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2008年02月29日

ふすま―文化のランドスケープ/向井一太郎、向井周太郎

日本のデザイン・ものづくりに関する興味がとまりません。知れば知るほど、その考え方が新鮮に映ります。そして、何より僕が興味をもつのは、西洋のものを静的にとらえる発想にくらべて、日本のデザインがものを固定しようとしないところ。ものも人も変化するものとして捉える発想は、今後ますます必要となるであろうインタラクション・デザインを考えるにあたってのヒントに満ち溢れているように感じます。

そんな僕の日本デザイン・日本のものづくりに対する関心をより大きくしてくれたのが、今日紹介する『ふすま―文化のランドスケープ』。

「ふすま」は平安時代の寝殿造りの住居に由来します。そのことを想い起してみますと、「ふすま」によって柱間が仕切られていくという住居の形式が、平安時代から千年以上も経た今日にもおよんでいることにあらためて気づかされます。少なくとも、私の世代の子どもの頃、ついこの間までは、このような「ふすま」という間仕切りによる住居の形式が一般的であったといえます。
向井一太郎、向井周太郎『ふすま―文化のランドスケープ』


すでに「「自分探し」より大事なのは「もう一人の自分」をみつけること」でも一部を紹介しています。著者はインデストリアル・デザイナーである向井周太郎さん。第一部は、ふすまを中心に据えて日本の建築、すまい、暮らしのデザインの在り方や思想を考察した内容になっており、第二部では、その向井さんが父親であり、吉田五十八村野藤吾などの有名な建築家の建築のふすまづくりなどを手がけた経師・表具師であった向井一太郎さんとの対談を収録したものになっています。

2008年02月28日

[映画] 「≒草間彌生〜わたし大好き〜」 - 水玉のようなインパクト


このように映ることが あなたは「光栄」なのか「恥」なのか、世界観に確信を持つというのは、こういうことだっていうお話です。

あなたはこの映画を、笑ってみる人間なのか、圧倒される人間なのか、志を露呈させてくれる映画です。


このようにid:dansから強く薦められたので「≒草間彌生〜わたし大好き〜」を鑑賞し、圧倒されてきた。全身芸術家とも言えるべき草間彌生(くさまやよい)の創造と日常芸術を生み出す日常に迫るドキュメンタリー映画だ。芸術は世界観の重要性を主張し続けられる媒体であり、彼女が手掛ける作品は水玉で構成された不思議な世界観で一杯だった。作品が完成すると、事務所の方々が"すごい"と豪語していたが、芸術は評価できるものではない、してならないと僕は思っている。なぜならば、岡本太郎氏の著書「自分の中に毒を持て」でも言及されていたが、「芸術は人間そのものをあらわしている」からだ。僕はその人の世界観もしくは人生観が反映されている作品を、一目で理解しようなんて思ってもいない。主観的に何かを感じ取り、評価することができたとしても、それはアウトプットせずに自分の中に閉じ込めたいと思う。


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草間彌生はピンク色の帽子(カツラのことを帽子と呼ぶ)をかぶり、水玉の服をまとい、網の目を変幻自在に描き運ねる前衛芸術家。精神的な浮き沈みに揺られながらも彼女は創造し続け、今も生きる術を探し続けているという。草間彌生は他の芸術家の方々の作品は一切見ない。なぜなら、自分の作品が一番だと思っているからだ。そう思っていなければ、芸術家として生きてはいけないのだ。村上隆氏の「芸術起業論」 内で述べられていたが、自分が作品表現をしている理由、自分がビジネスをしている理由、それをもう一度見つめなおすことができ、やり直すことでものを作り続ける体制を組み替えていかなければ、芸術家として飯を食べていくことは出来ない。その工程が本作品で観られたような気がする。


芸術は命の伝達媒体で、時代を超えて人々に受け継がれていくモノでもあると思う。芸術家が死んだ後も、芸術はいつまでも生き続けることができる。彼女もまた、MIT教授の石井裕氏のように常に死を意識し活動しているのだなと、実感した。


「私が死んでも、私に興味を持った人に、私を知ってもらいたい。」 - 草間彌生


「≒草間彌生〜わたし大好き〜」

監督:松本貴子

出演:草間彌生

2008年日本映画/105分

配給:B.B.B.inc.

