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2011年12月29日

拝啓、乱歩先生

 
拝啓、乱歩先生







つまり、私の70%はデンマンさんには未知の領域で、私の40%は夫にも未知の領域だと言うのですか?



その通りですよ。 小百合さんは「自分のことは自分以外に知られないようにしている」と言ってましたからね。。。しかも「こんなことは夫には言えない。 言っても仕方がない」ともらしていたこともあった。

それはいけない事でしょうか?

あのねぇ〜、一人の人間を100%理解するなんて不可能ですよ。 自分で自分の事を理解していない人も居るのに、他人を100%理解するなんて無理なことですよ。 しかも、親には言えないけれど友達には話せる。 恋人には話せないけれど兄妹には言える。 Aさんには言えないけれど、Bさんにならば話せる。 当然、「夫には言えないけれど、あなたにならば話せる」という事もあるのですよ。 夫婦でも理解し得ない事ってたくさんある。 だから離婚が絶えない。 最近ではバツイチは当たり前になっている。

私もバツイチになるとデンマンさんは考えているのですか?

いや。。。小百合さんは離婚することはないでしょう!

その根拠は。。。?

小百合さん。。。あなたは利巧な女ですよ。 離婚するのは愚か者のすることですよ。 離婚するくらいなら初めから結婚しなければいい。 でも、多くの人はそうしない。 なぜか。。。? 人間はお互いに不完全だからですよ。 離婚する事が判っていたら、当然、誰もが初めから結婚しないでしょう。 でもねぇ、人間は完璧じゃないから、そういうことが判らない。 でも、更に愚かなのは、再婚すればより良い相手に巡り合うだろうと思って再婚する。 それで、また離婚を繰り返す人が居る。 そのような人は結婚に失敗して、更に失敗を求めているようなものですよ。

でも、中には結婚を続けていたら夫のドメスティック・バイオレンスを我慢せねばならず、最悪の場合には死んでしまうかもしれない。 だから、離婚しなければならないという妻だって居ますわ。

それは例外的なケースですよ。 そのような場合には離婚しかないでしょう! ただ、戦争前にも離婚はあった。 でも、現在のように多くはなかった。 なぜか? 戦争前には、結婚に不満があっても、たいていの場合には妻は我慢した。 戦後に結婚した僕の両親を見ても、お袋は我慢していましたよ。 どうして離婚しなかったの?と僕が尋ねたら、後で子供に恨まれそうだから、とても離婚する気にはなれなかったと言ってましたよ。 要するに、30年前と比べれば現在の離婚の多さは、日本人が我儘(わがまま)になり、身勝手に振る舞うようになったからですよ。

でも、デンマンさんだって我儘に自分勝手に振る舞っているように見えますわ。

でもねぇ、自分も相手も離婚することによって、家庭を崩壊させるような愚かな事はしませんよ。

そうでしょうか?

あのねぇ〜、僕も小百合さんも恋愛至上主義ではありませんからね。。。

現実主義者だと言いたいのですか?

いや。。。しいて言えば中庸主義者でしょうね。

中庸主義ですか?

恋愛至上主義にも走らず、現実主義にも押し流されず、人生をポジティブな方向に向けてゆく。 つまり、小百合さんには現在、結婚生活に不満があるかもしれない。 でも、「今一つの世界」を持っている。





私は感性の領域でデンマンさんと40%結びついた「今一つの世界」を持っているのですか? 夫との20%の2倍ですわね?。。。で、感性の領域って具体的にはどういうものですの?



小百合さんが書いた次のメールを読んでくださいよ。





Subj:長い電話お疲れ様でした。

Date: 01/10/2007 1:52:14 AM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間: 10月1日 午後5時52分 
From: fuji@adagio.ocn.ne.jp
To: barclay1720@aol.com


長い電話お疲れ様でした。
良くわかりました。

経理をしなくてはいけない。
それも13年分。
誰にたのもうか?
レシートもなくてと迷って朝方まで寝られない夜が毎晩だった時、
デンマンさんと話して、ここまで経理が進んだことをホットしてます。

いくら 請求がきても カナダに納めるのならいいやと思いはじめました。 
バーナビーで夏休みを過ごすことは
毎年私の支えの時間でした。




あの古い家は、夏休みで休むというより
ペンキ、芝のクローバむしり、
りんごの木の手入れ、
玄関まで高く長い階段のペンキはがしや、
しばらくみがかないガラス、
シミだらけのじゅうたん、
BASEMENTはランドリーのホコリとくもの巣、
行けば、掃除ばかりの家に大変でしたが
また戻りたいと思っていました。

実父の病気に、もう自分勝手にしていては駄目だ。
と今年決意しました。

こんな私でも欲しい物があります。
別荘です。
場所は長野です。
買ったら元家主の藤田桃子さん夫婦も招きたいです。
よかったらデンマンさんも。

日本だったら、親をおいていくことなく、ゆけます。

でも、29才からバーナビーで夏休みを過ごすことができた事は私の人生にとって良かったと思います。
ではまた。。。

小百合より



『カナダのバーナビー』より
(2008年11月18日)




つまり、29才から(13年間)バーナビーで夏休みを過ごすことができた、という事が私の「今一つの世界」だったのですか?



その通りですよ。

要するに、あの映画("The Mystery of Rampo")の中で語られている発禁処分を受けた小説『お勢登場(おせいとうじょう)』は乱歩先生の「今一つの世界」だとデンマンさんは考えているのですか?

そうです。

夫を「長持ち」に閉じ込めた女性と乱歩先生は「今一つの世界」を共有したとデンマンさんは考えているのですか?

例え、事件を起こした女性と実際に会ったとしても、その女性と共有した「今一つの世界」は多くても40%程度でしたよ。

。。。で、残りの60%は。。。?

創作の世界とファンタジーの世界ですよ。

乱歩先生と「今一つの世界」を共有したことで「静子」は、その後の人生をポジティブな方向に歩んでいったのでしょうか?

少なくとも乱歩先生はポジティブな方向に歩んでいったはずです。

その根拠は。。。?

乱歩先生は妻の隆子さんとは離婚してませんからね。 少なくとも世間並みな幸せな結婚生活を送って1965年(昭和40年)の夏、脳出血のため満70歳であの世に逝かれたのですよ。

そう言えば、あの映画には乱歩先生の奥様は登場しませんでしたわね。

あのねぇ、「今一つの世界」には「妻」は出てこないものですよ。

デンマンさんの「今一つの世界」にも奥様が出てこないように。。。?

そうですよ。。。うししししし。。。

『スケートリンクと乱歩』より
(2011年12月28日)






デンマンさん。。。あんさんはずいぶんと勝手なことを書いてはりますやん。



あきまへんか?

要するに、あんさんは不倫を正当化してますねん。

めれちゃんはエゲツないことを言うのやなァ〜。。。

そやかて、あんさんと小百合さんは不倫してはるのやでぇ〜。

それは、めれちゃんの誤解やァ!

誤解でも六階でも、7回の裏でもありしまへん。 わたしは思いのままを言うてますねん。

その、めれちゃんの思いのままが誤解やと言うてるねん。

どこが、どう誤解やと、あんさんは言わはるのォ〜?

めれちゃんも乱歩先生の作品をよ〜けい読んでいるやないかいなァ。

あんさんは、わたしのことを理解しているつもりで、そないなことを言うてますけど、わたしが乱歩先生の作品をよ〜けい読んでいると見てきたようなことを言わんで欲しいわァ。

あのなァ〜、わては思いつきで言うてるのとちゃうねん。 めれちゃんは、かつて次のように書いていたやないかいなァ。


「エログロナンセンス」の

時代特有の、

妖しげな表現に

魅せられました。


2007-04-13 13:53



デンマンさん
わたしの言う「エロい」は、
やはり少々お下品だったかな?
この表現って、
わたしにとっては「ギャグ」に近いんですよ
わたしは関西人のなかでも特に?
ウケをねらう傾向が強すぎるものでして、
必要以上に自分をコミカルにデフォルメするという、わるーい癖があるんですよね

で、回答へとまいりますね。。。

江戸川乱歩全集に関してですが、
とにかく横尾氏のイラストが、
エロチックだったのです。
幼いころから、女性の肉体の美しさに
強烈に魅了されていたわたしは、
偉大な画家たちの描く裸婦や、
女性のヌード写真を見て
「わたしも早くこんな風にキレイになりたいなあ!」
と、成熟へのあこがれを強く感じていました。

乱歩の作品自体については、
「エログロナンセンス」の時代特有の、
妖しげな表現に魅せられました。



「人間椅子」での、愛する女性のソファに、
自ら入り込み、悦楽にひたる男の異常な愛などは、
「家畜人ヤプー」に通じるものがあり、
それはむしろ、純粋なものすら感じました。

そういえば…
乱歩の時代のことが知りたくて、
おばあちゃんに
(今は亡き愛するおばあちゃんです!)
「見世物小屋行ったことある?」
「衛生博覧会って、どんなんやった?」
などと、聞きまくっていたものです


「チャタレイ夫人の恋人」ですが…
ぶっちゃけエロい箇所の拾い読み、
というのが事実です!
だってねえ…あの小説の大半は、
ロレンスの思想の
展開だと思いませんか?

小学生のわたしに、そんなものを理解できるような
知性も理解力もなかったっす…
で、大人になってから読み返したのですが、
森の番人の野卑でありながらも、
深い洞察力に満ちた性格に、
恋愛感情にも似た気持ちを感じました。
おまけに、セックスは上手ですしね(キャー!)

女性が自らの性欲を恥じる必要など
ないということを、
わたしは少女時代に、
あの小説によって知ったのかもしれませんね。

フロイトも、ヒステリーの原因は、
性的欲求不満であると、言ってましたよね?
セックスとは、
愛を基盤とした自由なものであるべきだと、
わたしはずーっと信じてます!

by レンゲ




『江戸川乱歩の世界』より
(2009年5月6日)




あんさん!。。。上の手記は、わたしではのうてぇレンゲさんが書いたものですやん!



あのなァ〜、めれちゃんかてぇ、同じような事を書いていたやないかいなァ! 探したけど見つからんよってにレンゲさんの手記を代用したまでやァ。

あんさんは、わたしの書いたものばかりでなく、レンゲさんの書いたものまで保存してますのォ〜?

あきまへんか?

確かに、わたしは乱歩先生の作品を読んだことがありますう。 そやけど、先生は不倫を奨励してまへん!

あたりまえやがなァ! 「不倫」という手垢のついた紋切り型のしょうもないモンを言い出すさかいに、めれちゃんの言うことが低級になるねん。

わたしの言うことが低級やと、あんさんは言わはるのォ〜?

そうやないかいなァ! 「不倫」というような低級で低俗な考え方では人生をポジティブに考えることはできへん。

あんさんは乱歩先生を持ち出してきて小百合さんとの不倫を正当化しようとしてはる。 それだけのことですう。

文学少女やっためれちゃんが、そないに低俗的な事を言うとは思わんかったでぇ〜。。。

低俗であろうが何であろうが、わたしは真実を述べてますねん。

あのなァ〜、真実を述べるのやったら低俗な「不倫」というお昼のメロドラマのようなことを言わんで欲しいねん。 めれちゃんも乱歩先生の作品を読んだのならば「今一つの世界」がどのようなものか? よ〜分かってるやろう?


今一つの世界



ここにもし、それらのものとは全く違った、また目新しい、「今一つの世界」があって、魔法使いの呪文か何かで、パッと、それがわれわれの目の前に現れたなら、そして、たとえば竜宮へ行った浦島太郎のように、その世界で生活することができたなら、われわれはまあどんなに楽しく生甲斐のあることでしょう。

でも、われわれは浦島太郎にはなれっこない。そんな「今一つの世界」なんてあるはずもなく、そこへ住むなんて思いもよらぬことだ。われわれはやっぱり、このきまりきった、面白くもない日常茶飯事を繰り返して行くほかに生き方はないのだ、とおっしゃるのですか。だって「今一つの世界」を求めるわれわれの欲望の烈しさは、どうして、そんなことをいってあきらめていられるものではないのですよ。

ご覧なさい。子供がどんなにお伽話をすくか、青年がどんなに冒険談をすくか、それから大人のお伽話、冒険談は、たとえばお茶屋の二階、歌い女、幇間(ほうかん)。それぞれ種類は違っても、われわれは一生涯、何か日常茶飯事以上のもの、「今一つの世界」を求めないではいられぬのです。お芝居にしろ、音楽にしろ、絵画にしろ、小説にしろ、それらはみな見方によっては、人間の「今一つの世界」への憧憬から生まれたものではありませんか。

暑中には避暑をする。それは何も暑さを避けるためばかりではないのです。われわれはここでも「今一つの世界」を求めている。飽き果てた家庭を離れて、別の世界へ行きたがっているのです。

もろもろの科学にしても、やっぱり人間のこの欲望の現われではないでしょうか。例えば天文学者は星の世界に憧れているのです。歴史家は遠い昔の別世界に思いを寄せているのです。動物や植物の学問はもちろん、生命のない鉱物にだって、薬品にだって、やっぱり「今一つの世界」を見出すことができないでしょうか。

古来のユートピア作者達が、それを夢見ていたことは申すまでもありません。さらにまた宗教ですらも、天上の楽園と言う「今一つの世界」に憧れているではありませんか。

ある型に属する小説家は、誰しも同じ思いでしょうが、わたしもまた、わたしの拙い文字によって、わたし自身の「今一つの世界」を創造することを、一生の願いとするものでございます。



江戸川乱歩(左)と三島由紀夫




(130 − 132ページ)
江戸川乱歩全集 第30巻 「わが夢と真実」
光文社文庫 2005年6月20日 初版1刷発行

『裸婦と今一つの世界』に掲載
(2011年4月20日)




あんさんは何かと言えば水戸黄門さんの「印籠」のように乱歩先生の「今一つの世界」を持ち出しはるけど、「今一つの世界」で不倫を正当化しようとするのは「赤」を「白」と言うようなものですやん。



めれちゃんもくどいなァ〜! 「不倫」というエゲツない言葉を持ち出さんで欲しいと言うてるやん!

あんさん!。。。いい加減にしいやア! 「赤」いものを「白」と言いはるつもりや知れへんけどネット市民の皆様は、そないなことでごまかされまへんでぇ〜。。。

わては、めれちゃんやネット市民の皆様をごまかそうとしているわけやあらへん。 乱歩先生の「今一つの世界」という考え方をじっくりと味わってみれば、この世はもう少し暮らしようなるねん。 離婚やとか、家庭崩壊やとか、イジメやとか。。。。、そういんモンが無くなると思うねん。 もっと幸せで戦争の無い、明るい世界になると思うねん。

「今一つの世界」をじっくりと考えてみるだけで離婚や、家庭崩壊や、イジメが無くなるのやったら、家庭裁判所や警察や国際連合がいらん、と言うことやんかァ〜!

うへへへへへ。。。わては、そう思うてるねん。

アホらしい! マジで、いい加減にして欲しいわァ。

あのなァ〜、めれちゃん。。。そないに言うけれど、めれちゃんかて知らずに、わての言おうとしていることを理解し始めたのやでぇ〜。。。

あんさんの言おうとしていることってぇ、どないなことやねん?

めれちゃんは次のように書いていた。 思い出して欲しいのやァ。


心の絆と「広い愛」
 
 

 
 
たとえ、他の女と関わりを持ったとしても

あんさんのことだから安心してますねん。

もし、関わりを持ったとしても

わたしは何とも思いませんがなぁ。

あんさんとわたしの心の絆は

誰も断ち切れへんからぁ〜。

でも、わたしのことを

忘れたらあきまへんでぇ〜。
 
 
めれんげ





『漱石のラブレター』より
(2010年2月18日)




あんさん!。。。わたしは、こないなことを書いた覚えはありしまへん。



めれちゃんは忘れてしもうたのや。 思い出してみィ〜なァ!

書いたとして、それがどないやと、あんさんは言わはるのォ〜?

めれちゃんは独占欲がごっつう強かったのやがなァ! 「狭い愛」に凝り固まっていたのや。 そないな訳で、次のようなエゲツないことを言うていたのやァ。


バカバカしい

テーマ: ヲチヲチヲチ〜♪



ああ。バカバカしい。

男女の愛が、閉鎖的であるのは当然だ。
それを、狭いなどと、何をぬかしているのか。
人間愛と、男女の愛をいっしょくたにしているアナタは、
本音を語っているのなら、一生誰とも
愛を語れないだろう。

それとも、ただのエロなのか?

もう、バカバカしくて、相手にもしたくない。
そんな低能な方と、かかわっていると、
こちらまで、悪影響をうけてしまいますので。
 
 
posted by merange

2009-03-08 18:48:47




『バカバカしい (2009年3月8日)』より

『雨降って仲直り?(2009年4月6日)』に掲載




このように言うていためれちゃんが「広い愛」に目覚めて心の絆と「広い愛」という手記を書いた。 わての言うことがめれちゃんにも分かるやろう?



判りまへん! 回りくどいことは言わずに細木数子のようにズバリ!と言うて欲しいねん。

つまりなァ、「今一つの世界」ということは「一つだけの世界」にしがみついて生きることなんて人間はもともとできへん。 そのことを乱歩先生も書いている。 要するに、結婚したとて一人の相手だけをじっと見詰めて余生を送るわけにはゆかへん。 それは"The Mystery of Rampo"という映画を観ても判る。 あの映画に出てくるヒロインは乱歩先生の「今一人の女」やないかいなァ。 その女が登場したからといって乱歩先生の奥さんが「不倫や!不倫や!」と騒いだわけやない。 それどころか、あの映画には乱歩先生の奥さんは一度も出てきよらん。 つまり、「今一つの世界」を知っている賢い女は、その程度のことで目くじらを立てて「浮気や!不倫や!」とわめいてヒステリーを起こすことはあらへん。

乱歩先生の奥様は「今一つの世界」を充分に理解してはったと、あんさんは言わはるのォ〜?

そうやァ。 そやから乱歩先生と妻の隆子さんは最後の最後まで添い遂げたのやないかいなァ。

あんさんは、どうして知ってはるん?

乱歩先生がそないに書いてはった。 めれちゃんも改めて読んでみれば、もっと人生が豊かになるような恋愛をすることができるようになるねん。


【レンゲの独り言】



ですってぇ〜。。。
あなたは、どう思いますか?
「今一つの世界」を持っていますか?

とにかく、次回も興味深い話題が続くと思います。
あなたも、また戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。






ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

乱歩先生は1894年(明治27年)に

三重県の名賀郡名張町で生まれました。

現在の名張市です。

名賀郡役所で書記として働いていた

平井繁男さんと「きく」さんの長男として生まれたのです。

平井家は武士の家柄だったそうです。

小学生の頃に母親に読みきかされた

菊池幽芳が翻訳した『秘中の秘』が、

探偵小説に接した最初でした。

早稲田大学政治経済学部を卒業後、

貿易会社に勤め、その後古本屋をしたり

夜鳴きソバ屋などの仕事を経験しています。

1919年に鳥羽造船所に勤務している時に

村山隆子さんと結婚しています。

1923年(大正12年)、『新青年』に掲載された

「二銭銅貨」でデビューしました。

少年向けに、明智小五郎と小林少年をはじめとする

少年探偵団が活躍する作品『怪人二十面相』等を

多数発表しました。

戦後は評論家、プロデューサーとしても活動。

晩年はパーキンソン病を患い、

1965年(昭和40年)夏、

脳出血のため70歳で亡くなりました。

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。



『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ





2011年12月28日

スケートリンクと乱歩(PART 1)

 
 
スケートリンクと乱歩 (PART 1)







バンクーバーより

楽しいクリスマスを!


From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Date:Fri, Dec 23, 2011 10:50 am.
日本時間: 12月24日午前3時50分


小百合さん、元気ですか?
クリスマスは、すぐそこですね。
今、Joe Fortes Library でクリスマスのための記事を書いてますよ。
記事といっても、いつものような記事ではなくてグリーティング・カードのようなものです。

今年は去年のカードを基にして、面白い YouTube を埋め込んで愉快なカードにしました。
小百合さんもぜひ見てね。



『あなたも楽しいクリスマスを!』

Joe Fortes Libraryにやって来るには僕のマンションからハイスクールの脇の駐車場を横切ってウエストエンド・コミュニティ・センターの裏口へ回るのが近道なのですよ。



裏口から入ると、すぐにスケートリンクを右手に見ることができます。





「私、結婚する前、バンクーバーへ行った時、あのリンクでスケートしたんですよ」

小百合さんがそう言ったのをスケートリンクのそばを通るたびに思い出すのですよ。
今日は中央図書館からの帰りにスケートリンクを見たら小学生がアイスホッケーの練習をしていました。
どう見ても小学校1年生か2年生ですね。
もしかすると幼稚園の生徒も混ざっていたかも知れない。
とにかく、皆、身長が100センチから120センチぐらいですよ。

ところが大人も顔負けするぐらいにうまいのですよ。
とても小学生がやっているとは思えない。
まるでプロの選手のようです。
驚きましたねぇ〜。



僕も以前はアイスホッケーもやりましたが、最近はスケートするのがしんどいですよ。
とてもすべる気になりません。
スケートものんびり滑っているぶんには好いけれど、アイスホッケーなどやろうものなら、もう息切れがして大変です。

小百合さんも子育てが終わったら、バンクーバーにやって来てビキニでスノボしたらどうですか?
きゃははははは。。。



小百合さんは、まだまだ若いですよ。
高齢社会になっている現在、小百合さんも第2の青春を楽しんでくださいね。
僕も、そうしていますよ。 (微笑) ホッケーはやりませんけど。。。(爆笑)

21日の水曜日に町子さんが税金のことでやって来ましたよ。
日本でならば経理部長でお金のことはすべて町子さんがやっているのだけれど、カナダとなると英語なので全くお手上げのようです。
40代でカナダにやって来たから英語を投げ出していて、じっくりと勉強する気もなさそうです。
税務署から届いた書類を電話で僕に説明するのだけれど、
実際に町子さんに会って書類を見てみると、町子さんの説明のうち正確に僕に伝えたのは20%で、あとの80%は町子さんの主観と推測なんですよね。(微笑)
やっぱり、20年カナダにいても英語はやる気がないと身につかないし、
やる気があったとしても40代からの英語の勉強はたかが知れたものです。

珍しく町子さんが自分で焼いたジンジャークッキーを持て来てくれました。
料理は何でもこなして、町子さんは、こまめによく作ります。
ジンジャークッキーで思い出しましたよ。
いつだったかジンジャーブレッドを買ってきて欲しいと小百合さんが言ってましたよね。





「日本でも売ってるでしょう?!」



「いいえ。。。大きなものは売ってないんですよ」

セーフウェー(Safeway)では売ってなくて、時間がなかったからジンジャーブレッドを他の店で探すことができなかった。
それほど珍しいものとは思わないけれど、ジンジャークッキーを食べていたら、ふと思い出しましたよ。
生姜の入った甘いクッキーは、しばらくぶりに食べてみると、なかなか懐かしい味がするものです。

ジンジャークッキーと一緒に兵庫県明石市の大栄堂本舗の「たこせん」をお土産に持ってきました。
蛸とイカが入った「おせんべい」で、子供の頃食べた“日本の味”ですよ!
懐かしい味でした!





では、小百合さんも素晴らしいクリスマスを迎えてね。

Merry M'mas &

Happy New Year!




じゃあね。






デンマンさん...スケートリンクのことなどよく覚えていましたわね?



言われてみれば、確かに忘れてもいいような些細なことだけれど。。。スケートリンクのそばを毎日のように歩いて通らなければ、とっくに忘れていたでしょうね。。。

スケートリンクがそれほどデンマンさんの目にとまるのですか?

時々可愛い女の子がフィギュアの練習をしていたり。。。、小さな子供たちがプロも顔負けにホッケーの練習をしている姿を通りがかりに見かけると。。。ふいに小百合さんが漏らした言葉が思い浮かぶのですよ。

デンマンさんに言われるまで私は忘れていましたわ。。。でも、スケートリンクと江戸川乱歩がどのように関係しているのですか?

