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2009年11月15日

見本とテンプレート

ひとつ前のエントリーに続いて、昨日のワークショップ後の懇親会での会話から考えたことを。

ひとことでいえば、方法の個人性について。

方法は個人的なもの

著書でも触れていることだけど、方法というのは自分の身につかないと意味はありません。根本的には個人が何らかの問題を解決する方法というのは、人それぞれ異なる必要があると考えます。

モーツァルトの方法があり、デカルトの方法があり、折口信夫の方法、岡本太郎の方法がある。
方法はきわめて個人的なものであり、自分自身の方法を発明したものだけが社会に新しい価値を生み出すことができる。

といっても、それは何も天才たちの専売特許ではありません。方法はある問題を解く際に、問題解決の答えと同時に生み出されます。何かを解決したなら、意識的であるかに関わらず、そこにはそれを解決した人(たち)なりの独自の方法が生まれていたはずです。

方法の特性

その意味で既存の方法を正しく使うというのは本来不可能なものだと思います。ペルソナにしてもKJ法にしても実はこれが正しいやり方というのはありません。それらは概念的なものとしてどんな問題を解決するためかという適用範囲のドメインと、何を得るためのものかという目的のドメイン、見本としての基本的な手順こそは決まっているものの、それを実際の問題の解決に使う際には、問題解決を行う人それぞれが独自の方法としてカスタマイズしなければ使い物にならない代物です。

それはペルソナやKJ法が方法として出来が悪いのではなく、それが方法というものの本来の特性だからです。

テンプレートではなく見本

ところが方法というものをテンプレートとして誤って理解してしまってる人がいます。穴埋め式のテンプレートのように数値やデータを代入すれば正しい答えが得られるかのように。そうした人にとっては、方法を身につけるというのは正しい答えを生み出すツールとしてのテンプレートを正しく使うための正しいやり方が隠れているのを見つけだすことになってしまっています。なんて神秘主義的な時代錯誤でしょうか。方法をひたすら探しまわる方法依存症。

はじめから何も隠されてなどいないのです。箸の使い方に見習いたい見本はあっても、テンプレートとして使えるものがないように、方法には見本はあっても唯一の正しいかたち=テンプレートはありません。

方法をテンプレートとして使えるものだと考えることに、いつまでたっても方法を自分のものにできない原因はあります。そうではなく、問題解決の方法は常に解決の具体的な解決そのものとともに生み出されるものです。つまりは本気である具体的な問題を解決しようと試みない限り、方法など身につくはずはないし、具体的な問題解決にあたるときにしか人は自分自身の方法を生み出すことはできないのです。それがひとつ前のエントリーで社会人は遊んでないで仕事をしろと書いたことの意味。遊びでワークショップをしても見本としての方法を体験することはできても、本当の意味で自分自身が使える方法を身につける=開発することはできません。方法を身につける=開発することができる場は真に個人的に、あるいは社会的に解決しなければいけない問題に取り組み、それを解決できたときだけでしょう。

その意味では方法を学ぶというのは勉強ではなく、実践なのです。

2009年11月15日

不安はなぜ起こるのか

うーん、どうも家のパソコンが壊れたらしい。ハードディスクは大丈夫そうだが、ディスプレイの部分になにかしら問題があるらしく表示ができない。
なのでブログに書きたいことはあるが、それはひとまず眠らせておいて、ケータイから書ける範囲のことを書いておこうと思います。

さて、昨日は木村さん主催のワークショップに参加してきました。めずらしく、というか、はじめて講師サイドではなく参加者サイドの立場で参戦。本当はそのことについて書きたいのだけど、上記の理由により保留。ここでは、そのワークショップの打ち上げの場で学生との会話をもとに考えたことをすこし書いておきたい。

学生と社会人

きっかけとなったのは、ある学生からの「学生時代には何をしておけばよいか」という質問。僕の答えは2つ。教えてもらうことと自分が好きな無駄に思えることをすること。両方とも社会人になったら、なかなか時間をつくるのはむずかしくなるからこそ学生のときにやっておくといい。もちろん、社会人になってもできるが、社会人になるとそれを実際にやるには能力が必要になる。能力があまり必要でなく、わりと誰でもできるのは学生のときなので、それをやっておかない手はありません。

前者は先日の社会人と学生がいりまじったワークショップで、あらためて学生って教えてもらうことに関してはプロだなと思ったこともあって、これは学生時代にやっておくべきことだと思いました。社会人が(一部をのぞき)ぜんぜん僕に質問できないのに対して、学生(特に女の子)は、どんどん僕に質問してくる。また「わからない」ことははっきり「わからない」と言っていました。ようするに教えてもらう気が満々なわけ。結果、僕はより多くのことを学生に教えられました。社会人のほうはどちらかというと、そのおこぼれをもらった感じ。
これって、学生の特権だと思うんですよね。社会人になったらなんでも教えてなんてもらえません。誰かに何かを教えてもらおうなんて社会人がいたら、そんなの社会人失格です。自分で考え、自分で自分の方法を生みだし、その活動において社会的に意味のあるものを生産する。それが社会人の仕事でしょう。その義務を怠って他人の手法を学ぶだけで、まともなアウトプットもだせないのに平気な顔をしてる社会人はどうかしてます。遊んでないで仕事しろって思います。

不安はなぜ起こるのか

そんな話が前提なわけですが、そもそも学生がなぜ、そんな質問をしてきたかというと、将来というか、より具体的には就職に不安をもっていたからのようでした。就職するにはいま何をしたらいいかということと、就職よりもっと先の将来を考えた際にいま何をしたらいいかの狭間で悩んでいたようでした。不安を感じていた。

