TOP>2009年11月

2009年11月30日

[記事][Web標準](X)HTMLにおいて属性値をダブルクオテーションでくくる習慣はどこから来たの?

なぜだか分かりませんが、WordPressのいくつかのテンプレートタグでは、属性値をシングルクオテーション(単引用符)でくくって出力します。例えば、こんな感じ。 「これ、なんかキモイ!」と

2009年11月24日

セミナー「Web ブランディング ~売れ続ける仕組みづくり~」のご案内

セミナーの告知です。

なんと、ひさしぶりにWebの話をします。 
『Web ブランディング ~売れ続ける仕組みづくり~』というのが今回のテーマです。

マーケティングが「売れる仕組みづくり」と呼ばれるのに対して、ブランディングは「売れ続ける仕組みづくり」と言われます。Webサイトは、ターゲットである顧客層に対して継続的なコミュニケーションを行うことで、ブランド価値の醸成につながる記憶の蓄積が可能であり、ブランディングの活動にとっては非常に重要なツールであるといえます。
そのWebサイトをいかに自社のブランディングに活用すればよいか、といったあたりをお話しようか、と。

対象は、自社サイトのWeb運営担当者様、オンラインショップの運営担当者様になります。営業活動の一環として行うセミナーですので、Web制作会社やWebマーケティング関係(SEOなどのコンサル、ネット広告など)の企業の方、学生からのお申し込みはお断りさせていただきますので、あらかじめご了承ください。
こちらも残席わずかですので、お早めにお申し込みください(すでに募集を締め切ってしまった場合は、ごめんなさい)。

以下、今回のセミナーの概要となります。
タイトル
Web ブランディング ~売れ続ける仕組みづくり~
スピーカー
棚橋弘季 
(コプロシステム商品計画研究所 シニアコンサルタント)
対象者
  • 自社サイトのWeb運営担当者様
  • オンラインショップの運営担当者様
  • 注意:営業活動の一環として行うセミナーですので、Web制作会社やWebマーケティング関係(SEOなどのコンサル、ネット広告など)の企業の方、学生からのお申し込みはお断りさせていただきます。あらかじめご了承ください。
講座スタイル
スピーカーによる講演(60分) + 質疑応答(30分)
日時
2009年12月8日(火)18:30~21:00
会場
株式会社コプロシステム 大会議室
地図:http://www.coprosystem.co.jp/company/map.html#map01
参加費
3,000円(税込)
当日受付にてお支払い頂きます。
プログラム
  • 講演(60分)
    Web ブランディング ~売れ続ける仕組みづくり~
  • 質疑応答(30分)
  • 懇親会(1時間程度)
    ※軽食・お飲み物をご用意します。
お申し込み
「会社名」「部署名」「参加される方のお名前」「連絡先お電話番号」を記入の上、「マーケティングセミナー参加申し込み」のタイトルで、ppl(アットマーク)coprosystem.co.jpまでメールにて応募ください。

以上、告知でした。

 

2009年11月24日

[お知らせ][ディレクション]ソーシャルメディアとNPOについて話します。

NPtech系のネタはTRANSでは広報しないことが僕の勝手な原則なのですが(NPtech.jpでポストするのが原則!)、今回ははてなつながりということもあり、こちらでもポスト。

私、小嶋新(id:aratako0)と木津さん(id:Britty)が話します!「id:Brittyさん、だれ?」と思った方はホットエントリーをざっと見れば、「あー、あの記事を書いた人か!」って思い出す人も多いんじゃないでしょうか。

『鰤端末鉄野菜』 の人気エントリー - はてなブックマーク

日本でもにわかに盛り上がり始めたソーシャルメディアとNPOですが、そろそろ関西でも議論しておきましょうとかそんなスタンスで。以下、告知文です。

ひょうごんテック 第5回 テックカフェ「新しいWebサービスとNPO広報」

〜 こんなに楽しいTwitterでもっとコミュニケーション! 〜

2009年12月13日日曜日 開催のお知らせ

ひょうごんテックは去年に引き続き、今年もインターネットとNPOの広報について考えます。今年のテーマは、ソーシャルメディアと呼ばれる新しいウェブサービスとNPOの広報です。

NPOをはじめ団体の広報や活動報告に、ブログはごく普通に利用されるようになりました。最近ではブログ以外にもTwitter(ツイッター)をはじめ、mixi、Facebook(フェイスブック)などのソーシャルメディア、YouTubeやFlickr(フリッカー)などの動画画像共有サービスなど、外部のウェブサービスを積極的に組み合わせ活用する場面も増えています。

多様なウェブサービスを利用して自分たちの活動を効果的に伝えるにはどうしたらいいのか。一方向ではなく双方向のコミュニケーション手段としてのウェブサービスは、どう利用し、どこに気をつければいいのか。