あのねぇ、たまたま上のメールを書き終えてからDVDで見た映画が "The Mystery of Rampo" だったのですよ。





また、バンクーバー図書館からDVDを借りたのですか?



そうです。





特に意識して借りたわけではなかった。 当然、バンクーバー図書館にはアメリカとカナダの映画のDVDが多いから、日本映画に出くわすと、つい手にとって説明を読んでしまう。 江戸川乱歩のことでは何度か記事に書いたことがあった。 そんなわけで観始めたわけなのだけれど。。。画面にタイトルが表れた時に、また、ふいに小百合さんがこの映画のことをメールで書いたことがあったのを思い出したのですよ。



日付: Fri, 17 Apr 2009 13:56:44 +0900 (JST)
(バンクーバー時間:4月16日 木曜日 午後9時56分)
差出人: "domini@yahoo.co.jp"
宛先: "デンマンさん" green@infoseek.jp



件名:4 月 17 日

町子さん帰ってしまった?



はい、こんにちは。
町子さん帰ってしまった?
足が悪いのに ダウンタウンまで 来たんだ。
私があの年齢で 元気にバス乗って 飛行機乗って 移動できるかな〜。

用事が終って 今 お昼食べました。
うーん ナスのオムレツ?
何味 ケチャップ? バター? 醤油?
デンマンさんの料理 いみふ だから、 こわい。

RAMPO って映画化されて、でも 先に本で読まないとね。
アルファベットで RAMPO ですって。

バンクーバーの図書館も 読みつくしちゃったでしょう?

昔 ジェームスさんがUBC (University of British Columbia:ブリティッシュ・コロンビア州立大学)を案内してくれた時、図書館で 日本の本の棚にいろいろありました。 
その後 食堂で何か食べたような。



飛行機から 外をながめて UBCの広さに 圧倒します。
ダウンタウンは海に囲まれて 東の方がバーナビーだって
しばらく あの景色をみてないなー 明日山小屋で
額に入ったダウンタウンの写真を見よう。

がらくた(何て言うの? サリ**トショップ) 日本でいう リサイクルショップ。
今のように 高層マンションでいっぱいにならない昔の
ダウンタウンの額入り航空写真を $1.50 で買って
子供達が「もう帰ろうよー ママ気が済んだでしょう」と
あの子たちは 3軒隣りの グロサリーで アイスとお菓子を買いたがっていた…
思いつくままに…

さゆりより






『ズロースおばさん』より
(2009年4月25日)




懐かしいですわ。 こんなことを書いていたのですわね。。。それにしてもデンマンさんは、よく覚えていますわね?



なんと言うか?。。。奇遇と言うか?。。。奇縁と言うか?。。。小百合さんがウェストエンド・コミュニティ・センターのスケートリンクでスケートをしたことがある、ということを思い出してメールを書いた後で "The Mystery of Rampo" を観た。。。それで、「ああ。。。そう言えば、この映画のことも小百合さんはメールで書いていたことがある」。。。僕は、なんだか不思議な“縁”を感じたのですよ。

デンマンさんは "The Mystery of Rampo" を初めて観たのですか?

そうなのですよ。。。いつか観たいと思っていた映画をよりによって小百合さんにメールを書いた後で観た。 意識してそうしたわけじゃないのですよ。 偶然だった。 3,4日前に借りていた DVD が、その日、Joe Fortes Library に持っていったバッグの中に入っていた。





北米向けに、すべて英語で紹介されている予告編なのだけれど、良くできていますよ。 小百合さんは日本で観ましたか?



観ましたわ。 でも、イマイチでしたわ。

感銘を受けませんでしたか?

男のファンタジーのような。。。現実とはかけ離れたストーリーで、しかも戦前の日本が舞台でしょう?! なんとなく自分とは、かけ離れた世界の物語で。。。正直言って退屈して見ただけですわ。。。デンマンさんは感銘を受けましたの?

初めの10分間観て、僕の好きなタイプの映画じゃないと思いましたよ。 フランスのブリタニア地方にあるようなシャトー、貴族の大邸宅が出てきて、マルキド伯爵のような人物を想わせる大河原侯爵が出てくる。 映画の中では平幹二郎が演じていましたよ。


『RAMPO』(らんぽ)



1994年(平成6年)5月25日公開の日本映画である。ミステリーおよびファンタジー映画。

「プロデューサーによる作り直し」、「ふたりの監督による2バージョン同時公開」、「劇中のサブリミナル効果」など映画内外の数々のエピソードが話題になった作品である。
「映画生誕100年・江戸川乱歩生誕100周年・松竹創業100周年記念作品」と銘打って公開された。

プロデューサーの奥山和由は監督の黛りんたろうが完成させた作品に納得できず自らメガホンを取って全体の70%を撮り直すなど映画を再構成、自分なりの作品を作り上げた。
それぞれは「黛バージョン」、「奥山バージョン」と呼ばれ同じ日に公開された。
上映時間はそれぞれ93分と98分。

1995年(平成7年)5月27日には「奥山バージョン」に未公開シーンを加えて更に再編集したものに、千住明による音楽(指揮:ヴァーツラフ・ターリヒ、演奏:チェコ・フィルハーモニー管弦楽団)を追加した上映時間100分の「インターナショナル・ヴァージョン」も公開された。




出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




僕が借りた DVD は101分の「インターナショナル・ヴァージョン」ですよ。 「未公開シーン」というのは、たぶん、ヌード変態シーンだと思うのですよ。 女装した大河原侯爵が亭主を殺した女を妾にし、その女を裸にしてポルノ映画に出てくるような変態シーンを繰り広げる。





こんなのが日本でよく許可されたと思ったほどですよ。 レベルの低いB級映画のような感じでした。 でも、ヒロインの静子を演じた羽田美智子さんは良かったですよ。 いい女優になりましたねぇ〜。。。



そう言えば、デンマンさんは羽田さんのことで記事を書いていましたわね。



『悩めるアラフォー』

(2011年9月18日)




。。。で、途中で観るのを止めにしてしまったのですか?



いや。。。絶対に最後まで見ようと思いましたよ。

でも、B級映画のようだったのでしょう?

あのねぇ、観ていると横浜のグランドホテルの、あの階段と、時計、それに2階のロビーが出てきた。 このホテルのことでも僕は何度か記事を書いたことがある。 小百合さんもこのホテルには懐かしいものを感じるでしょう?

私は横浜のグランドホテルよりも軽井沢のグランドロッジに郷愁のようなものを感じますわ。。。で、横浜のグランドホテルが出てきたのでデンマンさんは映画を最後まで観る気になったのですか?

いや。。。それだけではありませんよ。 僕は映画の中の乱歩に僕を重ね。。。、亭主を殺したという「静子」というヒロインに小百合さんを重ねながら観ていたのですよ。。。それで、結末がどうなるのか?。。。まるで、小百合さんと僕の将来を占うような。。。「神からのお告げ」でも聞くつもりになって最後まで観ようという気持ちになったのですよ。

私と映画のヒロインが似ているようには思えませんわ。

あのねぇ〜、正直言って "The Mystery of Rampo" のストーリーはバカバカしいのですよ。 江戸川乱歩先生と無関係な映画ならば最初の10分見たところで僕は他のDVDと取り替えましたよ。 でもねぇ、乱歩先生の『お勢登場』、『化人幻戯』、『火星の運河』という作品を基にして映画が作られている。 だから、バカバカしいでは済まされないものを感じたのですよ。 それに、考えてみたら、あまりにも偶然が重なりすぎていた。 小百合さんへメールを書くときに思い出したスケートリンクといい。。。この映画のことといい。。。それに映画の内容ですよ。。。

病弱の夫を「長持ち」に閉じ込めて殺すという、そのストーリーのことですか?

そうですよ。 この話は乱歩先生が『お勢登場(おせいとうじょう)』というタイトルで『大衆文芸』1926年7月号に書いた短編小説なのですよ。 肺病に侵された夫は、子供の将来を案じ、書生と不倫する妻おせいと離縁することが出来なかった。 





ある日、いつものように「おせい」が不倫相手の元へ出かけた後、夫は幼い息子とその友人達と遊んでやる。 彼はかくれんぼを提案し、部屋の押し入れに隠れた。 子供達が押し入れに近付くと、彼は押し入れの中にあった「長持ち」の中へ入る。 子供達が諦めた頃、彼は長持ちから出ようとするが、蓋が開かない。 密閉された長持ちの中で苦しんでいる内に、「おせい」が帰ってくる。 そして、結局、長持ちの中に居る夫を閉じ込めたまま殺してしまう。 この小説は、映画の中では言論統制によって発禁処分を受けて発売できなかったことになっている。



今の時代ならば問題ありませんわね?

いや。。。アメブロ(http://ameblo.jp/)の愚かな管理人は、多分 現在でも、僕が書いているこの記事を投稿したら未公開にすると思いますよ。 (苦笑) 時代錯誤の言葉狩りと写真狩りを恥ずかしげもなくやっているのですからね。 とにかく、映画では『お勢登場』は出版できなかったのだから、その内容を一般の読者は知らない。 それにもかかわらず、まるで本の内容そっくりの殺人事件が現実に起こってしまう。 その殺人事件の犯人が羽田美智子さんが演じる「静子」という女なのですよ。

でも。。。、でも。。。、私の夫は病弱でもありませんし、私は夫を「長持ち」に閉じ込めて殺したりしていませんわ。

もちろんですよ。。。小百合さんが、そのような無情で無慈悲な女だとは、僕は思ってませんよ。 

だけど、デンマンさんは私とあなたを乱歩先生と「静子」に重ねて映画を観たと言ったばかりではありませんか!

そうですよ。。。でもねぇ、さっきも言ったように一連の偶然が単なる偶然ではないように思えた。 だから、なぜか「静子」が気になった。

それで、私を「静子」に重ねて映画を最後まで観たのですか?

その通りですよ。

この映画の結末が私とデンマンさんの将来を暗示していると思ったのですか?

そうです。。。いけませんか? (微笑)

それってぇ、かな〜りィ飛躍してません?

あのねぇ〜、すでに言ったけれど、この映画は半分程バカバカしいのですよ。 でもねぇ、少なくとも乱歩先生の原作を基にして映画が作られている。 バカバカしいと思うだけで DVD を投げ出したのでは身も蓋もない。 せっかく観始めたのだから時間を無駄にしたくない。 結末も観ずにバカバカしいでは乱歩先生を侮辱していることになる。

要するに、乱歩先生を尊敬しているデンマンさんは、せめて結末を見届けようと思ったのですか?

その通りですよ。

それで、私も夫を「長持ち」に閉じ込めて殺すだろうとデンマンさんは思っているのですか?

滅相もない! そんな。。。そんな恐ろしい事を僕は考えてません!。。。すでに言ったように僕は軽井沢タリアセン夫人が、そのような血も涙もない無慈悲な女だとは思ってませんよ!

。。。で、いったい私とデンマンさんの関係がどうなると推測したのですか?

あのねぇ〜、あの映画の「静子」は小百合さんとは全く正反対なのですよ。 意志が弱く、自分というモノを持ってない。 現状をポジティブな方向に持ってゆくという努力をしない根無し草のような女ですよ。

つまり、私は意志が強く、自分というモノをしっかりと持ち、現状をポジティブな方向に変えてゆく、地に足の着いた女だと。。。?

その通りですよ。。。うへへへへへ。。。

デンマンさんはマジで、そう思っているのですか?

もちろんですよ。 社交辞令でも、へつらっているのでもありません。 あのバカバカしい映画を観て、最後に僕が出した結論ですよ。

デンマンさんは私を必要以上に理想化していると思いますわ。

当然でしょうね。

あらっ。。。デンマンさんは、ご自分でも判っているのですか?

あのねぇ〜、僕は、おそらく小百合さんの性格や感性や、内心の考え方の多くても30%ぐらいしか知らないでしょう。 小百合さんの旦那も、小百合さんのことを多くても60%ぐらいしか知らないでしょう。





つまり、私の70%はデンマンさんには未知の領域で、私の40%は夫にも未知の領域だと言うのですか?



その通りですよ。 小百合さんは「自分のことは自分以外に知られないようにしている」と言ってましたからね。。。しかも「こんなことは夫には言えない。 言っても仕方がない」ともらしていたこともあった。

それはいけない事でしょうか?

あのねぇ〜、一人の人間を100%理解するなんて不可能ですよ。 自分で自分の事を理解していない人も居るのに、他人を100%理解するなんて無理なことですよ。 しかも、親には言えないけれど友達には話せる。 恋人には話せないけれど兄妹には言える。 Aさんには言えないけれど、Bさんにならば話せる。 当然、「夫には言えないけれど、あなたにならば話せる」という事もあるのですよ。 夫婦でも理解し得ない事ってたくさんある。 だから離婚が絶えない。 最近ではバツイチは当たり前になっている。

私もバツイチになるとデンマンさんは考えているのですか?

いや。。。小百合さんは離婚することはないでしょう!

その根拠は。。。?

小百合さん。。。あなたは利巧な女ですよ。 離婚するのは愚か者のすることですよ。 離婚するくらいなら初めから結婚しなければいい。 でも、多くの人はそうしない。 なぜか。。。? 人間はお互いに不完全だからですよ。 離婚する事が判っていたら、当然、誰もが初めから結婚しないでしょう。 でもねぇ、人間は完璧じゃないから、そういうことが判らない。 でも、更に愚かなのは、再婚すればより良い相手に巡り合うだろうと思って再婚する。 それで、また離婚を繰り返す人が居る。 そのような人は結婚に失敗して、更に失敗を求めているようなものですよ。

でも、中には結婚を続けていたら夫のドメスティック・バイオレンスを我慢せねばならず、最悪の場合には死んでしまうかもしれない。 だから、離婚しなければならないという妻だって居ますわ。

それは例外的なケースですよ。 そのような場合には離婚しかないでしょう! ただ、戦争前にも離婚はあった。 でも、現在のように多くはなかった。 なぜか? 戦争前には、結婚に不満があっても、たいていの場合には妻は我慢した。 戦後に結婚した僕の両親を見ても、お袋は我慢していましたよ。 どうして離婚しなかったの?と僕が尋ねたら、後で子供に恨まれそうだから、とても離婚する気にはなれなかったと言ってましたよ。 要するに、30年前と比べれば現在の離婚の多さは、日本人が我儘(わがまま)になり、身勝手に振る舞うようになったからですよ。

でも、デンマンさんだって我儘に自分勝手に振る舞っているように見えますわ。

でもねぇ、自分も相手も離婚することによって、家庭を崩壊させるような愚かな事はしませんよ。

そうでしょうか?

あのねぇ〜、僕も小百合さんも恋愛至上主義ではありませんからね。。。

現実主義者だと言いたいのですか?

いや。。。しいて言えば中庸主義者でしょうね。

中庸主義ですか?

恋愛至上主義にも走らず、現実主義にも押し流されず、人生をポジティブな方向に向けてゆく。 つまり、小百合さんには現在、結婚生活に不満があるかもしれない。 でも、「今一つの世界」を持っている。





私は感性の領域でデンマンさんと40%結びついた「今一つの世界」を持っているのですか? 夫との20%の2倍ですわね?。。。で、感性の領域って具体的にはどういうものですの?



小百合さんが書いた次のメールを読んでくださいよ。





Subj:長い電話お疲れ様でした。

Date: 01/10/2007 1:52:14 AM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間: 10月1日 午後5時52分 
From: fuji@adagio.ocn.ne.jp
To: barclay1720@aol.com


長い電話お疲れ様でした。
良くわかりました。

経理をしなくてはいけない。
それも13年分。
誰にたのもうか?
レシートもなくてと迷って朝方まで寝られない夜が毎晩だった時、
デンマンさんと話して、ここまで経理が進んだことをホットしてます。

いくら 請求がきても カナダに納めるのならいいやと思いはじめました。 
バーナビーで夏休みを過ごすことは
毎年私の支えの時間でした。




あの古い家は、夏休みで休むというより
ペンキ、芝のクローバむしり、
りんごの木の手入れ、
玄関まで高く長い階段のペンキはがしや、
しばらくみがかないガラス、
シミだらけのじゅうたん、
BASEMENTはランドリーのホコリとくもの巣、
行けば、掃除ばかりの家に大変でしたが
また戻りたいと思っていました。

実父の病気に、もう自分勝手にしていては駄目だ。
と今年決意しました。

こんな私でも欲しい物があります。
別荘です。
場所は長野です。
買ったら元家主の藤田桃子さん夫婦も招きたいです。
よかったらデンマンさんも。

日本だったら、親をおいていくことなく、ゆけます。

でも、29才からバーナビーで夏休みを過ごすことができた事は私の人生にとって良かったと思います。
ではまた。。。

小百合より



『カナダのバーナビー』より
(2008年11月18日)




つまり、29才から(13年間)バーナビーで夏休みを過ごすことができた、という事が私の「今一つの世界」だったのですか?



その通りですよ。

乱歩先生も次のように書いてましたからね。

 (すぐ下のページへ続く)

2011年10月10日

クレオパトラと塩野七生

  
クレオパトラと塩野七生
  



クレオパトラは浅薄な女



クレオパトラは、世界史上の有名人である。 当代きっての権力者二人までも、モノにした女であるということで。 そのうえ、強大なローマ帝国に刃向かったということでも。
だが私には、勝負に打って出るという度胸に対してならば共感しても、それ以外では浅薄な女にしか見えなかった。

しかし、歴史に名を残した女たちの多くはバカな女である。 その理由は、記録を残すのが男たちであったからではないかとさえ思っている。
男は、女としては魅力豊かでもオツムの中は浅薄な女を書いているほうが、安心できるからではないだろうか。
キャリアウーマンを自認する女たちは覚えておいたほうがよい、これが人間性の現実なのである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより)




34ページ
『日本人へ (国家と歴史篇)』
著者: 塩野七生
2010年6月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

『女に冷たい女(2011年8月20日)』に掲載




デンマンさん。。。、今日はクレオパトラと塩野七生さんを比べるのですか?



いや。。。比べると言うよりも塩野さんがクレオパトラをバカな女として捉えていたのが面白いと思ったのですよ。

つまり、塩野さんがクレオパトラに対して、とても厳しい見方をしているのがデンマンさんには我慢ならないのですか?

いや。。。塩野さんがクレオパトラに対して、どのように考えているのか? それは彼女の自由ですからね、僕はとやかく言うつもりはないのですよ。

でも、とやかく言っているではありませんか!

うしししし。。。小百合さんには、そう見えますか?

そう見えますわよ。。。この記事を読んでいる人だって、多分そう思っていますわ。

あのねぇ〜、そう思う人が居るかもしれません。 ただ僕は塩野さんがクレオパトラをどう思おうが個人的に攻撃するつもりはないのですよ。

でも、批判したいのでしょう?

まあ。。。そう言う事ですよ。 塩野さんは歴史を書いて40年になる。 自分でも「同性に対して冷淡で、女の立場になって書かない」と言われている事を自覚しているのですよ。

だったら、デンマンさんが、ここでとやかく言う必要はないではありませんか!

あのねぇ〜、それを言ったら身も蓋もありませんよ。 言論の自由がありますからね。 塩野さんは言論の自由に基づいて自分の考えを公開している。 だから、僕も言論の自由に基づいて自分の考えで塩野さんの考え方をネットで批評してみようと思っているわけです。 ただ、それだけのことですよ。 小百合さんだって塩野さんが「歴史に名を残した女たちの多くはバカな女である」なんて断定したら同性としてムカつきませんか?

私は歴史にあまり関心がないし。。。だから、「歴史に名を残した女たちの多くはバカな女だった」と塩野さんが言っても別に痛くも痒くもありませんわ。 うふふふふふ。。。

やだなあああァ〜。。。そうやって笑ってごまかそうとするのですか? 日本に暮らしている日本人の悪い癖ですよ。

デンマンさんは笑ってごまかすことはないのですか?

いや。。。カナダでは、そういう事はしませんよ。 笑ってごまかしたら、それこそ教養がない文化的にも程度の低い愚か者だと見られてしまいますからね。 そういう時には、はっきりと自分の考えを言いますよ。

要するに、デンマンさんは自分の考えをここではっきりと言いたいのですね?

まあ。。。そう言う訳ですよ。

それで、何が不満なのですか?

いや。。。塩野さんの考え方に特に不満があるわけではありません。 ただねぇ、“文は人なり”と昔の人が言ったように、僕は塩野さんの他の本も5冊ほど読んでみた。 特に『日本人へ (国家と歴史篇)』を2度読んで、塩野さんの文章から彼女の人となりがある程度分かるのですよ。

それで何が分かったのですか?

あのねぇ〜、塩野さんは「女」や「男」にこだわりすぎていると思う。 拘(こだ)り過ぎているから、ある読者から見ると、女性に厳しいと言われるのですよ。 僕の印象では塩野さんは「人間」を理解しているようには思えなかった。 本を読む限り結婚して子供が居るようだけれど、僕は『日本人へ (国家と歴史篇)』を2度読んだ後の読後感で塩野さんは離婚しているような気がした。 それで、僕は『ウィキペディア(Wikipedia)』で調べてみたのですよ。


塩野七生 (ななみ)



生誕 1937年7月7日
東京市滝野川区
出身校 学習院大学

日本の小説家である。
歴史小説 『ローマ人の物語』の著者として知られる。
名前の「七生」は、7月7日生まれであることに由来。

東京都立日比谷高等学校、学習院大学文学部哲学科卒業。
父親は詩人・小学校教師の塩野筍三(1905-84)、神田神保町の古本屋から軒並み借金をするほどの読書好き。
日比谷高校時代は庄司薫、古井由吉らが同級生だった。
学習院大学の学生だった1960年には安保闘争に参加し、デモ隊の中に塩野もいた。
1970年代にはイタリア共産党に関する文章も書いているが、後に保守派に転向している。
1963年からイタリアで学び、1968年に帰国すると執筆を開始。
『中央公論』掲載の「ルネサンスの女たち」でデビュー。

1970年には『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』で毎日出版文化賞を受賞。
同年から再びイタリアへ移り住む。
ローマ名誉市民を経てイタリア人医師と結婚(後に離婚)。
息子は、後に共著を書くアントニオ・シモーネ。イタリア永住権を得ており、ローマに在住。イタリア中心に、古代から近世に至る歴史小説を多数執筆。
チェーザレ・ボルジアやネロ、ドミティアヌスのような血統と魅力、能力に恵まれた男性権力者、特にカエサルを支持しており、政治家としての理想像はカエサルであると公言している。

また、現代の政治家として(血統に恵まれてはいないが)トニー・ブレアを高く評価しており、その理由として「誠心誠意、言葉を尽くし訴える姿勢」を挙げている。
ローマ帝国前期の「小さな政府」を理想としており、直接的に小泉構造改革を支持していた。

1992年から古代ローマを描く『ローマ人の物語』を年一冊のペースで執筆し、2006年に『第15巻 ローマ世界の終焉』にて完結した(文庫版も2011年9月に刊行完結)。
『文藝春秋』で巻頭エッセイ「日本人へ」を執筆。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)




出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




案の定、離婚しているのですよ。



つまり、離婚しているから塩野さんは「人間」を理解していないとデンマンさんは断定するのですか?

いや。。。そのような事を言うつもりはない。 ただ「人間」を深く理解していないことが離婚した一つの原因になったのだと僕には思えたのですよ。

どうして。。。?

あのねぇ〜、クレオパトラは、塩野さんによると「世界史上の有名人である。 当代きっての権力者二人までも、モノにした女であるということで。 そのうえ、強大なローマ帝国に刃向かったということでも。 だが私には、勝負に打って出るという度胸に対してならば共感しても、それ以外では浅薄な女にしか見えなかった」と書いている。

その事に対してデンマンさんには反論があるのですか?