先になぜ不安が起こるのかというと、やるべき(だと自分が信じる)ことをやっていないからです。自分がやるべきだと信じることをやっていれば、不安を感じるひまなどありません。

不安はひまな人の特権です。忙しい人はそんな余裕もなく、やるべきことのためにどう時間を確保するかに躍起にならざるを得ないでしょう。やるべきことが全部(あるいはその大部分)できないと不安が首をもたげてくるので、それを避けるためにもやるべきことに集中しなくてはなりません。

学生のやるべきことは先の2つです。でも、もっと単純化すれば、無駄なことをやるという1つに統合できます。自分が好きな無駄なことをするというのはそのままだし、もうひとつの教えてもらうというのも実は他人から自分には役に立たない無駄なことを教えてもらうということにほかならないからです。この自分の好きな無駄と他人が好きだったり信じたりしている無駄に触れておくというのが学生がぜひやるべきことです。

そうした無駄なことに没頭せず、何をすれば就職に有利か、何をやっておけば将来の役に立つかと考えるから不安になる。無駄なことをやるべきなのに、それをせずに役に立つかどうかで利己的に考えるからつまらない。そんな思考が社会人になっても他人にたよる姿勢から抜け出せず、いつまでも他人の思考のテンプレートを探すことばかりに時間を浪費し、自分の方法で自分のアウトプットを出す力を身につけられなくなります。無駄なことをやるべきなのは学生であって、社会人になれば一部の有能な人を除けば有益な結果をだすことが仕事として求められます。有益な結果をだせなければ、それこそ無駄と思われてしまいます。

他人の方法ではなく自分の方法で結果をだすことが求められる社会人。では、どうしたら、そうなれるかというて、いかに学生のときに無駄ができるか、無駄なもののアーカイブを溜め込んでおくことができるかだと思います。自分の方法で自分の結果をだすためには、そうした他人が過去に作った自分にとっては無駄でしかない(それを有益だと感じたらただの物真似だから)アーカイブをどれだけ引き出しにしまいこみ、そのゴミの山の編集から自分の方法、自分の結果を生み出せるかにかかっているでしょう。

これがわかっていると、社会人になっても遅くない。社会人になっても無駄ができるし、無駄なゴミを社会にとって価値あるものにかえることもできます。
それを理解せず、最初から機械的に有益なものを求めて無駄を排除しようとするから身動きがとれず不安になるのです。

2009年11月13日

棚橋さんがペルソナ手法のワークショップをやったそうです

と、なぜか他人事風のタイトルですが、昨日、ある企業にお招きいただき、「ペルソナとシナリオ」に関する講義とワークショップの講師をさせていただきました。



他人事ついでに、詳しい紹介は浅野先生のブログ記事「棚橋さんのペルソナ手法ワークショップ」を見ていただこうか、とw

いちお、何をやったかを手短に。

最初に講義を約1時間。ペルソナの話もしましたが、冒頭の写真にもあったとおり、クリッペンドルフの4つのコンテキストを紹介。そのうえで、いわゆるISO13407的な人間中心設計プロセスって「使用のコンテキスト」にフォーカスされたものですよ、という前提を確認。先日の「情報アーキテクチャのデザイン」で書いた「感覚・意味・行為」という話もしてますね。



で、講義のあとはいつものとおりワークショップに。
お決まりのKJ法から。

僕、人間中心設計プロセスで用いる手法で、KJ法が一番好きです。極端なこといえば、KJ法さえちゃんとやれば要件定義は半分できたのも同然だと思ってます。



昨日のKJ法は、わりとよくまとまってるチームがありました。ラベルは単語ではなく、グループにまとめたデータの具体的な内容がわかるよう要約した文章に、と伝えると、4分の2のチームはちゃんとできてました。



それができるとペルソナを書く作業もスムーズになります。
「家族構成」とか「インターネットの利用」なんてラベルをつけてたら、KJ法をやったことになりません。



そして、ちゃんと教えてる風の写真も。



あらためて思うけど、僕って先生タイプじゃないですね。どっちかというと、こういうワークショップでいっしょに作業しながらアドバイスする先輩タイプだな、と。講義は下手だけど、この場に応じたアドバイスってのは結構よい感じでできてるんじゃないでしょうか。

それにしても、4チーム30人のワークショップをみるのは結構大変でした。終わった後は、ふーという感じでした。でも、おもしろかった。

 

関連エントリー

2009年11月11日

フィギュラリズム

例えば、ある事業のアイデアが浮かんだときに、それが将来的にどのくらいの規模のビジネスになるかを試算する。そのとき、とうぜん、数字を使った試算をするわけですが、それを単なる数字としてみるか、自分の身体が腑に落ちて納得するような物質的なイメージとして感じとれるかでは、大きな差があると思っています。差があるというのは、事業が成功する確率が高いか低いかという意味で。

数字や抽象的な言葉をみて、物質的なボリューム感やかたちとして捉えることができるかどうか。さらに物質的な質量をともなった動きまで感知できるとさらによい。
フィギュラリズム。高山宏さんならきっと「かたち三昧」とルビをふるだろう、そんな身体能力。それって意外と大事なんじゃないか。最近、そう感じます。

フィギュラリズム

測定することは悪いことじゃない。調査の数字をみるのも現状把握をする上では大事。戦略というのはあるべき姿と現状のギャップを具体的にどう埋めるかに関するセオリーなわけで、そのためには現状についての把握がなければ、あるべき姿を実現するための戦略など、思いつくはずもないのだから。

けれど、その際に「現状把握」なるものが単なる数字や言葉による理解になってしまうと、それは一見現状把握しているつもりになれても、実はそれほど現状と乖離したイメージに騙されている状態というのもないと思う。数字や言葉で表現された現状なるものを、フィギュラリズム的身体能力をもって、もう一度、具体的な物質的イメージをともなったものとして感じなおすことができなければ、調査も測定も無意味ではないか。

