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2007年09月27日

酒見賢一「陋巷に在り8 冥の巻」★★★★☆

さらに加速して急展開。
「よ」を救うために「いげい」の術で冥界に入っていく顔回。
そこで出会う神々と、深遠で待ち受ける「しよう」との対決。

人間的な弱さを見せ、戸惑う顔回と、
神が化けた孔子の問答は面白い。
すでにここまでで孔子の思考として語られてきた
孔子の心の中にある矛盾を暴き出している。
それを突きつけられた顔回がはたしてどう答えるのか。


酒見 賢一 / 新潮社(1997/12)
Amazonランキング:833255位
Amazonおすすめ度:

2007年09月27日

後宮小説(酒見賢一)

さて最近「世界征服は可能か?」という本を読んだりしたのでその関連もあるのだけど、もし天下統一だとか世界征服だとかを実現することが出来たら一体何をしたいだろうか、と考えてみる。確か、「世界征服は~」の感想でも書いたような気がするのだけど。
問題は、特にしたいことはないだろうな、ということである。皆さんはどうだろうか。
いやまあそりゃあ世界征服なんてのが出来れば、うまいものは食い放題、面白いものは見放題、美女は抱き放題。ハリウッドスターを使って個人的な映画を撮ることも出来るかもしれないし、宇宙旅行も出来るかもしれないし、そりゃまあ何でもやりたいことは出来るのだろうとは思うのである。
しかし、現実問題それは楽しいのか、と僕は思ってしまう。
例えばどれだけうまいものを食べ続けたって、半年もすれば飽きるだろう。どれだけ世界中の料理をかき集めて毎日違うものを食べたって、5年もすれば全部食べ尽くすのではないか。見たいところだって、何年もあれば全部回ることが出来るだろうし、どれだけ絶世の美女とセックスをしまくったって、そりゃあそれでそのうち飽きるだろう。
問題は、やりたいことが何でも出来る、というところにはないのだ。じゃあ何かと言えば、それに飽きてしまったらどうすればいいのか、ということである。
世界征服を達成して、でやりたいことを自由にやる。まあそれはいいとして、でもいつかその生活にも飽きるだろうと思うのだ。しかしじゃあ後何するよ?
世界征服をしたわけで、もう何だって出来るわけである。その生活に飽きてしまったら、もはややることがなくなってしまうと僕は思うのだけどどうだろうか。
どんなに刺激的な出来事だって、数年も続けばそれは立派な日常になる。そして日常というのは退屈と隣り合わせなのである。世界征服を達成してそれで飽きてしまったら、それは世界一不幸な人間ということにならないだろうか。
そもそも僕は思うのである。自由というのは不自由があるからこそ楽しめるものなのだ、と。
僕らは普段から、金がないとか時間がないとか眠いとか疲れたとか友人が誰も捕まらないだとかチケットが取れないだとか、まあ要するにそういう不自由を味わいながらその中で自由を得ようと頑張っている。じゃあその不自由がなくなったら一体どうなるだろう。
昔心理学的なものに一時期はまっていたことがあって、一般向けの本を何冊か読んだことがあるのだけど、その中に非常に面白い実験について書かれているのがあった。
ABCという三つのグループを作って、それぞれにあるコンサートに行ってもらうことにした。Aグループは、そのチケットをその場で手渡しでもらうことが出来る。Bグループについては正確には忘れてしまったけど、まあ何か制限付きでチケットを手に出来る。Cグループは実験スタッフから、こちらでチケットは用意出来ないという風に伝え、なんとかして自分で手に入れて欲しい、と伝える(まあもちろん実験なので、その被験者には最終的にチケットが渡るようにはなっているのだけど、被験者はそこに実験スタッフの介入があったことを知らない。つまり、自分で苦労してそのチケットを手に入れた、と思っているわけである)。
さてこの三グループがまったく同じコンサートに行ったわけである。実験結果については予想できるだろうけど、一番満足度の高かったグループはCで、一番低かったのはAである。
まったく同じコンサートに行ったにの満足度に差が出るのは、要するにチケットをいかに苦労して手に入れたかに比例しているのである。Aグループは苦労することなくチケットを手に出来た、つまり不自由が少なかったので満足できなかった。Cグループはチケットを手に入れるのにかなりの不自由を強いられたが、しかしそのお陰でコンサートを大いに満足することが出来た、ということである。
これはラーメン屋の行列にも当てはまる理屈らしい。行列に並ぶというのは多少不自由を強いられるということである。つまり、これだけ待ったのだからラーメンは美味しいはずだ、というような意識がお客の側にあるからこそより満足度が高くなる、ということらしい。
もし不自由なく何でも出来るようになってしまったら、それは満足度の低い経験になるに違いない。となればより飽きがくるのも早いだろう。
何事もほとほどにするべきで、つまり出来ないことがたくさんある方が出来ることにより満足することが出来る、ということだろうと思う。僕ら普通の人間には出来ないことが山ほどある。その出来ないことをいつか出来るかもと夢見つつ、一方でその不自由さの中で出来ることをより満足して行うことが出来るというものである。世界征服なんかしたら、出来ないことがなくなってしまって不幸になるだけである。
