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2009年01月30日

日本の歴史をよみなおす/網野善彦

日本の歴史をよく知らない人ほど、その歴史に対して漠然としたイメージをもっていたりします。例えば、

  • 日本は古くから農業中心の社会で、稲作を中心に据えてきた
  • 日本の人口の大部分は農業民で、多くの村は農村だった
  • 商工業民は農耕民より身分が低いものとされ、芸能民を含む非人は賤視されてきた
  • 昔は識字率が低く、一部の階層の人しか文字を読むことはできなかった
  • かつては村などの共同体単位で自給自足の生活をすることが多かった
  • 明治期の開国において日本は一気に資本主義化、産業主義化を果たした

などなど。

でも、この本を読むと、こうしたイメージがまったくの想像の産物でしかないことがわかって唖然とします。
そして、そこからはまったく別の日本のイメージがそこには浮かび上がってくる。

  • 日本の村の四分の三が室町時代に出発点を持っている
  • 14世紀を超えて15世紀にはいる頃になると、それまで漢字中心の文章からひらがな交じりの文章の割合が圧倒的に増える
  • 金属貨幣の流通が本格化しはじめたのは13世紀後半から14世紀にかけてのこと
  • 天皇という称号が制度的に定着するのは天武・持統朝。日本という国号もそれとセットで7世紀後半に定まった。つまり、聖徳太子は「倭人」ではあっても「日本人」ではない
  • 縄文時代からすでに日本は朝鮮半島や北のサハリンと交流があった。海は日本の国境ではなく、むしろ東と西をはじめ、いまの日本の国内に複数の国が存在していた
  • 百姓は必ずしも農民を意味しない。土地をもたず貧しいと考えられていた水呑百姓は必ずしも貧しくはなく、むしろ廻船業を営むなどして裕福である場合もあった
  • これまで貧しい村と考えられていた田畑の少ない離島や山奥の村であっても必ずしも貧しいとは限らなかった。むしろ、海路や陸路における要衝の地で栄えている場合も少なくない
  • 律令国家はすべての民を戸籍に記し田畑を与えたが、稲による租税の徴収を行おうとしたが、実際はすべての民が農業に従事することはなく、とうぜん租税も米に換算した別の物資(鉄、海産物、絹や麻など)で支払われることになった、
  • また、律令国家はそれまでの海や河を通じた交易から、陸路による交易へと転換しようとして、都から地方へと延びる真っ直ぐな道を整備したが、しばらくすると海路・水路による交易に戻って、陸路の道は廃れた
  • 南北朝の動乱を期にした社会構造の大変換で、各地に自治的な都市や村ができ、海路や水路を使った交易はより盛んになり、それ以降近世を通じて商工業の力は非常に大きな蓄積があった

まさしくこの本で網野さんは「日本の歴史をよみなおす」作業をその根本から行っています。

このことを知ると、逆に明治期の転換など、室町期の転換に比べれば一部的なものでしかなく、むしろ、室町期の大胆な構造変換があったからこそ、西洋文明の受け入れも、科学技術の導入も可能だったのだなと感じられるようになる。その意味で従来の近世から近代へという形での歴史の区切りはそれほど重要ではない。これは僕にとっては非常に新鮮な発見でした。

百姓は決して農民と同義ではない

奥能登(石川県の能登半島の先端部)に、時国家という長い歴史をもった名家があるそうです。1634年に色々な事情から上時国家と下時国家に分立しましたが、上時国家1831年に建てられた建坪189坪の最大級木造民家であり、下時国家も規模はそれより小さいものの、上時国家より200年も前に建てられた年代のわかるものではもっとも古い民家のひとつだそうです。



この2つの時国家は従来、豪農の家と考えられていたそうです。
しかし、時国家に残る古文書を調査すると、時国家は大きな船を2、3艘もっており、松前から佐渡、敦賀、さらに琵琶湖を超えて、近江の大津や京、大坂にも取引をしていたことがわかったのです。また、時国家は海岸に塩浜をもち、製塩を行っており、出羽や越後に運んでいたこともわかりました。ほかにも山林経営、製炭なども行っていたことがわかったのです。ようするに、百姓身分であっても単なる農民でもなければ、大農場経営者にも収まらない、多角的企業家だったわけです。

おもしろいのは、古文書にこの時国家が船を用立てるために「芝草屋」という廻船商人に百両の金を借りているのがわかるんですが、この「芝草屋」がなんと水呑百姓の身分なんですね。土地をもたない百姓です。従来では、水呑百姓は土地を持たない百姓だから貧しいに違いないと考えられていたんですね。
ところが、百両の金をこれまた裕福であろう多角的企業家である時国家に課すことができてしまっているのが、この水呑百姓の芝草屋です。つまり、土地を持てないのではなく、持つ必要がないんですね。廻船業で百両の金を自由に貸し出すだけの財を成しているのなら、土地はいらないわけです。

こうしたことは何も時国家や芝草屋に限った話ではなく、全国のこれまで農業民だと考えられてきた百姓身分の人が非農業生産や商売に従事していたのだろうと網野さんは書いています。

昔から交易によって成り立っていた社会

こうした百姓といえば農民と考える誤解は、日本は農業中心の自給自足の生活を営む、海で周囲を隔てられた島国であるという、もうひとつ別の誤解ともいっしょになって生まれてきたのであろうと網野さんはいっています。

