TOP>2009年04月

2009年04月24日

アブダクション―仮説と発見の論理/米盛裕二

昨日の「意味論的なデザインのアプローチへの転回」ではジェスパー・ホフマイヤーの『生命記号論―宇宙の意味と表象』という本を紹介しました。昨日も書いたとおり、ホフマイヤーの本はチャールズ・サンダース・パースの論理学・科学哲学をベースに生命を記号として捉えた非常にユニークな一冊です。

この機会にチャールズ・サンダース・パースについて、もうすこし紹介しておきたいなと思ったのですが、パースの著作は『パース著作集』『連続性の哲学』などでいちおは読めるものの、元々が断片的であるために理解しづらいところがあるのは否めないのです。

多読術/松岡正剛」でも書いたとおり、もちろん、そうした困難な壁にぶち当たっていくのも読書の醍醐味・楽しみ方のひとつだと思いますが、とっかかりとして紹介するには、思想そのもののむずかしさはともかく、文章としての読みやすさはあったほうがよいなと思いました。
そこで今回紹介するのは、先の『パース著作集』の翻訳者にも名を連ね、『パースの記号学』という著作もあるパースの研究者である米盛裕二さんの『アブダクション―仮説と発見の論理』という本にしました。

「アブダクション―仮説と発見の論理/米盛裕二」の続き

2009年04月23日

意味論的なデザインのアプローチへの転回

お客さんから逃げない」というエントリーに藤井さんからトラックバックをいただきました。

使う人とその物の関係で名前が「プール」「ボウル」と変わります。
さらにいえば、たとえ名前は相変わらず「プール」と呼んでいても、意味合いが変わります。
使う人とその物がその瞬間にどういう関係であるかによって、使われ方が変わる(場合によっては名前が変わる)と捉えるとおもしろいです。

アメリカの家庭の庭にある水のはいっていないプールを、少年たちがスケートボードの遊び場として使う場合、それは「ボウル」と呼ばれるそうです。

なんで、こんな話がでてくるかというと、先のエントリーで僕がこんなことを書いたからです。

使用する前にはまだ意味が生まれていません。ただ、使用の瞬間に突然、何もないところから意味が生まれるというのでもない。使用する時点で人は自分が過去に利用してきた別の人工物と比較しながら、新しい人工物の意味を推測します。それが使用のスタートであり、物の意味のはじまりです。

と。
物は使われる前から決まった意味をもっているのではなく、人が実際に使うことではじめて意味をもつのだということをいったのですが、その具体的な例を藤井さんがあげてくれたわけです。

「意味論的なデザインのアプローチへの転回」の続き

2009年04月21日

情報摂取の場・過程・作法をみなおす

すこし前に書いた「テキスト情報過多の時代に人は何を感じるか」というエントリーに、べええさんがトラックバックをくれました。

この変化には、以下の2点が看過できない点だと考えました。
1つ目に、アナログ情報をデジタル化したときに情報落ちが発生します。デジタル化が進めば進むほど、欠落する情報が多くなる事実があると考えています。
2つ目に、情報過多の現代では、アテンションの方に重点が移っており、情報自体の価値がおざなりになっている事実があると考えています。

僕は先のエントリーで「テキスト化された情報に接する比率が増え、まわりの環境も自然物よりも機械化、デジタル化されたものの比率が増えているいまの環境では、そうした自分自身の感覚の変化によって情報が変化したり、また対象物のほうも静止することなく刻々と姿形を変えることで、得られる豊潤な情報というものが身のまわりから失われているのかなと感じます。」と書いたのですが、それに対するべええさんの反応が上記です。

ついでなので、この点についてもうすこし考えてみようか、と。

具体的には、

  • :経過とともに情報空間を経験する
  • 作法:情報摂取のやり方を見つめ直す
  • 意味:伝達ではなく相互作用として

の3つについて考えてみます。
情報デザインやインターフェイスデザインに関わる人にはぜひ読んでいただけたらと思います。相変わらず、というか、いつにもまして長文ですが、印刷してでもいいので読んでみてください。読み方は本文中に書いてありますw
むずかしい内容かもしれませんが、むずかしい壁にぶつかってみてほしいなと思います。<読書は「わからないから読む」。それに尽きます。本は「わかったつもり」で読まないほうがゼッタイにいい。from 『多読術』>ですから。まぁ、本1冊に比べれば、はるかに量も少ないですしね。

「情報摂取の場・過程・作法をみなおす」の続き

2009年04月21日

[Essay]情報過多の現代における情報デザインの使命

棚橋さんが興味深いエントリを書いていたので、それについて思ったことを書いてみたい。 テキスト情報過多の時代に人は何を感じるか:DESIGN IT! w/LOVE テキスト化された情報に接する比率が増え、まわりの環境も自然物よりも機械化、デジタル化されたものの比率が増えているいまの環境では、そうした自分自身の感覚の変化によって情報が変化したり、また対象物のほうも静止することなく刻々と姿形を変えることで、得られる豊潤な情報というものが身のまわりから失われているのかなと感じます。 この変化には、以下の2 ...

