「後宮小説」があったんだそうです。そのレベルの高さに驚いた、みたいなことをどこかで書いていたのを読んだ気がします。
僕もこの作品はかなり面白いな、と思いました。
何よりも僕の中で一番評価が高いのはとにかく読みやすいということでした。僕は歴史がそもそもダメで、もちろん中国の歴史なんか知識ほぼゼロという感じだし、中国人の名前とか官職の名前とかはすごく難しいからいつも厄介に感じるんだけど、この作品はそういう厄介な部分をまったく感じさせない作品でした。スラスラと読めてしまいました。そこが一番素晴らしいと思いました。
しかも、さっきも書いたけど、なかなか普通の小説にはない構成が面白いなと思いました。作者が物語を語る、なんて体裁の本は見たことがないし、小説というのはいかに作者の影を消せるかということが指摘されたりするような世界なので、これは新鮮だなと思いました。まあもっとも、中国の歴史書がそういう体裁で、それを踏まえたということであるのかもしれないですけど。
しかもその語り口がなかなか軽妙なわけです。難しい言葉もそれなりに使っているし、表現がくだけているというほどでもないのだけど、でもなんとなくユーモラスに感じさせる文章で、その辺の感覚みたいなものもなかなかよかったな、と思いました。
またこの話自体も非常に面白いですね。歴史書に書かれていたものであるので、実際に起こったこと、あるいは起こったと思われていることなのだろうけど、でもホントかよと言いたくなるような展開がたくさんあります。特に後半はそうで、後半の怒涛のようて展開はすごいなと思いましt。こんなことが実際にあったのかと思うと面白いなと思えます。
またそれまでに出てきた様々な登場人物が、後半にかなり変身したり活躍したりするので面白いです。変わったキャラクターも山ほど出てきて、変人好きな僕としては読んでて楽しかったです。やっぱ一番いいなと思ったのは、渾沌と呼ばれている男ですけどね。アドリブで演じているよう、という筆者の評はなかなか面白いなと思いました。
というわけで、かなり面白い作品だと思います。歴史に関して知識も興味もない僕でも全然大丈夫だったので、歴史が苦手だなと思っている人にもオススメできる作品です。是非読んでみてください。
酒見賢一「後宮小説」
後宮小説文庫
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