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2008年08月31日

9月6日は何の日か?(クロレッツXP試用レポート)[広告]

日ごろガムを食べないわたしだが、運転中は別。
眠気覚ましのために刺激の強い製品を選び。
しかし、運転手向け商品は、刺激だけでおいしくない。

そんなわがままなわたしがプレスブログの紹介でモニターさせていただいたのが、
キャドバリージャパン株式会社の「クロレッツXP オリジナルミント」。

2008年08月30日

[クリッピング] 「日本Androidの会」


当ブログでも何度かご紹介させていただいている"Androind(アンドロイド)"の勉強会を定期的に開催している「Android勉強会」が9月12日に「日本Androidの会」を設立するようだ。「日本Androidの会」の活動目的は「日本でのAndroidの普及と発展を図ること」。Androidを中心に据えながら、携帯・組み込み機器・コンテンツなどで世界の最先端を行く日本の技術・ノウハウを共有する場を用意し,日本のモバイル産業の競争力を向上させることを狙いとしているという。


講演/発足式典 - Android勉強会

「会の基本的な目的は、日本でのAndroidの普及と発展を図ることです。会はAndroid関連の技術情報を交流・蓄積し、Android開発者の養成と教育支援を積極的に行い、Android関連ビジネスの活性化を目指します。

私たちは、様々な立場・関心からAndroidに興味をもつ、全ての開発者、ユーザー、個人、企業、コミュニティ個人・企業が、私たちのコミュニティに参加することを歓迎します。」


主な活動は上記の通り、イベントや分科会などを通じ、Androidに関わる人たちの交流・情報蓄積を行うというもの。会への参加資格や会費などは特に設けないようだ。Androidに興味のある人なら、誰でも参加できるという。会の発足に伴い、9月12日に第一弾となるイベントを開催するとのことなので興味のある方は申し込みフォームより参加してみてはいかがだろうか。詳細は以下のようになっている。


プログラム

【記念講演】

  • Google様

【会長挨拶】

  • 丸山会長

【各ワーキンググループ隊長挨拶】

  • コンテンツWG
    • Android向けのコンテンツを考えるWG
    • 隊長:安生さん(Google認定Androidエキスパート)
  • Web・マッシュアップWG
    • Webやエンタープライズ向けアプリとのマッシュアップを考えるWG
    • 隊長:adamrockerさん(throw Life管理人)
  • DalvikVMWG
    • DalvikVMのコードリーディングやほかCPUへの移植を考えるWG
    • 隊長:adamrockerさん(throw Life管理人)
  • Android SDK探訪WG
  • 組み込みWG
  • 勉強会WG
  • ビジネスWG
    • Androidでビジネスをやる手法を考えるWG
    • 隊長:佐々木さん(GClue)
  • G-App-Shop WG(仮称)
    • 評価や少額課金のためのプラットフォームをつくるWG
    • 隊長:平出さん(キーテル)


関連エントリー:

2008年08月30日

ソニーBRAVIAが挑戦するバック・トゥ・ザ・フューチャーの世界

液晶だか、プラズマだか、よくわからないまま薄型テレビは氾濫している。
どうやって差別化をするのか。
スペック、機能性、価格、、、。

そして、ソニーはスペックと機能性の2点でメッセージを発してきた。
厚さの9.9ミリに加え、インパクトのあるスペックが「40型で12.2kg」の重量。
チューナーと表示部を切り離すことで軽量化し、夢の「壁掛け」テレビが登場するという。