これまでも歴史の上では様々な権力者が現れ消えていったことだろう。彼らは本当に満足できていたのだろうか。出来ないことなど何もなくなってしまった生活は逆に不自由ではなかったのではないだろうか。
とここまで考えてなるほど、と思った。昔の権力者が不老不死なんかに憧れていたりするのにはその点に理由があったのかもしれない。
つまり不老不死というのは絶対に叶わない夢である。となれば、それを追いかけているうちは飽きることも満足することもない。だからこそ、上へと登りつめてしまった人達は不老不死を追いかけるのではないだろうか。
何でも自由になる立場に置かれるが故に、永遠に叶わない夢に手を出すしかない。やはり上に立つ人間にはなりたくないものだな、と思うものである。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作はいささか変わった構成の作品になっています。
本作は、中国の歴史書を元にして、中国のある時代のある出来事について描いているという体裁なのですが、文章の中に著者が出てくるのである。
というか要するに、著者自身が語っている、という体裁をとっているのだ。何だか説明しづらいが、語り部は登場人物の誰かというわけではなく著者自身である。なかなかこういう小説は珍しいと思う。
話は1600年代の中国である。そこにおける「後宮」の話である。
後宮というのは要するに、日本で言う大奥みたいなものである。皇帝がセックスをするために女性をずわっと侍らせておくそのシステムのことである。
前の皇帝が死に、それに伴って後宮も新しく作り変えられることになった。後宮にいる女性を宮女というが、その宮女候補になった銀河という名の一人の少女が物語の主人公である。
銀河は田舎から出てきた女で、教養もなければもちろんセックスについても知らない。後宮がどんなところなのかということもまったく知らないまま宮女候補になった。ただ好奇心だけは人一倍であり、後宮におけるセックスを教える場である「女学校」では、講師である角先生にズバズバと質問を繰り出したりする。
後宮では宮女候補は4人一部屋で暮らすのだが、そこで同じ部屋になったメンバーもまた奇妙な人物が揃っていた。無口で無表情な江葉、高貴な出身でプライドの高いセシャーミン、そしてセシャーミンよりもさらの高貴な出て何を考えているかさっぱりわからないタミューンである。
物語は、後宮というものがいかにして成り立っていたのかということをメインにして描きつつ、その外側についても時折触れ、やがて訪れる後宮崩壊までを軽妙な筆致で描いた作品である。
さて本作は、森見登美彦がデビューしたことで大分有名になっただろう日本ファンタジーノベル大賞の第一回受賞作である。で第二回受賞作が、佐藤亜紀の「バルタザールの遍歴」であり、この二作のレベルがあまりにも高すぎた故に日本ファンタジーノベル大賞はすごいぞ、と評判になるくらいの作品だったわけです。
今では書評家である大森望はかつて新潮社の社員だったらしいんですけど、その頃たまたま日本ファンタジーノベル大賞の下読みみたいなこともやっていて、で自分のところに回ってきた中にこの「後宮小説」があったんだそうです。そのレベルの高さに驚いた、みたいなことをどこかで書いていたのを読んだ気がします。
僕もこの作品はかなり面白いな、と思いました。
何よりも僕の中で一番評価が高いのはとにかく読みやすいということでした。僕は歴史がそもそもダメで、もちろん中国の歴史なんか知識ほぼゼロという感じだし、中国人の名前とか官職の名前とかはすごく難しいからいつも厄介に感じるんだけど、この作品はそういう厄介な部分をまったく感じさせない作品でした。スラスラと読めてしまいました。そこが一番素晴らしいと思いました。
しかも、さっきも書いたけど、なかなか普通の小説にはない構成が面白いなと思いました。作者が物語を語る、なんて体裁の本は見たことがないし、小説というのはいかに作者の影を消せるかということが指摘されたりするような世界なので、これは新鮮だなと思いました。まあもっとも、中国の歴史書がそういう体裁で、それを踏まえたということであるのかもしれないですけど。
しかもその語り口がなかなか軽妙なわけです。難しい言葉もそれなりに使っているし、表現がくだけているというほどでもないのだけど、でもなんとなくユーモラスに感じさせる文章で、その辺の感覚みたいなものもなかなかよかったな、と思いました。
またこの話自体も非常に面白いですね。歴史書に書かれていたものであるので、実際に起こったこと、あるいは起こったと思われていることなのだろうけど、でもホントかよと言いたくなるような展開がたくさんあります。特に後半はそうで、後半の怒涛のようて展開はすごいなと思いましt。こんなことが実際にあったのかと思うと面白いなと思えます。
またそれまでに出てきた様々な登場人物が、後半にかなり変身したり活躍したりするので面白いです。変わったキャラクターも山ほど出てきて、変人好きな僕としては読んでて楽しかったです。やっぱ一番いいなと思ったのは、渾沌と呼ばれている男ですけどね。アドリブで演じているよう、という筆者の評はなかなか面白いなと思いました。
というわけで、かなり面白い作品だと思います。歴史に関して知識も興味もない僕でも全然大丈夫だったので、歴史が苦手だなと思っている人にもオススメできる作品です。是非読んでみてください。

