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2009年01月24日

Webマスター向けのセミナーをイメディオでやります。

イメディオで2回目の講師です。タイトルは初級Webマスターを卒業したい人のための「使いやすいWebサイト」構築術

内容としては主にサンプルサイトを実際に改善しながら、ユーザビリティやアクセシビリティの基本となるTipsを紹介していくというものです。先の申し込みぺーには明示しなかったのですが、初級Webマスターとは経験1年前後くらいの方々をイメージしています。

リテラシーをどのように身に付けるか。

最近個人的にはリテラシーということに関心があって、「どの段階で」・「どのようなきっかけで」ユザビやアクセシに人は関心を持つようになるんだろうか。皆さんはどうですか。いつ、どんなときにユーザビリティやアクセシビリティって知りましたか?なぜかというと、極論すればユザビもアクセシもWebサイトを構築する上で十分条件ではあるけれど、必要条件ではありませんよね。

それは去年実施したインクルーシブデザインワークショップも同じです。どういう機会を作ればアクセシに興味を持つ人が増えるんだろうか。それは実ユーザの操作や声を直に見聞きしたときではないかという考えがあるからです(ちなみに現在有志の方々と第2回目を企画中。関心のある方はメールください)。

Webサイト制作会社のデザイナーさんなどと比較して、たぶん僕は障害者や高齢者と一緒に行動したりする機会が多いこと。もしくはユーザビリティテストに同席したときに感じる「げ、全然使えてない」っていう場面を目の当たりにするそういうインパクトを感じることによってユザビやアクセシに関心を持つきっかけになるのかもしれません。

ただ、インクルーシブデザインワークショップやユーザビリティテストは「それなりに元々関心がある人が来る」という自己矛盾も抱えています。ある程度言葉や概念を知っていないと、ワークショップやセミナーなどの情報は頭に留まらないはずだからです。

このような考えを経て、今回はユーザビリティ+サンプルサイトを実際に改善してみる。それで、今までユザビやアクセシを知らなかったWebマスターがそういう概念を知り、結構重要なことなんだよって気が付いてくれればというセミナーというようになっています。

2009年01月23日

視野は広くを意識して

僕もそれが「楽しい」と思います。

私は「面白い」と感じたら何でも顔を突っ込み、手を出してしまう。いつの間にか熱中している。「面白い」と感じる、「興味を持つ」という行為のハードルがとても低いのだろう。こうやって好奇心旺盛で生きていくのは、時に体力気力がついていかなくて疲れると感じることもあるが、やっぱり楽しい。

前にも書いたけど「疲れる」よりも「憑かれる」がいいよね。何かに取り憑かれたように好奇心を揺さぶられる感じがいい。

そもそも「疲れる」は「憑かれる」が語源だそうです。
「憑く」も「着く」も「付く」も「就く」も、みんな「ツキ」のファミリーだそうです。ツキがあるとかないかという「ツキ」。そして「ツキ」は「月」です。

月に憑かれてツキを自分の側に手繰り寄せたいじゃないですか。そのためには好奇心旺盛のほうがいいと思う。楽しいと思います。

感謝、感動、尊敬

前から、ものを作る人にとって大事なことって「感謝、感動、尊敬」なんじゃないかと思っています。「もの」といっても物理的なものだけじゃありません。サービスでも、組織でも、コミュニティでもそうだと思う。

感謝というのは、他人の仕事に感謝すること。他人との関わりに感謝すること。
感動というのは、他人の仕事=作品に感動すること、拍手で讃えること。普段の何気ない物事にも感動を見つけ出すこと。
そして、尊敬というのは、自分以外の他人、自分とはぜんぜん違うことをする他人に敬意をもって接することです。

自分の外にいる人に対して「感謝、感動、尊敬」する

この3つに共通することって、自分の枠のなかに閉じこもっていては感謝も感動も尊敬の範囲も狭くなってしまうということだと思います。

自分と似たような人に、感謝したり、感激したり、尊敬をもって接することはそうむずかしくはありません。でも、大事なのは、自分と違った考えをする人、違った分野で仕事をする人、違った仕事の仕方をする人に対して、感謝、感動、尊敬の姿勢で接することができるかだと思います。

なぜ大事だと思うかというと、自分がなにかを作るときに本当に役に立ち、自分の視野や発想を広げてくれるのは、そういう自分の外側にいる人だからです。そういう人たちとのコラボレーションができないと、いいものはできてこない。コラボレーションをするためには、相手に対して、「感謝、感動、尊敬」をもって接することが必要だと思います。

見所より見るところの風姿はわが離見なり

そのためにはやっぱり自分の外に対して目を向けないといけないと思うんですね。<「ちがう」という時代に「同じ」をさぐる!>です。外に目を向けて自分と違う世界と接しながらも、そこに「ちがう」を感じるのではなく、「同じ」を見いだしていく。そういう目を持つことが大事かな、と。

でも、それってある程度、意識的に自分の好奇心を刺激していないと、つい人間というものは怠惰になって自分の殻に閉じこもってしまいがちなんですよね。

言葉は頭を整理する道具ですが、音だけを気分で使っていると、頭の方がそれに馴れてきて、聞き馴れぬ言葉を聞いても、「それ何?」と問いかけなくなります。(中略)その記号の意味を問う、という自然な心の働きがなくなってしまいます。心から好奇心が失われ、心になまげぐせがつきます。


そのとき、世阿弥のこんな視点がもてたら、と思います。

見所より見るところの風姿はわが離見なり。わが眼の見るところは我見なり
世阿弥『花鏡』

舞台に立った自分を外からみる「わが離見」。そういう風に自己を客観化して、自己を含む環境を包括的に高みから見ることができる視点がもてるといいだろうな、と。舞台に立ったその人は観客はどう見ているのかを、観客席からの自分の目で見るのです。

誰もが舞台の上の舞人なんですね。隠れたつもりになっても無駄。他人はあなたが見せたいと思っている部分ではなく、むしろ隠している部分を見ようとするのですから。人は空白にこそ、関心がある。だからこその「秘すれば花」です。

好奇心を刺激するには具体的な行動が必要

それから、自分の好奇心を刺激するってのは、具体的な行動なんだと思う。
月並みだけど(いや「月」並みだからこそ)、こういうことが大事。

  • 普段と違う分野の本を読む
  • いろんなものを手にとって使ってみる
  • いろんな展覧会に足を運ぶ(特に普段行かない分野の)
  • 知らないところを旅行する
  • 知らない分野の話に耳を向ける
  • 積極的に異分野の人と仕事をする
  • 自分の仕事の幅を広げるチャレンジをする

