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2009年02月13日

昔から恥ずかしいほど無鉄砲でした by Asai5

先週IBMの研修施設で行われたあるセミナーに2泊3日で参加させていただきました。
大変内容の濃い、充実した3日間でした。

実は、随分昔10年前の大学院時代に経営戦略の講義を受け、その講師をされておられたのが当時IBMの顧問をされていた鴇田様(後に青山学院大学院教授)でした。その講義は『IBMに学ぶイノベーションによる経営戦略』という(ような)テーマで3ヶ月にわたり受講いたしました。
そのとき、IBMについての歴史やブランディング、社員の帰属意識とホスピタリティ、そしてイノベーションと改革による戦略について学びました。
そのときの講義の中で社員の帰属意識を高めることのひとつとして研修施設のお話を伺いましたが、自分が10年経って、まさかそこで研修を受けるとは夢にも思わず、なんだか感慨深い気持ちでいっぱいになりました。

鴇田先生の『経営戦略』の講義初日に ぎりぎりセーフで教室前に到着すると、教室の入り口は人であふれかえり、教室の中は40人弱の定員に対して50人以上の生徒が押し寄せて大変な盛況ぶりです。何より当の先生が一番驚いて困っていました。
私は折りたたみ椅子を持って人をかき分け 教室に入り、一番前の教壇の隣に小さく開いたスペースで講義を受けました。
その翌週からは大きな教室に変わりましたが、相変わらず私は先生の正面の席を陣取って講義を受けていました。
先生の講義はとても面白くて、3ヶ月はあっという間に過ぎてしまいました。最後の先生の講義でご自身で研究されている『陰陽学』について触れ、いろいろ陰陽学にまつわる興味深いお話をしていただきました。
私はとても名残り惜しくて、先生にお礼かたがた改めて名刺を差し出し、自己紹介をさせていただきました。そして講義での感銘を受けたことをお礼すると「また、私で役に立つことがあればいつでもどうぞ。」といっていただきました。社交辞令と思いつつも、その言葉を真に受けて私はさっそく先生にメールでご連絡し、先生のお仕事場(当時の六本木にあった日本IBM本社)を訪問させていただきました。(今になると、なんとあつかましいことをしたことかと恥ずかしくなります)
通されたのは上層階の役員専用の応接室で、私は大変緊張したのを今でも覚えています。
先生は快く出迎えてくださり、「浅井さんの会社は何をしているのですか?」と聞かれ、私も『先生にお目にかかりたくて遊びにきた、、、』ともいえず、まじめに会社案内をし、いつもの調子で「ぜひ弊社でお役に立てることが何かございましたら・・・」なんて営業トークをすると、先生はすぐに立ち上がり、応接室の電話から秘書の方に何か言いつけている様子。そしてフカフカのソファーに戻ると「私はもう現場のことは良くわからないから、私の部下だった詳しい者に頼みましたから、後日ご連絡させていただきます」とのこと。
私は予期せぬ急展開に面食らってしまい、早々に退散しました。
そして、後日、先生の元部下の秘書の方からご連絡をいただき、先生の部下という方を訪問させていただくのですが、それがなんと現在のIBMの社長様でした。
実は、その方とはそれ以前にゴルフコンペでご一緒させていただいたことがあり、面識はありましたが、まさか顧問を通じて、のこのこ訪ねてくるとは思わなかったと思います。そのため、ちょっと戸惑をかくせない様子でした。
それもそのはず。私が訪問させていただいた時分は、まだA&Peopleが2年足らずの設立したばかりの会社で、社歴もなく取引先も数社の会社が、、と思われたことと思いますが、現IBM社長様も懇切丁寧にご対応いただきました。

先週のセミナーでは、そんな思い出が走馬灯のごとく鮮やかに脳裏に浮かび、当時の講義で学んだ『IBMのホスピタリティ』を身を持って体感させていただきました。

また、当時を振り返り、自分の危なっかしいほどの無鉄砲さと、人との良縁に恵まれた運のよさをかんがみて、あらためて皆様に感謝の気持ちでいっぱいになりました。

この場を借りて、IBMの皆さま、お騒がせして誠に申し訳ございません

2008年09月19日

イメージトレーニング by Asai

最近、加圧トレーニングを始めました。知人の紹介であるトレーナーさんを紹介いただき、その方の指導の下、自宅で週に2回、特殊なトレーンングウェアを着用して黙々とストレッチをしています。
ジムやエステに行くことは時間的に許されない身としては、自宅でできるのはとってもありがたい!と飛びつきました。
たった20〜30分のストレッチにもかかわらず、どっと疲れて、その日はもう、ベットに横になった瞬間にぐっすり眠りにつくといった感じです。