現状というのはあくまで物質的世界に生きる精神的で社会的な生物である人間を織り成すもの。それを把握するということはやはり物質的なイメージを精神的であると同時に身体的に感じとることを指すのだと思っています。

『百人一首』に選まれた謎多い蝉丸なる人の

 これやこの行くも帰るも分れつつ
  知るも知らぬも逢坂の関

という歌に、初めて清新のフィギュラリズムを感じたのが小学生高学年のいつかのことだった。音も字面も旅人同様に往還・往復している、といえば分ってもらえるだろうか。言語が形式として孕まされているリミナリティ(境界性)を「関」という内容が念押しする。見事なかたち三昧である。

そうそう。こういう感じ方。こうした感じを受け取る身体に刻まれた能力。

ただ、この身体能力。とても大事だと思うのだけれど、具体的にどう養えばよい、とアドバイスすることはなかなかむずかしい。この人はその身体能力が高いとか低いとかいうのは、しばらく接していると(特にいっしょに仕事をしていると)わかるのだけれど、じゃあ、低い人にこすれば能力を磨けるよという具体的なアドバイスをする方法を僕は知りません。

ひとつ言えることがあるとすれば、自分自身の方法で自分自身の生活を楽しめているかどうか、ということが関係あるのだろうとは感づいています。それも「がんばろう」なんて無理せずに、もっと自然体で、ただ忍耐強さはもって自分自身の楽しみ方を常に模索しつづけ楽しんでいられる。そういう姿勢がフィギュラリズムを育てるのだろう。そんな風に思っています。

2009年11月10日

冬コミ落選orz!but, 11/15のCOMTIA90に出ます!

さて、夏のコミケはアウェーで散々な結果に終わった我が東京ドーム地下6階ですが、夏のリベンジを果たすべく申し込んでいた冬コミは・・・・見事に落選いたしました!! 2回目参加が落ちやすいってのは本当だったのね [...]

2009年11月07日

世界劇場/フランセス・A・イエイツ

思考を具体的な形にすること。世界をどのようなものとして見るか、さらにまた、それを「よりよい」状態に近づけるかについて熟考された思考の結果を再び、形として世界へとフィードバックする。それが本来のデザインという活動の原型ではないだろうか?
世界を、宇宙を、そして、人間を注意深く観察し、それらの謎を思索し、よりよき状態を希求し、そうした活動の結果を具現化する技術を探る。そうした構想と呼ぶべき活動を背景にもつことをやめた、形ばかりのデザインを「デザイン」と名指すのはどうなのだろう?



シェイクスピアのグローブ座(地球座)を含む、イギリスにおける後期ルネサンスの公衆劇場に焦点をあてながらルネサンス期の科学的/魔術的思考とその思考が生みだした世界=歴史を考察する『世界劇場』は、先に紹介した『記憶術』に続くフランセス・A・イエイツによる一冊です。
『記憶術』に関して、僕は「自分がデザインに関わる仕事や勉強をしていると思っている人は必読!の1冊」と書きましたが、この続編として読むことができる『世界劇場』も、冒頭に書いたような意味で、世界に関する観察・思索との結びつきにおいてデザインというものを捉えた時代をきちんと知っておくべくためにも必読です。

ディー、フラッド、ジョーンズ

イエイツは、この本で、ジョン・ディー、ロバート・フラッドという2人のイギリス・ルネサンス哲学の中心人物を召喚します。

この両者は、マルシリオ・フィチーノやピコ・デラ・ミランドラからの系統をひいた、いわゆるルネッサンスのネオプラトニズムがヘルメス的要素やヘブライの秘儀的要素をつよく吸収している強力な影響力の流れから生まれ出たのであった。ディーやフラッドは、ルネッサンス期としては大へん遅い時期に現れたのであった、しかし、この両者は時期的には遅れはしたものの、とくに強力な形でイギリスに浸透してきたヘルメス的伝統を代表するルネッサンス学者とよばれる資格がある。
フランセス・A・イエイツ『世界劇場』

ルネサンスがヘルメス主義やカバラ的要素を取り入れた魔術的=科学的思想をもった時代であったことは「記憶術/フランセス・A・イエイツ」でも紹介しました。そのルネサンス的特徴を顕著にもったイギリス・ルネサンスの思想家として、著者はジョン・ディー、ロバート・フラッドという2人の人物の思想を中心としてイギリス・ルネサンスの思考とそれがもたらしたイギリス・ルネサンス劇場史を考察していきます。
このディーとフラッドに加えてもう1人、フラッドと同時期に仮面劇を大成した舞台建築家であるイニゴー・ジョーンズが、本書における主人公たちです。

ヴィトルーヴィウスの『建築について』

イエイツはこの3人の思想、活動の共通する基盤として、紀元前1世紀のローマ帝国初期の建築家で、『建築について』を著したとされるヴィトルーヴィウス(マルクス・ウィトルウィウス・ポリオ)の指摘します。
ヴィトルーヴィウスについては、前著『記憶術』においても、イタリア・ルネサンスにおいて記憶術を先導したジュリオ・カミッロの〈記憶の劇場〉やジョルダーノ・ブルーノの記憶術にも影響を与えた人物として紹介されています。記憶術に関するものに限らず、ヴィトルーヴィウスの建築術=『建築について』は、イタリア・ルネサンスの活動に大きな影響を与え、新古典主義建築を生み出す思想的原動力となっています。

