哀愁のメロディー
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あなたとわたしの部屋のために
まず大きなベッドを買おう
きれいな肌ざわりのいいシーツと
大きなまくらも買おう
休みの日には朝から晩まで
ふたりはベッドの中にいて
いっぱいキスして過ごそう
きっととても楽しくて
ふたりはずっとわらっている
わたしは多分しあわせすぎて
時々泣いたりするかもしれない
今もわたしは泣いているけど
それはこのかなしいメロディーが
この胸の中とまらなくて
あなたへの思いをくもらせるから
きっとわたしはベッドは買わないし
あなたと眠ることもない
想像の中のふたりの未来は
わたしひとりのかなしいメロディー
by レンゲ
『性と愛はとこしえに (2006年5月29日)』より
上の詩の中でレンゲさんはこのように書いていたんですよ。
きっとわたしはベッドは買わないし
あなたと眠ることもない
想像の中のふたりの未来は
わたしひとりのかなしいメロディー
これが、どうだとおっしゃるのですか?
だから、現在のレンゲさんは大きなベッドも買ったし、きれいな肌ざわりのいいシーツも買ったし、でっかい枕も買ったじゃありませんか?。。。清水君の腕の中でたくさんキスしているし、毎日抱かれて悲しいどころではない。。。、幸せいっぱいでしょう?
それは。。。
レンゲさんは、現在、幸せな気分に浸(ひた)っていないのですか?
だから、それは。。。あたしが上の詩を書いていた頃と比べれば幸せかもしれません。
幸せすぎて涙が出てくるほどでしょう? うへへへへ。。。
デンマンさん。。。からかわないでくださいな。
僕がなぜ上の詩を持ち出したかと言うと、レンゲさんに悲しいメロディーを感じていた頃のことを思い出して欲しかったからですよ。僕はそのために徳川家康さんの残した遺訓をかつて書いたのですよ。

人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。
いそぐべからず、
不自由を常と思えば不足なし、
こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久の基、
いかりは敵とおもえ、
勝つ事ばかり知りて、
まくること知らざれば害その身にいたる。
おのれを責めて人をせむるな、
及ばざるは過ぎたるよりまされり。
人の一生と言うものは重い荷を背負って遠い道を行くようなものですよ。
急いではいけないのだ。
いつも不自由していると考えれば、不満が生じるはずがないんだよ。
何かがとても欲しいと思った時には、自分の過去にあった苦しい時代を思い出すことだね。
“堪忍”こそが無事に長く安泰でいられる基礎なんだよ。
“怒り”は敵と思いなさい。
また、人生では勝つ事ばかりを知って、負けを知らない事は危険ですよ。
自分の行動を反省することです。人の責任ばかりを追及する事は良くありません。
何かをやるとき、なかなか達成できない事の方が、やり過ぎてしまう事よりましなんですよ。
『性と愛は限りなく (2006年5月28日)』より
つまり、デンマンさんがおっしゃりたいのは“何かがとても欲しいと思った時には、自分の過去にあった苦しい時代を思い出すことだね”。。。ということですか?
そうですよ。常に幸せなことばかりじゃないんですよね。レンゲさんだってオツムの中では分かっているはずですよ。でも、つい忘れてしまうんですよね。現在、レンゲさんは幸せだとは思っていないかもしれない。でもね、レンゲさんが上の詩『かなしいメロディー』を書いていた頃と比べれば、今のレンゲさんは、幸せすぎるほど幸せなはずですよ。涙があふれてくるほど幸せなはずですよ。レンゲさんが詩の中で書いていた通りの幸せを今のレンゲさんは自分のものとして、つかんでいるんですよ。だから、その幸せをじっくりと噛み締めればいいのですよ。そう思いませんか?
【レンゲの独り言】