以前にブログで『ビリーズブートキャンプ』について紹介しましたが、2週間で確かに効果が出て、いまだにおなかの筋肉(筋肉といえるほどではありませんが)がたてに割れてぽっこりお腹は解消されました。でもやっぱり何もしないとお腹周りの贅肉はいやおうなくついてきます。
かといって、もう一度、ビリーに挑戦するのはちょっと荷が思いし、、、、と思っていたところに、紹介された加圧トレーニング。「毛細血管まで開き、冷え性の解消にもなる!」ときいて、すぐにチャレンジすることにしました。
実はまだ、そのトレーニングも3回しかしていません。なんせどっと疲れるので、週末か平日のお酒を飲まない、食間を選ばないといけません。それが難しい。お酒は飲まないにしても、平日の食間は無理なので、仕方なく子供を寝かしつけて、夜中に例のごとく、もぞもぞと起きて一人で黙々と行っています。
血管を締め付けているせいもあるのか、腕は黒くなり、血管が飛び出し、顔もすぐに赤くなります。私は結構、何事もストイックに取り組むタイプのため、たぶんそんな姿を傍(はた)から見ると不気味に写るのだろうと思いながら、ひとり黙々とやっています。「なんか根暗みたいでさみしいなぁ〜」って感じ。

そんな折、夜中にぼんやりテレビをつけてみていると『コアダンス』というダイエットプログラムのTVショッピングをみるや、「あっ、こっちの方が楽しそうじゃない。」
ちょっぴり浮気心がでて、真剣に体験者の映像なんかを見て、「そうそう、人のカラダって、やればやっただけ、それなりの結果がでるんだよねぇ〜。私もビリーのときにそう思ったよ」なんて、うなずいたりして見ていました。

キリストの言葉にもあるとおり、「信じるものは救われる」ではないけれど、素直に試して、続けてみると、案外、人のカラダというのは柔軟に変化するものだと思いました。
(残念ながら、私は結構素直な性格ですが、継続することが難しい)

最近思うのが、お顔のケア。恥ずかしいくらいに3年位前まで、私は顔に関するケアをまったくといっていいほどしていませんでした。化粧品にはお金をかけず、なによりクレンジングも適当で、洗顔後も何もつけずに寝ることなんてよくありました。
化粧品メーカーにお勤めしている友人の忠告にもまったく耳を傾けず、不精をしていました。
それでもそれまでは、何とかしのげていたのかもしれませんが、息子を産んでからの産後は自分の顔のケアさえする時間もなく、栄養は吸い取られ、本当に肌はぼろぼろ、かさかさ、シミや皺が増えて、鏡を見るのが本当にイヤになるくらいでした。
「まっ、歳だし、子供を産んだら仕方ないよね。。」とあきらめの境地に入り、子育てと仕事に追われる毎日を過ごしていたあるとき、同じころに子供を出産した化粧品メーカーでディレクターを務める友人とランチをしてびっくり。彼女はまったくスタイルも肌も独身時代となんら変わらず、若くてきれいなまま。
思わず、「どうしてそんなにきれいでいられるの?」と聞きたくなるくらいでした。ちょうど彼女の手がける製品はアラフォー世代向けのアンチエイジング製品であることを思い出し、『なるほど、それか!!』と、その週末にさっそく彼女の会社の製品を買うことにしました。
けっこう私からすると高価なクリームで、買うのに躊躇しましたが、『これで彼女のように若々しい肌を取り戻せるなら、安いじゃなぁい。』と、けっこう無理やり安直な思考を試みる私でした。

残念ながら一ビン終えた時点ではほとんど効果は見れず、継続すべきか迷いましたが、『もう一ビンで効果がでなければ止めよう』と思い、続けてみると2ビン目が終わるころに部下から「最近、肌がきれいになったんじゃないですか?」と言われて、思わず抱きしめたいほどうれしい気持ちになりました。そして、いつしか産後のぼろぼろ肌はいつの間にか解消され、まともな肌になりました。

人のカラダって、たぶん柔軟性があり、それなりに気遣えばいろいろ思うように変えられるのではないかと、最近自分の中で思っています。
それにはプラスして、まず脳でそうした思考を十分に租借させて脳から各筋肉や神経に伝達させることも大切なのかなとも思います。イメージして脳に伝達して思考させることでアドレナリンのようなホルモンを分泌させて実質のトレーニングやケアがより効果をもたらすように感じます。

だから、なにごともまずイメージすること。 
? まずイメージ(あんな風になりたい!)して、強く欲する
? そのために1、○○ 2、○○をして 3、○○ を継続する
? (挫けそうになる)再度、思いの姿をイメージする
? もう少しだけがんばってみよう!
? あれっ、なんか変わってきた?
? あっ、なんだか楽しくなってきた <そのころには効果が出始めてる>

って感じ。
よし、今夜も加圧トレーニングをがんばるぞ!