ところが、これも歴史をよく見ていくと、海で隔てられて孤立していると言うより、むしろ、縄文時代、弥生時代から活発に海外からさまざまなものを取り入れているし、列島内でも多くの物資の移動が行われていた形跡が見つかるそうです。

日本列島の社会は当初から交易をおこなうことによってはじめて成り立ちうる社会だった、厳密に考えれば「自給自足」の社会など、最初から考えがたいといってよいと私は思います。
網野善彦『日本の歴史をよみなおす』

なので、村が昔からあって、都市や町はあとから生まれてきたと考えるのは間違いで、村も町も都市も同じく室町時代以降、民の自治性が強化されるにつれ、貨幣の流通が活発となり、ひらがな交じりの文が増えて識字率も上がっていくなかで生まれてきているのです。そして、その背景には無縁の人びとのネットワークがあり、各村や都市の交易を可能にしていたということがあったのでしょう。

そうした村や都市は、従来のように農業中心の生活が行われていたのではなく、土地を持たず農業も行わない芝草屋のような百姓たちが多く住む非農業生産を行う村や都市もあったのです。

網野さんはそうした視点からみると飢饉の見方も従来とはまったく違ってくることを指摘しています。

これまで、江戸時代の貧しさと悲惨さを飢饉で象徴させてきたと思いますが、じつはまったく逆で、都市的な世界が広くひろがっていて、そうした都市的な人口が高い集中度を持っていたがゆえに、不作・凶作がそういう地域に決定的なダメージをあたえたのだと理解しますと、むしろ飢饉のひどさは都市化の進行の度合いを示すという捉え方も可能になってきます。
網野善彦『日本の歴史をよみなおす』

僕らが歴史の時間に習ったりした過去の日本社会のイメージとは大違いですよね。

中世の歴史の重要性

ここで紹介したのは、そのほんの一部でしかありません。この本には従来の歴史が教えてきた日本像とはまったく異なる日本の過去の姿が浮かび上がってきます。

そして、そのような日本がなぜ明治期にあんなおかしな変換を行ったのか。そのことが逆に不思議に思えてきます。
いや、その頃にはきっと僕らが日本の歴史を誤解していたのと同様の誤解がすでにあったのでしょうね。素朴で牧歌的な過去のイメージ。そういう間違った理解が先進的にならねばと間違った歩みを進めてしまったのでしょう。実際はすでに常に日本は十分すぎるくらいの先進性を歴史的に有していたはずなのに。

これまで中世についてはほとんど何も知らずにいましたが、この本をはじめ、『無縁・公界・楽 日本中世の自由と平和』『異形の王権』と続けて、網野さんの本を読んでみて、室町期の構造変換、そして、それ以降の近世にいたる歩みというのが日本のいまを考えるうえで非常に重要なものだということがすこしずつわかってきました。もうすこしこの時代について知ってみようと思っています。

ちなみにこの本はもともと1991年発行の『日本の歴史をよみなおす』と1996年発行の『続・日本の歴史をよみなおす』の2冊の本だったのを、1冊の文庫版にまとめたもの。これが1200円で読めるならお得だなって感じました。



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2009年01月28日

荒・狂・若

実はこれ、ひとつ前の「感受性と行動力」のエントリーの一部として書いたのですが、長くなりすぎたので別エントリーに切り出し。なので、あわせて読んでいただくと、これ幸い。

その「感受性と行動力」では、次々と入ってくる情報を適宜処理できないのは情報を行動に結びつけて捉える力が衰退しているからで、その結果、情報から何かを感じ取る感受性そのものも鈍化していっているのではないかという仮説について書きました。

端的にいって、おとなしすぎるのかなと思います。
また、慎重すぎるし臆病すぎる。すべてを頭だけで理解しようとするし、頭で理解できることとできることの差がわかってないのかなという気もします。
そんな完璧にコントロールされた状態ではなくて、すこし荒れたところがあっていい。

いま、私たちの誰もが何かに抑圧されているか、無関心をよそおっています。ほんとうに言いたいことが、なかなか言えないようになっている。(中略)本当に荒れるべきときに、荒れることができなくなっているんではないか。


「荒」:聖と穢の二面性

日本にはもともと和魂(ニギミタマ)荒魂(アラミタマ)というものがあると松岡さんはいいます。

和魂は事態や気分を和ませ、和らげる。荒魂はその逆にやや荒っぽく方法を行使することです。いま、和風が見なおされ、「和」がブームになっていますが、私は今日の日本にはむしろ「荒」のほうが大事だと考えています。

これに関しては僕もそう思います。
事を荒立てないよう、和ませ、和らげることばかり気を遣いすぎて、気持ちが疲弊してしまっているし、何もかもが前に進まないどころか却って悪くなってしまっているような傾向もある。

網野善彦さんによると、古来より日本には、人間と自然とのそれなりの均衡のとれた状態に欠損が生じたりする場合に穢れを感じる傾向があったといいます。
人や動物による死穢、火事などによる社会のある部分の欠損である火穢だけでなく、人の誕生もそれまでの均衡を崩す意味で産穢だったそうですし、建物や庭を作るために巨木や巨石を動かすこともケガレとされていました。そして、そうした穢れた仕事(葬式、庭づくり、火消しなど)は非人の集団のような特殊な職能民が担っていたのです。

