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2008年09月30日

心の魔術


 
 
心の魔術




エロい乱歩

2007-04-13 13:53



デンマンさん
わたしの言う「エロい」は、
やはり少々お下品だったかな?
この表現って、
わたしにとっては「ギャグ」に近いんですよ
わたしは関西人のなかでも特に?
ウケをねらう傾向が強すぎるものでして、
必要以上に自分をコミカルにデフォルメするという、わるーい癖があるんですよね

で、回答へとまいりますね。。。

江戸川乱歩全集に関してですが、
とにかく横尾氏のイラストが、
エロチックだったのです。
幼いころから、女性の肉体の美しさに
強烈に魅了されていたわたしは、
偉大な画家たちの描く裸婦や、
女性のヌード写真を見て
「わたしも早くこんな風にキレイになりたいなあ!」
と、成熟へのあこがれを強く感じていました。

乱歩の作品自体については、
エログロナンセンス」の時代特有の、
妖しげな表現に魅せられました。


「人間椅子」での、愛する女性のソファに、
自ら入り込み、悦楽にひたる男の異常な愛などは、
「家畜人ヤプー」に通じるものがあり、
それはむしろ、純粋なものすら感じました。

そういえば…
乱歩の時代のことが知りたくて、
おばあちゃんに
(今は亡き愛するおばあちゃんです!)
「見世物小屋行ったことある?」
「衛生博覧会って、どんなんやった?」
などと、聞きまくっていたものです

「チャタレイ夫人の恋人」ですが…
ぶっちゃけエロい箇所の拾い読み、
というのが事実です!
だってねえ…あの小説の大半は、
ロレンスの思想の
展開だと思いませんか?

小学生のわたしに、そんなものを理解できるような
知性も理解力もなかったっす…
で、大人になってから読み返したのですが、
森の番人の野卑でありながらも、
深い洞察力に満ちた性格に、
恋愛感情にも似た気持ちを感じました。
おまけに、セックスは上手ですしね(キャー!)

女性が自らの性欲を恥じる必要など
ないということを、
わたしは少女時代に、
あの小説によって知ったのかもしれませんね。

フロイトも、ヒステリーの原因は、
性的欲求不満であると、言ってましたよね?
セックスとは、
愛を基盤とした自由なものであるべきだと、
わたしはずーっと信じてます!

by レンゲ




『おばさんパンツ (2007年10月6日)』より




デンマンさん。。。、どうして、また、あたしの手記を持ち出してきたのですか?



実は、僕は江戸川乱歩の作品をどれ一つとしてじっくり読んだことがないのですよう。

興味がなかったのですか?

はっきり言ってしまえば、そうなのですよう。前にも書いたけれど、推理小説は、一口で言ってしまえば謎解きですよう。トリックとか、伏線とか、「目くらまし」とか。。。いろいろと手の込んだ事を文章の中に書き込んである。不必要な飾りをゴテゴテと塗りたくった絵のように、僕には悪趣味に映った。推理小説や探偵小説は文学として一段も二段も低いものと思っていたのですよう。

つまり、食わず嫌いなところがあったというわけですか?

そうなのですよう。江戸川乱歩が書いていた通りですよう。


欺瞞の根本原理



上の図を見てください。
O は円の中心、 AB の長さ 14センチ、 BC の長さ33センチという事だけ分かっている。この円の半径は何センチですか。
別にむつかしい計算は要りません。
30秒で答えてください。
もし30秒で答えられなかったら、考えるのをやめて、この小文を終わりまで読んでください。

 (中略)

手元にあったロースン (Clayton Rawson) の長編は Death from a Top Hat (1938)というので、この題名は手品師のシルクハットから兎や鳩が飛び出すように、「死」が飛び出したという意味。ディクスン・カーが褒めるはず、この作はカーの手品趣味をさらにいっそう極端にした徹底的な手品文学である。

 (中略)

その他、この小説にはオカルティズムと手品趣味が充満していて、手品小説愛好者をヘトヘトに堪能させてくれる。結末の種明かしそのものには非常な創意があるとは云えないが、そこまでの道程が面白いのである。カーですら極端だと思っていたのに、そのカーに輪をかけて極端な手品作家に接して、上には上があるものと、ほとんど呆れた次第である。

冒頭に記した謎の図も、マリーニー(主人公探偵)がこの図を描いて警部ともう一人の人物に示し、探偵学の一助とするのである。この図を示されると、誰でも一応は、図の半径 AO の内の AB の長さが分かっているのだから、残りの BO の長さを求めればよいと考える。 ところで、BOC という不等辺直角三角形の底辺 BC の長さは分かっているが、その他に何もデータがないのだから、これだけではどうしても BO の長さを算出する事ができない。これは不可能だ。とてもむつかしいと考える。そう考えたらおしまいである。まんまと手品師の術中に陥ったのである。

そんな考え方をしないで、BC を対角線とする矩形(くけい)を良く見ればよいのである。そして O から発して BC と相交わるもう一つの対角線を描いてみる。すると矩形に置ける二つの対角線の長さは相等しいのだから、O から円周に達する対角線の長さは即ちこの円の半径で、それは BC と同じく33センチなのである。

マリーニー名探偵は云う。
「どうだい、答えはちゃんと君の目の前にさらけ出されていたじゃないか。君はそれを見なかったのだ。なぜかというと、AB という余計な太線があり、その長さを14センチと、何か意味ありげに示してあったので、その残りの細線の長ささえ算出すれば半径が分かると、ついその方に気をとられてしまうからだ。この「目くらまし」にかかって、君の論理は脇道にそれ、袋小路(ふくろこうじ)に突き当たってしまった。手品師がハンカチや時計を消して見せるトリックも全くこれと同じなんだよ。左手で何か細工をしようという時には、見物の注意を右手の方に集めるのだ。右手にその品を握っていると思わせるのだ。そして、見物の目が右手に集中されているひまに、易々(やすやす)と左手で物を隠してしまう。見物は全然左手なんか見てやしないんだからね。つまりこの図のAB線は手品師の右手に当たるわけだよ」

名探偵はさらに言う。
「観察力がうまく間違った方向に導かれると、どんな利巧な見物でもごまかされてしまう。これが欺瞞の根本原理だ。この原理は手品師ばかりではなく、賢い犯罪者と、それから探偵作家が常に用いている。だから、これさえ飲み込んでいれば、君は手品や犯罪や探偵小説に欺かれる心配はないわけだよ」




785−789ページ
江戸川乱歩全集 第30巻 「わが夢と真実」
光文社文庫 2005年6月20日 初版1刷発行




『愛と心の構造 (2008年9月28日)』より


つまり、僕は推理小説の「右手」だけしか見ていなかったのですよう。

先入観が「目くらまし」になっていた。。。デンマンさんは、そうおっしゃるのですか?

そうなのですよう。

それで、あたしの手記ですけれど。。。それが、推理小説の「右手」と関係あるのですか?

関係あるのですよう。僕が初めて推理小説の「左手」に気づかされたのがレンゲさんの上の手記を読んだときだったのですよう。

どう言う事ですか?

だから、江戸川乱歩は謎解き作品だけを書いていた、と僕は思っていたのですよう。松本清張さんが『点と線』を書いて推理小説ブームを巻き起こしたけれど。。。僕も『点と線』を読んだけれど、イマイチだった。推理小説よりも、清張さんが書いたノンフィクション作品に僕は引かれて、もっぱらそっちの方ばかりを読んだのですよう。

それで、江戸川乱歩の作品を読む気にならなかったのですか?

そうですよう。推理小説では乱歩さんの方が清張さんよりも有名だったけれど、そう言う訳で僕は乱歩さんの作品を一つも読んでいなかった。

。。。で、あたしの手記を読んで、どうだとおっしゃるのですか?

だから、初めて江戸川乱歩の「左手」を見せられたように思った。

その「左手」とは。。。?


「人間椅子」での、愛する女性のソファに、

自ら入り込み、悦楽にひたる男の異常な愛などは、

「家畜人ヤプー」に通じるものがあり、

それはむしろ、純粋なものすら感じました。


この部分を読んで、江戸川乱歩が“愛する女性のソファに、自ら入り込み、悦楽にひたる男の異常な愛”を書いていたのか?。。。それは、全く僕の知らない江戸川乱歩だった。もちろん、彼の作品を一つも読んでいなかったのだから、乱歩が推理小説作家で有名だったということぐらいしか知らなかった。

。。。で、あたしの手記を読んで、乱歩に興味が湧いてきたとおっしゃるのですか?

そうなのですよう。先日、たまたま用事があってロブソン・ストリートを歩いて銀行に寄って、用事を済ませてから天気が良かったので散歩もかねて市立図書館まで歩いて行ったのですよう。





日本語図書の棚の前をブラつきながら面白そうな本を探したのだけれど、その時、文庫版の『江戸川乱歩全集 第30巻』が目に付いた。

それで、借りてきたのですか?

そうですよう。レンゲさんの手記を読んでいなかったら、僕はその前を通り過ぎていたのですよう。

江戸川乱歩の「左手」を見てみようと思ったわけなのですね?

そうですよう。それで、僕はこの時、「漫画 歎異抄」と一緒に借りてきたのですよう。





漫画と一緒にですか?。。。取り合わせが面白いですね。

そうでしょう。。。うしししし。。。

『江戸川乱歩全集 第30巻』を読んだので、こうして記事を書いている。。。この事が言いたかったのですか?

