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2007年08月31日

水原秀策「サウスポー・キラー」★★★★★

このミステリーがすごい!大賞受賞作。
最近はこのミスを重点的に読破中。
背表紙が特徴的なのと、面白い作品が多いので探すのが楽しい。
しいて言えば、王道ど真中なミステリィというよりも
ちょっとずれたジャンルの作品が多いような気がするのが問題点か?

ちょっとクールな左利きピッチャーがなんだかわからないままに
スキャンダルややくざやいろんなものに絡まれピンチに陥るが、
機転を利かせ謎を解決する典型的なハードボイルド。
それでも野球という舞台と魅力的な登場人物のおかげで飽きることなく最後まで読める。


水原 秀策 / 宝島社(2005/01/27)
Amazonランキング:287207位
Amazonおすすめ度:

2007年08月31日

「アラビアの夜の種族〈3〉」古川 日出男


「アラビアの夜の種族〈3〉」古川 日出男
407p角川書店

第三部完結篇


この手の本は一気に読まないとどうもダメみたいな気がします。物語りも 半減しちゃった感じ。勢いがいるというか。
第2部の アラビアンナイト的なのところは 好きでしたが、 なんとなく 最後の第三部は 飛べませんでした。

2007年08月31日

2007年8月のマイ・ベスト本

すっかり夏が終わってしまいました。秋の長雨が始まったらしい8月末日の宮城県でございます。

楽しかった夏に思いを馳せて、2007年8月のマイベスト。



桐野夏生【残虐記】


怖さと不快感をともなう内容ですが、その中に読み手を引きつけてやまない何かがあります。



残虐記 (新潮文庫 き 21-5)残虐記 (新潮文庫 き 21-5)
(2007/07)
桐野 夏生

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2007年08月31日

極め道(三浦しをん)

子供の頃、本当に小さい頃は、「生きていればいいことがある」という言葉を信じたかもしれない。まだ自分が生きてきた年月はほんの些細なものだし、まだまだ未来に希望を持っていてもそれは責められる話でもないだろう。
しかし、今となってはもはやそんな言葉を微塵も信じはしないのだ。何が「生きていればいいことがある」だ。そんなわけがなかろう。人生というのはそう甘いものではないのだ。辛く厳しい中に、時々辛くも厳しくもないものがある、というだけの話で、いいことなんかちっともありゃあしない。いやいやもしかしたらこれは僕だけなのだろうか。他の健全な諸君には、毎日笑い飛ばしたくなるほどのいいことがやんやと降りかかっていたりするのだろうか…。もしそうだとするならば小生大いにヘコむところであるが、まあしかしそんなことはあるまい。
生きているのは本当に大変なことだ、と僕は思うのだ。特に僕は大変だ、と我が事ながら思う。要するに、やりたいことも将来の展望も食べたいものも見たいものも特にないのだ。読書だって、僕の中では暇つぶしという位置付けである。そんな状態の中で、毎日仕事をしながら辛い人生を歩んでいくというのはなかなか酷なものがある。
しかしなんだかんだ言って結局僕が思うことは、人生というのはどう解釈するかという問題だけが残っているのだろうな、ということなのである。この境地に達すれば、「生きていればいいことがある」という言葉もある種の解釈をすることが可能になるのだ。
つまり、「いいこと」を待っているというスタンスでは人生は豊かにはならないのだ。何故なら、「いいこと」というのは決してやってはこないからである。呼んだって引っ張ったって来やしないのだ。甘い言葉を囁いても言葉巧みに騙しても来ることはない。「いいこと」というのは待っていても仕方がないのだ。
つまりどうするか。それは、自分の身に起こったすべての出来事を「いいこと」であると解釈するようになればいいのだ。こう考えると、「生きていればいいことがあるよ」という言葉も理解できるようになる。つまり「生きていれば、自分の身に起こるすべての出来事をいいことであると思える境地に達するよ」ということなのだろう。決して「いいこと」が無条件にやってくる、という話ではないのだ。
これに気づいた時、僕はあるクイズを思い出した。そのクイズとはこんなものである。