国内外の活用事例を交えながら、新しいウェブサービスがNPO広報にもたらす可能性について話し合います。

12月度スピーカー

  • 木津 尚子 (ひょうごんテック世話人)
  • 小嶋 新 (NPO法人しゃらく)

日時

2009年12月13日日曜日 13時30分〜16時45分 (13時15分受付開始)

場所

神戸市勤労会館 講習室404

市営地下鉄・JR・阪急・阪神・ポートライナー

各三宮駅から東へ徒歩10分

参加費

500円 (茶菓つき)

申込み

定員36名

受付アドレスよりお申し込みください。

メールでのお申し込みは tech.at.tcc117.org まで

懇親会

テックカフェ終了後、懇親会を予定しています。

懇親会参加も希望される方は、cotocoto申し込みコメント欄に「懇親会参加希望」とお書き添えください。

主催

ひょうごんテック

※お問い合わせやご質問は tech.at.tcc117.org までお願いします。

お願い

  • 当日の飛び入りは歓迎いたしますが、茶菓などの準備のため、なるべく参加のお申し込みをお願いします。
  • 会場では、ひょうごんテックの活動継続を支援くださる方のための募金箱を用意しています。皆様のご支援、ご協力をお願いします。

テックカフェとは

テックカフェは、オープンソースなどを活用して、NPOや市民活動団体のパソコン環境を支援する「ひょうごんテック」が、隔月(偶数月)開催するITについての茶話会です。

ITにまつわる様々なことをお茶を飲みながら楽しく話し合いましょう。

テックカフェ次回予告

2010年2月に予定しています。

詳細が決まり次第、ひょうごんテックWebサイトなどでお知らせします。

2009年11月21日

メタ認知や抽象的思考ができない人が心がけ実践すべき3つの事柄

自分で物事を考えて答えを出すということができない人というのがいる。「思考停止」なんて言葉もあるけど、そういう人たちにとって「停止」は動いていた状態からの変化を示す"stop"ではなく、そもそものはじめから思考がスタートしていない場合が多く、最初から思考が働いていない。

そうした人たちに共通するのは、メタ認知ができないこと、抽象的な思考を苦手とすることだとだと思います。見たまんまのことしか考えられない。だから、手法を扱えないし、戦略的な話ができない。

そうした人びとは、抽象的な記述や理論的な話題に対する想像力が著しく欠けていて、それが世界の記述であることをイメージできずに、すぐに「具体的な事例がないとわからない」という。それが自分のメタ認知や抽象的思考力の欠如からくる想像力のなさに由来することを考えもせずに、話者や論者の語り方・記述の仕方に問題があるかのように非難しがちです。もちろん、そんな風に相手のせいにばかりしているから、いつまでたってもメタ認知や抽象的思考力は育ってきません。

つまり、図式化して表現すれば、下図のようになります。



ある事象A、B、Cがあった時に、とりあえず、それぞれの事象に対する思考A'、B'、C'くらいなら生み出せる。これはほとんど反射神経的なものですから、これができないという人はいない。

ところが、その思考A'、B'、C'を比較して、思考A'とB'の共通点から抽象的思考としての思考Dを取り出したり、思考A'とC'の相違点から思考Eを取り出したりということができない。そうした人びとにとって思考の対象となるのはあくまで目の前に事象(A、B、C)はある時に限られるのかもしれません。自分自身の思考であるA'、B'、C'を、思考の対象として扱い、思考DやEを導き出すことはとにかく苦手です。もちろん、その思考DとEを統合する形での思考Fを生み出すことなんてほとんど奇跡なのかもしれません。

だから、KJ法のような方法も苦手なんですよね(cf.「なぜ、KJ法は失敗するのか?」)。
だって、KJ法って結局、上で図式化したような階層化された思考をカードやポストイットを使って可視化しながら行う推論の方法ですから。
そして、一番の問題は、こうした図式化による抽象的な説明がそもそも具体的なイメージとして理解できないのも問題なので、ここで僕が書いていることもきっと伝わらないのかな?なんて思います。

調査データが読めない

こうしたメタ認知や抽象的な思考を苦手とする人びとの傾向として典型的なのは、調査データが読めないということでしょうか。

「具体的な事例」を欲しがる割に、事実を集めた調査データから思考を働かすことができないというのはまったく奇妙な話です。結局、欲しいのは事実の一例としての事例ではなく、子供にもわかるような物語ということなのでしょう。
それが事実であるかどうかなんて関係なく、テレビドラマのようにその世界観に没頭できる、それなりのリアリティで語られていればいいということでしょう。没頭できるということ。それはつまり自分で考えなくていいということですから。

