TOP>2006年09月
今日9月30日(土)は娘・息子が通う富士見丘小学校の運動会です。
そして娘・息子が所属する富士見丘少年蹴球団・富士見丘アンジェリーナは富士見丘小学校をホームグランドとする事で今週の練習は全学年休みとなりました。
ここ数年は雨に祟られ競技を減らしたり順延したりの運動会でしたが、今年は雨の心配も無く無事にプログラム通りの開催となりました。(なので等々力競技場の川崎F対広島戦には行けず・・・)
富士見丘小学校の運動会が行われた2004年は昇格を決める水戸戦(運動会終了後に水戸へ直行)、2003年は昇格をする為の大一番だった新潟戦(閉会式を見ずに等々力へ直行)とフロンターレの大一番と重なる日程となります。
今年も連敗中でジュニーニョ(怪我)、マギヌン(出場停止)と負けられない1戦となりましたが、娘・息子と2人が出る運動会となると途中で抜ける事も出来ない状況となりました。
運動会の方は娘は放送委員として各競技のアナウンス係り、100m走、騎馬戦、高学年リレーと大忙しの運動会です。
息子も各種競技、50m走、低学年リレーとこれまた忙しい運動会となりました。
今年は2人とも赤組となり姉弟の争いも無く親としても移動距離が少ない運動会です。
息子は今年も低学年リレー、50m走と堂々の1位で終えました。
娘は100m走で同じ高学年リレーの同級生と対峙し鼻の差の2位でフィニッシュとなりました。
午後の部では騎馬戦、高学年リレーと巻き返しを誓っていた娘ですが、騎馬戦出場前の放送係りのアナウンスを終えて裸足で集合場所に移動する間に校舎入口前にあったアルミ製の泥落としの角で左足の裏を切り大量の出血で競技に出れずに保健室に担ぎ込まれました。
保健室での娘は大泣きでしたが、傷の痛みではなく『騎馬戦に出たい』『血が止まらないとリレーに出れない』と大騒ぎをして保健室の先生を困らせていました。
ずっと続けてきたリレー選手も今年はリレー代表4人にギリギリで選ばれ、毎朝7時に家を出て練習を積んだ学年リレーだったので出たい気持ちは先生も親も痛いほど分かるのですが、娘も地面に足をつけられない状況では走ることも出来ずに先生からの『リレーは来年もあるから』の言葉に黙ってうなずいていました。
今年の運動会も色々な意味で思い出深い物となりました。
娘も来週には杉並区少女大会、さわやか杯の開幕前の練習試合があるので、しっかり怪我を治療して貰いたいと思います。(結局、娘の怪我は予想以上に重く2針縫い腱が切れていたとの事で来週の練習試合は出場出来ないようです・・・)
金曜日は息子のヴェルディSSの日である。
息子はヴェルディSS木曜日にお祖母ちゃんの付添いで電車・バスを乗り継ぎランドに行く。
そして金曜日は母親に付添われ車でランドに通う。(最近は電車・バスで行きたがる事もしばしば)
しかし今日は母親もお祖母ちゃんも都合が悪く息子が一人で電車・バスを乗り継ぎよみうりランドに行く事になった。
前の晩から母が息子に『一人で行ける?』と確認すると息子は『前も一人で行ったから大丈夫』と答えていました。
息子が自信を持って言う『前に一人で行った』経験は息子に気付かれないようにお祖母ちゃんが密かに尾行しながら行ったよみうりランドであり、今回のようなたった一人で行くケースとは少々違うのである。
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幸い私は鈴鹿F1の仕事が一段落し、今日の午後はよみうりランドに近い味の素スタジアムで仕事をしていたので緊急時は連絡が取れるように息子に携帯を持たせ、息子に一人旅をさせる事にした。
仕事が片付き味の素スタジアムに出す最後の書類を作成している時に妻から『ランドへの迎えも遅れるかもしれない』の連絡が入る。
家からは遠くに見える新宿の方がランドより近い!
そして私は仕事を終え車でよみうりランドへ向うとグランドには無事に一人旅を終えた息子の姿があった。
しかし、今日の息子はコーディネーション練習・ミニゲーム共にプレーの精彩を欠き、動きも悪かった。
唯一ゴール前で決めた左足のダイレクトボレーは見事だったがプレー選択の判断やパス、シュートの精度が低く感じました。
一人旅の精神的疲労で何をやっても精度が悪かった!
4月に実行した前回の一人旅(祖母ちゃん尾行)も無事にランドへは到着したものの肝心の練習内容は散々で、乗り換えや寝過ごしを気にするあまり練習前に精神的に疲れてしまったのを思い出しました。
帰りの車では一人旅のご褒美に買ってあげたJリーグカードを握り締め爆睡する息子の姿がありました。
まだまだ小2の息子には『電車・バスを乗り継ぐ一人旅』+『ヴェルディSSの練習』は過酷なのだと思います。
息子の次の一人旅は3年生になってから再度チャレンジさせたいと思います。
豪快です!大野忍【ベレーザ】コーチのコーン逆さ座り!
そして練習後には今日が最後でヴェルディSSを辞め水泳に専念することになったナオト君との記念撮影をしました。
ナオト君とは幼稚園から一緒に2年半プレーしましたが、ポカリスエット杯幼稚園サッカー大会決勝トーナメントのPK戦では見事にヴェルディのGKとして持ち前のガッツと明るさ、そして元気な大きい声でチームメイトを鼓舞しチームの守護神として決勝進出を勝ち取る原動力の活躍を見せてくれた事が思い出されます。
小2~3年生の時期は色々なスポーツに興味を持ち、自分で選んだ競技と出会う時期と聞いた事があります。
ナオト君が選択した水泳を心から楽しんでくれることを願っています。
水泳もガンバレ!NAOTOくん!!