僕は結構数学が好きである。
まあ好きであることと得意であることは、残念ながら必ずしも一致しない。確かに学生時代の数学の成績は決して悪いものではなかったし、むしろいいと言ってもよかったレベルだと思う。しかしそれは、受験数学を解くための知識であり、数学を解いていたというものではない。受験数学も確かに面白い。けれど、数学はもっと面白いのである。
僕がどれだけ数学が好きかということを証明しよう。
僕は今年の一月にエジプトへ旅行に行ったのだけど、飛行機に乗っている時間が片道で15時間とかそんなレベルであった。僕は本を読むのが好きだけど、15時間もあったら最低でも3冊は読める。行き帰りのことを考えると、最低でも6冊の本が必要になる。これは結構荷物になるなぁと思って諦めたのだ。
そこで僕が考えた作戦が、数学の問題集を持っていく、というものだった。講談社ブルーバックス新書から出ている「入試数学伝説の良問100」という本を買い、ノートとペンを持って機内で数学の問題を解いていたのである。もちろん僕は、既に二次方程式の解の公式すら忘れているというくらい知識的には難アリの状態ではあっために、問題自体はほとんど解けなかったのだけど、しかし数学の問題を考えるというのはやはり娯楽であるなぁ、と僕は思ったものだ。
ちなみにこの問題集は、我が家にある友人がやってきた時にも活躍をした。同じく割と数学が好きなやつで、借りてきたDVDで映画を見ながら同時に数学の問題を解いている内に、そのうち映画を完全に放り出して数学の問題を解いていたこともある。
また僕は今、毎日数学のサイトを見ている。
僕が見ているのは、「
数学の部屋」というサイトの掲示板と、「
高校数学良問」というサイトの二つである。どちらも相応にレベルが高く、ほとんどの問題は自力では解けない。解けたとしても正確な論証は出来ないのだけど、しかしこういう面白い問題が存在すること、そしてそれに対するエレガントな解答、さらにそんな問題を鮮やかに解くことが出来る人がいるということそのものが、本当に素晴らしいことであると思うのだ。
とにかくこれらのサイトを見ていて思うのは、世の中には恐るべき人がたくさんいるという事実である。とにかく、僕なんかからすれば何をとっかかりにしてやり始めればいいのかさっぱりお手上げであるという問題も、実にエレガントに解いてしまう人間がたくさんいるものである。
以前「数学の部屋」の掲示板に、こういう問題が分からないんですけど分かる方いますか?という投稿があった。
(√2+1)^500
((ルート2プラス1)の500乗)
の少数点第150位の数字を求めよ。
問題自体は誰でも理解できるだろう。(√2+1)という数字を500回掛け合わせた時、その小数第150位の数字は何か、という問題である。問題文の意味だけなら小学生でも分かる問題だ。
しかし、これを解かなくてはいけないとなると、何からやり始めればいいのかさっぱり分からないということになる。2乗や3乗の数字を実際に計算してみて傾向を知るとか、無理矢理500回掛け合わせる計算を手計算で何とか頑張る、くらいしか方針が立たない。
解答は実に素晴らしいものに仕上がっている。
(1+√2)^n=a[n]+b[n]√2 (a,bは自然数)とすると
(1-√2)^n=a[n]-b[n]√2
a[500]-b[500]√2=(1-√2)^500>0
また (√2-1)^3=5√2-7<1/10 なので
(∵(7+1/10)^2=7.1^2=50.41>50=(5√2)^2)
a[500]-b[500]√2=(1-√2)^500=(√2-1)^500
={(√2-1)^3}^166・(3-2√2)<(1/10)^166
よってb[500]√2は、自然数であるa[500]よりわずかに小さい数(差は1/10^166未満)であり、(1+√2)^500=a[500]+b[500]√2 は小数点以下に9が少なくとも166個並ぶ。
よって小数第150位の数字は9。