酒見賢一「後宮小説」


後宮小説文庫

後宮小説文庫

2007年09月27日

舞姫 テレプシコーラ

舞姫(テレプシコーラ) 1 (1) (MFコミックス ダ・ヴィンチシリーズ) 舞姫(テレプシコーラ) 1 (1) (MFコミックス ダ・ヴィンチシリーズ)
山岸 凉子 (2001/06)
メディアファクトリー
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ネッ友さんからどーんとマンガが届きました。いつもありがとうございます。
他のマンガもほぼ読んでるのですが、感想はまた後ほど。
「テレプシコーラ」は本の雑誌「ダ・ヴィンチ」で連載されていて、私も読んでいたのですが
一気に読むと感動も倍増ですね!
飛び飛びに読んでいたところもあり、謎もスッキリ。
途中から空美ちゃんがまったく出てこないと思ったら、そうなのですね。
バレエに対して恵まれた千花・六花姉妹よりも、空美ちゃんのほうに目がいってしまいます。
でもこのバレエやってる子たちって小中学生なんですよね、たとえマンガとはいえ
ウチのムスメとはえらい違いです。
でもその少女たちに圧倒されぱなしなのですよ。
2部が待ち遠しいです。
しかし1部でこれだけかかったのなら…
完結されることはあるのでしょうか〜
山岸先生、お体に気をつけて頑張ってください。
たくさんの人が待ってますー。

2007年09月26日

栗田有起【お縫い子テルミー】

島育ちのテルミーが東京で流しの仕立て屋を始めたのは、シナイちゃんのおかげだ。ついこの間までシナイちゃんの部屋に居候していたが、彼への恋心を抑えられなくなって逃げ出した。

一針入魂。ミシンは使わない正真正銘の「お縫い子」テルミー。


お縫い子テルミー (集英社文庫)お縫い子テルミー (集英社文庫)
(2006/06)
栗田 有起

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テルミー、かっこいいよ。

布を裁つのに型紙なんか使わない。採寸しないこともある。

テルミーいわく「服の上からでも、よく観察すればどれだけの布の分量が必要かわかる」そうだ。目測でジャキッとハサミを入れて失敗しない。というか、最初の一裁ちで失敗したら失敗作をつくるしかない、そうだ。

