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2007年02月28日

議事録が目的?

うーん。手段と目的がイマイチ混乱しているような・・・。 「会議とは議事録を共同作成する作業」--Sargasso eXtreme Meetingが商用リリース 確かに会議で議事録を取ることは重要であると思います。しかし、その定義はいかがなものかと・・・
会議を「議事録を共同作成する作業」と定義
目的は会議で何を成すかですよね。デジタライズされた"証拠"という名のもとの知を残すことはもちろん重要だと思います。しかし、それは目的ではないですよね。 確かにファシリテーションで重要なことのひとつに 空中戦を地上戦にする ということが言われます。口頭だけの会議で話し合いがちゃんと噛み合っていないとき、論点が明確でないとき、何か気持ち悪さがあるとき、ホワイトボードなどに議論を見えるようにしていくだけで非常に生産性があがることもあります。 議論・話し合いは本質をいかに見つけ出すか、会で決議すべきことをいかに創造するのかで判断されるべきだと思っています。しかし結果だけを急いでもなかなか会議は進みませんよね。そこでプロセスを見える化したり、質問を変えて、視点を変えて、コンテクストの部分で共通項を探したりすることによって、噛み合うように、コンフリクトを促したりしているのだと思います。それがファシリテーションのはじまりだと思ってます。 もちろんこのツールを使うことで、議論が明確になり、トレース可能な状態に知がスタックされるのはすごーく重要ですよね。ESなどで検索すれば、ナレッジマネジメントの一つの断面といえたりもします。商法の際に役にも立ちます。だからデジタライズしておくことはとても大切です。ICレコーダーなどで録音して公開するなどはてなの取り組みも非常に有効であり、実際に取り入れてみたい議事ロッカーの楽しみであるとは思います。 議事録は目的ではないですよね。あくまで副産物。成果物とも違うのじゃないかな。 とはいえ、アジェンダが明確になったりTO DOリストなどすごい使いやすそう。これ画面に映しながら会議進めたら恥ずかしいくらいに明快ですしね。 んー、使ってみたい(w

2007年02月23日

場のデザインパターンを考えてみる

それは強くはかない物語の舞台です。そこではあらゆる物語が創造され、運営され、そして消滅します。掴めそうで掴めず、目に見えそうで見えず、語れそうで語れない、しかし圧倒的なまでの存在感。 さて、では「場」とはなんでしょう。 場には様々な雰囲気があります。物理的な場から醸成される独特の雰囲気のようなものもあるでしょうし、文化的背景から、人物的特性から、成し遂げる目標からなどなど様々な要素が組み合わさって作り出されるのだと思います。 しかし、ある程度なパターンはあるはずです。それゆえ、最近様々な文献で「現場力」や「場つくり」といわれるようになったのも、そのある種の成功パターンを抜き出した典型だと思います。「トヨタ・ウェイ」などもそうかもしれないですね。キャノンの御手洗さんが重視したのも「現場」ですし、デルのオープンオフィスの概念も実は場の思想に深く関係しています。 そして、ファシリテーションには表の舞台と裏の舞台があると思っています。 よく世間に言われる「ファシリテーター」として、会議のプロセスをデザインするのが表の舞台だと思っています。そのプロセスデザインに関して、アプレッソの小野さんとにとってもクールなエントリを書いていただきました(ありがとう、小野さん!)。とても参考になるので、是非拝読ください。ファシリテーションとしての晴れの(表の)舞台である会議の場では目的遂行のためにメリットデメリットを鑑みた上で、場の雰囲気、意図にあったデザインパターンを適用してみることが大切であると思います。 そして裏の舞台として「場つくり」があるのではないかと思っています(コーチングで言うとセットアップなのかも。)。肩書きファシリテーターの私ですが、大切なのは表舞台での「ファシリテーター」であるかどうかではなく、何を成し遂げたいか、そのために「場」の雰囲気をいかに大切にし、できるだけ品質よく、効率よく成し遂げるための事前準備だったり、会議終了後の振り返りやフィードバックの仕組み、次への繋がりだと思っています。それをできるだけクールに、アートと呼ばれるほどの芸術的センスを用いて企み深く世界を創ることが、目的です。 ということで、表舞台の「会議のデザインパターン」は小野さんに任せるとして(w、裏舞台としての「場のデザインパターン」を次回以降のエントリで考えてみたいと思います(ざっと考えたところ10パターンはもうある。)。 さて、次回は最近とても衝撃を受けた「PBL」という概念で考える「場のデザインパターン」です。
場の論理とマネジメント場の論理とマネジメント
伊丹 敬之