どうだろうか。つまり(1+√2)の500乗について考えるのではなく、(1-√2)の500乗について考えるのである。それによって、500乗した時の整数部分とルートの部分の差について考える。その差を出してみると、500乗したときのルートの部分は、整数部分よりもほんの少しだけ小さいということがわかる。この「ほんの少しだけ」というのがどれくらいであるかといえば、0.1を166乗したよりも小さい、ということだ。0.1を166乗した数というのは小数点以下に0がずっと並ぶということであり、ルートの部分が整数部分より0.1を166乗した数よりほんの少し小さいということは、つまり小数点150位の数字は9であるということになるのである。
確かに、解答は理解することが出来る。しかし、どうやったらこんな解答を導き出すことが出来るのか、ということが僕には不可解であり、また数学の魅力でもある。
過去の偉人の歴史を知ることも非常に楽しい。
確かガウスだったと思うけど、当時の天才数学者であったガウスは小学生の頃、先生に1から1000までの数字を全部足し算するように言われる。もちろん先生としては、その計算には時間が掛かるだろうということで出した問題だ。しかしガウスはその問題を一瞬にして解いてしまう。この話は有名だから知っているだろうけど、1と1000を足す、2と999を足す、3と998を足す…ということを続けると、1001という数字が500個出来る。だから総和は500500である。
もちろんこんなことは今では誰だって出来る。しかし小学生の時に教えられもしないうちからこんな解法を見つけ出すことが出来るものだろうか?その過程に見せられてしまうのである。
数学というのはとにかく美しさを追求する。とにかく数学というのはシンプルであり整然としていて、そこには必ず美が存在する。誰もがその美しさを求めて数式を操る。
そして何より、数学というのは完璧な体系である。数学的に証明されたことはどんなことがあっても覆ることはない。例えば他の分野ではそんなことはない。物理や化学の世界で今信じられている理論も、もしかしたら明日にでも覆るかもしれない。また歴史なんかは常に改変されていると言ってもいいだろう。
数学だけが、常に完璧である。不完全性定理なんてものが存在して、どんなことをしても完璧な数学的体系を作り出すことは出来ないということが証明されてしまったが、しかしそれが数学の完璧性を奪うわけではない。数学は完璧であり、どこまでも美しい。
例えば異星人とのコンタクトがあるとする。僕らが使っているどんな言葉も相手には通じないし、ジェスチャーも通らない。しかし、数学の体系だけは宇宙のどこでも同じである。確かに異星人には「1」という数字の意味は分からないかもしれないが、しかし図示された円の意味は分かるだろう。数学だけが、唯一言葉を超えてコミュニケーションを取ることが出来る分野なのである。
受験数学に追われて数学に嫌気が指してしまうのはもったいない。数学の奥深さ、そして美しさを、もっと多くの人に(というかまずは自分が)理解してくれればいいなと思う。
そろそろ内容に入ろうと思います。
主人公であるぼくは高校生になった。彼の趣味は、数式を展開すること。つまり数学だ。中学時代も、ずっと図書室にこもっては数学的な思索にふけっていた。
同じクラスにミルカという少女がいる。とにかく数学のことになると彼女はすごい。勝手にぼくのノートに書き込みをしたり突然講義を始めたりするところがあるけれども、しかしミルカとの数学談義にはいつも引き込まれる。
二年になる。ぼくはある後輩の女の子から手紙をもらう。そこには、数学のことをいろいろ聞きたい、教えてもらえないですか、というようなことが書いてあった。
彼女の名はテトラ。数学はまだまだ勉強し始めで疑問だらけだけど、でもきちんと勉強したいという意欲の伝わってくる子だ。分からないところがあればすぐに聞くという姿勢もいい。
ぼくはこうして、ミルカとテトラという女性と数学を介した交流を続けることになる…。
というような話です。
本作は小説ではありません。純粋に数学の本です。もともとウェブで連載されていたものを本にまとめたもののようですが、いや~、ホント面白い本でした。数学がちょっとでも好きだという人にはかなりオススメできます。
本作で触れられる話題はかなり多岐に渡っていて、何か統一性があるというわけではありません。ミルカが唐突に話し出すトピック、テトラが分からないところを質問するケース、また数学の村木先生が出してくれる興味深い問題を三人で解くケース。あるいは主人公が独自に思索に入るケース。いろいろである。