もちろん、それだけではありません。乱歩の「左手」を見ただけのことはありました。

例えば、どういうところが面白かったのですか?

次の箇所は、とりわけ興味深いと思って読みましたよう。


私(江戸川乱歩)は、この第一回と第四回の入選作を一読したが、最近作の第四回のものに彼女(ドロシイ・ソールスベリ・デイヴィス)の特徴が最もよく出ているように感じた。
「クイーン雑誌」はその作の解説文に、探偵小説の着想の出発点となるものは、本のちょっとした見聞である場合が多いことを、実例をあげて示しているが、デイヴィス夫人のこの作も、その着想は夫の出演しているラジオのスタジオで得られたものだという。
夫人がラジオ劇の演出を見物していると、配役表の中にない40才余りの女が役者の間に混じっているので、変だなと思っていた。



すると、やがて台本の「赤ん坊」という箇所に来ると、その女がマイクロフォンに近づいて、いきなり泣き出した。それが赤ん坊の泣き声にそっくりであった。
どんなに本当らしかったかということは、母親役の女優が、つい引き入れられて、その40女の背中に手をまわして、なでさすったり、まるで本物の赤ん坊をあやすようにしながら、次の自分のセリフを云ったのでも分かる。
デイヴィス夫人は、その奇妙な光景を見て、この作(“Backward, Turn Backward” by Dorothy Salisbury Davis)を思いついたというのである。

この作では、19才の少女がクライマックスで大声を立てて泣くのだが、その時、人々は初めて彼女の泣き声を聞いてびっくりする。それは赤ん坊の泣き声とそっくりであった。そして、それがこの作全体のトリックとして使われているのである。

これは「優しき殺人者」とも相通ずる一種奇妙な味であり、ここにデイヴィス夫人の持味とも云うべきものが感じられる。
私はかつて、英米の古典短編を吟味する評論を書いた時、「奇妙な味」という一章を設け、その代表作として、ロバート・バーの「健忘症連盟」やヒュー・ウォルポールの「銀仮面」などを挙げたことがある(「幻影城」に収む)。

「奇妙な味」というのは実に下手なあいまいな形容で、結局実例によって悟ってもらうほかはないのだが、新人デイヴィス夫人の作風に、私はやはりこの「奇妙な味」の部類に属するものを感じたのである。




627−628ページ
江戸川乱歩全集 第30巻 「わが夢と真実」
光文社文庫 2005年6月20日 初版1刷発行


この上の引用のどの箇所にデンマンさんは、それ程興味を覚えたのですか?

「奇妙な味」ですよう。40才の女性が泣いたら、まるで赤ん坊が泣くのとそっくりだったと思ってデイヴィス夫人はビックリした、と乱歩は書いている。確かに、それは奇妙な経験だったに違いない。

デンマンさんも同じような経験をしたのですか?

そうなのですよう。でも、僕の場合には、全く逆だったのですよう。

逆ってぇ。。。赤ちゃんが泣き出したら、まるで40才の女性のような泣き方をしたのですか?

これもレンゲさんの次の手記を読んで感じた事ですよう。ちょっと読んでください。


そこまで人を駆り立てる物って

何なんだろう?




2005/01/08 01:28

わたしは「家畜人ヤプー」の
沼 正三氏を思い出す。
彼の思い描いた壮大なユートピア。
イマジネーションとリビドーが
彼を書かずにはおかせなかったのだろう。

彼は夜な夜な
そのイメージの世界へと旅立ち、
恍惚の笑みを浮かべ、
自分が創り出した女神たちに奉仕し、
虐げられていたのだろう。



表の顔とのギャップが大きいほど、
秘められた場所での彼の悦びも、強く、
刺激的になり、
仮想ユートピアも、あざやかに、
現実のものとなっただろう。

それは、彼の知性が高かったために、
そのような壮大な世界を
得ることができたのであって、
凡人ならば、実際に血の通った“女神”を必要とするのだ。

ユートピアといえば、トマス・モアを思い出すが、
彼は自分のおかれている現実にたいして多くの不満を持ち、
そのうち想像と妄想を結実させ、あの作品を書いた。

人の欲望、不平、不満は、時に妄言などを生み出し、
何らかの「アンチ」な行動に向かわせる。
それが社会を動かす力となるか、
ただの変人呼ばわりで終わるかは、
本人の死後、評価が決まるかもしれない。

by レンゲ  




『性と愛と負の感情 (2006年7月2日)』より

この本を読んでみたい人は次のリンクをクリックすると紹介サイトへアクセスできます。
■ 『「家畜人ヤプー」紹介ページ』


このレンゲさんの手記を読んだ時に僕はデイヴィス夫人の驚きを感じたのですよう。

あたしの上の手記を読んでですか。。。?

そうですよう。

一体どのような驚きですか?

僕のオツムの中のレンゲさんのイメージは次のように天真爛漫なかわゆい女の子なのですよう。



デンマンさんは、あたしがこのようなかわゆい女の子だと思っているのですか?

そうですよう。レンゲさんは天真爛漫で、実にかわゆいところがあるのですよう。

どうして、そう思うのですか?

かつて、レンゲさんは次のような詩を書いていたのですよ。




コンビニにて





2004/12/24 23:06

帰り道にファミマに寄りました。
ぶたまんが恋しくなったからです。

でも、それだけ1個だけしか
買わないなんて

なんだか駄菓子屋で
チョコバット1本・・・
みたいな、へんな恥じらいに
おそわれて、

ピザまんも、
連れてかえってきました。

よしよし、ピザまんチャン 
(^Д^)うふっ♪
次はあなたの番よ。。。!



by レンゲ




『不倫女じゃないわぁ〜』より




この詩ならば、次のようなかわゆいイメージの女の子が書くだろうと思うのですよう。



それでデンマンさんは、あたしがメチャかわゆい女の子だと思い込んでしまったのですか?

いや、レンゲさんは実にかわゆいところがあると今でも僕は思っていますよう。

。。。で、その上の『そこまで人を駆り立てる物って何なんだろう?』を読んだ時にはどのようなイメージが思い浮かんだのですか?



こうしてレンゲさんが急に年を重ねてしまったような錯覚に陥ったものですよう。うしししし。。。


【レンゲの独り言】



ですってぇ〜♪〜。。。
おばあちゃんにされてしまいましたわ。

上の“ピザまん”の詩と“家畜人ヤプー”の手記は、それ程、年の差を感じさせるものでしょうか?
あなたは、どう思いますか?

まだ、まだ面白いお話が続きそうです。
あなたもどうか、また、あさって読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。




メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

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そうですよね。

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見かけだけ、外見だけでは

相手の表面的なことだけしか分からないものです。

デイヴィス夫人の驚きは

40才の女性の泣き方がまるで赤ちゃんのようだった。

デンマンさんの驚きは

“ピザまん”の詩を作る10代のかわゆい女性だと思っていたら、

人生経験をつんだ60代の女性が書くような手記も書いていた。

あなたも似たような経験があるでしょう?

さて。。。“人は見かけによらぬもの”を

英語で何と言うのでしょうか?

考えてみた事がありますか?

次のように言いますよ。

You must not judge a person

only by the appearance.


また、次のように言う事もできます。

Things are not always

what they seem.

真実は、見かけ通りとは限らない。




ところで、英語の面白いお話を集めました。

時間があったら、ぜひ覗いてくださいね。

■ 『あなたのための 楽しい英語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。






2008年09月29日

女帝の業(ごう)

 
 
女帝の業(ごう)






防人の歌碑の前に立つ小百合さん



投稿日時: 2008/09/22 03:58 (ロンドン時間)
日本時間: 9月22日 午前11時58分
バンクーバー時間: 9月21日 午後7時58分



防人の歌碑のところまで行って、
新しい道を探して 見つかった時の 新鮮さ。
長男や次男のこと、デンマンさんのことも
忘れて 自分だけのことで 走り回ってました。




■ 『ビバ! 白鳥の湖 (2008年6月15日)』
(防人の歌碑については上の記事を読んでみてね。)

“防人の歌”。。。懐かしいですねぇ〜。

そうです。そうです。
あの防人の歌の歌碑も、小百合さんと一緒に見たいものですね。




日の暮れに

うすひの山を

越ゆる日は

背なのが袖も

さやに振らしつ

 
 

(巻第十四 東歌 三四〇二

詠み人知らず)

現代語訳:

日の暮れ時に、碓氷の山の峠を越える日に、
我が夫が、別れの時に目につくほどはっきりと袖を振っていたわ。

峠を越えて去ってゆく夫を慕う妻の心情を詠んでいる。







ひなぐもり

うすひの坂を

越えしだに

妹が恋しく

忘らえぬかも

 
 

(巻第二十 四四〇七

他田部子磐前 [おさたべの子いわさき])

現代語訳:

ひなくもり(碓氷を導く枕詞)碓氷の坂を越える時は、
国へ置いてきた妻のことが恋しくて忘れられない。

碓氷峠越えの別れの恋歌。


■ 『夢のホテル (2008年5月8日)』より



昭和25年ごろの手書きのマップを見つけ
コピーして 今大切に見てます。
大きくして額に入れようかな〜 

本当に 雲場池のところに ニュー グランドホテル
と書いてあった。 
1度見てみたい 竈岩(かまどいわ)
白人はジャイアントチェアー と呼んでいたらしい。
南のプリンススキー場の裏側なので 見たこと無いです
ごめん ごめん 私の事ばかり