あのねぇ〜、人間は誰でも不完全なものですよ。 だから完璧な人など誰も居ない。 でも、女の立場でクレオパトラの人生を云々(うんぬん)するのであれば、塩野さんも自分の人生を考えた上でクレオパトラを批判すべきではないのか!?

つまり、デンマンさんの目にはクレオパトラは浅薄な女ではないと思えるのですか?

その通りですよ。 塩野さんがクレオパトラの人生を眺めて「浅薄な女」だと断定したいのであれば、塩野さん自身はもっと「浅薄な女」ですよ。

どうして。。。?

クレオパトラは離婚していませんからね。 でも、塩野さんは離婚していますよ。 要するに、「人間」を深く理解していないことが塩野さんが離婚した一つの原因になったのだと僕には思えるのですよ。

つまり、離婚した女は「浅薄な女」なのですか?

いや。。。僕は離婚した事実を取り上げて、ああだこうだと言うつもりはない。 ただ、塩野さんが「それ以外では浅薄な女にしか見えな」い、と決め付ける考え方は、ちょうど「離婚した女は愚か者だ」と決め付けるのと同じだと僕は言おうとしているのですよ。

要するに、クレオパトラは「浅薄な女」ではないと、デンマンさんは信じているのですわね。 それなのに塩野さんが「浅薄な女」だと書いたのでデンマンさんはムカついて感情的になってしまったのですわね?

あのねぇ〜、僕はムカついたわけでも、感情的になっているわけでもないのですよ。

でも、そう見えますわよ。 うふふふふふ。。。

また、そうやって笑っておちょくらないでくださいよ。 あのねぇ〜、僕は“文は人なり”という言葉をしみじみと噛み締めたのですよ。

しみじみと噛み締めたってぇ、どのように噛み締めたのですか?

小百合さんはマジで知りたいですか?

もちろんですわ。

じゃあ、次の小文を読んでくださいよ。




まだ僕が可愛い小学生だった頃、一学年全部で(350人ほど)近くの映画舘へ『孫悟空』(アニメ)を見に行きました。
僕の幼い頭に強烈に残ったシーンは次のようなものでした。
孫悟空がお釈迦様の手のひらに乗って、大きな顔を仰ぎ見て、話しかけているシーンです。
お釈迦様がちょうど、奈良の大仏のように、とてつもなく大きな人物として描かれていました。



孫悟空はお釈迦様に向かって言いました。「オイ、俺はすごいんだぜ!この世の端から端まで、ひとっ飛びで行ってきたんだ。」

お釈迦様は慈悲に満ちた優しい顔で笑っています。「そうかね。おまえは、そんなにすごいことが出来るのかね。でも、この世の端から端なんて、ちょっと信じられないが、何か証拠でもあるのかね?」



「もちよ、あたりきよ。あるに決まってるじゃないか!俺はよ、この世の端まで行って、大きな崖にでかい筆を使って俺の名前を書いてきたんだぜ。それが何よりの証拠さ。嘘だと思ったら、見て来なよ。でも、あんたのように、ここにジット座っていたんじゃそれも無理だろうがね」

お釈迦様は、それでも優しいまなざしを向けて笑っています。

「しかし、見る人が見ると、そうは思わないのだがね」

「だって、あんたは、ここにじっとして座ったままじゃないか!この世の果てなんて行けっこないじゃないか!」

「そうか、おまえには、そうとしか思えないのか」

そこで、お釈迦様はおもむろに、もう一方の手の平を広げたのです。すると中指に、さっき、孫悟空が大きな筆で書いた名前が、書体も同じに全く瓜二つに書かれてあったのです。

「おまえが、この世の果てに飛んで行って書いたというのは、このことかね?」

孫悟空はびっくりデス。この世の果てと思ったのに、何とお釈迦様の手の平に書いていたのです。

「おまえは、この世の果てまで行ったというけれど、私の目には、こちらの手の平から、もういっぽうの手の平へ移動したに過ぎないんだ」

このようなシーンだったのです。

さて、お釈迦様になったとしたら、僕はクレオパトラに向かって次のように言ったかもしれません。



「あなたは、確かに恋に生き、愛に生き、政治にどっぷりとつかり、権力も手中に収め、財宝も思いのままにしてきました。しかし、あなたも、結局、孫悟空とたいして変わりがなかったのかもしれませんね。50歩100歩というところでしょうか」



「そうでしょうか?とにかく、私、疲れました」

「そうですか。私はあなたが自殺することを薦めはしませんが、そうかといって、止めもしません」

「私、とにかく疲れました。やるだけのことはやったのです。あなたの目には、孫悟空を見ていたのと同じように、私が、あなたの手の平の中で悪あがきをしていたように見えるでしょうが、それでも私は精一杯生きてきたのです。でも結局、このようにしかならなかったのです。もう、ホントに疲れたのです」

「人間は一度は死ぬのですから、早いか遅いかの違いだけです。あなたはご自分で、これまで十分にやってきたと思われるのなら、この辺でラクになるのも良いでしょう」

クレオパトラのような派手な人生を歩んだとしても、結局、御釈迦さんが見れば、彼の手の平の中で、うごめいていたということで人生が終わってしまう。
やるだけのことをやったけれど、結局思うようにはならなかった。
挫折のあとの、あきらめと、ためいきと。。。
そして、クレオパトラは言った事でしょう。「私は、とにかく疲れました」と。
そんなクレオパトラの様子を見たらお釈迦様の言う事は一言しかないですよね。
「人間は一度は死ぬのですから、早いか遅いかの違いだけです。あなたはご自分で、これまで十分にやってきたと思われるのなら、この辺でラクになるのも良いでしょう」




『不倫にこだわっていませんわ』より
(Livedoor Blog 『徒然ブログ』)

『不倫にこだわっていませんわ』に掲載
(Wordpress Blog 『デンマン ブログ』)
(2006年9月21日)




デンマンさんが小学生の時に『孫悟空』を観て、お釈迦様の言ったことに感心したのですわね?



その通りですよ。

。。。で、お釈迦様になったつもりになってクレオパトラさんとお話をしたという夢のお話ですわね?

そうです。

それが“文は人なり”と、どのように関係しているのですか?

あのねぇ〜、実は、上の小文には続きがあるのですよ。 それを読んでもらわないと話ができない。 だから、面倒でもじっくりと読んでみてください。




お釈迦様の言う事はもっともだわ。 でもねぇ、あなたは大切な事を書いてないのよ。



ん。。。? 大切な事。。。? それって何。。。?

だから、わたし、こうして出て来たのよ。 それを言い終えるまで帰れないわ?

帰るって、どこに。。。?

あの世に決まってるじゃない!

それを信じろと、あなたは言うの?

“信じる者は救われる”

あなたの生まれ育った国にも上のような諺があるでしょう?

僕はすでに救われているので、あの世など信じなくてもいいんだよう! 。。。で、一体どこで上の記事を。。。?

ネットでゲットしたのに決まってるでしょう!

しかし、あなたは日本語も習ったの?

習ったから、こうしてあなたと日本語で会話しているのじゃないの。。。うふふふふ。。。

あのねぇ、クレオパトラは英語も日本語も話さなかったんだよ!

確かに紀元前30年に亡くなるまでのクレオパトラは英語も日本語も話さなかったわ。 でも、それまでの私は近隣諸国のほとんどすべての言葉を話すことができたのだわ。 だから、エチオピア人、アラビア人、ヘブライ人、シリア人、メディア人、パルティア人。。。、と通訳を使うことなく私は直接会話したものだわ。 そのことを考えれば英語も日本語も私にとって習うのに難しい言葉ではなかったのよ。

。。。で、あなたはマジで自分がクレオパトラだと信じているの?

あなたには信じられないの?

今年は2010年。 クレオパトラが亡くなったのは紀元前30年。 もし、あなたがマジで生き続けてきたとしたら、あなたの年齢は2040歳。 そんな馬鹿な話を誰が信じると思う?

私は生き続けたのではなくて生き返ったのよ。 仏教にも“輪廻(りんね)”というのがあるでしょう! あなたは常識破りの人じゃないの! あなたの記事をネットで読んで、あなたなら理解できると思ったのよ。

クレオパトラがネットまでやるとは思わなかったなァ。。。うしししし。。。

だから、私は生き返ったと言ったでしょう。

あのねぇ、冗談も、これほどバカバカしくなると、もう冗談じゃない。 妄想と言うよりも、重症の精神病患者のたわ言のように聞こえる。 このホテルの近くに精神病院でもあるの?

そんな物があるわけないでしょう! 初対面の私がどうしてあなたが書いた記事のことを知っているのよ? 良く考えて御覧なさいよ! あなたの目の前に一糸まとわぬ姿で出てこれるのも私があなたの事を充分に知り尽くしているからじゃないの!

あのねぇ、そう言うことを言って欲しくないなあああァ。。。まるで僕がインポで、僕に抱かれる心配がまったくないと、この記事を読む人が考えてしまうじゃないか!

あらっ。。。あなたは、そんな事まで心配しているの? うふふふふ。。。

あのねぇ、僕は今でも、あなたに飛びついて欲情の限りを尽くしてアレクサンドリアの一夜を思い出の一夜にしようと考えているんだよ。

分かってるわよう!

分かってるなら、そのような扇情的な格好で出てきて欲しくなかったなあァ~!

だってぇ、あなたのオツムの中のクレオパトラのイメージは、このような一糸まとわぬ姿じゃないの!

ど。。。どうして。。。、どうして、そこまでのことが分かるの?

だから言ったでしょう! 私は上のあなたの記事を読んでから、ずっとあなたのことを見守ってきたのよ。

どこで。。。?

もちろん、アレクサンドリアからよ。 あなたの記事をずっと読んでいたのよ。

それで、僕がアレクサンドリアへ来ることを知ったわけ?

そうよ。

でも、どうしてこのホテルだと分かったの?

あなたは小百合さんに、このホテルの住所を知らせたじゃないの!

あれっ。。。あなたは僕のメールを盗み読みしたの?

うふふふふふ。。。

それってぇ、不正アクセスだよ!

そのような堅苦しい事を言わないでよ! やっとこうしてあなたに会えたのじゃないの!

僕はまだ、あなたがクレオパトラの生まれ変わりだと信じてないんだよ! これは一体何の真似なの? 僕は007ではないんだよ! 僕を付け回したところで、あなたが知りたいこと、求めていることを得ようとしても無理! 不可能だということを僕はここではっきり言っておくよ!

私はあなたが考えているようなCIAのスパイでもMI5のスパイでも、イスラエルのスパイでもないのよ。 あなたの記事のネタになると思ったから出てきたんじゃないの!

マジで。。。?

少しは信じる気になった?

ところで。。。いつまでも裸でいないで、おばさんパンツでも穿いたらどうなの?

だってぇ、私がこのままの格好でいる方があなたはいいのでしょう?

うへへへへ。。。確かにそうなんだけれど、チラチラ、チラチラと女の花びらが覗いているので、気が散って話に集中できないんだよ!

分かったわ。 ちょっとベッドから離れてよ。

何すんのォ~?

シーツをこうして剥ぎ取ってねぇ、それで、こうして体に巻きつければ、どう?。。。ドレスのようになるでしょう!? うふふふふ。。。

もちろん、デンマンは、まだ彼女がクレオパトラの生まれ変わりだなんて信じていない。 しかし、クレオパトラだと主張するこの女に興味を持ち始めていた。 話をしているうちに悪い女だとは思えなかった。 心の片隅で“騙されるな!”という声は未だに木霊(こだま)しているけれど、デンマンは、この女をもっと知ろうと思い始めていた。




クレオパトラの時代、学校がいちばん力を注いだのは文学の授業であった。 生徒たちは、ギリシアの古典のなかから注意深く選ばれたテキストを使って、豊かな文学知識を身につけた。 クレオパトラも、ホメロスやヘシオドスの詩に親しみ、エウリピデスの悲劇やメナンドロスの喜劇で人間を理解し、ヘロドトスやトゥキュディデスの書物で歴史を学んだ。 修辞学は、ギリシアの雄弁家デモステネスの演説集を使って勉強した。 また、肉体的な鍛錬も怠らなかった。 クレオパトラは乗馬の名手であった。

環境に恵まれていただけでなく、クレオパトラには才能もあった。 特に語学の才能は素晴らしく、複数の外国語を自由に操ることができた。 多少誇張は混じっているだろうが、ギリシアの歴史家プルタルコス(46頃ー120年頃)はこう伝えている。 「クレオパトラの舌は、広い音域を使ってさまざまな音楽を奏でる楽器のようなものだった。 彼女はどんな国の言葉でも思うままに話すことができた」




36-37ページ 『クレオパトラ』
1999年3月20日第1版第3刷発行
著者: エディット・フラマリオン 吉村作治・監修
発行所: 株式会社 創元社




クレオパトラには確かに語学の才能があった。 でもねぇ、ギリシアやローマの歴史家はクレオパトラの悪口をずいぶんと書いた。 例えば、紀元1世紀に活躍したユダヤの歴史家・フラヴィウス・ヨセフスは『ユダヤ戦記』の中で次のように書いている。





この貪欲で野心的な女王は、残酷な方法で親族を血まつりにあげ、ただ一人生き残ると、それに飽き足らず、その凶暴な怒りを外の人々に向けた。




119ページ 『クレオパトラ』
1999年3月20日第1版第3刷発行
著者: エディット・フラマリオン 吉村作治・監修
発行所: 株式会社 創元社





あなたは私が貪欲で残酷な女だと思っているの?



いや。。。そうは思ってないけれど、クレオパトラが善良なだけの女だとも思っていない。

歴史って勝者の歴史だということをあなただって知っているでしょう?

うん。。。確かに歴史が勝者の都合のいいように歪められることはよくあることだよ。

ギリシアやローマの歴史家たちは勝者であるローマ帝国初代皇帝・アウグストゥス(オクタヴィアヌス)の業績を讃(たた)えるために、彼の敵であった私とアントニウスを必要以上に悪く書いているのよ。 でもねぇ、私に手厳しかったローマの歴史家・ディオン・カッシオス(紀元150年頃ー235年頃)でも、次のように書いているのよ。

彼女は見た目も美しく、

彼女の話は魅力的で、(中略)

恋に抵抗する人や、

情熱を忘れた老人の心まで

征服することができた。




でもプルタコスは「クレオパトラの美しさは、それだけで並はずれたものではなく、見る人に衝撃を与えるという質のものではなかった」と、書いている。



あなたは、この私を見てどう思うの?

あのねぇ、プルタコスは次のようにも書いていた。 つまり、クレオパトラは不思議なほど人を惹きつける力があったと。。。僕はクレオパトラが受けた教育を眺め渡したときに、ただ美貌だけで男を惹き付けた女ではないと思いましたよ。

あなたが、そう言ってくれて嬉しいわ。

。。。で、あなたが、これまで男に言った言葉の中で一番印象に残っている“殺し文句”って何?

そのような事はあまり言いたくないわね。。。でも、あなたは、まだ私がクレオパトラだとは信じていないようだから話してあげるわ。 そもそも、オクタヴィアヌスにとってアントニウスは邪魔者だったのよ。 それでオクタヴィアヌスは私が彼を殺したら私の命を助けてくれると言ったの。

確か、クレオパトラはオクタヴィアヌスの申し出を拒否した。。。そうだったよね?

そうよ。。。私は拒否したわ。

どうして。。。? 誰だって自分の命が一番大切だと思っている。 そうでしょう!?

あなたは、いつだったか“生きることって愛すること”という記事を書いていたでしょう?



『生きることって愛すること?』

(2010年12月18日)

『生きることって愛することだよね』

(2010年12月26日)




うん、うん、うん。。。確かに上の2つの記事を書きましたよ。 よく覚えていますね?



だってぇ、私は2つの記事とも読んだのよ。 あなた自身は“生きることって愛すること”だと信じていないの?

もちろん、信じてますよ。

だからこそ、私はあえて、この殺し文句のエピソードをあなたに話すのよ。

。。。で、アントニウスの間に何があったのですか?

恐らくアントニウスもオクタヴィアヌスの申し出について、それとなく気づいていたと思うのよ。

でも、クレオパトラはオクタヴィアヌスの申し出を断固として拒絶した。 そうでしょう?

アントニウスも、あなたのように疑い深かったのよ。 うふふふふふ。。。

それで。。。?

私は何とかして私の真心をアントニウスに知って欲しかったのよ。

。。。で、どうしたのですか?

オクタヴィアヌスの申し出があってから1週間ほどして、私はいつにも増して着飾って食卓に着いたの。

アントニウスと食事をするために。。。?

そうよ。。。アントニウスが喉が渇いたと言って葡萄酒の入ったグラスを手にしたの。 でも私は彼の注意を引くように飼い馴らされたライオンの話をしたの。

それで。。。?

アントニウスは私の話に耳を傾けたわ。 彼が面白そうに聞いている時に、私は冠(かんむり)から花を摘んでアントニウスのグラスに入れたの。。。

どうして。。。?

その花には毒薬がふりかけてあったのよ。

つまり、葡萄酒に毒が混ざった。。。それで。。。?

私の話が終わるとアントニウスは喉の渇きを思い出したようにグラスを口に近づけようとしたわ。

もちろん、アントニウスは飲んだわけじゃないでしょう!?

私はグラスを彼の手からとったわ。

どうして。。。?

侍女のカルミオンに言いつけて死刑囚を一人連れて来るように言ったの。。。

死刑囚。。。?

そうよ。 アントニウスのグラスを渡し、葡萄酒を飲むように言ったの。

それで。。。死刑囚は死んだ?

死ぬ宿命にあった人だから、遅かれ早かれ死なねばならなかったのよ。 葡萄酒を飲んであの世に逝けたのだから儲けものだったのよ。

それで。。。?

私はアントニウスに向かって言ったわ。 「もし、あなたが居なくても生きて行けるなら、私はグラスをあなたの手から奪わなかったのよ」と。。。

なるほど。。。アントニウスはあなたの真の心が分かって、以前にも増してあなたを愛し始めたと言うわけ?

うふふふふふ。。。あなたも、やっと私がクレオパトラだと判ったようね?




『クレオパトラの殺し文句』より

『アレクサンドリアのクレオパトラ』に掲載
(2011年1月27日)




なるほどォ〜。。。、つまり、アントニウスを毒殺して彼の首をオクタヴィアヌスに差し出せば、クレオパトラは自分の命が助かるばかりかオクタヴィアヌスとローマ帝国を自分のものにできるかもしれない。 クレオパトラは、そう考えたこともあったのね。



その通りですよ。

でも、クレオパトラは、そうしなかった。

そうです。 クレオパトラはアントニウスを毒殺しなかった。

要するに、クレオパトラにとってオクタヴィアヌスは彼女が愛することができるような人物ではないと見極(きわ)めていたのね。。。デンマンさんは、そう言いたいのォ?

小百合さんにも分かりますか? つまりねぇ、クレオパトラは塩野さんが考えているような「浅薄な女」でも「バカな女」でもなかったのですよ。

でも、それはデンマンさんの考えでしょう?

もちろん、僕の人生経験とこれまで歴史を学んできたその結果に基づいてクレオパトラという人物を僕は理解しようとしたのですよ。

でも、それでも、デンマンさんの考え方はあくまでも個人的な見解でしょう?

その通りですよ。 僕は自分の考えを他人に押し付けようとしているのではないのです。 ただねぇ、塩野さんがクレオパトラを「浅薄な女」で「バカな女」だと決め付ければ、いや。。。そのように決め付けるのは塩野さんの「人となり」で判断しているだけのことですよ。 つまり、“文は人なり”と言いたいだけのことです。




初出: 2011年8月24日


【卑弥子の独り言】



ですってぇ〜。。。
そうですよね。
クレオパトラを理解しようとすれば、当然、その人の人生経験やそれまでの歴史の知識などが影響してきますよね。
塩野七生さんは、彼女の人生経験と40年近く歴史を書いてきた経験によってクレオパトラを理解したのです。
その結果が次のようなものでした。


クレオパトラは、世界史上の有名人である。 当代きっての権力者二人までも、モノにした女であるということで。 そのうえ、強大なローマ帝国に刃向かったということでも。
だが私には、勝負に打って出るという度胸に対してならば共感しても、それ以外では浅薄な女にしか見えなかった。


感性も知性も十人十色です。
クレオパトラをどのように見るのか?
その見方は違っていて当たり前だと思うのでござ〜♪〜ますわ。

ただし、日本に住んでいるとユニークな意見を持ち続けることはとても難しいと思いますう。

「長いものには巻かれろ」

「出る釘は打たれる」


このような諺もござ〜♪〜ますわ。

どうしても、周(まわ)りの見方考え方が気になるのですわ。
そのような雰囲気の中で塩野さんがユニークな感性で文章を書けば、当然、文学の方面からも歴史学の方面からも叩かれるかもしれません。
あなたは、どう思いますか?

とにかく、次回も、ますます面白くなりそうですわ。
あなたも、どうか、また読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。



 


ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

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こんにちは。小百合です。

わたしがデンマンさんにお逢いしたのは

2010年の11月でしたわ。

デンマンさんはお酒が飲めないので

葡萄酒ではなくてアイリッシュコーヒーを

いただいたのですけれど、

キザにも薔薇の一輪挿しを持ってきて

テーブルに置いたのですわ。



私をロマンチックな気分にさせようとしたのかしら?

なんだか底が見え透いているようでしたけれど、

あえて薔薇の一輪挿しを持って来たという

“常識はずれ”が、滑稽でもあり、また可笑しくもあり

でも、笑って済ませるのは失礼になると思って

黙っていたのですわ。

だからと言って、無視するわけにもゆかないので、

次にお逢いした時に、

ローズティーを入れてあげたのでした。



けっこう、私も演技できるようになりました。

うふふふふ。。。

それにしても私と逢う3ヶ月ほど前に

アレキサンドリアでデンマンさんはマジで

クレオパトラさんに会ったのでしょうか?

一糸まとわぬ姿で現れたなんて、

ちょっと信じることができませんわ。

私なら、少なくともおばさんパンツを穿いて

登場したと思うのですわ。



うふふふふふ。。。

ところで、ジューンさんが

英語の面白いお話を集めました。

時間があったら、ぜひ覗いてくださいね。

『あなたのための楽しい英語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





2011年09月15日

文は人なり(PART 1)

 
文は人なり(PART 1)






ローマ人の物語



年に一巻ずつ15年間にわたって発表することに決めていた『ローマ人の物語』も、ようやく先が見えてきた数年前からは、全巻を書き終えた瞬間はどんな気持ちになるだろう、と想像していたのである。 机の上に泣き伏すか、それともガッツポーズでもし、ヤッタ!と叫ぶか、と。

ところが実際のその「瞬間」は、実にあっ気なく過ぎたのである。 「完」と書いた瞬間の私を誰かが見たら、キョトンとした顔をしていたにちがいない。 ドラマチックとは正反対で、少しずつ切れはじめた糸が、プツンと切れたという感じだった。

 (中略)

文は人なり、という。 しかし、「文」でなくても「見方」でも、「人なり」なのである。
どんな英雄でも召使の目から見ればタダの人、という言葉があるが、ある程度までは正しい。 身近にいた人の観察は、やはり参考に値するのだから。 だが、この視点だけでは人間はわからない。 それでこの一句も、私は次のように解釈することにしている。

タダの人でしかない召使の眼から見たから、タダの人ではない英雄もタダの人にしか見えなかったのだと、と。

これは、歴史を書く私がつねに肝に銘じていることである。 なぜなら私もタダの人であって、その私に歴史上の人物たちを引き寄せて判断し書いたのでは、召使の人物評になってしまうからである。 それでは一面しか理解できたにすぎない。
それで私のやり方だが、人物を私に引き寄せるのではなく、私がその人物のところに行くことにしたのだった。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)
 



23 - 25ページ
『日本人へ (国家と歴史篇)』
著者: 塩野七生
2010(平成22)年6月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋




ケイトー。。。塩野七生さんに不満でもあるの?



