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ロケフォトをもっときっちり把握したい。
(あたしもそれやりたい)
ここ数日のロケアシでそんな風に感じ、ともかく遊んでみて、
仕事が発生したときに慌てないようにしておきたい、と思った。
だからといって、いきなりコメットのスタータキット(¥45000~のモノブロック・カサセット)を買えるわけでもないので、まずは自分の機材の機能拡張みがたいな揃えかたで、じょじょに進めていこうと思う。
そうしていくほうが、何が必要なのか正確に把握できるだろうし。
人が揃えた機材を扱うだけだと、自分のできる撮影は広がらないでしょう。
というわけで、今日の買い物。
コメットのライトスタンドミニ(標準サイズ)
アンブレラ
クリップオン式ストロボのグリップ
本当はレフも、レフホルダーも、ストロボメーターもかなり欲しい。
けど、キリがないし。
本当に仕事が発生するまで、そこは間に合わせのものでやってみよう。
・・・・メーターは買ったほうがいいかもしれないけど。
ていうか、持たずにフリーカメラマンですっていうのもなあ。
娘のバースデーパーティーの時の写真です
雰囲気を出すために、ISO1600にして、
ろうそくの光に負けないように+1段の補正をして撮影
娘の頭の上に出ている変なゴーストは何なんだろうか??
ひさびさにロケアシ。
楽しかった。
若い、30代の職業カメラマンはたいてい優しい。
男女問わず、結構、素なが多いから自分も素で行ける。
とても気楽。
アシスタント業は特に大変でもなく、身体に馴染んだ作業なので、これもまた気楽だと思う。
別に、特別大変な仕事だとは思わない。
(世の中の仕事なんて、みんな大変)
気も普通に遣う感じが伝わって楽。
何が世の中で大変て、意思疎通が適わない仕事ほど大変なものはない。
そこに、技術的、経験的なものは多少あるものの。
はっきり言って、アシスタントはカメラマンよりも数十倍楽。
いわれたことをやる。
気付いたことを言う。
なるべく正確に。
知らないことは聞く。
そんだけだもん
プロのアシスタントという意識でいないからかもしれない。
判断するのはカメラマン(HE・SHE)
逆だとモチベーションはかなり違う。
カメラマンはピッチャー。
場の中心にいて、前に集中。後ろに気配り。
前にも後ろにも集中とは違う。そんなの無理!
こればかりは、アシスタント、ヘアメイク、衣装、スタイリスト、クライアント、被写体、被写体の関係者、管理者、
に囲まれた状況に立たなければ解らない。
前者の力関係は、カメラマンも含めその時によって変わる。
・・・・変わらないような雰囲気で、自分らしく撮るのが上手いカメラマン。
それを知るのも大事、かな。
EOS 40Dのファームウェアが公開されました
写真の価値は5年から10年以降に、ぐぐっと高まる。
個人写真の範囲内でいえば、そんな感じかと思う。
広告写真はよくわからない。
10年たつと、どうしたって人のくらしは変化してしまう。
赤ちゃんが、小学生に。
小学生が成人式に。
振袖の女の子は母親かキャリアウーマンに。
過ぎた時間を思うとき、写真の存在は大きい。
すぎた時間と空気はもう戻らない。
一度離れた家族が元に戻るのは相当難しい。
一度なくなったその場面がいかにかけがえのないものだったか。
それを知るのに10年はいい時間だと思う。
いまは淡々と流れる時間だとしても。
だから写真を撮る。
自分の好きな絵を切り取るだけで、写真を終わらせてしまうのはあまりにも勿体無い。
写真は芸術なんかじゃない。
記録するものだ。
とはいえ。
全てを写し取ることはできないかもしれない。
でも人の脳は不思議なつくりをしていて、記憶の断片を生生しく見せ付けられると、
その記憶の大部分を思い出すことができる。
においとか、音とかはそういう機能に特化しているらしい?
目は、日々いろんなものを見すぎているため、ちょと鈍いかも。
でも写真で思い出すことは多い。
自分の書いた文字とか、使っていた携帯とか(汚いくらいが丁度いい)を写真にしておくと、
さらに思い出し機能を刺激できるかもしれない。
そんなことおもいながら、新郎新婦の携帯のシャッターチャンスを狙ったりする。
あんまり綺麗過ぎる写真だとそうならないかな?
なんか、余計なものが写りこんでたりとかのほうが好きだったりする。
仕事じゃそうはいかないけど、自分の写真で言うと、そうかな。
同じ猫の写真でも、一眼で撮った写真よりも、おかんが使い捨てで撮ってくれた写真のほうが愛しかったりする。
同じことで、逆のことを母は思っているかもし知れない。
そこは人ぞれぞれの好みか。
写真の価値は、持つ人が、大事にするかどうかで決まる。
あくまでそう思う。
渡す前に、一度ねかすのもいいもんかな??
ワイン?
いや、これものだめカンタービレからだけど。
これからそう言って、写真渡すのが遅い言い訳にしよう。
お金の発生する写真はほとんど今年から管理が必要になったようなもの。
さすがにそれはちゃんとしておきたい。
なので、ノート本体とバッファローのHDで手動のミラーリング。プラスDVD保存。
ネガの仕事は会社が製作に使用後からそのお客様に納品されている。
毎週末、土日前にベタプリントを見に会社に行く。
遊び&練習の写真はだいたい年末になると、その人たちに送る。
手元にはハズレ(ピント、目線、ブレ)のプリントとネガかデータが残るだけ。
基本、いいカットは本人に渡してしまう。
いつかネガから大伸ばしして、またファイルを作りたいとう。
でもそれは、実力が伴ってから。
来年には作る!!
ネガの行方知れずも多いので、整理するには思い切りが要かもしれない。
時間があるときに、目的を持ってやらないと、中途半端になる。
ぜったい。
仕事で撮るネガの写真は婚礼の撮影にあたる。
今日アルバムに仕上がったのを見ることができた。
夢中で撮っていたのか、ほとんどのカットに記憶が薄い。
不思議な感覚だった。自分の写真じゃないみたいだった。
もちろん、その会社が必要とする絵をトレースしている部分もあるのだけど、
写真1枚に対する愛情が薄くなってしまったみたいで、違和感があった。
会社員の頃は写真を見れば思い出せたのに、これじゃいかんよん。
と、襟元を正す思いだ。
デジタルのほうが、自分でセレクトをやっているせいか、物でも人でも記憶にあるカットも多い。
デジタルは撮影が多すぎるため、1回全カットから振る落としを行う。
そのふるい落として、まとめ直したもので納品CDをつくる。
選びながら、スライドショーで何度も確認する。
スライドショーで見たときに、お客様にストレスのないように。その人らしさが感じられるように。
そんなことを思いながら、納品データを作成する。
多少、大変な思いをしてもそこは確りやりたいと思う。
ネガでベタチェックをするときも、せめて、これ使うかな? と考えながら見る。
そうしないと、撮った写真の行方がますます知れなくなる。
特に仕事はそうなりそうで、気をつけないと、と思う。
遊びの、いつかファイルにする写真にしても、およそ見当つけるくらいしておかないと。
そう考えると、時間がいくつあっても足りない・・・・・・