壁掛けテレビといえば、マイケル・J・フォックスが主演した「バック・トゥ・ザ・フューチャー2」。
2015年の住宅では、テレビは壁と一体化していた。

あと7年でチャネルの切り替えが音声認識になるかどうか。
ソニーの挑戦に期待???[???i?????????j

関連サイト
バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2 - Wikipedia

バック・トゥ・ザ・フューチャー2
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タグ:家電

2008年08月30日

[写真][クリッピング] Photos that Changed the World


友人のブログでも紹介されていた歴史的に有名な写真が取り上げられているサイト"Photos that Changed the World"。9月11日のテロ事件で、ビルから次々と人が飛び降りていたことから"Popcorn(ポップコーン)現象"とまで報道されたビルから飛び降りた男性の姿をおさめた写真、5歳で妊婦となった少女の写真などがある。


f:id:bokuno-nou:20080830013021p:image


サイト名どおり世界に衝撃を与えた写真ばかりが紹介されており、過去の事件や出来事から学べることは確かに多いと考えさせられる。たった一枚の写真で、これほどまでのインパクトを人々に与えることが出来るのだということを再認識させられた。正に真実を写す画像である。


関連エントリー:

2008年08月30日

心のなまけぐせを予防するには?

いまの時代、「入り込む」というのは、1つキーワードになりそうだなと思っています。

ある境界の内側へと入り込む。それにはまず境界線を越えなくてはいけません。
世代間の境界、知らない人との距離、自分の思い込みという壁、やったことのないことへの挑戦、知らないことへの好奇心。境界を越えて、壁の向こうへ、境を渡ること。得てして境界を越えて、向こう側の世界の内側へと入り込むことはむずかしい。
勇気が出せずにできないこともあれば、「いまの若い連中は」などと口にしては自分自身が変わろうともせずに、自分の思い込みの世界に留まったまま、向こう側をひたすら拒否することもあるからです。



内から外へ、外から内へ

でも、境界を越えなければわからないこともあります。入り込んでみないとわからないことがある。

例えば、入り込んでみたら、実は境界線だと思っていたものが実は境界でもなんでもなかったということさえある。
「あいつらなんだ」と思っていた相手と実際話してみることで、「なんだあいつら」と思っていた像が実は自分が勝手に作りだした像でしかなかったことに気づくこともあるでしょう。最初から自分の中の像とたわむれていただけで、まったく外を見ていたわけではなかったことに気づいたりする。まぁ、それでも気がつくだけマシなんですけど。

その意味では相手の内側に入り込むということは、自分の外に出ることでもあるのです。
おなじように、ある問題へと深く入り込むことがこれまでの自分が知らなかった何かを発見することにつながることも少なくはないでしょう。

勉強しない人にとっては、勉強が外側であり、外に入り込むことで自分の内から抜け出すきっかけにもなる。逆に自分の専門領域のことばかりを研究室か何かにこもってやっているのだとしたら、息抜きに他の分野に目を向けることが外の世界に連れ出してくれ、ずっと頭を悩ませていた問題の答えに気づかせてくれることにつながるかもしれません。
内/外のどっちがどうというよりも、境を見つけ、自ら境を越えるということが大事なのかもしれません。

外への無関心=「思いやり」以前の問題

昨日の「デザイン:内/外の境を見てとり絶妙な間を生み出す行為」というエントリーでは、デザインという創造性が求められる行為を行っている場合でも<「見る」「考える」「作る」というどの段階においても、自分の頭のイメージの内側から出ることはむずかしいことです。外を扱っているつもりがどうしても内に投影した外を見てしまうという罠にはまってしまいます。>と書きました。
また、デザインとはその内側と外側の境界を発見するとともに、<必ずしも自明ではない境を見出し、それを空であると同時に満たされてもいる空間=spaceとしての間として表現する・具体化する>ことが大事で、その場合、<間は空間的であると同時に、時間的であり、物理的であるだけでなく感覚をもゆさぶるリズムでもある>と書いています。

それには自分の外の世界へと入り込んでいくための勇気や思い込みからの脱出への意欲が必要です。外の世界や他人に対して興味を持たないことにははじまりません。昨日の「横浜ワークショップ2008」でチューブグラフィックスの木村さんがデザインを行う上での「思いやり」の大事さを語ってくれましたが、思いやりをもつ以前に自分の外側の世界や他人に対して興味や関心さえ向けられないことがあるのです。それはもう「思いやり」以前の問題です。自分の外に出ようとする好奇心に欠けます。