いや。。。別に不満があるわけではないのですよ。

でも、塩野さんの文章を引用して、なんだかムカついているように見えるわ。 (微笑)

シルヴィーは僕に対して偏見を抱いているんじゃないの?

そんなことはないわよ。。。私は結構、冷静な目でケイトーを見ていると思うわ。

だったら僕が座右の銘にしている言葉を冷静な眼で見ているでしょう?

何よ。。。。その座右の銘ってぇ〜。。。?

やだなあああァ〜。。。僕はこれまでの記事の中で、たびたび書いているのですよ。

批判のないところに進歩なし。

愛なき批判は空虚にして

批判なき愛は盲目なり。


この言葉なら何度か読んだことがあったわ。

だったら、僕が塩野さんにムカついてないことが判るでしょう!?

つまり、塩野さんを愛しながら批判していると言いたいのね?

うん。。。憎んでいるわけでもないし、ムカついているわけでもないから、どちらかと言えば愛しながら批判しているのですよ。 うししししし。。。

そのヤ〜らしい笑いだけは止めてよ!。。。で、何をどう批判しようというのよ?

あのねぇ〜。。。塩野さんはなぜなら私もタダの人であって、その私に歴史上の人物たちを引き寄せて判断し書いたのでは、召使の人物評になってしまうからである。と書いているけれど、塩野さん自身が歴史上の人物を自分に引き寄せて書いているように僕には思えてならない。

要するに塩野さん自身が召使の人物評をしているとケイトーは言うのね?

その通りですよ。

その根拠は。。。?

塩野さんはクレオパトラについて次のように書いていた。


クレオパトラは浅薄な女



クレオパトラは、世界史上の有名人である。 当代きっての権力者二人までも、モノにした女であるということで。 そのうえ、強大なローマ帝国に刃向かったということでも。
だが私には、勝負に打って出るという度胸に対してならば共感しても、それ以外では浅薄な女にしか見えなかった。

しかし、歴史に名を残した女たちの多くはバカな女である。 その理由は、記録を残すのが男たちであったからではないかとさえ思っている。
男は、女としては魅力豊かでもオツムの中は浅薄な女を書いているほうが、安心できるからではないだろうか。
キャリアウーマンを自認する女たちは覚えておいたほうがよい、これが人間性の現実なのである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより)




34ページ
『日本人へ (国家と歴史篇)』
著者: 塩野七生
2010年6月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

『女に冷たい女(2011年8月20日)』に掲載




つまり、塩野さんがクレオパトラをバカな女として捉えているのでケイトーはムカつくの?



いや。。。僕は別にムカついてませんよ。

でも、ケイトーはクレオパトラの熱烈なファンでしょう!?

いや。。。クレオパトラが現在生きていれば熱烈なファンになるかもしれないけれど、2000年以上も前の人ですからね。 卑弥子さんがビートルズに熱狂しているのとはわけが違いますよ。

だけど、なんだかムカついているような口調だわ。

あのねぇ〜、塩野さんがクレオパトラに対して、どのように考えているのか? それは彼女の自由ですからね、僕はとやかく言うつもりはないのですよ。

でも、とやかく言っているじゃないの!

うしししし。。。シルヴィーには、そう見えるゥ〜?

そう見えるわよ!。。。この記事を読んでいる人だって、多分そう思っているわァ。

あのねぇ〜、そう思う人が居るかもしれません。 ただ僕は塩野さんがクレオパトラをどう思おうが個人的に攻撃するつもりはないのですよ。

でも、批判したいのでしょう?

まあ。。。そう言う事ですよ。 塩野さんは歴史を書いて40年になる。 自分でも「同性に対して冷淡で、女の立場になって書かない」と言われている事を自覚しているのですよ。

だったら、ケイトーが、ここでとやかく言う必要はないじゃないの!

あのねぇ〜、それを言ったら身も蓋もありませんよ。 言論の自由がありますからね。 塩野さんは言論の自由に基づいて自分の考えを公開している。 だから、僕も言論の自由に基づいて自分の考えで塩野さんの考え方をネットで批評してみようと思うわけです。 ただ、それだけのことですよ。 シルヴィーだって塩野さんが「歴史に名を残した女たちの多くはバカな女である」なんて断定したら同性としてムカつきませんか?

私は歴史にあまり関心がないのよ。。。だから、「歴史に名を残した女たちの多くはバカな女だった」と塩野さんが言っても別に痛くも痒くもないわ。 うふふふふふ。。。

やだなあああァ〜。。。シルヴィーは日本人じゃないのだから笑ってごまかさないで欲しいよ。

。。。で、ケイトーは、何が不満なのよ?

いや。。。塩野さんの考え方に特に不満があるわけではありません。 ただねぇ、“文は人なり”と塩野さんも書いている。 僕は塩野さんの他の本も5冊ほど読んでみた。 特に『日本人へ (国家と歴史篇)』を2度読んで、塩野さんの文章から彼女の人となりがある程度分かるのですよ。

それで何が分かったの?

あのねぇ〜、塩野さんは「女」や「男」にこだわりすぎていると思う。 拘(こだ)り過ぎているから、ある読者から見ると、女性に厳しいと言われるのですよ。 僕の印象では塩野さんは「人間」を理解しているようには思えなかった。 本を読む限り結婚して子供が居るようだけれど、僕は『日本人へ (国家と歴史篇)』を2度読んだ後の読後感で塩野さんは離婚しているような気がした。 それで、僕は『ウィキペディア(Wikipedia)』で調べてみたのですよ。


塩野七生 (ななみ)



生誕 1937年7月7日
東京市滝野川区
出身校 学習院大学

日本の小説家である。
歴史小説 『ローマ人の物語』の著者として知られる。
名前の「七生」は、7月7日生まれであることに由来。

東京都立日比谷高等学校、学習院大学文学部哲学科卒業。
父親は詩人・小学校教師の塩野筍三(1905-84)、神田神保町の古本屋から軒並み借金をするほどの読書好き。
日比谷高校時代は庄司薫、古井由吉らが同級生だった。
学習院大学の学生だった1960年には安保闘争に参加し、デモ隊の中に塩野もいた。
1970年代にはイタリア共産党に関する文章も書いているが、後に保守派に転向している。
1963年からイタリアで学び、1968年に帰国すると執筆を開始。
『中央公論』掲載の「ルネサンスの女たち」でデビュー。

1970年には『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』で毎日出版文化賞を受賞。
同年から再びイタリアへ移り住む。
ローマ名誉市民を経てイタリア人医師と結婚(後に離婚)。
息子は、後に共著を書くアントニオ・シモーネ。イタリア永住権を得ており、ローマに在住。イタリア中心に、古代から近世に至る歴史小説を多数執筆。
チェーザレ・ボルジアやネロ、ドミティアヌスのような血統と魅力、能力に恵まれた男性権力者、特にカエサルを支持しており、政治家としての理想像はカエサルであると公言している。

また、現代の政治家として(血統に恵まれてはいないが)トニー・ブレアを高く評価しており、その理由として「誠心誠意、言葉を尽くし訴える姿勢」を挙げている。
ローマ帝国前期の「小さな政府」を理想としており、直接的に小泉構造改革を支持していた。

1992年から古代ローマを描く『ローマ人の物語』を年一冊のペースで執筆し、2006年に『第15巻 ローマ世界の終焉』にて完結した(文庫版も2011年9月に刊行完結)。
『文藝春秋』で巻頭エッセイ「日本人へ」を執筆。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)




出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




案の定、離婚しているのですよ。



つまり、離婚しているから塩野さんは「人間」を理解していないタダの人だとケイトーは決め付けるの?

あのねぇ〜、塩野さんは冒頭の引用の中で次のように書いていた。

なぜなら私もタダの人であって、

その私に歴史上の人物たちを引き寄せて

判断し書いたのでは、

召使の人物評になってしまうからである。

それでは一面しか理解できたにすぎない。

それで私のやり方だが、

人物を私に引き寄せるのではなく、

私がその人物のところに行くことにしたのだった。


だから、どうだとケイトーは言うの?

だから、僕には塩野さんがクレオパトラの中に入り込んで行ったとは思えない。。。クレオパトラを自分に引き寄せて書いているとしか思えなかったのですよ。

要するに、塩野さんは「人間」を深く理解していないから離婚したと言いたいのね?

その事が離婚の一つの原因だと僕には思えますね。

つまり、離婚したから「人間」を深く理解していないとケイトーは言いたいの?

ちがいますよ。 人間は誰でも不完全な者ですよ。 だから完璧な人など誰も居ない。 でもねぇ、女の立場でクレオパトラの人生を云々(うんぬん)するのであれば、塩野さんも自分の人生を考えた上でクレオパトラを批判すべきではないのか!?

つまり、ケイトーの目にはクレオパトラは浅薄な女ではないと思えるの?

その通りですよ。 塩野さんがクレオパトラの人生を眺めて「浅薄な女」だと断定したいのであれば、塩野さん自身はもっと「浅薄な女」ですよ。

どうして。。。?

クレオパトラは離婚していませんからね。 でも、塩野さんは離婚していますよ。 要するに、「人間」を深く理解していないことが塩野さんが離婚した一つの原因になったのだと僕には思えるのですよ。

つまり、離婚した女は「浅薄な女」なの?

いや。。。僕は離婚した事実を取り上げて、ああだこうだと言うつもりはない。 ただ、塩野さんが「それ以外では浅薄な女にしか見えな」い、と決め付ける考え方は、ちょうど「離婚した女は愚か者だ」と決め付けるのと同じだと僕は言おうとしているのですよ。

要するに、クレオパトラは「浅薄な女」ではないと、ケイトーは信じているのね。 それなのに塩野さんが「浅薄な女」だと書いたのでケイトーはムカついて感情的になってしまったのね?

あのねぇ〜、僕はムカついたわけでも、感情的になっているわけでもないのですよ。

でも、そう見えるわよ。 うふふふふふ。。。

また、そうやって笑っておちょくらないでくださいよ。 あのねぇ〜、僕は“文は人なり”という言葉をしみじみと噛み締めたのですよ。

しみじみと噛み締めたってぇ、どのように噛み締めたの?

シルヴィーはマジで知りたい?

もちろんよ。

じゃあ、次の小文を読んでね。




まだ僕が可愛い小学生だった頃、一学年全部で(350人ほど)近くの映画舘へ『孫悟空』(アニメ)を見に行きました。
僕の幼い頭に強烈に残ったシーンは次のようなものでした。
孫悟空がお釈迦様の手のひらに乗って、大きな顔を仰ぎ見て、話しかけているシーンです。
お釈迦様がちょうど、奈良の大仏のように、とてつもなく大きな人物として描かれていました。



孫悟空はお釈迦様に向かって言いました。「オイ、俺はすごいんだぜ!この世の端から端まで、ひとっ飛びで行ってきたんだ。」

お釈迦様は慈悲に満ちた優しい顔で笑っています。「そうかね。おまえは、そんなにすごいことが出来るのかね。でも、この世の端から端なんて、ちょっと信じられないが、何か証拠でもあるのかね?」



「もちよ、あたりきよ。あるに決まってるじゃないか!俺はよ、この世の端まで行って、大きな崖にでかい筆を使って俺の名前を書いてきたんだぜ。それが何よりの証拠さ。嘘だと思ったら、見て来なよ。でも、あんたのように、ここにジット座っていたんじゃそれも無理だろうがね」

お釈迦様は、それでも優しいまなざしを向けて笑っています。

「しかし、見る人が見ると、そうは思わないのだがね」

「だって、あんたは、ここにじっとして座ったままじゃないか!この世の果てなんて行けっこないじゃないか!」

「そうか、おまえには、そうとしか思えないのか」

そこで、お釈迦様はおもむろに、もう一方の手の平を広げたのです。すると中指に、さっき、孫悟空が大きな筆で書いた名前が、書体も同じに全く瓜二つに書かれてあったのです。

「おまえが、この世の果てに飛んで行って書いたというのは、このことかね?」

孫悟空はびっくりデス。この世の果てと思ったのに、何とお釈迦様の手の平に書いていたのです。

「おまえは、この世の果てまで行ったというけれど、私の目には、こちらの手の平から、もういっぽうの手の平へ移動したに過ぎないんだ」

このようなシーンだったのです。

さて、お釈迦様になったとしたら、僕はクレオパトラに向かって次のように言ったかもしれません。



「あなたは、確かに恋に生き、愛に生き、政治にどっぷりとつかり、権力も手中に収め、財宝も思いのままにしてきました。しかし、あなたも、結局、孫悟空とたいして変わりがなかったのかもしれませんね。50歩100歩というところでしょうか」



「そうでしょうか?とにかく、私、疲れました」

「そうですか。私はあなたが自殺することを薦めはしませんが、そうかといって、止めもしません」

「私、とにかく疲れました。やるだけのことはやったのです。あなたの目には、孫悟空を見ていたのと同じように、私が、あなたの手の平の中で悪あがきをしていたように見えるでしょうが、それでも私は精一杯生きてきたのです。でも結局、このようにしかならなかったのです。もう、ホントに疲れたのです」

「人間は一度は死ぬのですから、早いか遅いかの違いだけです。あなたはご自分で、これまで十分にやってきたと思われるのなら、この辺でラクになるのも良いでしょう」

クレオパトラのような派手な人生を歩んだとしても、結局、御釈迦さんが見れば、彼の手の平の中で、うごめいていたということで人生が終わってしまう。
やるだけのことをやったけれど、結局思うようにはならなかった。
挫折のあとの、あきらめと、ためいきと。。。
そして、クレオパトラは言った事でしょう。「私は、とにかく疲れました」と。
そんなクレオパトラの様子を見たらお釈迦様の言う事は一言しかないですよね。
「人間は一度は死ぬのですから、早いか遅いかの違いだけです。あなたはご自分で、これまで十分にやってきたと思われるのなら、この辺でラクになるのも良いでしょう」




『不倫にこだわっていませんわ』より
(Livedoor Blog 『徒然ブログ』)

『不倫にこだわっていませんわ』に掲載
(Wordpress Blog 『デンマン ブログ』)
(2006年9月21日)




ケイトーは小学生の時に『孫悟空』を観て、お釈迦様の言ったことに感心したのね?



その通りですよ。

。。。で、お釈迦様になったつもりになってクレオパトラさんとお話をしたという夢のお話ね?

そうです。

それが“文は人なり”と、どのように関係しているの?

あのねぇ〜、実は、上の小文には続きがあるのですよ。 それを読んでもらわないと話ができない。 だから、面倒でもじっくりと読んでみてね。




お釈迦様の言う事はもっともだわ。 でもねぇ、あなたは大切な事を書いてないのよ。



ん。。。? 大切な事。。。? それって何。。。?

だから、わたし、こうして出て来たのよ。 それを言い終えるまで帰れないわ?

帰るって、どこに。。。?

あの世に決まってるじゃない!

それを信じろと、あなたは言うの?

“信じる者は救われる”

あなたの生まれ育った国にも上のような諺があるでしょう?

僕はすでに救われているので、あの世など信じなくてもいいんだよう! 。。。で、一体どこで上の記事を。。。?

ネットでゲットしたのに決まってるでしょう!

しかし、あなたは日本語も習ったの?

習ったから、こうしてあなたと日本語で会話しているのじゃないの。。。うふふふふ。。。

あのねぇ、クレオパトラは英語も日本語も話さなかったんだよ!

確かに紀元前30年に亡くなるまでのクレオパトラは英語も日本語も話さなかったわ。 でも、それまでの私は近隣諸国のほとんどすべての言葉を話すことができたのだわ。 だから、エチオピア人、アラビア人、ヘブライ人、シリア人、メディア人、パルティア人。。。、と通訳を使うことなく私は直接会話したものだわ。 そのことを考えれば英語も日本語も私にとって習うのに難しい言葉ではなかったのよ。

。。。で、あなたはマジで自分がクレオパトラだと信じているの?

あなたには信じられないの?

今年は2010年。 クレオパトラが亡くなったのは紀元前30年。 もし、あなたがマジで生き続けてきたとしたら、あなたの年齢は2040歳。 そんな馬鹿な話を誰が信じると思う?

私は生き続けたのではなくて生き返ったのよ。 仏教にも“輪廻(りんね)”というのがあるでしょう! あなたは常識破りの人じゃないの! あなたの記事をネットで読んで、あなたなら理解できると思ったのよ。

クレオパトラがネットまでやるとは思わなかったなァ。。。うしししし。。。

だから、私は生き返ったと言ったでしょう。

あのねぇ、冗談も、これほどバカバカしくなると、もう冗談じゃない。 妄想と言うよりも、重症の精神病患者のたわ言のように聞こえる。 このホテルの近くに精神病院でもあるの?

そんな物があるわけないでしょう! 初対面の私がどうしてあなたが書いた記事のことを知っているのよ? 良く考えて御覧なさいよ! あなたの目の前に一糸まとわぬ姿で出てこれるのも私があなたの事を充分に知り尽くしているからじゃないの!

あのねぇ、そう言うことを言って欲しくないなあああァ。。。まるで僕がインポで、僕に抱かれる心配がまったくないと、この記事を読む人が考えてしまうじゃないか!

あらっ。。。あなたは、そんな事まで心配しているの? うふふふふ。。。

あのねぇ、僕は今でも、あなたに飛びついて欲情の限りを尽くしてアレクサンドリアの一夜を思い出の一夜にしようと考えているんだよ。

分かってるわよう!

分かってるなら、そのような扇情的な格好で出てきて欲しくなかったなあァ~!

だってぇ、あなたのオツムの中のクレオパトラのイメージは、このような一糸まとわぬ姿じゃないの!

ど。。。どうして。。。、どうして、そこまでのことが分かるの?

だから言ったでしょう! 私は上のあなたの記事を読んでから、ずっとあなたのことを見守ってきたのよ。

どこで。。。?

もちろん、アレクサンドリアからよ。 あなたの記事をずっと読んでいたのよ。

それで、僕がアレクサンドリアへ来ることを知ったわけ?

そうよ。

でも、どうしてこのホテルだと分かったの?

あなたは小百合さんに、このホテルの住所を知らせたじゃないの!

あれっ。。。あなたは僕のメールを盗み読みしたの?

うふふふふふ。。。

それってぇ、不正アクセスだよ!

そのような堅苦しい事を言わないでよ! やっとこうしてあなたに会えたのじゃないの!

僕はまだ、あなたがクレオパトラの生まれ変わりだと信じてないんだよ! これは一体何の真似なの? 僕は007ではないんだよ! 僕を付け回したところで、あなたが知りたいこと、求めていることを得ようとしても無理! 不可能だということを僕はここではっきり言っておくよ!

私はあなたが考えているようなCIAのスパイでもMI5のスパイでも、イスラエルのスパイでもないのよ。 あなたの記事のネタになると思ったから出てきたんじゃないの!

マジで。。。?

少しは信じる気になった?

ところで。。。いつまでも裸でいないで、おばさんパンツでも穿いたらどうなの?

だってぇ、私がこのままの格好でいる方があなたはいいのでしょう?

うへへへへ。。。確かにそうなんだけれど、チラチラ、チラチラと女の花びらが覗いているので、気が散って話に集中できないんだよ!

分かったわ。 ちょっとベッドから離れてよ。

何すんのォ~?

シーツをこうして剥ぎ取ってねぇ、それで、こうして体に巻きつければ、どう?。。。ドレスのようになるでしょう!? うふふふふ。。。

もちろん、デンマンは、まだ彼女がクレオパトラの生まれ変わりだなんて信じていない。 しかし、クレオパトラだと主張するこの女に興味を持ち始めていた。 話をしているうちに悪い女だとは思えなかった。 心の片隅で“騙されるな!”という声は未だに木霊(こだま)しているけれど、デンマンは、この女をもっと知ろうと思い始めていた。




クレオパトラの時代、学校がいちばん力を注いだのは文学の授業であった。 生徒たちは、ギリシアの古典のなかから注意深く選ばれたテキストを使って、豊かな文学知識を身につけた。 クレオパトラも、ホメロスやヘシオドスの詩に親しみ、エウリピデスの悲劇やメナンドロスの喜劇で人間を理解し、ヘロドトスやトゥキュディデスの書物で歴史を学んだ。 修辞学は、ギリシアの雄弁家デモステネスの演説集を使って勉強した。 また、肉体的な鍛錬も怠らなかった。 クレオパトラは乗馬の名手であった。

環境に恵まれていただけでなく、クレオパトラには才能もあった。 特に語学の才能は素晴らしく、複数の外国語を自由に操ることができた。 多少誇張は混じっているだろうが、ギリシアの歴史家プルタルコス(46頃ー120年頃)はこう伝えている。 「クレオパトラの舌は、広い音域を使ってさまざまな音楽を奏でる楽器のようなものだった。 彼女はどんな国の言葉でも思うままに話すことができた」




36-37ページ 『クレオパトラ』
1999年3月20日第1版第3刷発行
著者: エディット・フラマリオン 吉村作治・監修
発行所: 株式会社 創元社




クレオパトラには確かに語学の才能があった。 でもねぇ、ギリシアやローマの歴史家はクレオパトラの悪口をずいぶんと書いた。 例えば、紀元1世紀に活躍したユダヤの歴史家・フラヴィウス・ヨセフスは『ユダヤ戦記』の中で次のように書いている。





この貪欲で野心的な女王は、残酷な方法で親族を血まつりにあげ、ただ一人生き残ると、それに飽き足らず、その凶暴な怒りを外の人々に向けた。




119ページ 『クレオパトラ』
1999年3月20日第1版第3刷発行
著者: エディット・フラマリオン 吉村作治・監修
発行所: 株式会社 創元社





あなたは私が貪欲で残酷な女だと思っているの?



いや。。。そうは思ってないけれど、クレオパトラが善良なだけの女だとも思っていない。

歴史って勝者の歴史だということをあなただって知っているでしょう?

うん。。。確かに歴史が勝者の都合のいいように歪められることはよくあることだよ。

ギリシアやローマの歴史家たちは勝者であるローマ帝国初代皇帝・アウグストゥス(オクタヴィアヌス)の業績を讃(たた)えるために、彼の敵であった私とアントニウスを必要以上に悪く書いているのよ。 でもねぇ、私に手厳しかったローマの歴史家・ディオン・カッシオス(紀元150年頃ー235年頃)でも、次のように書いているのよ。

彼女は見た目も美しく、

彼女の話は魅力的で、(中略)

恋に抵抗する人や、

情熱を忘れた老人の心まで

征服することができた。




でもプルタコスは「クレオパトラの美しさは、それだけで並はずれたものではなく、見る人に衝撃を与えるという質のものではなかった」と、書いている。



あなたは、この私を見てどう思うの?

あのねぇ、プルタコスは次のようにも書いていた。 つまり、クレオパトラは不思議なほど人を惹きつける力があったと。。。僕はクレオパトラが受けた教育を眺め渡したときに、ただ美貌だけで男を惹き付けた女ではないと思いましたよ。

あなたが、そう言ってくれて嬉しいわ。

。。。で、あなたが、これまで男に言った言葉の中で一番印象に残っている“殺し文句”って何?

そのような事はあまり言いたくないわね。。。でも、あなたは、まだ私がクレオパトラだとは信じていないようだから話してあげるわ。 そもそも、オクタヴィアヌスにとってアントニウスは邪魔者だったのよ。 それでオクタヴィアヌスは私が彼を殺したら私の命を助けてくれると言ったの。

確か、クレオパトラはオクタヴィアヌスの申し出を拒否した。。。そうだったよね?

そうよ。。。私は拒否したわ。

どうして。。。? 誰だって自分の命が一番大切だと思っている。 そうでしょう!?

あなたは、いつだったか“生きることって愛すること”という記事を書いていたでしょう?



『生きることって愛すること?』

(2010年12月18日)

『生きることって愛することだよね』

(2010年12月26日)




うん、うん、うん。。。確かに上の2つの記事を書きましたよ。 よく覚えていますね?



