父が4月の初めに急逝してから、どうも、家族のこころと身体の調子がおかしい。
ある意味で「正常な反応」だと言えるのかもしれないが、たとえば、ちょっとしたときに突然、フラッシュバック的に「うつ」が出てくるようだ。
母の場合は、何かのきっかけで突然涙が止まらなくなったり。
妹の場合は、しっかり者で元々こころが強いほうなので「うつ」は表面化していないが、それでも、ふだんでは考えられない車の運転ミスで接触事故を起こしてしまったり、ATMで引き出したばかりのお金をそのまま置き忘れて帰ってきてしまったり。
やっぱり、普通ではない。

こんな中、私の場合は、元々多少あった「睡眠障害」が、かなり顕著になってしまった。
睡眠障害は「うつ」から来ている場合が多いという。
が、「うつ」のときに低下すると言われている食欲も性欲も、全くふだんと変わらない。また、学生当時に実は深刻な「うつ」を経験しているのだが、そのときの感じとも全く違う。
つまり、日常生活の大きな妨げとなる「憂うつさ」というものはほとんどないのだ。
しかし、ただ「睡眠障害」が顕著になっている。
このように、こと「うつ」だけを表面的に見たら、自分では、ちょっと「うつ病」までは行ってないような感じも。
ややひどい「疲労感」は確かにあるのだが、しかし、それも「憂うつさ」とはかなり違う。
そんなわけで、とりあえず、6月末までの予定で病休を延長するとともに、市内にあるN記念病院という、睡眠障害の専門クリニック(この分野ではかなり有名だ、とのこと)を受診することになった。

N記念病院の医師やケースワーカーの対応はとても良く、終夜睡眠ポリグラフという精密検査を受ける予定が決まった。
が、ここまではいいのだが、事務窓口の対応が何ともいただけなかった。

初診窓口に保険証を提出しようと「すみませーん」と声をかけても、すぐ目の前にいる事務員の誰もが席を立とうとしなかった‥‥。
「誰かが受付をしてくれるだろう」とでもいうのだろうか?
見て見ぬふり(仕事をしているふり?)をして、席を立とうとしない。みんな、受付窓口のほうを向いて座って仕事をしている、というのに。
おまけに、診断書入リの封筒の表書きの、私の名前が間違っていた。
受け取るときにそれを指摘したら、女子事務員がぷーっとふくれっ面をした。そして、最後まで「すみませんでした」のひとこともなかった‥‥。

いったい、どういう教育をしているのだろう!

N記念病院のホームページなどを見ると、すばらしい理念が書かれている。
実際、医師やケースワーカーはかなり頑張っていると思われた。
それだけに、事務の対応の悪さがきわ立つ。

こころの病気を抱えている場合、こういう対応の悪さは、意外と尾を引いてしまう。
私の場合、「ムッ」とするものを通り越して、病院全体に対する印象が悪くなり、不信感が大きくなってしまった。
事務窓口での応対も治療の一部なんだよ、と言いたいものだ。

ひるがえって、障害福祉行政。
役所の窓口などでよく経験することだが、このN記念病院とそっくりなことがしばしば起こる。
何というか、事務的過ぎて心がこもっていないのだ。サービス業の一種だというのに。

対人業務とはどういうものなのか。
それを、たとえ窓口業務でも、きちっと教育してほしいと思う。

当の病院にしても行政にしても、せっかく良い理念を持っているのに「宝の持ち腐れ」だ。
まして、受付窓口は、その組織を代表する「顔」である。そこが良くなければ、その組織全体が良くない、ということになってしまう。

とすれば、極論を承知で言えば、受付窓口の重要性に気がつけないような組織には、もう「あとがない」かもしれない。
なぜなら、「より良く伸びてゆこう、という意思」「より良いものを提供しよう、というサービス精神」が欠如しているのだから。
言い替えると、受付窓口次第でその組織の質や発展性が見えてくるかもしれないな、とも思った。
案外、的を射ているかもしれない。

いずれにしても、一日も早く、父の死を乗り越えて、家族がより前向きに進めるようにしたい。
それこそが、父への恩返しだと思っている。


■GOOD JOB!
この記事よいネ!クリック!→