この本で考察されるイギリス・ルネサンスにおける古代劇場の復活としての公衆劇場の建築、活用についても、このヴィトルーヴィウスが古代ローマの劇場について書き遺したものが土台となっていることを著者は指摘しています。

エリザベス朝劇場は古代劇場をすこぶる独創的に改めた劇場で、偉大な民衆劇場を上演する器として見事に適っていた。表面の仕上り具合では、ヨーロッパ大陸でできた古代劇場改作の劇場と太刀うちできなかったものの、古代劇場の重要な特質は維持していた。すなわる宇宙的でそれゆえ宗教的な意味あいを含み、音響効果の上で特性をもち、俳優の音声が重要視され、詩と俳優の語ることばを俳優と観客の間の交流の主な手段として高く評価するというような古代劇場のもっとも重要な特性はなおもここに維持されている。しかも、劇場の大きさそのもの、多数の人間を収容しうる能力からみて、このイギリスの劇場は古代的な意味での公衆劇場(パブリック・シアター)であり、限られた観客しかもたない宮廷向けや学者向けの古代劇場の改作よりも、精神の上でより正当にヴィトルーヴィウス的であった。
フランセス・A・イエイツ『世界劇場』

「宇宙的でそれゆえ宗教的な意味あいを含み」というあたりがルネサンスの特徴であり、ルネサンス的な視点でみた古代の捉え方といえます。そして、それは同時にルネサンス期における世界=宇宙の捉え方でもあり、それが劇場建築のような具体的なものとしてフィードバックされたのです。

数学的技術

このイギリス・ルネサンス期においてヴィトルーヴィウスが受け入れられた大きな理由の1つには、それが数学的技術を根本においた幾何学、算術、天文、音楽、人類誌、水理学、地理学、軍事技術、築城術などを包括するものとして建築が捉えられていたからです。

たとえば、ディーは、ユークリッドの『原論』の英訳にあたり、長い「序文」を寄せていますが、その「序文」は大きくヴィトルーヴィウスの『建築書』に依拠しています。この本には付録としてディーの「序論」の一部が抜粋して収録されていますが、ディーはそのなかでこう書いています。

建築家は職人を集め、教え、指図して、手による仕事や家屋、城郭、宮殿の実際的建築におもむかせ、またそれを吟味する人である。だが(かしらたる親方で建築かとしての)彼自身には、線と面と立体を用い、幾何学、算術、光学、音楽、占星術、宇宙誌、(つまりは)これまで導き出されたあらゆる数学的諸技術や、その他の確認され確立されうる他の自然的諸技術の技師として働きをなす明らかな理由や根拠がやはり存在している。もしこれがその通りとすれば、建築は数学から派生した技術のこの正真正銘の仲間うちに当然正当に加わるのを許されるとあなたはお考えになるだろう。この点で私は二人のこの上ない完全なる建築家の判断を聞きたいと思う。その一人はヴィトルーヴィウスである。
ジョン・ディー「ユークリッド『原論』英語版への数学的序文における建築論」
フランセス・A・イエイツ『世界劇場』

このような建築を数学的技術の中心をなすものであると考えるヴィトルーヴィウス的な思想を伝える「序文」をディーは、プロテスタントが力をふるい、彼らが偶像や教会建築を嫌うがゆえにイタリアなどのルネサンスのように新古典主義的建築が生まれなかったルネサンス期において、ラテン語ではなく一般の人びとが解する英語で書きました。その平易な英語で書かれた「序文」を書くことで、ディーはエリザベス朝の中産階級の人たちに、比例(プロポーション)、構図(デザイン)の基本原理を教え、あらゆる数学的技術は「建築」というものを自らの女王として仰ぐものであることを明らかにしたのです。

建築物などというものは物的資材を用いてつくるのにたいし、「数学的技術」は物的資材でできた朽ちるおそれのあるものなど扱わないのだという粗雑な考え方をしりぞけて、ディーはつぎのように指摘する。すなわち、建築というものは、他のあらゆる技術にもまして、数についての抽象諸科学に基礎をおくもので、それらすべてを利用し、それこそすべての技術と科学を駆使するものであると。
フランセス・A・イエイツ『世界劇場』

「すべての技術と科学を駆使するもの」としての建築という考えは、このディーの序文を通じて、中産階級の建築家や職人たちへと伝わり、ルネサンス期のイギリスにおいて古典劇場の新たな解釈としてシェイクスピアのグローブ座を代表とする公衆劇場を生み出す起点となったのです。

ルネサンス・ネオプラトニズム哲学の著が示す地球座の手掛かり

もう1人のルネサンス哲学者であるフラッドは、ディーの「序文」が世に出た4年後に生まれています。したがってディーに比べてはるかに年少ではあるものの、ディーと同時代を生きたことにもなります。ディーがエリザベス朝の哲学者だとすれば、フラッドは次のジェームズ朝において哲学を展開しました。

フラッドの哲学も、ディー同様にヘルメス=カバラ的なルネサンス・ネオプラトニズム的な性格をもち、ディーの「序文」からヴィトルーヴィウス的主題を引き継ぎ、長大な著書である『両宇宙誌』としてまとめられています。

フラッドは、「ヴィトルーヴィウス的主題群」に関してディーのあとを受け継いだことは事実である。フラッドの途方もなく長い著作である『両宇宙誌』は、ディーの数学的「序文」に基づいたものであって、同一の「ヴィトルーヴィウス的主題群」をとりあつかい、しばしばディーと同じ典拠から引用している。(中略)「ヴィトルーヴィウス的主題群」を扱う際には、ディーと同様にフラッドも魔術的科学技術者として立ち現われるのであり、ディーが刺戟を与えて活動に導いたヴィトルーヴィウス=数学運動に接触したものとして姿をあらわす。
フランセス・A・イエイツ『世界劇場』