好奇心というのはたぶん、独創的な問いを発見する情熱だと思います。

言葉は頭を整理する道具ですが、音だけを気分で使っていると、頭の方がそれに馴れてきて、聞き馴れぬ言葉を聞いても、「それ何?」と問いかけなくなります。(中略)その記号の意味を問う、という自然な心の働きがなくなってしまいます。心から好奇心が失われ、心になまげぐせがつきます。

外の世界に入り込む努力ができない人は、「思いやり」以前に、情熱がなく、心になまけぐせがついているのかもしれません。

自分が内にこもっているかどうかが人にはわからない

以前、「未来を考えるならいまの気分だけで無用とか無意味とかを判断しないこと」なんてエントリーも書きましたが、自分の外をろくに見ようともせず無用だとか無意味だとかと判断しているようでは、自分の世界を広げることもできず、自分は成長しないし、自分のまわりの環境もなにひとつ変わらないでしょう。
だって、無用だとか無意味だとかというその判断は自分の殻にこもった内向きの判断なのですから。そこには出口もないし、出口へと向かう情熱も意欲ないのですから。

ただ、問題は、人間というものは自分が内にこもった状態になってしまっていることに気づけないことが多いということ。

だとしたら、自分が内にこもっているかどうかなどを考える前に、常に外に向かって目を向け、いつもと違う世界に積極的に入り込む努力こそ欠かせないのでは、と思うのです。
それが心のなまけぐせを予防する数少ない方法の1つなのではないでしょうか。

  

関連エントリー

2008年08月29日

広末涼子さんの12年前を振り返るガルボチップス

明治製菓と聞いて「カール」を発想する。
スナック菓子をよくつまんだ学生時代から成長していない現れか。

しかも、少なくとも12年前からあったはずの
チョコレート菓子「ガルボ」は存在すら知らなかった。
少なくとも12年というのは、今回のTVCMに先立つこと12年前にも同社のCMに広末涼子さんが出演していた。

2008年08月29日

デザイン:内/外の境を見てとり絶妙な間を生み出す行為

横浜ワークショップ2008に講師の1人として参加してきました。

まずは参加した皆さん、スタッフ・講師の方々、お疲れ様でした。
無事成功に終わって良かったと思います。それぞれに得るものが大きかったのではないでしょうか。もちろん、僕自身もです。

さて、27日、28日の2日間で開催された詳しい情報は「情報デザインフォーラム」のブログでご確認いただくとして、僕は僕なりに参加した感想、考えてみたことをまとめてみようか、と。

まず、2日間参加してみて、一番有意義だったのは、「デザインをするという一連の作業を監査する」ことができた点です。
フィールドワークによる観察にはじまり、ポストイットやフォトカードソートを使った思考、そして、最終的に「横浜の地図を描く」というテーマに沿った地図のデザイン、といった一連のデザインの工程を、参加した各5名ずつの7チームは2日間という短い時間で行ったわけです。僕はそれをつぶさに観察させてもらうという貴重な機会を得たわけです。
しかも、観察対象は7つもあったので、これはそれだけでもう貴重です。

その貴重な体験をさせてもらったなかで、僕の頭に新たにデザインの1つの定義が浮かびました。

デザインとは
内/外の境を見てとり
絶妙な間を生み出す
行為である


と。

見て、考えて、作る

今回のワークショップの最初に、はこだて未来大学の寺沢先生からの講義で、「横浜の地図を描く」というテーマとともに、参加者の学生・社会人に伝えられたこと。それは「何を見て、何を考えて、何を作る」かというホップ・ステップ・ジャンプの基本的なプロセスでした。



今回のワークショップでは先にも書いたとおり、フィールドワークからはじめて、最終的にチームごとに、横浜の地図を描いた作品のプレゼンテーションを行うようプログラムされていたので、普通にやれば「何を見て、何を考えて、何を作る」というホップ・ステップ・ジャンプをなぞれるようになっています。