徳川家康ですってぇ。。。?
江戸時代の人ですわア。
今から400年前に生きていた人ですわよ。
真理は永遠だと言った人もおりますが
決してそのような事はありませんわ。
ニュートンの万有引力の法則は確かに真理ですけれど、
ニュートンの万有引力の法則が分かっただけでは人類は月には行けなかったのですわよ。
アインシュタインの相対性理論が導き出されて初めて人類は月にロケットを飛ばす事ができたのですわ。
つまり、真理はより正しい真理に時代と共に書き換えられてゆくものなのですわよ。
狸じいさんの言ったことは400年前の社会では確かに真理だったかもしれません。
でも、それはニュートンの万有引力の法則のようなモノですわ。
あたしが聞きたいのは狸じいさんの言った事ではなくて、
アインシュタインの言う真理ですわ。
デンマンさんは分かっているのかしら?
『憂いて迷う (2008年1月24日)』より
僕はレンゲさんの上の独り言をじっくりと読みましたよ。
それで、デンマンさんは、どのように感じたのですか?
あなたは、本当に理知的な人だと僕は改めて思いましたよゥ。
あたしがニュートンとアインシュタインを持ち出したからですか?
違いますよう。
“真理はより正しい真理に時代と共に
書き換えられてゆく”
レンゲさんは、このように言ったのですよ。ミーちゃんハーちゃんには、なかなか言いたくても言えない言葉ですよ。
それって。。。、それって。。。、もしかして、あたしをからかっているのですか?それとも、けなしているのですか?
やだなあああぁ〜。。。僕はマジでレンゲさんの知性を褒め称(たた)えているのですよ。レンゲさんが言っているように、確かに時代が違い、社会体制が全く違っている。江戸時代というのは250年間、ほぼ変わらずに体制を維持してきたのですよ。変わろうとすると家康の時代に戻そうと江戸幕府のおえらい人たちが必死で努力した。つまり、変わっては駄目な社会だった。そのために士農工商の身分制度をしっかりと立ち上げたのですよ。レンゲさんだって、この事をわきまえて上の独り言を言ったのでしょう?
あたしは、歴史はあまり好きではありしませんわ。
とにかく、豊臣秀吉の頃には戦乱があると百姓は刀や、槍を持って武士に早変わりして戦功を立てて出世しようとした。秀吉がその最も良い例ですよ。でも、それをやられると徳川幕府は困るのですよね。なにせ、百姓が80パーセント以上の人口を占めている。その百姓が戦いがあるたびに武士になっては困ってしまう。だから、秀吉が天下を取った頃から刀狩(かたながり)を徹底的に進めて、兵農分離政策を取った。百姓は武士になれないようにした。秀吉も勝手な男ですよね。自分は百姓から武士になったくせに、もう百姓は武士になってはいけない!と言った。だから、石川五右衛門が、大盗賊としてつかまり、釜茹(かまゆ)でにされて処刑された時、秀吉の事を次のように言ったと伝えられていますよ。
俺は、確かに大泥棒だア。
だけどォ〜、俺よりもすごい大泥棒が居るぜぇ〜。
秀吉だア。
あの男は百姓から身を起こして
日本を盗んだ大泥棒さア。
確かに、その通りなんですよ。勝てば官軍!秀吉は天下を取ると勝手な事をしたわけですよね。大泥棒から太閤に出世した。今の言葉で言えば、百姓が武士になる自由を奪った。家康も、この点に関しては、大泥棒の秀吉を見習った。百姓は今も将来も百姓。武士は永遠に武士。そうでもしないと江戸時代は250年も続かなかった。百姓から2代目の秀吉が出てきては困るのですよ!だから、徳川家康が取った政策は“足るを知る”政策だった。つまり、不満を持ってはいけませんよ!という事を下々の民・百姓に教え込んだ訳ですよね。つまり、将軍やその家族は贅沢な生活をしていながら、貧乏人や百姓には、現在の状態で幸せだと思え!より幸せになる事など考えずに、汗水流して働け!それが人生なのだよ!上の家康の言葉は、正に、このように解釈できる。それを、レンゲさんは見抜いたわけですよね。うへへへへ。。。
デンマンさんは。。。デンマンさんは、マジですか?
もちろんですよ。僕は。。。僕は、大真面目でレンゲさんの知性を褒め称えているのですよ。うしししし。。。
あたしは騙されませんわ。。。そのように余裕を持っておっしゃる時には、必ず。。。必ず、デンマンさんは、あたしの足元をすくうのですわア。。。あたしを褒めておいて。。。あたしがその気になって有頂天になっていると、あたしの足元を払うねん。。。あたしは無様(ぶざま)にコケテしまうねんやわあああぁ〜。
やだなあああぁ〜。。。そこまでレンゲさんは深読みして僕の言葉を疑うのですか?
あたしもデンマンさんとは長いお付き合いをしていますから。。。
分かりましたよ。でもねぇ〜、レンゲさんばかりではなく、ジューンさんまでが徳川家康の言葉に反抗的なんですよね。ジューンさんは北米で生まれ育ちましたから、もともと徳川家康の封建制なんて全く身に覚えが無い人ですよ。日本の縦型の社会なんて全く知らない。だから、次のような事が言えるのですよ。
不自由な時代の“知恵”