イタリアのデザイナーにして建築家であったアキッレ・カスティリオーニが世界中からいろんなガラクタのようなものを拾ってきては、自分のデザインスタジオに蒐集し、日々、いじくりまわして遊んでみては、その物の形に埋め込まれた人びとの振る舞いを探っていたという話は前にも書いたとおり。そうやって自分の好奇心を常に逞しく保つと同時に、自分がデザインしたものに対する人びとの好奇心が刺激されることも常に意識していたそうです。それこそ、こういう姿勢こそ、尊敬に値しますよね。自分もがんばらなきゃと思います。

カスティリオーニにおいては、デザイナーと利用者を繋ぐ「想像力」と「好奇心」は常にデザイン行為の基本にあったが、展示空間のデザインも「すべて好奇心を基準に組み立てられていた」のである。

好奇心。ものを作る人は大事にしないといけませんよね。それには他人に対して「感謝、感動、尊敬」をもつ姿勢が何より大事なのかなって思います。

 

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2009年01月22日

Xacti新モデルはやっぱり色がだめ

三洋のデジタルムービーカメラXacti(ザクティ)シリーズは
独特のフォルムといい、Webとの親和性といい、
大好きなのだが一点だけ不満がある。

色が悪い。

最新モデルのうち、普及モデルはこの3色。

2009年01月21日

『朝ごはんの献立―12のシーンとおいしいごはん』(朝ごはんをもっと知りたい[モラタメ])

これこそが朝食だ!と叫んでしまった。

2009年01月21日

携帯電話のディスプレイをヨコ画面中心で考えると・・・

いまの携帯電話はタテ画面での表示がデフォルトで、ワンセグなど一部のアプリを利用する際にヨコ画面表示ができるようになっているものがありますよね。それにあわせて本体のディスプレイ部分のみをヨコ向きに回転できたり、とうぜんGUIもヨコ画面にあったレイアウトに変化します。

ちょっと思いつきレベルの話ですが、あれ、ヨコ画面がデフォルトあってもいいんじゃないかって思いました。いや、むしろ、ヨコ画面表示のみの携帯があってもいい。QWERTYキーのスマートフォンとかでなくて、通常のキーをもつフツーのケータイでも。

片手前提でなくていいのでは

実はヨコ画面だけで困ることって片手で持ちにくいことぐらいなんだと思うんですよね。そもそも電話は片手でもつことを前提にしていたから本体がタテ長で持ちやすいようになっているんだと思います。

でも、今の携帯電話の利用用途を考えるとどうなんでしょう。携帯電話で一番使われると思われるメールでも、女の子なんか特にそうですけど、両手を使ってますよね。写真を撮るのでもぶれないようにするには両手を使う。片手じゃない困るのは音声通話くらい。でも、そのときディプレイはみませんから、それがタテ向きだろうとヨコ向きだろうと関係ありません。

となると、片手で持ちやすいことを前提にする必要はそんなにないのではと思います。

もともとヨコ長のディスプレイが多い

それから、もともとテレビもPCのディスプレイはもちろん、デジカメのディスプレイにしてもヨコ長のディスプレイをもった製品のほうが多いと思うんですね。タテ長のものはそれこそ携帯電話くらいなんじゃないでしょうか。

で、その携帯電話でワンセグを見たり、写真を撮ったりというもともとヨコ長のディスプレイの製品でやっていたことをタテ長の携帯電話でやるようになった。カメラはもともとタテにしたりヨコにしたりして使うので違和感ありませんが、ワンセグとなるとタテだと画面サイズが小さくなりどうしようもなくなります。ヨコ画面表示ができる携帯電話が増えたのもワンセグ機能がつくようになってからですよね。

ただ、実はワンセグやカメラの話だけじゃなく、そもそもメールだってWebの閲覧だって、もともとPCのディスプレイがヨコ長なんだからヨコのほうがいいんじゃないかと思うんです。Webの閲覧とかだとリンクがある箇所をカーソルのフォーカス位置が移動していく形ですが、あれもヨコ長の画面でフォーカスがヨコ移動する頻度が多い方が文字を読む流れと一致して、フォーカス移動が視認しやすいんじゃないかなって思ったりもします。
そもそもヨコ長にして、もうすこし一行の文字数が多い方が文章も読みやすいでしょうし。ディスプレイがヨコ長だろうとタテ方向にはスクロールがあるので、そこは今までどおりでしょうし、タテが短くなる分、どこの行を読んでいるかの視認性も高まるかもしれませんね(想像)。

あんまりちゃんと考えてませんが、ヨコ画面をデフォルトにして困る機能ってないんじゃないかって思います。

それに画面をタテ/ヨコ切り替えるというのもそもそもどうか、と。
やっぱりキーと画面の対応付けがうまくいかないし、タテ画面表示とヨコ画面表示のアプリ連動などでどうしても途中で画面がタテ/横切り替わって使いづらいという問題も出てきてしまいます。その意味では、そもそも画面を切り替えるというのがそもそもあんまり正しい解決策じゃないとも感じてます(キーボードなしのiPhoneは別として)。

キーボードと画面レイアウトが変わる

で、ヨコ長ディスプレイを統一すると、こんな変化が必要もしくはできるようになるのかなと思いました。

  • タテ画面では通常センターキーと左右ソフトキーの3つに割り当てられた機能が、ヨコ長になることでもう2つくらいソフトキーを追加できる
  • ソフトキーが増えることでPCのファンクションキーの使い方に近い操作の割り当てがしやすくなる
  • ソフトキーをファンクションキーとして使える利点のひとつのアイデアとしては、文字入力を面倒にさせている理由のひとつである文字種の切り替えをPCのファンクションキー操作での変換と同様の操作にできる
  • 両手を使うことが前提になれば、2つのキーを同時に押すことも不自然ではなくなり、PCでのCtrl+Cでのコピーのようなショートカットキー操作を実装できる可能性が出てくる
  • 両手で持つことが前提ならタッチパネルやスタイラスでの操作もより自然に受け入れられるかも
  • ヨコ画面で両手での使用になることで携帯用ゲーム機に近い操作ができるような設計もできるし、ゲームの画面設計も通常のゲーム同様のヨコ長でできるようになる。

と、ヨコ画面にすることで、こんな利点が生まれてくるのかななんて思いました。ほかにも画面を横にすることで、いろんな新しいことが生まれてくるのかなっていう気がします。

アラン・クーパーがこんな風に言ってますけど、まさにそのとおりだなってあらためて思いました。

システムのハードウェア要素とソフトウェア要素(およびそれらの間のインタラクション)を同時にデザインすることが大切だ。そして、そのときにゴールダイレクテッド、人間工学の観点と美的観点を忘れてはならない。