内容は、冒頭でも書かれているように、小学生にも分かるものから大学生にも難しいものまで様々である。大別すれば、テトラからの質問に答える部分は小学生にも理解できる話で、ミルカや村木先生が出してくる話はかなり難解なものが多いという感じです。
本作を読んで一番驚いたのは、フィボナッチ数列の一般項を求めることが出来るのだ、という事実です。
フィボナッチ数列というのは有名な数列で、
0、1、1、2、3、5、8、13、21、…
というように続いていく数列のことです。数字の並びをよく見れば規則性に気づくと思いますが、前の項とその前の項を足したものが数列として続いていきます。
0+1=1
1+1=2
1+2=3
2+3=5
3+5=8
…
と言った具合です。
僕はこのフィボナッチ数列自体は知っていましたが、まさかこの一般項を求めることが出来るとは思っていなかったのでかなり驚きました。
このフィボナッチ数列の一般項を求めるために概略をざっと書きましょう。
使うのは、母関数という概念です。
フィボナッチ数列は、
0、1、1、2、3、5、8、13、21、…
と続いていくわけですけど、この各項を係数に持つような関数を母関数として定義するわけです。この母関数をF(x)と置くと、
F(x)=0・x+1・x2(xの二乗)+1・x3+2・x4+…
となります。
ここからはちょっと簡単に説明するのは難しいのでざっと書きますが、この母関数の閉じた式(つまり…の部分のない式ということ)をまずは求め、それをさらに無限級数で表す。その無限級数のxnの項の係数Fnが、フィボナッチ数列の一般項ということになる。
ホント、数式を使わないで概略だけを文章で書くのは本当に難しいのだけど、これはホントにすごい。数列を関数として見るという発想も素晴らしいし、その関数を展開していくことで一般項が求められるなんてすごいと思いました。
一般項にはなんとルートの数なんかを含む大仰な式になっていて、整数の数列なのに一般項にルートなんだ、とそういう意味でもすごいなと思いました。
本作を読んで感じるのは、数学というのは答えは一つだけど、解き方は無限に存在するんだな、ということです。
後半で、分割数というものに関する問題を村木先生から出されるのだけど、これに対する三者の取り組みが全然違っていて面白い。もちろんミルカの解法がもっともエレガントで素晴らしいのだけど、さらにミルカは驚くべきことをする。主人公のぼくが途中で行き詰まった解法を発展させ、また別の道筋を見つけ出してしまうのである。数式を追っていくのは確かに結構大変だけど、でもちょっとワクワクするような展開でした。
また、数学というのは発想が本当に大事なのだなということも思いました。
主人公のぼくがテトラにsinxのテイラー展開についてひとしきり講義をした翌日、テトラは驚くべきことを口にするわけです。なんと、sinxを因数分解しよう、というのです。もちろんテトラだけの知識ではこの話は行き詰まってしまうのですが、ミルカの手助けもあって、このsinxの因数分解の話から驚くべき結論が導き出されてしまいます。しかもそれは、あの偉大な数学者であるオイラーの解法であるというのです。主人公のぼくさえ、sinxを因数分解しようなんて発想はしなかったわけで、とにかく知識や計算力が欠けていても、きらめくような発想さえあれば数学は光り輝くのだなという感じがしました。
本作ではミルカとテトラという二人の女の子が出てくるのだけど、この二人のキャラが非常にいいですね。まさにツンデレとドジっ娘という感じで、萌え的な要素もばっちりです。
ミルカはメガネを掛けた才女という感じで、いつもクールなのだけど、主人公のぼくがテトラと仲良くしているのを見ると足を踏んづけるみたいなところがあったりします。
テトラは元気っ娘でいつもはしゃいでいるような子で、完全な妹キャラです。数学の話があんまり分からなくても、この二人のキャラを追っているだけで充分楽しめるかもしれません。
とにかく、少しでも数学が好きという人にはオススメ出来る作品です。難しい話もありますが、基本的に優しく描かれているので大丈夫だと思います。読んでみてください。
結城浩「数学ガール」
数学ガールハード
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