自分なりに書こうと思いましたが、へその緒がつながった母と男の私では、あまりに深い母の愛については・・・
やっぱり語ることが出来ない。
ので・・・
男親として指導者としての我が家の子ども達の3人物語りを振り返ってみたいと思います。(愛息子、愛娘よ・・・ゴメン)
まずは長男・・・
現在、2?歳ですが、長男が私を指導者への道へと導いたのは間違いありません。
何度かこのブログでも書きましたが、長男が町のトレセンに行っていた頃のエピソード。
そんな長男がサッカーを始めたのは、保育園年中さんの頃・・・・
当時(今も続いてますが)、町に[キッズサッカースクール]があり、私も町のサッカー協会をお手伝いしていた関係でお願いしたのです。
運動神経自体は悪くないみたいで、それなりにサッカーも上手くなっていきましたが・・・
所詮、私に似たのか?
周りにいた選手達が、あまりに上手かったのか?
分かりませんが、やや・・・伸び悩みの小学生時代を過ごしました。
ポジションは、FWをやってましたが・・・
ゴールへの嗅覚が少し足りなかったように思います。
(今だから言えますが・・・)
ただ、町のトレセンには何とか行かせてもらうことが出来て、郡のトレセンや県のトレセンの選考会に行くことだけは・・・
出来ました。
そして、長男が5年生の時・・・
その町のトレセンのスタッフとして私自身が関わってしまい。
親として指導者としての苦悩が始まったのです。
指導者としての自分。
親としての自分。
長男のことが分かってしまう苦しさ・・・
サッカーが下手ではなかったけど・・・
上手くは無かった長男。
サッカーをやっていて私から叱られて泣いた以外に見せた涙。
今でも覚えています。
そんな小学生時代を過ごし、中学校で部活でサッカー部へ入部。
Melsaと出会う前の私。
出来る限り、練習試合や公式戦に出向いた。
しかし、公式戦では・・・
一度たりとも[先発]で出場することは無かった。
親として指導者として本当に苦しかったし、悩んだ。
ただ・・・
一つだけ言えるのは、私自身が中学校のサッカー部を見ていたら・・・
やっぱり、先発では使わなかったかもしれない・・・
と言うことです。
勝つことを[目的]とした試合は、学年を問わず一番Bestな布陣が要求されます。
そこには、残ることが出来なかった長男。
でも、長男がいなかったらMelsaのsadaはいなかった。
それ位、長男は私自身にサッカーを燃えさせた。
けしてレギュラーになれなかった長男ですが、その分、親を育ててくれました。
今だから、笑って話しますけど・・・
「何で?走らんとやっ!」
ってお父さんは言うけれど・・・
「あんだけ、サイドで走らされて、まだ走れって言うのかよぉ!」
って話をしていると・・・
「ほんなこつねぇ〜」
と思って笑い話で話しています。
長男には、私自身の指導者としの原点があります。
ぇえ・・・
長男で終わってしまった。
続きは・・・
またです。
ありがとうございました。
でも・・・
世のお母さん方の想い。
も・・・少しは、分かっているつもりです。
それは、次男、長女のサッカー人生から・・・
※スライドショーの画像をとりあえずUP