「ケータイでゲームをする人は男性よりも女性のほうが比率として多い」だとか「あるデジタルカメラを所有している人のカメラの利用傾向は、ほかのデジタルカメラを所有しているユーザーの利用傾向とは著しく異なる」とかいう事象を示す調査データを前に、「へー」と感じるだけで、そこから自分たちの具体的なアクションにつなげていくための思考が展開できない。

そういう自分たちの身の振り方を決めるような抽象的な思考力がなく、だからこそ、なんでもかんでも他人のノウハウや知識ばかりに頼ろうとするようになってしまいます。他人の指示が動けず、他人の成功事例ばかりを追い求めるようになります。もちろん、そんなものの先に自分自身の未来なんてないのにも関わらず。

抽象的思考ができるようになるためには

では、メタ認知や抽象的思考ができるようになるためにはどうすればいいのでしょう?

僕は次の3つを心がけ実行することが大事だと考えます。

  • 思考を文章や図にしてまとめるクセをつける
  • あきらめずにむずかしい本を読む
  • 仕事のなかで自分で考え答えを出す

この3つはメタ認知や抽象的思考を鍛えるための訓練の例です。訓練なので、ただ何も考えずにやっていてはダメです。訓練なので訓練そのものを行っている自分自身について考えることが大事ですし、訓練そのものについても思考をしつづけることが大事です。

では、ひとつひとつ補足を。

思考を文章や図にしてまとめるクセをつける

1つ目の「思考を文章や図にしてまとめるクセをつける」ですが、これは「文章にする」のと「図にする」という作業自体が抽象化の作業にほかならないからです。自分が見たもの、考えたことを文章や図にするというのは、見たもの、考えたものをさらに一段階抽象化しないとできないことです。そもそもメタ認知や抽象的思考が苦手な人というのは、文章を書くことや物事を図式化して表現するのも苦手な人が多いと思います。メタ認知や抽象的思考を鍛えるというと、どうしていいかわからないかもしれませんが、文章化や図解化の練習をするといえば、具体的な作業イメージもできるのではないでしょうか。
ちなみにKJ法でも最後は図解化と文章化を使って、調査データ全体を把握します。それこそがKJ法がアブダクションを使った実践的推論法である所以です。

あきらめずにむずかしい本を読む

次の「あきらめずにむずかしい本を読む」ですが、これもメタ認知や抽象的思考が苦手な人が不得意なことの1つですよね。でも、苦手だからこそ、取り組むべきでしょう。ずっと前に書いていますが「苦手だと認識したら克服する努力をしてみる」ですよ。
話を元に戻すと、むずかしい本って感じる本がむずかしく感じられるのはきっと抽象的な記述がなされていたり、そこで取り上げられている具体的な事柄に対して自分自身の知識が足りなかったりするからではないでしょうか。そうしたものに相対する場合、普段から具体的な事象に関する直接的思考(A'、B'、C')しかしていない人は、何が書かれているのかが理解できないはずです。抽象的な記述を扱うには抽象的な想像力が必要ですし、書かれたものが具体的であってもそれに対する知識がなければその事象は抽象的なものと変わらないわけですから抽象的記述を読むのとおなじでやはり抽象的な想像力を必要とします。なので、無理してでも「あきらめずにむずかしい本を読む」ことで、メタ認知や抽象的思考を鍛えることができるはずです。まぁ、それ以前にそもそも本を読まないなんてのはまったくの論外ですけど。

仕事のなかで自分で考え答えを出す

最後の「仕事のなかで自分で考え答えを出す」ですが、実はこれが一番重要。上の2つは自主的な努力にかかっているのでサボる面がどうしてもでてきますが、仕事になればそうもいってられず、とにかくやらなきゃいけない面が多いと思います。「不安はなぜ起こるのか」や「見本とテンプレート」でも書いているとおりです。
普段は敬遠しがちなことでも仕事になればやらざるをえないことは多々あります。そして、それゆえに思考が普段以上に働きやすいのも仕事でのシーンではないかと思います。僕自身も思考のブレークスルーが起こるのは決まって仕事で苦労して何か答えを出さなきゃいけなかった時のあとです。苦労して、ああでもない、こうでもないと模索することで、思考自体の比較による共通点・相違点の精査が行われ、階層的な思考の組み立て、統合が行われます。抽象的思考を養うのには仕事の場面ほど適した場はないと思います。それは仕事が自分ため(だけ)にやるのではなく、他人のためにやることであるということが大きいのでしょう(ただし、遊びでも真剣に取り組むことでブレークスルーが生まれるケースがあるのは「インフォグラフィックス ワークショップ 2」でも紹介したとおり。こういう遊びの場がすくないのが現代の問題なんでしょうね)。

