おんぶされて観た映画

日付: Thu, 23 Apr 2009 08:16:58 AM +0900 (JST)
(バンクーバー時間: 4月22日 水曜日 午後4時15分)
差出人: "domini@yahoo.co.jp"
宛先: デンマンさん "green@infoseek.jp"
件名:4月23日 昨日から
ひどい風邪をひいてます。

昨日から ひどい風邪をひいてます。
左はんぶん顔がいたい。
たぶん また 風邪の菌がはいったのでしょう、
今から 医者にいくので 治ったら連絡します。
さゆりより

Subj:風邪のバイ菌に好かれた小百合さんは、
漢字馬鹿にネットでストーカーされている
デンマンのように大変ですねぇ〜。
きゃはははは。。。

Date: 22/04/2009 11:51:51 PM
Pacific Daylight Saving Time
(日本時間: 4月23日 木曜日 午後3時51分)
From: green@infoseek.jp
To: domini@yahoo.co.jp
CC: barclay1720@aol.com
昨日から ひどい風邪をひてます。
左はんぶん顔がいたい。
たぶん また 風邪の菌がはいったのでしょう、
今から 医者にいくので 治ったら連絡します。
また、また大変そうだねぇ〜。
前回は、風邪のばい菌が歯に入って。。。
今回は、風邪のばい菌が顔の半分の筋肉に侵入したのかな?
でも、そのうち風邪のばい菌が小百合さんのオツムに侵入したらどうなるのだろうか?
は〜♪〜い!
その時には、ノー天気になりますゥ。
うしししし。。。
でも、冗談を言ってる場合じゃないよねぇ〜。
小百合さんは深刻に痛みをこらえているのだから。。。
おだいじに!

■ 『食べて治す (2009年4月23日)』
以心伝心とは良く言ったもので、
多分、小百合さんが風邪を引く頃だと思って
4月23日の記事は小百合さんのために書いたのですよう。
記事の中で紹介した本を図書館から借りてきて読んでみたら?
食べて治す、自分で治すことができますよう。
もちろん、最後は専門の医者に行かねばならないけれど、
僕は、もう30年以上、医者にかかっていません!
本を読んでみたら、書いてあるものを良く食べていましたよう。
例えば、たまねぎ、にんじん、かぼちゃ、ねぎ、ガーリック、しょうが。。。、
いつか機会があったら、僕の愛のマッサージで小百合さんの体質を改善してあげるね。
マジで。。。
とにかく、30年以上も医者にかかっていない僕の手から出る「気」は
小百合さんの体質を風邪を引きにくくすること間違いないのです。
これぞ、世間で言うところの「気功マッサージ」ですよう。

その「気功マッサージ」に加えて、
僕の場合には、「軽井沢タリアセン夫人」を書いている熱意と愛情が込められるのです。
これがデンマン流の「愛のマッサージ」です。
小百合さんは、どうやら「やらしいマッサージ」だと思い込んでしまっているようだけれど、
ジューンさんは僕の「愛のマッサージ」を受けてから、風邪一つ引かなくなりましたよう。
小百合さんも信じてね。
“信じるものは救われる!”
うししししし。。。
\(*^_^*)/ キャハハハ。。。
ところで、業務連絡のメールを小百合さんに送った後で
オタワに電話して小百合さんの納税アカウントをアップデートしました。
すべて自動で、人間は電話口には出ません。
4回録音されたメッセージを聞いてやっと理解できましたよう。
もちろん英語が問題ではないのですよう。
「思い込み」が、これほど理解を妨(さまた)げるとは思いませんでした。
小百合さんのアカウント番号は ABC 123456 (架空番号) なのですよう。
タッチトーン電話機を使って このアカウント番号を打ち込むのだけれど、
文字3つと数字が6つだから、当然の事だけれど、ボタンを9回押すものだと思い込んでしまった。
ところが、4回メッセージを聞いてやっと分かったのだけれど、C から入力するのです。
つまり、最初と2番目のABは入力しなくてもいいのです。
どうして。。。?
誰だって、そう思うよね!
アカウント番号を見て、文字3つと数字6つが目に入れば、誰だって合計9つの文字・数字列を打ち込むものと思い込んでしまうのは自然でしょう!?
ところが3番目から打ち込むのですよう。
しかし、初めに、その説明が全くない!
だから、僕は最初聞いても2回目にメッセージを聞いても理解できなかった。
しかし、4度目にメッセージを聞いたら、the third letter と確かに言っている。
ところが、僕のオツムは、目から入った情報があるから、勝手に three letters だと思い込んでしまっている。
C は1で代用してボタンを押してください。
K は2で代用してボタンを押してください。
Q は3で代用してボタンを押してください。
S は4で代用してボタンを押してください。
。。。
。。。
しかし、A と B については何も言わない!
んも〜〜
3度メッセージを聞いて馬鹿馬鹿しいから、もう止めようかと思ったけれど、
3度目の正直!
でも、もう一度聞いてみようと思った。。。
そうしたら、the third letter と言っている。
three letters ではない!
だったら、初めに、ちょっと一言、最初と2番目は入力しなくてもいいと言ってくれよう!んも〜〜〜!!
馬鹿馬鹿しい話だけれど、
これが日本で言う「お役所仕事」でしょうか?
英会話で何がむずかしいか?