それにテルミーには家がない。「流しの仕立て屋」は依頼者の家に居候して服をつくる。

上京直後はシナイちゃんの部屋に居候し、シナイちゃんのためにドレスを縫い上げた。シナイちゃんに本気で恋しているからドレスも素晴らしい仕上がりになった。本気で恋しているけど、シナイちゃんの心はテルミーを観ていない。そう最初から悟っていた。

絶望と欲望にひきさかれそうになって、テルミーは「この部屋から出ていこう」と決めた。



ちょっと真似のできない潔さ。

私はお裁縫が全然ダメだし、心配性だから家のない暮らしなんて無理だけど、私たち、ごく普通に地味に暮らしてるつもりでも無駄なものって山のようにあるでしょう?

テルミーには無駄なものがない。余った布もゴミにしない。

その代わり哲学がある。一区切り読むたび説得力に打たれる。



こんな布の裁ち方って現実に可能なのかな、とか、テルミーって16歳だけど現実の16歳はこんなにしっかりしてるかな、とか考えないこともないけれど、そういう細かいことは、どうでもいいや、と思った。

わずか79ページの中に、テルミーの半生、テルミーの人となり、テルミーの哲学、テルミーの息づかい、とにかくテルミーのすべてが詰まっている。

読み終えた後、79ページしかなかったことが信じられなかった。

同時収録の『ABARE・DAICO』も悪くないけど、私にとっては『お縫い子テルミー』があんまり良すぎて、『ABARE・DAICO』の印象が霞んでしまいました。



ちなみに『お縫い子テルミー』は第129回(2003年上半期)の芥川賞候補作だそうです。

……候補作。じゃあ受賞はしてないんだ。



調べてみたら、その回の芥川賞候補は以下の5作。

絲山秋子『イッツ・オンリー・トーク』
栗田有起『お縫い子テルミー』
中村航『夏休み』
中村文則『遮光』
吉村萬壱『ハリガネムシ』

受賞作は吉村萬壱の『ハリガネムシ』でした。



この中では『イッツ・オンリー・トーク』しか読んでないから内容を比較できないけど、「お縫い子テルミー」は初出が集英社の雑誌で、文藝春秋ではないから受賞の可能性は低かっただろうな。

業界内のパワーゲームで決まる賞なんて面白くない。

ただ自分自身の魂と一冊の本との出会いを大切にしたい。




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2007年09月26日

映画化情報――金原ひとみ【蛇にピアス】

監督は蜷川幸雄。

現在、主演女優を選考中。年内に撮影を開始し、公開は来年の予定。


日刊スポーツの記事



蛇にピアス (集英社文庫)蛇にピアス (集英社文庫)
(2006/06)
金原 ひとみ

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2007年09月26日

天使の歌声(北川歩美)