2008年2月2日よりシネマライズ(渋谷)他、全国順次公開。


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2008年02月28日

可能性の塊

自分たちの大学を、自分達の手でもっと良くしたい。 そんな想いがあふれる勉強会を九州大学でやってきたんだよ。在学生、先生、学校職員、そしてOBの方、地域の人たち。学部、学校の枠を超え、想いが重なって、Rubyの可能性とRailsのわかりやすさが皆を仲間にして。 サポートとしてね、年度末で忙しい時期、社長に直談判してまで参加してくれた人たち、有給までとって参加してくれた人、飛行機で駆けつけてくれた人たちまでいたんだ。 こうした勉強会、コミュニティの活動は頭じゃ理解できない部分も多くてね。採算も合わないし、成果も見えづらい。「情」で動いているのではないか、「趣味」で好きな事やってるのではないかって。すごくバッシングされてしまうこともあって。 けどさ、諦めずに継続し、想いを貫き通すと、その先に可能性の塊を、リアルに感じる事ができるようになるんだよ。私たちの手で、私たちの社会を、未来を変える事ができるって。 それは夢物語でも、趣味でも妄想でもなくて、私たちの物語なんだよ。 私たちの物語は私たちが描き、私たちの手で創るんだ。仲間は必ず集う。そして必ず成し遂げられる。 まだまだ段取りも悪く、参加者全員に満足していただくなんてできないけど、一歩ずつの積み重ねが、必ずいつか実ると信じて、恐れずアウトプットし続けようっと心に決めています。 可能性を信じ、技術の力をもって、一緒に変えて行きましょう。 今回は本当にありがとうございました。

2008年02月28日

不勉強さの自己検証

学ぶ必要があるのに学ぼうとしないこと。
覚える必要、できるようになる必要、理解する必要があるのに、そのための勉強を怠ること。
いや、本人には怠っているつもりはなくても、本を読んだりセミナーに顔を出したりするだけで自分は勉強しているというつもりになってしまうことはあるでしょう。
本人はそんなつもりはなく、むしろ自分はやっていると思っているのに、結果として不勉強丸出しで、役に立たなかったり。

どうして、そんなギャップが生まれてしまうんでしょうか。

2008年02月28日

引き継ぎと教育は違う

会社を退職する際に、後任者に引き継ぎをすることがあります。
でも、この引き継ぎというものを間違えて捉えている組織・人があるようです。

引き継ぎっていうのは、退職者とほぼ同等の職能があるから成り立つという前提がわかっていなかったりします。その職能がない人に業務を委任しないといけないのだとしたら、それは「引き継ぎ」ではなく「教育」です

教育なのですからとうぜん、ドキュメントベースで短期間で終わる話ではない。教育・学習にはそれなりに時間がかかるし、何より学ぶ者の適性や意欲を読み間違えたら、いくらコストをかけてもリターンは得られません。それがうまく実現できなかった場合にはいったんサービスを停止するということの決断をする判断力もふくめてディレクションができる機能が組織には必要でしょう。

組織において専門化が進むほど、こうしたことは起こりやすくなるでしょう。そこは組織にとってはリスクです。
当たり前ですけど、そのあたりの人事面のリスクヘッジは大事ですし、そこをうまくディレクションできる機能が組織にないとつらいはずです。時間的な変化もふまえて適材適所の人事的ディレクションができる人が組織にいるかいないかで、このあたりのリスクの大きさは変わってくるのではないかと思います。適材適所にするには、「材」としての人と「所」としての現場の仕事をともにわかっていないといけないので、このマッチングにはかなり見る目が必要です。

これは結構大変な課題だな、と。

 

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2008年02月27日

ユニバーサル・デザイン批判

ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエなどに代表される「機能の合理性を求め、無駄な装飾を排除していった建築」に関して、arclampのyusukeさんがこんなことを書いています。

ここに至って、僕としては機能とは単独の存在として切り出して形を有するようなものではないと考えます。すべては関係によって成り立っている。それが凸的とか凹的であるとか、そういうことではなくて総体そのものが関係によって構成されている。

機能と関係性。

ここでの関係性は普遍的なものというよりも、アフォーダンスについて書かれていることからも、環境と生物がその都度織り成すコンテキスチュアルなものと考えてよいのではないかと思います。

一方の機能のほうはといえば、そのコンテキストを無視した形で普遍化を目指した機械的・記号的な動きに無理やり人びとの生活を従わせようとしてしまった感があります。なんであれ標準的な形を生み出して、それを普遍化してしまおうとしたがために、その標準にあわない人を締め出してしまうような傾向が生まれました。
なにか規格化された標準的なモノを物差しにして、「この人にはこれが大きすぎるようだからこの人は標準より小さい」だとか、「このメニューで足りないんだから、この人は大食い」とか。

近代デザインの特徴は、機能主義であると同時に、ユニバーサル・デザインです。
モダン・デザインは人びとを標準的なモデルで量ろうとしただけでなく、それ以前に各地域がそれぞれ育ててきた文化を無理やり埋め立てるようにまっさらにして、そこに画一的なデザインを持ち込みました。ユニバーサル・デザインというと現在違う意味でつかわれていますが、個々人やそれぞれの地域がもつコンテキストとしての歴史を鑑みず、ディテールの違いを捨象して、普遍化に向かった使えるモダン・デザインの理想としてユニバーサル・デザインの歩みを理解せずに、「誰もがデザイン」を目指すのは危険なのではないでしょうか。