まぁ、あくまで思いつきで書いただけなので、いろいろ問題点はあるはずです。くだらない思いつきでごめんなさい。
でも、本当にヨコ画面表示の携帯電話があってもおかしくないかなって気はしますね。
僕自身はワンセグとか見ないのでタテのほうが使いやすいと思うので、タテ表示をなくせという話ではないですけどね。もうちょっと携帯電話のデザインに多様性があってもよいかなという意味で。まだまだ発展途上の分野だと思いますし、いろんな新しい発想のチャレンジがあったほうがおもしろいかな、と。

 

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2009年01月20日

華厳の思想/鎌田茂雄

華厳経の中心仏は毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)。毘盧遮那はサンスクリット語の「ヴァイローチャナ」の音訳だそうです。訳すと「光明遍照」、無限の光が遍く照らしだす。そんな太陽の輝きのイメージをもっているのがは毘盧遮那仏です。宇宙の真理をすべての人に照らし、悟りに導く仏とされています。ちなみに、真言密教における大日如来は摩訶毘盧遮那仏(マハー・ヴァイローチャナ)で、マハーはスーパー、さらに偉大なという意味。つまり大日如来は超毘盧遮那仏なんですね。

毘盧遮那仏は、もっとイメージしやすいようにいえば東大寺の大仏がそう。あの奈良の鹿たちが住まう奈良公園にある東大寺の大仏。
東大寺は現在も華厳宗の総本山です。



大仏建立というナショナル・プロジェクト

聖武天皇の発願により造られた東大寺盧舎那仏像は、松岡正剛さんの『連塾・方法日本1 神仏たちの秘密―日本の面影の源流を解く』によると、全国各地60箇所に建てられた国分寺・国分尼寺とネットワークされたホストマシンとして作られたそうです。東大寺を総国分寺として、共通ソフトとしての『法華経』などを通じて全国の国分寺・国分尼寺と情報ネットワークを構築したのが8世紀の大仏建立というナショナル・プロジェクト。604年に聖徳太子が『十七条憲法』で「三宝(仏・法・僧)を敬え」と仏教システムのガバナンスを表明したことに続き、より具体的な国家規模の鎮護システムを設計・開発したのが、東大寺をホストマシンとした国分寺ネットワークの構築でした。

国家的な情報ネットワークに関するプロジェクトとしては現代などとは比べられないほど、統制されたものだったんですね。しかも、ハードとソフトがきちんと連携するよう設計されてます。ハード、インフラだけ整備して、ソフト、コンテンツがないなんて馬鹿なことはしない。そういう意味でも、昔の日本のほうが情報システムの設計に長けていたんじゃないかな、なんて思います。

こういう規模のプロジェクトをひっぱれるリーダーシップも、その根幹となる思想もいまの日本にはないですよね。いやいや、もっと規模が小さなプロジェクトでさえ、リーダーシップや思想の欠如が目立つくらいですし。
システム全体を包括的に設計できなくて、目先の小さなパーツにしか目がいかないし、次のパーツに目が移ったときにはもう前のパーツのことは忘れてしまってたりします。何も統合されない。極度にシステム思考が欠如した状態です。一方に感性的発想をおいて、もう一方にシステム的思考を駆動させるという芸当が苦手すぎる。なので、ちょっとしたインタラクションのデザインをするにもシステム的発想ができない。このあたりはもうちょっとシステム的センスを養う必要がありますよね。

だいたい、情報システムというとITのことだと思ってるふしがありますよね。大仏も国分寺ネットワークも情報システムだったことがわかっていないんですね(「日本数寄/松岡正剛」参照)。しかも、それが文字や仏像、建築をメディアに新しい仏教という思想をソフトにしたマルチメディアによる情報システムであったことも理解できていなかったりするのは、よほどセンスが欠けているか、理解するのが面倒かのどちらかではないでしょうか。
ちょっと話が脱線しました。戻します。

華厳という情報システム

華厳経にはどうもこういった巨大な情報システムのイメージがつきまといます。

『華厳経』でいちばん多く説かれるのは、微塵のなかに大きな世界が全部入り込んでしまうのだという考え方で、これが根底にある。簡単にいうと「一即多・多即一」、これが『華厳経』で説かれるいちばん根本的な考え方である。
鎌田茂雄『華厳の思想』

この「微塵のなかに大きな世界が全部入り込んでしまう」「一即多・多即一」の思想が、奈良の大仏が座っている台座の蓮弁にも表現されていて、蓮弁の一枚一枚に仏教的世界がひとつずつ描かれていて、その全体で華厳的な三千大千世界が表現されているそうです。この三千大千世界がまた巨大なネットワークを想起させます。

実際にそれはネットワーク=網のイメージで表現されていて、毘盧遮那が帝釈天につくらせた宝網である因陀羅網は、「結び目にある珠玉が互いに相映じ、映じた珠がまた映じ合って無限に映じる関係でもって、華厳の重々無尽を説明する」のだといいます。英語では、これをパール・ネットワークという。

因陀羅網はライプニッツのモナドロジー(単子論)とも似ていますが、モナドロジーがひとつのモナドのなかに全世界が入っていると考えるのに対し、華厳の思想ではあらゆるものに世界のあらゆるものが入っていると考えます。それが「此道の一大事ハ、和漢之さかいをまきらかす事」でも書いた華厳の事事無礙法界(じじむげほっかい)のイメージです。個のなかに普遍が入り、普遍のなかにも個がある。

『荘子』の「斉物論」と華厳

こうしたきわめて視野の大きな思想は、もともと中国にあった、宇宙的視野から人間を考える『荘子』の「斉物論」は万物一体を説く思想とインド的思惟の典型である『華厳経』の思想とを、中国の華厳宗が結実させたものだといいます。

荘子の「斉物論」を見ると、是非の対立を、言葉や論争においておこなうならば、対立はさらに対立を生み、無限に闘争が続き、精神は消耗するのみであるという。人間が是非をあげつらうことをやめ、魂の安らぎを求めようとするならば、議論や争いによる解決を捨てて、絶対の一としての「天倪」にまかせなければならないという。
鎌田茂雄『華厳の思想』

天倪(てんげい)とは、絶対の一であり、道そのものであるそうです。
「生と死、可と不可、是と非の対立も、それはたがいに相因り、相待って成立する相対的な概念にほかならず、一切の矛盾の対立こそ、そのまま世界の実相」なのだという。まさに矛盾も含めて、すべてがそこに入っている
昨日紹介した『無縁・公界・楽 日本中世の自由と平和』でも網野善彦さんが、原-無縁ともいえる古代の無所有状態から、所有も無所有も生じてきたと書いていたことにも通じるなと思います。所有も無所有も幻想で、結局、それは原-無縁をみる二つの異なる相でしかなく、それは本来は不二であると。