うん、うん、うん。。。
小百合さんの事を、もっともっと書いてくれてもいいよう。




私 今月末と思ったら 10月末 よね。
ネットカフェ・コンコルドであわてて デンマンさんの旅程表を見たから
勘違いしてました。
あと1ヶ月ですね。


まだ1ヶ月以上ありますよう。
でも、1ヶ月なんてすぐに経ってしまいますからね。

僕は1ヶ月分の記事を用意しなければならないので、
この1ヶ月間は大変です。


これ SUBMIT できるかな
何だか お気に入りが減ってるし、マウスはどっか
無くなってるし やりずらいなー

これが 現実の世界ですよ、今日も次男坊と
喧嘩がはじまりそうー。

では 今日も洗たく 掃除...
今から始めます。

では、また。。。

小百合より




そうですよう。そうですよう。
軽井沢は、小百合さんにとって“今一つの世界”なのですよう。

日常茶飯事から開放されて、小百合さんの“夢とロマンの生活”を軽井沢に求めているのですよう。
つまり、それこそ小百合さんの“女の世界”です。
デンマンの“ロマンポルノ天国”と重なると思うのですよう!
うしししし。。。

行田で元気に再会しましょうね。
“恍惚のハグ”を楽しみにしていますよう!
じゃあね。








投稿日時: 2008/09/22 07:16 (ロンドン時間)
日本時間: 9月22日 午後3時16分
バンクーバー時間: 9月21日 午後11時16分

『帰省スレッド』より
ロンドンの“ビーバーランド e-XOOPS”




また、防人の歌でござ〜♪〜ますか?



そうですよう。防人に狩り出された人たちは苦労したのですよう。苦労どころか、3年こき使われて九州から関東平野まで歩いて帰ってくる途中で、追いはぎや山賊に襲われて亡くなってしまった人もたくさん居たのですよう。

つまり、上の歌は今生(こんじょう)のお別れの歌なのですか?

そうですよう。もう2度と会えないかもしれないと思いながら防人は九州に出かけて行ったのですよう。

。。。んで、大伴家持のおじ様は防人の世話をする役目についていた事があるのでござ〜♪〜ますか?

そうなのですよう。だから、防人の悲劇をたくさん見たのですよう。

。。。んで、万葉集にも防人の歌をたくさん載せて、大伴のおじ様は当時の政府の非情なやり方を後世に伝えようとしたのでござ〜♪〜ますか?

その通りですよう。

。。。んで、さらに、持統天皇の陰謀、柿本人麻呂の悲劇までも大伴のおじ様は万葉集の中に書き残そうとしたのでご〜♪〜ざますか?

そうなのですよう。万葉集をしっかりと読めば、そのような史実がちゃんと書いてあるのですよう。

でも、そのような事をあたくしは学校で教わりませんでしたわ。

それはそうでしょう。万葉集を歴史書だと教える先生は居ないでしょうからね。万葉集は「日本最古の歌集」だと先生は教えますよう。

でも、実は歴史書なのでござ〜♪〜ますか?

ちょっと次の書評を読んでみてください。クイズを持ち出してきて、全く関係ないじゃないか!。。。そう思わずに面白いから最後まで読んでみてくださいね。


欺瞞の根本原理



上の図を見てください。
O は円の中心、 AB の長さ 14センチ、 BC の長さ33センチという事だけ分かっている。この円の半径は何センチですか。
別にむつかしい計算は要りません。
30秒で答えてください。
もし30秒で答えられなかったら、考えるのをやめて、この小文を終わりまで読んでください。

 (中略)

手元にあったロースン (Clayton Rawson) の長編は Death from a Top Hat (1938)というので、この題名は手品師のシルクハットから兎や鳩が飛び出すように、「死」が飛び出したという意味。ディクスン・カーが褒めるはず、この作はカーの手品趣味をさらにいっそう極端にした徹底的な手品文学である。

 (中略)

その他、この小説にはオカルティズムと手品趣味が充満していて、手品小説愛好者をヘトヘトに堪能させてくれる。結末の種明かしそのものには非常な創意があるとは云えないが、そこまでの道程が面白いのである。カーですら極端だと思っていたのに、そのカーに輪をかけて極端な手品作家に接して、上には上があるものと、ほとんど呆れた次第である。

冒頭に記した謎の図も、マリーニー(主人公探偵)がこの図を描いて警部ともう一人の人物に示し、探偵学の一助とするのである。この図を示されると、誰でも一応は、図の半径 AO の内の AB の長さが分かっているのだから、残りの BO の長さを求めればよいと考える。 ところで、BOC という不等辺直角三角形の底辺 BC の長さは分かっているが、その他に何もデータがないのだから、これだけではどうしても BO の長さを算出する事ができない。これは不可能だ。とてもむつかしいと考える。そう考えたらおしまいである。まんまと手品師の術中に陥ったのである。

そんな考え方をしないで、BC を対角線とする矩形(くけい)を良く見ればよいのである。そして O から発して BC と相交わるもう一つの対角線を描いてみる。すると矩形に置ける二つの対角線の長さは相等しいのだから、O から円周に達する対角線の長さは即ちこの円の半径で、それは BC と同じく33センチなのである。

マリーニー名探偵は云う。
「どうだい、答えはちゃんと君の目の前にさらけ出されていたじゃないか。君はそれを見なかったのだ。なぜかというと、AB という余計な太線があり、その長さを14センチと、何か意味ありげに示してあったので、その残りの細線の長ささえ算出すれば半径が分かると、ついその方に気をとられてしまうからだ。この「目くらまし」にかかって、君の論理は脇道にそれ、袋小路(ふくろこうじ)に突き当たってしまった。手品師がハンカチや時計を消して見せるトリックも全くこれと同じなんだよ。左手で何か細工をしようという時には、見物の注意を右手の方に集めるのだ。右手にその品を握っていると思わせるのだ。そして、見物の目が右手に集中されているひまに、易々(やすやす)と左手で物を隠してしまう。見物は全然左手なんか見てやしないんだからね。つまりこの図のAB線は手品師の右手に当たるわけだよ」

名探偵はさらに言う。
「観察力がうまく間違った方向に導かれると、どんな利巧な見物でもごまかされてしまう。これが欺瞞の根本原理だ。この原理は手品師ばかりではなく、賢い犯罪者と、それから探偵作家が常に用いている。だから、これさえ飲み込んでいれば、君は手品や犯罪や探偵小説に欺かれる心配はないわけだよ」




785−789ページ
江戸川乱歩全集 第30巻 「わが夢と真実」
光文社文庫 2005年6月20日 初版1刷発行




『愛と心の構造 (2008年9月28日)』より


このクイズが万葉集と大伴家持おじ様に関係あるのでござ〜♪〜ますか?

そうですよう。日本人の多くは万葉集が日本最古の歌集だと長い間、思い込まされてきたから、重要な歴史的事実を見逃してきたのですよう。

つまり、万葉集が“歌集”だと言うのは「目くらまし」なのでござ〜♪〜ますか?

そうですよう。そのようにしない限り、つまり、歌集として世に出さない限り、後世の我々に持統天皇の陰謀や柿本人麻呂の悲劇を伝える事ができなかったのですよう。

要するに、当時の藤原政権は、大伴家持のおじ様にまんまと騙されてしまったのでござ〜♪〜ますか?

そうですよう。“愛の歌、恋の歌がたくさん集められている女・子供が読むための歌集でございます”。。。このように言って、時の政府の文書検閲官を騙して出版したのですよう。

でも、実は歌で綴られた歴史書なのでござ〜♪〜ますか?

大伴家持は、そのつもりで編集したのですよう。万葉集の中には、名前が伏せてあるものや“読み人知らず”になっている歌がたくさんあるけれど、すでに見てきたように1073番の歌も僕は柿本人麻呂が詠んだに違いない、と僕は見ているのですよう。




玉垂(たまだれ)の

小簾(をす)の間(ま)通し

ひとり居て

見る験(しるし)なき

夕月夜かも


詠み人知らず

万葉集 巻第七・1073



このような素晴しい月夜の晩に、

一人で簾の隙間から月を見ているが

ああ〜、愛(いと)しいあの人は、

もうこの世の人ではない。

あのように儚(はかな)く

逝(い)ってしまうのであれば、

もう少し足しげく通って、

優しい言葉をかけてあげたかった。

でも、そうできない事情があったのだ。

今更嘆いたとて、どうなるものでもないが。。。

それでも、あの人を思い出すと

慟哭せずには居られない。




『万葉集の謎 (2008年9月23日)』より


分かりましたわ。。。んで、まだ他にも柿本人麻呂のおじ様が詠んだ歌で“名無し”として載せられている歌があるのでござ〜♪〜ますか?

ありますよう。次の長歌も柿本人麻呂が詠んだのですよう。『万葉集』の第一巻に「藤原宮御宇天皇代」の歌として載っているのですよう。

でも、それは「藤原宮の役民の作れる歌」と書いてありますわ。

それで、多くの人は騙されてしまったのですよう。

これも「目くらまし」でござ〜♪〜ますか?

