TOP>2006年12月
先日、娘の所属する富士見丘アンジェリーナがメンバー不足からの存続危機を迎えているとの記事を書いた際に同じ境遇を経験された欅スポーツクラブ女子サッカー部の父兄であるsys485さんからの助言により富士見丘アンジェリーナの部員募集の告知ポスターを近隣のコンビニなどに貼って頂けるようにお願いをすることにしました。
部員募集は5年生男子チームのお母さんも積極的にご協力を頂き宝陽幼稚園サッカー部OGなどにも声を掛けさせて頂いていますが、決定的な部員不足の解消には至っていません。
しかし来年1月のきさらぎ杯(高井戸FCと合同参加)を終えると次の黄金井杯(8人制)には富士見丘アンジェリーナでの単独チームの出場しか認められないので1月中に最低でも3名以上を集めないと黄金井杯には参加出来ません。
富士見丘アンジェリーナの所属する東京都Dブロックはチーム減少の為に1月のきさらぎ杯(新人戦)から都大会進出枠が3チームから2チームへ減少してしまい富士見丘アンジェリーナが大会登録出来ない事がDブロック全体にも影響を与えてしまっています。
そんな状況の中で今年度で卒団する6年生が後輩たちの為にポスターを貼ってくれそうな所へ出向き頭を下げて回ってくれています。
昨夏に入部してボランチとバックの6年生は先輩たちが築いた強豪チーム富士見丘アンジェリーナが自分たちの世代で無くなってしまう事を心から残念と思ってくれているようです。
1年半の富士見丘アンジェリーナでのサッカー経験によって彼女たちに芽生えた『チーム愛』に心から感謝し、当事者である5年生以下の父母としてチーム存続の為に頑張らなくてはと思いも新たにさせられました。
6年生ボランチは自宅から距離のある区民プールにまで行きポスターを貼って頂くなど大人も頭が下がる程の行動力です。
配布用チラシが不足し追加の要望があったり息子(2年生)の同級生男子のお母さんからチラシを配ってくれるとの申し出があったりと皆さんのご協力には本当に感謝します。
ブログを通じて各女子チームの父母の方々から激励や経験談からの色々なアドバイスを頂いています。
そして皆さんに同じように言って頂く『あの富士見丘アンジェリーナが無くなるのは悲しい』とのお言葉に娘が何気なく入部した富士見丘アンジェリーナが東京都少女サッカーで数々の活躍をし他の地域からも注目されている存在である事を改めて認識させられました。
5年生(新6年生)の親としては来年度のみの在籍となりますが、来年度の成績は気にせずにそれ以降の富士見丘アンジェリーナが再び強豪チームとして復活出来るような低学年の皆さんにも声を掛けさせて頂こうと思います。
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全国高校サッカ-選手権大会東京都大会
歴代東京都代表一覧*【】内は全国大会成績
第 9回(1926年)暁星中【ベスト4】
第10回(1928年)東京附中(筑波大付)【ベスト4】
第11回(1929年)青山師範(東京学芸大学付)【ベスト4】
第12回(1930年)東京附中(筑波大付)【ベスト4】
第13回(1931年)青山師範(東京学芸大学付)【ベスト4】
第14回(1932年)青山師範(東京学芸大学付)【準々決勝】
第15回(1933年)青山師範(東京学芸大学付)【準優勝】
第16回(1934年)青山師範(東京学芸大学付)【ベスト8】
第17回(1935年)東京附中(筑波大付)【準々決勝】
第18回(1936年)東京八中(都小山台)【1回戦】
第19回(1937年)豊島師範(東京学芸大学付)【ベスト4】
第20回(1938年)豊島師範(東京学芸大学付)【1回戦】
第21回(1939年)青山師範(東京学芸大学付)【ベスト8】
第22回(1940年)青山師範(東京学芸大学付)【ベスト8】