僕は本屋でバイトをしているので、売れた本とか売れなかった本とか、まあそういうデータみたいなものは多少あったりする。世間的に売れた本、何故かうちの店だけで売れた本、あるいは売れると思ったのに全然売れなかった本。まあいろんなパターンがある。
しかしまあそうやって売れる売れないのデータを積み重ねてきても、未だに分からない。どんな本が売れるのか、ということがだ。
例えばある一冊の本が目の前にあるとする。新刊でもいいし大昔に出た本でもいい。さてではその本を店に平積みにしてみる、あるいは大きく仕掛けて売ってみる。さて売れるだろうか。
これは本当に全然予想の出来ない話だ。とりあえず、やってみるしかない。売る前から根拠や自信を持つことはほぼ不可能だと思う。
これまでいろいろ売れた本というのを見てきたけど、その大半は僕にとってはべらぼうにつまらない作品だった。一例を挙げると、志水辰夫の「行きずりの街」、恩田陸の「ライオンハート」、そして今かなり売れている安達千夏の「モルヒネ」なんかがあるのだが、これら三作品は世間的にも大きく売れたと思うのだけど、でもそのどれもが僕にとっては駄作だと思いました。全然面白くない。ホント、何でこんな本が売れるのか僕にはさっぱり分からない、という感じでした。
つまり本が売れるかどうかというのは内容には関係がない、ということです。
まあこれは何にしても同じでしょう。新製品のお菓子や機械なんかもとりえず買って使わなくては分からないし、映画だってそうです。あれだけ酷評された(僕は見てないけど)「ゲド戦記」も、興行収入という意味ではそこそこ行ったのでしょう。内容と売上というのは基本的に相関しないものなのだろうと思います。
逆に、僕が面白いと思う本は、多少売れることはあってもそこまで大きく売れません。これは結局こういうことではないかな、と思うんです。
面白い本というのは、それが面白くなればなるほどアピールする対象がどんどん狭くなっていくのではないか、と思うのです。譬えて言うなら鉄道マニアみたいなもので、深入りすればするほど乗り鉄だの撮り鉄だのと言ったように細分化されていきます。乗り鉄からすれば電車に乗ることは最高に楽しいけど電車の写真を撮って何が面白いのか分からない。撮り鉄からすればその逆、ということになります。
本の場合も同じで、ある本の面白さに比例して、それがウケる対象というのが狭くなっていくのではないかと思うわけです。だから、ある本を僕がとんでもなく面白いと思ったとしても、それを共有出来る人というのはあまり多くないわけです。
さてまた鉄道マニアの話に戻りますけど、じゃあ例えばそこまで深入りしていない浅い鉄道マニアの場合はどうでしょう。その場合、電車に乗るのもそれなりに楽しいし、写真だって撮るし、記念品を集めるのも楽しいじゃん、ということになるかもしれません。一つのことを究めようとしない代わりに多方面に手を伸ばすんではないかな、という気がします。
これを本に当てはめると、まあまあの作品というのが一番広く受け入れられるのではないか、ということになります。可もなく不可もなく、という感じで、ずば抜けて面白いところもなければこれと言った欠点もないみたいな作品の方が、より広い対象にアピールしていくような気がします。
書店員としては、もちろん面白い本を揃えたいと思う気持ちは常にあります。でもありとあらゆる人に確実に面白いと勧められる本というのはないわけです。どんな本でも、合わない人というのはいるわけで、じゃあその人にどんな提案が出来るのだろう、というところが書店員の腕の見せ所だろう、とは思います。
しかし一方で、本を売るということも考えていかなくてはいけません。自分が面白いと思う本を取り揃えても売れなくてはしかたがありません。いかにして売れる本を見つけるか、というのも大事な部分になっていきます。
しかし上記で書いたように、べらぼうに売れる本というのは僕と相性が悪いことが多いのです。これはなかなか難しい問題だなぁ、といつも思っています。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は6編の短編を収録した短編集になっています。

「警告」
白血病の研究をしている研究者に、息子を通じてある警告があった。遊んでいないで研究をしろ、と。恐らく白血病の子供を持つ親からのものだろうと思うのだが、しかし何をされるか分からない。せめて息子の護衛だけでもお願いできないか、と探偵の嶺原の元に依頼がやってくる。

「白髪の罠」
最近妻の素行が怪しい。そう感じているサラリーマンから、嶺原は妻の行動調査を頼まれた。相手としては、妻が別に浮気なんかをしているわけではないことを確認したいだけ、という気持ちが強いようだ。その調査の家庭で、白髪の男性と奥さんが会っていることが判明した。その白髪の男性は、どう見ても半年前に死んだはずの自分の父親に見えるのだが…。

「絆の向こう」
養子でもらいうけた子供が今腎臓病で透析治療を受けている。なんとか合う腎臓を手に入れたいのだが、本来の父親や兄の行方がどうもわからない。そこで嶺原にその行方を捜して欲しいという依頼がやってくるが…。

「父親の気持ち」
事故で娘を喪った父親の元に一本の電話が掛かってくる。その電話の主は、娘の死にはある一人の女性が関わっているのだ、と告げる。娘の死はただの事故だと思っていた父親は独自に調査をするが、自分の調べた結果を裏付けて欲しいと嶺原に依頼をする…。

「隠れた構図」
学習塾のトイレで隠しカメラが見つかった。警察に届けるかどうしようか迷っているうちにそのカメラ本体が紛失してしまった。
その後ある一人の塾講師の失踪が発覚し嶺原も調査に乗り出すのだが…。