だってぇ、私は2つの記事とも読んだのよ。 あなた自身は“生きることって愛すること”だと信じていないの?

もちろん、信じてますよ。

だからこそ、私はあえて、この殺し文句のエピソードをあなたに話すのよ。

。。。で、アントニウスの間に何があったのですか?

恐らくアントニウスもオクタヴィアヌスの申し出について、それとなく気づいていたと思うのよ。

でも、クレオパトラはオクタヴィアヌスの申し出を断固として拒絶した。 そうでしょう?

アントニウスも、あなたのように疑い深かったのよ。 うふふふふふ。。。

それで。。。?

私は何とかして私の真心をアントニウスに知って欲しかったのよ。

。。。で、どうしたのですか?

オクタヴィアヌスの申し出があってから1週間ほどして、私はいつにも増して着飾って食卓に着いたの。

アントニウスと食事をするために。。。?

そうよ。。。アントニウスが喉が渇いたと言って葡萄酒の入ったグラスを手にしたの。 でも私は彼の注意を引くように飼い馴らされたライオンの話をしたの。

それで。。。?

アントニウスは私の話に耳を傾けたわ。 彼が面白そうに聞いている時に、私は冠(かんむり)から花を摘んでアントニウスのグラスに入れたの。。。

どうして。。。?

その花には毒薬がふりかけてあったのよ。

つまり、葡萄酒に毒が混ざった。。。それで。。。?

私の話が終わるとアントニウスは喉の渇きを思い出したようにグラスを口に近づけようとしたわ。

もちろん、アントニウスは飲んだわけじゃないでしょう!?

私はグラスを彼の手からとったわ。

どうして。。。?

侍女のカルミオンに言いつけて死刑囚を一人連れて来るように言ったの。。。

死刑囚。。。?

そうよ。 アントニウスのグラスを渡し、葡萄酒を飲むように言ったの。

それで。。。死刑囚は死んだ?

死ぬ宿命にあった人だから、遅かれ早かれ死なねばならなかったのよ。 葡萄酒を飲んであの世に逝けたのだから儲けものだったのよ。

それで。。。?

私はアントニウスに向かって言ったわ。 「もし、あなたが居なくても生きて行けるなら、私はグラスをあなたの手から奪わなかったのよ」と。。。

なるほど。。。アントニウスはあなたの真の心が分かって、以前にも増してあなたを愛し始めたと言うわけ?

うふふふふふ。。。あなたも、やっと私がクレオパトラだと判ったようね?




『クレオパトラの殺し文句』より

『アレクサンドリアのクレオパトラ』に掲載
(2011年1月27日)


 (すぐ下のページへ続く)

2011年08月24日

クレオパトラと塩野七生


  
クレオパトラと塩野七生
  



クレオパトラは浅薄な女



クレオパトラは、世界史上の有名人である。 当代きっての権力者二人までも、モノにした女であるということで。 そのうえ、強大なローマ帝国に刃向かったということでも。
だが私には、勝負に打って出るという度胸に対してならば共感しても、それ以外では浅薄な女にしか見えなかった。

しかし、歴史に名を残した女たちの多くはバカな女である。 その理由は、記録を残すのが男たちであったからではないかとさえ思っている。
男は、女としては魅力豊かでもオツムの中は浅薄な女を書いているほうが、安心できるからではないだろうか。
キャリアウーマンを自認する女たちは覚えておいたほうがよい、これが人間性の現実なのである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより)




34ページ
『日本人へ (国家と歴史篇)』
著者: 塩野七生
2010年6月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

『女に冷たい女(2011年8月20日)』に掲載




デンマンさん。。。、今日はクレオパトラと塩野七生さんを比べるのですか?



いや。。。比べると言うよりも塩野さんがクレオパトラをバカな女として捉えていたのが面白いと思ったのですよ。

つまり、塩野さんがクレオパトラに対して、とても厳しい見方をしているのがデンマンさんには我慢ならないのですか?

いや。。。塩野さんがクレオパトラに対して、どのように考えているのか? それは彼女の自由ですからね、僕はとやかく言うつもりはないのですよ。

でも、とやかく言っているではありませんか!

うしししし。。。小百合さんには、そう見えますか?

そう見えますわよ。。。この記事を読んでいる人だって、多分そう思っていますわ。

あのねぇ〜、そう思う人が居るかもしれません。 ただ僕は塩野さんがクレオパトラをどう思おうが個人的に攻撃するつもりはないのですよ。

でも、批判したいのでしょう?

まあ。。。そう言う事ですよ。 塩野さんは歴史を書いて40年になる。 自分でも「同性に対して冷淡で、女の立場になって書かない」と言われている事を自覚しているのですよ。

だったら、デンマンさんが、ここでとやかく言う必要はないではありませんか!

あのねぇ〜、それを言ったら身も蓋もありませんよ。 言論の自由がありますからね。 塩野さんは言論の自由に基づいて自分の考えを公開している。 だから、僕も言論の自由に基づいて自分の考えで塩野さんの考え方をネットで批評してみようと思っているわけです。 ただ、それだけのことですよ。 小百合さんだって塩野さんが「歴史に名を残した女たちの多くはバカな女である」なんて断定したら同性としてムカつきませんか?

私は歴史にあまり関心がないし。。。だから、「歴史に名を残した女たちの多くはバカな女だった」と塩野さんが言っても別に痛くも痒くもありませんわ。 うふふふふふ。。。

やだなあああァ〜。。。そうやって笑ってごまかそうとするのですか? 日本に暮らしている日本人の悪い癖ですよ。

デンマンさんは笑ってごまかすことはないのですか?

いや。。。カナダでは、そういう事はしませんよ。 笑ってごまかしたら、それこそ教養がない文化的にも程度の低い愚か者だと見られてしまいますからね。 そういう時には、はっきりと自分の考えを言いますよ。

要するに、デンマンさんは自分の考えをここではっきりと言いたいのですね?

まあ。。。そう言う訳ですよ。

それで、何が不満なのですか?

いや。。。塩野さんの考え方に特に不満があるわけではありません。 ただねぇ、“文は人なり”と昔の人が言ったように、僕は塩野さんの他の本も5冊ほど読んでみた。 特に『日本人へ (国家と歴史篇)』を2度読んで、塩野さんの文章から彼女の人となりがある程度分かるのですよ。

それで何が分かったのですか?

あのねぇ〜、塩野さんは「女」や「男」にこだわりすぎていると思う。 拘(こだ)り過ぎているから、ある読者から見ると、女性に厳しいと言われるのですよ。 僕の印象では塩野さんは「人間」を理解しているようには思えなかった。 本を読む限り結婚して子供が居るようだけれど、僕は『日本人へ (国家と歴史篇)』を2度読んだ後の読後感で塩野さんは離婚しているような気がした。 それで、僕は『ウィキペディア(Wikipedia)』で調べてみたのですよ。


塩野七生 (ななみ)



生誕 1937年7月7日
東京市滝野川区
出身校 学習院大学

日本の小説家である。
歴史小説 『ローマ人の物語』の著者として知られる。
名前の「七生」は、7月7日生まれであることに由来。

東京都立日比谷高等学校、学習院大学文学部哲学科卒業。
父親は詩人・小学校教師の塩野筍三(1905-84)、神田神保町の古本屋から軒並み借金をするほどの読書好き。
日比谷高校時代は庄司薫、古井由吉らが同級生だった。
学習院大学の学生だった1960年には安保闘争に参加し、デモ隊の中に塩野もいた。
1970年代にはイタリア共産党に関する文章も書いているが、後に保守派に転向している。
1963年からイタリアで学び、1968年に帰国すると執筆を開始。
『中央公論』掲載の「ルネサンスの女たち」でデビュー。

1970年には『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』で毎日出版文化賞を受賞。
同年から再びイタリアへ移り住む。
ローマ名誉市民を経てイタリア人医師と結婚(後に離婚)。
息子は、後に共著を書くアントニオ・シモーネ。イタリア永住権を得ており、ローマに在住。イタリア中心に、古代から近世に至る歴史小説を多数執筆。
チェーザレ・ボルジアやネロ、ドミティアヌスのような血統と魅力、能力に恵まれた男性権力者、特にカエサルを支持しており、政治家としての理想像はカエサルであると公言している。

また、現代の政治家として(血統に恵まれてはいないが)トニー・ブレアを高く評価しており、その理由として「誠心誠意、言葉を尽くし訴える姿勢」を挙げている。
ローマ帝国前期の「小さな政府」を理想としており、直接的に小泉構造改革を支持していた。

1992年から古代ローマを描く『ローマ人の物語』を年一冊のペースで執筆し、2006年に『第15巻 ローマ世界の終焉』にて完結した(文庫版も2011年9月に刊行完結)。
『文藝春秋』で巻頭エッセイ「日本人へ」を執筆。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)




出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




案の定、離婚しているのですよ。



つまり、離婚しているから塩野さんは「人間」を理解していないとデンマンさんは断定するのですか?

いや。。。そのような事を言うつもりはない。 ただ「人間」を深く理解していないことが離婚した一つの原因になったのだと僕には思えたのですよ。

どうして。。。?

あのねぇ〜、クレオパトラは、塩野さんによると「世界史上の有名人である。 当代きっての権力者二人までも、モノにした女であるということで。 そのうえ、強大なローマ帝国に刃向かったということでも。 だが私には、勝負に打って出るという度胸に対してならば共感しても、それ以外では浅薄な女にしか見えなかった」と書いている。

その事に対してデンマンさんには反論があるのですか?

あのねぇ〜、人間は誰でも不完全なものですよ。 だから完璧な人など誰も居ない。 でも、女の立場でクレオパトラの人生を云々(うんぬん)するのであれば、塩野さんも自分の人生を考えた上でクレオパトラを批判すべきではないのか!?

つまり、デンマンさんの目にはクレオパトラは浅薄な女ではないと思えるのですか?

その通りですよ。 塩野さんがクレオパトラの人生を眺めて「浅薄な女」だと断定したいのであれば、塩野さん自身はもっと「浅薄な女」ですよ。

どうして。。。?

クレオパトラは離婚していませんからね。 でも、塩野さんは離婚していますよ。 要するに、「人間」を深く理解していないことが塩野さんが離婚した一つの原因になったのだと僕には思えるのですよ。

つまり、離婚した女は「浅薄な女」なのですか?

いや。。。僕は離婚した事実を取り上げて、ああだこうだと言うつもりはない。 ただ、塩野さんが「それ以外では浅薄な女にしか見えな」い、と決め付ける考え方は、ちょうど「離婚した女は愚か者だ」と決め付けるのと同じだと僕は言おうとしているのですよ。

要するに、クレオパトラは「浅薄な女」ではないと、デンマンさんは信じているのですわね。 それなのに塩野さんが「浅薄な女」だと書いたのでデンマンさんはムカついて感情的になってしまったのですわね?

あのねぇ〜、僕はムカついたわけでも、感情的になっているわけでもないのですよ。

でも、そう見えますわよ。 うふふふふふ。。。

また、そうやって笑っておちょくらないでくださいよ。 あのねぇ〜、僕は“文は人なり”という言葉をしみじみと噛み締めたのですよ。

しみじみと噛み締めたってぇ、どのように噛み締めたのですか?

小百合さんはマジで知りたいですか?

もちろんですわ。

じゃあ、次の小文を読んでくださいよ。




まだ僕が可愛い小学生だった頃、一学年全部で(350人ほど)近くの映画舘へ『孫悟空』(アニメ)を見に行きました。
僕の幼い頭に強烈に残ったシーンは次のようなものでした。
孫悟空がお釈迦様の手のひらに乗って、大きな顔を仰ぎ見て、話しかけているシーンです。
お釈迦様がちょうど、奈良の大仏のように、とてつもなく大きな人物として描かれていました。



孫悟空はお釈迦様に向かって言いました。「オイ、俺はすごいんだぜ!この世の端から端まで、ひとっ飛びで行ってきたんだ。」

お釈迦様は慈悲に満ちた優しい顔で笑っています。「そうかね。おまえは、そんなにすごいことが出来るのかね。でも、この世の端から端なんて、ちょっと信じられないが、何か証拠でもあるのかね?」



「もちよ、あたりきよ。あるに決まってるじゃないか!俺はよ、この世の端まで行って、大きな崖にでかい筆を使って俺の名前を書いてきたんだぜ。それが何よりの証拠さ。嘘だと思ったら、見て来なよ。でも、あんたのように、ここにジット座っていたんじゃそれも無理だろうがね」

お釈迦様は、それでも優しいまなざしを向けて笑っています。

「しかし、見る人が見ると、そうは思わないのだがね」

「だって、あんたは、ここにじっとして座ったままじゃないか!この世の果てなんて行けっこないじゃないか!」

「そうか、おまえには、そうとしか思えないのか」

そこで、お釈迦様はおもむろに、もう一方の手の平を広げたのです。すると中指に、さっき、孫悟空が大きな筆で書いた名前が、書体も同じに全く瓜二つに書かれてあったのです。

「おまえが、この世の果てに飛んで行って書いたというのは、このことかね?」

孫悟空はびっくりデス。この世の果てと思ったのに、何とお釈迦様の手の平に書いていたのです。

「おまえは、この世の果てまで行ったというけれど、私の目には、こちらの手の平から、もういっぽうの手の平へ移動したに過ぎないんだ」

このようなシーンだったのです。

さて、お釈迦様になったとしたら、僕はクレオパトラに向かって次のように言ったかもしれません。



「あなたは、確かに恋に生き、愛に生き、政治にどっぷりとつかり、権力も手中に収め、財宝も思いのままにしてきました。しかし、あなたも、結局、孫悟空とたいして変わりがなかったのかもしれませんね。50歩100歩というところでしょうか」



「そうでしょうか?とにかく、私、疲れました」

「そうですか。私はあなたが自殺することを薦めはしませんが、そうかといって、止めもしません」

「私、とにかく疲れました。やるだけのことはやったのです。あなたの目には、孫悟空を見ていたのと同じように、私が、あなたの手の平の中で悪あがきをしていたように見えるでしょうが、それでも私は精一杯生きてきたのです。でも結局、このようにしかならなかったのです。もう、ホントに疲れたのです」

「人間は一度は死ぬのですから、早いか遅いかの違いだけです。あなたはご自分で、これまで十分にやってきたと思われるのなら、この辺でラクになるのも良いでしょう」

クレオパトラのような派手な人生を歩んだとしても、結局、御釈迦さんが見れば、彼の手の平の中で、うごめいていたということで人生が終わってしまう。
やるだけのことをやったけれど、結局思うようにはならなかった。
挫折のあとの、あきらめと、ためいきと。。。
そして、クレオパトラは言った事でしょう。「私は、とにかく疲れました」と。
そんなクレオパトラの様子を見たらお釈迦様の言う事は一言しかないですよね。
「人間は一度は死ぬのですから、早いか遅いかの違いだけです。あなたはご自分で、これまで十分にやってきたと思われるのなら、この辺でラクになるのも良いでしょう」




『不倫にこだわっていませんわ』より
(Livedoor Blog 『徒然ブログ』)

『不倫にこだわっていませんわ』に掲載
(Wordpress Blog 『デンマン ブログ』)
(2006年9月21日)




デンマンさんが小学生の時に『孫悟空』を観て、お釈迦様の言ったことに感心したのですわね?



その通りですよ。

。。。で、お釈迦様になったつもりになってクレオパトラさんとお話をしたという夢のお話ですわね?

そうです。

それが“文は人なり”と、どのように関係しているのですか?

あのねぇ〜、実は、上の小文には続きがあるのですよ。 それを読んでもらわないと話ができない。 だから、面倒でもじっくりと読んでみてください。




お釈迦様の言う事はもっともだわ。 でもねぇ、あなたは大切な事を書いてないのよ。



ん。。。? 大切な事。。。? それって何。。。?

だから、わたし、こうして出て来たのよ。 それを言い終えるまで帰れないわ?

帰るって、どこに。。。?

あの世に決まってるじゃない!

それを信じろと、あなたは言うの?

“信じる者は救われる”

あなたの生まれ育った国にも上のような諺があるでしょう?

僕はすでに救われているので、あの世など信じなくてもいいんだよう! 。。。で、一体どこで上の記事を。。。?

ネットでゲットしたのに決まってるでしょう!

しかし、あなたは日本語も習ったの?

習ったから、こうしてあなたと日本語で会話しているのじゃないの。。。うふふふふ。。。

あのねぇ、クレオパトラは英語も日本語も話さなかったんだよ!

確かに紀元前30年に亡くなるまでのクレオパトラは英語も日本語も話さなかったわ。 でも、それまでの私は近隣諸国のほとんどすべての言葉を話すことができたのだわ。 だから、エチオピア人、アラビア人、ヘブライ人、シリア人、メディア人、パルティア人。。。、と通訳を使うことなく私は直接会話したものだわ。 そのことを考えれば英語も日本語も私にとって習うのに難しい言葉ではなかったのよ。

。。。で、あなたはマジで自分がクレオパトラだと信じているの?

あなたには信じられないの?

今年は2010年。 クレオパトラが亡くなったのは紀元前30年。 もし、あなたがマジで生き続けてきたとしたら、あなたの年齢は2040歳。 そんな馬鹿な話を誰が信じると思う?

私は生き続けたのではなくて生き返ったのよ。 仏教にも“輪廻(りんね)”というのがあるでしょう! あなたは常識破りの人じゃないの! あなたの記事をネットで読んで、あなたなら理解できると思ったのよ。

クレオパトラがネットまでやるとは思わなかったなァ。。。うしししし。。。

だから、私は生き返ったと言ったでしょう。

あのねぇ、冗談も、これほどバカバカしくなると、もう冗談じゃない。 妄想と言うよりも、重症の精神病患者のたわ言のように聞こえる。 このホテルの近くに精神病院でもあるの?

そんな物があるわけないでしょう! 初対面の私がどうしてあなたが書いた記事のことを知っているのよ? 良く考えて御覧なさいよ! あなたの目の前に一糸まとわぬ姿で出てこれるのも私があなたの事を充分に知り尽くしているからじゃないの!

あのねぇ、そう言うことを言って欲しくないなあああァ。。。まるで僕がインポで、僕に抱かれる心配がまったくないと、この記事を読む人が考えてしまうじゃないか!

あらっ。。。あなたは、そんな事まで心配しているの? うふふふふ。。。

あのねぇ、僕は今でも、あなたに飛びついて欲情の限りを尽くしてアレクサンドリアの一夜を思い出の一夜にしようと考えているんだよ。

分かってるわよう!

分かってるなら、そのような扇情的な格好で出てきて欲しくなかったなあァ~!

だってぇ、あなたのオツムの中のクレオパトラのイメージは、このような一糸まとわぬ姿じゃないの!

ど。。。どうして。。。、どうして、そこまでのことが分かるの?

だから言ったでしょう! 私は上のあなたの記事を読んでから、ずっとあなたのことを見守ってきたのよ。

どこで。。。?

もちろん、アレクサンドリアからよ。 あなたの記事をずっと読んでいたのよ。

それで、僕がアレクサンドリアへ来ることを知ったわけ?

そうよ。

でも、どうしてこのホテルだと分かったの?

あなたは小百合さんに、このホテルの住所を知らせたじゃないの!

あれっ。。。あなたは僕のメールを盗み読みしたの?

うふふふふふ。。。

それってぇ、不正アクセスだよ!

そのような堅苦しい事を言わないでよ! やっとこうしてあなたに会えたのじゃないの!

僕はまだ、あなたがクレオパトラの生まれ変わりだと信じてないんだよ! これは一体何の真似なの? 僕は007ではないんだよ! 僕を付け回したところで、あなたが知りたいこと、求めていることを得ようとしても無理! 不可能だということを僕はここではっきり言っておくよ!

私はあなたが考えているようなCIAのスパイでもMI5のスパイでも、イスラエルのスパイでもないのよ。 あなたの記事のネタになると思ったから出てきたんじゃないの!

マジで。。。?

少しは信じる気になった?

ところで。。。いつまでも裸でいないで、おばさんパンツでも穿いたらどうなの?

だってぇ、私がこのままの格好でいる方があなたはいいのでしょう?

うへへへへ。。。確かにそうなんだけれど、チラチラ、チラチラと女の花びらが覗いているので、気が散って話に集中できないんだよ!

分かったわ。 ちょっとベッドから離れてよ。

何すんのォ~?

シーツをこうして剥ぎ取ってねぇ、それで、こうして体に巻きつければ、どう?。。。ドレスのようになるでしょう!? うふふふふ。。。

もちろん、デンマンは、まだ彼女がクレオパトラの生まれ変わりだなんて信じていない。 しかし、クレオパトラだと主張するこの女に興味を持ち始めていた。 話をしているうちに悪い女だとは思えなかった。 心の片隅で“騙されるな!”という声は未だに木霊(こだま)しているけれど、デンマンは、この女をもっと知ろうと思い始めていた。




クレオパトラの時代、学校がいちばん力を注いだのは文学の授業であった。 生徒たちは、ギリシアの古典のなかから注意深く選ばれたテキストを使って、豊かな文学知識を身につけた。 クレオパトラも、ホメロスやヘシオドスの詩に親しみ、エウリピデスの悲劇やメナンドロスの喜劇で人間を理解し、ヘロドトスやトゥキュディデスの書物で歴史を学んだ。 修辞学は、ギリシアの雄弁家デモステネスの演説集を使って勉強した。 また、肉体的な鍛錬も怠らなかった。 クレオパトラは乗馬の名手であった。

環境に恵まれていただけでなく、クレオパトラには才能もあった。 特に語学の才能は素晴らしく、複数の外国語を自由に操ることができた。 多少誇張は混じっているだろうが、ギリシアの歴史家プルタルコス(46頃ー120年頃)はこう伝えている。 「クレオパトラの舌は、広い音域を使ってさまざまな音楽を奏でる楽器のようなものだった。 彼女はどんな国の言葉でも思うままに話すことができた」




36-37ページ 『クレオパトラ』
1999年3月20日第1版第3刷発行
著者: エディット・フラマリオン 吉村作治・監修
発行所: 株式会社 創元社




クレオパトラには確かに語学の才能があった。 でもねぇ、ギリシアやローマの歴史家はクレオパトラの悪口をずいぶんと書いた。 例えば、紀元1世紀に活躍したユダヤの歴史家・フラヴィウス・ヨセフスは『ユダヤ戦記』の中で次のように書いている。





この貪欲で野心的な女王は、残酷な方法で親族を血まつりにあげ、ただ一人生き残ると、それに飽き足らず、その凶暴な怒りを外の人々に向けた。




119ページ 『クレオパトラ』
1999年3月20日第1版第3刷発行
著者: エディット・フラマリオン 吉村作治・監修
発行所: 株式会社 創元社





あなたは私が貪欲で残酷な女だと思っているの?



いや。。。そうは思ってないけれど、クレオパトラが善良なだけの女だとも思っていない。

歴史って勝者の歴史だということをあなただって知っているでしょう?

うん。。。確かに歴史が勝者の都合のいいように歪められることはよくあることだよ。

ギリシアやローマの歴史家たちは勝者であるローマ帝国初代皇帝・アウグストゥス(オクタヴィアヌス)の業績を讃(たた)えるために、彼の敵であった私とアントニウスを必要以上に悪く書いているのよ。 でもねぇ、私に手厳しかったローマの歴史家・ディオン・カッシオス(紀元150年頃ー235年頃)でも、次のように書いているのよ。

彼女は見た目も美しく、

彼女の話は魅力的で、(中略)

恋に抵抗する人や、

情熱を忘れた老人の心まで

征服することができた。




でもプルタコスは「クレオパトラの美しさは、それだけで並はずれたものではなく、見る人に衝撃を与えるという質のものではなかった」と、書いている。



あなたは、この私を見てどう思うの?