第26回(1947年)都五中(都小石川)【1回戦】
第27回(1949年)大泉【ベスト8】
第28回(1950年)都九高(都北園)【ベスト8】
第30回(1952年)大泉【ベスト8】
第31回(1953年)豊多摩【1回戦】
第32回(1954年)青山学院【1回戦】
第33回(1955年)朝鮮人高【ベスト4】
第34回(1956年)青山学院【ベスト8】
第35回(1957年)私城北【2回戦】
第36回(1958年)暁星【2回戦】
第37回(1959年)教大付(高師付中・筑波大付)【ベスト4】
第38回(1960年)私城北【1回戦】
第39回(1960年)帝京【ベスト8】
第40回(1962年)早大学院【1回戦】
第41回(1963年)私城北【2回戦】
第42回(1964年)帝京【1回戦】
第43回(1965年)帝京【1回戦】
第44回(1966年)帝京【1回戦】
第46回(1967年)帝京【1回戦】
第49回(1970年)帝京【ベスト8】
第50回(1971年)帝京【ベスト4】
第51回(1972年)帝京【ベスト4】
第52回(1973年)本郷【2回戦】
第53回(1974年)帝京【優 勝】
第54回(1975年)本郷【2回戦】
第55回(1976年)帝京【ベスト4】
第56回(1977年)帝京【優 勝】
第57回(1978年)本郷【ベスト4】
第58回(1979年)帝京【優 勝】
第59回(1980年)帝京【ベスト8】
東京Aブロック ・東京Bブロック
第60回(1981年)帝京【ベスト8】・創価【2回戦】
第61回(1982年)帝京【ベスト4】
第62回(1983年)暁星【3回戦】・帝京【優 勝】
第63回(1984年)帝京【優 勝】・暁星【2回戦】
第64回(1985年)修徳【1回戦】・帝京【ベスト8】
第65回(1986年)私城北【1回戦】・暁星【3回戦】
第66回(1987年)帝京【ベスト8】・暁星【3回戦】
第67回(1988年)帝京【3回戦】・暁星【ベスト4】
第68回(1989年)帝京【2回戦】・堀越【3回戦】
第69回(1990年)帝京【3回戦】・暁星【ベスト8】
第70回(1991年)帝京【優 勝】・堀越【3回戦】
第71回(1992年)久留米【1回戦】・帝京【3回戦】
第72回(1993年)暁星【2回戦】・修徳【2回戦】
第73回(1994年)帝京【準優勝】・東亜学園【1回戦】
第74回(1995年)帝京【2回戦】・東海大菅生【2回戦】
第75回(1996年)修徳【1回戦】・国学院久我山【1回戦】
第76回(1997年)帝京【準優勝】・駒場【1回戦】
第77回(1998年)帝京【準優勝】・修徳【3回戦】
第78回(1999年)帝京【ベスト8】・国学院久我山【2回戦】
第79回(2000年)東海大菅生【2回戦】・修徳【3回戦】
第80回(2001年)帝京【2回戦】・国士舘【1回戦】
第81回(2002年)帝京【ベスト8】・国士舘【1回戦】
第82回(2003年)成立(成立学園)【3回戦】・国士舘【2回戦】
第83回(2004年)実践学園【1回戦】・修徳【2回戦】
第84回(2005年)成立学園【1回戦】・修徳【1回戦】
第85回(2006年)暁星(Aブロック)・久留米(Bブロック)
*1回~8回大会までは関西を中心に開催された為、関東からの出場校は無し。
1941年~45年は戦争の為、中止。1946年は関西のみの復活大会を関西地区を中心に実施。
出場回数:1位 帝京(31) 2位 暁星(10) 3位 修徳、青山師範(7) 4私立城北、教大付(4) (3)本郷、国士舘(2)都久留米、成立学園、東海大菅生、国学院久我山、堀越、青山学院、大泉、豊島師範実践学園、都駒場、東亜学園、創価、(1)早大学院、朝鮮人高、豊多摩、都九高、都五中、府八中