こうした点にも和と荒の分離があるのでしょうか。一方に俗としての和があり、もう一方に穢にもなれば反転して聖にもなる荒がある。
荒は「スサ」とも読み、スサノオはまさに荒魂を象徴する神のひとりですが、そのスサノオ自体、手におえない乱暴者としての高天原モードとヤマタノオロチを退治する出雲モードの二面性をもっています。もちろん、そうしたスサノオの荒に対するのは、アマテラスの和です。

及川葉月


かつては、そうした和と荒がちゃんと同居してバランスを保っていた。それがどういうわけか、和一辺倒になってしまっている感がある。
朝青龍がちょっとモンゴルに帰るだけで、引退勧告だという話になる。キレイ好きにもほどがあるんじゃないでしょうかって思う。『もやしもん』に出てくる「除菌女」こと及川葉月ちゃんだって菌だらけの某農大の発酵蔵でがんばっているというのに、このキタナイものすべてにフタをしようという感覚、失敗はひたすら犯さないように慎重になる感覚っていうのは、いったい何なんでしょう? って不思議に思います。

ときには必要あらば、もうちょっとスサんでみてもいいんじゃないの? と思います。

「狂」:呪霊に身をそえて進む

そんなことを考えつつ、白川静さんの本で紹介されている「狂」と「若」の2つの字形になんとなく惹かれている今日この頃なんです。

まず、「狂」という字は、犬と山の下に王を書いた「こう」という字からなる文字だそうです。

狂


出行する人に威霊を授け、途中の道で遭遇するであろう邪悪なものに対しても匡救(きょうきゅう-悪を正し、危難から救うこと)することができるようにする意が「こう」という文字にはこめられています。
「匡」という字もおなじく「こう」を匚の内に書く字で、呪器としての王(鉞)に足を加え、その呪霊に身をそえることをいうそうです。「こう」に犬を加えた「狂」も同様に、そのような方法で呪霊が憑りつくことを示す字です。

「匡」も「狂」も、敵を圧服し匡救するために出行する人が呪霊が憑りついた状態を示すものなんですね。だから、「狂」という字は、古代の中国においては現在のようなネガティブな意味ではなく、次のように捉えられていたのでしょう。

狂の精神に、私は二つの面があると思う。一は自己貫徹的な誠実さ、孔子のいう「狂者は進みて取る」という積極的なありかたである。もう一つは自己投棄的な誠実さ、〔楚辞〕の文学にみえるような、「命ならば幽にも處らん」という、「死を讓(さ)けることのない」生きかたである。
白川静「狂字論」『文字遊心』

いずれも霊力を身にまといつつ、自分に誠実に困難に立ち向かっていくすがたが見えてきます。外に向かって、こうした積極的姿勢を誠実に貫徹することができなくなっているところに、「感受性と行動力」で書いたような、外部からのインプットを自分の身で引き受けられない現在の問題があると思っています。

「若」:エクスタシーの形

さらに「若」という文字になると、その身の投げ出し方はすさまじい状態になります。

若


その字は、巫女が長髪をふり乱し、両手を上にかかげ、エクスタシーの状態となって、神意に聴き入るすがたである。アポロンの神託が、若い巫女の口を通して告げられるように、神託は巫女に憑り移って、その神がかりの状態の中で告げられる。それは神の承認を示すことばであったから、若は吉善の意をもち、承認の意を示す。

まさに、自分の身を神託を受け入れる容器と化してしまった状態。神託というインプットを自分の身を通じてアウトプットするためのエクスタシー。なんでもかんでもスマートに、クールにこなそうとする現代人とは大違いですね。
僕はもっと興奮したり陶酔したりしないとだめだと思います。陶酔するくらいに自分の身の感受性を解放してはじめて見えてくるものがあります。何より自分の身を投げだして、自分の身をもって感じることが必要。オブラートに包まれたようなものを頭で安全に理解しようなんて魂胆じゃ大したものは得られません。

機械的未開人

こういう「呪」とかの話を書くと、ただ、それだけであやしいとか感じる人が多いんですよね。それ、単なる無知です。

呪的な方法っていったって、何か超自然的な力があるはずもない。単にいまより感受性に優れて、かつ、自分たちの感覚を通じて得た情報をその感覚を残したまま組み立てる構想力に勝った古代人が、現代の人間が忘れた人間の力を信じて使った方法が呪にすぎません。極論すれば、アフリカの人の視力が異様に高かったりするのと変わりません。さらにそういう構想力が、夜の星空を眺めてそこにオリオンやペガサスの姿を見た人びとの能力だと理解すれば、なんらあやしいところはない。
それを「呪」と聞いただけで、そこに何か超自然的なものを見てしまうことのほうがよっぽど非科学的で、未開人的です。

そうなんですよね。情報がいくら増えても、それを自分の身に引き受けられず、使いこなせず、ただ、それらの量的圧力にストレスを感じて圧迫されてるだけの現代人って、夜の星空に神話世界を映したり、四季の移ろいを家の中まで映し込んだりした昔の人たちに比べて、はるかに未開人的です。機械に囲まれ、機械的な行動しかできなくなってる機械的未開人。