とはいえ、仕事の場であれば、いつでもメタ認知や抽象的思考を鍛える場になるかというと、決してそうではありません。もし、そうだったら、世の中にこんなにメタ認知や抽象的思考が苦手な人が多いわけがないのですから。
仕事の場でも、自分で考え、自分で答えを出すという姿勢がなければ、メタ認知や抽象的思考を鍛えられる場にはなりません。誰かの方法やノウハウに頼ったり、他社の事例がなければ物事を進めることもできなかったり、自分では具体的に考えることはせず、できる人が考えてくれるための調整役に徹してしまったり。そんなことではいつまでたってもメタ認知や抽象的思考は鍛えられません。ここでも、やはり自分自身の積極的な関与が最初は必要です。自分で「やります」といわなければ、誰も「自分で考え、自分で答えを出す」ような仕事を与えてはくれないからです。

結局は、世界を自分の目で見て考えるか、自分では考えることを放置して他人が見て考えてくれた結果を教えてもらって安心してしまうかという姿勢の違いでしょうか。世界は自分の目の前にあるとおりのものだと思って、なんの疑問も関心ももたなければ、メタ認知や抽象的思考を使って、世界の別の面を見出し、別の新しい世界を作り出すことなどはできるはずもないでしょう。



関連エントリー

2009年11月21日

パースの三項関係

最近、もう一度、チャールズ・S・パースの論理学や記号学をちゃんと知っておきたいと思うようになりました。ユーザビリティとブランディングの両方に関わる認知、理解の問題をきちんと考えるうえで、パースをしっかり捉えておくことが重要だろうと感じるのです。

パースについては「ブランドとは何か?:1.A Model of Brandとパースの記号論」で、ブランドというものとパースの三項関係について紹介しました。最近でも「体験を支える情報アーキテクチャ」で再び論じています。

パースの記号学においては、記号というものを表象(Representamen)、対象(Object)、解釈項(Interpretant)の3項目で捉えます。
パースは、表象から対象を想起して解釈を発生させることを記号過程と呼んでいます。図にするとこうです。



例えば、これをブランドの価値、ロゴ、具体的なブランド商品という関係にあてはめると、こういう図になります。



これは何を言っているかというと、AppleのロゴをみてiPhoneを想起し、かっこいいというブランドを価値を感じるというようなケースに当てはまります。



これはブランド認知でいうところの「ブランド再認」の認知過程を示した図ということになります。

ブランド再認と再生

ブランド認知には、ロゴをみたりブランド名を聞いたりした際に、特定のブランド商品を思い出したりブランド価値が思い浮かべられるかという「ブランド再認」の問題とは別に、特定の商品カテゴリーが提示された際に特定のブランドを想起できるかという「ブランド再生」の問題があります。

例えば、これも同じくパースの三項関係を使うと、こう図式化できます。



これもiPhoneを例にすれば、「ケータイ」というカテゴリーが与えられた際にiPhoneを思い出すことができ、おなじようにかっこいいという価値が想起できるかということになり、図にするとこうなります。



このようにパースの三項関係で捉えると、ブランド認知における再認と再生の両方がうまく理解できます。

ユーザビリティにおける再認と再生

さらにこのパースの三項関係はユーザビリティに関わる問題の理解にも使えます。

UI上に表現されたボタンやアイコン、ラベルなどの意味が理解できるかもやはり認知の問題です。
例えば、アプリケーションなどを示すアイコンからその機能が理解できるかということを三項関係で図示するとこうなります。



これも具体的な例で示すと、Thunderbirdのアイコンを見たときに、本来の機能であるメールソフトとして理解できずに、鳥がメールを大事そうに抱えている図像からメールを保護するソフト?と思ってしまったら、それは実際の機能と解釈された機能のあいだにギャップがあるということです。



もちろん、この場合の認知にも、再認と再生の問題があり、アイコンが提示された場合、そのアイコンの示す機能が理解できるかとか思い出すことができるかという再認の問題もあれば、何か特定の操作をしようと思った際に、それがどのアイコンをクリックすればよいかを思い出せるかという再生の問題があります。

こうしたブランドに関わる認知の問題とユーザビリティに関わる認知の問題が、パースの三項関係を使うと理解しやすくなります。さらにいうなら、ここで挙げたような例はごく簡単なもので、パースの記号学や論理学を使うと、認知の問題や発想の問題をより深く考えることができます。KJ法が、パースが推論方法として重視したアブダクションを具体的な方法に落とし込んだものであるように、パースの思想をきちんと捉えなおすことで、情報を解釈する、理解するとはどういうことかをより広い意味で考えることができるだろうと思うのです。「生命記号論―宇宙の意味と表象/ジェスパー・ホフマイヤー」で紹介したように、なにしろパースの思想をもとに、宇宙の意味や生命における記号の意味を考えたような人もいるのですから。

