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2008年09月25日

それ、何のためにつくってるの?

誰のために、何のために、つくるのか?
これは何も最終的な製品・サービスに関してのみ、問われる問いではありません。

例えば、設計図。これは最終的な製品を実制作、実開発する人が制作・開発が行えるようつくるドキュメントでしょう。
例えば、サービス・マニュアル。これは実際にサービス提供を行う人が正しい形でサービスを提供できるようにするためにつくるものでしょう。

人がやらなくてはいけない多くの仕事の成果は、ほとんどの場合、自分以外の誰かの要求をかなえるためのものです。
であれば、とうぜんながら、誰のために、何のために、つくるのか?という視点は必要になるはずです。

「なるはずです」と書いたのは、そういう視点がなく、行われる仕事、つくられるドキュメントが多いと思うからです。

使いやすさの前に問うべき、使う理由

「これじゃあ、読みにくいよ」などと読みやすさや使いやすさを問う視点はたまに見受けられます。
しかし、読みやすくなったとして、その資料を利用する人はいるの?というところが疑問に感じられる仕事というのもは少なくありません。

  • 誰のために、何のために、つくるのか?
  • そのためにはどんな要素で構成されているべきか?
  • 構成要素はどのように配置し、表現すべきか?

という順で落とし込んでいくのは、いわゆる人間中心設計プロセスと変わりません。

人間中心設計プロセス


ところが、この最初の「誰のために、何のために、つくるのか?」がないために、つくったはいいけど、誰も利用しないなんていう仕事が多いんじゃないでしょうか? 
実際の製品やサービスでもそうです。ユーザビリティといって最終的なUIの使い勝手を言う前に、そもそも、その製品・サービスを使う人が何を求めているかを問わない限り、使いやすさ以前に使う理由が満たせません。
こむずかしい方法や理論以前に「これ、誰のために、何のために、つくるんだっけ?」という感覚が人間中心設計・ユーザビリティには必要なんですね。

さて、ところでペルソナに興味をもっている皆さん、何のために、誰のために、ペルソナをつくるんですか?

  

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2008年09月25日

Googleケータイの米発売日は10月22日

満を持して、Googleがケータイ市場へ挑む。

日本でもスマートフォン市場で実績の厚いHTC製の端末、
外資系企業での普及が進むBlackBerryの機能、
そしてケータイ向けOS「アンドロイド(Android)」。
米での発売日は、10月22日。
端末のデザイン自体は、トラックボール以外目新しくない。
期待するとしたら、アンドロイドの性能。

スマートフォンはもっさりした反応からなかなか脱出できない。
Web上でシンプルで高速なサービスを実現したGoogleこそが、脱出者となるのか。

ぜひ、触ってみたい?n?[?g?????i?????n?[?g?j

2008年09月24日

韓国産のニンジンはいいけどキノコは?(韓国産最高級の「襄陽(ヤンヤン)松茸」)

韓国産ニンジン、つまり高麗人参は日本でも重宝される。
でも、キノコの仲間、松茸だとなぜか分が悪い。
韓国でこれだけの人気なのに、日本では「襄陽」ブランドの名を聞いたことがない。

機会があれば試してみたいが、いかんせん松茸食べるのは年に一度か二度なので?????????`?i?????????j

2008年09月23日

[イベント][デザイン] 横浜トリエンナーレ2008 - TIME CREVASSE


現代アートの国際展、「横浜トリエンナーレ2008」に行ってきた。横浜トリエンナーレは2001年に初めて開催され、今年で3回目を迎える日本を代表する国際展で、僕は前回の「横浜トリエンナーレ2005」にも参加することができた。その時のダニエル・ビュランの作品「海辺の16,150の光彩」が印象的だったのを覚えているが、今年に至ってはシンボルとなる印象的な作品がなかったのが少々残念ではある。


Yokohama - 16


横浜トリエンナーレはその国際性と規模の大きさで注目を浴びており、その名の通り横浜という都市部で行われている。横浜の、それもみなとみらいの広大なメイン会場を中心として、横浜の街中でもアート作品が展開されている大規模な展示会なのだ。普段から日本国内で開催されている美術展ではなかなか見ることができない有名なアーティストや若手まで幅広いアーティストが参加するのも魅力の1つとなっている。