穢土があるから浄土がある

それなら、ちょっとばかり常道と外れた行動でも「自己貫徹的」あるいは「自己投棄的」な誠実さをもって一心に前に進む積極さをもった「狂」の姿勢のほうが大事だと思うし、そのなかで何かに対して一心不乱に陶酔することで何かを得ようとする「若」の姿勢があってもいいと思う。そうしたなかに和とバランスをとる荒の精神が復活してくるのではないかと感じます。

穢土があるから浄土がある。穢を排除すれば浄もまた失われるのでしょう。そうなると、もう残るは地獄のみ。果たして、そんな状態をこれ以上追及することに意味はあるのでしょうか。

自分の感覚を信じて(思いこみではない)、計算、制御、秩序、計画、常識、形式知、マニュアル、ルールの外の世界に出てみることが、いま非常に大切になってきているのではないかと感じます。

   

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2009年01月28日

感受性と行動力

風邪をひきました。発熱と咳で月・火曜日はほとんど動けず、どうしても外せない仕事の所用に顔を出した程度。ほとんど寝て過ごしました。今日は熱も37度前半に下がってすこし楽になりました。

というわけで、外部からの風邪の菌の侵入に身を犯されるのはつらいですが、その一方で、僕らはもっと外部からの刺激を自分の身で引き受ける努力をしていかないといけないのでは、と思います。

まず、情報に対してよそよそしすぎてはいけない。
そして、インプットばかりでアウトプットがないといけない。

外部からの刺激を自分の身で引き受ける努力というのは、インプットの問題ではなくアウトプットのほうの問題です。受け入れるというのは実はいったん引き受けた情報を編集・変換して外に出す作業をいうのだと思います。

なぜシャッフルディスカッションがブレイクスルーにつながる場合があるのか?」でも書いたとおり、膨大な情報を前に右往左往としたままになるのではなく粗雑な形でもいいのでそれをいったんストーリー化して自分自身で咀嚼することが大事。物語化・文章化することで、仮想的にでも情報を追体験できる。情報を再生して、情報化される前の生の情報を感じることができる。それには自分自身で情報に動きを与えるよう、編集・変換作業を経ないといけない。情報を感じる、身に引き受けるためにはインプット以上にアウトプットを重視しないといけないのだろうなと感じます。

自分で学んだこと、感じたことをもって自分がどう生きるか

と、ここまではまぁ、これまでも書いてきたこととそう変わりはありません。
ただ、最近はそれに加えて、人間がもつ感受性そのものをもっと拓いてあげる必要があるのではないかと思うようになりました。外部の物事にいろんなことを感じ取ったり、自分が感じたことを素直に積極的に自分の行動に結びつけるという基本的なところがなってない人が結構いるんだなと感じることが多くなったので。

視野は広くを意識して」で書いたように、「疲れる」より「憑かれる」ということが大事なんだと思うんです。でも、多くの人が何かをするのを必要以上に面倒くさがり、何かをしなくちゃいけないような情報のインプットをあらかじめシャットアウトしてしまっているようなフシがあります。学ぶということや、感じるということに憶病にもなっているし、そこに価値を見出せなくなってしまっている。

社会的な損得感情とは別なところで、学んだり、何かを感じたりすることに対して重きをおくことができないんですね。勉強は何の役に立つかと問うのではなく、自分で学んだこと、感じたことをもって自分がどう生きるかを問うことの方が大事だと思うんですが、そういう風に学習や自分の感覚に価値を置くことができなくなっている。社会があまり成果主義一辺倒になってしまっていたり、それと同時に学校での学びがあまりに職業訓練的になるすぎてしまっている影響もあるのでしょうね。そこに情報化社会において、情報入手・蓄積のコストだけはやたらと低くなってしまっているから、インばかりが増えてアウトすることが追い付かない状況に陥ってしまっている人がたくさんいるんでしょう。

行動の制限、感受性の鈍化

でも、情報って本来そんな風にプレッシャーを感じるような代物じゃないと思うんです。むしろ、それは行動を促進するきっかけになるものであるはずです。学ぶ、感じるということ自体に本来行動がついてくる。情報の多さにプレッシャーを感じるのは、自分でアウトプットである行動を制限してしまっているところに要因があるんじゃないかとも感じます。

アフォーダンスの話にしても、今年になって紹介した本ではニコライ・アレクサンドロヴィッチ・ベルンシュタイン『デクステリティ 巧みさとその発達』やエドワード・ホールの『かくれた次元』にも関連することですが、人間が知覚・認知しているものというのは頭で意識しているよりも遥かに広いスコープをもっているはずです。そうしたものが本来は行動を促進してくれていたはずです。

それなのに、いまは言語化された情報ばかりを頼りに生きてしまっている。そうすると、意味を捉えないと行動ができにくくなるし、一方で本来なら多様な意味=価値を知覚している身体的な情報への感度が鈍ってくる。他人の口調や顔色から、相手の体調や機嫌を察して、その背後に潜むニーズに対応するとか、街中を歩く人々のふるまいから景気の動向を読むとか、そういう感受性が働くなるのだと思う。

判断材料が多すぎて判断できない

繰り返しますが、本来はインプットとアウトプットはある意味セットだったんだと思います。情報のインに対して行動というアウトがある。行動を促す意味において情報は価値を有していた。