『A君の元に悪魔がやってきました。悪魔はA君の願いを何でも叶えてくれるというので、A君は自分の車を世界で一番早い車にして欲しいと言いました。悪魔はその願いを引き受けましたが、いつまで経っても一向に自分の車が早くなったという実感はありません。しかし悪魔は、お前の願いは叶えてやったぞ、と言ってきました。さてこれは一体どういうことでしょう?』

さて分かるだろうか。答えを聞くと、なるほどという感じになる。
というわけで早速答えを書いてしまうと、こういうことである。

『A君の車以外のすべての車を遅くした』

つまり、A君の持っている車には何も変化はないのだけど、A君の車以外のすべての車をA君の車よりも遅くすることで、実質A君の車を世界で一番早くするという願いを叶えたということです。
どうでしょうか。このクイズは、先ほど僕が言った「解釈」の問題と似ている気がしないでしょうか?つまり、自分の周囲の出来事に変化はないのだけど、解釈次第で相対的な変化をもたらすことが出来る、という感じです。
恐らく、待てど暮らせど「いいこと」というのは永久にやってはこないでしょう。それは、「いいことが起こらないかなぁ」と思いながら生きている人のところにはなおさらやってこないわけです。何故なら、そんな風に思いながら生きている人というのは、望んでいる「いいこと」というのもレベルが高いわけで、現実は到底そのレベルにまで届かないからです。
発想を変えましょう。もう身の回りのすべての出来事を「いいこと」だと解釈することにしましょう。犬のウンコを踏んでも「なるほどこれは新しい靴を買いなさいという啓示だな」とか、財布を落として見つからなくても「僕は貧しい人に募金をしたんだ」とか、まあそんな風にいい方に考えていくことが出来れば人生というのはより楽しくなるものではないか、と思うわけです。
…、とまあ書いてはいますけどね、いやはやなかなかそんな風に思えるもんじゃないですよ、アンタ。日々いろいろ嫌なことが起こるのに、それを全部いい風に解釈しろだなんて拷問みたいなものですね。それこそまさしく、今流行の「鈍感力」ってやつかしら。僕にはどう頑張ってみても「鈍感力」の欠片もなさそうだから、やっぱり人生は厳しいものになりそうだわさ。
そんなわけで、三浦しをんというのはなかなか羨ましい性格をしているな、とまあそんな話をしてきたつもりです。三浦しをんは前向きですからね。人生楽しいかもですね。なんて。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、「ボイルドエッグズ・オンライン」という、三浦しをんがエージェント契約をしている(確か)ところのサイトで連載をしていたエッセイをまとめたものです。本当に初期のもので、恐らくデビュー長編である「格闘するものに○」を出版する前後にネットに書かれたものをまとめたものではないかと思います。もちろん三浦しをんのエッセイ第一作です。
三浦しをんと言えば、直木賞も取りベストセラーもばんばん出してと超有名な作家になりましたが、この頃はまだ古本屋でのアルバイトを掛け持ちしているれっきとしたフリーターだったわけで、まだまだ作家としての地盤のない時期のエッセイということでまた面白い感じです。
本作中に、「格闘するものに○」に関連して三浦しをんは友人に、「もし○談社から原稿の依頼があったらどうする?」なんてことを聞かれます。それに対して三浦しをんはあれこれ妄想をするのだけど、しかし最後には、○談社から依頼が来るなんてありえない、なんていう結論に達するわけです。
しかし今となってはどの出版社でも引く手数多でしょうから三浦しをんのこの予想は大きく外れることになるわけですけど、そういう初期の頃の話なわけで面白いです。
なんかかなり自由なエッセイで、ある章など(ホントかどうかは分からないけど)三浦しをんの友人が「ボーイズラブ小説」について語っています。三浦しをんではなくその友人が文章を書いている、という設定です。自由ですねぇ。そうそう、ちょっとした発見なんですけど、本作を連載していたのが1998年から2000年にかけてで、本作の記述を信じれば、その頃にはまだ「ボーイズラブ」という言葉は一般的ではなかったみたいです。三浦しをんは「JUNE系」なんて読んでいます。なるほど、「ボーイズラブ」という言葉は結構最近のものなんですねぇ。
あと、つい最近「人生激場」を読んだんだけど、その中のあるエッセイが本作のエッセイとほぼ同じでした。「人生激場」は週刊誌の連載だったようで、だから締め切りに間に合わん!となった三浦しをんが、うーむここは仕方ない昔書いたエッセイをちょろっと変えてごまかして出してしまえ!ってな感じにしたのではないか、と勝手に想像します。
三浦しをんは彼氏が彼氏が、みたいなことをよく言っているわけですが、これまではどうか知らないけど、作家になって以降三浦しをんに彼氏が出来ないのは(ってたぶんいないんですよね?)、恐らくエッセイに何でも書いてしまうからではないか、と思います。弟なんかもエッセイに書かれるのを嫌がっているのに頻繁に登場するわけで、男としては「うーむ、三浦しをんと付き合うとあることないことないことないこといろいろ書かれてしまうのではないか。恐ろしい!」ってな具合になっているのではないか、という気もします。あくまでも想像ですが。
日常の些細なことからどうでもいいことを考えるというのはいつものパターンで、また三浦しをんのお馴染みのグータラな生活もどんどん出てきます。どちらかと言えば「人生激場」の方が好きでしたが、でもやっぱり三浦しをんのエッセイは最高に面白いと思いました。これからもちょうちょく三浦しをんのエッセイを追いかけていこうと思います。オススメですよ。読んでみてください。