2008年07月09日

除湿機 by Asai

除湿機。
梅雨で雨の日が続きましたが、雨が降ると湿度が高まり不快度が増します。
しかし、我が家には湿気を取り除く強い味方があります。1年ほど前に購入した除湿機が家の中のじめじめを取り除いてくれるので、いつもカラッとした空気の中ですごすことができます。
ところが、その除湿機が一月ほど前から“カラッカラカラガラッガラッ”と変な音を立て始めて、異臭を伴い始めたため、使うのを控えていました。すると、そのとたんに雨の日はたちまち家の中の湿度が高まり、じめじめ感に包まれました。
そこで、意を決して今週末に新品に買い換えて、また快適な日々をとり戻しました。

それにしても、人の身体というのは本当に高性能にできていると関心してしまいました。湿度が高まっていることを肌は瞬時に感じ取って、即座に私の脳に伝達してきました。『わ〜なんだかじめじめしてる〜』そして、私の脳は『よし、今週末は除湿機を買い換えよう!』と決断に至るのでした。
新しい除湿機がまた優れものです。4時間のタイマーをつけておくと、だいたい1リットルの水を除湿してタンクに溜めてくれます。毎日、毎日約1リットルのお水を除湿していますが、それでもいくらでも水が溜まるのが面白いです。
カラッとした中で過ごすのは気持ちのよいものだと改めて実感します。
ちなみに、カラッとした空気も瞬時に察知する人間の肌は本当によくできているなぁ〜と、はたまた関心する私でした。

広尾界隈。
先日、ある社長様にお誘いいただき、広尾の美味しいイタリアン(シチリア地方)のディナーをいただきました。その社長さんは業界内でもグルメで有名な方のようで、ご自信のブログでも美味しいお店の紹介などされています。
流石にそうした方のお勧めのお店だけあって、お店の雰囲気はもちろんのこと、お料理も、ワインもサービスも素晴らしいものでした。何より、お客を楽しませるべくイタリア人のマネージャがほどよいリップサービス(トーク)で場を盛り上げてくれたりと、給仕やサービスが一役買ってそうした料理をより楽しく美味しく演出してくれました。
シチリアといえば『ゴッドファーザーの故郷!』固めのアルデンテを口に運びながら、頭の中ではゴッドファーザーの音楽と各シーンを思い浮かべながら、シチリア風の超アルデンテのパスタをいただきました。もちろんお味は“ぐぅ〜!”でした。おしゃれだけれど、気さくで飾らない素敵なお店でした。
『今度は、社員ときますね!』とマネージャに約束してお店を後にしました。

広尾界隈はおしゃれなお店が立ち並んでいます。恵比寿からも目と鼻の先なのに、なかなか途中下車する機会がありません。ときどき足をのばしてみようと思いました。

女と男の会話
最近夜中に観ている(殆どは寝てしまって観逃しているのですが)海外ドラマでDr. House、ボストン・リーガル、グレイズ・アナトミー。私の好きなドラマは法廷モノ、事件モノ、医療モノと系統が偏っています。
週末に見たグレイズ・アナトミーというドラマの中で主人公の女医のたまごとそのハンサムな上司の会話が興味深く、印象的でしたのでした。
二人は最近恋人になったらしく、彼女が彼に色々個人的な質問をします。「好きないろは?好きな食べ物は?好きな本は?好きに映画は?週末は何しているの?兄弟は?」そして、彼は「急に僕に興味をもち始めたんだね?」と、余裕の態度。彼女が「最近ベットを共にしているのに、私はあなたのこと何も知らない。これって不自然じゃない?ただ、それだけの関係なの?」忙しい彼は笑って相手にせずに、違う病棟へ向かいます。
なるほど。男は相手を射止めるまでは“まめまめしく”女性を食事やデートに誘い、甘いリップサービスで女性をその気にさせて、いざ自分の彼女にすると一安心して、余裕の態度。女性は急に不安に陥り、相手のことをあれこれ知りたがり、質問攻めにして既成事実を探りはじめる。たくさん知っていること、たくさん一緒にいることが愛の証のように。答えをくれない彼に対して主人公は彼に対して不信感の塊、怒り、自信の喪失を感じる。
ドラマの最後では彼がはじめて彼の家へ彼女を連れて行き、好きな色は、好きな本は、、、、と彼女の求める解を一つ一つ答え、彼女の幸せな笑顔のシーンで終わり。
ドラマに限らず万国共通して同じシーンが繰り返されているのかもしれません。