「ちがう」という時代に「同じ」をさぐる!」で僕は論の衝突を解決する方法として西洋的な弁証法と東洋的な不二の方法があると書きましたが、荘子の「天倪」はまさに絶対の一としての不二です。
それが華厳経の「一即多・多即一」の思想に連動する。矛盾を解消して大きな一への統一を目指す西洋的一神教的な考え方に対して、東洋では多神教的に矛盾を抱えたままの対立した相をそのまま不二の一とみる。光が粒子であると同時に波であるというイメージに近い。悩みや迷いがあってもそれを解消しようとするのではなく、悩みや迷いがあることをそのまま認める姿勢をとります。仏と衆生は同じで、仏が迷うと衆生となり、衆生が悟ると仏になるそうです。

華厳の思想

仏教については、僕自身、前に、松岡正剛さんの『空海の夢』『外は、良寛。』、玄侑宗久さんの『現代語訳 般若心経』といった本を読んだことがあるくらいで、何もわからないド素人です。
この本を読んだのは、すこしは仏教についても知っておきたいなという思いもあって、松岡さんの『連塾・方法日本1 神仏たちの秘密―日本の面影の源流を解く』に、禅の鈴木大拙さんが晩年ほとんど華厳のことばかりを言って亡くなったことに気づいた仏教学者であり、華厳の世界観に関心をもっていたデイヴィッド・ボームやフリッチョフ・カプラのような西洋の科学者に関心を持っていた仏教学者として、この本の著者である鎌田茂雄が紹介されていて興味をもったからでした。

それにしても「華厳の思想」とはよくいったものだなと、この本を読んで感じました。華厳経というのは、宗教というより思想です。なのでキリスト教なんかよりは、ギリシア哲学なんかに近い。
思想として確立された中国の華厳は、日本において思想というよりも密教の行法のなかに生かされたといいます。

空海は日本人離れした組織力と直観力に長じ、十住心の哲学体系において華厳を第九に置き、密教を第十住心に据えたのであった。哲学としての華厳は密教的行法の理論づけに利用されたのである。
鎌田茂雄『華厳の思想』

日本において思想としての華厳はより実践的な密教の行法に変換された。さらに新羅の華厳を吸収した高山寺派の明恵上人は華厳と密教を融合させながら樹上で座禅を組みました。明恵の場合も思想よりも実践を重視したのです。

思想から精神へ

さらに中国においては巨大な視野をもった情報システム論的な思想であった華厳は、日本に受容されるなかで、「小さきものはみなうつくし」といった『枕草子』に代表される日本人の自然観に定着し、思想から民族的精神に変換されていきました。

名もなきもの、微小なるもののなかに無限なるもの、偉大なるものが宿っているという「一即多」の思想は、日本人の生活感情にもぴったりするものがあった。野に咲く一輪のスミレの花のなかに大いなる自然の生命を感得することができるのは、日本人の直観力による。華道や茶道の理念にもこの精神は生きているのである。
鎌田茂雄『華厳の思想』

この本を読んでも華厳経のことは僕にはよくわかりません。仏教のこともわかったとはいえません。

でも、中身はわからないまでも、華厳経あるいは華厳宗というものがどのようにして中国で形を成し、それが韓国や日本でどう展開されたのかという流れや、『華厳経』とそのほかの『法華経』『般若経』との関係はなんとなくつかめた感じです。それと同時に、かつてはナショナル・プロジェクトとして推進され、密教や禅を通じ、また日本人の自然観とも一体となった華厳の思想をはじめとする仏教が、いま見事なまでに現代の生活から捨象されていることにあらためて驚きを感じました

宗教だからよくわからないなんてことをよくわかりもせずにいう前に、華厳が宗教というより思想であったという認識も含めて、これはもうすこしちゃんと仏教についても考えないとだめだなと思います。このことに限らず、日本人は過去の日本のことを忘れすぎてますね。不勉強、怠惰にもほどがあります。そんな状態だから海外に対して日本を説明するアカウンタビリティを満足に果たすことができないんでしょうね。もっとがんばらないと。



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2009年01月19日

専修大学・コンテンツデザインコース展「呼吸する文庫」

今日は、専修大学ネットワーク情報学部・コンテンツデザインコース展を見に行ってきました。



同展は、同学部同コース2年生の2008年度コンテンツデザイン総合演習 の最終成果発表会として開催されたもので、僕は上平先生が担当教員、内田洋行次世代ソリューション開発センターUCDチームの方々が特別講師をなされた「呼吸する文庫-本を巡る経験のリフレーミング」を中心に見させてもらいました。

HCDプロセスによるデザイン演習

「呼吸する文庫」という課題は、公式サイトに以下のように説明されているとおり、本棚を取り巻く人々のコミュニケーション、インタラクションを人間中心設計のプロセスを使って、調査・分析をし具体的にデザインに落とし込むというものでした。。

「呼吸する文庫」は、コミュニティの中に生き続ける本棚と、取り巻く人々のインタラクションをデザインする演習課題です。

対象をユーザーを自分たちと同じ大学生に設定し、5チームそれぞれが独自に調査を行った結果をもとに、ペルソナを作っていました。



自分たちと同じ大学生だからペルソナを作るのはそんなにむずかしくなかったかな。でも、簡単さが逆に一歩踏み込んだユーザーの理解を阻害してしまうという面もあるでしょうね。
でも、はじめての人間中心設計プロセスによるデザインだったら、そういう部分的な理解よりも調査、ペルソナを使ったユーザーモデリング、要件の抽出、プロトタイピングという一連の流れを体験することが大事ですね。流れを通して体験することで、プロセスのどの段階で何をやっておかないと次につながりにくいかが見えてくるものだと思います。

HCDプロセスを通じてデザインを組み立てる

そういう視点でみて面白かったのは、Booco(ブッコ)というコンテンツでした。



このチームが対象ユーザーとしたのは、卒業間近の大学4年生。このチームはまず、4年生にもなると出席しなくてはいけない授業数が減り、仲のよかった友達とも会う機会が減るということを調査から発見してる。それまで仲が良くても、そんな風に会う機会が減って疎遠になると、電話やメールもなかなかしづらくなるそうです。きっかけがつかめない。でも、mixiの日記にコメントするように、きっかけがあればコミュニケーションはできる。
そこをこのチームはデザインで解決する問題と定義していました。本の貸し借りをきっかけに疎遠になった友達と会えるシステム。