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2007年02月20日

デブサミにて・・・

先週行われたデブサミにて一つのワークの運営に関わってきました。(報告遅っw) ワークのお題は 「実践!みんなのリーダーシップ~あなたのチームワークは活きてますか?」 うん、いかにもって素敵な題でしょ? ワークは前半と後半にわけて、前半をワークショップ形式に、後半を我等が森時彦さんに講演していただくというスタイル。ちょっと他のワークとは趣が違ったのではないでしょうか。 所管は色々なところに出ているので、ここではワークにこめた私の想いをば。 ■背景: 私たちは非常に多様な役割が求められていると思っています。 1.マルチロール 2.マルチスキル 3.マルチタスク 1.マルチロール 顧客と折衝して要件定義をしながら、業務設計をし、自ら実装・テストもし、他チームとの連携なども考えます。まさにマルチロール。 2.マルチスキル また、ビジネス的視野からの業務設計やツールの選定などでは、営業的役割も求められ、市場調査、会計の知識、経営の知識なども必要となります。専門分野は何ですか?という質問には『ITです』としか答えられないような・・。 3.マルチタスク そして組織的ヒエラルキーだけではなく、プロジェクトというチーム単位で縦断的、かつ流動的に活動することも求められています。複数のプロジェクトを掛け持つことも少なくないのではないでしょうか。 しかし業界自体が新しく、まだまだ未熟であるため開発方法論も甘いです。従来の製造業の工程管理では、人の心や行動はつながることができず、多様すぎる環境の中で精神的・肉体的に支障をきたす人も数多くいらっしゃいます。 さて、その中で私たちはどのように働いたらいいのでしょうか。 ■意図: 今回のコンテンツでは、役割、スキル、性格の多様性を体感してもらうことで、 1.自身がなりたい姿・働き方 2.チームメンバへの理解 3.チームを活かせる自身の関わり方 などをリーダーシップという観点で問いかけられたらと思っていました。 また、人には向き不向きがあり、状況によって合う合わないもあります。そして唯一絶対の正解はないということを注意事項として、私は伝えたかったです。 そして、ワークのタイトルであるように「みんなのリーダーシップ」を探していく、そのきっかけになればと思っていました。 さて、どこまで想いが伝わったでしょうか。皆様からの感想やご意見を伺うと、「森さんすごい!」というものも多く、ワークの内容やコンテンツ自身がどうだったのかはイマイチ推し量れないですねぇ(w。 私が森さんのお話を聞いてすごく印象に残ったのは 「リーダーはフォロワーがいて、はじめてリーダーとなる。」 その一言です。 そして「リーダーシップ」とは「メンバーシップ」「フォロワーシップ」そのものなのではないかと思いました。人はチームがいて、初めて活きることもあります。他との関係の中で、いかに自分を活かし、活かされ、各々のスペシャリティを発揮していけるのか、そこが何かを成し遂げる上での重要なポイントだと思っています。 参加してくださった皆様、このブログを読んでくださった方が何か感じ、学ぶきっかけになればと思います。 どうもありがとうございました!!

