さて、また昨日からの続きです。昨日は、
★「摂動敏感性」
“ほんのささいな変化が、極めて大きな変化を引き起こす”
についてお話ました。これに関連しまして、複雑系にある概念の一つ。
★「ポジティブ・フィードバック」
“ものごとは、その最終局面に向けて加速していく”
そして、この考え方に、もう一つの特性
“もてる者が、ますますもつ”
大胆なのですが、この二つの性質が「ポジティブ・フィードバック」の中心です。
この事例として、VHS対ベータの戦いが、その書籍では、何度か紹介されています。
日本という国で、起こった規格争い。そして、これに勝利をおさめたVHS陣は、
あっという間に、世界を席巻し世界の標準規格の地位を独占してしまう。
最近ではブルーレイディスクの話題がありましたね!といってもずいぶん前の話ですが・・・・
■余談ですが、このあたりのことが映画になっております。
西田敏行さん主演の『陽はまたのぼる』というものです。
なんともいえない元気・勇気・やる気のでる映画です。
レンタルもしています。御参考までに。御存知でしたら、あしからず。
(写真のように・・・・)
話を戻しまして。
私達が、この「ポジティブ・フィードバック」を理解するときに身近な例、それは、
“行列が行列をよぶ”というものではないでしょうか。
また、飲食店などで最初、ガラガラな状態。入店する。
そのうち、一人、二人と入り始じめる。
すると、あれよあれよという間に、お客さんが入りはじめ満席になる。
こんなことをご経験されたことはないでしょうか?
私は、よく、街中で、あまりうるさくない、すいている喫茶店に入ろうとします。
で、この最初の客になることが本当に多いのですが、
数分もしないうちに、一人入り、二人入り、気がついた時には、いっぱいになっています。
で、ある時は、おもしろいので、何度も試した時期もありました。
冗談半分で、わたくしには、特殊な能力がある、などと友人に言ってましたが、もちろん地下のお店では、この力は半減します。
路面店で、ガラス張りで店内が、みえるお店でこそ、その力が発揮されます。
もう、基本中の基本ですね。できうれば、路面から見える、窓際に最初のお客様を座らせる。
コンビニがどうして、雑誌コーナーを必ず、路面に向けて、配置するのか。
立ち読み客の姿を外にみえるようにするのか?
それは、これを忠実に守っているのですね。
“人が人を呼ぶ”ということ。

しかし、ときに地下でも、私には、同じことがおきるので、これはなんともわかりません。何か力があるのでしょうか?(笑)
知人の飲食店では、これを忠実に守ってます。
が、やはり、どんな人が、窓際に座るかによって、差がでるんだといいます。
そして、それは、やっぱりその人の“気”のようなものがあるんだ。
そういったことでしか説明できない、と言います。
この意見に、実は、ほとんどの飲食店経営者の方は、賛同されると思います。
ある常連さんがくると、必ず、その日は、繁盛するということ。
これは、本当にあるのです。まさに複雑系なりです。
実は私も言われたこと多数です。
「GO1は福の神だ」って
(言われて悪い気はしませんね。また来ちゃおうかな、って…
あれ?これも営業かな?笑)
脱線してしまいました。では、その現象というものは、わかったよ!
ほんの小さな出来事が、大きな結果を引き起こす、
それは、最終局面に向けて加速していく。
そして、一度、あるところ(人)に、あるものが集まりはじめると、
さらに、それは、その度合いをましていく。
で、何なの?だから何? ですね。
ここまで、一見、関係のうすい分野のことを申し上げてきたのは、
以下のことに御賛同頂きたいという強い想いがあってのことです。
それは、
言葉には、とてもつもない力が秘められている!
ということです。失礼千万で、もう一度、申し上げます。
言葉には、とてもつもない力が秘められている!
あなた様であれば、ほんの小さな一言というものが、
如何に重要か!を御存知だと思います。
リーダーが発した言葉。たったのその一言が、メンバーの心を揺り動かし、想像以上の成果を上げる。ところが、ちょっとした、こころ無い、
小さな言葉のために、志気が停滞し、何やら、部の、課の、チームの、
お店の、雰囲気が悪くなっていく。
会議などでも、ある一言がきっかけで、俄然、議論が活発化するかと思えば、ネガティブな発言により、突然、あっという間に、場の力がそがれ、
不毛な会議となってしまう。
これ御経験済みだと思います。
さらには、たったの一言が、ややもすれば、
その人の社内でのポジションを危ういものにしてしまう。
そんなことが、発言内容と人の能力とが同等だと、
扱われてしまう日本の組織では、珍しいことではありません。
たったの一言でです。
政治家の方は、これで随分とやられています。
某雑誌社のたった一つの記事が、議員を辞職にまで追い込む。多発しました。
悪事千里を走る。
これ、まさに「摂動敏感性」であり「ポジティブ・フィードバック」です。
しかし、もちろん、失言に気をつけるという話が主意ではないです。
その複雑系の特性を生かし、ちょっとした、言葉によって、
あふれんばかりの「元気・勇気・やる気」を生み出しましょう!