「天使の歌声」
会った事のない父親に引き取られることになった時、そこで口の利けない弟と出会った。彼は言葉を発することは出来ないけど天使のような歌声を持っていた。
家を出たあとしばらくしてまた呼び出された彼は、そこで昔の出来事について回想することになるが…。
というような話です。
さて、特別これといった理由もなく買った本ですけど、面白くない本でした。なんというか、平凡過ぎてつまらないという印象です。
どの話もストーリーは割とちゃんとしているような感じなんですけど(まあちょっと入り組んだ話が多いなとは思ったけど)、何よりも登場人物にまったく魅力がない。こうなんていうかな、この作品をそのままドラマにしたら、三流役者ばっかりで演じているみたいなそんなイメージです。全員ただセリフを喋るだけの存在、というだけで人間として薄っぺらなんですね。なんでまあこれと言った印象も特にないなんということのない作品です。
さて冒頭で僕は売れる本売れない本の話を書いたわけですけど、僕は自分で読んでこの本はつまらないと思うんですけど、でもこの本売れると思うんですよね。根拠とか自信はとりあえず一切ないんですけど、なんか売れそうな気がするんです。
敢えて言えば、とにかく表紙の装丁が非常にいいですね。この表紙にはかなり惹かれるんじゃないかなと思います。また後ろに書いてある内容紹介もなんか読もうって気にさせる感じだし、「天使の歌声」っていうあんまりミステリっぽくないタイトルも割といいんじゃないかなとか思うわけです。
内容も可もなく不可もなくと言った感じで、上記で書いたように広く受け入れられるような種類の作品のような気がします。
まあとりあえず一面平積みで置いてみて、もし動きがいいようならちょっと大きく展開してみようかな、とか思っています。さてどうなりますか。しかし、自分が面白いと思っていないのに売れそうだという理由で本を置くというのもどうかなって感じはしますけど。でも自分がつまらないと感じるだけで、面白いと思う人の方が多数だって言う可能性もないではないですしね。
というわけで、特にこれと言って面白いわけではないと思います。僕はあんまりオススメしません。

北川歩美「天使の歌声」


天使の歌声文庫

天使の歌声文庫

2007年09月26日

安徳天皇漂海記

安徳天皇漂海記 安徳天皇漂海記
宇月原 晴明 (2006/02)
中央公論新社
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1部では、源実朝の側近くに仕える者が語ってます。
平家を破り源氏が政権をとったとはいえ、実朝の時代ではすでに実権は北条氏が握っています。
実朝はある大秘事を知らされるのです…
壇ノ浦の戦いで幼くして亡くなってしまった安得天皇。
その御霊を鎮めようとする実朝の姿は痛々しいほどでした。
将軍とはいえ、孤独だったのですね…
2部はそれから60年たった元での出来事。
クビライカーンによって追われた南宋の幼き天子。
同じく孤独の中に生きている彼が出会ったのは…
歴史の大波に翻弄される幼き者たち…
その高貴な二人の姿に切なくなる思いでした。

鎌倉時代というのは、その華々しい幕開けが歴史の教科書でも大きく取り扱われますが
その後はあまり触れられないですよね。
私も大まかな事実は知っていても、その人物像に触れようとも思うことはなかったです。
この話はファンタジーの要素が強いので、その儚い世界に魅了されます。
鎌倉という土地や歌人であった実朝のことも興味がわいてきました。

2007年09月25日

DVD【武士の一分】

藩主の毒見役をつとめる三村新之丞(木村拓哉)は、貝の毒にあたって失明し、妻の加世(檀れい)の献身的な世話を受ける。しかし加世に男の気配を察して心おだやかではいられない。

黙して語らぬ加世の真意を探り当てたとき、新之丞が守ろうとした「武士の一分(いちぶん)」とは。


武士の一分武士の一分
(2007/06/01)
木村拓哉、檀れい 他

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木村拓哉さん主演の映画『HERO』に沸く世間を尻目に、昨年末の映画を今ごろレンタルDVDで観ている私でございます。