ディーとフラッドに通底するルネサンス・ネオプラトニズムの哲学においては、宇宙は神に相当する超越的な「一者」から流出する「知性」、さらにそこから出てくる「世界霊魂」と個々の人間の「霊魂」があり、その最下部に「物質」があると考えられ、「一者」と個々の「霊魂」は本質的につながりをもつものとされます。
この哲学のもとに展開されたのが、フラッドの『両宇宙誌』という著作であり、その著作はマクロコスモスである宇宙=世界を扱う技術に関して著した第一巻と、ミクロコスモスである人間の内部―体内だけでなく精神も含めて―を扱う技術について書かれた二巻からなっています。

このミクロコスモスに関する技術を扱った第二巻に含まれる技術の1つが、イエイツが前著で扱った「記憶術」であり、そこにいまは失われたグローブ座(および同時期の公衆劇場)の姿を読み解く鍵が、フラッドが記憶の場として取り上げた図版に示されているのです。

イエイツはこの手掛かりを元に、グローブ座の舞台を復元するスケッチを本書に示しています。


イエイツによるグローブ座の舞台の復元スケッチ


俳優の音声から視覚的・機械的からくりへ

ヴィトルーヴィウスはその劇場建築論において、俳優の音声をいかに活かすべく建築を行うかを重要な問題として論じています。
その影響を受けて建築されたと思われるグローブ座ほかの公衆劇場もまた俳優の声を活かすために設計された劇場でした。

シェイクスピア型の劇場は何にもまして聴覚的な劇場であった。それは偉大な詩劇を上演する場に適した劇場であり、舞台の上で俳優の発することばの朗々たる響きが劇場のすみずみまでさまたげるものは何物もない巨大な共鳴箱となるのに適した劇場であった。
フランセス・A・イエイツ『世界劇場』

数学的技術の1つとして音楽を大事にヴィトルーヴィウスの建築論は、こうした聴覚的劇場を生みだすのにうってつけのものでした。しかし、その数学的技術は同時に、遠近画法、光学、機械学の発達も促すものでした。

フラッドと同時期に活動した舞台建築家のイニゴー・ジョーンズによる仮面劇は、遠近画法、光学、機械学などの科学の力を借りて、それまで聴覚的であった演劇を視覚的な演劇へと変貌させます。

これらの科学の影響のもとに、劇場は、「絵画的劇場」つまり観客がつぎつぎに入れ替わってあらわれる場面を見る窓と化し、劇作家と俳優の役割は縮小した。
フランセス・A・イエイツ『世界劇場』

ルネサンス期の公衆劇場で用いられなかった遠近画法方式の場面展開は、同時期の私的劇場(宮殿などに設けられた一部の人向けの劇場)では、イニゴー・ジョーンズらにより展開されます。この聴覚的・音楽的劇場から視覚的・絵画的劇場への転換もまたヴィトルーヴィウス的主題の一部をなす遠近画法、光学、機械学などの数学的技術を用いたイニゴー・ジョーンズによって行われたのです。

科学と魔術

著者のイエイツはこうしたヴィトルーヴィウス的主題を核として展開されたイギリス・ルネサンスの思考の1つの結実として、グローブ座のデザインを捉えています。

本書に集めたさまざまな種類の証拠は、ことごとく地球座の「理念」として「世界劇場」を指し示している。円形の黄道帯内部の三角形分割を基礎とする平面図形をもった古代劇場の宇宙構造的意味に、さらに神殿としての劇場という宗教的意味とまたそれに関連したルネッサンス教会の宗教的・宇宙的意味がつけ加わった。地球座は魔術的劇場であり、宇宙的劇場であり、宗教的劇場であり、「世界劇場」の内部で人間の生のドラマを演じる役者たちの声と身振りを最大限に支援するように設計された俳優のための劇場である。
フランセス・A・イエイツ『世界劇場』

数学的技術につよい関心が寄せられ、ただ、それはいまのように科学と魔術が完全に切り離される前であったルネサンス期の哲学において、自らの思索=世界の捉え方を表すものとして構想・実現されたグローブ座。その設計の背後にあるのは、科学的であると同時に魔術的でもある世界のメカニズムに関する考え方でした。
このエントリーの冒頭に書いた疑問が頭に浮かんだのも、こうした世界の捉え方としての宗教、哲学が直接的にデザインと結び付いた時代と、現代の日本におけるデザインのギャップをつよく感じたからでした。

エリザベス朝時代に生きたディー、そして、ジェームズ朝時代に生きたフラッドとジョーンズ。彼らが生きたのは、1618年にボヘミアにおけるプロテスタントの反乱をきっかけに勃発したヨーロッパ全土を巻き込む三十年戦争の前のルネサンス最後の時代でもありました(フラッドの『両宇宙誌』は1巻が1617年に、2巻が1618年に世に出ています)。同時にそれが日本においては江戸時代の初期にあたることを次に紹介しようと予定している本の布石として記しておこうか、と。

この三十年戦争を境に、ルネサンスのヘルメス=カバラ的であり、ネオプラトニズム的でもあった思考は、啓蒙の思考にとってかわられます。啓蒙の思考においては、それまでおなじ数学的技術として手を結んでいた科学と魔術は切り離されることになります。そのあたりを含めたルネサンスと啓蒙の時代の空白の30年を描いているのが、手もとにあるものではイエイツの最後の本である『薔薇十字の覚醒―隠されたヨーロッパ精神史』です。引き続き、このイエイツのルネサンス史三部作と呼べるような本の最後の一冊を読み続けてみようか、と。