そんな感じで、僕のなかではパース再考熱が高まっています。

  

関連エントリー

2009年11月17日

TAMさんのサイトに対談記事「対談 棚橋 弘季-爲廣 慎二」

ちょっとご報告。

ユーザー中心設計を得意とする大阪に本社をおくWeb制作会社TAMさんのサイトに、TAM代表の爲廣さんと対談した記事が載りました。

iPhoneやTwitterなど、コミュニケーションやインターネットライフを変えるデバイスやらサービスが登場するなかで、人々が情報や世界に接するスタイルはますます変化・多様化する傾向にあります。ペルソナを使ってターゲットユーザーの生活行動をとらえ、そこからビジネスやWebの形を探って行く必要が高まっています。

TAMさんには実は今年の7月にペルソナ/プロトタイピングを中心にしたユーザー中心設計のワークショップをやらせていただいた縁で、いまもお付き合いさせていただいてます。

ぜひご一読いただけると幸い。

対談 棚橋 弘季-爲廣 慎二
http://www.tam-tam.co.jp/tamlog/01.html

2009年11月17日

[アクセシビリティ][お知らせ]インタビューご協力のお願い

何度か当ブログで触れているように、今年度、NPO法人しゃらくは「Yahoo!基金 NPO助成プログラム」を受けて「Open Accessibility Library Project」という事業を行っています。 障害を持つ方や高齢者、在日外国人の方々がWebサイトをどのように使い、どんなことを改善してほ

2009年11月16日

合意よりも強引さ

(パソコン直りました!)

ひとつ前のエントリー「インフォグラフィックス ワークショップ 2」で、土曜日の木村さんのワークショップで僕がどんなことを思いながら作業を進めたかを書きました。
そのなかで僕が遠慮しつつも強引にほかのメンバーとの合意形成のないまま、それでもなんとなく合意できてるかのように作業ができてしまう状況をどうやって作ったかを紹介しました(完全にその戦略が成功していたわけではありませんが)。

そんな貴重な体験をさせてもらった上で、今日職場で今週水曜日のセミナーのための講義資料の作成に苦闘していたところ(そう。悲しいことにまだ今週もセミナーが続くわけです)、ちょっと冷静になって考えてみると、いまの大規模で内外が複雑に絡み合ったネットワーク型の生態系に自らを位置づけないと、利用価値もブランド価値も産み出せないようなビジネス環境におけるデザインは、実は合意形成なんかより正しい道を突き進む合意さこそが必要なんじゃないかという考えが頭に浮かびました。

そして、あっ、そうか、だからスティーブ・ジョブスの一人勝ちみたいな状況が生まれるだな、と妙に納得してみたり。

ネットワークの一部としての商品

これ自体、水曜日のセミナーで話そうと思っていることなので、ここでは軽く触れておくだけにしますが、いまのこの時代、自社でなんでもかんでも製品ラインナップを揃えて、かつ、それぞれの商品が独立して機能することを目指すデザイン思想って、ちょっとイケてない気がします。

例えば、iPhone。あれなんて、典型的で実はiPhone本体だけじゃ、ほとんど何の価値もありません。インターネットにつながって、そちら側に価値あるサービスがあったり、App Storeに水知らずの方々がせっせとアプリをこしらえてアップしといてくれるからiPhoneというただの箱に価値が生まれます。音楽コンテンツなどはいうまでもない。
じゃあ、iPhoneが本当にただの箱かというと当然そんなことはなく、自分自身ではやらない領域をちゃんと他人がやってくれるような状況を生み出す箱である意味において、生半可なただの箱ではありません。

もちろん、それはGoogleにも言えることでなんでもかんでも自分たちでは用意しないし、その自分たちがやらない領域を他人が喜んでやってくれる空箱をデザインする意味ではまさにiPhoneとおなじです。

オープン系とクローズ系

ひと言でいえばオープン系のデザインということでしょうか。

それに対して1つの商品単独で使えるようになっている(といえば、聞こえはいいが、単独でしか使えない)のはクローズ系のデザインとでも仮にしておきましょうか。1つの商品単体ではなくても、日本のケータイのようにメーカーとキャリア、そして、コンテンツベンダーがクローズな関係でネットワークを構築しているのも、単体で動くものよりはちょっと複雑ですが、やっぱりプレイヤーが最初からあらかた見えている点ではクローズ系。