今日はそのことについて書いてみましょう。

2008年02月26日

[デザイン] アプリケーションデザインで犯す10大ミステイク


ウェブのユーザビリティに関しては、アメリカで並ぶもののない第1人者、Jakob Nielsen(ヤコブ・ニールセン)博士自ら運営するサイトuseit.comで、連載中のコラム「Alertbox(アラートボックス)」がある。アラートボックスは、ウェブ制作者の間でバイブルとして長年にわたり読みつがれているのだが、今月19日に"Top-10 Application-Design Mistakes(アプリケーションデザインで犯す10大ミステイク)"という興味深いエントリーがあがっていたのでご紹介。


ニールセン博士によれば、今現在運営されているウェブ・アプリケーションは通常失敗するという。なぜならばそれらは:

  • 誤った問題を解決している
  • 正しい問題に対して誤った解決をしている
  • 正しい解決策が、ユーザが理解することができないほど複雑になりすぎている


これらの問題に対してニールセン博士が与える助言は、自分の最良の推測で解決しようとするのではなく、リサーチ結果に基づいた意思決定を行うということである。

  • アプリケーションで何を実行するかを決定する前に、フィールド・スタディーとタスク解析を行なってください。
  • どんな詳細設計を行う前にも初期のアイディアのをペーパー・プロトタイプしてください - それはユーザー・フィードバックを得てから行うプロダクトの再設計による資源の浪費の前に行ってください。
  • デザイン上の特徴を洗練し、多くの迅速なユーザ試験を反復した上で設計してください。


基本的にはウェブベースのアプリケーション、UI(User Interface; ユーザーインターフェイス)を取り上げて、開発意図とユーザ理解の違いから起こる間違いを定義している。以下が、10のユーザビリティ違反のリスト:


1. 標準的ではないGUIコントロール

リンクしないコマンドリンク、チェックのつかないラジオボタン、リストが表示されないプルダウンメニューなどは論外だが、クリッカブルだと思うボタンがクリックできないことはたまにある。


2. 矛盾するデザイン

同じものを説明する際、別の言葉、表現、パターンを使うケースもたまに見る。


3. 知覚できない操作方法

チェックボックスならチェックし、スライドバーならドラッグすることは理解できる。が、全く初めてのUIに直面した際、どこに何があるのかも分からず、手当たり次第にクリックしたことはありませんか?


4. フィードバックなし

システムが何らかの処理を実行している際、それをフィードバックしないことが多々ある。そのためユーザは何がおきているのか分からない。「1秒以上コマンド処理がかかる場合=ビジー」、「10秒以上かかるなら=プログレスバーを表示」するだけでユーザを逃がすことはない。


5. 分からないエラーメッセージ

これは結構出くわすことがある。「何かがうまく行っていない」とはメッセージが表示されるが、「なぜ、どうして」という理由を説明してくれるメッセージは少ない。


6. 同じ情報を何度も入力させる

折角、十数個の個人情報を入力した何ページか後で、同じ情報を入力させるシステムはある。


7. デフォルト値なし

デフォルトは「選択スピードを上げ」、「サンプルとしてユーザに伝え」、「初心者を導く」ことができる。それがないと移り気で、ワンクリックで逃げ出してしまうユーザの気を引き、次へ進ませるのは難しい。


8. 分かり易いコンセプトなしでユーザにアプリを使わせる

PowerPointなら大抵の人はそのコンセプトを理解しているし、分からないところは誰かに聞ける。が、アドバイスやアシスタントがいない環境で全く初めてのUIを理解することは難しい。


9. 情報利用目的を告知しない

何も知らせずZipコードを入れたら次のページを見せるようなケースは、個人情報の悪用を恐れるユーザは逃げ出してしまう。


10. システムセントリックな機能

開発側が意図する機能、フォーム、データの見方をベースとしたアプリは、ユーザ視点が欠落している可能性が高い。


11. ボーナス:Webフォームでのリセットボタン

フォームで様々な情報を入力させる際、リセットボタンだけを置いておくのは間違い。ユーザが費やした時間と労力に敬意を表するためには「再確認」ボタンも必要。


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2008年02月26日

明日!ペチャクチャナイトvol.49 にトリオフォー×佐藤修悦が出演



いつも直前告知ですみません。明日です。
六本木SuperDeluxeで行われる「ペチャクチャナイトvol.49」に行くトリオフォー×佐藤修悦さんが出演するらしいので遊びに行きます。


via:トリオフォー[34]
佐藤さんによるガムテープ案内文字(修悦体)の実演が見れます。

ペチャクチャナイトvol.49
2008年2月27日(水)
http://www.super-deluxe.com/2008/2/27/pecha-kucha11/
場所:六本木SuperDeluxe(東京都港区西麻布3-1-25 B1F)
時間:20:20スタート 
料金:1,000円(1ドリンク付)


Pecha Kucha Night : Tokyo
http://www.pecha-kucha.org/cities/tokyo/