電話で、やり取りするのが一番難しいと僕は思う。
なぜなら、相手のジェスチャーや表情が全く見えない。
そう言えば、小百合さんも言ってたよね?!
真夜中にバンクーバーのジュディーに電話でたたき起こされたけれど、何を言ってるのか全く理解できなかったと。。。
でも、その時は、小百合さんが寝ぼけていたから分からなかったんだよう!
うしししし。。。
いづれにしても、相手と向き合って会話するときには、相手の表情とかジェスチャーがずいぶんと助けになるものです。
しかし、今回のように電話の相手が録音されたテープの場合は最悪です。
聞き返すことも、質問する事もできない。
この場合、相手が生の人間ならば、「最初と2番目の文字はどうするの?」と聞き返すことができる!
しかし、録音されたテープではどうする事もできない!
言うだけ言って、こちらが入力しないと自動的に通話が切れてしまう!
とにかく、いい経験をしました。
では、小百合さんの風邪が早く治るように、
夢とロマンの女神にお祈りしたいと思います。
ラーメン。
じゃあね。


小百合さんの風邪がひどいようでござ〜♪〜ますわねぇ〜?

やっぱり、子供の事をいろいろと心配して、心労からホルモンのバランスを崩してしまったのだと思うのですよう。
それで、風邪のばい菌が暴れだしたのでござ〜♪〜ますか?
たぶんねぇ。。。ところで、卑弥子さんは風邪をひきませんねぇ〜。
なんだか、デンマンさんは、あたくしが風邪を引いた方が良いというような口ぶりでござ〜♪〜ますわねぇ〜。いけ好かないわぁ〜。。。
いや。。。そう言うつもりではありません。卑弥子さんが健康そのものなので改めてビックリしているのですよう。
健康だけが取り柄でござ〜♪〜ますから。。。おほほほほ。。。
謙遜しなくてもいいですよう。僕は常日頃から卑弥子さんの平安文学に寄せる情熱に尊敬の念を抱いてるのだから。。。
それで、あのォ〜。。。バンクーバーの図書館から借りてきた『源氏物語』を、あたくしのために読み終わったのでござ〜♪〜ますか?
いやあああぁ〜。。。目下、町子さんの税務の仕事で忙しくって本を読んでいる暇が無いのですよう。
全く読んでいる暇が無いのでござ〜♪〜ますか?
もちろん、卑弥子さんのためにと思ってぇ、寝る前に少しづつ読んでいるのですよう。そのうち必ず卑弥子さんと議論を戦わせようと、今から楽しみにしているのですよう。
あたくしも楽しみですわぁ〜。デンマンさんが、どれほど深く掘り下げて『源氏物語』をお読みになるのか?とっても楽しみですわ。
卑弥子さんの期待に沿えるかどうか?僕には分からないけれど、とにかく、近いうちに時間を見つけて読み終えますからね。
ところで、今日は映画のお話でござ〜♪〜ますか?
そうなのですよう。おととい(4月27日)、小百合さんが生後8ヶ月の赤ちゃんをおんぶしてバンフでロッキー山脈を見て、その足で町子さんの家に立ち寄った事を書いたでしょう。卑弥子さんも覚えていますよね?
ええ、よく覚えていますわ。


小百合さんは生後8ヶ月の赤ちゃんを背負っていましてん。。。

夜逃げでもしてきたと思ったのですか?
まさかぁ〜!。。。、日本から夜逃げしてきたとは思わへんかったけれど。。。聞くとバンフからの帰りだと言うてました。
アルバータ州からやって来たのですか?


