ICGCのリハーサルでさせていただいたメッセージの要約を掲載したいと思います。
私は今、第2週目と4週目に、賛美している曲に関連するテーマでメッセージしているんですが、ICGCは13日にコンサートを控えているので(案内はこちら→ Gospel&Message Special)リハにも熱が帯びているところ。
でも勢いや自己満足のために賛美するのではなく、その歌詞の内容を少しでも深く考えて、感じて賛美して欲しいという祈りを込めて、コンサートでも賛美するしゴスペル界の名曲として多くのクワイヤーで賛美されている I Need You to Survive をテーマにメッセージしました。
この曲はNYの牧師、そしてゴスペルシンガーであるヘゼカイヤ・ウォーカーと彼のクワイヤー、ラブフェローシップクワイヤーの代表曲で、Family Affair?というアルバムの一番最後に収録されています。
このアルバムは2002年2月16日にラジオシティーミュージックホールで開催されたコンサートを収録したもので、このコンサートは前年、2001年9月11日に起こった同時多発テロの犠牲者とその遺族のために開かれました。
同時多発テロについては皆さんも記憶に新しいことだと思いますが、NYの貿易センタービルに旅客機が2機突っ込んだ事によってツインタワーが倒壊し、2749名の尊い命が一瞬にして失われました。
ヘゼカイヤ師の教会員も何人か犠牲になってしまったということもあり、神様から与えられた大切な命を持つひとりひとりが決して傷つけあわず生きていて欲しい… という心からのメッセージが歌詞に込められています。
私はICGCディレクターの美和ちゃんとゴスペルツアーを組んで、ヘゼカイヤ師の教会・ラブフェローシップタバナクルの礼拝に出席させていただいたことがあります。あれは2004年の3月でした。
礼拝の途中、日本からはるばる来たゴスペルクワイヤーということでヘゼカイヤ師から紹介され、それでおしまいかと思ったら前へ出て賛美しろ、ということになり、20数名のツアーメンバーと賛美したのがこの I Need You to Surviveでありました。
まず私たちのピアニストの姉妹がこのイントロを弾き始めると教会内にどよめきが起こり、教会のバンドが自然にジョインしてくれ私たちは感激しました。でも感動が感涙に変わるのにそう時間はかかりませんでした。
英語でひと通り賛美したあとに日本語で歌い始めた時です。会衆が総立ちになり、手を上げて口々にハレルヤ!!と叫び、中にはハンカチで涙をぬぐう人も・・・。教会の中は聖霊の濃厚な臨在に包まれ私たちも涙でぐしょぐしょになりながら賛美し終えたものでした。
ヘゼカイヤ師は神を大声で称えながら、
「極東の何千キロも離れた国で、彼らは私たちに与えられた賛美を受けとめ、母国語で神からのメッセージを賛美しています。神にとって人種や国籍など関係ない。みんな大切な存在なんだ
」
と叫びました。

私たちがこの曲を賛美する時に、
「自分にとって大切だと思う人に向かって歌いましょう」
とよく言われます。それはその通りです。
大切な人が事故や病気や災いにあって不慮の死などを遂げる事がないように。本当に心からそう祈ります。
しかし、この曲に込められたもっと深いメッセージを私たちは知って受けとめる必要があるのです。
皆さんは、人間は何で死ぬのだろう?と考えたことはありませんか。
ICGCのあるメンバーから聞いた話ですが、彼女は子供の頃このことを寝る時に考えて、死ぬ事が怖くて眠れなくて、毎晩泣いていたそうです。
そこまでは行かないにしても、自分を可愛がってくれたあんなに優しかったおじいちゃんやおばあちゃん。あれほど愛し合った夫や妻。自分の分身のように思って愛していた子供。
誰もが死に支配され、遅かれ早かれ必ず死ぬのです。
その不条理について答えを持たない大部分の人は、せめて1回だけの人生だから自分に正直に、自分の思うとおりに楽しく、自己実現を求めて努力しようとします。
経済的豊かさの追求、社会的な成功、地位、名誉。
しかしそれらの物は死によって全部無に帰してしまうのです。
聖書は死について実に明確にその理由を述べています。
罪の支払う報酬は死である。 (ローマ人への手紙6:23)
死は罪の代償だと言うのです。
死なない人はひとりもいませんから、全ての人が罪を持っているというわけです。
では「罪」とは何でしょう?
私たち日本人はとかくこの言葉に犯罪的な悪を考えてしまいますが、聖書の原語であるギリシャ語の「罪」にあたる「ハマルティア」という言葉の意味は、「的をはずす」ということであります。つまり「あるべき姿からはずれてしまっている状態が罪」ということになります。
最初の人間、アダムは、その妻エバと共に神の愛の対象として永遠に生きる存在として造られ、エデンの園という必要なものは全て備えられた楽園に住む事を許されました。神に従ってさえいれば自由にのびのびといつまでもそこにいる事ができました。
しかし彼らは神から「絶対に取って食べてはならない」と命ぜられた「善悪を知る木の実」を取って食べてしまいます。これが人類史上初めて神に背いた事件であります。神に従って生きるという本来あるべき姿からはずれてしまったのです。
この事により彼らはエデンの園から追放され、自ら苦労して食物を得、生きていかなくてはならなくなったばかりか、死ななければならない存在になってしまったのです。
この状態が「罪の支払う報酬は死である。」と宣言されているローマ書の御言葉の根拠であります。
人間は全てアダムから受け継いでしまった、神に背く性質を持っているのでいつか必ず死ぬのです。
では死んだらどうなるのでしょうか?