2007年02月20日

脳科学、認知科学のおすすめの9冊

昨年末から結構、脳科学や認知科学に関する本をまとめて読んだので、いちお、ここで読んだ本をまとめてリスト化しておきます。

脳とクオリア―なぜ脳に心が生まれるのか/茂木健一郎
茂木さんファンはまずこれを読んでおかないと話にならない。そう言い切れるほど、茂木さんの脳と心に関するアプローチのエッセンスがつまった一冊。
⇒書評:http://gitanez.seesaa.net/article/33470276.html



欲望解剖/茂木健一郎、田中洋
茂木さんとマーケターの田中さんがタッグを組み、脳科学や欲望という視点からマーケティングを考える一冊。さらっと読めます。
⇒書評:http://gitanez.seesaa.net/article/30339403.html



脳と創造性「この私」というクオリアへ / 茂木健一郎
茂木さんによる「創造性」をテーマにしたエッセイ。
⇒書評:http://gitanez.seesaa.net/article/18879867.html





ペンローズの<量子脳>理論―心と意識の科学的基礎をもとめて/ロジャー・ペンローズ、茂木健一郎、竹内薫
ペンローズによる量子脳についての考え方についてのエッセンスをまとめた一冊。茂木さんの『脳とクオリア』の参考書としても最適。
⇒書評:http://gitanez.seesaa.net/article/28136763.html



心は量子で語れるか―21世紀物理の進むべき道をさぐる/ロジャー・ペンローズ
ペンローズが相対論を中心にしたマクロな宇宙から量子論を中心にしたミクロな世界、そして、人間の心、意識の世界までを対象に語った一冊。ペンローズの考えについて知るにはやっぱりペンローズ自身を参照するが一番わかりやすい。
⇒書評:http://gitanez.seesaa.net/article/30974920.html



脳は空より広いか―「私」という現象を考える/ジェラルド・M・エーデルマン
ノーベル賞も受賞した脳神経科学者によるとてもていねいでわかりやすく書かれた脳の仕組みに関する一冊。なぜ私の意識は一人称なのかがこれを読むとよーくわかります。
⇒書評:http://gitanez.seesaa.net/article/30791906.html



「意識」とは何だろうか―脳の来歴、知覚の錯誤/下條信輔
茂木さんも『欲望解剖』のなかでおすすめの一冊。錯視などをヒントに意識の謎に迫ってます。
⇒書評:http://gitanez.seesaa.net/article/31427430.html



進化しすぎた脳/池谷裕二
ニューヨークでの高校生向けの脳に関する講義の模様を本にしてるので、とっても読みやすくわかりやすい。
⇒書評:http://gitanez.seesaa.net/article/34055652.html



赤を見る―感覚の進化と意識の存在理由/ニコラス・ハンフリー
「赤を見る」という1つの行為をキーに意識を進化論的に考察する一冊。
⇒書評:http://gitanez.seesaa.net/article/30545929.html