そうですねん。。。ローキー山脈を見て来たと言うてはった。。。ビックリしましたわぁ〜。

私たち夫婦がシェーヴィングトンの家を買ってまもなくでしたわ。生後8ヶ月の赤ちゃんをおんぶして私の家にやってきたのですねん。
小百合さんは町子さんの家でホームステーを始めたのですか?
そうですねん。18年前の話ですわ。あまり長いこと居りませんでしたけれど。。。生後8ヶ月の赤ちゃんを連れて日本から、よう来たと思いましてん。。。一人でも大変なのに、赤ちゃんをおんぶしてのカナダ旅行ですさかいに、私は、本当に驚きましたわ。

ベースメントにも台所とダイニングテーブルと居間がありましたから、さっちゃんは、そこで過ごしたんですわ。赤ちゃんがはいはいして、ヨダレをよ〜けいジュータンにこぼしましてん。。。
へぇ〜。。。そう言う事があったんですか?
『赤ちゃんおんぶして…(2009年4月27日)』より
小百合さんが生後8ヶ月の赤ちゃんをおんぶしていた事と映画がどのように関係しているのでござ〜♪〜ますか?
あのねぇ〜、僕が覚えている最も古い記憶というか。。。思い出が、母親の背におんぶされて観た映画なのですよう。
つまり、一才に満たないで観た映画をデンマンさんは未だに覚えているのでござ〜♪〜ますか?
そうなのですよう。
でも、一才までの記憶は思い出に残らないと言いますわ。
僕も、そのような事を聞いたことがありますよう。でもねぇ、なぜか鮮明に覚えているのですよう。間違いなく母親の背中におんぶされて見た映像でした。
どの映画館で見たのかも覚えているのでござ〜♪〜ますか?
覚えていますよう。「大正座」という映画館でした。おそらく、名前から判断して大正時代にできたのだと思いますよう。当時、行田市には映画館が3つあったと思うのです。現在の行田市駅の前に「中央映画館」があった。中央小学校から歩いて10分ぐらいのところに「忍館(しのぶかん)」という映画館がありました。僕が中学生になる前に、どの映画館も廃業して取り壊されたと思うのですよう。
どうしてですか?
テレビが普及したので映画館に映画を見に行く人が激減したので、もう商売にならなかったのですよう。僕の家では、僕が小学校3年生のときにテレビを買いました。だから、その後映画館に行ったことがなかった。
中学生のときには、全く映画館に行かなかったのでござ〜♪〜ますか?
一度だけ熊谷市の熊女(熊谷女子高校)のすぐそばにあった「文映」にジェームズボンドの「ゴールドフィンガー」を見に行ったと思うのですよう。
その時だけですか?
そうですよう。高校の時には映画館に行った記憶がなくて、大学になってからですよう。洋画を映画館で見るようになったのは。。。
高校3年生の恵子さんとデートした時に観た映画が「ベンハー」だったのでござ〜♪〜ますか?
そうですよう。次の記事で書いたとおりです。
■ 『杜の都の映画 (2009年3月8日)』
■ 『杜の都のデート (2009年3月10日)』
デンマンさんのお母様はデンマンさんをおんぶしながら一人で観に行ったのですか?
もちろん、その当時、母親が一人で映画を見に行くなんて、できませんでした。
どうして。。。?
まだ1ドルが360円の時代でした。自由化前の、日本がまだ貧しかった時代ですよう。経済大国を目指して、日本中のお父さんやお母さんが一生懸命働いていた時代です。僕が赤ん坊の頃には、核家族は多くはなかった。おばあさん、おじいさんが、たいていの家に居たものですよう。
つまり、嫁と姑の問題などがあった時代なのですね?
そうですよう。だから、嫁が一人で映画を観て遊んでいる事なんて、中流階級以下の家庭ではまずできなかった。
。。。で、デンマンさんのお母様はどなたと映画を見に行かれたのですか?
だから、僕の祖母ですよう。。。今から思い出すと、羽生市に住んでいた僕の伯母(僕の父親の姉)が、遊びにやって来た時だったと思うのですよう。
つまり、お母様はデンマンさんを背負いながら、おばあ様と伯母様と一緒に映画を観に出かけたのですか?
そうですよう。僕の母親が映画館に行った事なんて、その時が初めで最後だったと思うのですよう。
。。。んで、その時観た映画って、いったいどのようなものだったのでござ〜♪〜ますか?
『愛染かつら』ですよう。
その題名まで覚えていたのですか?
もちろん、その時には、覚えていませんよう。第一、1才未満じゃ字が読めませんからね。うしししし。。。
どうして題名を覚えていたのでござ〜♪〜ますか?
白樺林の中を白衣を着た医師と看護婦がなにやら悲しそうに向き合っている。。。そのシーンだけが一才に満たない僕のオツムのスクリーンに焼きついたのですよう。
それで、そのシーンから、大人になって題名を推測したのですか?
そうなのですよう。白樺林と白衣を着た男女。。。その映像が、なぜか僕の記憶に焼きついたのですよう。しかも、『愛染かつら』という映画は太平洋戦争前に空前のヒットを飛ばした映画だったのですよう。
あのォ〜。。。デンマンさんは戦前生まれでござ〜♪〜ますか?
やだなあああぁ〜。。。僕は戦後生まれですよう。終戦後、何の娯楽もなくて、ようやく食糧難も収まって、娯楽が何もなかった町に映画館が復興し始めた。それで、戦前のヒットした映画を見せ始めたのだろうと思うのですよう。
『愛染かつら』という映画は、それ程ヒットしたのでござ〜♪〜ますか?
もちろん、戦前の事は、僕は生まれてないのだから知る由もないけれど、大学生になって記憶を確かめようと思って映画史を見たら『愛染かつら』が出ていた。あらすじを読んだら、すぐに白樺林の中を白衣を着た医師と看護婦が向き合っていたシーンが、ありありと僕の記憶に蘇(よみがえ)ってきましたよう。
『愛染かつら』