そして、一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることとが、人間に定まっている (ヘブル人への手紙9:27)
そう、神の前で審判を受けなければなりません。でもこれって超納得できないですよね?だって罪の性質は自分のせいじゃないんですよ。生まれつき持っているDNAのようなものなんですから。
でも私たちは自己中な性質ゆえに、多くの人を傷つけたり蹴落としたりしてきたんじゃないでしょうか。
そこで神は、ご自身の愛の対象として造った人間に対し、永遠の死から救い出すために、実に不思議かつ驚くべき方法でその審判に勝利する方法を備えてくださいました。
罪の支払う報酬は死である。
実はこの聖書の言葉の次にこう書いてあります。
しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである。
(ローマ人への手紙6:23)
賜物ですよ
賜物ってプレゼントですよ
すなわち、すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており、彼らは、価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである。(ローマ人への手紙3:23〜24)
プレゼントですからそれに対し、「お代はいらないよ
」って言って下さっているのです
努力、修行一切必要なし。
キリスト(救い主)であるイエス様が、私たち人間の「罪」を全部身代わりに背負って、十字架刑という凄惨な刑罰を受けてくださったので、私たちは彼を自分の救い主と信じるだけでOKなのです
死んだ後にイエス様が復活されたように、私たちも復活の体が与えられて、本来いるべき場所である神のみもとで永遠に神と、信じる者たちと生きる事が出来るのです。
本当の救いとは、神への回帰です。
Survive の意味を辞書で引くと、「生き残る」「助かる」という意味であることが分かります。
この曲で歌われている真のメッセージは、この世にいる間大事な人が守られていて欲しいと言う願いだけではなく、死んでから後、信じる者にはイエス様の十字架の愛と復活によって永遠の命が与えられること。天の御国で一緒に永遠に神を賛美し続けることを願っているのです。
私はICGCのメンバー全員と天の御国で再会したい。
大切なあなただから I Need You to Survive.
6月13日、あなたも私たちと一緒に賛美しませんか?
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私は今、第2週目と4週目に、賛美している曲に関連するテーマでメッセージしているんですが、ICGCは13日にコンサートを控えているので(案内はこちら→ Gospel&Message Special)リハにも熱が帯びているところ。
でも勢いや自己満足のために賛美するのではなく、その歌詞の内容を少しでも深く考えて、感じて賛美して欲しいという祈りを込めて、コンサートでも賛美するしゴスペル界の名曲として多くのクワイヤーで賛美されている I Need You to Survive をテーマにメッセージしました。
この曲はNYの牧師、そしてゴスペルシンガーであるヘゼカイヤ・ウォーカーと彼のクワイヤー、ラブフェローシップクワイヤーの代表曲で、Family Affair?というアルバムの一番最後に収録されています。
このアルバムは2002年2月16日にラジオシティーミュージックホールで開催されたコンサートを収録したもので、このコンサートは前年、2001年9月11日に起こった同時多発テロの犠牲者とその遺族のために開かれました。
同時多発テロについては皆さんも記憶に新しいことだと思いますが、NYの貿易センタービルに旅客機が2機突っ込んだ事によってツインタワーが倒壊し、2749名の尊い命が一瞬にして失われました。
ヘゼカイヤ師の教会員も何人か犠牲になってしまったということもあり、神様から与えられた大切な命を持つひとりひとりが決して傷つけあわず生きていて欲しい… という心からのメッセージが歌詞に込められています。
私はICGCディレクターの美和ちゃんとゴスペルツアーを組んで、ヘゼカイヤ師の教会・ラブフェローシップタバナクルの礼拝に出席させていただいたことがあります。あれは2004年の3月でした。
礼拝の途中、日本からはるばる来たゴスペルクワイヤーということでヘゼカイヤ師から紹介され、それでおしまいかと思ったら前へ出て賛美しろ、ということになり、20数名のツアーメンバーと賛美したのがこの I Need You to Surviveでありました。
まず私たちのピアニストの姉妹がこのイントロを弾き始めると教会内にどよめきが起こり、教会のバンドが自然にジョインしてくれ私たちは感激しました。でも感動が感涙に変わるのにそう時間はかかりませんでした。
英語でひと通り賛美したあとに日本語で歌い始めた時です。会衆が総立ちになり、手を上げて口々にハレルヤ!!と叫び、中にはハンカチで涙をぬぐう人も・・・。教会の中は聖霊の濃厚な臨在に包まれ私たちも涙でぐしょぐしょになりながら賛美し終えたものでした。
ヘゼカイヤ師は神を大声で称えながら、
「極東の何千キロも離れた国で、彼らは私たちに与えられた賛美を受けとめ、母国語で神からのメッセージを賛美しています。神にとって人種や国籍など関係ない。みんな大切な存在なんだ