調査で得た発見をコンセプトにもっていく組み立てがちゃんとできていたのもよかったんですけど、実際のデザインにも気配りがあったのがよいなと思ったところ。

ひとつは、ゼミ室にあるような共有の本棚に自分の本を置いてしまうのは嫌という人の心理をちゃんと汲んでいたところ。それぞれが本を共有本棚に貸し出すのではなくて、逆に学校側が小型の本棚として本立てを貸し出すという発想に逆転した。この気配りがよいな、と。
その本立てが友達との貸し借りをつなぐ役目をするんですが、その説明は割愛。そんなことより、この本立てに本を立てると本立てがブーと鳴くというほうがポイントが高い。

もうひとつは友達と貸し借りしたログを記録できるしくみになっているんですけど、その表のヴィジュアルデザインがきれいなので、それをそのまま印刷するとブックカバーにもできるようになっていました。この気配りもよいな、と。

調査の発見からコンセプト、そして、実際のデザインを組み立てられていたのは、なかなかデザインを仕事にしてる人でもできないことです。これがじゃあ、実際に使われるの?というと疑問ですけど、それをここで問題視してもしかたない。組み立てるプロセスを学ぶ演習だと理解しましたので。

HCDプロセスは発想を組み立てる方法

人間中心設計というと、なんとなくむずかしそうとか、方法論が先行してるという印象をもつ人がいると思いますが、実際はそんなことはありません。
そんなむずかしい話ではなく、もっと単純に、現状に疑問をもち、それに対していろいろ調べながらアイデアを膨らまし、人と物の関係=インタラクションを具体的なデザインに落とし込んでいく発想の組み立てのプロセスなんですね。何のためのプロセスかを忘れたら元も子もありません。

人間中心設計や、あるいは、もっと広い意味でデザインというものをむずかしいものと感じる人は、発想を組み立てるということを必要以上にむずかしく考えすぎてしまっているんじゃないかな、なんて思います。いかに発想するかですから、それこそ、むずかしく考えすぎたら、でてくるはずの発想も出てこないようになります。大事なのは方法を覚えることより、発想のコツをつかむことですから。

そうじゃないんですよね。最初にプロセスさえちゃんと教えてあげれば、大学2年生でも人びとの視点からデザインを発想して組み立てていくということができる。そういう発想の組み立てる環境や場を提供してあげることが、こういう教育の場でも、企業の現場でも大事なんだと思います。それをせずに、学生や部下がものを考えないとか、自分たちで発想を組み立てないなんていってるのは、むしろマネジメントする側に問題がある。発想のマネジメント力ということがこれからますます重要視されてくると僕は思っています。
今日はそういうことをあらためて教えてもらった気がします。

上平先生、楽しい会にお誘いいただき、ありがとうございました。



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2009年01月19日

此道の一大事ハ、和漢之さかいをまきらかす事

"ほんもの"の生活?」の続きとして。

物を物としてだけ見るのはそれほどむずかしくありません。他人の物、それも見ず知らずの人の物を、単なる物として割り切るのは容易いことです。他人の物を、単なる物だと割り切って作るなら、ものづくりはだいぶ簡単になる。それは単に機能を満たせばいいし、多少は好みを考慮したものにすればいい。

ただ、自分の物だとそうもいかないことがあります。大切な人からもらった物、長年使って愛着が染み込んだ物、そうした物は果たして単なる物なのか。そうした物を、同じ型の新しい物と取り換えてあげるといわれて素直に「うん」といえるかといえば、いえる場合もあればそうでない場合もあるでしょう。古くなっても捨てられなくなることもあります。

"ほんもの"の生活?」で紹介したカスティリオーニの家の話も、奥さんの長年の思い出が染み込んだ家をどう改装するか、カスティリオーニが非常に繊細な配慮でリデザインを行ったことで奥さんの満足も得られたという話でした。

事事無礙法界

物に宿るのは、個人の思い出ばかりではありません。古い樹には神が宿ることもあります。日本では古代、ものは"物"であり"霊"でした。もののけ姫のもののけは"物の気"であり"霊の気"でした。



華厳思想には、ものの世界と真理の世界との関係を説いた四種法界という教えがあるといいます。その四種の法界のうちのひとつに事事無礙法界(じじむげほっかい)があるそうです。事事無礙法界は、現象世界のなかの個物と個物の関係を説いたものですが、これが単純な物と物の関係ではないんですね。

庭園に山から切り出した石を持ってくる。山にあるときにはたんなる石だが、それを切り取って石屋さんが持ってくる。それをだれかが購入し、庭に置く。その石には無限の霊(意志)が付着してくるわけである。これを石屋さんが高く売れると思って持ってくる、だれかがいい石だと思って買う、毎日見ているうちに石にだんだん愛着を感じる。買って、塀のなかへ放っておいて、また高く売れたら売ろうなんてやっているとそれきりだが、毎日見ていると心がそこに乗り移っていき、石もかわいいなという気になり、石が動いているように見える。ときどき石が笑っていると感じたりする。これは事事無礙法界の出来(しゅったい)なのである。
鎌田茂雄『華厳の思想』

事事無礙法界における物と物の関係は、こんな風に物と人が愛着などを通じて、ひとつにつながっていくことを指しています。石は人であり、人が石になるんですね。

とうぜん、そこに仏との関係も入ってくる。石が人、人が石であるだけでなく、石が仏にもなるし、人が仏にもなる。一即多、多即一というのは華厳思想でキーとなるコンセプトのひとつ「融通無礙」の考え方です。
そうした中国仏教の華厳の思想が、日本古来の山や木や石を神の依り代として捉えてきた自然観が重なり「山川草木悉皆成仏」という思想も生まれてくるわけです。

「とりあえず」使うもののデザインの終わり

そうした目でみると、物は単なる物ではないんですね。物は直接、人とつながってくる。物は人の過去・現在・未来を含むおもかげを映すようになり、また、自然の物同士が互いに互いを映しこむ。日本文化は古来、家屋にもそうした自然を映しこみ、自然の移ろいと無常の思想を重ねてきました。

物が過去のおもかげを宿すことができるから、人が物に過去のおもかげを重ね、自分自身を重ねることができるから、そこに文化が生じるのでしょう。エドワード・ホールが『かくれた次元』で指摘したような文化の違いも、人びとはそれぞれ異なる自然環境のもとに暮らし、それぞれ違う歴史を重ねているだから、そこに違いが生じるのはとうぜんといえるのかもしれません。

しかし、近代以降のものづくりは、そうした文化の違いも、個人の物への愛着も、物の霊性もすべて捨象して、物を単なる物へと格下げしてしまった感があります。

産業革命に由来するもの作りの最終目標は、世界の思想文化をフォーマルな機能主義デザインに委ねることだったのである。
橋本優子「第6章 プロダクトデザイン」
柏木博編・著『近代デザイン史』