関連エントリー

2009年11月06日

地域の力

いま読んでいる田中優子さんの『未来のための江戸学』は、僕のいまの大きな関心事である地域活性、地域ブランドという面でも、大いに考えさせられる1冊です。
そのなかには「地域の力」というキーワードも出てきて、その内容はとても共感するものです。

たとえば、こんな一文があります。

ゼミ合宿では佐渡と秋田に行く。江戸時代の日本は各藩が特産品を持ち、経済も法律も自立していた。漁や農や流通や鉱物資源で独自の産業が発展し、武士たちもそれに尽力していた。漁で大金を稼ぐ者もおり、農村では優れた布や紙が生産されていた。そういう地域の力を知らなければ江戸を知ったことにはならない。

こうした事柄はすでに何冊か田中優子さんの本を読んでいる僕にはすでに馴染みのあるものですし、ほかにも柳宗悦さんや日本文化の形成/宮本常一さん、東と西の語る日本の歴史/網野善彦さんの本を読んでいれば同様の地域とクリエイティブな生産力の結び付きの事例には事欠きません。
そもそも僕が地域に目を向けたのも、こうした本によって考えさせられることがあったからですし、そうした知識に触れることができたからこそ、自分自身の足で訪れた高千穂や宮島という土地からも地域の力の重要性というのは直接感じることもできました。また、学生時代に田中さんのゼミの学生同様に佐渡を訪れ地元の人と交流させてもらった経験があるのも、いまとなって生きているのかもしれないなと思います。

その意味で田中さんの「地域の力」というキーワードは僕にとってもとても大事な意味をもつものです。

その土地に蓄えられる自然と人の技

なぜ地域の力なのか?

それは地域にはいまの科学技術には生み出せないものがあるからです。
1つは地域特有の自然であり、もう1つは地域に蓄積されうる人間の力です。

柳宗悦さんの『手仕事の日本』にはこんな文章があります。

幸いにも手仕事の世界に来ますと、人間の自由が保たれ、責任の道徳が遥かによく働いているのを見出します。親切な着実な品を誇る気風が、まだ廃れておりません。品物として幾多の健全なものが今も作られつつあるのを見ます。しかも多くはその土地から生まれた固有な姿を示します。

美しい材を用いるということは、やがて自然の美しさを讃えているに外なりません。平に削ったりあるいはそれを磨いたりすることは、要するに自然の有つ美しさを、いやが上にも冴えさすためであります。(中略)一つの品物を作るということは、自然の恵みを記録しているようなものであります。
ともに柳宗悦『手仕事の日本』

その土地特有の自然を科学技術によって生み出すことはできません。いや、科学技術どころか、人間の力ではそれらを生み出すことはできません。人間にできることはといえば、せいぜい手入れをしたり、自分たちが自然の力を搾取したら元に戻るよう世話をする(木を切ったら植林するとか)ことくらいです。しかも、どの自然の力を利用できるかは基本的に気候やそもそもの地質などが異なる、その土地ごとに異なります。

そして、その力を活かすには、その自然をよく知った人の力が必要になります。土地に人の力が蓄積されるのは、自然の力を活かすことを知った場合です。田中優子さんも「今必要なのは、この多様な気候と自然を活かす人を育てることだ」と書いています。
原研哉さんとの対談集『なぜデザインなのか。』のなかで阿部雅世さんが「日本の湿気と緑を、もっと財産として認識したデザインが都市空間の中に生まれてきてもいいのではないか」と言っていたり、「グローバル化がこういうかたちで進んでいるいまだからこそ、ローカルの価値が出る。ここでしか食べられないものがあるというのは、ローカルが飛躍的に価値を持って光りだすチャンスかなと思います」と言うのもこの文脈で考えるべきでしょう。

学問は地方で育った

田中さんの本を読んでいて新鮮だったのは、学問の力も地域で育つと書いている点です。これは「なるほど」と思いました。僕はこれまで物質的な面でしか、地域の力というものを視野に入れていなかったのですが、田中さんがいうとおり、学問も本当に人びとの生活に役立つものとして考えると、地域固有の問題を扱ってこそ育つものなのでしょう。

私塾は吉田松陰が人材を育てた萩の松下村塾、菅茶山が福山に開いた黄葉夕陽村舎(廉塾)、シーボルトが開いていた長崎の鳴滝塾、大阪で商人たちが作った懐徳堂など、全国にあって、じつにユニークだ。藩校に比べ時代に沿った新しい学問が特徴で、しかもそれぞれの土地に根差している。彼らは現実の農村の荒廃や社会の矛盾、変化を眼前に見ており、その現実こそが学問の動機であった。地に足のついた学問は地方で育ったのである。

田中さんは、江戸時代中期の儒学者・思想家・文献学者である荻生徂徠がまだ少年のころ、父親が江戸払いとなって現在の千葉県茂原市に暮らすことになり、そこで人びとの暮らしを骨身にしみて知ったことで、それから書を読んでも何でもよく理解できるようになったといい、それを「南総の力」と呼んでいる例もあげていますが、江戸時代以降でも、南方熊楠の学問が南紀の熊野とは切っても切れないものであることを僕らは知っています。

こうした様々な面で、地域の力というものを僕らはもう一度見直し、それをどう自分たちの生き方、仕事の仕方に役立てていくかということを本気で考えていかなくてはいけないのでしょうか。そのためにも、それぞれの地域がある程度自立して生活できるようなしくみというものをつくっていかなくてはいけないだろうと思うのです。

それには成功例をすこしずつでもつくって、それぞれの地域が自分たちでもできるという自信をもち、地域の暮らしの再建へのモチベーションが高まるような雰囲気をつくっていかなくてはならないのだろうな、と。
さらに、そうしたしくみを具現化して目に見える形にするためにも、しくみを象徴するようなモノのデザイン、それを活かしたライフスタイルやワークスタイルというものをデザインしていくことが大事か、と。