このオープン系とクローズ系ではデザイン思想はまったく異なっている必要があります。後者は参加するプレイヤーの顔が見えてるわけだから合意形成型の思想でいけます。でも、後者の場合、誰が参加してくるのかわからないから合意形成ではなく必要な標準仕様を誰かが強引に決めておく必要があります。
これ、標準規格を決めるというのとは訳が違って、標準規格は一部が強引に決めるにしても、その一部のなかでは合意形成をしているはずですが、オープン系の標準仕様を決めるのには合意形成は基本的にないといっていいでしょう。話し合いではなく、誰かがこれがいいはずだということを強引に決める必要がある。それをまわりが見てよくないと思えば乗らないし、よいと思えば乗る。

オープンなネットワークでの友達づくり

これってある意味、友達をつくるのに似ているんじゃないでしょうか。誰かと友達になるのに、その相手と合意形成をしたりはしませんよね。そうではなく自分と気が合うなとか、趣味や好みが似てるなとか思う人と友達になったりするんじゃないでしょうか。
その際、誰かと友達になるためだけに、自分の趣味や好みを決めたり、自分の性格を修正したりなんてことはあまりしないはずです。もっと自然に自分自身のまま、友達になって付き合える人を友達にするんじゃないでしょうか。

オープン系の強引さって、それに似てるんじゃないでしょうか。はじめから友達を作ることを想定してる。しかも、それは友達でもとても弱いつながりの関係。でも、友達は友達で、なにか合意形成をしたうえでつながったりするわけじゃない。あくまで自分自身を自然に出したうえで自然と誰かと友達ができる関係をつくる。

ヴィジョン

そういう自分自身をつくるとデザインというのは、最初から自分だけのことを考えたり、自分がいま付き合っている相手のことしか考えられないようじゃ、とてもじゃないけどできないと思うんですよね。自分が正しいと思うヴィジョンがはっきりと見えていないとだめだし、個々の機能にこだわって、全体(それはいまだ実現していないところも含んだ全体)が見えていないとお話になりません。

結果、100%自分が思い描いたとおりにネットワークが成長しなくても、おおよそのところは想定の範囲だったり、想定と違うところがでてきても即座に対応できる機敏さをもっていたり、そういうのは自分のはっきりしたヴィジョンがないとままなりませんよね。

ビジネス環境の変化

こういう点はクローズ系のデザインの発想とはほとんど180度違うといっていいところじゃないかと思います。自分が目の前にしているものしか相手にしないクローズ系の発想と、オープン系の自分の目の前にはまだないものを想像力で発想して、思い浮かんだイメージを実現するために必要な要素を整理し、そのうち、どこを自分自身で受け持ち、どこを他人の支援や自主的な参加を仰ぐかを明確にするという組み立てとはまるで違うのかなと思いました。

どう考えても今後のビジネスは、インターネットに関わる分野以外でも、こうしたオープン系の発想で自分たちの商品やサービス、あるいは、事業そのものを組み立てる力がないと、大規模な成功って望めないんだろうなと思います。
まぁ、ちっちゃな会社や個人が大きなネットワークのなかでうまく立ち回ってチャンスをつかむことはいくらでもできるでしょうけど、ずんぐりむっくりの身体をした大企業が生き残っていくには結構厳しいビジネス環境になったなと思いますね。特にメーカー系には厳しいでしょうね。

それにしても苦労して何かをやってみると、こんな風にまったく違うところで視界が開けちゃうから、集中して苦労してみるってのは素敵だなと感じます。
あらためて、そういう場を与えてくれた木村さんに感謝。

関連エントリー

2009年11月16日

インフォグラフィックス ワークショップ 2

土曜日は木村さん主催のワークショップ「インフォグラフィックス ワークショップ 2」に参加しました。



しかも、めずらしいことに今回は講師側での参加ではなく、実際にワークをする参加者側としての参加です。というのも、前日にインフルエンザによる欠席者が出たということで、木村さんから「講師のなかで誰か参加者になってくれませんか?」のメールが来たんです。ほかの講師の方の顔を頭に思い浮かべて、これは僕が手を挙げておくのが無難だろうと思い、参加者になることを立候補しました。

ワークショップの講師をやるのは何度となく経験はありますが、参加者側で参加するのは初体験。いつも外からえらそうなこと言ってるわけで、こりゃ、なんとか形をつくらなきゃマズイなと結構プレッシャーを感じながらの参加でした。

最初のつまづき

今回のテーマは、参加者が5つのチームに分かれ、それぞれのチームに割り振られた右寄り・左寄り・中道の主張をもって、靖国神社を一般の方にもわかるよう靖国神社をインフォグラフィクスで紹介するというもの。



コンセプトは「何かと話題になるにもかかわらず訪れたことのない人も多い靖国神社。一般の人に理解してもらうためには、自分の主義主張は横に置き、まずは中立な立場で「見る、知る、理解する」ことが求められる。チャートの可視化で、他の人に理解してもらうためのアプローチを考える。」