もちろん、近代のものづくりも、柏木博さんが「近代デザインの出発は、誰もが他からの強制(力)を受けることなく、自らの生活様式を決定し、自由なデザインを使うことができるのだという前提を条件のひとつにしていた」と書いているように、最初はそれなりに偉大な理想(ユニバーサルデザイン)を有して当時の社会が抱えていた問題を解決しようと試みたものでした。
ただ、そうした理想も次第に忘れ去られてしまいます。

それは理想的生活や環境へのプロジェクトとしてあった。それらが忘れ去られた現在では、デザインは、「市場システム」のゲームとして展開されたり、あるいは、どうせ捨てられるものとして「とりあえず」使うものとしてデザインされている。
柏木博「おわりに モダニズムの展望」
柏木博編・著『近代デザイン史』

「どうせ捨てられる」「とりあえず使う」物に愛着を宿すのはちょっとつらい。企業は物を売りたいがために、人びとが物をとっかえひっかえする文化を作りたいのかもしれませんが、さすがもういいでしょという気分に社会全体がなってきているんじゃないでしょうか?

此道の一大事ハ、和漢之さかいをまきらかす事

僕が民藝品に興味をもっていることは、前に「勤労・勤勉が可能な社会」ですこし書きましたが、昨日、松本民芸家具が気になって、ちょっとサイトを見てみましたが、これはだめだなと思いました。

だめだなと思ったのは価格じゃないんですね。そりゃ、価格もバタフライ卓とか一番小さいものでも340,000円もするので高いんですが、それよりもこの重厚さを受け止める環境がないなと思ったわけです。
価格に関しては、高いのは間違いないですが、自分だけが使うものと考えず、ずっと使い続けてもらうものと思えば高いから買わないということにはなりません。それよりもやっぱりこれに合う設え=室礼ができないという意味でだめだなと思ったわけです。民藝を自分の生活に取り入れるとしても、いまのところ、器などの小物に限らざるをえないなと感じました。



室町時代中期の茶人で、侘び茶の祖といわれる村田珠光(1423-1502)が弟子の古市播磨(ふるいちはりま)にあてた手紙「心の文」に、次のような一文があります。

此道の一大事ハ、和漢之さかいをまきらかす事、肝要肝要

当時の茶の湯で用いられたのは、中国の唐物。つまり海外ブランドの力が強かった。その時代に珠光が「和漢之さかいをまきらかす」といって、国焼、つまり国産品もいっしょに使おうと言い出した。

この言葉自体は前から知っていたんですけど、これは単に唐物と和物を並べればいいというわけにはいかないんだなと昨日、松本民芸家具について調べていくうちに感じたわけです。つまり松本民芸家具の重厚さを受け止める空間のイメージができなかったのと同じように、唐物を受け止めるだけの和物がないと「和漢之さかいをまきらかす」にならないはずだ、と。そうでなければ、バランスがとれなかったはずなんですね。
物は単なる物ではないから、実はただ並べればいいというわけじゃないんです。物理的なスペースに対して物理的な物を配置するだけでは、茶の湯の数寄は出てこない。事事無礙法界が出来(しゅったい)してこないんですね。だからこそ、「此道の一大事」なわけです。

おそらく、珠光がこう言い得たということはようやく和物にも唐物と並べてバランスがとれるだけのものができてきたのでしょう。時代が下れば、それこそ黄瀬戸や志野が作られるようになります。そこに武野紹鴎、千利休と連なる侘び茶が発展する基盤があったんだろうと思ったわけです。紹鴎好み、利休好みを受け止めるような器物が作れる技術が日本もようやく獲得することができたのでしょう。そこにひとつの日本の文化が花開いていく。

物と人、人の暮らしと技術、文化と経済をつなげる

なんとなく、いまって、こういうダイナミックさがいまって欠けているんじゃないかと思うんですね。物を作る技術、そして、物に愛着を感じる個々人の好み、そして、それを包含していく文化というのがひとつにつながっていかない。
それじゃあ、経済も元気を失うのはとうぜんなんじゃないかなと感じるんですね。物と人、人の暮らしと技術、文化と経済がつながっていかない、感性を欠いたいまのものづくり(そして、使う側の物使い)では、人びとにストレスを与えるばかりで、力の源泉にならないんじゃないかと。それこそ、事事無礙法界の出来(しゅったい)してこない。僕らは物を作る側としても、物を使う側としても「此道の一大事」をあまりに軽んじてきてしまったんでしょうね。

まずは一人ひとりが自分の暮らしと物の関係をもうすこし大事にしていかないといけないのでしょうし、デザインする側もそういうことをもっと提案していかないとちょっとつらいんじゃないでしょうか。文化的にも、経済的にも。
珠光や紹鴎、利休とはいわないまでも、それぞれが自分の数寄を作っていくことが大事かな、と。自分の好みを自分で受け止められないんじゃ話になりませんから。

  

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2009年01月14日

アキッレ・カスティリオーニ 自由の探求としてのデザイン/多木陽介

「どの照明器具も、器具本体よりも照明効果のほうが重視されるときだけにインダストリアルデザインとしてその正当性を認めることができる」

これは、イタリアのデザイナー兼建築家であったアキッレ・カスティリオーニの言葉です。

照明器具そのものの形よりも、それが作りだす光の形にこだわる。当たり前といえば当たり前のことかもしれませんが、これができるデザイナーってあんまりいないんじゃないのかなって思います。はっきりそれを口に出して表明し、さらに実際にデザインする際にも余計なものを極力そぎ落とそうとする人はなかなかいないんじゃないでしょうか。

「もしこのテーブルの上に乗っているものがすべてテーブルなしでも同じ高さにいられたら、ランプなしに光が出せたら、こりゃあ、なかなか悪くないよ」

こんな風に究極的にはその効果だけをとどめて、物の存在はなくてもいいといえるようなデザイナーってなかなかいないですよね。
この本の主人公であるアキッレ・カスティリオーニという人はまさにそういう希少なデザイナーだったようです。



分析的思考によるデザイン

よくデザイナーは感性的な思考が得意で、論理的に積み上げていくことが苦手だとかということをごく当たり前のようにいう人がいますが、カスティリオーニの仕事を知るとそんなのはウソだということがわかります。
本当の意味でデザインをしようとすれば、感覚的・アナロジー的な発想と分析的・論理的な思考の両方が交互に必要にならざるをえない。その片方の論理的思考ができないとしたら、それはデザインじゃなくただのお化粧直しです。