僕は、地域ブランドというものをそうした大きな課題を解決するための手段の1つだと考えています。



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2009年11月04日

セミナー「商品開発のための人間中心デザイン」のご案内

僕が講師をさせていただくセミナーの告知です。
 
今回は、『商品開発のための人間中心デザイン』をテーマに、
  • 人間中心のデザイン手法とブランディング
  • エスノグラフィやフォトカードソート法によるユーザー調査
  • ペルソナ/シナリオを使ったコンセプトの開発
  • プロトタイピングによるデザイン案の検討

といった内容でお話をさせていただこうと思います。

人間中心のデザインの方法を用いた商品開発のプロセスだけでなく、生活という視点から捉えた統合的なエコシステムとしてのブランドづくりという観点からもお話をしようと思っていますので、すこしこれまでとは毛色が違った内容になるかもしれません。
人間中心のデザインもいわゆるISO13407的なHCDプロセスというよりも、クラウス・クリッペンドルフが『意味論的転回―デザインの新しい基礎理論』で展開したような視点での人間中心のデザインになります(「情報アーキテクチャのデザイン」や「体験を支える情報アーキテクチャ」あたりをベースとした話です)。

マーケティング部門やデザイン部門など商品開発担当者の方々やブランドマネージャーの方々に役立てていただける情報かと存じます。
残席わずかですので、お早めにお申し込みください(すでに募集を締め切ってしまった場合は、ごめんなさい)。

以下、今回のセミナーの概要となります。
タイトル
商品開発のための人間中心デザイン - 生活視点からの価値創造のプロセス-
スピーカー
棚橋弘季 
(コプロシステム商品計画研究所 シニアコンサルタント)
対象者
  • 商品/サービス開発担当者(マーケティング部門、デザイン部門など)
  • ブランドマネージャー
  • 注意:今回は「商品開発」をテーマとさせていただいているため、学生の方、Web関係者の方、同業の方の参加は受け付けておりません。申し訳ありませんが、お申し込みいただいてもお断りさせていただく可能性がありますのであらかじめご了承ください。
講座スタイル
スピーカーによる講演(60分) + 質疑応答(30分)
日時
2009年11月18日(水)18:30~21:00
会場
株式会社コプロシステム 大会議室
地図:http://www.coprosystem.co.jp/company/map.html#map01
参加費
3,000円(税込)
当日受付にてお支払い頂きます。
プログラム
  • 講演(60分)
    商品開発のための人間中心デザイン - 生活視点からの価値創造のプロセス-
  • 質疑応答(30分)
  • 懇親会(1時間程度)
    ※軽食・お飲み物をご用意します。
お申し込み
「会社名」「部署名」「参加される方のお名前」「連絡先お電話番号」を記入の上、「マーケティングセミナー参加申し込み」のタイトルで、ppl(アットマーク)coprosystem.co.jpまでメールにて応募ください。

以上、告知でした。

 

2009年11月03日

蓄積

職場が変わって早2ヶ月。当時はまだ暑かったのに、すっかり寒くなりました。

職場が変わると困ること。それは今まで蓄積した資料が使えなったりすることです。前に一度作った記憶のあることも、もう一度最初から作りなおさないといけない。一般的な事柄(例えば、人間中心設計のプロセスとか、ペルソナの説明とか)は、以前の資料を活かして書きなおすこともできますが、そういうもの以外は基本的に作りなおし。これが結構手間。そういうことがあるので蓄積された資料のアーカイブの価値がわかる。まあ、作りなおす機会があることで、資料自体が前よりよくなったりもするわけですが。

これは単純に資料の蓄積だけの話じゃないんですよね。まわりの人とたがいに理解しあう度合いっていうのも、いうなれば蓄積の結果。新しい環境なら、その蓄積をゼロから作り直していく必要があります。これも結構コストだったりするわけで、それはいっしょに働く同僚に関してだけでなく、お客さんとの関係に関してもそうなんですよね。蓄積は大事です。

ただ、この蓄積ってのは自然にできるものでもないんですよね。「ねぇ、自分でちゃんと使ってみた?」でも書いたように、どうも現代人ってのはとにかく新しいものばかりを追いかけて、何でもスクラップアンドビルドにしたがる傾向があります。ほっとけば蓄積されたブランド価値をかなぐり捨てて、思いつきのアイデアのようなものでそれまで蓄積された価値を台無しにしがちです。

価値を生み出す蓄積って、実は自然に生まれるものではなくて、持続性を計画に組み込む形で持続するしくみを持たなければ、生まれてこないものなのでしょう(cf.「持続性のデザイン」)。

スパイキーな世界

一方で、計画されていないがゆえに、価値の蓄積に大きな偏りが生まれる例もあります。

リチャード・フロリダはクリエイティブ都市論―創造性は居心地のよい場所を求めるで、場に集積された価値の集積が、地域間にパレートの法則的な経済面・生産性・クリエイティビティの面で巨大な格差を生み出し、フラット化する世界とはまさに正反対ともいえるような"スパイキーな世界"が生まれていることといっています。

その地域格差のなかで、

最上位に来る地域は、下位の地域よりも生産性が高く、ものごとが処理されるスピードも速く、生活コストも否応なくかかる。トップの地域にとどまる能力のある人々は、高度に専門化された業界で高い生産性を上げながら働くことがいっそう要求される(ロンドンの投資ファンドやロサンゼルスの映画製作がその典型だ)。その半面、たとえば売れないアーティストや一般人などは、最上位地域では経済的な居場所がなくなってくる。集積化による地域の選別は、必然的に人の選別でもあるのだ。