「話を聞かない男、地図が読めない女」なんて本がベストセラーになったのは記憶に新しいですが、男と女はそもそも思考の構造が違うらしく、かみ合わないのが当たり前?
そんな男女が恋愛し、結婚し、人生を共にするのはなんだか面白いなぁなんて思います。

中国では陰陽学という学問があり、相反するものが相性がよいという(大雑把に言うと)そうした教えがあり、陰陽学でも男と女は陰と陽の関係にあり、男と男、女と女より繁栄の意味でも相性がよしとなるそうです。お互いに違うということを認識した上で付き合うことが鍵なのか?
ただ、だれとその組み合わせをするかによって大きく異なるのか?

神様がなぜそうした違う男女を造ったのかを不思議に思いますが、陰陽学上で見たら理にかなっているのかな?

なんて思いをめぐらしながら眠りにつきました。


2007年07月06日

案にたがわず、夫婦喧嘩となりました。。。 By Asai.5

先日、A&People の設立間もない頃から大変お世話になっているお客様とその部下の方(といっても3,000人もの部下を持つ本部長さんですが)と3名で恵比寿にあるとても素敵な隠れ家的なお店をおしえていただき、そちらでお食事をご一緒させていただきました。
実は、そのお客様というのが大変ゴルフのお上手な方で、プロ並みの腕前です。
私がまだゴルフを始めて間もない頃からゴルフのご指導をいただき、ある意味、私のゴルフの師匠ともいえる方です。
その方とお食事をするときは、殆どお仕事の話は出てこず、9割以上がゴルフの話題で終始占められます。

話の最中に、私が『ゴルフは歳とっても出来るからいいですよね。私は老後は仲良く夫婦でゴルフを楽しみながら過ごせたらいいなと思っているんです』というと、その方が「だめだめ、夫婦でゴルフなんかやったって、喧嘩になるだけだよ。うちも、嫁さんに教えたけど、喧嘩になるからもうやめた。」すかさず、もう一方も「そうそう、みんなはじめは夫婦で仲良くゴルフをしたいなんて思って奥さんに教えるんだけど、だいたい喧嘩して『もうやめた』ってケースが殆どだよね。練習場でよく喧嘩してる夫婦がいるけど、みんなああいう経験があるから、同情しちゃうよね。はははははぁ。。」とのこと。
私は、『そんなものなのかな?うちの場合はそんなことないよね。。。』と、疑心暗鬼でその話題を終えました。

そして、先週末。何の気なしに時間をもてあましていたので、子供も昼寝をしてくれているし、義母に子供をまかせて主人を誘って二人で近所のゴルフの練習場へ行きました。

主人はゴルフは初心者ですが最近集中レッスンを受けてけっこう自信もつけており、「早く二人でコースに出たいね。僕がうまいのにびっくりしないでね!」なんて、挑発的なことを言ってやる気満々です。
私が着替えをしている最中に、主人はせっせと私のキャディーバックまで車に積み込んで準備万端です。(『なんかやさしいなー』と、ちょっと感動)
そして、練習場の駐車場について建物までの道すがらも重たい私のキャディーバックと自分のバックを2つ、せっせと抱えて足早に入っていきます。(さらに『やさしーじゃん!』と感激。)
ちょうど昼時ということもあり、練習場は待たずにすぐに隣り合わせの打席が確保でき、互いにストレッチをして練習を開始しました。
彼が、私の後ろ側の打席を先に選んだので、私もそれに従い彼の前になる位置で夫々に練習を始めました。

私は、一人のときでも誰と一緒でも運動をするときはストイックに黙々と取り組むのが常です。その日も、自分のペースでこつこつ練習をしていました。
なぜかその日は、絶好調でどの番手のクラブで打っても真芯に当たり、気持ちのよいほどスコーン、スコーンといい音とともに同じ方向に勢いよく飛んでいきました。
『私ってうまいじゃん!』なんて心でつぶやきながら、後方からの”ずどん”、”ぶすん”という変な音がしているのは気付いていましたが、気にせず自分の練習に打ち込みました。

一時間ほど練習した頃に後ろを向き『私は、そろそろパターの練習に屋上へ行こうと思うけど、どうする? もしあなたがもっとここで続けたいなら、あとから屋上へきたら?』と話しかけると、間髪いれずに「あなたは本当に自分勝手だからね。あなたみたいな人は今まで見たことない。何で僕はこんな人と結婚したんだか分からない。」といって首を何度も傾げています。