照明に関して、カスティリオーニはメモを残していて、そこに既存の電球の分類からはじめて、光の当て方を5通りに分類し、その組み合わせが一般的な照明器具の分類だとしています。
さらに、室内における照明器具の空間的な位置(天井、吊り、壁、卓上、床上)を分類し、それが昇降可能だとか光線の向きを自由に変えられるとか、光度の強弱を調整が可能だとかを付加的なパラメータとしたうえで、室内の照明を考える際にはこうした変数を「何を、どのように、どれだけ見たいか」という目的に応じて組み合わせていくのだと考えているのです。

そうした照明に対する分析的な思考のみならず、

近視眼的に照明器具ばかりを眺めずに、彼は照明器具を常に家の中の室内環境、そしてその内部での人の具体的な生活行為に即して考察し、デザインしていたことがわかる。
多木陽介『アキッレ・カスティリオーニ 自由の探求としてのデザイン』

という風に、照明をより大きな「人びとの暮らし」という包括的な視点で捉えデザインしていたのです。

インテグラルプロジェクト

包括的な視点という意味では、カスティリオーニは自分の仕事のあり方を「インテグラルプロジェクト」と定義したそうです。
デザインとはグループによる協力作業、集団的な創造行為であるといい、デザイナーがそのすべての段階に関わっていくことを当然と考えていたようです。

外形の化粧直しとしての仕事の正反対で、その実現のためには機能、メカニックからマテリアル、最終的なフォルム、さらには店舗のデザインからパッケージング、広告、販売担当者への指導に至るまで本来の自分の担当以外にもすべてに注意力と関心を向けること、この「すべてを考える」という総合的な視野、思考力がデザイナーだけでなく、すべてのクリエイターには要求されるとカスティリオーニは考えていた。
多木陽介『アキッレ・カスティリオーニ 自由の探求としてのデザイン』

まさに「みんなで手を動かしながら考える」です。
そうでないと、包括的な視点でのデザインなんてできるはずがありません。企画は企画、設計は設計、開発は開発、販売は販売なんてバラバラにやっていたら創造的な仕事なんてできるわけがありません。

技術者とのミーティングを行うだけでなく、セールスマンや店頭の販売員も巻き込んで仕事をするのがカスティリオーニの仕事のスタイルだったそうです。

カスティリオーニとデザイン思考

ようするに、カスティリオーニのデザインの根幹にあるのは、物をデザインするのではなく、物とその効果と人との関係をデザインするということなんだと思います。

いま「デザイン思考」と呼ばれている考え方がすでにカスティリオーニのデザイン思想のなかにすべてあるといってもかまわないと思います。

ごくまるで現代の人類学者の言葉のような95年の「学生たちへの助言」にも「人々の当たり前な身振りや慣習順応的態度、人が気にもとめないようなフォルムを批評的な目を持って観察することを」学びなさい、とあるように、世界を前に、分析し、いつでも批評的精神で物を見よ、目の前に提示された現実を鵜呑みにせず、ごくありきたりになってしまっている物のあり方をもう一度批判的に見直し、そうでない物事の在り方を探すための足掛かりにしろということなのだ。
多木陽介『アキッレ・カスティリオーニ 自由の探求としてのデザイン』

これなんて僕がいつもこのブログで書いていること、そのまんまですよね。
僕はただデザイン思考と呼ばれているものを学んで、そういうことが言えるようになっただけですが、カスティリオーニは自らそこに辿りついている。それがすごいなと思います。

想像力と好奇心

僕がこの本を読んで興味をもったのは、いわゆるプロダクトデザイナーとしてのカスティリオーニより、トリノの市街の照明計画を手がけたり、さまざま展示会の会場デザインを担当するカスティリオーニでした。いわゆる建築家寄りの仕事です。



僕も大学時代に建築を勉強していたのですこし想像もできますが、建築というのはより包括的な感覚・分析が求められる分野です。人の導線、空間の見え方、それから先の照明の話、音響や素材など、さまざまな要素が関わってきます。
カスティリオーニが「自分に気に入るようなかたちで他人を住まわせるなんて不可能です」といい、人の家のインテリアをデザインするのなんてほとんど無理といっている感覚もなんとなくわかる。人の暮らしということを本当に考えれば考えるほど、デザイナーが完全にそれをデザインするのは不可能だということがわかってきます。特に自分自身が自分の暮らしをちゃんと考えている人であればあるほど。

一方でカスティリオーニは展示会の空間デザインをするときには観客の好奇心を刺激する空間をいかにして作るかということを第一に考えていたようです。

カスティリオーニにおいては、デザイナーと利用者を繋ぐ「想像力」と「好奇心」は常にデザイン行為の基本にあったが、展示空間のデザインも「すべて好奇心を基準に組み立てられていた」のである。
多木陽介『アキッレ・カスティリオーニ 自由の探求としてのデザイン』

観客の想像力や好奇心を駆り立てようと思えば、デザイナー自身が常に普段の生活において想像力を磨き、好奇心を刺激していないとできないと思います。
まさに想像力と好奇心をもって「人々の当たり前な身振りや慣習順応的態度、人が気にもとめないようなフォルムを批評的な目を持って観察する」ことが大事です。

カスティリオーニの好奇心

カスティリオーニという人は自分のデザイン・スタジオに世界中から蒐集してきたいろんなガラクタを集めていて、それをいじくりまわしては子供のように遊び、スタジオに訪れた人に、そのガラクタに封じ込められたデザイン思想・人びとの身振りに関する知恵を熱心に語ったそうです。まさに身近な物の形に自ら触れることで、その物が宿した人間の身振りに関する「かくれた次元」を人類学者的な視点で解き明かしたんですね。

その話を実際にカスティリオーニから聞いたのが、この本の著者である多木陽介さんです。多木陽介さんは、生前のカスティリオーニを訪ねて何度も彼のスタジオに足を運んだようです。そして、彼が亡くなってからも何度も。

カスティリオーニと何度も話をし、彼のデザインに対する考え方を聞いたそうです。それがこの見事な本に結実している。とてもいい本です。多木さんが撮影したカスティリオーニのスタジオの写真も温かみが感じられてすごくいいです。こんな本を作ってくれた多木さんに感謝です。

それなのに、もしかしてこの本、すでに絶版? 2007年12月に出てまだ1年ちょっとなのに? それとも、amazonで品切れなだけ?