この「何を見て、何を考えて、何を作る」ということを別の言い方で置き換えれば、以下のように整理できます。

  • 見る:インプットする:外から内へ
  • 考える:インプットをアウトプットに変換する方法を探る:内外の整理
  • 作る:アウトプットする:内から外へ

こう捉えてみると、「何を見て、何を考えて、何を作る」というのは、何かをデザインしようとすれば、ごくごく当たり前のことだと納得できます。

ただし、実際に参加して体験された方なら、よくわかるように、この言葉にすれば単純な三段跳びのプロセスも決してそれほどシンプルなものではありません。

内と外は最初から区別されているわけではない

例えば、「見る」という行為1つとって見ても、それは単純なインプットではないし、決して外から内へという一方向の流れがあるわけでもありません。実際には「見る」行為のなかにすでに「見て、考えて、作る」が入り込んでしまっています。

フィールドワークで物事を観察して何かを発見しようとする場合でも、「見る」行為が単純に外の物事を内側へインプットするわけではありません。気をつけないと、何か新しいものに出会っても、既存の知識の枠組みに当てはめて理解してしまいがちです。
はじめて出会ったものを既存の枠組みに当てはめて理解する行為自体、「考える」「作る」という行為を含みます。はじめて見たものを理解するのに役立ちそうな既存の枠組みがないかを「考え」、使えそうな枠組みを使える形に「作り」変えているからです。

実際、今回のワークショップでもフィールドワークから帰ってきたあとのチームごとの報告で、7チーム中6チームが既存の地図の上に見てきたことをマッピング(写真や体験をプロット)して説明していましたが、まさにその行為こそ、外の物事をもともと自分たちの手の内、頭の中にあった地図に当てはめてしまう行為です。それは外側を見ているようで、実際にはあらかじめ定まった窓枠・フレームワークの内側からフィルターをかけた状態で、外側の理解・記憶を作ってしまっているのです。



その行為においては、外にあるはずのものがいつの間にか内側で作られた枠組みに当てはめられてしまっています。もはや、それは外にあるものなのか、内にあるものなのかが判別できない状態であって、それを単純にインプットだとか、観察だとか呼ぶのはちょっと強引です。

自分の内側から出るのはむずかしい

内外が区別されずに入り混じって、そこで小さな「見て、考えて、作る」がグルグルと回ってしまうのは、「考える」や「作る」という段階でもおなじです。

多くのチームが自分たちが「見て」きたものを整理するのに、ポストイットにその要素を言葉として書き出して分類を行っていました。



しかし、そこにも気をつけなくてはいけない罠がひそんでいます。というのも、ポストイットに書きだす時は確かに自分たちが「見た」外側を書いているかもしれませんが、書かれたポストイットの文字を見て整理する際にはすでにそれは外側の物事ではなく、自分たちが書いた言葉を「見て」しまっているからです。そのやり方を続ければ外側の物事を整理しているようで、気をつけないと、単純に自分たちの内側をいじくりましているだけの状態になってしまうのです。

そうなるとフィールドワークとつながっているようで、つながっていないという状況が起きてしまいます。外で見てきたものを忘れて、自分たちがそこで「作」ったポストイットの言葉を「見て」「考えて」いるのです。せっかくの発見の意味も失われてしまうでしょう。
つまり、情報化することと、情報化された情報を扱うのとは違うということです。自分たちの体験を通じて外側にあるものを内側に吸収する情報化の行為には意味がありますが、すでにそれを終えた残滓としての情報をいくら弄んであまり多くは得られません。特にフィールドワークでの観察を大事にしようとしたら、それは強く意識する必要があります。

また、そもそもデータの整理を行う際に、外側の物事と、外側の物事から感じた感覚や印象、あるいは、外側の物事を見て考えたことがごっちゃになったまま、整理をしようとする人たちも多く見かけました。これは一見整理をしているような行為を行っているように見えますが、そもそも外と内との整理がままならない状態ですので、何を整理しているのかがわからず、実際その状態では整理することはきわめて困難です。
事実と感じたこと、そして、考えた意見は分けて、整理を行わないと、見えてくるものも見えてきません。事実は外側にありますが、感じたことや意見は内側にあるものです。内側にあるものをあたかも外から拾ってきたものと同等に扱っては、混乱が大きくなるばかり。ここは十分にその違いに敏感にならないといけないところです。