レンゲさんの言うことは尤もですわよね。
確かに狸おじさんの言ったことは400年前の事ですわ。
現代社会とは全く違った不自由な時代の“知恵”ですわ。
あなただって、そう思うでしょう?
でも、科学と人生哲学は同列に並べる事が
できないようにも思えます。
アインシュタインの相対性理論は
ベッドの中で愛し合う愛人同士には
当てはまらないように思うのですわよ。
うふふふふ。。。

ベッドの中で愛し合っている時に
あなたは思いませんか?
この人の求めているモノと
わたしの求めているモノが違うのではないかしら。。。?
ふと。。。そんな気になったことってありませんか?
男の求めているモノと
女の求めているモノ。。。
この事についてアインシュタインの相対性理論は
無関心ですわ。
レンゲさんはベッドで愛し合う事を
大切なコミュニケーションと言ってますよね。
わたしは、そのコミュニケーションの意味が
分かっているつもりです。
でも、男性で、そのように考えている人が居るでしょうか?
つまり、詩や短歌が分からない人には
詩的に愛し合う事って
できないのではないかしら?
『憂いて迷う (2008年1月24日)』より
う〜♪〜ん。。。ジューンさんも相当な論客ですよね。かわゆくて美人だから、オツムが足りないのじゃないかな。。。?僕は、初め、そう思ってしまったのだけれど、なかなか、どうして。。。ジューンさんも相当な“剣の使い手”ですよ。
分かりましたわ。。。これだけ長いこと歴史の事をだらだらと書いてきて、デンマンさんは、いったい何がおっしゃりたいのですか?
レンゲさんは僕の質問に対して次のように答えたのですよ。
レンゲさんへの質問

2007-04-22 17:10
質問115:
愛の営み(愛する人とのセックス)に
夢中になれる人となれない人が居ますか?
夢中になれないセックスと、
愛のないセックスは
ほぼ同じだと思います。
なので、セックスとは愛ありき。
それって、あくまで理想ですけどね(苦笑)
質問118:
清水君に求める愛と坂田さんに求める愛は、どういうものですか?

うーーーん??
恋愛で求めるものを、
複数の人に分散はできないですね。
「相手のことが好き」
わたしはそれしか考えていないのです。
質問119:
清水君から愛される愛と坂田さんから愛される愛は、どういうものを期待しますか?
むむむむむむ…。
「おたがいに理解しあって、誠実でありましょう」
誰に対しても、そう思います。
質問122:
レンゲさんは性的欲求不満からヒステリーを起こした事がありますか?
ないですね。
セックスで満たされることとは、
精神的に満たされることなので、
肉体的欠乏感に苦しむことは、ないのです。
だってね…
わたしは自慰行為すらしたことがないんですよね。
しようとも思わないし。
セックスとは、愛する人との大切な
コミュニケーションだから、
性欲をひとりで処理するのは、
わたしにとっては、無意味なのです。
質問124:
最近のレンゲさんは寂しくなってセックスしたい、なんて思うことはないですか?
さすがに学習しましたよ!
寂しさを埋めるためにセックスしたとしても、
残るのは、虚しさやらバカバカしさだけ。
そんなセックスは、愚か者の自慰みたいなもの…
というのが、わたしの考えです。
質問126:
レンゲさんは、愛する人と一生一緒に
居る事が出来ると思いますか?

わたしには、誰かの人生に責任を持つほどの
力がないと思うのです。
簡単にプロポーズを受けることもできません。
この世に絶対などなく、今の真実が未来において、
嘘になりうることもあるならば、
無責任な約束もできないのです…しょぼん。
少々、厭世感が強いのかもしれませんが、
この世のすべては、あまりにも無常なので…
『悦楽の親密感 (2008年1月14日)』より
この最後のレンゲさんの答ねぇ。。。
それが、どうしたとおっしゃるのですか?
“この世のすべては、
あまりにも無常なので…”
この言葉は、正にレンゲさんの上の独り言と同じものですよね。つまり、時代は常に動いてゆく。変わってゆく。“無常” --- 常には有(あ)らず。徳川家康の江戸時代は250年続いたけれど、それが変わらずに更に永遠に続く事など考えられない。だから、“無常”なのですよね。
そうですわ。
。。。で、変わらないはずだった常住・有常の江戸時代の恋愛はどうだったのか?レンゲさんは清水君と坂田さんを愛している。でも心中するような事態にはなっていない。ところが、江戸時代に、もし一人の女が二人の男を愛したらどうなるのか?一人の男が二人の女を愛したらどうなるのか?それが『心中天網島』ですよ。
心中天網島
(しんじゅうてんのあみじま)