三浦しをん「極め道」


極め道文庫

極め道文庫

2007年08月31日

くちぶえ番長(重松清)

僕の記憶の中では、小学校時代というのはとにかく女子の方が強かったな、という感じがある。それも高学年になればなるほど、である。
低学年の頃は、性別というのはほとんど関係ない、ただの子供である。男子も女子もいっしょくたで特に違うって言うことはない。もちろんその中にはなんとなく序列みたいなものが出来たりするのだけど(いや、小学校によっては明確に序列が出来たりするのかも。僕のいたところは比較的平和だっただけかもしれないけど)、まあお互い同志だぜ、みたいな関係である。
しかし高学年になっていくにつれてそうではなくなっていく。段々と女子が男子から離れていくのである。
恐らくこの表現は正しい。女子の側からすればどう感じているか分からないが、男子の側からすれば女子が離れていくという表現になる気がする。
原因は明らかである。要するに、男子よりも女子の方が早く成長するのである。第一次性徴期とかなんとかそんな名前だった気がするのだけど、それが確か女子の方が早いのだ。
するとどうなるか。女子の側からすれば、男子が幼く見えるのだろうと思う。僕の中には小学校の頃の記憶はほぼないのだけど、ただなんとなくそんな気がする。男子というのはいつだって馬鹿な生き物で、いつまでもふざけたり喧嘩したりしているものだ。それを女子は、子供だわねぇ、なんて思いながら見ているわけだ。
また、たぶんその第一次性徴期とやらに関係あるのだろうけど、この時期女子の方が背が高い。僕は、今でこそ180cm近くあるのだけど、小学校時代は列に並んだ時に前から3番目くらいというかなり背の低いお子ちゃまであった。一方で女子の身長というのは何故かぐんぐん伸びる。あの頃の体格の差というのはかなり大きいわけで、そうでなくても僕は誕生日が3/29という極端な早生まれであるために、相手によっては丸1年くらい成長が遅かったりするわけで、あの時期はなかなか哀しかったなぁ、となんとなく思う。
まあ要するにそんな感じで小学校の頃の女子というのは強いものである。具体的な記憶というのはほとんど挙げようがないのだけど、そんな感覚だけは残っているものだ。
僕は、今でこそ人にあれこれ文句を言ったりするいけ好かない人間なのだが、小学校時代を含めた子供の頃というのはとにかく弱っちい存在だった。あんまりちゃんとは覚えていないのだけど、いじめとまではいかないけどからかわれたりとかはしていたような気がする。下校時に先輩のランドセルを持たされるとか、上履きがどっかになくなるとか、教室でズボンを脱がされるとか、まあ結構そういうことはあったと思う。我ながら情けないものである。しかしほぼ記憶に残っていないので、そこまで酷くもなかったのだろう、と勝手に思っているのだが。あるいは忘れたいほど嫌な記憶だったか。ってんなわけないけど。
本作を読んでふと思ったことは、そういうからかわれたりしている時に女子に助けられたりとかしたらどうなんだろう、ということだ。
正直、それは結構嫌だなぁ、と思うんじゃないかって気がする。確かに小学校時代女子は強かった記憶がある。まあもちろん人それぞれだったと思うけど、でも全体としては男子よりも女子の方が強かったと思う。であれば、僕が何かされている時に助けるなんてことも、やろうと思えば出来たのかもしれない。
しかしやっぱり男子としては女子に助けられるのは恥ずかしいものだ。女子なんかに助けてもらって、とまたからかわれるかもしれない。まあ女子としても、また男子はアホなことやってるよ、ほっとこほっとこ、ってな感じだったのではないかと思うので心配するようなことでもないのだろうなとは思うのだけど。
思い返して見てもほとんど思い出すことは出来ないけど、でも大雑把な印象として僕は、学校における人間関係というのは辛いな、みたいに思っていたのではないか、と思う。学校が嫌だったわけではないけど、でもちょっとそこでちゃんとしていくには疲れるなぁ、みたいな。いや何が言いたいかと言えば、マコトみたいな女子がいたらすこしは何か違っていたのかなぁ、ということなんだけど…。