Yokohama - 9


本展では毎回テーマが設定されており、3回目となる今年のテーマは「TIME CREVASSE(タイムクレヴァス)」。和訳すると「時間の裂け目」。抽象的ではあるが、「新しさ」ばかりがアートの豊かさではないということを再確認する(歴史や作品の自立性を見つめ直す)、時間や空間も含めて世界的に進む「標準化」がかえって生み出してしまっている「分断」を見つめるといった趣旨で設定されたようだ。


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開催概要 | 横浜トリエンナーレ 2008

いま世界は、高度な情報化によって、時間も空間もひとつの基準によって標準化されているように思われますが、じつはその標準化そのもののためにかえって多くの分断、おそらく、人類の歴史のなかでも、そうとうに深刻な分断をわたしたちは生きることを余儀なくされているように感じられるのです。

時間は複数の系として流れている。とはいえ、そのこと自体がそのまま豊かであるわけではありません。むしろ、時間は、ときに捩れ、渦巻き、ぶつかりあい、そこに予想をしない亀裂が生じ、そこに深淵が顔を覗かせます。

アートの力は、まずは、その深淵を直視し、いうならば「タイムクレヴァス」のかたわらに佇むことによって、個人と社会、国家、性差、世代差、人種、宗教といった相互の差異を、現在の自分自身が置かれている状況を含めて、徹底して感じ取ることから生まれ出てくるのではないでしょうか。


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今年の横浜トリエンナーレはこれまでとは異なり、6つの会場に分散化されているため、時間に余裕を持って参加されることをおススメする。会場間を走るフリーシャトル・バスが走行しているが、公式ホームページで事前に会場内の作品と場所を確認することで効率良く周れると思われる。


「横浜トリエンナーレ2008」

会場: 新港ピア/日本郵船海岸通倉庫(BankART Studio NYK)/横浜赤レンガ倉庫1号館/三渓園/大さん橋国際客船ターミナル/ランドマークプラザ/運河パークほか

住所: 横浜市中区新港2-5

アクセス:


大きな地図で見る

開催期間: 2008年9月13日(土) 〜 2008年11月30日(日)

営業時間: 10:00 〜 18:00(入場は17:00まで)

休館日: 無休

入場料: [一般]1,800円 / [大学生]1,300円 / [高校生]700円


関連エントリー:

2008年09月23日

2010年W杯の公式マスコットは?

南アフリカと聞いて、なにが連想できるだろうか。
社会科の授業で習った「アパルトヘイト」ぐらいか。
次回W杯の公式マスコットが「ヒョウ」ということは、野生動物の宝庫なのかもしれない。

こうして、南アフリカを知る機会を得るのは面白い???[???i?????????j

関連サイト
南アフリカ共和国 - Wikipedia

2008年09月23日

インドなら『ハリ・プッター』ぐらい当たり前

インドで『ハリー・ポッター』ならぬ『ハリ・プッター:恐怖の喜劇』が制作された。
米映画会社ワーナー・ブラザーズが著作権侵害で訴え、ニューデリーの裁判所は訴えを棄却した。
インドの裁判所に委ねたところで決着はついていた。

20年近く前の記憶で恐縮だが、インドにはこういったパロディのきいたネーミングが氾濫していた。

透明な瓶に赤いロゴは、Coca-cola(コカ・コーラ)ならぬCampa-cola(キャンパ・コーラ)。
緑の瓶は、Sprite(スプライト)ならぬSprint(スプリント)。
アイスクリームショップは、サーティーワンならぬトウェンティーワン。
海外からの輸入品と思って口にすると、とんでもない味の違いに驚く。

そんな経験からすると、ハリ・プッターぐらい気にならない。
むしろ、『踊るマハラジャ』ばりの奇妙奇天烈な展開になっているとしたら、ぜひ観てみたい???[???i?????????j

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関連サイト
ハリー・ポッターシリーズ - Wikipedia

2008年09月23日

旗が少し長すぎた(鹿島アントラーズ サポーターに無期限の観戦禁止処分)

9月20日(土)の鹿島アントラーズ対柏レイソル戦。
サポーターの応援用の旗が、コーナーキックを蹴ろうとした柏の選手に激突。
旗をふっていたサポーターは無期限の観戦禁止処分と厳しい。
観戦禁止処分は本質的な解決にならない。
スポーツニュースで見た限り、コーナーからスタジアムがかなり近い。
選手とサポーターとの距離が近いのは、サッカー観戦の醍醐味。
スタジアム最前列で旗をふれば、接触は十分にありえる。