「訪れたことのない人も多い靖国神社」。神社は好きで、伊勢神宮熱田神宮熊野三社厳島神社高千穂の神社などを訪れたことがある僕ですが、靖国神社は「訪れたことのない人」でした。やっぱり他の神社とは違うと思っていましたし、敬遠する気持ちはありました。



そんな僕にとっては「自分の主義主張は横に置き」というのは、靖国神社という厄介なものを相手にするには楽なやり方だなと感じたのですが、どうも必ずしもみんながみんなそう感じなかったようです。特に「右寄り」の主張をするチームに割り振られた方などは、自分の心情的なものとのギャップに戸惑っていた方もいたようでした。

僕自身は自分の主張などとは無関係に、機械的に割り振られた右寄りの主張を、あたかも本物の右の方にお仕事を依頼されて代わりに表現してあげるつもりになればいいのだなと思っていたのですが、そう割りきることが心情的にむずかしい方もいるんですね。「自分の主義主張は横に置き」ができない。

ここが僕には想定外で、最初のつまづきでした。
自分の主張とは関係なく与えられた主張を演じて表現するというワークショップの前提のところで合意ができていないとなると、これは大変だぞと感じたのです。

そして、実際、大変でした。僕のチームは最初のチーム内でのミーティングからバラバラ。なんとかひとりのメンバーの方がうまく調整してくれたおかげでいきなりの空中分解とはならずに済みました。あれはありがたかった。感謝。

最初に頭に浮かんだもの

僕自身は前日にいきなり参加者になることが決まったので、事前準備はほとんどする時間はありませんでした。

とはいえ、実は1ヶ月前に講師陣が集まって今回のテーマを決めた際、木村さんから靖国という案を聞いた瞬間、頭のなかに靖国を日本の古来の文化や、世界的な歴史や空間のなかに置くグラフィックのイメージが浮かんだんです。こういう時って、「最初にパッと<映像がしっかり浮かばない>と」あとはなかなか進みません。その意味ではすぐにイメージできたのはよかったな、と。こういう時にこそ、自分に溜め込んだ無駄な知識のアーカイブが役に立ちます。
そのイメージを忘れていなかったので、それから1ヶ月のあいだ、具体的な情報収集をまったくしていなかったにも関わらず、あまり躊躇せずに参加者側にまわることを決断できたわけです。前日はとりあえず、そのイメージを実際につくりあげるためのネタの準備だけはしておきました。

そういうイメージを持てていた一方で、グループワークのなかでいかにその自分が最初にもっていたイメージを壊すようにもっていけるかと考えると、これは結構大変だろうなとも予測していました。

結果からいうと、自分の最初のイメージを壊すというのには失敗しました。
メンバーのひとりの方がもっていた年表のイメージもうまくはまってしまったこともあり、1ヶ月前に頭に浮かんだイメージと大差ないグラフィックになってしまったのは僕にとってはちょっと残念。



もっとほかのメンバーの意見も引き出して最初のイメージを超えたものができればと期待していたのですが、どうしても「右寄り」の主張を演じるというところがネックとなり、うまくいかなかったですね。僕はもっと右寄りで、「愛国」って感じにしたかったんですけどw
よくワークショップに参加した人が消化不良で終わったあとも長々と消化しきれなかった部分を事後的に反芻してたりしていますが、その気持ちはわかりますね。僕もひとりでインフォグラフィックスをやり直そうかとも思っちゃいましたから。
でも、それをやっちゃだめ。そんな遊びにうつつをぬかすよりも、仕事で力を使うべき。それがハレとケのけじめですから。

5 planes

それから進め方に関して書いておくと、僕は戦略的に5 planes model的にやろうと考えました。
つまり、最初からビジュアルを考えるのはやめて、とにかく最初にどんな主張をどうストーリーとして展開するかという戦略・コンセプトを決めた上で、それに必要な要件の洗い出し、その構造化、骨格の設計を経て、その上にビジュアルを乗せようか、と。

これも結果をいうと、ちょっと時間が足りなくやりきれなかったですね。
構造化くらいまではなんとなくできたんですけど、もうすこし詳細な骨格づくりができなかった。骨格が決めきれていないのでビジュアルをともなう要素を画面に配置した際に、上平先生から指摘されたように要素間のつながりが見えなくなってしまいました。
今回、講師から急遽参加者となったという立場上、できるだけ僕自身の影響力が大きくなりすぎないよう、とにかく終始遠慮がちにしようと心掛けていた面がありました。そのこともあって、5 planesのことも明確にメンバーに提示しなかったんですよね。でも、これはあとになって思えば、進め方に関してはもっとちゃんと伝えてよかったかもしれないなと反省。

意見の合意はいらない

そもそも僕が5 planesでいこうと思ったのは、最初のチームでのディスカッションを終えた段階で、これはチーム内での考え方の合意形成をした上で作業を進めてたら、とてもじゃないけど、時間内には終わらないなと考えたからでした。
意見の合意は最初からあきらめて、それでも右寄りの主張が感じられるアウトプットをひとつ作るにはどう進めるべきか?

