雑誌『フォーサイト』で連載されている梅田望夫氏の『シリコンバレーからの手紙』を元に出版された『シリコンバレーは私をどう変えたか−企業の聖地での知的格闘記』が文庫化された一冊が『シリコンバレー精神−グーグルを生むビジネス風土』だ。
勃興するベンチャー企業、ネットバブルの到来と崩壊。その真っ只中で自ら独立しコンサルティング会社、「MUSE Associates(ミューズ・アソシエイツ)」を設立した梅田氏個人としての体験と生活が述べられてある。梅田氏の伝記に近い作りになっているのではないかと捉えてもおかしくないが、僕は全くそのように感じることは無かった。おそらく「シリコンバレーからの手紙」というシリコンバレーから日本宛のメッセージとして書かれているからだと思う。
『ウェブ進化論』をはじめ、小説家・平野啓一郎氏とウェブが人々にどのような変化をもたらせたか書かれてある『ウェブ人間論』、脳科学者・茂木健一郎氏との対談を収録した『フューチャリスト宣言』など、著者はWeb2.0の人という印象が植えつけられているが、梅田氏が本当に伝えたかったことはこの書籍に書かれてあるのではないかと思った。
『Web2.0時代の到来に狂奔する人々が多い今、Web3.0時代を切り拓くであろう「いずれ次のグーグルになる若者たち」が必ずどこかに居て、他の人たちとは全く違うことを考えているに違いない、という想像力に結びつけるべきなのだ。』(pp287)
価値を生み出すのは会社ではなく個人である。シリコンバレーのコミュニティは個人の評価への信抑が深く根付いている社会だ。彼らは個人としてリスクテイクする生き方に没頭することで変化していく自分を楽しもうとするモノばかりである。その中でも僕が印象に残った部分をいくつかご紹介したい。
「失敗しても返さなくていい」資金をベンチャー・キャピタリスト(将来性のあるそうした企業を発掘し、株式投資することで成長する可能性のある企業に資金を提供し、さらに事業を伸ばすためにアドバイスを行なう人)やエンジェル(ベンチャー企業に対して創業資金を提供する投資家)から投資として資金調達し、借金をすることなしに急成長して上場したり大失敗したりできる再挑戦可能な風土がある。失敗がなく、何度どでもトライできるのが常態なのだ。成功時(自社売却など)にはリスクを負った全ての関係者(資金調達元)に公平感を伴うルールのもとで富が分配される仕組みになっている。
だが、シリコンバレーのベンチャーの多くは株式や投資家から得る資金が調達できないと、人材採用が行えず、更なる資金調達が不可能になり自然消滅に近い形で消えていく。シリコンバレーには七千社程のベンチャー企業が存在するが、他社に吸収されるか自然消滅という道を辿って消えていく運命にある。ネット改革時にもっとも変化したのはベンチャー企業ではなく大企業であり、ベンチャー企業にはできない、ベンチャー企業そのものを買収してしまうという「コロンブスの卵」のような経営手法が普遍性を浴び、今に至っている。
シリコンバレーには目に見えないメジャーリーグのような思想や環境が現地で働くビジネスマンやエンジニアのために全て揃っている。メジャーリーグではランクAAやAAAがあるようにビラミッドがあり、その頂点に「シリコンバレー・リーグ」が位置し、リーグ入りの可能性は全ての人たちに平等に与えられ、オープンにされているのだ。つまり、才能をアピールする場が市場の中に確実に存在し、エンジェルや大企業がメジャーリーグのスカウト万のような役目を果たし、「才能を発掘するメカニズム」が機能している。才能あふれ輝いているベンチャー社員は別の筋のよい成功率の高いベンチャー企業にスカウトされ、やがてはベンチャー・キャピタリストやエンジェルといった投資家に姿を変えるといったシリコンバレーならではの循環が生まれるのだ。
シリコンバレーの気候は、雪があまり降らず、降っても翌朝には溶けるためわざわざガレージの中に駐車する必要性がない。そのためガレージは車をいれないことを前提に大工の作業場や科学好きの子供の実験室として良く使われる。初期のGoogleもそうだが、米Hewlett-Packard(ヒューレット・パッカード)社のような多くのシリコンバレー初のコンピューター産業企業の創業エピソードにガレージが付き物なのはこんな気象条件に基づいているためである。