上原謙(加山雄三の父親)、田中絹代主演で一世を風靡した松竹製作のヒット映画。
1938(昭和13)年に作られた。
【あらすじ】
津村病院に勤務する美人の高石かつ枝は、よく働き仲間からも好かれ看護婦の仕事に励んでいた。
病院長の長男である若い医師・津村浩三は彼女の人柄と美しさに強くひかれる。
かつ枝には若いころ死別した夫との間に6歳になる女の子がいた。
しかし、かつ枝は浩三にも仲間たちにも秘密にして、姉夫婦に預け自活の道を歩んでいた。
休日のある日、公園で親子の姿を仲間の看護婦に見られ、子供があることがばれてしまう。
そのことが職場の仲間たちの噂になり、かつ枝は子持ち勤務のことでののしられ、その誤解を解くために看護婦仲間の前で自分の身の上を説明する。
かつ枝は早くから親同士のゆるした許婚(いいなずけ)があった。
かつ枝が18の時、父がある事業に失敗すると、それがもとで婚約もそのまま解消しなければならないことになった。
その時、婚約者は一家の反対を押し切ってかつ枝を連れて東京へ出てゆく。
でもその結婚生活は決して幸せではなかった。
結婚して一年経った19の春、夫はその頃はやった悪い風邪におかされ、たった4,5日床について亡くなってしまう。
その時かつ枝は妊娠8ヶ月の身体だった。
子供が生まれると姉夫婦に預けて、かつ枝は看護婦募集に応募する。
幸いにも合格して、津村病院に勤務することになったのだった。
かつ枝の身の上話を聞くと同僚の看護婦たちは、それまで彼女をののしったことを後悔し、かえって同情するようになる。
ある日、津村病院院長の息子・津村浩三の博士号授与祝賀会が開かれる。
アトラクションの席上で、高石かつ枝は独唱することになった。
かつ枝は無伴奏で歌う予定だったけれど、突然、浩三がピアノの伴奏を申し出る。
こうして、かつ枝は浩三のピアノ伴奏で「ドリゴのセレナーデ」を独唱した。
そんなある日、車での往診の帰りにかつ枝は浩三に誘われて外に出た。
月光の美しい夜だった。
浩三の菩提寺は谷中の墓地を抜ける途中にあった。
浩三にさそわれ、かつ枝は菩提寺へむかった。
その菩提寺には本尊よりも名高い「かつらの木」があった。
その気のそばに愛染堂があった。
本尊は愛染明王。
昔から「愛染カツラ」と言われて、その木につかまりながら恋人同志が誓いをたてると、一時は思い通りにならなくても将来は必ず結ばれるという言い伝えがあった。
浩三にうながされ、二人はこの愛染かつらの樹に手を添えて永遠の愛を誓うのだった。
しかし、しょせんは病院の後継者と看護婦。
その当時のことだから二人はそう簡単に結ばれない。
母から反対された浩三は、二人で新しい生活に踏み切るべく家を出て京都で結婚することを決意する。
だが、京都に向かおうとした丁度その夜、娘の敏子がハシカで高熱を出し新橋駅での待ち合わせ時間に遅れてしまう。
新橋駅の階段を駆け上がる彼女の目の前を、浩三を乗せた列車は発ち去ってゆく。
ここで霧島昇、ミス・コロンビアが歌う、あの有名な主題歌「旅の夜風」の前奏が始まり、哀しいすれ違いのうちに前編が終わる。
「旅の夜風」
作詞: 西條八十
作曲: 万城目正
唄: 霧島昇、ミス・コロンビア
1 花も嵐も 踏み越えて
行くが男の 生きる途(みち)
泣いてくれるな ほろほろ鳥よ
月の比叡(ひえい)を 独(ひと)り行く
2 優しかの君 ただ独り
発(た)たせまつりし 旅の空
可愛い子供は 女の生命(いのち)
なぜに淋しい 子守唄
3 加茂の河原に 秋長(た)けて
肌に夜風が 沁みわたる
男柳が なに泣くものか
風に揺れるは 影ばかり
4 愛の山河(やまかわ) 雲幾重(くもいくえ)
心ごころを 隔てても
待てば来る来る 愛染かつら
やがて芽をふく 春が来る
デンマンさんは上のあらすじを読んで、幼児の時、お母様の背中におんぶされて観た映画が『愛染かつら』だと分かったのでござ〜♪〜ますか?
そうなのですよう。それ程有名な映画だったからこそ、お袋も見に行ったのでしょうね。とにかく、僕が記憶する限り、お袋が映画館に行ったのはその時が最初で最後ですよ。もちろん、お袋と映画館へ行ったのも、その時一度だけです。
でも、本当にそのような事があるのでしょうか?
僕だって信じられないほどですよう。でもねぇ〜、背中におんぶされて観たということだけは、はっきりと覚えている。背中におんぶされるくらいだから、まず一歳未満ですよね。
そうでしょうね。
。。。んで、白樺林の中を白衣を着た医師と看護婦がなにやら悲しそうに向き合っているシーンだけしか覚えていないのですか?
そうなのですよう。それ以外のシーンは全く覚えてないのですよう。