いまは、どうもその関係性が崩れて、アウトをもたない膨大なインが発生してしまっている。そこに情報へのストレスが発生してしまっているのではないでしょうか。
ただ、それはインの量の問題ばかりではなく、行動することへの覚悟がない人が増えすぎたということでもあると思うんです。

石橋を叩いても渡らず、みんなが渡るから渡る。あるいは、渡っても平気だということが数量的、科学的に証明されないと渡らない。あるいは、渡れるという事例を見せてくれとか。「みんなが渡る」「数量的・科学的証明」「渡れるという事例」などという追加情報が与えられてはじめて渡るかどうか吟味をしはじめる。そう。それでも、まだ渡らないんですね。判断できずに情報を求めるくせに、判断材料が多すぎて判断できなくなる。もはや情報の側の問題ではないんですね。

アウトプットしてはじめてインプットは意味をなす

情報を元にどう判断するかなんてことは、そもそも情報と行動の関係性を理解できていなければ、いくら情報を増やしても仕方ないはずです。そのためには実際に行動をした経験を増やすことで、その経験において情報と行動の関係性に関する知識を自分の身に蓄積していくしかない。

それが情報編集の本来的な意味だと思う。

普段から様々なインプットに対して、自分がどう対応するか、何をアウトプットするのかということを当たり前のようにやっていれば、自分の行為に対する相手のフィードバックも含めて、インプットの意味をより理解できるようになるはずです。インプットは自分自身が行うアウトプットと結びついてはじめて、自分にとって意味のある情報になるのだと思う。それが情報を自分の身で引き受けるという意味です。

本はむずかしいくらいがいいのかも」で、本を読む際にも「読んだ内容を自分の文脈のなかに取り込む形で編集的に咀嚼しないと、ただ他人の知識に触れただけ」と書きましたが、外からの情報は自分の体を使って行動に移し替えてあげないと意味として自分の身に蓄積されないんだと思います。

けれど、インプットばかり、それも言語化・形式化された情報ばかりを相手にしていると、いつまで経ってもインプットと行動が結びついてこない。つまりは行動を促進する意味あるものとして情報を捉えることができない。行動ができなければインプットとしての情報に価値を感じることはできません。そのうち、どんどん情報に対する感度が鈍ってくる。感受性が鈍化してきます。

インプットしたものを処理できないのは、アウトプット能力に欠けるから

何よりマズイなと思うのは、自分の感受性の鈍さに気がつかない人が多いことです。
感受性が鈍いというのは、さっきから書いているように感じたままに行動できないこと、表現できないことをいいます。他人のニーズを察することができなかったり、相手のニーズとのズレに気づかなかったり。相手のニーズに応える自分の側の行動が組織化されていなければ、たとえ目の前に相手のニーズがぶら下がっていても見逃してしまいます。

アフォーダンス理論を逆転して捉えるならば、それが行動のきっかけとなりうるから情報には意味があるといえるのではないでしょうか。行動に結びつけられなければ、実は感じることもままならない。行動力のバリエーションの低下がそのまま感受性の低下に結びつく。インプットしたものを処理できないのは、アウトプット能力に欠けるからです。

いまは行動のきっかけを、自分の感受性に頼ることよりも、何か形式的なものに頼る傾向が多いんじゃないでしょうか。こうだからああなる、ということが見えている中での行動が多いのではないかと思います。だから、答えとしての情報を与えられない限り、行動ができない。しかも、それが答えであるがゆえに行動しなくてもよいと判断するケースもある。結局、どうなるかというと、単に行動を伴わない議論の応酬、無駄な会議、単なるおしゃべりばかりが増える。何も前に進まなくなる。

情報整理の本当の意味は?

こういうところに、組織的な行動のスピード感の違いが如実に出てきてしまっているように感じます。

よくできた組織というのは、各従業員の積極的な行動を促す点に最大限の配慮をして、組織文化的にも、働く環境的にもうまくデザインされているのだろうと感じることが多い。必要以上に議論をしたり、情報の収集・分析に時間を費やすことなく行動させる。そこに配慮されているかどうかで組織のスピード感の差は歴然たるものがあります。そして、何より行動に重点が置かれている組織のほうが情報に圧迫されたストレスからも解放されているので、元気がいい。各従業員も「やってみればわかる」という姿勢が身についているので、積極的にチャレンジすることに憶病でない。

やってみればわかる。いや、本当はやってみないとわからないんです。
情報というのは自分で動かしてみて、情報に呼吸をさせてみてはじめて価値をもつものですから。そうでないと死んだ情報の山に埋もれて人間の方が窒息してしまいます。

情報整理。
単にそれを情報をきれいに分類して蓄積しておくことだ思ってたら大間違いですよ。本当の情報整理はあくまで、情報と自分の行動をその結果の体験を介して結びつける作業ですから。

長くなりましたので、この続きは「荒・狂・若」で。

  

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2009年01月25日

なぜシャッフルディスカッションがブレイクスルーにつながる場合があるのか?

御指名なので。

あれよあれよという間にというのは大げさだが、翌朝の時点で何チームかがブレイクスルーしちゃったのでした。
なぜ?あれだけオールジャパンクラスの講師が次々とアドバイスしたのにダメだったものが・・・。
タナハシさんどうしてだろう??

