勉強が嫌いな人は、大抵の場合、本当の意味で勉強をすることの意義を理解していません。親が勉強しろと言うから、「してやってるだけ」などというのは論外です。
どこかで、勉強することの意義が歪められてしまい、一時の利益のためだけに勉強するように勘違いしてしまっている人が大半なのではないでしょうか。
その人が真剣に勉強に取り組むようになるのは、勉強の真の意義、自分にとっての勉強の意味が飲み込めた時でしょう。
私の場合、それはかなり幼いときでした。たくさんの大人と呼ばれる人間達の姿を見て、いかに学習することが大切かを思い知らされたのです。
一時の勉強に終始してしまい、その後のことを見通せないままですと、その時々の結果に目を奪われ精神が崩壊されてしまうこともあります。そのような悲しき人も数人見てきました。
非常に悲しいことなのです。一時だけの勉強に必死になって精神を崩壊させてしまうということは。そのような悲しい人を増やさないためにと、「ゆとり教育」は叫ばれたのでしょうか?私には分からないことも多いですが、「ゆとり教育」も受け止め方次第でした。良いという人間もいれば、あれは失敗だったという人間もいます。
判断というのは、その人個人のものであって、決めて感じるのはその人自身のことなのです。
なぜ勉強するのか、何のために学ぶのか、その問いの答えはきっとその人その人によって違うでしょう。また、同じ人であっても、その時、その場面で異なっていくことでしょう。
勉強をしない言い訳を考える頭があるなら、ともかくやることです。人生は学びの連続であるということを忘れなければ、勉強が単なる苦痛である必要もないはずです。
学ぶメリットの方が学ばないリスクよりも遥かに大きいのも確かだと思われます。私自身が、知らないことによって被った被害もたくさんありますが、知っていて回避できたリスクもまた多いのです。
100パーセント正しい答えはないので、あくまで私個人の意見として受け止めていただきたいのですが、精神を壊さない程度の勉強は脳の発達・体の発育にも非常に有効だと思うのです。
これから機会があれば、私の過去の経験も日記に書きたいと思います。