紙屋の治兵衛は二人の子供と女房がありながら、曽根崎新地にあった当時の高級クラブ「紀伊国屋」の遊女(高級ホステス)小春とおよそ三年にわたる馴染み客になっていた。
小春と治兵衛の仲はもう誰にも止められぬほど深いものになっており、見かねた店の者が二人の仲を裂こうとあれこれ画策する。
離れ離れになるのを悲しむ小春と治兵衛は二度と会えなくなるようなら、その時は共に死のうと心中の誓いを交わした。
ある日小春は侍の客と新地の「河庄」(別の高級クラブ)にいた。
話をしようにも物騒な事ばかりを口にする小春を怪しみ、侍は小春に訳を尋ねる。
小春は「馴染み客の治兵衛と心中する約束をしているのだが、本当は死にたくない。だから自分の元に通い続けて治兵衛を諦めさせて欲しい」と頼む。
開け放しておいた窓を閉めようと小春が立った時、突然、格子の隙間から脇差が差し込まれた。
それは小春と心中するために脇差を携え、店の人々の監視を掻い潜りながらこっそり「河庄」に来た治兵衛だった。
窓明かりから小春を認めた治兵衛は窓の側で話の一部始終を立ち聞きしていたのだ。
侍は治兵衛の無礼を戒めるために治兵衛の手首を格子に括り付けてしまう。
すると間が悪いことに治兵衛の恋敵である伊丹の太兵衛が「河庄」に来てしまう。
治兵衛と小春を争う太兵衛は治兵衛の不様な姿を嘲笑する。
すると治兵衛を格子に括った侍が今度は間に入って治兵衛を庇い、太兵衛を追い払った。
実は武士の客だと思ったのは侍に扮した兄の粉屋孫右衛門だった。
商売にまで支障を来たすほど小春に入れ揚げている治兵衛に堪忍袋の緒が切れ、曽根崎通いをやめさせようと小春に会いに来たのだった。
話を知った治兵衛は怒り、きっぱり小春と別れる事を決めて小春から起請文を取り戻した。
小春はもう治兵衛と縁を切る気持になっていた。
嫌いになったのではない。
治兵衛の妻おさんから「どうか夫の命を救って下さい」と身を案じる手紙を内々に受け取っていたからだ。
おさんは2人の関係を知っていて、心中されることを恐れていたのだ。
小春は別れることで治兵衛の命を救うことにする。
彼女は治兵衛に理由を話さず「心中が嫌になった」とだけ告げた。
突然の心変わりが理解できず「この裏切り者!」と治兵衛は激しく罵るのだった。
彼はまた、人づてに成金の太兵衛が小春の身請け(遊女を店から大金で買って自由にすること)を狙っていると聞いてパニックになる。
それから10日後、きびきびと働く妻のおさんを見ながらも治兵衛はどうにも仕事に精が出ず、炬燵に寝転がってばかりいた。
その時、治兵衛の叔母と孫右衛門が小春の身請けの噂を聞いて治兵衛に尋問しに紙屋へやって来た。
ここ10日間、治兵衛は何処にも行っていない、身請けしたのは恋敵の太兵衛だという治兵衛とおさんの言葉を信じ、叔母は治兵衛に念のため、と起請文を書かせると安心して帰っていった。
しかし叔母と孫右衛門が帰った後、治兵衛は炬燵に潜って泣き伏してしまう。
心の奥ではまだ小春を思い切れずにいたのだ。

そんな夫の不甲斐無さを悲しむおさんだが、「もし他の客に落籍されるような事があればきっぱり己の命を絶つ」という小春の言葉を治兵衛から聞いたおさんは彼女との義理を考えて太兵衛に先んじた身請けを治兵衛に勧める。
おさんは自分が出した手紙のことを正直に話し、「小春さんを死なせては女同士の義理が立たない」と治兵衛に語る。
商売用の銀四百匁と子供や自分のありったけの着物を質に入れ、小春の支度金を準備しようとするおさん。
しかし運悪くおさんの父・五左衛門が店に来てしまう。
日頃から治兵衛の責任感の無さを知っていた五左衛門は直筆の起請文があっても治兵衛を疑い、おさんを心配して紙屋に来たのだ。
当然、父として憤った五左衛門は無理やり嫌がるおさんを引っ張って連れ帰り、親の権利で治兵衛と離縁させた。
おさんの折角の犠牲も全て水の泡になってしまったのだった。
望みを失った治兵衛は虚ろな心のままに新地へ赴く。
小春に会いに来たのだ。
別れた筈なのにと訝しがる小春に訳を話し、もう何にも縛られぬ世界へ二人で行こうと治兵衛は再び小春と心中する事を約束した。
小春と予め示し合わせておいた治兵衛は、蜆川から多くの橋を渡って網島の大長寺に向かう。
そして1720年10月14日の夜明け頃、二人は俗世との縁を絶つために髪を切る。
「同じ場所で死んではおさんさんへ義理が立たないので、離れた場所で死にましょう」と小春は言う。
治兵衛は小春の喉首を刺し、自らはおさんへの義理立てのため、付近の水門で首を吊った。