そもそも、故意に行った行為なのか。

2008年09月23日

アメリカ社会主義合衆共和国の誕生

転がりだすと、あっという間だった。
ここ1週間のアメリカの動き、そして世界へ波及する勢いに目を見張った。
最終的に国家による救済手段を選んだのが、最大の民主主義国家アメリカというのが皮肉。
それが事態の深刻さを現している。

国際テロ、そして金融破綻。
アメリカは自由主義が影をひそめ、国家による監視網が支配する「エネミー・オブ・アメリカ」の世界が登場するのだろうか。

明るくて力強い、そして笑えるアメリカの復活を願う。

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関連サイト
エネミー・オブ・アメリカ - Wikipedia
タグ:経済

2008年09月22日

自分は引き際の良さ、時機の見極めができてないなと感じる人のための3つの処方箋

自分は粘り強さ、継続性が足りないなと感じる人のための3つの処方箋」に続いて、こちらもご要望があったので、いい機会なので自分の考えをまとめてみようか、と。

引き際の見極めができるようになるための3つのポイント

とはいえ、まずは「粘り強さ、継続性」がない人は「引き際の良さ、見極め」もできないんだと思うんですよね。つまり、タイミングが読めないんです。どこで引くか/引かずに続けるかというタイミングというものが見えない。なので、イヤになっちゃってやめるか、いつまでもグズグズ引き延ばすか、いずれかになってしまうのでしょう。
しかも、その時点で辞めやすければ辞めるし、辞めにくければ辞めないというだけ。いずれにしても、あんまり自分の意志じゃないんですね。引き際も継続性もあったもんじゃない。潔くあきらめるのと続かなくなるのでは違いますし、がんばって続けようというのとやめられないのも違います。
引き際の見極めって実は、続けるか、辞めるかという判断ではないんですね。それはむしろ継続性の先にある。意志を継続しつつ、やり方を変えることです。何かを拾うために何かを捨てるには、意志そのものは変化の前になければ変化そのものが起こせません。ある地点から未来のための行動戦略を考えたときに適切な決断が論理的に下せ、その決断どおりに未来の行動を即座に組み立てなおせるかというのが「引き際の見極め」の問題です。
この「引き際は継続性の反対概念ではなく、その続き」だというのが1点目

もうひとつ、「引き際の良さ」といいますが、実はそれって辞めるタイミングを計るのではなくて、次のことをはじめるタイミングを計ることだと思うんです。ずっと心のなかで待ち望んでいたタイミングがやってきたのを見極め、それに飛び乗れるかどうか。これって継続することよりよっぽどむずかしいんじゃないかなという気がします。辞めるというよりも、自分が変わるタイミングを計れるかどうかです。
この「辞めるのではなく、変わる」というのが2点目

3つ目は、そもそも引き際の「キワ」、見極めの「キワ」は、すでに何度か書いてきたようにエッジだということ。界を分ける縁です。この「キワ」に関しては、日本の意匠に対称的な2つのデザインの方法があります。
1つはカギリという方法。これは俵屋宗達が得意とした扇絵やまたそれを画面に散らした扇面屏風、あるいは絵馬のように見通しを限ることで、場面を重視する手法です。歌舞伎において見栄を切るのもそこで場面を限るもので、カギリの手法の1つです。
もう1つは逆にツラネ(連ね)、ツクシ(尽くし)、ソロエ(揃え)のように、一画面のなかにあらゆるものを押し込めて描き分ける方法があります。「江戸百夢―近世図像学の楽しみ/田中優子」で紹介した百なんとか図などの「百」の世界の絵の系統がそれです。とうぜん、和歌や俳諧を連ねていく連歌会や俳諧連歌の方法もまさにツラネです。このあたりは松岡正剛さんの『日本数寄』にも詳しいので興味のある方は読んでみてください。
さて、こうしたカギリやツクシの技法を「キワ」の表現に用いたのは、日本には近世まで分類学という概念がなかったからです。種・類・属などで階層構造的な分類を行うリンネの分類学が伝わるのはもっとあとです。つまり、日本語における引き際や見極めには、単に「分かる=分ける」というのとは違った方法論が必要になるのです。それがカギリでありツクシです。というわけで、3点目のポイントは「見分けるのではなく、見極める」です。

