TOP>2007年03月
受験勉強以外の物事にも、攻略法というものが存在します。
私の意外な側面として、ゲームが好きで結構多様なゲームを楽しんできたのです。
勉強でも、ゲームでも、やはりそのプロセスがきちんと理解出来ていると確実ではないにしもかなり高い確率で勝つ方法は存在するのです。
今日、私が生徒に伝授したのはオセロの攻略方法でした。
多くの方々が知っている極めて勝つ確率の高い方法は、角や縁を取ることですね。しかし、その程度のことであれば、オセロを知っている方の大半がご存知のことでしょう。
そこで思考を止めてしまうので、さらに先のつまりより勝率の高い攻略法に結び付けられないのです。
私は以前、それを考えたことがあり、あるラインまで遡って考えました。
すると、実は最初の段階で勝敗が五分五分ではないというところまで考えが至ったのです。
一番最初、次のライン、最終ライン、その各途中とプロセスを階層分けしてみました。
これで、より勝率の高い攻略法が分かったのです。
今日教えたのは部分的なことだけで、まだ核心部分まで話しておりません。
生徒達にそれを教えるのではなく、本人達に考えさせたいというのが私の本心なのです。意地悪でしょうか?
皆さんも是非考えてみてくださいね。何かご意見ございましたら、書き込みしてください。
露骨に攻略法を書いていただいても全く構いませんよ。宜しくお願いします。
うまくいかない人の行動や思考をよく見ていますと、物事や情報の活用がうまく出来ていないように感じます。
受験勉強でこける人も同様に、学習した内容や受験関連情報の活かし方が下手だと言えそうです。
絞込みの手法と広い視野で物事を見る姿勢のバランスの良い両立が出来ているでしょうか?
一見すると相反する姿勢であり、狭くすることと広くすることが両立など出来るのかと疑問に思うことでしょう。
例えば、情報収集に関してですと、収集するテーマは出来るだけ具体的に絞込みます。その一方で収集する手法はテレビ、新聞、ネット、知人、と多種多様な方法で可能な限り拾い範囲から集めるようにするのです。
全く一つの事象に対して、狭いと広いを同時にかけるのではなく、隣接的な事象にずらして狭くすべきところと広くすべきところを使い分けるのです。
以上のことだけですと情報収集の話に留まってまいますので、もう少し説明が必要ですね。
テーマを絞り込んで、広範囲から情報を集めることによって、自分の欲しい情報がたくさん集まりました。それも、自分の欲しいテーマにそった情報です。
次は、その情報を取捨選択する過程に入ります。このような作業によって、より確実に自分が欲しい情報がはっきりとしてくるはずです。
狭い範囲から広い範囲へと視野を広げていく姿勢と広い範囲から狭い範囲へと視野を絞り込んでいく姿勢。
この2つの姿勢をうまく使いこなすことで、情報収集と必要性の高い情報の絞込みがバランスよく出来るようになるはずです。
そして、自分の確実に必要とするテーマの絞込みと情報の絞り込みが進んでくれば、さらに深耕する形で情報を狭いテーマで集め、そこから技術的な情報、参考資料を集めます。
そのような極めてニッチな情報を得ることによって、自らのテクニカルな面がさらに精度と感度を増すわけです。
そして、学び方としては・・・、また時間があるときにでも書かせていただきますね。
時間の流れが速いと感じる人は沢山みえることでしょう。ですが、きちんと認識して対処される方が少ないようでもあります。
「時間がないから無理だ」「時間がないから出来ない」と、時間が十分に無いことを理由に物事をやり遂げない人はどれほどの数に上るのでしょうか。
まずは、「本当に時間はないのか?」と自分に問いかけることが大切です。
実際には、自分自身が認識しているのです。時間が無いのではなく、本来やるべきことに当てる時間を他の事に奪われる若しくは自らが認識して使っているという事実を。
一日が24時間しかないのは、どの人間におきましても同様の条件です。もっと言ってしまえば、地球上に生息する生物全てに当てはまる共通の時間的制約なのです。
同じ条件下にありながら、結果や成果が大きく異なるのはなぜなのかという認識に至っていないことに問題があるのです。
失敗する人間、成功しない人間、そういう方々は、頭が悪い訳でも運が無いわけでもないのです。一番欠如している物はその認識なのです。
「どの道大したことなど出来ないのだから・・・」「がんばったって、どうせ・・・」「体力づくりなど自分には関係ない」「勉強しても何も得にならないのに・・・」「僕には勉強なんて向いてないから・・・」
言い訳になりそうなことは幾らでも出てきます。そして、その言い訳によって時間だけが奪われ続けるのです。
二度と戻らない時間をお金や財産以上に大切に思えていますか?
そして、その時間を自分自身にこそ投資すべきであるという事実に目を向けていますか?
そのような人物が自分の周囲にみえますか?
落ち着いて観察し、思考していく事。そのような大切な姿勢を教えてくれる人物が、実はかけがえの無いあなたの人生の先生なのです。
私は周囲のたくさんの方々を先生とし、そして自らの感情や考えをも先生としてきました。先生は沢山いてもよいのです。たくさん学びたくさん考えてくださいね。
人間というものは、色々な習慣を身につけたまま生活しております。本人が意識しないままに行われている癖というものが曲者です。
現在意識しないままに行われていることも、最初は意識していても次第に無意識に行うようになるのが良い習慣であり良い癖というものでしょう。
勉強癖や学習癖、とはあまり言いませんが、学習習慣という言葉はよく聞きますよね?特に小学生・中学生くらいまでは、保護者の支援が大切であることから、学習習慣は親の責任にされてしまうことが多いようです。
ある程度の年齢になりますと、親や教師の言うことなど聞くはずもないものです。自我というものに目覚め、そこから他者への批判癖がついてしまうと、文句を言い、すぐに言い訳をするという悲しい癖がついてしまうものです。
こういった人間の悲しい?習慣をうまく利用すれば、勉強癖や学習癖に結び付けていくことが出来るかもしまれせん。
他者への批判を感情のみによるものとせず、分析してそれを自らの成長に活かせばよいのです。反面教師という言葉もあるくらいですから、悪い部分はまねせずに良いと思えることは自分に取り入れていきたいものですね。
何のために自分は学ぶのか、と疑問を抱くこともないまま学習しない生徒、大人が多いですね。非常に口惜しいことです。
単純に学習することが好きな人はそれで構わないのですが、学ぶことを拒み続けるために物事・人生がうまく行かないという人はどこかで受け入れる度量を身につけるしかないのです。
どれほど学ぶことを拒み、楽をしようとしたところで、学ばないことによってもたらされる禍福は運任せ、周囲任せになってしまうのです。
知は力成り、と私は実感しております。全てを学びつくすことが出来ないのは確かですが、長い人生の中で学ぶ喜びを知ればどれほどその充実度も増すことか。
学べるだけでも十分にありがたいことなのです。生活が大変で教育を受けられない人達が世界にはまだまだみえます。過去においては、日本でも女性は十分な教育を受けさせてもらえない時代がありました。
恵まれた時代だからこそ、学ぶことの意義などと言っておれるのかもしれないですね。