私は『えっ?どうしたの?なんか悪いことしたっけ?』と、自分に問い詰めてみても思い当たる節がありません。『もしかして、もっと練習したいのかな?私に見てて欲しいのかな?』などあれこれ思案し、『じゃ、もう少し待ってあげようか』と、ベンチに腰掛て彼の練習を見ていると、一打目が空振り。 思わず私は見て見ぬふりをして靴の紐を締めなおすふり。次に2打目は“ゴスン“というものすごい音で床をクラブヘッドが直撃。彼は手の震動と激痛に手を振っていて、玉は、彼をなめているように、ちょろちょろと前へ転がっています。
「あなたのせいで、気が散ってまったくうまくいかない。」と彼。
私は自分も昔はそんな次期もあったので、気持ちは充分理解できるし、みんなそうした時期を通って上達するのだから、別にそうした様子を見てもなんとも思わないですし、人のせいにしたくなる気持ちも理解できましたので黙っていました。

彼の気持ちを楽にする意味で、「早くコースに出たいっていってたけど、なかなかゴルフは奥が深くて、難しいよね。。。」と彼に優しく言ったつもりが、烈火のごとく「私は二度とあなたとゴルフはしません。練習もこれが最後だからね。」と、落ち着かせるどころか、火に油を注いでしまいました。もう何を言ってもだめだと思い「私はパターの練習に行こうかな?」と蚊の鳴くような声でいうと、鬼のような顔でにらまれました。

そこで改めて、その前の週のお客様との食事会の会話を思い出し、『きゃぁー!このことだったんだ!』と仰天してしまいました。
パターの練習場でも『何でこんなお天気のいい日に、こうなっちゃうかなー!』と思いつつも、重たい空気の中で二人は無言で黙々とパッティングをしました。

練習場からの帰りは悲惨です。主人は自分のキャディーバックを担いで、一目散に駐車場に向かいます。『行きはよいよい帰りは怖いだな』なんて考えながら、私は仕方がないので自分のバックを担ぎ、とぼとぼあとを追いかけ車に積み込みました。

助手席に乗り込み、少し雰囲気を変えようと「ねぇー、いつコースに行こうか?早い方がいいよね!」と明るく話しかけると、主人は「私はね、これから財産はしっかり整理させてもらうから。僕がこれから儲けでも、あなたにはビタ一文渡しませんから、覚悟しておいてね!」なんて言い出す始末です。
私は、『へぇー!財産まで話が飛躍するわけ???』と、そこまで来ると、もう限界です。それまでこらえていたのが噴出して大笑いしてしまいました。
もう、涙が出るほど私が笑ってしまったので大変です。彼の怒りがピークに達し、もう手のつけようがありませんが、私はもう笑が止まらなくなってしまいました。

たかだか、ゴルフごとき、されどゴルフなんですね。
師匠の教えの通り、夫婦でゴルフの練習なんてするものではありませんね。
私の老後の夢はもろくもくだけちりました。

2007年05月31日

怒るのだって愛がなければできません!  By Asai. 3

先日、子供が風邪気味だったので、早めに処置をしておこうと思い、仕事帰りに近所の小児科医にぎりぎり駆け込んで治療を受けたときのこと。その医院は時々TVにも紹介されるせいか、いつ行っても混んでいます。予約も受け付けていただけないので、混んでいるときはひたすら待ち続けなければなりません。
その日も、6時30分に受付を済ませて、なんと7時45に治療をしてもらいました。治療時間は5分ほどでお薬を出していただき、自宅に帰りました。
いつも、その病院へ行くともう少しうまい運用が出来ないものかとあれこれアイディアをめぐらしてしまいますが、決してそんな大それたことを院長先生に向かって口にはできません。
いつも処置が終わると「遅くまで、ありがとうございました。」と深々とお辞儀をして、失礼するのが常です。

その小児科の医院は待合室も広く取ってあり、一部じゅうたんが引かれた区切られたスペースには靴を脱いで本を読んだり、ビデオ鑑賞をする空間が設けられています。子供たちは夫々に靴を脱いで本を読んだり、寝転がったりして楽しめるわけです。