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2009年01月14日

連塾・方法日本1 神仏たちの秘密―日本の面影の源流を解く/松岡正剛

まったくおそろしい本です。今まで10冊以上松岡さんの本を読んでますが、スピード感や勢いという意味ではこれが一番圧倒されました。連塾という講義を収録したこともあってかライブ感のある荒々しさがいいです。文面からもその場の熱気が伝わってくる。そして、この講義の場に顔を揃えた方々の興奮まで(この講義には鈴木清順さん、前田日明さん、しりあがり寿さん、樂吉左衛門さん、中村吉右衛門さんなど、そうそうたる方々が参加しています)。

なんで、本を読んだだけで熱気や興奮まで感じられるんでしょうね? これが松岡編集工学のなせる業なんでしょうか。あらためて考えると不思議です。



連塾

この連塾という講義は、2003年の7月に第1回が行われ、2005年の6月まで計8回の講義が行われたそうで、本書はその最初の3回を収録したもので、残りも今後出版予定だそうです。

連塾そのものはいまも続いていて、第3期の現在は「JAPAN DEEP」というシリーズ名でゲストを迎えて開催されているようです。最近では第3期の2回目が昨年12月20日に行われています。

さて、本書収録の3回は、それぞれこんなタイトルで開催されたそうです。

  • 第1講 笑ってもっとベイビー 無邪気にオン・マイ・マインド
  • 第2講 住吉四所の御前には顔よき女體ぞおはします
  • 第3講 重々帝網・融通無礙・山川草木・悉皆成仏

本書では、さらにそれぞれの回にサブタイトルがつけられています。こっちをみると、それぞれの回でどんな内容が話されたか、すこし想像できるようになってきます。

  • 第1講 外来文化はどのようにフィルタリングされてきたか
  • 第2講 日本にひそむ物語OSと東アジア世界との関係
  • 第3講 仏教的世界観がもたらした「迅速な無常」

第1講で『日本という方法―おもかげ・うつろいの文化』をはじめとする著書で松岡さんが繰り返して提唱している「方法日本」の概要(一言で「概要」といっても講義の時間は4時間です!)が話され、第2講では古代、神話の世界を、そして、第3講で聖徳太子が仏教を国造りの基礎に据えて以降の仏教の流れを追うという構成です。歴史の流れを基本に据えながらも、あくまで各回から「方法日本」の方法が浮かび上がるような内容になっています。

方法日本のガイドブック

この本を一言でいえば、松岡さんによる「方法日本」を考えるためのガイドブックということになると思います。よくできた旅行のガイドブックと同じで、内容に触れた人それぞれが自分が興味をもった場所に行って、それぞれが「方法日本」の探索を開始できるようになっています。

僕自身はまず自分が苦手な仏教まわりをあらためて探ってみようと思ったので、本書で紹介されている鎌田茂雄さんの『華厳の思想』を購入してみました。あとは、中世の歴史をもうちょっと理解しておきたいので網野善彦さんの一連の歴史研究の書も何冊か購入。

方法日本を駆動するのは日本人じゃなくても構わない

そうなんですよね。松岡さんはあくまで「方法日本」のガイドをしてくれているだけです。それ自体、非常に興味深く、ありがたいことなんですが、その「方法日本」を駆動して実際に何かを生み出していくのは、日本人それぞれの役目なんですね。

いや、松岡さん自身がいっていますが、別に日本人じゃなくたって構わないんですね。実際、これまでだって多くの外国人が「方法日本」を駆使してきたことがこの本でも紹介されています。ジョサイア・コンドルしかり、アーネスト・フェノロサしかり、ラフカディオ・ハーンしかりです。前に白川さんの本を紹介した際に日本で最初に訓読みを発明したのは百済人だということも紹介しました。

その意味で「方法日本」を用いるのは日本人でなくても構わないし、それが用いられる場所が日本でなくてもかまわないわけです。

昨日紹介した『かくれた次元』の文化の違いは外から見たほうが目につきやすいという話と同じで、外国人のほうが客観的に「方法日本」を把握しやすいということはあるのでしょう。最近でも江戸文化をうまく研究しているタイモン・スクリーチさんの仕事もそうだと思います。

日本を破り日本を掬う

ただ、松岡さんは日本人自身が日本を説明できるようにならなければだめだともいっています。

われわれ自身の日本についての説明をもっと深め、もっと研ぎ澄ますことも必要です。そのためには、外国人による説明とはまたちがって、日本によって日本を破り、日本によって日本を掬うということが求められているように思います。
松岡正剛『連塾・方法日本1』

それは単に和風好みになれって話じゃないですよ。松岡さん自身、日本料理屋に行って琴の音が流れてくると、「ごめんなさい」といって帰りたくなるといっています。それなら椎名林檎をかけてくれたほうがいい、と。
松岡さんは桑田佳祐や椎名林檎の歌に言霊をみているんですね。『愛の言霊』とか『罪と罰』とかに。だから、第1講のタイトルが「笑ってもっとベイビー 無邪気にオン・マイ・マインド」だったりします。あと松岡さんはたらこスパゲティーを箸で食べるのも好きだそうです。

日本を遊ぶ

最初にこの本にはライブ感があって荒々しさを感じると書きましたが、松岡さん自身、この会を通じてもっと日本が荒れるようになればいいということをいっています。

日本にはそもそも和魂(にぎたま)と荒魂(あらたま)というものがあるそうです。ニギミタマ・アラミタマともいうそうです。
和魂は自体や気分を和ませ、和らげる。逆に、荒魂はやや荒っぽく方法を行使することをいうそうです。日本の神話もそもそもアマテラスとスサノオという和魂と荒魂をそれぞれ象徴するような姉弟の二神によって展開しますよね。

そのスサノオのスサが荒なんですね。荒はスサビとも読むといいます。風が吹きすさぶ、口ずさむというスサビです。これは事態や光景、好みが長じていくことを指す言葉だそうです。

ただし、ただ荒れるだけ荒れればよいというものではない。それは「乱」です。日本の荒魂はつねに毅然としたものがり、どこかで和魂と結び合っているところがあった。それがすさぶということなんです。この「スサビ」は「荒」であって、かつ「遊」とも綴った。だから、遊びと綴ってスサビとも読むのです。そこがたいへんおもしろい。
松岡正剛『連塾・方法日本1』

「遊」は松岡さんが最初に編集していた雑誌の名前でもありました。白川静さんが一番好きな文字でもあったそうです。出遊するという意味で、人が旗をもっている形が遊という字だそうです。

だからこそ、遊はその後の西行や芭蕉の数寄の遁世にもつながっていきますし、この講義名の元にもなっている江戸時代の連の場にもつながっていく。遊びはいま僕らが想像するようなものと違って、スサノオの荒魂にもつながる深い意味をもっていた言葉だったはずなんですね。そんなことも考えてみたくて、ロジェ・カイヨワの『遊びと人間』も買いました。

という風にこの一冊をガイドに、どんどん好奇心を広げられる。それがこの本のすごいところだな、と。

これは絶対に読まないとソンだと思いますよ。



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