彼女の計報を聞いたのは一週間前。 韓国に留学していた友達が交通事故で亡くなった。 不思議とショックで身体が震えるとか、涙がとめどなく溢れるということは無かった。 とにかく余りにもリアリティが無くて、余りにも突然すぎて信じられなかった。 長い闘病生活の末に亡くなったとかではなく、忽然と消えてしまったという感覚。 友達の嗚咽を目の前にしても、ただただそれを見つめることしか出来ず この一週間、処理し切れない感情と、異物感がずっと消えなかった。 彼女は学生時代、一緒にサークルを立ち上げた仲間だった。 韓国と日本の交流サークルだったのだが、 私の韓国に対するステレオタイプを払拭してくれたのは彼女だった。 真夏の暑い中、一緒にサークルのビラ配りをしたり、イベント企画のため何度も打ち合わせを重ねたり、深夜まで一緒に語ったこともあった。 美人で気立てが良くて、優しくて彼女はサークルでも本当に人気だった。 彼女の死を聞いてから、一週間。 メールしても返ってこない、携帯のアドレス。 更新されていない彼女のホームページ。 そこにある「安らかに眠ってね」という多くの書き込み。 1つ1つで、ようやく受けいれられるようになったのと同時に始まる深い悲しみ。 送別会、もっと豪華にしてあげれば良かったとか、 留学してからも、もっと一杯メールすればよかったとか もっともっと「ありがとう」って言えば良かったとか、 事故といっても長時間、痛みで苦しんだりしなかったのかとか 今一人で泣いてないかとか 偽善者のようにそんなことばかり考える。 日本語教師の夢も叶えたかっただろうし、大好きな人と結婚して可愛い子供も生みたかっただろうに。普通の女の子と同じように、当たり前のように訪れるはずだった彼女の未来。 『あなたが空しくすごした今日は 昨日死んでいった者があれほど生きたいと願った明日』 何かの本で読んで知った言葉を思い返し、そして再びその重みを知る。 命は大事だ、生きているだけで価値があると、幼い頃から刷り込まれてきたが その理由を本気で考えたことはなかった。 本当に生きているだけで価値があるとしたら、その計りしれない未来にあるのだろう。 彼女の冥福を心から祈りたい。そしてどこかでまた出会えたらいいなと、 それまで彼女に恥じぬように頑張らなくちゃいけないと 自分に言い聞かせてばかりの毎日です。
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