しかし、その日は小学校3年生くらいの男の子が、本当であれば操作できないように操作パネルにテープが貼り付けてあるのですが、それを勝手にはがしてTVをつけてアクション漫画を見はじめ、自分の家のように寝転がっていました。受付の看護婦さんもいやな顔をしつつ、特に注意もしないので私も何も言わずにいたのですが、親はどこにいるのかときょろきょろ見回すと待合室の隅のほうでずっと携帯のメールを熱心にしているのが彼のお母さんであることが後からわかりました。私が知る限りでもずっと携帯メールをせっせと書いては送信し、読んではまた書きとしていました。いったいそんな緊急のメールがあるのかしら?と思うほど、なにかにとり付かれたようにメールをせっせとしており、自分の息子のことなど眼中にありません。
そうこうしている間に、別の幼児がそのじゅうたんの上を土足で入ってTVの前を牛耳りモニターをふさぎました。ところがそのお母さんもフロアーとじゅうたんスペースの境目のところで立って、蚊の鳴くような声で「○○ちゃん。お靴を脱ぎましょう。駄目よ。こっちへいらっしゃい。」と、私から見ると子供に遠慮してなのか、周囲を気にしてなのか?全然その子は言うことをききません。
小さい子供にしたら、土足厳禁であるかどうかなんて分からないので、そうしたことは親がきちんと教えてあげないと分かりません。子供もバカではないので、教えてあげるときちんと理解できます。一度でわかなければ2度、3度、繰り返し教えることで理解できます。
結構忍耐の要ることですが、そうすることで子供が不躾な大人にならぬようするのが親の役目のようにも思います。
わが子も同様に、その医院へ行くと土足禁止のスペースに靴のまま入りそうになります。その度に靴を脱がせて、「ここは靴で入っちゃだめ!」と教えます。
何回もきかないときは、結構大きな声で注意したりもします。
これは私の鉄則ですが、叱るときは自信を持って叱らないといけないと思っており,必ず目を見て大きな声で叱ります。

また、先日郊外のショッピングモールで遊びに行ったときに、トイレに入ろうと思ったときに中から子供が猛スピードで駆け出してきて、私にぶつかりました。「わー!大丈夫?気をつけてね。」と声をかけると、すぐ後から来た親がその一部始終を目にしながら、私には何も言わずに子供に向かって「ほら、そっち歩くと滑るよ」なんて笑いながらすれ違い、私はちょっとびっくりしてしまいました。別に小さな子供に体当たりされたって頑丈に出来ておりますので、痛くもかゆくもないのですが、「すみません」とか、「ほら、走っちゃだめでしょ!」とか、子供を諭すのが普通じゃないのかな?なんて戸惑いを覚えました。

教育現場でも『子供を褒めて自信をつけさせ、その子の良いところを伸ばしましょう!』と先生から言われます。もちろん私も賛成です。しかし、そうした褒めることばかりを優先して、注意することや、怒ることが子供を萎縮させてしまうことのように勘違いしている親が多くなっているのかな?なんて思ったりもします。
子供は小さいので、意図せず誤りや間違いをするのは当然です。それをその都度注意し、諭していくのが大人の役目であり、将来その子供が大人になったときに社会に出て恥ずかしい思いをしないための術を身につけてもらうことなのに、あたかも注意することがその子の自信を喪失させることだと思う大人が多くなっているのでしょうか?
どうして、子供に自信を持って注意したり、時にはしかったりする親が少なくなったのかがとても不思議です。
 
アメリカにいたときに、ホームパーティーの最中に日本通のアメリカ人に『日本の若者は』というテーマで徹底的に国(日本の)を代表して攻撃されたことが今でも強烈に脳裏に焼きついています。
彼いわく、「日本の大学生は、“自由”と“気ままに好き勝手すること”を勘違いしている!そもそも自由を手にするためには、責任を果たさなければ自由など得られないんだ。日本人は「アメリカは自由でいいね!」なんて言うけど、我々は自由を得るためにその責任をきちんと果たしている。その辺を勘違いしないで欲しい。」という主旨のことを延々と説教のごとく言われて、最後には頭にきてしまったのを覚えています。
確かに日本の学生に比べたら、アメリカの学生は、本当によく勉強し、質素でつつましい生活を送っています。
(ちょっと横道にそれましたので、軌道修正します)

人はみな人から嫌われるのがいやなので、注意したり、怒ったりするのは極力したくないのが本音だと思います。
私も部下(特に女性)に注意したり、怒ったりするのは出来ればしたくありません。気持ちとしては、『注意される前に大人なんだから自分で気づいて自分を律してちょうだい!』というのが本音です。しかし、そうそう理想は言っていられません。
時には声を大にして社員を注意をしたり、叱咤することもあります。
自分のエネルギーや時間をそんなことに割かずにいられたら、どんなによいかと思いますが多分それがマネージメントの仕事でもあるのかと最近では割り切っています。
本人のことを考えていなかったら、注意などする必要もありませんし、ほったらかしにして 後々 本人が困るだけのことで、こちらとしては痛くもかゆくもないわけです。