うーむ、どうもうまく文章を書けないのだなぁ。残念。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は「小学四年生」という雑誌に連載され、文庫オリジナルとして出版された本です。
本作は、現在では作家になっている著者が、小学校時代のある時期のことを綴った「ひみつノート」を見つけ、懐かしい思いでマコトという一人の少女を思い出し、もしかしたら自分の出している本を見てくれるかもしれない、ということで現在ではどこで何をしているのかわからないマコトを探すためにマコトについての本を書いた、という設定の話です。
小学四年生の頃、ある一人の少女が転校してきました。その女の子は学校に来る前から噂になっていました。六年生でも登れない木の上に座ってたとか、一輪車に乗るのがすごくうまいとか、いじめられてた子を助けたとかそういう話です。またマコトは、僕のお父さんのかつての友人の子供でした。お父さんとその友達は小学校時代の友達なんだけど、お父さんの友達、つまりマコトのお父さんはもう亡くなってしまっています。
マコトは僕と同じクラスになりました。ちょんまげを結った髪型で、そのちょんまげがゆらゆら揺れています。その自己紹介でマコトは驚くべきことを口にするのです。
「わたしの夢は、この学校の番長になることです。」
さてそれからは、マコトの苦難の道が始まりました。というか、マコト自身はさほど気にしていなかったみたいですが、クラスの女子のほとんどがマコトを敵対視するようになったのです。そんな中でもマコトは番長らしく振舞い、次第に皆と打ち解けていくようになりました。
マコトと一緒に過ごした長かったようで短い一年間の出来事を、様々な場面に分けて綴った物語です。
いやはや、さすが重松清です、ってな感じで相変わらずいい話を書きます。本作も、もうベタはベタなんです。「小学四年生」っていう小学生向けの雑誌に連載されていたことからも分かるように、ありがちで分かりやすい話です。けどそんなベタな話でも、巧い作家がきちんと書けばすごくいい話になります。重松清というのはとにかくそういうことをやらせたら天才なわけで、だから僕はこのベタな小説を読んでところどころ泣きそうになったりしたわけです。
とにかくマコトというキャラクターがもんのすごくいいです。女子なんだけど番長になりたくて、強きを挫き弱きを助けるという精神で、スポーツは万能なのに何故か泳ぐのだけは苦手で、男勝りででも時々やっぱり女の子で、喧嘩も強いし泣かないしくちぶえもうまい。ほんと頼もしいし面白いキャラクターでした。本当に番長みたいな感じになっていて、同学年だけじゃなくて下の学年からも頼られるし、上の学年には恐れられているわけです。いやホントすごいですね。
僕は結構男みたいな女性が好きなわけで、だからこういう男勝りなマコトみたいなキャラクターはいいなぁ、と思ってしまいます。このままのキャラで大人になってくれれば…なんてどうでもいい想像をしてしまいました。
あとマコトにいつも振り回される主人公の僕(ツヨシ)もなかなかいい感じです。初めはダメダメな感じだったんだけど、マコトに影響されてどんどんと変わっていく。先生に怒られないようにってことばっかり考えていたのに、次第に怒られてもいいからちゃんとしたことをしようって思うようになるわけです。でまあもちろんマコトとのほのかな恋愛みたいなものも描かれるわけで、いい感じです。
マコトとツヨシの話だけじゃなくて、学校の友達とのあれこれや、ツヨシの家族との関わりなんかもホント面白くて、重松清はホントうまいわぁ、と思ってしまいました。
というわけで、非常にいい作品だと思います。本当に小学生から読むことが出来る本だと思います。子供に読ませるというのもいいかもしれませんね。オススメです。読んでみてください。