」と叫びました。

私たちがこの曲を賛美する時に、
「自分にとって大切だと思う人に向かって歌いましょう」
とよく言われます。それはその通りです。
大切な人が事故や病気や災いにあって不慮の死などを遂げる事がないように。本当に心からそう祈ります。
しかし、この曲に込められたもっと深いメッセージを私たちは知って受けとめる必要があるのです。
皆さんは、人間は何で死ぬのだろう?と考えたことはありませんか。
ICGCのあるメンバーから聞いた話ですが、彼女は子供の頃このことを寝る時に考えて、死ぬ事が怖くて眠れなくて、毎晩泣いていたそうです。
そこまでは行かないにしても、自分を可愛がってくれたあんなに優しかったおじいちゃんやおばあちゃん。あれほど愛し合った夫や妻。自分の分身のように思って愛していた子供。
誰もが死に支配され、遅かれ早かれ必ず死ぬのです。
その不条理について答えを持たない大部分の人は、せめて1回だけの人生だから自分に正直に、自分の思うとおりに楽しく、自己実現を求めて努力しようとします。
経済的豊かさの追求、社会的な成功、地位、名誉。
しかしそれらの物は死によって全部無に帰してしまうのです。
聖書は死について実に明確にその理由を述べています。
罪の支払う報酬は死である。 (ローマ人への手紙6:23)
死は罪の代償だと言うのです。
死なない人はひとりもいませんから、全ての人が罪を持っているというわけです。
では「罪」とは何でしょう?
私たち日本人はとかくこの言葉に犯罪的な悪を考えてしまいますが、聖書の原語であるギリシャ語の「罪」にあたる「ハマルティア」という言葉の意味は、「的をはずす」ということであります。つまり「あるべき姿からはずれてしまっている状態が罪」ということになります。
最初の人間、アダムは、その妻エバと共に神の愛の対象として永遠に生きる存在として造られ、エデンの園という必要なものは全て備えられた楽園に住む事を許されました。神に従ってさえいれば自由にのびのびといつまでもそこにいる事ができました。
しかし彼らは神から「絶対に取って食べてはならない」と命ぜられた「善悪を知る木の実」を取って食べてしまいます。これが人類史上初めて神に背いた事件であります。神に従って生きるという本来あるべき姿からはずれてしまったのです。
この事により彼らはエデンの園から追放され、自ら苦労して食物を得、生きていかなくてはならなくなったばかりか、死ななければならない存在になってしまったのです。
この状態が「罪の支払う報酬は死である。」と宣言されているローマ書の御言葉の根拠であります。
人間は全てアダムから受け継いでしまった、神に背く性質を持っているのでいつか必ず死ぬのです。
では死んだらどうなるのでしょうか?
そして、一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることとが、人間に定まっている (ヘブル人への手紙9:27)
そう、神の前で審判を受けなければなりません。でもこれって超納得できないですよね?だって罪の性質は自分のせいじゃないんですよ。生まれつき持っているDNAのようなものなんですから。
でも私たちは自己中な性質ゆえに、多くの人を傷つけたり蹴落としたりしてきたんじゃないでしょうか。
そこで神は、ご自身の愛の対象として造った人間に対し、永遠の死から救い出すために、実に不思議かつ驚くべき方法でその審判に勝利する方法を備えてくださいました。
罪の支払う報酬は死である。
実はこの聖書の言葉の次にこう書いてあります。
しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである。
(ローマ人への手紙6:23)
賜物ですよ
賜物ってプレゼントですよ
すなわち、すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており、彼らは、価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである。(ローマ人への手紙3:23〜24)
プレゼントですからそれに対し、「お代はいらないよ
」って言って下さっているのです
努力、修行一切必要なし。
キリスト(救い主)であるイエス様が、私たち人間の「罪」を全部身代わりに背負って、十字架刑という凄惨な刑罰を受けてくださったので、私たちは彼を自分の救い主と信じるだけでOKなのです

死んだ後にイエス様が復活されたように、私たちも復活の体が与えられて、本来いるべき場所である神のみもとで永遠に神と、信じる者たちと生きる事が出来るのです。
本当の救いとは、神への回帰です。
Survive の意味を辞書で引くと、「生き残る」「助かる」という意味であることが分かります。
この曲で歌われている真のメッセージは、この世にいる間大事な人が守られていて欲しいと言う願いだけではなく、死んでから後、信じる者にはイエス様の十字架の愛と復活によって永遠の命が与えられること。天の御国で一緒に永遠に神を賛美し続けることを願っているのです。
私はICGCのメンバー全員と天の御国で再会したい。
大切なあなただから I Need You to Survive.
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