あのねぇ、プルタコスは次のようにも書いていた。 つまり、クレオパトラは不思議なほど人を惹きつける力があったと。。。僕はクレオパトラが受けた教育を眺め渡したときに、ただ美貌だけで男を惹き付けた女ではないと思いましたよ。

あなたが、そう言ってくれて嬉しいわ。

。。。で、あなたが、これまで男に言った言葉の中で一番印象に残っている“殺し文句”って何?

そのような事はあまり言いたくないわね。。。でも、あなたは、まだ私がクレオパトラだとは信じていないようだから話してあげるわ。 そもそも、オクタヴィアヌスにとってアントニウスは邪魔者だったのよ。 それでオクタヴィアヌスは私が彼を殺したら私の命を助けてくれると言ったの。

確か、クレオパトラはオクタヴィアヌスの申し出を拒否した。。。そうだったよね?

そうよ。。。私は拒否したわ。

どうして。。。? 誰だって自分の命が一番大切だと思っている。 そうでしょう!?

あなたは、いつだったか“生きることって愛すること”という記事を書いていたでしょう?



『生きることって愛すること?』

(2010年12月18日)

『生きることって愛することだよね』

(2010年12月26日)




うん、うん、うん。。。確かに上の2つの記事を書きましたよ。 よく覚えていますね?



だってぇ、私は2つの記事とも読んだのよ。 あなた自身は“生きることって愛すること”だと信じていないの?

もちろん、信じてますよ。

だからこそ、私はあえて、この殺し文句のエピソードをあなたに話すのよ。

。。。で、アントニウスの間に何があったのですか?

恐らくアントニウスもオクタヴィアヌスの申し出について、それとなく気づいていたと思うのよ。

でも、クレオパトラはオクタヴィアヌスの申し出を断固として拒絶した。 そうでしょう?

アントニウスも、あなたのように疑い深かったのよ。 うふふふふふ。。。

それで。。。?

私は何とかして私の真心をアントニウスに知って欲しかったのよ。

。。。で、どうしたのですか?

オクタヴィアヌスの申し出があってから1週間ほどして、私はいつにも増して着飾って食卓に着いたの。

アントニウスと食事をするために。。。?

そうよ。。。アントニウスが喉が渇いたと言って葡萄酒の入ったグラスを手にしたの。 でも私は彼の注意を引くように飼い馴らされたライオンの話をしたの。

それで。。。?

アントニウスは私の話に耳を傾けたわ。 彼が面白そうに聞いている時に、私は冠(かんむり)から花を摘んでアントニウスのグラスに入れたの。。。

どうして。。。?

その花には毒薬がふりかけてあったのよ。

つまり、葡萄酒に毒が混ざった。。。それで。。。?

私の話が終わるとアントニウスは喉の渇きを思い出したようにグラスを口に近づけようとしたわ。

もちろん、アントニウスは飲んだわけじゃないでしょう!?

私はグラスを彼の手からとったわ。

どうして。。。?

侍女のカルミオンに言いつけて死刑囚を一人連れて来るように言ったの。。。

死刑囚。。。?

そうよ。 アントニウスのグラスを渡し、葡萄酒を飲むように言ったの。

それで。。。死刑囚は死んだ?

死ぬ宿命にあった人だから、遅かれ早かれ死なねばならなかったのよ。 葡萄酒を飲んであの世に逝けたのだから儲けものだったのよ。

それで。。。?

私はアントニウスに向かって言ったわ。 「もし、あなたが居なくても生きて行けるなら、私はグラスをあなたの手から奪わなかったのよ」と。。。

なるほど。。。アントニウスはあなたの真の心が分かって、以前にも増してあなたを愛し始めたと言うわけ?

うふふふふふ。。。あなたも、やっと私がクレオパトラだと判ったようね?




『クレオパトラの殺し文句』より

『アレクサンドリアのクレオパトラ』に掲載
(2011年1月27日)




なるほどォ〜。。。、つまり、アントニウスを毒殺して彼の首をオクタヴィアヌスに差し出せば、クレオパトラは自分の命が助かるばかりかオクタヴィアヌスとローマ帝国を自分のものにできるかもしれない。 クレオパトラは、そう考えたこともあったのね。



その通りですよ。

でも、クレオパトラは、そうしなかった。

そうです。 クレオパトラはアントニウスを毒殺しなかった。

要するに、クレオパトラにとってオクタヴィアヌスは彼女が愛することができるような人物ではないと見極(きわ)めていたのね。。。デンマンさんは、そう言いたいのォ?

小百合さんにも分かりますか? つまりねぇ、クレオパトラは塩野さんが考えているような「浅薄な女」でも「バカな女」でもなかったのですよ。

でも、それはデンマンさんの考えでしょう?

もちろん、僕の人生経験とこれまで歴史を学んできたその結果に基づいてクレオパトラという人物を僕は理解しようとしたのですよ。

でも、それでも、デンマンさんの考え方はあくまでも個人的な見解でしょう?

その通りですよ。 僕は自分の考えを他人に押し付けようとしているのではないのです。 ただねぇ、塩野さんがクレオパトラを「浅薄な女」で「バカな女」だと決め付ければ、いや。。。そのように決め付けるのは塩野さんの「人となり」で判断しているだけのことですよ。 つまり、“文は人なり”と言いたいだけのことです。


【卑弥子の独り言】



ですってぇ〜。。。
そうですよね。
クレオパトラを理解しようとすれば、当然、その人の人生経験やそれまでの歴史の知識などが影響してきますよね。
塩野七生さんは、彼女の人生経験と40年近く歴史を書いてきた経験によってクレオパトラを理解したのです。
その結果が次のようなものでした。


クレオパトラは、世界史上の有名人である。 当代きっての権力者二人までも、モノにした女であるということで。 そのうえ、強大なローマ帝国に刃向かったということでも。
だが私には、勝負に打って出るという度胸に対してならば共感しても、それ以外では浅薄な女にしか見えなかった。


感性も知性も十人十色です。
クレオパトラをどのように見るのか?
その見方は違っていて当たり前だと思うのでござ〜♪〜ますわ。

ただし、日本に住んでいるとユニークな意見を持ち続けることはとても難しいと思いますう。

「長いものには巻かれろ」

「出る釘は打たれる」


このような諺もござ〜♪〜ますわ。

どうしても、周(まわ)りの見方考え方が気になるのですわ。
そのような雰囲気の中で塩野さんがユニークな感性で文章を書けば、当然、文学の方面からも歴史学の方面からも叩かれるかもしれません。
あなたは、どう思いますか?

とにかく、次回も、ますます面白くなりそうですわ。
あなたも、どうか、また読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。



 


ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

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『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『士風と「葉隠」(2011年3月23日)』

『アナクロニズム(2011年3月27日)』




こんにちは。小百合です。

わたしがデンマンさんにお逢いしたのは

2010年の11月でしたわ。

デンマンさんはお酒が飲めないので

葡萄酒ではなくてアイリッシュコーヒーを

いただいたのですけれど、

キザにも薔薇の一輪挿しを持ってきて

テーブルに置いたのですわ。



私をロマンチックな気分にさせようとしたのかしら?

なんだか底が見え透いているようでしたけれど、

あえて薔薇の一輪挿しを持って来たという

“常識はずれ”が、滑稽でもあり、また可笑しくもあり

でも、笑って済ませるのは失礼になると思って

黙っていたのですわ。

だからと言って、無視するわけにもゆかないので、

次にお逢いした時に、

ローズティーを入れてあげたのでした。



けっこう、私も演技できるようになりました。

うふふふふ。。。

それにしても私と逢う3ヶ月ほど前に

アレキサンドリアでデンマンさんはマジで

クレオパトラさんに会ったのでしょうか?

一糸まとわぬ姿で現れたなんて、

ちょっと信じることができませんわ。

私なら、少なくともおばさんパンツを穿いて

登場したと思うのですわ。



うふふふふふ。。。

ところで、ジューンさんが

英語の面白いお話を集めました。

時間があったら、ぜひ覗いてくださいね。

『あなたのための楽しい英語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





2011年08月20日

女に冷たい女


  
女に冷たい女
  





デンマンさん、上の写真のジューンさんが「女に冷たい女」だと言うのですか?



いや。。。違いますよ。 氷河を背景にジューンさんが写っているので上のタイトルの写真としてふさわしいと直感的に思って貼り付けたまでです。 ジューンさんは女に対しても男に対してもあったか〜い女です。

。。。で、「女に冷たい女」って、いったい誰のことですか?

次の小文を読んでみてください。


女に冷たい女性作家

歴史を書いて40年になるが、昔から非難されてきたことが一つある。 それは、私という作家は同性に対して冷淡で、女の立場になって書かないというのだ。...女の作家ともなれば同性を書くほうが商業的に有利であるというのは、出版界の常識であるらしい。 実際、そう主張する編集者の意見を容れて書いた最初の作品は『ルネッサンスの女たち』だから、女が女を書くのが私のデビュー作ではあったわけだ。 だが、商業的には有利であろうと、その路線は第一作のみで捨てた。

なにしろ、中世のイタリアも古代のローマも、男たちの時代なのである。 男の世界での女は所詮は脇役で、歴史の脇役を書きつづけているといずれはゴシップに落ちる。 処女作だけは女たちを書く理由を、歴史の脇役を通して時代を書く、ということに見つけて自分を納得させたが、それで以後もつづけるにはやはり限界があった。
というわけで二作目からは男に乗り換えたのだが、その理由は、男の時代だから男たちを通してそれを書く、ということに加えてもう一つ、あまり自慢にならない本音もあったのである。

それは、女の胸のうちを巧みに書くという評判の男性作家がいるんだから、男の思いに迫る女性作家がいたっていいんじゃない、というものだ。
とはいえ所詮は女の世界に興味がもてないというにすぎなく、一億円出すといわれても、女たちの間で繰り広げられる嫉妬や羨望やその他もろもろの感情について書くことだけは、私には無縁でありつづけるだろう。

作家は絶対に、書く対象に影響される。 対象に乗り移るくらいの想いで対さないかぎり、それを書ききることはできない。 私の場合は、自分自身が女なのに、わざわざ他の女に乗り移るほどの情熱を感じないということなのかもしれない。 また、男たちは業績で評価している以上、女に対してもそれと同じ基準で評価したい、というのが私の考え方でもある。
というわけで私が下した評価が冷淡だったと非難された歴史上の女たちの中での典型が、クレオパトラだった。



(注: 赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより)




29 - 31ページ
『日本人へ (国家と歴史篇)』
著者: 塩野七生
2010年6月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋




つまり、塩野七生さんが「女に冷たい女」だと言うのですか?



いや。。。僕が言っているのではなくて、塩野さんの読者や批評家の中に、そのように言っている人が居るということですよ。 それに対して塩野さんが弁解のために書いたのが上のエッセーですよ。

それで、デンマンさんは、どう思っているのですか?

塩野さんは女に対しても男に対しても冷たい女ではないかと僕は思っているのですよ。 うへへへへへへ。。。。

このような時に笑っている場合ではないでしょう!? どうして男性にも冷たいと思うのですか?

いや。。。僕がそう思っているというよりも次の小文を読むと、そう思いたくなるのですよ。


叩かれる塩野七生



塩野七生が文学の方面からも歴史学の方面からも叩かれる存在らしい、ということは薄々知らなくはなかったが、実態はかなり酷かったのだなと思う。 塩野自身はずっとイタリアにいたからわれ関せず、という風情だったようだが、日本にいたら相当きつかっただろうと思う。いくら叩かれても全然めげないから叩く側はよけい憎悪を募らせていたんだろうけど。なんかこういうところは日本人の本当につまらない情けない部分だなと思う。

塩野によると、デビュー当時は哲学なら田中美知太郎、歴史学なら林健太郎、会田雄次といった大先生方に認められていて彼らがいる間は大丈夫だったのだが、80年代から90年代にかけて、その下の世代が学会に主流になったら大変だったのだという。『マキャベッリ全集』を出すので月報を書いてほしいと依頼が来て、OKを出したら訳者の学者たちが塩野が書くなら我々は書かないと言い出して、結局塩野が降りたのだという。

またNHKでウフィッツィを取り上げるときに案内役をしてくれと頼まれてこれも引き受けたら、ルネサンス関係の学者たちが塩野が案内役なら自分たちは以後協力しないと言い出したのだそうだ。あまりのケツの穴の小ささに腹を抱えて笑い飛ばしたくなる。(卑語失礼)

 (中略)

マルクス主義が影響力を持つ時代が終わってしまって、学者としてのアイデンティティが研究方法の次元で問われる時代に突入した。
結局、そのアイデンティティは研究のディテールに認めるほかなくなってしまった。だから、研究対象をなるべく細分化して、他の領域には手を出さないという、一言で言ってしまえば、タコツボ型がはびこったということだと思います。

これは、ルネサンスとかローマ史とか、つまり学者自身のイデオロギーがほとんど問われない分野においては全くその通りだと思う。
近現代史ではまだまだマルクス主義とは言わないまでもイデオロギー的な部分が幅を利かせているが、それ以前の歴史学では趣味オタクの世界に近づきつつある一面は否定できない。そうなるとオタクの特性であるディテールへの異常なこだわり、異分子への排他性などが悪い形で噴出し、実社会においてもてはやされる塩野七生など最も叩きごろの存在になるだろう。

もう一つ三浦の指摘で面白いと思ったのは、塩野が小林秀雄の影響を受けているといっていることだ。塩野自身は「?」という感じだが、小林が「歴史は神話である」、と言っているのを受けて塩野が「歴史は娯楽である」と言っている、と三浦は解釈しているわけだ。

 (中略)

塩野は確かにそういうふうに歴史と言うものを書いているから、逆に学者からすれば自分たちのやっていることの存在意義を脅かされるような、馬鹿にされているような感じがしてしまうのも分らなくはない。

しかし、その違いを制度としての学問にこだわるか、人間存在そのものを問うために学問を使うと言う立場に立つかの違いだとするならば、私はやはり後者の立場に立ちたい。その方が生きてて面白いと思うんだけどなあ。

(注: 赤字はデンマンが強調。
イラストはデンマン・ライブラリーより)




出典: 『塩野七生が叩かれる理由』
    (2008年4月4日)

『イタリア夫人』に掲載
(2011年8月16日)




つまり、塩野七生さんが文学の方面や歴史学の方面の男性から叩かれているのは塩野さんが「男にも冷たい女」だからだとデンマンさんは断定なさるのですか?



いや。。。僕は断定していませんよ。 上の文章を書いたブロガーがそのように示唆している。 僕も上の文章を読んでからネットでいろいろと調べてみたのですよ。

何か確証になるようなものでも見つけたのですか?

見つけましたよ。 YouTubeに興味深いクリップがあったので、ここに貼り出します。 小百合さんもじっくりと観てください。





これを見ると分かるのだけれど、塩野さんにインタヴューしている男性の解説者が「今までインタヴューしたうちで最も緊張した」と言っているのですよ。 つまり、インタヴューした解説者は「塩野さんは男を身構えさせるだけの理論武装をしている」と言おうとしたと思うのですよ。 




塩野七生が文学の方面からも歴史学の方面からも叩かれる存在らしい、ということは薄々知らなくはなかったが、実態はかなり酷かったのだなと思う。
塩野自身はずっとイタリアにいたからわれ関せず、という風情だったようだが、日本にいたら相当きつかっただろうと思う。




要するに、インタビューした解説者も塩野さんが日本で文学の方面からも歴史学の方面からも叩かれている人だと知っていたのだと思いますよ。



それで塩野さんにインタヴューする時に、解説者は今まで以上に緊張したとデンマンさんは思うのですか?

その通りです。

それで、デンマンさん自身は、どう思っているのですか?

あのねぇ〜、上の新潮文庫の宣伝写真の中に「歴史は所詮は人間だ」と書いてある。 まず間違いなく塩野さんも、そう考えて歴史を書いているのだと僕は信じている。 でもねぇ〜、塩野さんはそう考えているかもしれないけれど、僕には彼女が本の中で人間を書いているとは思えない。

人間を書いていないということは、塩野さんは歴史の本の中で何を書いているのですか?

実は、僕は以前、戦争と平和の記事の中で次のように書いていた。






みなさんの中には、こんどの戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。 ごぶじにおかえりになったでしょうか。 それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。 また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。 いまやっと戦争はおわりました、 二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。



1945年3月の東京大空襲で

焼け野原になった江東区。


こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。 何もありません。 ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。

 (中略)

そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。 その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。 これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。 (中略) しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。 日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。 世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。

もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、自分の言い分をとおそうとしないということをきめたのです。 なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼすようなはめになるからです。 また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。


ここでは、「日本はただしいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。 世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」と述べられている。 つまり、当時は、第九条をはじめとする日本国憲法は、「日本の誇り」とされていたといっていい。 戦争に負けて、科学力でも経済力でもアメリカに勝てない国だけど、憲法だけは自慢できる、というふうに。

たとえば1947年5月3日に日本国憲法が施行されたとき、各新聞の社説はこんなふうに述べている。
「敗戦後の現在にあって、われら国民が自信を持って内外に示しうるものが果たしていくつあるか。 新憲法こそややもすれば目標を見失いがちな国民にはっきりと行先を教え、世界に偽りもひけめも感じることなしに示し得る最大のものであろう」(日本経済新聞)、「(第九条は)決して単なる“敗戦の結果”ではなく、積極的な世界政治理想への先駆なのである」(読売新聞)、「これからの日本の国家綱領であり、同時に基本的な国民倫理である」(毎日新聞)。 ざっとこんなぐあいだ。




107 - 110ページ 『日本という国』
著者: 小熊英二
2006年3月30日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 理論社

デンマン注:写真とイラストはデンマンが貼り付けました。
強調のための赤字もデンマンが施(ほどこ)しました。




これを読むと僕などは当然のことじゃないか! と思うのですよ。 でもねぇ、最近では自分の国を武装して自分の国を守ろうとしない日本人を「自虐史観に縛られている国民」だと考える人が増えてきているらしい。





要するに「自虐史観」に陥(おちい)ると陸軍も海軍も空軍も捨ててしまう。 それではいけないと言って、武器を取ってみんなで日本の国を守るんだという考え方をする人が増えていると言う訳ですよ。





あらっ。。。こういうポスターまで作って日本を再軍備しようとする人たちが居るのね?



そうなのですよ。 しかも戦争中の苦しみを知っている作家の中にも戦争放棄を考えない人もかなり居る。 例えば僕が「戦争の箱庭作家」と呼ぶ塩野七生さんは次のように書いている。




『地球の平和』より
(2011年8月9日)




つまり、塩野さんは人間を書いていると言うけれど、実は「人間不在の歴史」を書いている、とデンマンさんは見ているのですか?



その通りですよ。 

“文は人なり”

昔の人はこのような事を言ったのですよ。 塩野さんの本を読むと個人的なエピソードはほとんど書いてない。 歴史の本を読んだり、歴史資料を読んだりして塩野さんのオツムの中で人間を書いている。 でも、現実の人間関係、つまり、血の通っている人間が塩野さんの歴史の中には、ほとんど感じられないのですよ。 だから、共感するものが少ない。

例えば、どのようなところですか?

ちょっと次の小文を読んでください。


クレオパトラは浅薄な女



クレオパトラは、世界史上の有名人である。 当代きっての権力者二人までも、モノにした女であるということで。 そのうえ、強大なローマ帝国に刃向かったということでも。
だが私には、勝負に打って出るという度胸に対してならば共感しても、それ以外では浅薄な女にしか見えなかった。

しかし、歴史に名を残した女たちの多くはバカな女である。 その理由は、記録を残すのが男たちであったからではないかとさえ思っている。
男は、女としては魅力豊かでもオツムの中は浅薄な女を書いているほうが、安心できるからではないだろうか。
キャリアウーマンを自認する女たちは覚えておいたほうがよい、これが人間性の現実なのである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより)




34ページ
『日本人へ (国家と歴史篇)』
著者: 塩野七生
2010年6月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋




この上の文章がどうだと言うのですか?



あのねぇ〜、“文は人なり”と書いたけれど、上の文章だけでなく、僕は塩野さんの他の本も5冊ほど読んでみた。 特に『日本人へ (国家と歴史篇)』を2度読んで感じたのは、塩野さんは離婚しているに違いないということだったのですよ。 なぜなら、「これが人間性の現実なのである」と書いている。 塩野さんは「女」や「男」にこだわっているけれど、「人間」を理解しているようには思えなかった。 本を読む限り結婚して子供が居るようだけれど離婚したとは書いてない。 それで、僕は『ウィキペディア(Wikipedia)』で調べてみた。


塩野七生 (ななみ)

生誕 1937年7月7日
東京市滝野川区
出身校 学習院大学

日本の小説家である。
歴史小説 『ローマ人の物語』の著者として知られる。
名前の「七生」は、7月7日生まれであることに由来。

東京都立日比谷高等学校、学習院大学文学部哲学科卒業。
父親は詩人・小学校教師の塩野筍三(1905-84)、神田神保町の古本屋から軒並み借金をするほどの読書好き。
日比谷高校時代は庄司薫、古井由吉らが同級生だった。
学習院大学の学生だった1960年には安保闘争に参加し、デモ隊の中に塩野もいた。
1970年代にはイタリア共産党に関する文章も書いているが、後に保守派に転向している。
1963年からイタリアで学び、1968年に帰国すると執筆を開始。
『中央公論』掲載の「ルネサンスの女たち」でデビュー。

1970年には『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』で毎日出版文化賞を受賞。
同年から再びイタリアへ移り住む。
ローマ名誉市民を経てイタリア人医師と結婚(後に離婚)。
息子は、後に共著を書くアントニオ・シモーネ。イタリア永住権を得ており、ローマに在住。イタリア中心に、古代から近世に至る歴史小説を多数執筆。
チェーザレ・ボルジアやネロ、ドミティアヌスのような血統と魅力、能力に恵まれた男性権力者、特にカエサルを支持しており、政治家としての理想像はカエサルであると公言している。

また、現代の政治家として(血統に恵まれてはいないが)トニー・ブレアを高く評価しており、その理由として「誠心誠意、言葉を尽くし訴える姿勢」を挙げている。
ローマ帝国前期の「小さな政府」を理想としており、直接的に小泉構造改革を支持していた。

1992年から古代ローマを描く『ローマ人の物語』を年一冊のペースで執筆し、2006年に『第15巻 ローマ世界の終焉』にて完結した(文庫版も2011年9月に刊行完結)。
『文藝春秋』で巻頭エッセイ「日本人へ」を執筆。

(注: 赤字はデンマンが強調)




出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




案の定、離婚しているのですよ。



つまり、離婚しているから塩野さんは「人間」を理解していないとデンマンさんは断定するのですか?

いや。。。そのような事を言うつもりはない。 ただ「人間」を深く理解していないことが離婚した一つの原因になったのだと僕には思えたのですよ。

どうして。。。?

あのねぇ〜、感性と共感の問題ですよ。 塩野さんは次のようにも書いていた。


二度と負け戦はしない



憲法では戦争をしないと宣言しています、なんてことも言って欲しくない。
一方的に宣言したくらいで実現するほど、世界は甘くないのである。
多くの国が集まって宣言しても実現にほど遠いのは、国連の実態を見ればわかる。 ここはもう、自国のことは自国で解決する、で行くしかない。 
また、多くの国が自国のことは自国で解決する気になれば、かえって国連の調整力もより良く発揮されるようになるだろう。

二度と負け戦はしない、という考えを実現に向かって進めるのは、思うほどは容易ではない。
もっとも容易なのは、戦争すると負けるかもしれないから初めからしない、という考え方だが、これもこちらがそう思っているだけで相手も同意してくれるとはかぎらないから有効度も低い。

また、自分で自分を守ろうとしないものを誰が助ける気になるか、という五百年昔のマキアヴェッリの言葉を思い出すまでもなく、日米安保条約に頼りきるのも不安である。

(注: 赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより)




221 - 222ページ
『日本人へ (国家と歴史篇)』
著者: 塩野七生
2010年6月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

『地球の平和』に掲載
(2011年8月9日)




あのねぇ〜、僕は個人的には塩野さんに恨みだとか憎しみの感情は持っていないのですよ。 むしろ、彼女の出世作とも言える『ルネッサンスの女たち』はマジで楽しく読んだ記憶があります。



。。で、「二度と負け戦はしない」が問題なのですか?