そうですよう。とにかく、その長歌を読んでみてください。




やすみしし わが大君 高照らす 日の皇子

あらたへの 藤原が上に 食国を 見し給はむと

都宮は 高知らさむと 神ながら 思ほすなへに

天地も 寄りてありこそ 磐走り 淡路の国の

衣手の 田上山の 真木さく 檜のつまでを

もののふの 八十氏川に 玉藻なす

浮べ流せれ そを取ると 騒く御民も 家忘れ

身もたな知らず 鴨じもの 水に浮きゐて わが作る

日の御門に 知らぬ国 寄り巨勢道より わが国は

常世にならむ 図負へる 神しき亀も 新代と

いづみの河に 持ち越せる 真木のつまでを 百足らず

いかだに作り のぼすらむ 勤はく見れば 神ながらならし

万葉集 巻第一・50


持統八(694)年12月6日に都を藤原宮に移したのですよう。高市皇子が死去する2年前です。この長歌は、この藤原宮で働いている役人が詠んだ歌だと書いてある。

でも、柿本のおじ様が詠んだのでござ〜♪〜ますか?

そうなのですよう。僕一人だけが、そう信じているわけじゃないのですよう。多くの古典研究者や歴史研究者がこの長歌は人麻呂が詠んだ長歌に違いないと考えているのですよう。

この長歌は、当時の天皇・持統女帝に献呈された歌だと、あたくしは教わりましたわ。

学校の教科書には、そのように書いてあるのですよう。

でも、違うのでござ〜♪〜ますか?

もし、人麻呂が持統天皇のために詠(うた)ったのであれば、名前を出しても良いのですよう。

なぜ、柿本のおじ様の名前を出さなかったのでござ〜♪〜ますか?

なぜなら、人麻呂は持統天皇ではなく高市天皇のために詠(よ)んだからですよう。

しかし、高市天皇なんて日本史では認められていませんわ。

その通りですよう。持統天皇に暗殺されてしまったのだから。。。

まさか。。。?

それが僕の言う悲劇なのですよう。

しかし。。。しかし。。。そのような事は、あたくし、日本史で勉強しませんでしたわ。

だから、この史的事実は隠されてきたのですよう。それで、上の長歌も人麻呂が詠んだのだけれど、“藤原宮で働いている役人が詠んだ”と万葉集に書いたのですよう。

なぜでござ〜♪〜ますか。。。?

そのようにすれば、本当の真実を後世の人が分かってくれるだろうと考えて大伴家持は、そのように書いたのですよう。真実を書いたら、大伴家持の首が飛んでしまうから。。。

そうでしょうか?

だって、そうでしょう?上のような長歌を藤原宮で働いている役人が詠んだのですよう。本当に持統天皇のために詠んだものであれば、詠んだ人の名前を伏せる必要はないのですよう。しかし、その人の名前が書かれていない。不自然ですよう。これは臭い!。。。何か隠されているに違いない。。。僕はそう思いましたよう。

でも、ただそれだけでは、あたくし、納得できませんわ。

だったら、卑弥子さんが納得できるように、もっと詳しく説明しますよう。まず、ジューンさんが書いた次の文章を読んでみてください。


ある少女の悲劇



こんにちは。ジューンです。

今日は興味深い歴史のお話をします。

乙巳の変(いっしのへん)から

4年後の649年3月の事です。

当時、右大臣であった蘇我倉山田石川麻呂が

謀反を企てていると、石川麻呂の弟の日向が

中大兄皇子に告げ口したのが事件の始まりでした。

石川麻呂は当時の孝徳天皇に身の証をして

助けを求めたのですけれど、

聞き入れてもらえなかったのです。

中大兄皇子と石川麻呂は

政治的に意見が対立していたので

中大兄皇子はさっそく兵を

石川麻呂の邸宅に向かわせたのです。

危険を察した石川麻呂は

飛鳥の自宅である山田寺にすでに逃げていました。

しかし、その山田寺もやがて包囲され、

石川麻呂は観念して妻と共に自害したのです。

しかし、事件はそれだけではすみませんでした。

やがて陰謀が夫の中大兄皇子のしわざと知った

遠智娘(おちのいらつめ)は

半狂乱の状態になってしまったのです。

無実の罪を着せられて、夫に父親を殺された。

そう思い込んでいる遠智娘は、

身重な体を抱えながら

心が晴れないままに日を送ったのでした。

“父親殺害者”の子を宿していたのです。

その年の暮れに建皇子を生み、“この子を頼むわね”

そう言って満4才の女児に言い残して

20代半ばの短い人生に終わりを告げて

遠智娘は命を絶ってしまったのでした。

後に、中大兄皇子は

義理の父である石川麻呂の忠誠の心を知り、

死に追いやった事を後悔したそうです。

ところで、当時の結婚は“妻問い婚”が普通でした。

男性が女性宅を訪れ一夜の契りを結べば

それが結婚となり夫婦になるわけです。

男はその家にとどまることなく

自由に女の家を出て自分の家に帰り、

女は男のまたの訪問を待ちます。

子供が生まれればその子は妻の家で養育し、

父が子供に会うのは女性宅を訪れる時だけです。

その子供の養育費はすべて女性任せで、

子供は女性の実家で養育される事になります。

当然の事ですが、子供はたまに会う父よりも、

母方の祖父母への愛着が深くなります。

優しいおじいさんとおばあさんが一緒に亡くなり、

そのあとを追うようにお母さんが亡くなってしまった。

満4才の童女は、当時そのことは知らなくとも、

やがて自分の父親が祖父母と母の三人を

“殺した”と知ることになります。

可愛がってくれていた3人が死んでしまった。

しかも、父親の陰謀がその背景にあったのです。

その衝撃はトラウマになって、

その後の童女の人格形成に大きな影響を与えた事は

想像に難(かた)くありません。

その時の4才の女児こそ、後の持統天皇になる

讚良(さらら)皇女だったのです。

ところで、英語の面白いお話を集めました。

時間があったら覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。









『女帝の憎悪 (2008年9月25日)』より

 
つまり、持統天皇は少女の頃に大変つらい思いをしてきたと。。。その事をデンマンさんは強調したいのでござ〜♪〜ますわね?

そうですよう。“血塗られた家系”という言葉があるけれど、この言葉は、まさに持統天皇のためにあるような言葉なのですよう。

それ程、血塗られているのでしょうか?

だって、そうでしょう?持統女帝の父親である中大兄皇子は乙巳の変(いっしのへん)では蘇我入鹿を殺しているのですよう.




板蓋宮(いたぶきのみや)における暗殺の場

太刀を振り上げているのが中大兄皇子(後の天智天皇)、弓を手にしているのが中臣鎌足。
蘇我入鹿の首が飛んで御簾(みす)に喰らい付いている。
何食わぬ顔で、かぐや姫のように奥で澄まし込んでいるのが中大兄皇子の実の母親である、当時の皇極天皇(女帝)です。
蘇我入鹿と女帝は、男女の関係で結ばれていたのではないかと信じている歴史家もかなり居ます。
蘇我入鹿は女帝が助けてくれると思っていたのに助けてくれないので、
“この尼!”と追いかけるようにして首だけが御簾に喰らいついている、という怨念の込められた絵です。
ただし、これは江戸時代に描かれたもの。




■ 『藤原鎌足と六韜 (2003年7月17日)』より


確かにこれは、すごい事でござ〜♪〜ますわね。。。これだけでござ〜♪〜ますか?

まだありますよう。大津皇子を死に追いやったのも持統天皇ですよう。それで、持統天皇は次のような歌を詠んでいるのですよう。




春すぎて 夏来たるらし 白妙(しろたえ)の

 衣(ころも)ほしたり 天(あめ)の香具山


あの有名な歌でござ〜♪〜ますわね。

そうですよう。これを文字通りに解釈したら全く平凡で、つまらない歌ですよ。“もうすぐ夏になるのだなあああぁ〜、香具山のふもとで農民が白妙を干しているから。。。” 初めてこの歌を読んだ時、僕はこの歌の素晴しさが全く分かりませんでしたよ。一体、何のために大伴家持は、この歌を『万葉集』に載せたのか?

今のデンマンさんには、大伴家持が上の持統天皇の歌を『万葉集』に載せた理由が分かるのですか?

分かります。上の歌は次のように解釈する事ができるのですよ。


春が過ぎて夏が来たようだ。

天の香具山に美しく真っ白な衣が干してあるなあぁ〜

でも、私の心はあの山の裏にある

磐余(いわれ)の池を見ているのです。



大津皇子が自害する前に池の端で

辞世の歌を読んだという。

自害の後で、皇子の妻であり、

私の腹違いの妹でもある山辺皇女が

髪を振り乱し、裸足で駆けて行き、共に殉死したという。

痛ましいには違いない。

しかし私は、ああせねばならなかったのです。

怨霊になって私を憎んでいるのかもしれないけれど、

私には他にとるべき道はなかったのです。

どうか、心安らかに眠っていて欲しい。




『愛と陰謀 (2008年2月27日)』より


上の歌を持統天皇は藤原京の宮殿から香具山を見て詠んだのです。



この地図で見れば分かるように、香具山の裏に磐余(いわれ)の池があるのですよ。この池の端で大津皇子は辞世の句を詠んだのです。現在では、ほとんどの歴史家が大津皇子は持統天皇の陰謀によって死なされたと見ています。

デンマンさんも、そう考えているのでござ〜♪〜ますか?