2007年02月17日

人と本気で関わること

先日コーチングの勉強の一環で、NLPのワークショップに行って来ました。そこで、なんだかとても不思議な感覚になりました。 NLPとは「神経言語プログラミング」と訳され、「主観的体験を研究する」ことを一つのテーマにしているコミュニケーションツール(スキル?)です。詳しくはここここここへ。医療や教育の分野だけでなく、ビジネスの分野でもNLPスキルを用いることで相手との信頼関係(ラポールと呼ばれます)を築くことが短時間で結ぶことができるようになるといわれています。 情報の受発信のタイプやアンカーリングと言われる一種の条件付け、メタモデルと言われる情報収集の質問方法、問題を誘導したり、解決を誘導したりする質問方法、サブモダリティといって感覚のスウィッチを切り替える方法などなど、様々な方法論が体系だてられています。(ぱっと書き出していますが、どれも理論はわかれど実践は難しく、そして正解はないです。) コミュニケーションとして切り出して、体系立てて学ぶ機会が少ない現在の教育ではNLPのような取り組みや理論はとても新鮮であり、学ぶべきことが多いように思います。そして非常に有効であることも感覚的に理解できます。 これらコミュニケーションスキルを体系立てて学び、そして少し気をつけて使うだけで人との関係が驚くほど改善されたりします。特にNLPではNeuro-Linguisticなので神経、つまり人の脳内・神経の回路を理解し、無理がないようにその回路の流れに沿って対話をしていくので、肉体的(神経的?)に受け入れやすいのです。話し方一つ、態度一つで。どんなに最初心ではあながったとしても身体が受け入れてくれるでしょう。 さて、ワークショップ内では実際にコーチがNLPの理論や手順に沿ってクライアントの方に質問をし、ラポール(信頼関係)を築き、そしてクライアントの方の潜在的に深く抱えている問題や望みを見つけ出します。そして、逃げ出さずにちゃんと取り組み、行動に移すと宣言するまで、心底行動しようと思えるようになるまで許さず、離さず、じっと向き合います。クライアントの方は泣き出し、今まで言うことができなかった真に叶えたい望みを口にし、震える足を押さえて、歩き出しました。何度も何度も部屋の中を「俺はできる」「大丈夫」と口にしながら。 感動的であり、閲覧者の中にも涙をこらえきれず泣き出す方もいらっしゃいました。 もちろん私もある一種の感動は覚えたのですが、それよりもとても不思議で少し悲しくなりました。まだうまく表現できませんが、「そっか、こういうことが必要な世の中なんだ。」という感覚でしょうか。 それは「人と本気で関わる」ということです。 普段、私たちは多くの方と関わっています。仕事でもコミュニティでも家庭でもありとあらゆる場面で。ではその中で何名と、何時間本気で関わっているのでしょうか。私自身自分に問うてみても、怪しいものです。コーチングの際のクライアントの方との関係ですら、「本気」といえるか疑わしい時間もあります。仕事仲間は?友人は?恋人は?家族は?毎秒毎秒は無理でも、そういう時間を少しでも作っているでしょうか。 ひょっとしたら機械的に、表面上で人と関わることが多くなっているのかもしれないですね。だからコーチングやNLPという理論がうまれてきた。 本気で関わる、相手を思いやる。 その気持ちが常にあれば世の中もっと変わるのかもしれません。そしてそれこそが物があふれた今の時代に一番かけている人社会の本質なのかもしれません。 補足: でも、NLPは非常に危険な取り組みだとも思いました。非常に賢くて、非常に悪い人がNLPの理論を利用して悪の秘密結社を作ることも可能だと思ったからです。そう、洗脳も出来てしまうと思います。そして深くセンシングした際にトリガーを埋め込み、価値観をスウィッチさせてしまう。オカルト的な集団も築けてしまうのではないか。それほど力を感じました。

2007年02月17日

何を想うのか

最近友人と話していて、非常に面白いことがわかりました。 何を想うのか この話を聞くのが、私は好きみたいです。 例えば初対面での自己紹介。何を伝えたいですか?そして何を聞きたいですか? 1.今していること(例:仕事、趣味) 2.何を想うのか(例:経緯、意図) 3.どうやってそれをしているのか(例:方法論、手法) 1.今していること = What 事実やコンテンツといわれるものでしょうか。最近の出来事というイベントの時もあるかもしれません。ここはすごく重要です。個を特定するのに便利です。 2.何を想うのか = Why 何をしているのかの「きっかけ」になったことや「想い」だと考えています。『氷山の一角』という言葉もありますが、表層に現れているものは全体のかなり小さな一部です。そして「何をしているのか」はその時の条件や環境によってかなり左右されてしまいます。ひょっとしたら「想い」と「行動(=していること)」は今は一致していないかもしれない。だからその根底となる、海の中に隠れた深層心理が大事だと思います。 3.どうやってそれをしているのか。 = How 1.と2.を繋ぐものだと考えています。スキルと呼ばれるものもここに該当するのかもしれません。どんなに想っていても、どんなに「何か」をしてくても、作り上げるプロセスや方法が伴っていないと成し遂げるのは難しくなります。しかしプロセスばかり見えていても、のせるコンテンツや想いがない限り進むことはありません。 私が友人・仲間に関わる際は2.を大事にしたいと思っています。その上で3.を一緒に相談したいですね。3.にはファシリテーションやコーチングの考え方が非常にいきるはずですし。その上で一緒に「What」ができるかどうかは様々な制約条件との兼ね合いな気がします。 さて、人とお話しするとき、何を聞きましょうか。そして私は何を伝えましょうか。