これ、何の話をしているかがそもそもわからない方のために書いておくと、昨年の8月27日、28日の2日間にわたって行われた「横浜ワークショップ2008」で、横浜の街のフィールドワークを元に横浜の地図を作成するという課題をこなすにあたって、1日目の夜の時点では多くのチームがデザインの方向が困っていたにも関わらず、2日目の朝になると多くのチームが実際の物の制作をはじめたのは何故だろうか、という話。1日目の夜の最後にシャッフルディスカッション(詳しくは浅野先生の記事を参照)という手法を使ったのですが、どうもそれが効果があったのでは?という話になっています。



まず、最初に事実関係を整理しておくと、

  • すべてのチームがブレイクスルーしたわけではなかった
  • ブレイクスルーしたチームも本当にシャッフルディスカッションの効果でブレイクスルーできたのかは不明
  • シャッフルディスカッションで他チームの意見をそのまま反映したチームはむしろ失敗の方向に進んでいる(このケースは9月に行われた「インフォグラフィックス・ワークショップ 1」でも見られた)

といったところでしょうか。

講師のアドバイスも処理しきれない情報を増やすだけ

まず講師のアドバイスがうまく機能しにくいのは何故か?
それはアドバイスを受ける側にとっては、講師のアドバイスもまた、フィールドワークで収集してきた情報同様に処理できないまま、未整理フォルダのなかの情報量を増やすだけになってしまうからではないかと思います。

自分たちがフィールドワークで集めてきた情報さえ、うまく整理できていない、構造化してデザインのための発想へと昇華できない人にとって、新たに耳に入ってくる講師のアドバイスという情報は単に情報量が増やす厄介なものだったりするのではないでしょうか。ただでさえ、手持ちの情報量に圧倒されて目指すべき方向性を見出せなくなっているのです。そこに新たな情報が加わればますます混乱をきたすことはあっても、アドバイスが適切に機能することはないのかもしれません。

フィールドワークがデザインと何の関係があるの?

前に「教えてもらいたければまず学べ!」なんてエントリーも書いたことがありますが、他人のアドバイスが役に立つケースというのは、アドバイスを受ける人自身がアドバイスを受ける前にその問題を十分に考えている場合だと思います。

自分が考えたことと他人のアドバイスを比較してそこに差異を認識できてはじめて、自分の考えややってることのどこがマズイのかがわかる。自分たちの考えがなかったり、自分たちの考えとアドバイスの内容をうまく結び付けられないと、また未整理の情報が増えるだけです。自分たちで何かしらの仮説を組み立てたうえで、それがうまくいかない場合にこそ、他人のアドバイスというのは機能するのではないかと思います。

ところが先のケースの講師のアドバイスというのは、残念ながら、そういうものにはなっていなかったと思うんです。というのも、参加者の問題はそもそもフィールドワークの情報は必要なの? 何に使うの? というものに近かったはずだから。
何に利用すればいいのかわからない情報を整理できずにもてあましてしまうのは、ある意味、当然だと感じます。どうしていいのかわからない大量のデータを前に途方に暮れるのもある意味仕方がない。

ところが、講師の方はというと、そうは感じていない。

だから、講師はすこしは問題が整理できた状態を想定してアドバイスをしたり、問題の整理の仕方についてアドバイスをしてしまう。でも、参加者にとっては問題はそこじゃない。そもそも問題を整理してどうなるの? という根本の問題にぶつかっている。

その意味では僕も含めて講師は参加者が何を問題にしているかを理解した上でアドバイスができていなかったし、フィールドワークがデザインと何の関係があるの?をうまく参加者に伝えきれていなかったんではないかと思ったりもします。



他人の意見

その意味では、シャッフルディスカッションで他人の意見を聞いたり、他のチームのやっていることを知ったりすることがブレイクスルーにつながるとも考えにくい。だって、それだと講師のアドバイスを聞くのと同様に単に情報量を増やすだけですから。

ただ、講師のアドバイスとひとつ違う点がある。それはコンセプトレベルでも何かしら形になったものを介したコミュニケーションがシャッフルディスカッションでは行われるから。
自分たちの説明したコンセプトに対する他人の指摘は、なんとなく自分たちの進むべき方向を示してくれるように見えます。ましてや、他チームのコンセプトを聞くとなんとなくまとまっているようにも思える。

でも、両方とも勘違いなんですね。

まず自分たちの説明に対して他人が意見を言えるのは、他人に示された情報が自分たちがもっている膨大な情報に比べてはるかに少ないからです。他人が接する情報は、なんとか筋道を立てて説明した、少なくともなんとなくは論旨が整理された情報なのだから、それを理解して意見をいうのはラクです。0から1を導くのはむずかしくても、すでにある1に意見をいうのはそんなにむずかしくない。後だしジャンケンだから勝って当然です。

また一方で他のチームのコンセプトを聞いて、それいいねと真似するケース。これもおんなじ。他チームの説明もまたなんとなくはまとまっている。それは自分たちの手元にある未整理の情報と比較すればはるかに扱いやすい。

でもね、両方ともシャッフルディスカッションのせいで失敗を犯すことになる際の典型例だと思うのです。
だって、両方とも自分たちが手元の情報をもとに悪戦苦闘してきて、未整理状態ではあってもなんらかの感じを抱いたことをすべて捨てて、安易に説明された案へと走ってしまうのだから。他人の力を借りた説明だけで何かを組み立てたとしても、それがまともなデザインにならないのは当たり前だと思います。だって、そこには単純に説明できるだけのアイデアしかつまっていないのですから。

なぜシャッフルディスカッションがブレイクスルーにつながる場合があるのか?