そうです。持統天皇は自分の子供、草壁皇子を天皇にしたかった。血のつながりがある甥の大津皇子が邪魔だったのですよう。結果として大津皇子の妻、持統天皇にとっては腹違いの妹も死に追いやったわけですよう。

それで、なぜ、持統天皇は上のような歌を詠んだのでござ〜♪〜ますか?

この当時は怨霊ということがマジで信じられていた。“怨霊の崇り”ということが現在でいえば“テポドンで攻撃を受ける”程度に怖いこととして考えられていた。持統天皇だって、テポドンを宮殿に打ち込まれたくないので大津皇子の怨霊を鎮魂するために上の歌を詠んだのですよう。

つまり、持統天皇は自分の血がつながったものだけを天皇にしたかったのでござ〜♪〜ますか?

そうなのですよう。それは持統天皇にとって、悲劇的に死んでしまった亡き母親や、おじいちゃんや、おばちゃんの供養のためだったのでしょうね。

それ程、持統天皇は自分の血筋に、こだわっていたのでござ〜♪〜ますか?

そうなのですよう。持統天皇が藤原不比等と組んでやった事を見ると、その事が実に良く分かるのですよう。すでに、その事を僕は記事に書いたので、ここに引用します。


女の意地と執念



天平年間は、災害や疫病(天然痘)が多発したため、聖武天皇は仏教に深く帰依しました。
いわば、現代流に言うならば、極めて人間的な人だったと僕は思いますよ。
つまり、藤原4兄弟などの策謀が渦巻く中で、政治に嫌気がさしていたと思いますね。
“長屋王の崇り”も、“藤原氏の一員”として充分に感じていたでしょうね。

聖武天皇は741年には国分寺建立の詔を出します。
743年10月には、東大寺大仏の建立の詔を出しています。
また、度々遷都を行って災いから脱却しようとしたものの官民の反発が強く、最終的には平城京に復帰しました。
このような聖武天皇の行動を見ると、意志の弱さが見えますよね。優柔不断です。

また、藤原氏の重鎮が相次いで亡くなったため、国政は橘諸兄(光明皇后とは異父兄弟にあたる)が取り仕切りました。
結局、聖武天皇は政治に見切りを付けていたのですよね。
それで、出家したのでしょう。
その気持ちが分かるような気がします。

それに引き換え女性たちの意志の強さは驚くばかりです。
特に持統天皇の強烈な執着と執念が目を見張らせます。



持統天皇の相談役とも言える橘三千代がすごい人ですよね。
この人のもとの名は県犬養三千代(あがたいぬかいのみちよ)です。
三千代は持統天皇がまだ天皇になる以前に彼女の女官として仕えていたのです。
持統天皇の孫の軽皇子(かるのみこ)の乳母(めのと)だった人です。
三千代は皇族の美努王(みのおう)と結婚して3人の子供をもうけています。
早くから女官として内裏に仕え、持統天皇の信頼を得ています。

藤原不比等は持統天皇、彼女の息子の草壁皇子、さらにその子の軽皇子(後の文武天皇)に仕えていました。
この関係で橘三千代と知り合い、持統天皇の皇統を守る同志として二人の絆が生まれたのです。
三千代は美努王(みのおう)と離婚していますが、すでに二人は三千代の離婚以前から深い関係になっていたようです。



美努王は三千代と離婚する以前、694年に九州の太宰帥(だざいのそち)として九州に赴任していますが、妻の三千代はこのとき夫に従ってゆかず、都にとどまって女官として仕え続けています。
この年の暮れには藤原京への遷都があり、新都の華やいだ雰囲気の中で藤原不比等と三千代の不倫関係が深まってゆきました。

藤原不比等は女性関係でも精力的で、この時期に天武天皇の未亡人である五百重娘(いおえのいらつめ)とも親密になっており、695年に二人の間に藤原不比等の四男・麻呂が生まれています。
ちなみに五百重娘の父親は藤原鎌足です。つまり、五百重娘は不比等の異母妹でした。

『続日本紀』によると、石上麻呂の息子の石上乙麻呂(おとまろ)が藤原不比等の三男・藤原宇合(うまかい)の未亡人となった久米連若売(くめのむらじわかめ)と通じた罪によって処罰を受けています。
石上乙麻呂(おとまろ)は土佐国に流され、久米連若売は下総国に流刑になります。

藤原不比等の場合には大胆にも、かつての天武天皇の后妃であり、新田部皇子の母でもある五百重娘(いおえのいらつめ)を相手にして、子供まで産ませているのです。
ところが、何の罰も受けていません。

橘三千代にしてみれば、不比等に裏切られたような気がすると思うのですが、ヒステリーになるわけでもなく、大事の前の小事と割り切ったようです。
持統天皇のそばに仕えて厚い信任を得ていたので、その立場を利用して不比等の出世のために持統天皇へのとりなしに動いたようです。
このようなことを考えても、橘三千代が只者ではないと言うことが分かります。

感情的にならず、大事を見失わずに困難を乗り越えてゆく三千代の姿がはっきりと浮かび出ていると言えるでしょう。
深謀遠慮の藤原不比等と組んで持統天皇を取り入れ、橘三千代は三つ巴で持統皇統を継続させてゆきます。
女の意地と執念を感じさせますよね。




『日本女性の愛と情念の原点』より
 (2006年5月30日)


これだけ女帝がたくさん出てきたのは、なぜだと思いますか?

持統天皇の血を分けたものだけを天皇にするためでござ〜♪〜ますか?

その通りですよう。

。。。んで、天皇になった高市皇子を暗殺したのですか?

そうですよう。

でも、高市皇子は、持統女帝の夫である天武天皇の子供ですわ。

しかし、持統女帝の産んだ子供ではないのですよう。彼女の血は一滴も高市皇子には流れていないのです。

要するに、高市皇子は持統天皇の意地と執念にとって邪魔者でしかなかったのでござ〜♪〜ますか?

その通りですよう。上の系図を見れば、その事が実に良く分かるのですよう。

しかし。。。、しかし。。。、証拠が。。。?

その証拠が出てきたのですよう。

まさか。。。?

マジで出て来たのですよう。
 
どのような証拠でござ〜♪〜ますか?

1988(昭和63)年8月下旬、北宮、通称「長屋王邸宅」と呼ばれていた場所の地下2メートルのところで1条の溝が発掘されたのですよう。

何が出てきたのでござ〜♪〜ますか?

合計4万点にものぼる木簡が出て来たのですよう。その中に高市皇子の長男である長屋王の名が「長屋親王」と書かれた木簡があった。

「親王」というのは、確か天皇の男の子か孫でござ〜♪〜ますよね。

そうですよう。つまり、この木簡に従えば長屋王は“高市天皇”の長男だったのですよう。上の柿本人麻呂が詠んだ長歌は持統天皇のために詠んだものではないのです。高市天皇のために詠んだのです。だから、“日の皇子”になっている。つまり、皇子とは男です。

それが正しいとして、柿本人麻呂はどのように関わっていたのでござ〜♪〜ますか?

持統天皇があれほど目をかけてやって出世できたというのに、事もあろうに柿本人麻呂は高市天皇になびいてしまったのですよう。それで、持統天皇の手が伸びて高市天皇が暗殺されたあと、人麻呂は石見国に左遷された。そこで、失意のうちに人麻呂は亡くなったのですよう。

どうして失意のうちに亡くなったと分かるのでござ〜♪〜ますか?

あのねぇ〜、卑弥子さんも天神様を知っているでしょう?

もちろん知っておりますわ。菅原道真を祭(まつ)った神社でござ〜♪〜ますわ。

どうして菅原道真は祭られたのですか?

だってぇ〜、道真は何も悪い事をしていないのに、告げ口によって。。。つまり、陰謀によって左遷されてしまったからですわ。

人麻呂も同じ事ですよう。「人麻呂」は転じて「人丸」とも言われるようになったけれど、そこから「火止ル」になったり「人生マル」になったりして、火難防除や安産、疫病防除のための語呂合わせともなり、その後「人麻呂信仰」になったのですよう。つまり、その当時、知っている人は知っていたのです。柿本人麻呂が持統天皇に睨(にら)まれて不遇な身になった事を。。。

つまり、人麻呂さんは何も悪い事をしていないのに、高市皇子になびいてしまったので、持統天皇に恨まれたのでござ〜♪〜ますか?

そうですよう。持統天皇は執念深いのですよう。“坊主憎けりゃ袈裟まで憎い”。。。それで、人麻呂は持統天皇にトコトン疎(うと)まれた。でも、知っている人は知っていたのです。だから、人麻呂の人徳をたたえて、石見には柿本神社や人丸神社がたくさん建っているのですよう。その事を考えれば、人麻呂が悲劇の死を迎えたのも実に良く分かるのですよう。


【卑弥子の独り言】



ですってぇ〜。。。
いつものように、デンマンさんは、あちらから、こちらから、いろいろな資料を持ち出してきましたけれど、
なんとなく理屈に丸め込まれてしまったような気がするのでござ〜♪〜ますわ。
あなたは、どう思いましたか?