そうですよ。 人生経験から起因する感性の違いだと思うのですよ。 こればかりは十人十色だからどうしようもない。

。。。で、デンマンさんの感性とは。。。?

次の小文を読んでみてください。


終戦時の悲話



アメリカの空襲を受けて、東京をはじめ都市部はどこも焼け野原。
おまけに政府は戦争を続けるために国債を大量に乱発していたので、敗戦直後はものすごいインフレになった。
物価は数十倍になって、戦前に貯めていた貯金や財産は無に等しくなった。
おまけに空襲で家をなくし、人びとは食糧不足で苦しんだ。



1945年3月の東京大空襲で

焼け野原になった江東区。


「約310万人が死んだ」とか簡単にいうけれど、一人の人間が死ぬことは、遺族や縁者に、大きな傷を残すことだった。
作家の夢野久作の長男だった杉山龍丸という人は、敗戦直後に復員事務の仕事に就いていたときのことを回想して、こう述べている。

「私達は、毎日毎日訪ねてくる留守家族の人々に、貴方の息子さんは、御主人は亡くなった、死んだ、死んだ、死んだと伝える苦しい仕事をしていた」。
「留守家族の多くの人は、ほとんどやせおとろえ、ボロに等しい服装が多かった」。
杉山はある日、小学校二年生の少女が、食糧難で病気になった祖父母の代理として、父親の消息を尋ねにきた場面に出会った経験を、こう書いている。


私は帳簿をめくって、氏名のところを見ると、比島(フィリピン)のルソンのバギオで、戦死になっていた。
「あなたのお父さんは---」
といいかけて、私は少女の顔を見た。 やせた、真っ黒な顔。
伸びたオカッパの下に切れの長い眼を、一杯に開いて、私のくちびるをみつめていた。
私は少女に答えねばならぬ。
答えねばならぬと体の中に走る戦慄を精一杯おさえて、どんな声で答えたかわからない。
「あなたのお父さんは、戦死しておられるのです。」
といって、声がつづかなくなった。
瞬間 少女は、一杯に開いた眼を更にパッと開き、そして、わっと、べそをかきそうになった。



…しかし、少女は、
「あたし、おじいちゃまからいわれて来たの。 おとうちゃまが、戦死していたら、係りのおじちゃまに、おとうちゃまが戦死したところと、戦死した、ぢょうきょう(状況)、ぢょうきょうですね、それを、かいて、もらっておいで、といわれたの。」

私はだまって、うなずいて……やっと、書き終わって、封筒に入れ、少女に渡すと、小さい手で、ポケットに大切にしまいこんで、腕で押さえて、うなだれた。
涙一滴、落さず、一声も声をあげなかった。
肩に手をやって、何か言おうと思い、顔をのぞき込むと、下くちびるを血が出るようにかみしめて、カッと眼を開いて肩で息をしていた。
私は、声を呑んで、しばらくして、
「おひとりで、帰れるの。」と聞いた。

少女は、私の顔をみつめて、
「あたし、おじいちゃまに、いわれたの、泣いては、いけないって。おじいちゃまから、おばあちゃまから電車賃をもらって、電車を教えてもらったの。 だから、行けるね、となんども、なんども、いわれたの。」
…と、あらためて、じぶんにいいきかせるように、こっくりと、私にうなずいてみせた。
私は、体中が熱くなってしまった。 帰る途中で私に話した。

「あたし、いもうとが二人いるのよ。 おかあさんも、しんだの。 だから、あたしが、しっかりしなくては、ならないんだって。 あたしは、泣いてはいけないんだって。」
…と、小さな手をひく私の手に、何度も何度も、いう言葉だけが、私の頭の中をぐるぐる廻っていた。
どうなるのであろうか、私は一体なんなのか、何が出来るのか?


(注: 写真とイラストはデンマンライブラリーから貼り付けました)




84 - 88ページ 『日本という国』
著者: 小熊英二
2006年3月3日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 理論社




『漫画家の壁』に掲載
(2011年3月10日)




この文章を読んだら「二度と負け戦はしない」じゃなくて「二度と戦争はしない」という気持ちになると思うのですよ。 しかも、塩野さんは 1937年生まれだから、ちょうど上の文章の中の女の子と同じ世代なのですよ。 



つまり、塩野さんの感性が太平洋戦争を経験して「二度と負け戦はしない」という受け止め方に表れているとデンマンさんは思うのですか?

そうですよ。 一方、塩野さんと同じ世代である上のエピソードの中の「女の子」が現在生きていたら、まず間違いなく「二度と戦争はしない」と主張すると僕は思いますね。


【卑弥子の独り言】



ですってぇ〜。。。
そうですよね。 確かに塩野七生さんの感性はユニークなのかもしれませんわ。
でも、感性は十人十色です。
違っていて当たり前だと思うのでござ〜♪〜ますわ。

ただし、日本に住んでいるとユニークな感性を持ち続けることはとても難しいと思いますう。

「長いものには巻かれろ」

「出る釘は打たれる」


このような諺もござ〜♪〜ますわ。

どうしても、周(まわ)りの見方考え方が気になるのですわ。
そのような雰囲気の中で塩野さんがユニークな感性で文章を書けば、当然、文学の方面からも歴史学の方面からも叩かれるかもしれません。
あなたは、どう思いますか?

とにかく、次回も、ますます面白くなりそうですわ。
あなたも、どうか、また読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。



 


ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

ためになる関連記事





■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』



■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』


■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』



『パリの空の下で』

『夢の中華パン』

『愛の進化論』

『漫画家と平和(2011年3月6日)』

『畳の上の水練(2011年3月15日)』



『パール判事とゴーマン(2011年3月18日)』

『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『士風と「葉隠」(2011年3月23日)』

『アナクロニズム(2011年3月27日)』




こんにちは。ジューンです。

実は、デンマンさんの記事の中にカイロで

クレオパトラに出会ったというお話があるのですわ。

もちろん、生まれ変わりなどという事を

あなたは信じないでしょう!?

わたしだって信じていませんわ。

それなのにデンマンさんは

真面目になって話しているのですわ。

どうですか?

読んでみたいと思いますか?

「これが人間性の現実なのである」と書いた

塩野七生さんに対して

実際には、血の通った人間を塩野さんは

歴史の本の中で書いていないのではないか?

デンマンさんは、そのように言ってましたけれど、

では、デンマンさんは人間を理解した上で

クレオパトラを書いているのでしょうか?

関心があったらぜひ次のリンクをクリックして

読んでみてください。



『クレオパトラの殺し文句』

(2011年1月27日)




ところで、英語の面白いお話を集めました。

時間があったら覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





2010年12月22日

愛の進化論 (PART 2)


   
愛の進化論(PART 2)





。。。で、あんさんはジューンさんの言葉から、わたしに何を理解しろと言わはるの?
 


生き方は人によって違うけれど、本当に生きたいって言う目的を見つけることが人生なのよ、とジューンさんは言うてるねん。。。わても、そう思うでぇ~。。。

誰にでも言うことは何でも言えますねん。
 
 
“言うは易し行うは難し”
 
 
昔の人は、こないに言うてますやん。 実際に生きるということは言葉どおりにはゆきませんのやァ。

確かに、言う事ならば誰にでもできる。 実際に生きるとなると、いろいろと困難な事に突き当たるねん。 確かにその通りや。

そうですやろう!? そやから、この世には不幸なことが後を絶ちまへん。 あんさんも悲惨な事件を引用していたやおまへんかァ。


2006年12月のNEWSの記憶



去年の暮れに報道された恐ろしい愛情の無い事件です。
先日漸く判決が出ました。
懲役15年

北海道苫小牧の何処かで、
3歳の男児長男&1歳の男児三男の兄弟が鍵の掛かったアパートに閉じ込められ放置され、長男は生米や冷蔵庫のマヨネーズやケチャップで飢えを食い凌いだが、三男は飢餓と低体温症で死亡した痛ましいNEWSです。
昼間に自動的に入る暖房で、餓死した弟が無残に腐食する横で、お兄ちゃんは必死で飢えを凌ぎ生き抜いて、若くて綺麗なホステス嬢のママの帰りを待ち続けた。

でも、ママは特定の交際相手の部屋に住み着いて1ヶ月以上幼子の養育一切を拒み、彼氏と成った男の前で低堕落に過ごす。
渋々そんな中帰宅して幼子放置したアパートに戻った時。
「何で生きてるの?」
と長男を見て驚いた。



三男は既に死亡して腐敗し、其のアパートの一室は異臭で充満していた中、長男はママの帰宅が嬉しくて「ママ、遅いよ」と泣きながら飛びついてきたと冒頭陳述で述べられたと言う。
NEWSでは実際此処から先の情報は途絶えましたけど……。

長男は児童保護施設。
三男は死体遺棄。
謎の次男は2004年突然死(恐らく母親の育児放棄による死亡?)

新たな情報がNEWSで報道されました。
この若いママ逮捕されてから、獄中で実は四男も出産していたそうです。

本来、この少子化の御時世四人も男児を産み育てれば勲章モノです。
育児養育だって様々な福祉でもサービスでも取れるし、母子家庭なら養育施設のサービスだって無料でもやってくれる行政や自治体だって利用すれば慎ましくも幸せな家庭だった筈。

 (中略)

女性として、母親として子を産んだにもかかわらず、子育てを放棄し子供に愛情を顧みない身勝手で自己満足で無情の最悪なお手本とも言えるこの事件。

腐敗して変わり果てる弟の姿を見ながら、育児を放棄され捨てられ餓死する様に狡猾に仕組まれた密室殺人の生贄として「死」を望まれていた事を疑わないでママを寒いアパートの一室で待ち続けた長男。
NEWSでしか知らない他人事でも、自分の周囲でこんな悲痛で酷い事が起きていないとは限らない日本だったりします。

(中略)

こんないい加減なママが子供を殺さない様にする対策って何が有るのか考えてみませんか?

赤ちゃんPOST
児童福祉、児童保護等諸々の施設や相談窓口だってございます。
低堕落なお馬鹿達への生活保護や働かないNEETなんかの支援より、早急に充実して欲しいモノです。

年金問題だのなんだので騒ぐ師走の日本。
「偽」の連中に注ぐ福祉や支援より、どうして「命」に関わる本当の危機に税金が使われないのか考えると、納税者として悔しさばかりが募りますね。
それに堕胎や生命を軽視する様な恋愛何か自慢する馬鹿は子供なんか産んで欲しくは無いし、生殖機能を摘出でもして自堕落に遊べば良い。
危険思想かも知れないけど、記憶の片隅に残るNEWSの最新情報を観て心底そう思いました。

私の意見は極端に偏っているかもしれないけれど、こんな酷い事が無い世界に憧れます。
平成と言う時代にありながら、人間に絶望した事件と私の記憶に残る痛ましい「命」と「死」のお話です。



2007-12-18 09:02




【デンマン注】
「ダ・ヴィンチ」さんは、現在「魔女」というハンドル名を使っています。
一部編集して、画像を加えました。あしからず。

『2006年12月のNEWSの記憶』より

『卑弥子さんと古代ハス』に掲載
(2009年7月22日)




そうなのや。。。めれちゃんは、よう覚えているなァ~。。。このような悲惨な事件は2度と起こって欲しくないなァ。



つまり、亡くなった子どもは、あの世で、わたしと同じように嘆いていると思うのですねん。

生まれてきたことに意味などない

死にゆくことにも意味はない

生きていることに意味を見出そうと

もがきあがき疲労する

諦観するにはまだ早いのか


いや。。。わては違うと思うでぇ~。。。

どう違うねん?

実は、“子殺し”の事で、上の本を書いたおっちゃんが次のように言うてるねん。


私はシデムシというすばらしい昆虫を使って子殺しを研究したことがある。 (中略) シデムシはネズミや巣から落ちたヒナなど小動物の死骸を食べる腐食動物だ。 家族を大切にする数少ない甲虫のひとつで、父親と母親がいっしょに子どもを育てる。 夫婦は力をあわせて死骸を適切な場所まで引きずって行き、地下室に埋めて確保する。 死骸の重さは体重の何百倍もあり、道中には草の根や石ころなどの障害物があるのだから、これだけでも見事な芸当だ。 死骸を埋めると、メスが周囲の土の中に卵を産み、生まれてくる子どもたちのために夫婦で死骸の下ごしらえに取りかかる。 まず、毛や羽を取り除き、球形になるまで地下室の中でごろごろころがし、微生物の繁殖を防ぐ分泌物で覆う。 親がいなくなるとたちまちキノコが生えたり細菌が繁殖したりするから、手抜きはできない。

卵がかえると、両親は固い“さやばね”で腹部をこすって音を出し、幼虫を死骸のある場所に呼び寄せる。 幼虫は死骸をそのまま食べるのでなく、両親のまわりに集まり、両親が死骸を食べて吐きもどす未消化の餌を食べる。 もっと大きくなったら、自分で死骸を食べる。 死骸は骨だけになり、幼虫は丸々太って白くなる。 幼虫が成虫に変身するためにトンネルを掘って入ってゆくと、両親はさっそく別々に飛び立ち、また死骸を探しに行く。

これは心温まる話に聞こえるかもしれないが、暗い面もある、死骸は、赤ん坊のネズミから成体のリスまであり、大きさもまちまちだ。 シデムシは一回の産卵で生まれたこの数を死骸の大きさに合わせているのだろうか。 だとしたら、どうやってなしとげるのだろう。
子殺しだ。

親は子の何匹かを育てると同時にほかの子をむしゃむしゃ食べ、子どもの数を減らし、死骸の大きさに合わせる。
これは、子殺しの進化を促す第一の環境状況を物語っている。
資源の不足だ。





(32-33ページ) 『みんなの進化論』
(Evolution for Everyone)
2009(平成21)年4月25日 第1刷発行
著者: デイヴィッド・スローン・ウィルソン
    (David Sloan Wilson)
訳者: 中尾ゆかり 発行所: 日本放送出版協会




つまり、進化論の立場から見ると上の悲惨な事件も“環境に適応した事件”やったと、あんさんは肯定しやはるの?



いや。。。わてが肯定しているのではないねん。 上の本を書いたおっちゃんが肯定しているのやがな。 つまり、日本では国土の狭さに比べて、あまりにも人口が多くなってしもうたのやがなァ。 ハツカネズミでも狭い檻(オリ)の中にたくさん押し込めると殺し合いが始まると言うねん。 そうやって、生存に適切な数までハツカネズミの数が減ってゆくということやァ。

要するに、日本の人口が増えすぎたので苫小牧の子殺し事件が起きたと、あんさんは言わはるの?

いや。。。わてやのうてぇ、上の本を書いたおっちゃんが、そのような可能性もあると、言うてるねん。

それは詭弁ですやん。 日本の人口が多くなったからってぇ、苫小牧で子殺しが起こるわけがないやん。

あのなァ~、めれちゃん。。。よ~く考えてみィ~なァ。 人口が増えれば、教育環境かて悪くなるのやァ。 つまり、日本の教育の問題やがなァ。 人口が多くなれば、クラスの生徒の数も多くなる。 先生一人当たりの生徒の数が多くなれば、生徒に対する教育の質も落ちてくる。 普通に教育を受けた普通の子どもが大人になれば、子どもを殺すような大人にはならへん。 ところが、日本では、政治の質も落ちている。 そやから、母子家庭やとか、家庭内暴力などにも、きめの細かい政治的な配慮がないねん。 それに加えて教育問題などがあるから、どうしても、シングルマザーを取り囲む環境が悪くなってくるのやァ。 つまり、狭い檻(オリ)の中に押し込められたハツカネズミのようになってしまうわけや。 わての言おうとしている事とが分かるやろう?

分かりましたわ。。。で、その事が『愛の進化論』と関係あるのォ~?

いや。。。『愛の進化論』と苫小牧の事件とは関係ないねん。 実は、上の本を書いたおっちゃんの結婚生活と関係してるねん。 めれちゃんの手間を省くために書き出すから読んでみィ~なァ。




私は学友にどう思われていたかわからないが、ある女の子から思わせぶりな態度を示された。 彼女も生物学に関心があって、私はすっかりのぼせあがる。 彼女は私のはかの男の子とこんなふうに比べた。 ひとりはブロンドで、笑わせてくれる。 その子は昼だと言う。 もうひとりは顔が浅黒くて、つっぱり屋。 その子は夜だ。 「それでね、デイヴィッド、あなたは夕方よ」と言って、彼女は自分の気のきいたたとえを笑った。

最高学年になり、アイビー・リーグの名門大学数校に出願したが軒並み断られ、がっくりきた。 結局、滑り止めと思っていたロチェスター大学に入学する。

 (中略)

ひどく孤独で、ついにメアリーという女の子と図書館で会う約束を取りつけたときには、腹ペコのオオカミがウサギを追って突進するように追いかけた。 メアリーは夜間の講座を受ける学外の人間で、すでに彼氏がいたが、そんなことでひるむような私ではない。 ある春の日、メアリーが彼氏と車で遠出しようとしていた。 私は満開の花をつけたライラックの木から枝を一本丸ごと切り取り、車の後部座席に投げ入れた。



あとで彼女が語ったところによると、それは熱烈な行為で、ライラックのうきうきするような香りが車内に立ちこめた。 ついにメアリーの心をつかんだのだ。

 (中略)

7月末にアルバイトが終わると、メアリーを父と父の二番目の妻べティーに紹介した。 父とべティーはジョージ湖に避暑に来ていた。 二人の人間がメアリーと父みたいにあっというまに嫌い合うのを、私は見たことがない。 メアリーは煙草を吸い、父はパイプのほかにときどき葉巻をふかした。 初対面のときに父は葉巻に火をつけ、メアリーはたぶんへたな冗談のつもりでこう言った。 「葉巻なんて大嫌い---大きいペニスの象徴でしかないわ」。 父にそんなことを言うものではない。 父は憎々しげにほほえみ、言い返した。 「ほう、煙草が小さなペニスの象徴でなくて、何だっていうのかね」

人生はピンボールのごとしというたとえはまだ続き、それから数日のあいだ、 私は電気仕掛けのスティックでひっぱたかれる銀色の玉になった気がした。 まさしく父とメアリーのあいだを行ったり来たりしたのは、ふたりがたがいを避けていたからだ。 何とかしなければならず、私とメアリーはジョージ湖で八月を過ごすのをやめ、愛する「父よけ」カヤックに乗りこみ、650キロを漕いで大学に帰った。

 (中略)

メアリーとの関係はだんだん悪化していったが、どんな人間関係でも努力すればうまくいくというのが私の信念だった。 電話で長々と話し、話しているうちにメアリーはどんどん機嫌が悪くなっていく。 ラヴェルの「ボレロ」の音がだんだん大きくなっていくのに似ていた。 それから、ある種の精神浄化作用が行われたかのように、機嫌を直して電話を切る。 私は疲れ果てる。 ルームメイトはユーモアに富む大らかな男で、電話を立ち聞きして、ついにこんな忠告をしてくれた。

「デイヴィッド、関係を続けようとする努力には感心するよ。 サーカスで頭の上にゾウをのっける怪力男みたいだ。 でもな、ゾウは君の頭でクソしてるんだぞ」。



悲しいかな、こんなにわかりやすい分析をしてもらっても、人間関係はその気になりさえすれば維持できるという信念は変わらなかった。

 (中略)

メアリーとの関係は日に日に、ますます努力を要するようになっていったが、それでも私たちは結婚することにした。 私が大学を卒業した週に大学の教会で式を挙げ、家族全員がつとめて平静を装って出席した。 父も例外でない。

 (中略)

メアリーはスパルタン・ヴィレッジですることがまったくなく、結局、Kマートで店員の仕事を見つけた。 私は夕方に迎えに行き、翌日の昼食にする湿ったサブマリンサンドを特売価格で買う。 メアリーはカメラ売り場に配属され、写真に興味を持った。 最初はほんの趣味程度だったが、やがて求人広告を見て、小さな広告会社の仕事にありついた。 自分を伸ばせる世界がここにあったのだ。 一年とたたないうちに、かろうじてふたりをつないでいたぼろぼろの綱がぷつんとちぎれ、私たちは離婚手続きを申請した。 メアリーは、その後、本職の写真家として成功する。 べつべつの道を歩くことになって私はほっとしたが、大学院の友人が何人かいるだけで孤独だった。 どうすればいいのだろう---飲み屋で女性に近づいて「やあ、ぼくデイヴィッド。 暇なときはいつも動物プランクトンを研究してるんだ」とでも言えばいいのか。 私はいつまでたっても女性の目から見て“夕方”のような気がしていたが、とぼとぼ歩き続けることしかできなかった。

(注: イラストと写真はデンマンが貼り付けました。)




(381-389ページ) 『みんなの進化論』
(Evolution for Everyone)
2009(平成21)年4月25日 第1刷発行
著者: デイヴィッド・スローン・ウィルソン
    (David Sloan Wilson)
訳者: 中尾ゆかり 発行所: 日本放送出版協会




このおっちゃんは、メアリーさんとあれだけ一緒になろうと努力したにもかかわらず、結局別れてしまいはったのねぇ。



そうなのやァ。 頭の上でゾウにクソまでされたのにもかかわらず結婚したのに、別れてしもうた。 うししししし。。。でもなァ、これも進化論の立場から見れば“環境に適応した離婚”だったのや。

マジで。。。?

あのなァ~、このおっちゃんが言うてることなのやけど、甘く切ない恋心も進化論の立場で見ると、生存と繁殖という究極の目的のために奉仕する、と言うのや。

つまり、人生とは生き延びるために食べ、子孫を残すために子どもを作ることだと。。。?

そうなのや。 充分な食料を確保し、快適に暮らし、好ましい結婚相手を見つけ、子どもを立派に育てたいと願う。 これは、進化論に従うと、とりもなおさず“生存と繁殖”のためだと言うのや。

。。。で、本を書いたおっちゃんは、その後、どうしやはったん?

現在の奥さんは、メアリーさんと離婚した後で見つけたアンという、このおっちゃんと同じように生物学の研究者なのや。 二人の間には娘さんが二人生まれて、今では立派に大きくなって幸せに暮らしているそうや。

つまり、“愛の進化論”に従うと、メアリーさんと離婚したのは、不幸ではなくて、より好ましい相手を見つけるための幸福なワンステップやったと、あんさんは言わはるの?

そうやァ。。。つまり、“環境に適応した離婚”やったのやがなァ。 愛の進化の前段階やったのやァ。


【レンゲの独り言】



ですってぇ~。。。
あなたは、デンマンさんが言う“愛の進化論”を信じますか?
本を書いたおっちゃんは、メアリーさんとの離婚話は書いているようですけれど、“愛の進化論”はデンマンさんが主張しているだけのようですわ。

とにかく、あなたに何か反論があったら、ぜひコメントに書いてくださいね。
さらに興味深い話題が続くと思います。
あなたもどうか、またあさって読みに戻ってきてください。
では、また。。。




メチャ面白い、

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こんにちはジューンです。

私は進化論を素直に受け入れることができます。

でも、アメリカやカナダでは進化論を受け入れない人が

日本と比べると比較にならないほど多いのです。

どうして。。。?

なぜなら、人間はサルから別れて進化したのではなく、

人間は神によって創造されたと信じたい人たちが

たくさん居るからです。

つい最近のハリス世論調査ではアメリカ人の

54%が人間は類人猿から進化した種ではない。

そのように答えているのです。

わたしはキリスト教を信じる両親によって

育てられましたが、進化論の影響で

キリスト教と距離を置くようになりました。

ところで、卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ





2010年09月16日

キネマの脇女

 
キネマの脇女







Subj:小百合さん、おはよう!