あららあああぁ〜。。。この上の写真はデンマンさんと小百合さんでござ〜♪〜ますわ。
僕の記憶にあるイメージをコラージュして作ってみたのですよう。ちょうどこんな感じなんですよう。若先生の津村浩三と看護婦の高石かつ枝が、このようにして病院の裏の白樺林で、人目を盗んで会って話をしている場面なのですよう。
。。。んで、この映画は誰の小説を基にして脚本が書かれているのでござ〜♪〜ますか?
第一回の直木賞を受賞した川口松太郎が書いた「愛染かつら」を基にしているのですよう。
映画のストーリーは小説の内容と同じですか?
僕は原作を読んだことはないけれど、ほとんど変わらないようです。
。。。んで、この“愛染かつら”というのは、どういう意味があるのでござ〜♪〜ますか?
あれっ。。。卑弥子さんは京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義しているのに知らないのですか?
だいたい分かっていますわよう。でも、あたくしは『小百合物語』のホステス役だから、デンマンさんに花を持たせようとして、わざと尋ねているのですわよう。
あのねぇ〜、長野県の上田市に北向観音という寺院があるのですよう。
北向観音 (きたむきかんのん)
所在地: 長野県上田市別所温泉1656
山号: 北向山、金剛山
宗派: 天台宗
本尊: 妙観察智弥陀如来
創建年: 天長2年(825年)
開基: 円仁
正式名: 北向山 照明院 常楽寺
別称: 北向観音堂
札所等:
坂東三十三箇所番外札所
中部四十九薬師霊場2番
信濃三十三観音霊場客番
別所三楽寺
塩田平札所めぐり客番
文化財: 石造多宝塔(国重要文化財)
北向観音は、正式には北向山常楽寺といい、長野県上田市の別所温泉にある天台宗の寺院。
通称名の由来は、通常、寺院は南に向いているが、ここは北に向いていることから。
平安時代初期の天長2年(825年)慈覚大師円仁によって開創。
安和2年(969年)平維茂によって大改修が行われ4院60坊が整えられたと伝えられる。
北を向いているのは善光寺と向き合っているからとされ、「裏善光寺」と呼ばれる場合もある。
善光寺が来世の利益、北向観音が現世の利益をもたらすということで善光寺のみの参拝では「片参り」になってしまうと言われる。
愛染堂の近くに縁結びの霊木として崇められているかつらの巨木がある。(樹高22m)