とにかく、あさって、まだ面白いお話が続くと思います。
あなたも、どうか、読みに戻って来てくださいましね。
じゃあ、また。。。






ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

神社を英語に訳すと

“shrine”ですよね。

でも、英語と日本語の大きな違いがあります。

日本では、神社がやたらに多いのですよね。

デンマンさんの上の記事にも出てきましたけれど、

天神様

柿本神社

でも、まだまだたくさんあります。

東郷神社

乃木神社

秋葉神社

浅間神社

小国神社

。。。

アメリカでもカナダでも、shrineを探そうと思うと、

まず身近にはありません。

ところが、日本に行くと、神社は一つの町だけでも

10以上簡単に見つけることができます。

日本って、本当に神社の多い国だと思いました。



ところで、英語の面白いお話を集めました。

時間があったら覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





2008年09月28日

愛と心の構造



 
愛と心の構造




私(江戸川乱歩)は、この第一回と第四回の入選作を一読したが、最近作の第四回のものに彼女(ドロシイ・ソールスベリ・デイヴィス)の特徴が最もよく出ているように感じた。
「クイーン雑誌」はその作の解説文に、探偵小説の着想の出発点となるものは、本のちょっとした見聞である場合が多いことを、実例をあげて示しているが、デイヴィス夫人のこの作も、その着想は夫の出演しているラジオのスタジオで得られたものだという。
夫人がラジオ劇の演出を見物していると、配役表の中にない40才余りの女が役者の間に混じっているので、変だなと思っていた。

すると、やがて台本の「赤ん坊」という箇所に来ると、その女がマイクロフォンに近づいて、いきなり泣き出した。それが赤ん坊の泣き声にそっくりであった。
どんなに本当らしかったかということは、母親役の女優が、つい引き入れられて、その40女の背中に手をまわして、なでさすったり、まるで本物の赤ん坊をあやすようにしながら、次の自分のセリフを云ったのでも分かる。
デイヴィス夫人は、その奇妙な光景を見て、この作(“Backward, Turn Backward” by Dorothy Salisbury Davis)を思いついたというのである。

この作では、19才の少女がクライマックスで大声を立てて泣くのだが、その時、人々は初めて彼女の泣き声を聞いてびっくりする。それは赤ん坊の泣き声とそっくりであった。そして、それがこの作全体のトリックとして使われているのである。

これは「優しき殺人者」とも相通ずる一種奇妙な味であり、ここにデイヴィス夫人の持味とも云うべきものが感じられる。
私はかつて、英米の古典短編を吟味する評論を書いた時、「奇妙な味」という一章を設け、その代表作として、ロバート・バーの「健忘症連盟」やヒュー・ウォルポールの「銀仮面」などを挙げたことがある(「幻影城」に収む)。

「奇妙な味」というのは実に下手なあいまいな形容で、結局実例によって悟ってもらうほかはないのだが、新人デイヴィス夫人の作風に、私はやはりこの「奇妙な味」の部類に属するものを感じたのである。




627−628ページ
江戸川乱歩全集 第30巻 「わが夢と真実」
光文社文庫 2005年6月20日 初版1刷発行




デンマンさん、今日は江戸川乱歩の事ですか?



いや。。。特に、江戸川乱歩にこだわって、推理小説、探偵小説について書くわけではないのですよう。

そう言えば、デンマンさんは推理小説や探偵小説があまり好きでない、と言ってましたよね。

レンゲさんは、よく覚えていますねぇ〜?

よく覚えていますねって。。。次の記事を読みましたわ。


「軽井沢夫人」と

推理小説ブーム




 (前略)
ここでちょっと寄り道をします。
松本清張さんが1958年に発表した推理小説『点と線』と『眼の壁』の2長編はベストセラーとなって、「清張ブーム」を巻き起こします。
どうして推理小説のことなど、とあなたはいぶかしく思うかもしれませんが、実は美和さんが初めて日活ロマンポルノに主演する事になる『軽井沢夫人』の原作は嵯峨島昭(さがしまあきら)の同名の推理小説を映像化したロマンポルノなのです。
この嵯峨島昭という一般の人にはあまり知られていない作家名は、実は、あの有名なポルノ作家・宇能鴻一郎の別名です。
そう言う訳で、清張さんと推理小説についてちょっとばかり書いてみます。

この「清張ブーム」によって推理小説が大衆に読まれるようになったのです。
推理小説が庶民の間でも親しまれるようになったというのは清張さんの功績だと思います。
また、清張さんは『昭和史発掘』『日本の黒い霧』などのノンフィクションで現実世界にも目を向け、多芸多才な作家活動をおこないました。

『小説帝銀事件』であつかった現実世界は、『日本の黒い霧』にまとめられ、「黒い霧」は流行語になったほどです。
『わるいやつら』、『砂の器』、『けものみち』、『天保図録』を発表後、1964年から「昭和史発掘」の連載を「週刊文春」に開始しました。
『古代史疑』で古代史にも目を向けたのです。
まさに多彩と言う印象を受けますよね。
1970年、『昭和史発掘』などの創作活動で第18回菊池寛賞を受賞しました。

清張さんは「自分は作家としてのスタートが遅かったので、残された時間の全てを作家活動に注ぎたい」と語り、広汎なテーマについて質の高い作品を多作したのです。
このように多作の作家のなかでコンスタントに質の高い作品を出し続けた例は極めて稀で、このため複数の助手作家を使った工房形式で作品を作っているのではないか、と平林たい子・女史は韓国の雑誌『思想界』で指摘したほどです。
これに対し清張さんは、『日本読者新聞』において反論しています。

僕自身は推理小説よりも清張さんのノンフィクションを好んで読みました。
推理小説は、考えすぎて書いているところが不自然で僕はあまり好かないのです。


宇能鴻一郎さんは大学院在学中の1961年(昭和36年)、『鯨神』で第46回芥川賞を受賞しました。
嵯峨島昭のペンネームは推理小説を書くために使ったものです。筆名の由来は、当初、覆面作家として登場したため「探しましょう」にシャレたものです。
芥川賞受賞後、しばらくは性的純文学を書いていたのですが、次第に独特の官能小説を量産するようになります。
ところで、嵯峨島昭の推理小説『軽井沢夫人』ですが、『点と線』と比較すると、あまりにも単調で浅い感じがしてしまうのですよね。
なぜ?

推理小説のタイトルのネーミングを見ても分かるように安直に名前をつけているのですよね。
作品を量産する時には、いちいちユニークな名前をつけるのが面倒になる。
そう言う訳で似たようなタイトルになってしまう。
ちなみに、清張さんは作品に名前をつける時、ずいぶんと考えた末に決めると言うことを僕はどこかで読んだことがあります。



嵯峨島さんの『軽井沢夫人』に至る推理小説のタイトルは
『札幌夫人』
『湘南夫人』
『軽井沢夫人』
この辺の名前のつけ方にも安直さが伺えます。
当然の事ですが、話の筋も同じようなのでは。。。?と読者の方も安直に無視してしまう。




『軽井沢夫人 (2008年7月7日)』より


デンマンさんは“推理小説ブーム”の頃でも、あまり推理小説を読まなかったのですか?

読みませんでした。

それなのにどうして江戸川乱歩の全集などを読む気になったのですか?

レンゲさんの影響ですよう。

あたしの。。。?

そうですよう。レンゲさんが次のように書いていたからですよう。


エログロと江戸川乱歩全集

2007-04-13 13:53



デンマンさん
わたしの言う「エロい」は、
やはり少々お下品だったかな?
この表現って、
わたしにとっては「ギャグ」に近いんですよ
わたしは関西人のなかでも特に?
ウケをねらう傾向が強すぎるものでして、
必要以上に自分をコミカルにデフォルメするという、わるーい癖があるんですよね

で、回答へとまいりますね。。。

江戸川乱歩全集に関してですが、
とにかく横尾氏のイラストが、
エロチックだったのです。
幼いころから、女性の肉体の美しさに
強烈に魅了されていたわたしは、
偉大な画家たちの描く裸婦や、
女性のヌード写真を見て
「わたしも早くこんな風にキレイになりたいなあ!」
と、成熟へのあこがれを強く感じていました。

乱歩の作品自体については、
エログロナンセンス」の時代特有の、
妖しげな表現に魅せられました。


「人間椅子」での、愛する女性のソファに、
自ら入り込み、悦楽にひたる男の異常な愛などは、
「家畜人ヤプー」に通じるものがあり、
それはむしろ、純粋なものすら感じました。

そういえば…
乱歩の時代のことが知りたくて、
おばあちゃんに
(今は亡き愛するおばあちゃんです!)
「見世物小屋行ったことある?」
「衛生博覧会って、どんなんやった?」
などと、聞きまくっていたものです

「チャタレイ夫人の恋人」ですが…
ぶっちゃけエロい箇所の拾い読み、
というのが事実です!
だってねえ…あの小説の大半は、
ロレンスの思想の
展開だと思いませんか?

小学生のわたしに、そんなものを理解できるような
知性も理解力もなかったっす…
で、大人になってから読み返したのですが、
森の番人の野卑でありながらも、
深い洞察力に満ちた性格に、
恋愛感情にも似た気持ちを感じました。
おまけに、セックスは上手ですしね(キャー!)