本来の自信というのは、そうした周囲の注意や諭しがあって、自分を律し、省みながら成長を身についていくことなのではないかと思います。ただ、褒めただけの自信であれば、ちょっと誰かに強く攻撃されようものなら、すぐにその自信はクシュンと萎んでしまうのではないかと思います。

私の主人も、息子が泣き出すとすぐに駆け寄って「どうしたの?わかった。わかった。もうだいじょうぶだからね!」なんて、すぐにおろおろしています。私はすかさず、「たかだか子供が泣いたくらいでおろおろしてどうするの!そんなことじゃ、何でも泣けばことがすむと思ってしまうでしょ!もっと大人が毅然としていなくちゃだめ!」なんて、ついつい主人を注意したりしてしまいます。
でも、主人に限らず保育園のお父さん達もそんな感じで、特に女の子のパパとなるとデレデレです。;気持ちはとっても分かりますが。。。

注意したり、叱ることだって愛情なくしては、出来ません。でも、時にはよいこと、悪いこと、人にされたらイヤなこと、うれしいことをきちんと理解してもらうために注意も必要だと思います。

なんていつになく今日はちょっと真面目モードで書いてしまいました。

2007年05月21日

大和撫子 By Asai.

『大和撫子』という言葉の意味を辞書で調べると、「古来の日本人女性への美称」と出ています。「特に古来美徳とされた、清楚で凛とし、慎ましやかで、一歩引いて男性を立てる女性像」を意味するそうです。

先日、社員の一人とお客様の会社へお打ち合わせに伺った際のこと。恵比寿駅の信号を待っていると、カッコいいドイツの高級車が停まっており、軽い気持ちで私が『カッコイイねぇー』というと、その彼女がすかさず「私も早くああいう車に乗れるように頑張ります!」というコメントが返ってきました。わたしはちょっとあっけにとられながら、彼女の華奢なカラダを見つめつつ「頼もしくていいね!」と、心から感心してしまいました。
現代の20代の女性はとてもパワフルです。
例えば、私が彼女達と同じ年代のときに、同年代の友人と同じ状況に立たされたら、きっと会話はまったく違っていたと思います。
例えばこんな感じ。
私が『カッコイイねぇー』というと、友人の多くは「そうだね、早くあんな車に乗せてくれる彼氏や旦那さんをみつけなくちゃ!」とか、「そうだね、あんな車に乗せてくれる稼ぎのよい人いないかなぁー」という感じで、男性依存型が7割以上だったように思います。間違っても、『自分が稼いであんな車を運転するぞ!』なんて女性は皆無でした。
私の母の年代層になると、もっと露骨でひどいです。「女の幸せは男で決まるから、とにかく財産があって、次男で、よい条件の人と結婚しなさい」と、私は小さい頃から母にそう言われ続けてきました。夢も希望もありません。しかし傍から父が“ちゃち”を入れて「男に頼ってなんか生きなくたって自分の力で生きればいい。自分の人生を自分らしく生きればいいんだよ。自分が幸せでもない人が他人を幸せになんか出来ないし、我慢なんかしなくとも、まちこらしく生きられる人を見つければいい。」と私に言い聞かせます。私はそうした母の考えに反発し、父の言葉を信じて今まで歩んできました。
人生は、やり直しが出来ないのでどちらの考えに従ったのがよかったのか?比較検討が出来ません。ただ、最終的には自分で納得するか、しないかだけのことなのでしょう。
私の年代でさえ私のような考えは、アウトサイダー視され、大きな声に出して自分の考えを言おうものなら、同性の女性から“おバカ”あつかいされたものでが、現在の20代の女性社員と話していると、もしかしたら自分はこの年代のコ達と同じ感覚なのかな?なんて思い、少し早く生まれてきすぎてしまったのかしら?なんて思ったりもします。
私の20代のときは、日本の景気も絶好調で『3高』(高学歴、高収入、高身長)という言葉が流行り、女性は『3高男性』をGETするために夜な夜な合コンやお見合いパーティーに繰り出し、医者、歯医者、弁護士、商社、証券会社、広告代理店勤務の男性はモテモテでした。当時の私のアシスタントも医者専門のお見合いパーティーに高い参加費を支払って参加していたので、大きなお世話と思いつつ歯医者の友人を募って合コンを企画してあげたこともありました。(ちょっと話が横道にそれましたので、軌道修正します)