引き際の見極めができるようになるための3つの処方箋

というわけで、じゃあ、どうすれば際の見極めができるという処方箋についても考えてみます。

1.引き際は継続性の反対概念ではなく、その続き
意志を継続しつつ、やり方を変える。引き際の問題って決して完全にゼロに戻すことではないんですよね。そりゃそうだよね。いくら1から出直すって言ったって人生やり直しはきかないんだから、それまでの人生を背負った形でやり方を変えていくしかないんですよね。その意味では引き際というのも継続性の延長として考えた方がいいと思うんです。

  • 1-1.プロトタイプ志向をもつ
    なにかをはじめる際に最初から成功しか視野に入れていないのがそもそも間違いです。なにかをはじめるなら、何度かの失敗の上に成功があるという風に最初から計画をしておく必要がある。ようはプロトタイプ志向、試行錯誤をあらかじめプランニングしておくことです。それができれば小さな引き際自体はわりと簡単に見極められます。プランAからプランBへの切り替えをすればいいだけです。目的を達成するために、最初はプランAからはじめてみたけど、どうやらやっていくうちにプランBのほうがうまくいきそうだなと思ったら、そちらに切り替えられるようにしておくんですね。もちろん、それには最初にある程度のプランをアイデア出ししておく必要があります。
  • 1-2.ブレインストーミングができるようになる
    アイデア出しの方法で一番いいのはブレインストーミングをすることです。「自分は粘り強さ、継続性が足りないなと感じる人のための3つの処方箋」の「3-1.まずはテーブルに載せてみなけりゃはじまらない!」で書いたことにもつながりますが、まずはできるだけ多くのアイデアをテーブルに載せて吟味できる状態をつくるんですね。これをやらないではじめちゃうから、すくないプランが破綻をすると継続できない、もうやめたとなる。繰り返しになりますが「もうやめた」は引き際を見極めるのとは違います。それは単なる手づまり、行き詰まりによる放棄ですから。先のツクシの方法ではありませんが、まずはブレインストーミングをやって100個のアイデアを描き尽くしてみることからはじめればいいのです。ブレインストーミングについては「ブレインストーミングの7つの秘訣」を参照ください。


2.辞めるのではなく、変わる
まず前提にあるのは「まわりの状況を変えたいのなら自分を変える」ということです。何かを辞める理由で多いのがいくらやっても何も変わらないからということがあると思いますが、変わってないのはまわりなの? それとも、自分自身? ということはちゃんと考えてみたほうがいいでしょう。

  • 2-1.必要な情報は向こうからやってくる状況をつくっておく
    見極めの問題には、見極めるための情報があるかないかという問題はかなり大きいでしょう。判断するための情報が得られなければ、的確な見極めなどできるはずもありませんから。たいてい、辞めようと思ってから急に情報を探しはじめたりしますが、それだとまともな情報なんて得られないんですよね。辞めるための情報収集になってしまうので視野が狭くなる。キーワード検索でキーワードが思いついたこと以外は検索できないのとおなじで、辞めるが前提だと情報収集のフィルターがかかってしまいます。
    そうではなく、そもそも辞めようかどうかを悩みはじめるよりも前に、すでに情報は入ってきている状態をつくっておくことが必要だと思うんです。「デザインに関する箇条書きのメモ その2」でもメモ書きしておきましたけど、「情報は集めてナンボではなく、誰かに渡してナンボ」ということが大事で、普段から自分で周囲に対して情報発信しておくことが必要です。情報発信をし続けるなかでの自分の変化をまわりに知ってもらえるようにする。それではじめて周囲が変わる可能性が生まれ、そこに自分自身の活路も見えてくるんですね。自分のことなんだから、やっぱり自分起点にしないとダメです。
  • 2-2.とにかく編集して使い倒す(使わないのなら集めずに捨てる)
    これも「デザインに関する箇条書きのメモ その2」でメモ書きしておいたこと。情報を見極める目を養うには、情報を扱える力を養わないといけないと思うんです。情報を扱うというのは、上に書いた誰かに渡せるようにするということもそうですし、自分の考えをまとめるために編集をするということでもあるんです。結局、自分がもっている情報を編集し直すというのは、自分自身を変えることにもつながるんです。元のバラバラの情報群から編集という活動を通じて新しい文脈を生みだすこと。その新しい文脈自体が自分自身の一部になる。自分を変えるというのは、そんな風に自分のなかに新しいプログラム=文脈を生成することでもあります。編集の具体的な方法は、「自分は粘り強さ、継続性が足りないなと感じる人のための3つの処方箋」の「1-1.ポストイットを活用した整理術を身につける」や「1-3.アクティングアウト、ウォークスルーをする」を使えばよいと思います。