女性が自らの性欲を恥じる必要など
ないということを、
わたしは少女時代に、
あの小説によって知ったのかもしれませんね。

フロイトも、ヒステリーの原因は、
性的欲求不満であると、言ってましたよね?
セックスとは、
愛を基盤とした自由なものであるべきだと、
わたしはずーっと信じてます!

by レンゲ




『おばさんパンツ (2007年10月6日)』より


僕は江戸川乱歩という作家は推理小説ばかり書いていると思っていたのですよう。

そうですわ。推理小説ばかり書いていたのですわ。

でも、レンゲさんの上の手記を読んだらば、“乱歩の作品自体については、「エログロナンセンス」の時代特有の、妖しげな表現に魅せられました”と書いてある。

この箇所を読んでデンマンさんは急に江戸川乱歩に興味を覚えるようになったのですか?

江戸川乱歩ではなくて、レンゲさんにですよう。

どう言う事ですか?

つまり、“エログロナンセンス特有の怪しげな表現”。。。その言葉に僕は興味を覚えたのですよう。要するに、そのような事にレンゲさんが惹かれるのであれば、レンゲさんをもっと理解するためにも、ぜひ江戸川乱歩を読んでみたいという興味が俄然(がぜん)頭をもたげたのですよう。

それで図書館に行って江戸川乱歩の作品を探したのですか?

特に江戸川乱歩の作品を探した訳ではないのですよう。

それなのに、どうして江戸川乱歩の作品を借りてきたのですか?

たまたまバンクーバーのダウンタウンに用事があって出かけたのですよう。まず、ロブソン・ストリートのノバスコシア銀行に行きました。



それから税務署などに寄って。。。せっかく天気のいい日に外へ出たので図書館まで足をのばしたのですよう。



中央図書館には日本語の本が1万冊ぐらいありますからね。最近は漫画が多くなったけれど。。。

それで、たまたま江戸川乱歩の本が目に付いたのですか?

そうなのですよう。文庫版で、一冊が3冊分ぐらいあるぶ厚いモノでした。これならば、“エログロナンセンス特有の怪しげな表現”に出会えるだろうと期待しながらマンションに戻ってきて、ワクワクしながら読み始めたのですよう。

それで、期待したとおりに、その表現に出くわしたのですか?

それが、パラパラとめくってみて、まず、がっかりしましたよう。乱歩が書いた、いわゆる推理小説、探偵小説の作品は一つも載ってないのですよう。

第30巻は自分史のようなものですよね。

そうなのですよう。やっぱりレンゲさんは詳しいですね。前半が乱歩の自分史で、後半が海外探偵小説の作家と作品の紹介なのですよう。

それで、デンマンさんはムカついて本を放り投げてしまったのですか?

いやいや。。。僕は、もともと推理小説、探偵小説は、あまり好きではなかった。むしろ乱歩の自分史だったら、面白く読めると思って、“エログロナンセンス特有の怪しげな表現”の事は諦めたけれど、本を投げ出さずに読み続けましたよう。

面白かったですか?

実に勉強になりましたよう。実際、僕はその本のエッセーを取り上げて記事も書きました。

■ 『江戸川乱歩の今一つの世界 (2008年8月31日)』

僕は乱歩全集の第30巻を読んでみて、江戸川乱歩という人物は、「奇妙な味」わいのある作家だと思ったものですよう。

具体的には、どういうところですか?

僕は、乱歩さんという作家はポルノ推理小説「軽井沢夫人」を書いた嵯峨島昭(宇能鴻一郎の別名)さんのように“エログロナンセンス特有の怪しげな表現”も書くのかな?そう思っていた。レンゲさんも、そのように書いていたから。。。

「軽井沢夫人」にもエログロナンセンスを思わせる表現が出てくるのですか?

出てくるのです。僕は、卑弥子さんと次のように語り合った事があるのですよう。読んでみてください。


エログロで陳腐なキスシーン



オスカー・ワイルドによる戯曲『サロメ』の最終場面では、その首にサロメが口づけする衝撃的場面があり、その上演はスキャンダルとなった。もともとサロメの伝承にはキスシーンは無かった。洗礼者ヨハネとサロメとの間にも何の関係も無かった。でも、ギュスターヴ・フロベール作の短編小説では、サロメはヨハネの「愛する弟子」になり、オスカー・ワイルドの戯曲では、洗礼者ヨハネに強く魅せられたサロメがその誘惑を拒絶するヨハネに対して首を求めて、その首にキスするという物語になった。



その物語からヒントを得て、「軽井沢夫人」では、ヒロインが苦学生・紫藤純一の切断された頭部にキスをするようにした。デンマンさんは、そうおっしゃるのですか?



そうですよう。ロマンポルノだから、キスをさせたのでしょうね。でも、僕には、あまりにも見え見えなシーン、つまり、オスカー・ワイルドの戯曲の物真似としか映らなかった。日本人的な感覚では、全く必然性を認めることができない。

でも、そういう女性が日本人にも居るかもしれませんわ。

けれどねぇ、ヒロインがあのような行動にでる動機が無い。僕には陳腐としか思えなかった。

なぜ、陳腐なのでござ〜♪〜ますか?

推理小説「軽井沢夫人」が出版されたのは1979(昭和54)年ですよ。当時、公衆の面前でキスするカップルなんて居なかった。しかも、この設定では、遺体安置所ですよう。キスの習慣の無い日本人の女性が遺体安置所に行って、切断された男の頭部にキスをする。僕には、全く考えられない事でしたよう。

つまり、説得力の無い映画だったのでござ〜♪〜ますか?

そうですよう。僕には馬鹿馬鹿しいとしか思えなかった。

デンマンさんには期待はずれの映画だったのでござ〜♪〜ますか?

そうですよう。でもねぇ、美和さんのヌードは素晴しかったですよう。美和さんのきれいなヌードシーンがあったのであの映画は救われたのですよう。うしししし。。。




『熱いロマン (2008年7月23日)』より


そう言う訳で「軽井沢夫人」の最後のキスシーンは陳腐で僕は興醒(きょうざ)めしました。

。。。で、乱歩全集の第30巻を読んでデンマンさんはどう思いました?

“エログロナンセンス特有の怪しげな表現”を期待していたけれど、残念ながら、それは全く出てこなかった。

がっかりしました?

うん。。。確かに、ちょっと期待はずれだったけれど、むしろ、いろいろな意味で面白かったですよう。

たとえば。。。どんなところがですか?

後半の海外探偵小説紹介で、こんな紹介がありましたよ。


欺瞞の根本原理



上の図を見てください。
O は円の中心、 AB の長さ 14センチ、 BC の長さ33センチという事だけ分かっている。この円の半径は何センチですか。
別にむつかしい計算は要りません。
30秒で答えてください。
もし30秒で答えられなかったら、考えるのをやめて、この小文を終わりまで読んでください。

 (中略)

手元にあったロースン (Clayton Rawson) の長編は Death from a Top Hat (1938)というので、この題名は手品師のシルクハットから兎や鳩が飛び出すように、「死」が飛び出したという意味。ディクスン・カーが褒めるはず、この作はカーの手品趣味をさらにいっそう極端にした徹底的な手品文学である。

 (中略)

その他、この小説にはオカルティズムと手品趣味が充満していて、手品小説愛好者をヘトヘトに堪能させてくれる。結末の種明かしそのものには非常な創意があるとは云えないが、そこまでの道程が面白いのである。カーですら極端だと思っていたのに、そのカーに輪をかけて極端な手品作家に接して、上には上があるものと、ほとんど呆れた次第である。

冒頭に記した謎の図も、マリーニー(主人公探偵)がこの図を描いて警部ともう一人の人物に示し、探偵学の一助とするのである。この図を示されると、誰でも一応は、図の半径 AO の内の AB の長さが分かっているのだから、残りの BO の長さを求めればよいと考える。 ところで、BOC という不等辺直角三角形の底辺 BC の長さは分かっているが、その他に何もデータがないのだから、これだけではどうしても BO の長さを算出する事ができない。これは不可能だ。とてもむつかしいと考える。そう考えたらおしまいである。まんまと手品師の術中に陥ったのである。

そんな考え方をしないで、BC を対角線とする矩形(くけい)を良く見ればよいのである。そして O から発して BC と相交わるもう一つの対角線を描いてみる。すると矩形に置ける二つの対角線の長さは相等しいのだから、O から円周に達する対角線の長さは即ちこの円の半径で、それは BC と同じく33センチなのである。

マリーニー名探偵は云う。
「どうだい、答えはちゃんと君の目の前にさらけ出されていたじゃないか。君はそれを見なかったのだ。なぜかというと、AB という余計な太線があり、その長さを14センチと、何か意味ありげに示してあったので、その残りの細線の長ささえ算出すれば半径が分かると、ついその方に気をとられてしまうからだ。この「目くらまし」にかかって、君の論理は脇道にそれ、袋小路(ふくろこうじ)に突き当たってしまった。手品師がハンカチや時計を消して見せるトリックも全くこれと同じなんだよ。左手で何か細工をしようという時には、見物の注意を右手の方に集めるのだ。右手にその品を握っていると思わせるのだ。そして、見物の目が右手に集中されているひまに、易々(やすやす)と左手で物を隠してしまう。見物は全然左手なんか見てやしないんだからね。つまりこの図のAB線は手品師の右手に当たるわけだよ」

名探偵はさらに言う。
「観察力がうまく間違った方向に導かれると、どんな利巧な見物でもごまかされてしまう。これが欺瞞の根本原理だ。この原理は手品師ばかりではなく、賢い犯罪者と、それから探偵作家が常に用いている。だから、これさえ飲み込んでいれば、君は手品や犯罪や探偵小説に欺かれる心配はないわけだよ」




785−789ページ
江戸川乱歩全集 第30巻 「わが夢と真実」
光文社文庫 2005年6月20日 初版1刷発行


僕も、まんまと引っかかってしまいましたよう。これを読んで、なるほどと思いました。確かにその通りなんですよう。僕は、心の構造というか。。。心のカラクリ、意識のカラクリを見せられたように思いました。

。。。で、愛の構造って。。。?