2007年02月14日

承認と傾聴

心が動かなければ、人は動かない。 心が動くのを待っていては、組織は勝てない。 いくらいい戦略をつくっても、従業員の行動が変わり、続かないと結果にはつながらない。
ザ・ファシリテーター2 森時彦
人が動くとき、人が変わるとき、それにはさまざまな要素があるのだと思っています。その要素を様々なプロセスの中にプロットしていくことで、人として心も行動も本当に変化するのではないでしょうか。 そのプロセスは 知覚=>認知=>行動  という変容のパターンを生むのが一番自然で大事だと思っています。コーチングはまさにそのプロセスを辿っているのだと思うくらいです。また、順番が逆になったり変わってしまうことはかまわないと思っています。特にファシリテーションなんて全く逆順ですよね。 このプロセスの要素の中で今私が一番大事にしていることは、認知をすることです。認知とは「承認」することだとも思っています。承認という行為がいかに大事か、意識して体験しないとわからないくらいです。 人はすぐに判断や評価をしたくなります。良いか悪いか。私の意見はこっちかあっちか。もちろん自己表現という意味で意思を表すことは大事です。でもまずは承認してください。「そっか、そうなのね。(ちゃんと受け取りましたよ、その意見。私は聞いていますよ。)」と。そしてそれはできれば意見を言う前に。 そして承認するためには傾聴が必要になります。傾聴しないと承認もできません。上の空だったり、自分のことばかり話したりでは無理ですよね。人は聞かれていないとわかるとすぐに話をやめてしまったり、人によっては怒り出したりします。そして少なからず残念な気持ちになります。「あぁ、興味ないのね。」と。話の内容に興味がないだけなのに、話し手という個人に興味がないかのように考えすぎてしまう場合もあるかもしれません。 傾聴して承認ができたら、人は心も行動も変わる準備ができるのだと思っています。小手先のツールやスキルにおぼれるのではなく、真に成し遂げたいこと、私もあなたも人だということを大事にしていきたいと、そう思います。 うんうん、ちゃんと話を聞いていますよ。 それだけで、いいです。
ザ・ファシリテーター2―理屈じゃ、誰も動かない!ザ・ファシリテーター2―理屈じゃ、誰も動かない!
森 時彦

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2007年02月10日

埋もれていた知識、情報の独占

昨日、知人とメッセンジャーで話していて、相手がこんな風なこと言ってました。

ブログをみんなが使うようになって、世の中の人はかんたんに情報発信できるようになったら、いろいろと自分がもってる知識などを他の人に伝えるために結構ちゃんとした記事を書いている、と。

実際、いろんな人が自分のもっている知識なりをブログを使って、他の人にも伝えようとしているのがいまのネット環境だと僕も思います。
これはある意味では、今まではそうした知識が完全に陽の目を見ずに埋もれてしまっていたということだとも理解できます。

確かにかつては情報を発信する手段が一部に独占されてしまっていたがゆえに、その力をもつ一部の組織が自分達の言いたいことだけを情報として発信していました。そのために本当は多くの人がもっている様々な知識が埋もれて、あたかもそんなもの存在しなかったかのように、専門家などが必要以上にもてはやされてしまっていたのではないかと感じます。

しかし、一方、今日では誰もが情報を発信できる手段を持ちえています。
それを利用するかどうかは人それぞれですので、ここでは何も言いませんが、ただ、そうした変化をメディアも企業もきちんと理解できていないのではないかと疑問を感じます。