さて、では、なぜシャッフルディスカッションがブレイクスルーにつながる場合があるのか? 僕なりの仮説です。

それはやっぱり未整理状態で混乱していた情報群のなかから、無理やりにでも構造化した形の説明をいったん作り、実際にそれを言葉として発するという行為を行うからではないかと思うのです。つまり、説明する、そのための文章化をするという行為に意味があるのだと思うのです。
頭の中に考えがあるのと、言葉を発したり文章にしたりというのは違うのだと認識する必要がある。さらにいえば、図式化によるアウトプットと文章化によるアウトプットも違うのだと知っておくことが大事です。

発想法としてのKJ法では、データのグループ化~構造化という作業後に、それを図式化し、さらにそれをもとに文章化するという作業を行います。これはペルソナを作る場合でもいっしょでKJ法でデータを統合したあとに、ペルソナ文書を書く。
いずれも大事なのは、図式化から文章化に視点を変換することなんだと思います。



KJ法の生みの親である川喜田さんもこう書いています。

文章化は図解のもっている弱点を修正する力をもっている。もっと平たくいえば、その誤りを見破って、発見し、かつ修正の道を暗示する力をもっている。

図式によって大まかに情報群の構造を理解した後、その構造を文章化することでその構造のおかしなところが見つかる。図による構造があいまいでも、文章にするには物事の関係性をいったんは整理する必要があるので、それまで未整理だった情報群にもいったんはある関係性のもとに整理されることになります。

これは膨大な情報を目の前にして混乱していた人たちにとっては、とりあえずのとっかかりになる。それまで一度も整理されなかった情報がまがいなりにも、ひとつの関係性におさまったのだから。
また、説明する側がその関係性をちゃんと意識した上で説明を行い、さらに他人の意見を聞くことができたのなら、それは先の「アドバイスが役に立つケース」にあてはまってくる。つまり、自分たちが説明によって作った関係性が他人にどう見えるのかという視点でみることができるから。それは単に膨大な情報に新たな情報が加わるのとは違い、すでに関係性の規定された情報群とそれとは違う関係性の定義の仕方の比較となるので、ぜんぜん意味が違ってきます。

そういう風に機能した場合、シャッフルディスカッションというのはブレイクスルーの役に立つのかなと思います。



ただし、そのためには、以下の条件が必要になるのではないでしょうか。

  • シャッフルディスカッションの前にはチーム内でコンセプトの説明をその概要の共有というレベルではなく、同一の文章の共有というレベルで行っておく→できれば、シナリオ法を使いたいところ
  • 文章化の前に、完璧ではないまでも情報群の構造化~図式化を行っておく
  • フィールドワークで集めてきた情報の整理の仕方(例えばKJ法もそのひとつ)を事前に教える
  • そもそもフィールドワークとデザインがどう関係するかを、最終的にできあがったデザインの側から逆算(リバースエンジニアリング)的に説明した形で事前に教える(いま、この説明が一番求められていると感じてます)

まぁ、これはフィールドワークからはじめるデザインの場合でのシャッフルディスカッション成功の確率を高める条件ですね。
それ以外のプロセスでまだシャッフルディスカッションを実施したのを見たことがないので、これ以外のケースではどうかはちょっとわかりません。

というわけで、長くなってしまいましたが、これがシャッフルディスカッションはなぜブレイクスルーのきっかけとなりうるかの僕の仮説です。
もっといい説明ができる人はご意見ください。

 

P.S.
ちなみにフィールドワークなどのユーザー調査結果を具体的にどうやって具体的なデザインに落とし込むのかがわからないという話。これって学生とか人間中心設計というものに携わったことがない人だけの話じゃないんですよね。人間中心設計というものに携わっているはずの社会人のデザイン関係の仕事をしている人でも、調査結果の膨大なデータをどう扱っていのか途方にくれることは少なくない。人間中心設計に関わってる人が調査データを具体的なデザインに落とし込むのかを本当のところ、わかっていないというのが困りものです。

ただ、そこは学生と違って、とりあえずは前に進もうとするところは社会人。でも、調査データを整理できない状態をどうにかできるわけではない。じゃあ、どうするかというと、調査で調べたまんまの改善をするか、その反対に調査とは無関係な勝手な想像からデザインをするかのいずれかなんですね。ようは調査してないのとおんなじわけです。調査データを構造的に分析し、関係性を組み立てて、データ全体に適切な物語を組み立てつつ、その物語の要素を具体的なデザイン要件に落とし込むということができている人はほとんどいません。挙句の果てに、それで「調査ってやる意味あるの?」とか言ってるので困ったもんです。いわゆる人間中心設計プロセスというのは現状かなりグダグダな状況かなと感じます。

