1617年5月4日−1675年11月20日 59歳
17世紀半ば〜後半の琉球王国首里王府摂政。
「琉球の五偉人」の一人。
島津氏侵入後の琉球の再建にあたり、政治改革を行い近世琉球の基礎を固めた偉人。
王家の分流である向氏羽地家の長子で、若くして薩摩に留学し、数々の学問を修める。
1650年、王命により王国初の正史となる『中山世鑑(ちゅうざんせいかん)』を編集。そのなかで琉球と日本は同じ祖先からわかれたもので元をただせば一体であるという「日琉同祖論」をとなえて国王の政治の手本とした。これによって琉球を侵入した薩摩との調和を図り、実行力のある改革につとめることができた。
1666年、尚質王の摂政となり、政治・財政・農政など全般にわたる改革に着手。その基本は古琉球的体制の打破、近世的体制の確立にあった。
羽地朝秀の諸政策は『羽地仕置』に収録されている。
琉球・尚氏のすべて

「危機の時代」の沖縄 ―現代を写す鑑、十七世紀の琉球― (新典社新書42)

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