それは昔からあるメディアや企業だけでなく、IT系やWeb系の企業でもそうではないかと感じます。
いまだに一握りの専門家や個人の知識にたよる傾向があり、それ以外の人が持っている知識を生かそうとしない。

それは企業やメディア側の問題というだけでなく、自分で毎日積極的にブログを書いているブロガー以外の人は、自分と専門家とのあいだに大きな隔たりがあるかのようにいまだに誤解しているような気がします

でも、そんな差は実は程度の差でしかない。
もちろん、プロとアマの差というのはあるのでしょうが、それは知識の差ではなく、コンスタントにお金を稼げるようなアウトプットを出せるかという別のスキルの差です。

逆にいえば、一方では、情報をアウトプットする際のコストや報酬も低くなりつつある傾向もあり、果たしてプロとアマの差は、そういう意味でもどう維持していくのかという課題はあると思います。

そういう意味で、いまだにコンテンツの独占、情報の独占のほうこうで動いているテレビ局や大手の広告代理店やそれに
影響を与える大手メーカーって、すごくオールド・エコノミーの時代を生きてるなって感じがしてならない。
それで経済がこのまま停滞するようであれば、まったくどう責任とってくれるの?とでも言いたくなります。

とはいえ、そんな風に責任転嫁してても仕方がないので、新しいビジネスモデルを見つけ、そこで経済的なインパクトもある形にしていくのが、僕らの側の責任なんだと思います

というわけで、研究員の皆さん、ちゃんとブログ書いてくださいね。

P.S.
このあたりの話は、レッシグの著作権の既得権益のクリエイティブをめぐる話とも重なってきますよね。

 

2007年02月10日

縮小する都市

秋葉原で行われている「縮小する都市に未来はあるか」に行ってきました! 線で考える。 その発想の柔軟性に非常に驚きました。線で考えて、網として伸ばしていくことを考えています。はじめっから繋がっている世界。その線は関係性であり、その関係性を真摯に考え、活かし、できればデザインしてみる。この線は高速道路ではなく、街の道と考えてみるとわかりやすいかもしれません。 特に建築・都市デザインではかつては「点」または「面」で考えてきたそうです。それが線で考えることで何が変わるのか。 例えば「都市の皺」と名づけられた企画。都市における線の形態として『境界』は重要な要素でした。『境界』は明確に機能別(住宅地、商業地、工業地など)に定義だれたゾーンとゾーンを分離してきました。しかし、都市デザインは、都市の本質である交換と交流に立ち返るべきである、と問題定義をします。都市とは、交換の場所に始まり、交換は異種領域の境界線上で起こるのではないでしょうか。 人と人がもっと自由に創造的に交換・交流ができると考えるのならば、その境界線を長くすればいいのではないでしょうか。展示場では公園(新宿御苑)の例を挙げて、同じ面積のまま、敷地境界の位置を変更させてジグザグにすることで、境界線を長くさせることを提案されていました。接地面を増やすという感じでしょうか。そうすることで、目的をもって境界線をまたがなくても、自然にその交流の場に入ることができるようになります。ふらっと立ち寄れる。交流の場の大切さは理論だって展示場では説明されていませんが、私が思うに、「場」の理論であったり「現場力」といわれる考え方であったりするのではないでしょうか。 線は伸びます。つなげられます。つながると関係が結ばれます。線を線とだけ考えるのではなくて、その境界線上で起こるイベントを考える。線の周辺で起こるイベントも考えるというのでしょうか。なので『line city』 ではなくて『fiber city』と名づけられているのでしょうね。 高速道路を作るだけではなくて、街の道を作ると考える。交差点は何がある?小さな道と道のつながり、その周辺には何がある?何が交流してる?人は何を運んでいる? この考えはコーチングやファシリテーションをする際、WEBサイト設計やシステム開発にも応用できかもしれないと、ひそかにアイディアを練っています(w。