そして、「作る」という行為。ここでも当然、自分たちが作ったものを「見る」わけです。しかし、これが実は当然じゃない。実際に目の前で作っているものを客観的に「見る」ことはむずかしく、作業をしている際には実物を批判的に見ることができず、作ろうと思っている頭の内側のイメージを見たままの状態で作業を進めてしまうことがあります。ここでは「作る」という行為のなかで「見る、考える、作る」のループが回っていないことが問題なのです。

内と外を区別する線を引くこと

結局「見る」「考える」「作る」というどの段階においても、自分の頭のイメージの内側から出ることはむずかしいことです。外を扱っているつもりがどうしても内に投影した外を見てしまうという罠にはまってしまいます。

それは内と外の区別が見えていないからにほかなりません。

分かるということは何かと何かのあいだに線を引くことです。こちらとあちらを作る線を引くこと。内と外の区別をするというのも、その線をどこに見出すかということです。「見て、考えて、作る」という行為のなかで、「見る」ことと「考える」こと、そして、「考える」ことと「作る」ことの線をどこに引くかです。

「見る」ことの外側に「考える」「作る」を意識できるか。「考える」行為のどこに内外の区別を区切っていくか。その1つの1つの線引きがすでにデザインです。デザインをしようというのに、この線が引けないこと、この線を引くことを意識できていないのは、ちょっと問題です。

実際、今回のワークショップでは講師陣のあいだで、なかなか実際に絵を描こうとしないことが問題になりました。ポストイットに書いた言葉の整理、分析に、時間的にも意識的にはまってしまっているチームが多くみられました。
その分析が先に書いたようにすでに外にあるフィールドワーク、実際に観察した物事とのつながりをもたず、内側だけの操作にはまってしまうようであれば、物を作ることで別の「外」を意識的に作りだす行為に移らないと危険です。ただ、内と外の区別に敏感でないと、その危険も察知できないわけです。

簡単ではないが単純

その意味で、最初のデザインの定義になるわけです。

デザインとは
内/外の境を見てとり
絶妙な間を生み出す
行為である

最終的にデザインされたものを出すためには、自分たちの行為において、どう内と外の境界を見てとって、そこに適切な間=区切り線を引くかということが求められます。
また、内と外という意味では、何より作り手の外の人をどう意識できるかも重要です。自分たちの外側に線を引き、その向こうにいる人たちに、自分たちが感じたこと、作ろうとしているものがどう伝わるのか、伝えたいのかをイメージすることができるかです。

この内と外との境を見つけるためには、何より自分の視点を固定せずにさまざまな角度から物事を見るという自在性が必要です。さらには見出した境をいかにして意味/価値ある間として表現できるかという「作る」力も必要になってきます。
その「見る」ことの自在性、間を「作る」表現力をうまくバランシングさせてマネジメントすることこそが「考える」なのではないかと思います。「考える」とはうんうん唸ることでも、思考をいじくりまわすことでもなく、単にインプット/アウトプット、内と外に自在な区切りを見つけて、さっとそこに線を引くことなのでしょう。もちろん、それは言葉でいうほど簡単なことではないし、こう書いている僕自身、うまくそれができるかといえばそんなことはありません。

何より大事なことは、こうしたことを参加した人それぞれが多かれ少なかれ実感されたということではないかと思います。なぜうまくいかないんだろう?と考えながらも、2日間作業をした体験は非常に貴重だったのではないかと思います。本を読んだり人の話を聞いたりするだけでは絶対に得られない多くのものを学べたのではないでしょうか。
そして、何よりなんだかんだいっても、7チーム全部がきっちり予定の時間にちゃんとアウトプットを間に合わせてきたのが素晴らしいと思いました。