開創当初の本堂は失われ、1730年代に再建された寄棟造の茅葺で、正面中央に唐破風の向拝。
間口は10間。江戸中期後半の特色を残している。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
あらっ。。。ずいぶんと古い寺院なのですわね。愛染堂のそばにあるかつらの木のことを「愛染かつら」と呼んでいるのですか?
そうらしいのですよう。この「愛染かつら」の木は樹齢1200年の老木で観音菩薩が影向した霊木といわれているのですよう。
このかつらの木に願いをかけると何かご利益(りやく)でもあるのですか?
あるのですよう。その木につかまりながら恋人同志が誓いをたてると、一時は思い通りにならなくても将来は必ず結ばれるという、縁結びの木なのですよう。
どう言う訳で。。。?
あのねぇ〜、愛染堂とは愛染明王堂のことで、“愛染明王”を祀(まつ)っているお堂なのですよう。
愛染明王 (あいぜんみょうおう)

愛染明王は、仏教の信仰対象であり、密教特有の尊格である明王の1つ。
梵名ラーガ・ラージャ(Ragaraja)は、サンスクリット経典にその名は見られず、また、インドでの作例もない忿怒尊である。
衆生が仏法を信じない原因の一つに「煩悩・愛欲により浮世のかりそめの楽に心惹かれている」ことがあるが、愛染明王は「煩悩と愛欲は人間の本能でありこれを断ずることは出来ない、むしろこの本能そのものを向上心に変換して仏道を歩ませる」とする功徳を持っている。
愛染明王は一面六臂で他の明王と同じく忿怒相であり、頭にはどのような苦難にも挫折しない強さを象徴する獅子の冠をかぶり、叡知を収めた宝瓶の上に咲いた蓮の華の上に結跏趺坐で座るという、大変特徴ある姿をしている。
もともと愛を表現した神であるためその身色は真紅であり、後背に日輪を背負って表現されることが多い。
また天に向かって弓を引く容姿で描かれた姿(高野山に伝えられる「天弓愛染明王像」等)や、双頭など異形の容姿で描かれた絵図も現存する。
愛染明王信仰はその名が示すとおり「恋愛・縁結び・家庭円満」などをつかさどる仏として古くから行われており、また「愛染=藍染」と解釈し、染物・織物職人の守護神としても信仰されている。
さらに愛欲を否定しないことから、古くは遊女、現在では水商売の女性の信仰対象にもなっている。
日蓮系各派の本尊(曼荼羅)にも不動明王と相対して愛染明王が書かれているが、空海によって伝えられた密教の尊格であることから日蓮以来代々梵字で書かれている。
なお日蓮の曼荼羅における不動明王は生死即涅槃を表し、これに対し愛染明王は煩悩即菩提を表しているとされる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
上の説明にも書いてあるとおり、昔から縁結びの神様として信仰されていたのですよう。
でも、なぜ川口松太郎と上のかつらの木が関係あるのでござ〜♪〜ますか?
実は、川口松太郎が、別所温泉に逗留していたとき、この木を見て「愛染かつら」という恋物語の構想を思いついたと言われているのですよう。
つまり、映画の中で津村家の菩提寺には本尊よりも名高い「かつらの木」があった、と言う件(くだり)は、川口松太郎が北向観音の「愛染かつら」を見て思いついたのでござ〜♪〜ますわね。
そうなのですよう。北向観音の「愛染かつら」は、古くから縁結びの霊木として知られていたけれど、映画と主題歌のヒットによって、ますます名が知られるようになったそうですよう。
あらっ。。。そうなのでござ〜♪〜ますか?だったら、今年の秋、軽井沢に行くついでに、ぜひデンマンさんとご一緒に訪ねようと思いますわ。
あのねぇ〜、僕と一緒に行っても仕方がないでしょう。卑弥子さんが将来の愛を誓う人と一緒に行くのですよう。
でも、残念ながら、そういう人が居ないのですわよう。だから、デンマンさんがその人の代わりになってくださいな。うふふふふ。。。
【デンマンの独り言】

記事を読み終わったあとの余韻と言うものがありますよね。
クラシックでもそうでしょう?