なので、靖国神社に見学に出かけた際も僕の頭にあったのはどう進めれば終わるかということでした。



資料館を見学したときも、そこで新しいネタを見つけようなんてつもりはこれっぽっちもなし。普通の観光気分で見ていて感じたものだけ持ち帰れば十分だろう、と。ようはフィールドワーク的な観察者の目はすっかり捨ててました。それよりも戻ってからの作業をどう進めれば終わるかのほうが僕の関心事でした。

そうやって考えた結果が5 planesで段階的に進めることでした。
もうひとつの戦略は、意見がバラバラなのを放置したまま進めるために、ポストイットによる要素の可視化はしないという選択でした。ほかのチームがこの手のワークショップでよく見かける光景のようにポストイットをがんがん使って議論を進めるなか(下の写真のように)、うちのチームはまったくポストイットを使いませんでした。

20091116g.jpg


20091116h.jpg


これは浅野先生に指摘されましたが、「KJ法が大好きな棚橋さんがいっさいポストイットを使わない」というのは、そうした意図的な選択も必要だったわけです。

結果としてまとまっているように見えるということ

とにかく今回のワークショップでは、はじめから自分たちが本来もっている主張や考え方などは関係なしに、機械的に割り振られた右寄り・左寄り・中道それぞれの主張をでっちあげて、あたかもそこに主張があるようなインフォグラフィクスを完成させればよかったわけです。極端な話、そこで表現された内容が完全にチーム内での合意形成ができていなくても、結果としてまとまっているように見えればよいわけです。

そのためにはコンセプトだけはなんとなく共有した上で、それを表現する要素は明らかに入れてはいけないものを除けばメンバーそれぞれが入れたいものを入れられるようにできればいい。それを可能にするのは画面上のエリア分割とそれぞれのエリアに何を配置するかと誰が具体的にそこにグラフィック表現を行うかという役割分担でした。
まぁ、この構造化くらいまではうまくいったかな。ひとつ中央のエリアに、左右の年表とコラムをつなぐものとして「靖国神社で祀られる人は〈命〉という神の名をいただいていること」や「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」の本居宣長のうたを入れるといった要素が抜け落ちたりしたのは、完全に時間のなさから生じたチェック漏れで、それも要素間の関係性を定義する骨格化の部分があやふやなまま、ビジュアル化に入ってしまったがゆえに起こったミスかな、と。

そういうミスさえなければ、実は意見の合意などなくても、最終成果としてのアウトプットが1つの形を成すようにすることはできるのだと思います。ここは5 planes modelなどを使った編集術の腕の見せ所ですよね。

あと制作するうえで気をつけたのは、すべてを言い切ってはいけない、ということかな。言い切らず、説明しない部分を残して、匂わせるということ。これも要素の関係性がきちんと示せなかったために、匂いにくくなってしまって、口頭での説明が必要になってしまったところは残念でした。

へとへと

という感じではじめて参加者側の立場でワークショップに参加したわけですが、あとで思えば講師から参加者側にまわったなんて余計な気遣いはせずに、もっと自分を出してしまってよかったのかもしれないなと思います。

あまり自分の影響ばかり強くなってしまってはいけないなと終止遠慮していましたが、それでも自分の影響が強く結果に反映されてしまったのは否めません。であれば、遠慮などせず、もっとリーダーシップを発揮してがんがん進めてしまったほうが中途半端にならず、よかったかも。中途半端に影響を与えてしまったところは、いっしょにやったメンバーには申し訳なかったな、と。

それにしてもあれだけの短期間で、あれだけのアウトプットを出すというのは、大変です。できる/できないではなく、体力・精神の両面で大変で、終了後の懇親会に向かった時には、もうへとへとでした。今週は水曜日の自分が講師をやったペルソナ手法のワークショップも含めて、2回もワークショップをやったというのが疲れの理由でしょうね。その疲れの代償として風邪もひきました。

終了後の懇親会での会話からインスパイアされたことはすでに「不安はなぜ起こるのか」と「見本とテンプレート」というエントリーにまとめたので、こちらもあわせて参照ください。

それにしても雨の中、参加された参加者および講師のみなさん、お疲れ様でした。
とても楽しい一日を過ごすことができました。ありがとうございます。

関連エントリー