実は、めれんげさんの『即興の詩』サイトを覗いたら次のような短歌が書いてあったのですよう。“愛の構造”を説明する前に、まず、めれんげさんの短歌と詩をじっくり味わってくださいね。


恋を忘れて



秋は来ぬ

夏のめまいは

時を知り

わが身むなしく

恋を忘れて

 
 
by めれんげ

2008.09.20 Saturday 16:30




『即興の詩 恋を忘れて』より


これが、めれんげさんが詠んだ短歌ですか?

そうですよう。

なんだか、物悲しい歌ですね。デンマンさんのことだから、よせばいいのに、また、たくさんの返歌を書いたのでしょう?

うしししし。。。分かりますか?。。。そうなのですよう。つい、書きまくってしまったのですよう。読んでみてください。






夏は過ぎ

恋を忘れた

きみなれど

命とうとし

愛あればこそ






秋が来て

きみを想えば

懐かしや

紅(くれない)萌ゆる

もみじ葉を見つ




いつまでも
 
 
きみを思いて
 
 
書き綴る
 
 
愛のブログは
 
 
星のごとくに





時は過ぎ

夏のめまいも

去りにけり

秋はふけゆく

きみを思いて






なせばなる

なさねばならぬ

なにごとも

命はかなく

短きゆえに



めれちゃんが気持ちを入れ替えて

新しいケータイに向かって

打ち込んだ短歌にインスパイアされ、

ボクちゃんは、うれしくなって

思い浮かぶままにカキまくってみましたよう。

秋ですねぇ〜

天高く馬肥(こ)ゆる秋!

焼き芋がうまくなるときですよねぇ〜



めれちゃんも

焼き芋をたくさん食べて、

オナラで短歌を詠んでみてねぇ〜

\(^_^)/キャハハハ。。。

関東人のくちゃ〜いギャグでしたぁ〜

うちちちち。。。。

by デンマン

2008/09/21 2:42 AM




『即興の詩 恋を忘れて』のコメント欄より


デンマンさんが真面目に短歌を詠んでいると思ったら、やっぱり後半で、ふざけた事を書いていますわね。

いけませんか?

デンマンさんらしくていいですけれど。。。

めれんげさんもレンゲさんと同じで大阪生まれで大阪育ちですからね。どうしても、ギャグで対抗しなければならない。。。そう思ったわけですよう。

それで、無理してギャグを取ってつけたのですか?

ユーモアのつもりです。

めれんげさんは恋心を取り戻したのでしょうか?

取り戻しましたよう。5日後に次のような詩を書いていました。


あなたをおもう



会えない時には
心の中で繰り返す
あなたのことを

それはあなたの全てじゃないけど
たしかにわたしの中に
刻まれていくものがある

この心と身体は
あなたの記憶で彩れていく

by めれんげ

2008.09.25 Thursday 11:16




『即興の詩 あなたをおもう』より


なかなか、味わいのある詩ですわ。

レンゲさんも、そう思いますか?

ええ。。。そう思いますわ。デンマンさんのことですから、めれんげさんがデンマンさんのことを思って上の詩を書いたのだろうと、いつものように独断と偏見で思い込んだのでしょうね?

うしししし。。。やっぱり、レンゲさんにも分かりますか?

デンマンさんとのお付き合いも長〜くなりましたから。。。で、どのような詩をお返しに書いたのですか?

次のように書いたのですよう。読んでみてください。


きみを思う



きみは夕べの星空のように
きみは今夜の月のように
そして、きみは明日の朝日のように

うん、うん、うん。。。
きみをいつも まじかに感じているよ
きみはいつも まじかに居るよ

うん、うん、うん。。。
きみはいつまでも僕のそばに居る
僕はいつもきみを感じている

うん、うん、うん。。。
遠くて近い
近くて遠い

でも、感じるよ
すぐそばに。
すぐそこに。
だって、きみは僕のインスピレーションだから。。。


by デンマン

2008/09/25 6:41 PM




『即興の詩 あなたをおもう』のコメント欄より


なるほど。。。デンマンさんらしいと思いますわ。

僕らしいですか?うへへへへ。。。

。。。で、これまでデンマンさんは長たらしく短歌と詩を書き並べてきましたけれど、江戸川乱歩の上の評論とエッセーの中で“愛の構造”も説明されているのですか?

いや。。。僕も、どうにかして、こじつけてみようとしたけれど、書かれているエピソードだけでは“愛の構造”までは説明できませんよう。

それで、諦めたのですか?

もちろん、諦めませんよう。江戸川乱歩は、やはり「奇妙な味」わいのある作家だと思いますよう。次のような事も書いていました。


今一つの世界



ここにもし、それらのものとは全く違った、また目新しい、「今一つの世界」があって、魔法使いの呪文か何かで、パッと、それがわれわれの目の前に現れたなら、そして、たとえば竜宮へ行った浦島太郎のように、その世界で生活することができたなら、われわれはまあどんなに楽しく生甲斐のあることでしょう。

でも、われわれは浦島太郎にはなれっこない。そんな「今一つの世界」なんてあるはずもなく、そこへ住むなんて思いもよらぬことだ。われわれはやっぱり、このきまりきった、面白くもない日常茶飯事を繰り返して行くほかに生き方はないのだ、とおっしゃるのですか。だって「今一つの世界」を求めるわれわれの欲望の烈しさは、どうして、そんなことをいってあきらめていられるものではないのですよ。

ご覧なさい。子供がどんなにお伽話をすくか、青年がどんなに冒険談をすくか、それから大人のお伽話、冒険談は、たとえばお茶屋の二階、歌い女、幇間(ほうかん)。それぞれ種類は違っても、われわれは一生涯、何か日常茶飯事以上のもの、「今一つの世界」を求めないではいられぬのです。お芝居にしろ、音楽にしろ、絵画にしろ、小説にしろ、それらはみな見方によっては、人間の「今一つの世界」への憧憬から生まれたものではありませんか。

暑中には避暑をする。それは何も暑さを避けるためばかりではないのです。われわれはここでも「今一つの世界」を求めている。飽き果てた家庭を離れて、別の世界へ行きたがっているのです。

もろもろの科学にしても、やっぱり人間のこの欲望の現われではないでしょうか。例えば天文学者は星の世界に憧れているのです。歴史家は遠い昔の別世界に思いを寄せているのです。動物や植物の学問はもちろん、生命のない鉱物にだって、薬品にだって、やっぱり「今一つの世界」を見出すことができないでしょうか。

古来のユートピア作者達が、それを夢見ていたことは申すまでもありません。さらにまた宗教ですらも、天上の楽園と言う「今一つの世界」に憧れているではありませんか。

ある型に属する小説家は、誰しも同じ思いでしょうが、わたしもまた、わたしの拙い文字によって、わたし自身の「今一つの世界」を創造することを、一生の願いとするものでございます。




(130 − 132ページ)
江戸川乱歩全集 第30巻 「わが夢と真実」
光文社文庫 2005年6月20日 初版1刷発行

『上流夫人 (2008年8月30日)』にも引用している。


このエッセーで“愛の構造”が説明できるのですか?

そうですよう。夢とロマンと愛の世界を持つ事で、初めて“愛の構造”が見えてくる。上の短歌と詩を読んで、僕とめれんげさんが「今一つの世界」で愛し合っていると見えませんか?

めれんげさんは、デンマンさんを愛しているのでしょうか?

だから、相手を特定する必要はないのですよう。「今一つの世界」で短歌と詩のやり取りをしている。それが重要な事ですよう。そこに“愛の構造”が見えているでしょう。そう思いませんか?


【レンゲの独り言】



ですってぇ〜♪〜。。。
あなたは、“愛の構造” と “心の構造” が上の説明で分かりましたか?

とにかく、面白い話がまだ続きそうですわ。
あなたもどうか、また、あさって読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。




メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

なせばなる

なさねばならぬ

なにごとも

ならぬは人の

なさぬなりけり




よく耳にしますよね。

米沢藩の10代藩主・上杉 鷹山(ようざん)が

言ったという有名な言葉です。

あなただって聞いた事があるでしょう?

さて。。。これを英語で何と言うのでしょうか?

考えてみた事がありますか?

簡単に次のように言うことができます。

where there is a will,

there is a way.

やる気があれば道は開けてくるもの。


そうですよね。そうあって欲しいと思いますよね。

ところで、英語の面白いお話を集めました。

時間があったら、ぜひ覗いてくださいね。

■ 『あなたのための 楽しい英語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。