この映画を観る人たちは、大まかに言って、

・「私は木村拓哉ファンだから彼の出演作は絶対に見るの♪」という人

・「キムタクってそんなにイイの?」とか、「キムタクにこういう渋い時代劇の主役が務まるのか?」とか、木村拓哉さんに対して何らかの疑問を抱いている人

の二通りに分かれるだろうと思います。私はどちらかというと後者。

いずれにしても、注目の的は木村拓哉その人に他なりません。



しかし映画を観て分かりました。これはあくまでも


山田洋次監督の作品


であって、木村さんは作品の素材の一つにすぎないのです。



テレビ局では木村さん主演のドラマ制作が決まると、もう番組はそれしかないのかと言いたいほどに派手な宣伝をしまくります。そしてドラマを見ると木村さんがカッコよく見える演出がなされている。

そういう演出をしたくなるスター性が木村さんに備わっているのだろうし、それによって視聴率が上がるのだから、キムタク中心の番組作りをやめろというほうが無理な話ですけれど。



その点、山田監督は木村さんのスター性を野放図にまきちらさず、素材のひとつとして調理し、映画全体を見事な一品料理に仕上げているのです。

味つけは薄味ながら繊細で、笑いと涙の加減が絶妙。

これまで見えていた新之丞の目が急に闇に閉ざされることは、とても重々しい事態に違いありませんが、決して「重苦しい」作品にならないように、ほどよく笑いをとってガスを抜くんですね。



涙をそそる場面もすごくいい。

貝の毒にあたって視力を失った新之丞は、加世に目のことを黙っています。それでも加世は気づいてしまう。なぜ大切なことを言ってくれなかったのかと新之丞を責めます。

おまえを心配させたくなかったから、と言い訳をする新之丞に対し、加世は


「私はあなたのことを心配したいのでがんす! 心配したいのでがんす……!」


と言って泣き崩れます。ここは私も泣きました。藤沢周平の原作小説にはないセリフですが、決して原作の味わいを損ねてはいないと思います。



原作の『盲目剣谺返し』は、【隠し剣秋風抄】に収録された50ページにも満たない短篇で、盲人となった新之丞が鋭い感覚で家庭内の微妙な異変を察するところから始まります。


隠し剣秋風抄 (文春文庫)隠し剣秋風抄 (文春文庫)
(2004/06)
藤沢 周平

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毒見役のお役目の様子などは、さりげなく文中に織り込まれている程度で、そこは映画では多少の肉づけをされているものの、無理やり場面を増やした印象は全くありません。

すべての場面、すべてのセリフに意味があり、とても滋味ぶかい作品でした。



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2007年09月25日

小林賢太郎戯曲集 椿鯨雀(小林賢太郎)

