安政5年(1858)8月18日−昭和14年(1939)1月28日 82歳
加賀藩金沢馬場(現、石川県金沢市東山3-3-16)に生まれる。
有機化学者、科学行政官。「近代化学の父」と称される。
13歳の若さで大学南校(のちの東京大学)に入学、化学を専攻し、明治9年(1876)文部省の国費留学生に選ばれ、ロンドン大学へ留学。
留学後の明治15年(1882)わずか24歳で東京大学教授。
門弟池田菊苗とともに溶液沸点の上昇を測定するベックマン法を改良する方法を考案し、日本人化学者による最初の世界的研究として注目された。
実学最優先のなかで、理化学の創造的な探求をめざし、わが国初の理学博士となった偉大な化学者であった。また、明治から昭和にわたって学会組織の拡充や研究機関の設立などに尽力し、国際交流にも大きく貢献。
その生涯をわが国理論化学の発展のために尽くした。「近代化学の父」といわれるゆえんである。
錠二の生誕地(石川県金沢市東山3-3-16)には、「桜井錠二先生生誕之地」と刻まれた石碑と彼の業績を記すプレートが掲げられている。
また、「
金沢市立ふるさと偉人館」(金沢市下本多町6-18-4)には講義ノートや英文往復書簡などの資料が多数残っている。
墓所は、不明。
桜井錠二
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