こういう状況はマズイなと感じるので、そもそも情報とは人間にとって何か、古代より人は情報をどう活用してきたかから、ちゃんと情報整理とか推論とか発想法とかの話を、デザインという視点からまとめなおす必要があるんじゃないかと思っています。

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2009年01月24日

物そのものを使ったKJ法

ある程度まとまった数の物を一時に集中して見るというのは、普段見えていない物の構造を理解するためには、なかなか良い方法だと思います。

蒐集された100個の物を目の前にして、それぞれの特徴を感じながら分類を行っていく。そうするといくつかの特徴の類似が見えてきて、さらに類似する特徴を有した物同士の使われ方や使う人のことに目を向けると、なぜそういった類似が必要なのかが見えてきたりします。少数の物だけを見たのでは見えない特徴が100個の物を並べてみることで見えてきて、さらにそれが利用者の行動などに結び付いた合理的な形態だったりすることがわかってくる。そういう物の見方も時にはする必要があるなと思います。

100個の物を並べて見比べる

仕事のことなので詳しく書けませんが、特定の商品群を無作為に集めてきて、それを一気に比較してみる。その時のポイントはそれぞれの物の相違よりも類似に着目することです。頭で理解している類似点よりも、直観的に感じ取れる視覚的な類似や構造上の類似に目を向けるといい。そうすると、普段見落としていた物の形状に何かしらの意味がありそうだということがわかってくる。

この時点ではその意味が具体的にどういう意味かを考える必要はないと思います。意味を頭で理解してしまうと、感覚的に捉えた類似性が見えなくなってしまうこともあるからです。とにかく、頭で理解してしまう前に、その類似を元に100個の物をグループ化していくんです。

それぞれの物の特徴は複数あることが多いので、分類すると一言でいっても、どの特徴を軸にするかによって切り口は変わります。だからこそ、どのように特徴を捉えるかは注意した方がいい。
そこで優先すべきは最初から頭で理解できている特徴の類似よりも、なぜ似ているのかがわからない物同士をつなげるような類似を大切にしたほうがいいのだと思います。その隠れた類似には何かしらの意味がある。そして、それは普段見落とされている意味であることが多いから。

物そのものを使ったKJ法

そうやって類似する特徴をもった物同士をグループ化しながら、さらに複数の特徴を用いてグループ同士の構造をつくっていく。つまりは物を直接使ったKJ法です。

物そのものが大きすぎて、机の上に並びきらないのであれば、写真に撮ってプリントアウトしたものを使ってもいいと思います。物が持っている機能的な意味だとか、頭で理解している形状の意味などではなく、あくまで見た目での直観的な類似を元に、100個の物を分類していくんです。
慣れないと、つい最初から理解している特徴だけで分類しがちです。ただ、それは頭で考えたことだけを使って分類しているのであって、実際の目の前の物を見れてないんですね。そういう見方ができない人は、普段、いかに自分が物を見ていないかということに気づくと思います。

そうやって100個の物に対して、それぞれ自分の目で特徴を捉え、自分の目で複雑に絡み合った物同士の特徴の関係性を整理し紐解いていく。それは100個の物が語る物語を紡いでいく作業にほかなりません。もちろん、先に書いたように切り口が変われば、物語は変わる。だからこそ、自分の目で個々の特徴を捉え、自分で整理することが大事だと思う。

「考える」を具体的な作業に変換する

KJ法と同じで、そうした物語を見いだすうちに、物のデザインに関して今まで思いつかなかったような発想が生まれてきます。

発想法。それは自分の感じたことを手を動かしながら整理し、構造化することで、全体を説明する物語を見つけていくといった具体的な作業です。具体的に目の前にあるデータを並べたり組み合わせたりしながら、既存の見方に必要以上に頼ることなく、自分の感覚や類推を重視しながら、自分なりの筋道を組み立てていくこと。その過程に発想が次々と生まれてきて、発想同士の創発が芽生えるところにより価値のある発想が生まれてくるのだと思います。

よほどの天才でもない限りは、「考える」を頭のなかのあいまいな思考にとどめず、「考える」を具体的に目で見え、手で触れられる作業に変換することではじめて単なる思いつきの発想以上の発想ができるようになるのだと思います。

強制的に視点を変える

こういうことはたまにはやってみたほうがいいと思う。僕も自分自身でそういう体験をしているからこそ、「視野は広くを意識して」で書いたようなアキッレ・カスティリオーニの物の蒐集癖がデザインにどういう意味を持つかということが理解できる。

普段通りの見方でしか物を見ないと、実は物を見ているのではなく単に自分の頭のなかのイメージを見てしまって、多くのものを見落としてしまう。たまには強制的に別の見方ができるよう、普段とは違う立ち位置に自分を置いてみた方がいいと思います。そうしないと、どんどん自分の見方が凝り固まってしまって、見えているものまで見えなくなってしまうと思うから。
100個の物を並べると、それだけで普段見ている光景とは別の光景が目の前にあらわれます。ましてや、それを既存の分類法を使わず、自分なりの分類をつくって、全体の構造を語る物語をつむぐとなると、それだけで見方を変えざるを得なくなる。そういう状況に自分を強制的に置いてみるというのは大事なことだと思います。

見えないものを見えるようにする。それは物事の側の問題ではなく、あくまで物事を見る人間の側の視点の問題なんだろうな、と。

  

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