食欲の秋!

お元気ですか?

きゃはははは。。。




Date: 11/09/2010 11:44:48 AM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間:9月12日(日曜日)午前3時44分
From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
CC: barclay1720@aol.com


9月11日のメールを送ろうとしたらパソコンがシャットダウンですよう。

んもお〜〜

何度か再起動させたけれど、まったく言うことを聞かないので
フジ子・ヘミングの『運命の力』を読み始めました。
フジ子さんの本は、飾らないざっくばらんな言葉で書いてあるので読みやすいんだよね。
それに写真やイラストがたくさんあるので見ていても面白い。
文章が、なんとなく詩になっている。




私は29歳でドイツに留学した。
世間一般から見て、これは遅いでしょう。
でも、遅すぎることはないと思っているわ。
何歳になっても、夢に向かえばいい。
今よりよくなる、前進してみせるって。
明日こそ、来週こそ。
私はもっとうまい演奏をするって
いつも思っていた。
不思議にだいたいそうなるのよ。
耳が聴こえないほうが、
人生楽しいと思えるようになった。
私がうるさいと思うような音、
悪口なんか聞こえないから、
かえって静かでいい。
どんなことでも、ひがんじゃいけない。
それを受け入れていくのが、人生よ。

(25ページ)


う〜〜ん。。。いいね。
次のもいいよ。




恋の楽しさは、ドキドキすること、
きょう逢えるかと、
朝からその人のことばかり考えて。
いつも、夢中になって
好きな人を追いかけていた。
だけど結婚して、
ずうっと一緒に暮らしたいとは思わなかった。
素晴らしいことだとは思うけれど。
私はピアノを弾くために、
恋をしていたのかもしれない。
人を好きになるなら、
物理的にも精神的にも、
適度な距離が大切なんだと思う。

(57ページ)


う〜〜ん。味わい深いよね。




私の歩んできた道は、困難に見えるかもしれない。
インタビューを受けて昔の事を聞かれたりする。
なかには思い出したくないこともある。
人間は何のために生きるのかって考えるけれど、
人生はいろんな苦難を乗り越えていくためにあると思う。
なにもしないで、生きていくのはダメ。

人に名を知られるようになって生活は変わったけど、
私自身はなにも変わらない。
今も昔も嫌なことは嫌と言うし。
それで去ってゆく友達もいる。
嫌なところがあっても、お互いに認め合うことが大事ね。
私自身も、昔はなにかあるとすぐ友達に絶交状を送りつけたこともあった。
もったいないことをしたと、今は思う。

トルストイのいった言葉、
「他人に対して、どうあるべきかを押し付けてはいけない」
をよく思い出す。
人間は身近な関係から、違うところを認め合っていかないといけないわね。

若いときはちょっとちたことでもしゃくにさわって、人を傷つけたりしたこともあった。
それで、夜も眠れないくらいに悩んだこともある。
でも、嫌なことは乗り越えていけばいいのよ。
淡々と空でも見て。
人間がそんな気持ちになれば、戦争も起こらなくなるでしょうに。

(124−125ページ)


う〜〜ん。。。分かるよね。
いいね。

。。。と言う訳で、一気に一冊読んでしまいました。
だので、夕べは、もうパソコンのことも忘れてぐっすりと眠りました。

今朝起きたらパソコンもぐっすりと眠ったようで一発で再起動してくれましたよ。

きゃははははは。。。

それで、9月11日のメールも一緒に小百合さんに書いたのでした。
 
時間があったら気分転換に
次の記事でも読んでね。



『あら、見たのね』

(2010年9月8日)



タグ: あら、見たのね, おそめ, 秋日和, 秋日和秘話, 秋日和裏話, 原節子, 夜の蝶, 小津安二郎, 昭和30年代, 東京物語秘話

カテゴリー: コミュニケーション・人間関係論, デンマンさんが登場, 人生論・人生哲学, 卑弥子さんが登場, 小百合さんが登場, 小百合さんのメール, 小百合物語, 愛の形と色・異性のタイプ, 文学論・芸術論, 日本人・日本文化・生活様式, 日本映画, 読書


映画『秋日和』の裏話です。結構、面白いよ。  
じゃあ、またねぇ。








件名:デンマンさんの帰省も

まじかですね


差出人: "sayuri@hotmail.com"
受取人: "denman@coolmail.jp"
日付: 2010/09/13 18:52
バンクーバー時間: 9月13日(月)午前2時52分


久しぶりにメールを開けました
返信おそくてスイマセン
んー、フジ子 へミングさん
あの方も 年に一度位、
日本を訪れてコンサートをやってますね
CDが欲しい

義父の事とか、実母の事とか、
老人介護で何かと心配なことがあります。
子供の事でも いろいろと気がかりなこともあって、
ゆっくりとクラシックを聞いている時間の余裕も
心のゆとりも無いほどです。

そういえば帰国近し…、
デンマンさんもふるさとが懐かしいでしょう?
ゼリーフライや
行田のフライ
それに焼きそばも…
もうすぐ食べられますね。







ところで、私、欲しいものが(買い物、食料品)
あるんですよ。
動いてもらえますか?
ダメなら いいですよモウ

やってくれるのなら、メールと電話で細々
説明したいのですが
コマーシャル・ストリートとブロードウェイの方まで行ける?
デンマンさんも忙しいでしょうから
一日で終わるリストにします。
では…






デンマンさん。。。ふるさとの味が懐かしいでしょう?



う〜〜ん。。。ゼリーフライ、行田のフライ、「かどや」の焼きそば。。。懐かしいねぇ〜。。。

。。。で、私の欲しい物買ってもらえますか?

小百合さんのためならば、たとえ火の中、海の底。。。うへへへへへ。。。いいですよう。

マジで。。。?

いや。。。もちろん、まだ死にたくないから、火の中や海の底は無理だけれどねぇ。。。うしししし。。。

。。。で、『キネマの脇女』というタイトルの本もあるのですか?

やだなあああァ〜。。。そんなタイトルの本があるわけ無いでしょう!?

だったら、紛(まぎ)らわしから書かないでくださいな。

でも、『キネマの美女』というタイトルの本があるのだから、『キネマの脇女』というのも面白いでしょう。。。そのうち誰かが脇役だけの女優さんを集めて本を出すかも知れませんよう。

。。。で、今日は名脇役のお話ですか?

高橋とよさんのエピソードを脚本家の石堂淑朗さんが書いていたので、僕の記憶が甦(よみが)えってきたのですよう。


友人鬼居る

カチンコを初めて叩いたのが有馬稲子さんのクローズアップで、その有馬さんとまったく馬が合わなかった岡田茉莉子さん、あるいは山田五十鈴さん、淡路千景さん、岸恵子さんといった大スターの花の容貌に酔いながらそこそこに働いた。

しかし映画がこういった看板女優さんだけで出来るわけもない。脇役あっての主役である。文学座の高橋とよさんは小津さんに可愛がられた名脇役の一人で、不朽の名作「東京物語」のプロローグとエピローグで味のある演技を披露している。他の作品では料亭の女将に扮して小津独特のジョークの漣(さざなみ)を楽しげに浴びてもいる。

 (中略)

そんな時、撮影の合間、セットの片隅で相手は確か同期の助監督だったと思うが、新劇絡みの話で議論していたことがある。何かあればすぐに議論する年頃であった。
そこへ高橋とよさんが割り込んできた。



大した役ではなかったので、退屈していたらしい。小津組ほどの緊張感もなかったし、もともと文学座だから新劇話は専門である。
ユージンオニールを巡ってあれこれと話が咲いた後、突然貧乏が話題になった。

と高橋さんがにやにや笑い出して、
わたしたちの周りにも貧乏人だらけ、友人鬼居る、なーんてね

勿論ユージンオニールに引っ掛けてのことだが、余りにも冴えない言い換えだから、私たちは答えようがなくて顔を見合わせた。

たったそれだけのことだが、今も不思議に記憶に残っている。覚える気もないのに何時までも残る言葉もプルースト言うところの無意識的記憶に違いない。




石堂淑朗
昭和7年、広島県生まれ。東京大学卒。
昭和30年松竹大船撮影所演出部に入り、渋谷実監督に師事。
昭和35年独立プロを結成。
フリーのシナリオライター、小説家として活躍




高橋とよ (高橋豊子)
1903(明治36)年、東京に生まれる。
演劇活動の傍ら「理想郷の禿頭」(古海卓二監督1935年作品)でデビューするも、本格出演は昭和21年松竹と契約以降。
押し出しのよさで母親役&オバサン役に重宝がられた。
1981(昭和56)年没。
夫は俳優・伊達信。
代表作: 「お早よう」(小津安二郎監督1959年作品)
オススメ作: 「見上げてごらん夜の星を」(番匠義彰監督1963年作品)




84ページ 『キネマの女』 編者: 文藝春秋
発行所: 株式会社 文藝春秋
1999年5月30日 第1刷発行




私はユージンオニールって知りないのですけれど、その人物を知ると、さらに面白いのですか?



いや。。。特にこのエピソードには関係ないのですよう。。。ただ、名前の中にユージン(友人)が含まれていたので高橋さんが持ち出してきたのだと思いますよう。

ただ、それだけのことですか?

だから石堂淑朗さんも次のように書いているわけですよう。

余りにも冴えない言い換えだから、

私たちは答えようがなくて

顔を見合わせた。


つまり、議論していた石堂さんと同期の助監督は、そのダジャレを聞いて全く白けてしまったと言う訳ですよう。。。その白けた様子が見えるようですよう。。。うししししし。。。

でも、それだけではないと思いますわ。

あれっ。。。別の意味があると言うのですか?。。。でも、小百合さんはユージンオニールを知らないのでしょう?

名前だけは聞いたことがありますわ。


ユージン・オニール

Eugene O'Neill


(1888年10月16日 - 1953年11月27日)



Carlotta(3度目の妻)と

アメリカ合衆国の劇作家。
アメリカの近代演劇を築いた劇作家として知られる。
1936年、ノーベル文学賞受賞。
父親はアイルランド系で俳優のジェームズ・オニール(James O'Neill)。

1888年10月16日、ニューヨーク市のホテルで誕生する。
父は当時の有名舞台俳優で、母は女子修道院学校時代にはピアニスト志望だったこともある専業主婦。
ユージン・オニールの家族はコネティカット州のニューロンドンに夏別荘を所有していた。オニールの最初の記憶は、夏の間そこで過ごしたことである。

幼児期、オニールは父親の旅公演について過ごした。
カトリック系の寄宿学校をでて、プリンストン大学に入学するが中退。
ニューヨーク市職員となるがすぐに退職。その後、性急に結婚。
金鉱発掘の助手、父親の劇団の俳優や助手、ニューロンドンの新聞記者など、様々な職を転々とした。
船乗りとして働いたこともあり、その時期の経験は初期のオニールの戯曲中に題材としてたびたび取り上げられている。

1912年、結婚の破綻、ままならぬ自立などを抱えて、自己嫌悪に駆られ2月に自殺を図るが未遂。
10月に離婚成立。
軽度とはいえ当時は死にいたる病であった結核と診断され12月入院、6ヶ月ほど療養生活を送った。
療養中に戯曲を書くことを思い立ち、処女作『クモの巣』(The Web)を執筆する。
退院後、1914年から1915年の間、ハーバード大学の演劇学教授ジョージ・ピアス・ベイカーが主催する「47ワークショップ」に入り、劇作を学んだ。
このワークショップは、多数の劇作家、演出家、舞台美術家を世に送り出し、アメリカ演劇の発展に貢献した。

デビューからブロードウェイ進出まで

19世紀から20世紀初頭にかけてのアメリカ演劇は、ブロードウェイを中心とする商業主義・娯楽主義の支配下で停滞しており、世界的に注目されるような卓越した作品がほとんど生まれなかった。
演劇人側から、停滞を打破し芸術的改革を行おうとする動きはあった。
そのアメリカ演劇が、ヨーロッパのようにリアリズムを作劇に取り入れて具体的に「近代化」するのは、劇作家ユージン・オニールの登場と時期を同じくする。

1916年、マサチューセッツ州プロヴィンスタウンに拠点を置く小劇場劇団を、オニールは自作の戯曲を持って訪れた。
劇団員による朗読の後、オニールは熱烈に迎え入れられ、その戯曲を上演することになった。
これが、演劇の改革を志していた劇団の一つ「プロヴィンスタウン・プレイヤーズ」とユージン・オニールの出会いである。
メンバーの中にはスーザン・グラスペルがいた。

その時朗読された作品が、オニールのデビュー作『カーディフを指して東へ』(Bound East for Cardiff)である。
オニール本人もこの劇に出演した。
英国のカーディフ港に向かう貨物船の船倉を舞台とする一幕劇。主人公の老水夫は死の床の中、人生に絶望している。
主人公は見果てぬ夢を抱いたまま、カーディフに着く前に死に至る。
劇作家自らが船員だった経験を活かし、その生活を当時としては革新的なリアリズムの手法で提示しつつ、夢、希望、友情、孤独、絶望などについて描いている。
この戯曲は同年に埠頭を改造した小劇場で上演され、大好評をもって観客に受け入れられた。

この成功を足がかりに、プロヴィンスタウン・プレイヤーズはオニールと共にニューヨークへ進出。
グリニッジ・ヴィレッジに劇場をつくり、オニール作の一幕劇を次々に発表し劇団・劇作家共に注目を集めていった。
その多くは、船員時代の経験に題材を取ったものだった。
この活動は、後にオフ・ブロードウェイ運動の始まりの一つであるとみなされるようになった。
この時期、交友仲間のひとりである作家志望のアグネス・ボウルトンと再婚。

1920年、オニールにブロードウェイでの上演の機会が訪れた。
三幕劇『地平線の彼方』(Beyond the Horizon、執筆は1918年) である。
この戯曲はブロードウェイのモロスコ劇場で160回上演された。
人生に失敗した主人公が夜明けと共に死を迎えるという暗い内容のリアリズム劇にもかかわらず、ブロードウェイで成功を収めたことは、当時としては特筆に値する。
オニールはこの戯曲でピュリッツァ賞を受賞した。

出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




高橋さんの駄洒落には言外の意味が含まれていると思うのですわ。



あれっ。。。小百合さんはユージンオニールを知らないと言っておきながら、実は知っていたのですか?

1936年にノーベル文学賞を受賞したのでしょう?

あれっ。。。小百合さんは知っているではありませんか?

今、読んだからですわ。。。うふふふふ。。。

小百合さん。。。こういう時に冗談を言わないでくださいよう。

冗談ではありませんわ。。。私は本当にユージンオニールさんの事を知りませんでしたわ。

それなのに、どうして高橋さんのダジャレに言外の意味が込められていると言うのですか?

常識ですわ。

あれっ。。。つまり。。。僕に常識が無いと言うつもりなのですか?

デンマンさん。。。うふふふふ。。。それほど深刻に受け留めないでくださいな。。。いやですわア。

分かりました。。。それで、その言外の意味というのは何ですか?

高橋さんは明治生まれの女優さんですわ。

うん、うん、うん。。。確かに明治36年生まれと書いてありますよう。

それに対して石堂淑朗さんは昭和の一桁生まれですわ。

そうです。確かに石堂さんは昭和7年の生まれです。

石堂さんと議論していた同期の助監督さんというのも、だから当然、昭和の一桁生まれですわ。

うん、うん、うん。。。確かにそうですよう。

次のように書いてありますわ。

新劇絡みの話で議論していたことがある。

何かあればすぐに議論する年頃であった。


おそらく当時の石堂さんと相手の助監督さんは20代の後半だったのですわよ。議論したい年頃ですわ。

うん、うん、うん。。。確かに僕にも覚えがありますよう。何かにつけて白熱した議論をしたい年頃なのですよう。

石堂さんと相手の助監督さんも、おそらく喧嘩が始まると思うほど議論が白熱していたのですわ。

う〜〜ん、なるほど。。。それで。。。?

だから、若い二人が。。。助監督といっても高橋さんの目には、まだ世間の事もよく分からない青二才に見えたわけですわ。。。それなのに、大人げも無く貧乏の事であれやこれやと白熱した議論をしている。。。言ってみれば、馬鹿らしい。

なるほど。。。つまり、貧乏の事で、今にも喧嘩が始まりそうな白熱した議論をしていたので、それを止めに入ろうとして駄洒落を飛ばしたと小百合さんは言うのですか?

そうですわ。。。それ以外に考えられませんわ。

う〜〜ん。。。なるほど。。。つまり、高橋さんは次のように言いたかったのですか?

あなたたち、いい加減にしなさいよう…

ユージンオニールについて

話しているのでしょう。

貧乏のことなど、

全く脇道にそれた議論じゃないの。

テーマはどうなったのよう。。。?

喧嘩が始りそうなほど唾を飛ばして

やりあっている場合じゃないでしょう?

助監督二人が仕事場で

みっともないったらありゃしないわ。

いい加減にしなさいよう。


高橋さんは内心では、そのように思ったのですわ。。。それで次のように言ったのです。

わたしたちの周りにも貧乏人だらけ、

友人鬼居る、なーんてね


なるほど。。。小百合さんってぇ、意外に文学の素養があるのですねぇ〜。。。

そのように、取って付けたように煽(おだ)てないでくださいな。。。。おほほほほほ。。。


【卑弥子の独り言】



ですってぇ〜。。。
確かに、小百合さんの解釈って40代のおばさんらしいのでござ〜♪〜ますわ。
うふふふふふ。。。
高橋とよさんの気持ちが実に良く分かるお年頃なのですわ。

とにかく、次回は、もっと面白いお話が続きますう。
だから、あなたもどうか、また明後日、読みに戻ってきてくださいましねぇ。
では、またぁ〜。。。



 
メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

なるほど。。。

小百合さんの解釈は素晴らしいと思いますわ。

確かに20代の頃は何かと議論が

したい頃なのですよね。

30代になると世間ずれがしてきて

10代や20代の頃みたいに

議論したい気持ちが

失(う)せてしまうのですわ。

つまり、議論することが「青二才」、「青臭い」

そう思えてしまうのですわ。

大人になるというのは

あるいは分別盛りと言う事は

若い頃のように唾を飛ばしてまで

議論しなくなると言う事かもしれませんわ。

なんだか、そんな風に感じました。

ところで、英語の面白いお話をまとめました。

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次のリンクをクリックして

読んでくださいね。

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とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。






2010年08月06日

興信所を使ってみたら?



興信所を使ってみたら?

興信所を使ってみたら?



おほほほほ。。。。

卑弥子でご

ざ〜♪〜ますわよゥ〜

あなたにお会いしたくて

また出てきて

しまったのよォ〜。

ええっ?

あたくしと、そう度々

会いたくないのォ〜?

んも〜〜

そんな、冷たいことを

言わないで頂戴よゥ!

あたくしは、あなたに

お会いしたいので

ござ〜♪〜ますのよォ〜

ええっ?そんなことよりも

興信所の話を早くしろ!

そう、おっしゃるのですかぁ〜?

あたくしよりも興信所の方がいいのですかぁ〜?

冷たいお方ぁ〜〜

分かりましたわァ。

そのために出て参りましたのですから

うふふふふ。。。。

説明しますわよう。




あなた、これまでに探偵・興信所を利用するメリットを考えたことがありますか?

ええっ?探偵を使うような、そんなヤバイ事は無いの?

そうかしら。。。?

いいえ、あたくしはあなたにヤバイ事があると言っているのではないのですよ。

ただね、こう言う事にも探偵・興信所を使う事が出来るのか?
そういう発見があるのではないかと思って、あたくし、お話しするのでござ〜♪〜ますのよ。

例えば、誰にでも悩みがあります。
悩みのない人ってありません。

ええっ??あなたには悩みが無いの?

そんな事はありませんわよ。
諺にもありますでしょう。

“無くて七癖、あって四十八癖”

分かるでしょう?無いようでいて、人には七癖あるのですよ。
クセがあると思っている人には48クセもあるわけですよね。

悩みも同じなんですのよ。
無いと思っている人にも悩みは7つぐらいあるものなのです。

あたくしのお話を聞けば、きっとあなただって興信所を使ってみたくなるはずですわ。
おほほほほ。。。

では、前置きはこのぐらいにして。。。

真実を知ることで、これまでモヤモヤしていた悩みが解決されるこてってありますよね。
確かな「証拠」や「資料」を収集することで、より多くのメリットが発生します。



例えば、誰もが考え付く事ですが、浮気調査。。。

調査資料が有効な証拠となり、その後の離婚等の交渉を有利に進めることができます。
慰謝料や親権等の示談や裁判において有利に展開することができます。
また、離婚が裁判にまでいたるケースにおいて重要な「資料」として活かされます。

例えば。。。、

結婚相手の素行調査
 
素行調査をあなた自身が行うには、情報収集能力や調査ノウハウ等に関して限界がありますよね。
第一、相手はあなたのことを知っています。
影でコソコソ嗅ぎまわっているのは、あまり良いものではありませんよね。
そういう時に探偵社・興信所に依頼するのは賢明な方法です。

行方調査

実際のケースとしては、警察に届出をした上で行方調査を依頼される方が大半です。
これは、警察の捜査能力の問題ではなく、警察が一個人のために費やす時間とエネルギーには限度があるからです。
雪山遭難等の場合などの特殊なケースでない限り単に「届出」としての有効性しかありません。
そういうわけで、行方調査を探偵・興信所に任せる人は多いものです。

ストーカー対策



これも最近増えてきましたよね。
ストーカー規制法が施行された現在でも被害が絶えないのです。
あなたもストーカー行為をされた事があるのではないですか?
「警察に届け出ても何もしてもらえなかった」との声も聞かれることがあります。
こんな時には、“ストーカー被害の証拠集め”が重要となってきますよね。
この“ストーカー行為の証拠”を警察に持参することで、捜査対応も大きく変わってきます。
このようなことにも探偵社・興信所を利用する事が出来ます。

この他にも“嫌がらせ”がありますよね。
警察に行くのはなんとなく抵抗がある。
でも、一人ではどうにもできない。
そんな時、相談できるのが“探偵無料相談所”です。

つまり、あなたの悩みが探偵社・興信所を使って解決できるか?
その事を相談するわけですのよ。
もちろん無料でござ〜♪〜ますわよ。

どうですか?
ちょっと興味がわいてきたでしょう?

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ネットで相談する限り無料なのですからね。
おほほほほほ。。。。



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おほほほほ。。。。

また現れて、

くどいようでござ〜♪〜ますけれど。。。

とにかく、この十二単でしょう。。。

夏はつらいのよねぇ〜〜

だから食欲の秋を

楽しみにしているのでござ〜♪〜ますわ。

おいしいものが食べたいですわよねぇ。



あたくしはカツオのタタキが大好物なのよ。

ええっ?マツタケご飯じゃなかったのかって。。。?

そうなのよ。良く覚えているわねぇ〜。

マツタケご飯も大好物なのよ。

でも、カツオのタタキも大好物なのよゥ。

あなたもカツオのタタキを作ってみてね。

ええっ?

良い材料が手に入らないのォ〜?

心配する事は無いのでござ〜♪〜ますのよゥ!

貴方もこうしてネットをやって、

あたくしの記事を読んでいるのですから、

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ええっ?でも、オンラインショップでは

カツオを売っていないよゥ。。。

それもそうよね。。。

活きの良いカツオは近くのお魚屋さんで買ってよね。

おほほほほ。。。

ところで、あたくしがマスコットギャルをやっている

次のサイトも見てね。

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貴方、ホントに見てね?

ダメよ!そうやって生返事ばかりして、

この場をうまく誤魔化そうなんてぇ〜

そういうコスイ考え方は、お止めになった方が

良いのでござ〜♪〜ますわよゥ〜。

見てよね。お願いねぇ。

面白いフォーラムや記事がたくさんあるのよ。

うふふふふふ。。。。

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。





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