讃岐国阿野郡小野村(香川県綾歌郡綾川町小野)生まれ。
慶応3年(1867)1月18日−昭和30年(1955)7月28日 89歳
反骨・奇想のジャーナリスト、新聞史研究家。
外骨みたいに生きてみたい―反骨にして楽天なり

豪農の家に生まれる。18歳のとき、自ら本名を亀四郎から外骨に改めた。
上京して進文学舎に入り、明治20年(1887)『頓智協会雑誌』を創刊したが、明治22年(1889)に発布された大日本帝国憲法に対し、「骸骨が研法を下賜する図」を載せて痛烈に批判したため、不敬罪によって禁固三年の刑を受けた。
のちに大阪で『滑稽新聞』を刊行、「過激にして愛敬あり」をモットーに、写真やイラストを多用しながら権力者を面白おかしくパロディ化し告発し、大いに評判を得たが、しばしば筆禍にあった。
第12、13回衆議院議員総選挙に「選挙違反告発候補者」として立候補したが、落選。
晩年は、明治の新聞・雑誌の保存収集の必要性に着目し、日本新聞史の研究に没頭した。博報堂の瀬木博尚の援助を得て東京帝国大学に明治新聞雑誌文庫を設置、以後は同文庫主任として収集充実に努めた。
宮武外骨生誕地に関する記事
滝宮神社から南に町道を約1キロ、綾川に架かる宮武橋近くには、明治から昭和にかけて生き抜いた反骨のジャーナリスト、宮武外骨の生地がある。外骨は豪農の四男に生まれた。長兄のひ孫、宮武烝さん(74)はイチゴ農家だ。「私が高校生の1955年ごろ『故郷で住みたい』と言ってきたが、その年、帰郷しないまま亡くなった」。(2009/9/6 asahi.comマイタウン香川より)
綾川町教育委員会(香川県綾歌郡綾川町滝宮299)には、「滑稽新聞」「震災画報」「奇」など宮武外骨のオリジナル雑誌(実物)が収集されている。
宮武外骨ゆかりの地(大阪府大阪市西区土佐堀2丁目交差点)
『滑稽新聞』をはじめとして、外骨が大阪で刊行した主な新聞・雑誌はいずれも大阪府立中之島図書館(大阪府大阪市北区中之島1-2-10)に所蔵されており、誰でも簡単に閲覧することができる。
宮武外骨墓所(染井霊園・東京都豊島区駒込5)
明治奇聞 (河出文庫)

面白半分 (河出文庫)

滑稽漫画館 (河出文庫)

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