3.見分けるのではなく、見極める
上にも書いたように、かつて日本では分類によって情報を整理するのではなく、場面重視型のカギリの方法や、とにかく列挙し違いを描き分けるツクシの方法が用いられていました。ここでも安易なカテゴリー分類、それとともにある二項対立(あれかこれかの選択)ではなく、分けつつもどちらかを排他的に選択せずに選択そのものを無効化する方法についても考えたいと思います。

  • 3-1.道具を揃え、使い分ける
    これは吉橋先生にいわれて、あらためて「そうだな」と思ったこと。僕はよく手書きで描いて作業することを勧めていますが、特にその道具については書いてきませんでした。でも、昨日「横浜ワークショップ2008」のフォローアップ講習に行ってみると、みんな、ボールペンとかシャープペンとかでアイデアスケッチをしてるんです。『ペルソナ作って、それからどうするの?』とペーパープロトタイプの説明のところでも書いてますが、ボールペンやシャープペンだと近くに寄らないと書いたことが見えないんですね。それじゃあ、ほかの人が見てもらって感想をもらうこともできないし、自分でもちょっと離れたところから見るということもできません。アイデアスケッチをするなら遠くから見ても書いたことが見えるサインペンを使わないと。それに黒以外にも何色かのペンをもっておくことが大事。道具がアイデアを磨いてくれるってことは往々にしてあります。いろんな大きさのポストイットを使いこなしたり、紙をそのまま使うのではなく、切り貼りするというのもそうですね。そうした物理的な作業からカギリもツクシも生まれるんです。
  • 3-2.視覚的イメージで考える
    見極めるということが問題であれば、それは見ることの問題です。であれば、言葉だけの情報を頼りするという方法にそもそも間違いがある。尽くしの方法でも100の絵で描き分けたりしますが、物事の見極めにはちゃんと視覚的イメージを使って考えることも必要です。単にカテゴライズされた名称、属性情報だけで判断してしまうのがおかしい。あまりに身近なキーワードで考えてそれで満足してしまう人が多すぎます。ちゃんと時部自身でフィールドに出かけて観察したり、体験したりする情報をもとに考えることも大事ですし、集めた情報を整理する場合も言葉に抽象化できない視覚や聴覚、その他体感的な情報も含めて吟味するクセをつけたほうがいいと思います。言葉の情報はすでに抽象化されて現実そのものを含んでいないことが往々にしてありますから、より現実のにおいを残した経験的な記憶から情報をそのものを抽出する情報化の作業によって、見極めを行うことが大切だと思います。

ここまで読んで、これって単に情報デザインの方法じゃんと、ちゃんと見抜いた人は鋭いなって思います。そう。僕は継続性の問題も、引き際の問題もある程度、情報デザインの方法、情報を扱う方法でかなりうまく対処できると思っています。もともと情報デザインそのものが認知科学などをベースにしているわけですから、人の思考や行動を扱うのには役立つことが多いのです。
よくこういうエントリーを書くと「精神論」という人がいますが、書いている本人は「情報論」「情報デザイン論」だと思ってるわけです。精神の問題だなんて思ってなくて、もうすこしドライに情報をどう扱えばよいか、どうデザインすればよいのかという問題と捉えています。
情報のデザインを単にUIのデザインの問題だと思ってしまうことのほうが間違っているんですね。情報の問題とは人間そのものの問題なんですから、そのデザインももっと人間の思考や行動、人生に関わるものなんだと考えた方がいいのでは?と思うんですよね。

   

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2008年09月22日

IKEAかと思った

写真を見て、IKEAのニュースだと勘違いした。
IKEAではなく、IAEA。
国際原子力機関(International Atomic Energy Agency、IAEA)の次期事務局長を巡る話。

よく似ているアルファベットだが、意味はまったく違う。
って、違いすぎだろ>わたし?????`?i???_???????j

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IKEAがつくった銀行の名前は?