といいます。地域に集積された価値が優秀な/優秀ではない人材をその地域に集め/排除し、富める地域はますます富む、という現象を"スパイキーな世界"と呼んでいます。

才能、イノベーション、クリエイティビティのような現代の主要な生産要素は均一には分布していない。むしろ特定の地域に偏り、集中しているのだ。

だそうです。

「搾取」ではなく「循環」

ただ、この無計画な集積/非集積による格差の大きな価値向上には限界があります。基本的に、この構造はトップの地域が下位の地域から(もしくはトップ地域内の格差における上位層の下位層から)の搾取によって成り立っているゼロサムゲームをエンジンとしているわけですから、そのゲームはいつしか終わりを迎えるしかありません。

フロリダも、

稼げる都市ばかりが繁栄を極め、それ以外の地域が経ち遅れる状態が続くとしたら、社会の多様性はどのように維持すればよいのだろう。

と疑問を投げかけています。

搾取を基本的な価値創造の原理としていては、搾取の対象となるものが尽きた瞬間に価値創造はできなくなります。そこには持続可能性がありません。持続可能性を考えれば、「搾取」ではなく、「循環」を価値創造の原理としていかない限り、原材料の枯渇はいつか訪れる運命です。

未来のための江戸学

そういったことを考えていくうえで、田中優子さんの『未来のための江戸学』はヒントを与えてくれるかもしれません。

田中さんは、未来のための江戸学として、こんなことを書いています。

江戸時代には、私たちがすでに捨ててしまった「始末」という考え方があった。この考え方は、始まりと終わりをきちんとして循環が滞らないようにすることであって、単なる節約の意味ではない。江戸時代の現実認識は、あらゆるものには始まりもあるが、当然終わりもある、ということであって、際限のない膨張や連続や増加は考えてもみなかった。時間感覚も同じである。私たちの時間のイメージは未来(もしくは終末)に向かって一直線に進んでいくが、江戸時代の時間感覚は四季のように循環サイクルだったのである。人の一生でさえ、60歳を迎えればもとに戻った。私たちはこの循環感覚をもう一度、身につけなければならないだろう。

いまの有益性だけを考えるのではなく、その有益さを生み出すものの始まりと終わりを考える。「始末」を考えるのは、それらを循環できるようにし、資源(それは物質的なものだけでなく、人の才能なども含めて)が枯渇しないようにする。搾取ではなく、取ったら返すのです。

さらに、こんな一文も。

江戸時代の人々は我々に比べると、自分の賃金仕事にばかり熱心なのではなく、「仕事」とは、自分ためでもあり他者のためでもあり、社会全体が潤うことで自分に戻ってくる、と考えていた。

自分の富の蓄積ばかりを考えて他から搾取するからいつしか資源は枯渇する。そうでなく富を自分のためだけに蓄積するのではなく、社会全体の蓄積として生み出すことを考え行動し、結果、自分もその潤いを得る。そういう蓄積のしくみこそを具体的にデザインする必要があるんでしょうね。

その際には蓄積の「場」ということをちゃんと理解したうえで、しくみをデザインしていくことが大事なんだろうと考えています。

 

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2009年11月02日

2009-11-01:お台場で「ドリーム夜さ来い」を観る

今日はお台場にでかけました。
「ドリーム夜さ来い」を観に行ったのです。昔の会社の同僚が踊っているというので。



全国から集まった、よさこいのチームが、お台場のパレットタウンやフジテレビ前、ホテルグランパシフィック前などの様々な会場で、昨日と今日の2日間、よさこいを踊るイベントです。

ドリーム夜さ来い公式サイトhttp://www.dreamyosacoy.jp/

お台場にみる地域ブランドの問題

イベントは夜まで続いていました。
風が強く、大きな旗をもったチームは大変そうでした。



僕が帰る5時ころは雨はまだ降っていなかったのですが、その後、雨が降ってきたので、参加者の皆さんは大変だったでしょうね。

ところで、お台場は、イベントがあったせいもあってか、観光客を含む、多くの人でにぎわっていました。

なのに、どういうわけか、「お台場、だいじょうぶ?」って思えるくらい、商売的な意味での活気が感じられませんでした。ヴィーナスフォートが一部改装中で、多くのテナントのシャッターが閉まっていたりということもあったからかもしれませんが、なんだか地方都市に来たみたいな印象を受けたのです。

うちからは、りんかい線に乗ってしまえば10分かからずに来れる場所なのに。どうして、こんなに地方都市のような印象を受けるのだろう?と不気味な感じでした。おそらく、歴史もないし、人が生きるスケール感で都市がつくられておらず、実際、人が生活をする場になっていないということがあるんだろうなと思います。人が生きていく場として、どんな街であるべきかということがきちんと設計されないまま、存在してしまっているのでしょうね。

東京と地方の格差の問題って、実は東京の内部にすら存在しているのだなと感じました。いかに人の暮らし、生き方を含めて、都市を設計し、きちんと特色をもった産業をその地に根付かせることも含めて、地域のブランド化ということを考えていかないと、東京からの距離が近かろうと、人が生きるうえで魅力のある場にならないのだろうなと感じました。



夕食2日分

というわけで、早々にお台場を引き上げて、家で夕食。平日は外食ばかりのせいか、なんとなく最近、胃がもたれてるんですよね。
休みの日くらいは、家で食事をするように心がけています。

そんな今日の夕食は「焼ききゃべつ、ひよこ豆、ソーセージの蒸し煮」と「あさりのトマトソース・パスタ」。



ちなみに、昨日の夕食もついでに載せておくと「かぼちゃの煮物」「さんまの刺身」「きゃべつと豚肉の味噌汁」でした。