という話でありまして、そして、それが、可能だという話です。
さらに言えば、ほんの小さな言葉。
それを、強く、強く、意識してすると、とても、良いことが、
たくさん、たくさん、起こりますよ!という話でございます。
これは、私の実体験です。
初めて明かしますが、私は日本青年会議所 関東地区協議会 千葉ブロック千葉青年会議所に所属しております。
執行部も経験済みです。
本業をやりながら地域のために何か力を貸そうじゃないか!
「ノーブレスオブリュージュ」
の世界です。その組織の中で、私は上についていた方の一言で、
どれだけ救われたか、ということを何度も体験しています。
すると、やっぱり、この人のためにがんばらねばと思います。
だって、人間ですから。
だからといって、明日から部門別朝礼を始めるぞとか、
朝のミーティングを色濃いものにしようという話ではありません。
★リーダーが個人に語りかける という話です。
★リーダーが個人と向きあう という話です。
なぜならば、人とは、常に評価を求めているからです。
それは、金銭的な評価だけではないということは、もう御存知かと思います。
モチベーション・マネジメントの話に傾いてきましたが、
リーダーが、個人にだけ、語りかけた時、そこに意味が発生します。
それは、“なぜわたしは、ここで働いているんだろう?”という疑問への回答なのです。
リーダーにかけられた言葉は、その人の働いている“意味”を充足させるのです。今や時の人である精神科医である和田秀樹氏の本に、
『壊れた心をどう治すか』(PHP新書)
という本があります。その中で、
北欧諸国は、福祉先進国であり、極めて高齢者に対するケアができている。
なのだけれども、実は、自殺者が多いのだと言います。
これは、社会に食べさせてもらっているので、高齢者に対し敬意が払われない。
それがいけないのだと言っています。
それは、つまり、生きる“意味”を減少させてしまうという、
なんともいえない、逆パラドックスが起きてしまっているんだということのようです。
そして、アジアの国々では、比較的、自殺が少ないのは、
高齢者に敬意を払う風土があるからだそうです。
これは、高齢者に限った話ではありません。
★人の理(ことわり)です。
つまり、意味がなくなると人は、おかしくなるのです。
語気を強め言います。
「わたしは、ここで働いている意味がある。」
そう思える環境とは、つまり、リーダーが、その人へ投げかける、小さな言葉しだいなのだと。
言葉の投げかけ、それが“敬意”です。
現実問題は、全ての人が、自分の望む部署や仕事についているわけではありません。
そこには、不満や失望感が漂い、働く意味を探している毎日なのかもしれません。
ですから、リーダーのその人だけに向けられた言葉。
これが大事なのです。しつこいですが、もう一度言います。
その人だけに向けられた言葉。これが、大事です。
さてさて、犯罪学から入り、複雑系にいって、言葉の大切さ、
そして、モチベーション・マネジメント的な話までに及びました。
果たして御賛同頂けるか不安ではありますが。
リーダたるもの、大いなる冒険心を!
それは、着眼大局であり、着手小局でもあります。
私自身、小さな言葉を大事にし、未来に向け、奮闘する所存です。
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◆自問◆
1)私は、ねぎらいの言葉をかけているだろうか?
2)私は、「ありがとう」を下につくものに言っているだろうか?
3)私は、私を支えてくれている人に感謝しているだろうか?
※答えは、でなくていい。それについて、考えるだけでいい。
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「100年後の人に、この時代は何と言われるのだろう!」
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【ことば】 「信言は美ならず。美言は信ならず。」(『老子』より)
飾らない言葉だからこそ、胸を打つことがあります。
いや本当に心がこもると、自然と言葉は削ぎ落とされ、素朴になる!
「ありがとう!」いい響きです。
ありがとう!
おはようございます!
廣瀬豪一 でした!