- 事業の成功・失敗はあくまでもビジネスというルールのある世界のゲームで、それを絶対に人生に反映させないこと。
- 事業とは「失敗するのが普通、成功したら凄いぞ」というある種「いい加減な」遊び感覚を心の底から持つこと。「成功するのが当たり前、失敗したら終わり」という「まじめ」発想を一掃しなければならない。
- 失敗したときに、「投資家や従業員や取引先といった関係者に迷惑がかかる」という考えを捨てること。皆、自己責任の原則で集まってきているのだと、自分勝手に都合よく思い込まなければ成らない。
ナスダックやダウによるネットバブルの崩壊、米国経済失速という流れの源泉がIT革命の発端であり、IT革命の本質としてシリコンバレーではニュー・エコノミー論が提示されている。それらはGlobalization(グローバリゼーション)、IT革命、スピードの経済、Winner take all(ウィナー・テイク・オール)、自己責任原則、Risk taking(リスク・テイキング)、Mega Competetion(メガ・コンペテション)である。全てにハイリスク・ハイリターンの要素が含まれており、ハイリスクは賭けた金が時間が無に帰する危険のことであり、ハイリターンとは、ネット革命の結果として株式などの「無から生み出される莫大な企業価値」と比例した富のことである。そして、いかにこのニューエコノミー論を個人の中に組み込んでいくことができるかがシリコンバレーにて成功するための秘訣でもある。
『限られた情報と限られた能力で、限られた時間内に抽いながらも何かを判断しつづけ、その判断に基づいてリスクをとって行動する。行動することで新しい情報が生まれる。行動する者同士でそれらの情報が連鎖し、未来が創造される。行動する者がいなければ生まれなかったはずの未来がである。未来志向の行動の連鎖を引き起こす核となる精神。それが「シリコンバレー精神」である。』(pp273)
感想/私的メモ
ネットバブルの崩壊を生き抜いた米Microsoft(マイクロソフト)社のBill Gatesのエピソードも記載されている。「競争に勝ったという報告は不要。他社に負けたという報告だけをしろ。」という彼の名言から捉えられるように、彼は"異常な程に競争心が旺盛で、闘争心がむきだしの頭の切れる経営者"としてシリコンバレーでは知られており、過激な攻撃性と優秀者を持ち合わせるBill Gatesという人物を組織化したのがMicrosoftであり、その会社の本質である。
当初のライバル、米Netscape(ネットスケープ)社が膨大なコストを投入して作成したソフトを無料配布してしまい「ソフトを開発したら、まず無料配布して顧客シェアを開拓し、金儲けは後から考える」といったWeb2.0的な文化をソフト事業内で構築してしまった背景から、MicrosoftはNetscapeのブラウザを採用する企業を一つずつMicrosoft側にひっくり返す手段をとった。その後にMicrosoftのOS(オペレーティング・システム)、Windowsを驚かず対抗馬とも叫ばれるOS、Linux(リナックス)が誕生した。
Linuxを開発した企業は存在せず、あるプログラマーがネット上に公開し、世界のありとあらゆるプログラマーがネット上で改善し出来上がった新生OSなのである。Linuxの誕生から「素晴らしいソフトウェアとは企業による社員プログラマーに対する強制によって生まれるのではなく、世界中の優秀なプログラマーが自発的に参加するネット上での共同開発作業によってこそ生まれる」といった全く新しいソフトウェアの開発方式を生み出した。これこそがWeb2.0思想の原点にあるようだ。そして、梅田氏も語っていたが「組織と個人の関係」、「大企業とベンチャーの関係」において弱い立場の「個人」や「ベンチャー」の側に立って支援するための理論武装と法律や株式市場やプロ集団が存在しているのがシリコンバレーなんだ。
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