2009年04月20日

月刊「美術手帖」5月号 山下陽光特集の中の1ページを執筆しました

美術手帖

4月17日発売の月刊「美術手帖」5月号で、なんと、トリオフォー山下陽光の

特集16ページが組まれるというミラクル

が起こっておりまして、なぜかそのミラクルに

わたしも巻き込まれて掲載される

ということになりまして、なぜか1ページわたしのコーナーがあります。

ごめんなさい。なんとなくごめんなさい。

修悦体の動画から火がついて、個展開いたり、小説執筆したり、本に紹介されたりと、山下陽光の持ち上げられ方も狂ったところまできてますが、こいつは10年前からすごかったんですよ。もうね、天才にして馬鹿、馬鹿にして天才。最高。

で、お互い「コイツはおもしろい」と思ってるので、イベント呼んだり呼ばれたり、紹介したり紹介されたり、酒のんだりのまれたりしてるうちにお互いおもしろいことになってたわけです。

10年前からわたしたちのやってることは変わってなくて、根底にあるものづくりの精神や、好きなもの、友達付き合いも、大事にしてることはずっと同じなんだと思います。それをWebという媒体を使ったことで、今、広く伝えることができる。これから何をしようか、考えるだけでワクワクします。まだ、ひっくり返します。

美術手帖 2009年 05月号 [雑誌]

2009年04月20日

Web Designing 5月号に「おごるTV」が紹介されました

Web Designing

18日発売の「Web Designing」2009年5月号の「one's view」というコーナーで「おごるTV」が紹介れました。イエイリさんの連載です。ありがとうございまーす!

密かに、Web Designingに載っちゃうようなサイトをつくるのが目標でした。うれしいなあ。うれしいなあ。ちょっと大人になった気分です。

Web Designing (ウェブデザイニング) 2009年 05月号 [雑誌]

2009年04月20日

2009-04-19:丸の内~銀座を往復する食べすぎの日曜日

今日はすこし遅く起きて、13時に丸の内に。

電車のなかで読んだクラウス・クリッペンドルフの『意味論的転回―デザインの新しい基礎理論』のなかのこんな一文にふむふむとうなづく。

デザイナーが、自分たちのプロジェクトに、ステークホルダーを参加させ、反対者を支持者に変え、一致しない視点を協議し、異なった専門家の知識を利用し、人工物の開発を先に進めるために、ステークホルダーを信頼する必要がある。もしそれができなければ、単純に失敗する。
クラウス・クリッペンドルフ『意味論的転回―デザインの新しい基礎理論』

うーん。ステークホルダーを信頼せず独断で進めてしまうがために、単純な失敗をしているプロジェクトがどれほど多いだろう。

丸の内に着くとまずはVIRONでサンドイッチを買って、皇居外苑で食べました。天気がよくて気持ちがよかった。僕が食べたのは、生ハムとブリーチーズのサンドイッチでした。

昨日は原宿から恵比寿まで歩きましたが、今日はなぜか丸の内~銀座を往復しました。

「2009-04-19:丸の内~銀座を往復する食べすぎの日曜日」の続き

2009年04月20日

2009-04-19:丸の内~銀座を往復する食べすぎの日曜日

今日はすこし遅く起きて、13時に丸の内に。

電車のなかで読んだクラウス・クリッペンドルフの『意味論的転回―デザインの新しい基礎理論』のなかのこんな一文にふむふむとうなづく。

デザイナーが、自分たちのプロジェクトに、ステークホルダーを参加させ、反対者を支持者に変え、一致しない視点を協議し、異なった専門家の知識を利用し、人工物の開発を先に進めるために、ステークホルダーを信頼する必要がある。もしそれができなければ、単純に失敗する。
クラウス・クリッペンドルフ『意味論的転回―デザインの新しい基礎理論』

うーん。ステークホルダーを信頼せず独断で進めてしまうがために、単純な失敗をしているプロジェクトがどれほど多いだろう。

丸の内に着くとまずはVIRONでサンドイッチを買って、皇居外苑で食べました。天気がよくて気持ちがよかった。僕が食べたのは、生ハムとブリーチーズのサンドイッチでした。

昨日は原宿から恵比寿まで歩きましたが、今日はなぜか丸の内~銀座を往復しました。

「2009-04-19:丸の内~銀座を往復する食べすぎの日曜日」の続き

2009年04月19日

2009-04-18:髪を切り盆栽の手入れをする土曜日

今日はひさしぶりに髪を切りにいきました。

10時に起きてご飯を食べたあと、「マーケティングとユーザビリティに対するデザイナーの失望」というエントリーをさくっと書いて出かけ、13時の予約に間に合いました。

毛先がかなり傷んでいるといわれ、3、4cmほど切りました。
そのくせ、パーマをかけました。くりくりです。

その後は原宿から渋谷へ歩きました。
なぜか、さらに渋谷から恵比寿まで歩きました。
むかしはよく歩いていましたが、ひさしぶりに歩きました。
歩く道すがら、つつじが咲いているのを見かけました。
写真も撮りましたが、気に入らないので非掲載。

「2009-04-18:髪を切り盆栽の手入れをする土曜日」の続き

2009年04月19日

2009-04-18:髪を切り盆栽の手入れをするをする土曜日

今日はひさしぶりに髪を切りにいきました。

10時に起きてご飯を食べたあと、「マーケティングとユーザビリティに対するデザイナーの失望」というエントリーをさくっと書いて出かけ、13時の予約に間に合いました。

毛先がかなり傷んでいるといわれ、3、4cmほど切りました。
そのくせ、パーマをかけました。くりくりです。

その後は原宿から渋谷へ歩きました。
なぜか、さらに渋谷から恵比寿まで歩きました。
むかしはよく歩いていましたが、ひさしぶりに歩きました。
歩く道すがら、つつじが咲いているのを見かけました。
写真も撮りましたが、気に入らないので非掲載。

「2009-04-18:髪を切り盆栽の手入れをするをする土曜日」の続き