重松清「くちぶえ番長」


くちぶえ番長文庫

くちぶえ番長文庫

2007年08月31日

ドラマ化情報――司馬遼太郎【坂の上の雲】

出演は本木雅弘、阿部寛、香川照之、菅野美穂。

NHKで2009年の秋から3年にわたりスペシャルドラマとして放送。



坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)
(1999/01)
司馬 遼太郎

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2007年08月31日

ドラマ化情報――大佛次郎【鞍馬天狗】

出演は野村萬斎。

2008年1月からNHKの「木曜時代劇」で放送。



鞍馬天狗〈1〉角兵衛獅子 (小学館文庫―時代・歴史傑作シリーズ)鞍馬天狗〈1〉角兵衛獅子 (小学館文庫―時代・歴史傑作シリーズ)
(2000/02)
大仏 次郎

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2007年08月31日

ドラマ化情報――藤沢周平【風の果て】

出演は佐藤浩市、石田えり、遠藤憲一、仲村トオル、涼風真世。

2007年10月からNHKの「木曜時代劇」で放送。



風の果て〈上〉 (文春文庫)風の果て〈上〉 (文春文庫)
(1988/01)
藤沢 周平

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風の果て〈下〉 (文春文庫)風の果て〈下〉 (文春文庫)
(1988/01)
藤沢 周平

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2007年08月30日

「Self-Reference ENGINE」円城塔

Self-Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)
Self-Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)
  • 発売元: 早川書房
  • 発売日: 2007/05
  • 売上ランキング: 105763


さて、本を読む人々。SNSでちょっと前にやたら流行っていたこの黄色い本。
黄色いし円城塔って変な著者名だしタイトル英語だし流行ってるしSFだし、
はてにはこの人芥川賞候補にまでなるし大森望も褒めてるし
これはもう読むしかないんだろう、と意を決して図書館に買わせた。
忘れた頃に図書館から届き、読み始める。

わはは・・・全然わからん。なんじゃこりゃ。
わからないのに夢中で読んだ。かなり面白かった。
どうしてわからないのに面白いのか。それすらわからないような。

2007年08月30日

山本直純「オーケストラがやって来た」★☆☆☆☆

指揮者山本直純氏の本。
指揮をしていて感じたこととか、
師匠のこととか、同年代の指揮者である小澤氏のこととか、いろいろ。
音楽小話なんて雰囲気の話はそれなりに面白いんだけどね、
最終的に「音楽と人類」みたいな壮大な理想論になってしまった上に
結論もなくただひたすら理想のみで終わったので正直めんどい。
壮大なテーマのわりにそれほど目新しい内容でもなかったし。
正論で理想論な話ってのは説教臭くてかなわんです。



山本 直純 / 実業之日本社(2002/11)
Amazonランキング:536449位
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