僕はお笑い芸人というのはすごいなといつも思っているのである。
最近はテレビをほとんど見ないんでどんな芸人がいるのかあんまりよく知らないんだけど、とにかく人を笑わせるというのはすごいことだなと思うわけです。少なくとも僕には出来ないことなわけで、すごいものだなといつも思います。
ただ面白い人ってのは周りにも結構いたりするわけで、僕はそういう人も結構すごいと思うのだけど、でもどうしても内輪ウケになってしまう部分がある気がします。その点お笑い芸人というのは、自分のことなんかまったく知らないような不特定多数の人を相手に笑わせなくてはいけないのだからすごいものだと思います。
ただ結構不思議に思っているのは、コンビとかの力関係ですね。
コンビでもトリオでも何でもいいんだけど、芸人の場合ネタを作る人間が必ずいるわけです。詳しいことはよく知らないけど、たぶん一般的にはコンビのどちらかが専属でネタを作っているんではないかな、と思います。
そうなると、コンビの中での力関係っていうのは必然的に決まっていくだろうし、そうでなくてもいろいろ不満みたいなのが出てきそうな気がします。
コンビの場合ボケとツッコミがあって、大抵の場合ボケの方がネタを作るんじゃないかって気がするけど、じゃあギャラは同じなのかとかって考えちゃいますね。ツッコミの人は、そりゃあツッコミってのは大事だけど、でもネタを作らないで同じギャラをもらえるのか、みたいな。どうでもいいんだけど気になりますね。
やっぱりボケとツッコミだったらボケの方が好きになります。面白いですからね。でも、ネタの場合だったらボケの方がすごいなとか思うけど、ネタじゃない臨機応変さが要求されるバラエティ番組とかだとツッコミの方がすごいかもとか思いますね。
だってボケの方はとりあえず何を言ったっていいわけです。問題はそれをツッコミが拾えるかってことで、ツッコミの場合は常に臨機応変さが要求されるような気がします。爆笑問題ってコンビを見てるといつも思うのは、田中は別に全然面白いわけじゃないけど、でも田中が繰り出すありとあらゆるボケをいつも拾えててすごいな、と思うわけです。まあそういう部分でボケとツッコミというのは補っているのかもですね。
さてラーメンズというお笑い芸人ですけど、この人達はほとんどテレビには出ないみたいですね。確かNHKのなんとかってお笑い番組には出てるみたいなことを聞いたことがあるけど、普通のバラエティには出ないのでしょう。
じゃあ何をしているかと言えば、ライブをやっているんですね。確かバイト先の人が観にいったみたいなことを言っていました。
僕も、どんな機械か全然忘れたのだけど、ラーメンズのネタをテレビで見たような気がします。いや、違うかもな。友達が持ってたラーメンズのビデオかDVDを見たのかもしれない。まあちゃんとは覚えてないですけど。
とにかく印象深かったのは、ひたすら山手線の駅名やそこから派生する言葉を復唱し続けるやつですね。別に何が面白いのか説明できないんだけど、でも面白かったですね。何だか普通の芸人とは違うんだなって感じがしました。
まあそんなわけで本作ですけど、本作はそのラーメンズというコンビのネタを作る方である小林賢太郎という人が、彼らがライブで実際にやったネタを戯曲形式で本にしたものになります。
まあとにかくひたすらネタが会話形式(まあこういうのを戯曲っていうんだろうけど)で書かれているんだけど、やっぱ文章には限界があるな、という気がしました。やっぱり実際見ないと面白さはうまく伝わってこないのだろうな、という気がしました。だからたぶんこの作品は、実際にライブやDVDでネタを見たことのある人が、それを思い出して笑うためにあるんじゃないかな、とか思いました。
まあどのネタも実際演じているのを見たら面白いかもなとか思うようなものでしたけど、文章でもなるほどこれはすごいと思えるものがいくつかありました。
その中の一つが「ドラマティック五十音」というやつです。これは説明するのがかなり困難なものですけど、とにかくなるほどこれはうまいと思えるような作品でした。
まあというわけで、実際ラーメンズの舞台を観にいったことのない人にはあんまりオススメ出来ないような気がします。まあこれを読んでみて、面白そうだからDVDを見てみよう、という気になったりするかもしれませんけどね。まあそんな感じです。

小林賢太郎「小林賢太郎戯曲集 椿鯨雀」


小林賢太郎戯曲集 椿鯨雀文庫

小林賢太郎戯曲集 椿鯨雀文庫

2007年09月25日

「シャドウ」道尾秀介

シャドウ (ミステリ・フロンティア)
シャドウ (ミステリ・フロンティア)
  • 発売元: 東京創元社
  • 価格: ¥ 1,575
  • 発売日: 2006/09/30
  • 売上ランキング: 121745
  • おすすめ度 4.0


このミスで3位だったっけ、それで知った作家なんだけど、
この人の書いた本の感想とかをブログで読んでるだけでわくわくして、
「あー絶対この人好みやわー」と思っていたが、やっと図書館で予約なしで
借りられるようになったので嬉しくて借りてきた。
合コン企画して「なんかカッコイイ人くるらしいよ」とか噂が回って、
想像が膨らんで、やっと当日出会えたみたいな感じでしょうか
(喩えのレベルが低くてすいません)。
で、その喩えで続けると、「わあ、ほんまにかっこいい」って思った、そんな感じの読書。
面白かった。

主人公は小学生の少年、凰介。母が病気で亡くなり、父と二人になってしまう。
そのころから、父と母の大学時代の友人、水城家の人と出会うたびに、
不思議な映像が頭をよぎるようになる。裸でもつれる二人の人間、それを見ている子ども。
あの映像はなんなのか?戸惑っているうちに、同級生の水城亜紀の母親が自殺してしまう。
彼ら2家族に何があったのか?凰介は真実を探し、少し成長していく。

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