チャイコフスキーの「白鳥の湖」を聞き終わっても余韻がオツムの片隅に1時間から半日ぐらいイメージと共に、かすかに鳴り響いているものです。
あなただって経験した事があるでしょう。
ええっ。。。?僕の記事には余韻を感じるほどの内容が無いってぇ〜。。。?
そんなことは無いでしょう?!
余韻を感じる内容はたくさんあったはずですよう。
ええっ。。。?オマエの余韻は何なのかぁ〜?
あなたは、僕にそうお聞きですか?
うへへへへ。。。
次の写真ですよう。

小百合さんがこの格好で、カナダのアルバータ州のバンフまで行ったのですよう。
僕のお袋と小百合さんの世代の違いを感じない訳にはゆきません。
僕のお袋が小百合さんと同じ年頃に、1才足らずの僕をおんぶして単独でカナダのバンフまでロッキー山脈を見に行けるか?
逆立ちして行田市から東京まで歩いてゆけ!と言われるようなものでしょうね。
うしししし。。。
でも、考えてみたら、僕を背負って「大正座」に「愛染かつら」を見に行った事は、
“お袋の世界”では、ちょうど小百合さんが生後8ヶ月の長男を背負ってバンフに行ったようなものです。
なぜなら、映画館に入って映画を観たのは、お袋の長い人生であの時だけだったのですから。。。
まさに、外国に行くようなものだったでしょう。
お袋が「愛染かつら」を観た感動は、背中を通して僕に伝わったのかもしれません。
だからこそ、僕は1才にも満たないのに「愛染かつら」の1シーンを記憶していたのです。
本当に、自分でも信じられないことです。
“真実は小説より奇なり!”
正に、その通りですよう。
1才に満たない時の記憶が、小百合さんの上の写真を見る事によって、またありありと甦(よみがえ)ったのです。
信じられないような不思議な事は、結構、身近にあるものです。
考えてみたら、小百合さんとの出会いも不思議な経験でした。
この記事の余韻で、その不思議さを、今、たどっているところです。
とにかく、まだ面白い話が続きます。
どうか、あなたも、またあさって読みに戻ってきてくださいね。
では、またねぇ。。。



ィ〜ハァ〜♪〜!
メチャ面白い、
ためになる関連記事

■ 『きれいになったと感じさせる
下着・ランジェリーを見つけませんか?』
■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』
■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に
別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』
■ 『今すぐに役立つホットな情報』
■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

■ 『漢字馬鹿の再来 (2009年2月13日)』
■ 『漢字馬鹿の悦楽 (2009年2月15日)』
■ 『漢字馬鹿の自己矛盾 (2009年2月17日)』
■ 『あなた、おかえり (2009年2月19日)』
■ 『脳内漢字馬鹿 (2009年2月21日)』
■ 『他人の不幸は蜜の味 (2009年2月23日)』
■ 『漢字馬鹿の恋 (2009年2月25日)』
■ 『馬鹿のモデル (2009年2月27日)』
■ 『漢字馬鹿さん元気?(2009年3月25日)』

こんにちは。ジューンです。
バンクーバーにやって来たら、
一度は「クラウド・ナイン」で食事をするのも
良いことかもしれません。

食事をしながら360度の景観を
楽しむ事ができます。
ホテルの屋上にあります。
昔は Sheraton Landmark Hotel でしたが、
現在では、名前が変わって
Empire Landmark Hotel です。

レストランの名前(cloud nine)の語源は
いくつかの説があるようです。
でも、この言葉が世界的に流行ったのは
アメリカのラジオ番組で、
しばしば使われるようになったというのが
定説のようです。

ところで、卑弥子さんにもちょっと信じがたいような
恋物語がありますわ。
関心があったらぜひ次のリンクをクリックして
じっくりと読んでみてくださいね。
■ 『平助さんが卑弥子さんに恋をしたのがウンのつき』
(2005年5月3日)
では、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょうね。
じゃあね。