今回のワークショップで、7つのチームのデザイン作業を観察して考えたのはそんなことでした。

デザインとは決して簡単なことではありません。
ただ、それは「見る、考える、作る」というプロセスのなかで、どんな境を見出しそれを間として表現するかという単純な行為の連続によるものだということはできるのではないかと思いました。

参加された方が今日の体験を忘れずに、これからもそれぞれのデザインに励んでいってもらえたらいいなと思います。



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2008年08月27日

[広告][デザイン] POs-Ca - ガムの新スタイル


既に見られた方もいるとおもうが、カラフルな衣装を身にまとう柴咲コウと大泉洋が出演するグリコのシュガーレス・ガム「POs-Ca(ポスカ)」のテレビコマーシャルが現在放送されている。


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特徴的な音楽にあわせて軽快に踊る2人。文字通りスタイリッシュなCMに仕上がってはいるが、ついついそちらの方に目がいってしまう。ガムを扱っているということは理解できると思うが「POs-Ca」の特徴が全面的に押し出されていないため、公式サイトで調べてみたところ、当商品には以下の特徴があるようだ。


f:id:bokuno-nou:20080827230122p:image


  • ガムの包装をむく手間がかからない「ダイレクトイン」
  • リクローズ機能でバラつかない「チャック付き」
  • ポケットにいれてもかさばらない「スリムサイズ」
  • パッケージから取り出した捨て紙をスムーズに収納する「捨て紙ポケット」


「POs-Ca」は、ガムそのものの「ポケットにかさばる」「カバンの中でバラつく」「捨てるのに困る」などといった弱点を克服したアイディア商品になっているようだ。上記のような折り曲げて、切り取り線から開けると捨て紙ポケットが出現するなどといった機能を実装し、かつその斬新さを一目で伝えるためのパッケージも魅力的。コンビニで販売されているようなので、実際に購入してみようと思う。


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2008年08月27日

Twitter創業者のEvan Williams氏を囲んできた

トミモトリエ&Evan

Twitter(ツイッター)の創業者@evことEvan Williams(エヴァン・ウィリアムズ)さんが来日してるということで、銀座PPサロンにて行われた「Evan Williams氏を囲む会」という名の交流会に参加してきました。

少し遅れて会場についたので、すでにEvanさんは囲まれて見えない状態。話す機会を狙ってまわりをウロチョロしてたんですが、結局ほんのちょっとしか話せませんでした。ちゃっかりツーショット写真は撮ってもらいましたが。

2008年08月27日

名古屋で勉強会開催します

30日にRBCとJava Edge共同企画としてJRuby勉強会を開催します。まだ若干ですが残席ございますので、よろしかったらご参加ください。 以下、告知文です。 尚、環境構築に関しては、下記サイトも参考ください。 http://qwik.rubybizcommons.jp/members/env_ready.html ----- 中部地方のみなさん。お待たせしました。 名古屋での勉強会を告知します。 今回は、既に福岡でやった内容も含め、JRubyとRuby on Railsの良さを学べる勉 強会を開催します。 JRubyに期待する人は多いですが、J+Rなので、体得するにはJavaとRubyの知識が 両方必要になります。 最初は大きな壁に思えても、一度大まかに理解できてしまえば、後はずっと簡単 になります。 是非、今回の勉強会に参加し、J+Rの良さを体感してください。 なお、この勉強会内容は、8月9日に開催される「イケテルJRuby勉強会@東 京」と同一です。 今回の開催は、RBCのパートナーでもあるJavaEdgeとの共同で開催されます。 JavaコミュニティとRubyコミュニティの共催らしく、ずばりJ+Rなイベントです。 みなさん奮ってご参加ください。 1.日時:8月30日(土)10時〜18時 2.場所:株式会社イーシー・ワン 名古屋事業所      愛知県名古屋市中村区名駅4−4−12中経ビル9F 3.必要なもの:JRuby + Rails2.1 + MySQLを導入済のパソコンをご用意ください。  (参加申込された方には、詳細な情報をメールいたします。) 4.申込:以下のサイトから申込ください。 http://form1.fc2.com/form/?id=327913