1969年(昭和44年)には、篠田正浩監督により映画化された。
治兵衛には二代目中村吉右衛門、おさんに岩下志麻を起用し、通常の劇映画と異なる実験的な演出で、人形浄瑠璃や歌舞伎の雰囲気を色濃く漂わせる作風となっている。
『自由と無関心 (2008年1月17日)』より
つまり、ジューンさんが言っていた『足るを知る --- 不自由な時代の“知恵”』に従えば、確かに、このような不幸な心中をしなくても済む。でも、レンゲさんのように自由に二人の男を愛そうとすれば、江戸時代のような不自由な時代には、心中でもしなければ夢がかなわない。そこまで追い詰められてしまった。それが現実に江戸時代に起こった上の事件だった。
それと、あたしの愛情生活がどのように関わっているのですか?
レンゲさんは次のように言ったのですよ。
“この世のすべては、
あまりにも無常なので…”
その通りですよ。変わらぬものなど無いのですよ。常に変わってゆく。でも、現在は、江戸時代のような不自由な時代ではない。つまり、治兵衛は小春を身請けして囲い者にすることができる。でも、それができない厳しい家族の結束、同族の結束が江戸時代にはあった。家族や同族の者が寄ってたかって“止めろ!”と言いに来る。そのために、治兵衛と小春は心中しなければならなかった。現在ならば、そのように考えて心中する人は、おそらく居ないだろうけれど、江戸時代には、そのように考えて心中する人が数千組居た。
それで、デンマンさんは何がおっしゃりたいのですか?
現在は、江戸時代と違って、身分制度も無ければ、行動を制限するような家族の強い結束も、同族の強い結束も無い。実際、レンゲさんは清水君と同棲している。清水君がニューヨークに出張していた時には坂田さんと会って自由に愛し合った。でも、現在のレンゲさんの愛情生活は平穏そのものですよ。心中する必要は全く無い。ただ、レンゲさんが独りになって自分を見つめる時に、心の奥深いところで虚しいモノを感じてしまう。小春がレンゲさんの悩みを聞いたら、次のように言いますよ。“そんなの悩みじゃないわよ。なたは二人の男を愛していても誰からも文句を言われない。あたしの身になって考えて御覧なさいよ!あなたは、自由で、幸せそのものじゃないの!” そういう答えが返ってくると思いますよ。
。。。それで?
だから、何が問題なのか? レンゲさんは、どう思いますか?
分からないから、デンマンさんにお聞きしているのですわ。教えてくださいな。
レンゲさんが自分で次のように答えていましたよ。
“わたしには、誰かの人生に
責任を持つほどの
力がないと思うのです。”
だから。。。?
つまり、清水君と家庭を持つ、という自信が持てれば、レンゲさんの心の虚しさはなくなりますよ。
そうでしょうか?
その自信を持つ自由が、今のレンゲさんにはあるのですよ!。。。江戸時代ではないのだから。。。レンゲさんは不自由な小春ではないのですよう。
【レンゲの独り言】
デンマンさんは、こうして理屈であたしをがんじがらめに縛ってしまうのですわ。
なんだか、江戸時代の小春の“不自由”を身にしみて感じているような気分がいたします。
理屈っぽい人って、時にはイヤですよねぇ。
あたしが自信を持って言っても、必ずデンマンさんは何とか、かんとか言って必ず反発します。
だから、『匿名』さんのようにデンマンさんにアクタレを言いたくなるのですわよ。

変態!!!
http://blog.livedoor.jp/yokop0914/archives/51270796.html
匿名 2008/01/19 22:34
『禁断のベッド (2008年1月8日)』のコメント欄より
愚かなオツムの足りないアクタレですけれど、その気持ちは、あたしにも分かりますわ。
ところで、デンマンさんによると、この匿名さんはDEMPA55ですってぇ。
言われてみれば、納得がゆきます。
デンマンさんに『匿名』でアクタレを言うのは
恥知らずのDEMPA55より他に居ませんものねぇ。
うふふふふ。。。
ええっ?DEMPA55って誰なの?
あなたは、そう、お聞きですか?
検索エンジンで調べるとすぐに見つかりますわ。
とにかく、またあさって、あなたも読みに戻ってきてくださいね。
じゃあね。

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