一概に年代で女性の生き方すべてをかたずけるのは間違いかもしれません。
A&Peopleの以前の部下の女性にランチに誘われて真剣に結婚について相談を受けたことがあります。当時の私もまた独身でしたので、たいしたアドバイスは出来ませんでしたが、ショックだったのが「浅井さんは結構いい年をして結婚についても焦っていないみたいで、仕事ばかりに熱中できて、何でそんなにのんきに出来るのかを教えてもらいたいんです」なんて唐突に言いにくいことを言われて、こちらも返答に詰まりました。しかし、彼女は真剣で「私は遅くともあと2-3年で結婚しないといけないと思うと、そんなのんきに仕事している場合じゃないって不安になっちゃうんです。」とのこと。
私は彼女にどんなアドバイスをしたか、よく覚えていませんが、一つだけ「結婚はゴールではなく、スタートだから。すべてがそろったところへあなたがはまり込むのではなく、あなたとご主人が二人の幸せに向かって築いていくものなんだと思うんだよね。もし、その人がすべてをそろえて迎えてくれるのならいいし、でもそれが出来なくとも二人が愛し合っているなら、あなたも補うこともあってもいいんでしょ?仕事は、生きがいとか、やりがいとか、そんなきれいなことばかりじゃなくて、生きるために生計を立てる術でもあるわけだから。」なんて、ことを言って自分ながらに、もっとかっこいい言葉を言ってあげるべきだったと後悔をしたのを覚えています。多分、言葉が足りず、彼女に私の言いたいことは充分に伝わらなかったように感じました。

私は昔から、結婚はいったい何のためにするのか、その明確な解が見出せないままいました。愛し合ってするのか?女性の場合、親の代わりに経済的に養ってくれる人を探すための術なのか?幸福な家族をつくるためなのか?

女性が社会で働くことを“よし”と思わない男性陣は沢山います。また、女性の中にも外でバリバリ働く女性を快く思わない女性層もいます。年齢が高くなればなるほどその考えが強くなるようにも思います。というより、そうした年代の人たちの周りにはそういう女性が少数派なので、理解が出来ないのかもしれません。

私の周りの友人は、結構、結婚しても働く女性が多いですし、子供を持って一時休暇をとりつつも幼児期になると、仕事に復帰して頑張っている女性が多いです。
彼女達の凄いところは、子供の教育に対して大変真剣に考えおり、子供との限られた時間を精一杯に子供と向き合い生きています。そして子供のことに限らず、社会に対しても、時事に対しても、仕事に対しても大変真面目に向き合って生きています。
彼女達に昼下がりの優雅なひと時など許されず、社会の荒波にもまれながらも24時間、時間と戦いながら精一杯生きています。
私から見ると、彼女達は “清楚で凛とし、慎ましやかで、(一歩引いてはいないかもしれませんが、働くことの辛さも理解して)上手に男性を立てる”そんな彼女達はまさに『大和撫子』のごとく素敵だと思ってしまいます。

2007年04月19日

通訳の技 By Sato

先日、原宿の東郷神社で、兄の結婚式がありました。兄はオランダで働いているので、上司や友達のオランダ人が総勢20名くらいの海外からいらっしゃいました。こんなインターナショナルな結婚式は初めてです。
しかも兄の上司は2メートルあるオランダ人でした。
田舎の叔父さん、叔母さんはさぞびっくりしたことと思います。笑
ところでこの結婚式に、A&Peopleのサービスを利用して通訳者を派遣させていただきました。私は始めて、通訳の技を目の当たりにしたのですが、本当に感激しました。
まず驚いたのは、まるで、飛行場のアナウンス、テレビのナレーターと匹敵するような明瞭で美しい話し方をされていたことです。絶妙な心地よさを感じました。
もちろん言うまでもなく、通訳の腕前も圧倒されっぱなしでした。簡潔に、そして迅速に訳されていて、その場の空気をも変えてしまうパワーを感じました。
なぜか、英語が全く分らないはずの、父や母もその技に感心していました。

通訳のお仕事は、ずっと集中を切らさず、臨機応変な機転が求められるなど、とてもプレッシャーの大きいものだと思います。
もちろん、その他にも常に新しい情報収集や業界の勉強など、通訳者さんたちの努力は並大抵のものではないと思います。ある通訳者さんは「体力勝負です!」ともおっしゃっていました。確かに、ものすごい集中力を必要としているので、プロのスポーツ選手が神経を集中させるのと同じ位のパワーが必要なのかもしれません。

最後に、、、宣伝になってしまいますが、是非A&Peopleの通訳サービスをご利用ください。お気軽にご相談ください