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2009年02月25日

読書日記3 By Sato

31dd1149.jpg今日お勧めする本は「マイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になった」です。
作者:ジョン ウッド

通勤途中の満員電車で立ち読みして初めて泣きました。

ネパールにふらっと旅行に出かけた男性が、現地での人との出会いや目にしたもの体験したことを通して感名をうけ、人生をやり直す話です。マイクロソフトの高い地位を捨て、NPO団体を作ってしまった!というすごい話です。
詳しくは書きませんが、途上国の子供たちに本を送るという取り組みです。
世界中の多くの企業も後援しているようです。(日本ではブックオフなど。)

何だか、同じ人間として恥ずかしくなるほど、彼は真っ直ぐで誠実で努力家で、素晴らしい。人生に心の豊かさを追い求め、人生をかけて立ち向かう彼に勇気をもらいました。

人生って何だろう、仕事って何だろう、一生懸命努力するって何だろう、そんな当たり前だけど現代の人が忙しさで忘れかけてた気持ちを思い出させてくれる本です。

この本は是非沢山の人に読んでほしいです。

ジョンウッドが設立した団体「Room to Read」のホームページはこちら
http://www.roomtoread.org/


2007年10月25日

戦わずして勝つ。 by Asai5

4年ほど前になるのでしょうか?ひょんなことから、武田信玄の末裔にあたる16代目武田家長の方と親交を深めるきっかけを頂きました。先日、その方から武田信玄が中国の『孫氏の兵法』の多くを戦に取り入れていたというお話を伺う場に私も居合わせて、色々勉強させていただきました。
私が一番印象深かった論法は、さまざまな優れた兵法の中で最も武田信玄が基としていたのが『戦わずして勝つ』という兵法でした。あえて無意味な諍いを避け、勝つ勝算のある戦いに挑む、もしくは必要な目算のある戦いにだけ資産(当時は、兵士が農耕民であるため国を支える経済の活力なため彼らを無駄死にさせることが一番の国の損失)を投入するということでした。
戦国武将の中でも優れた騎馬隊を誇り、他の武将から恐れられた武田信玄は実は戦を嫌う平和主義の人物だったのかもしれません。それを話してくださった16代目の武田さんもとても温厚な方で、誰に対しても気軽に声をかけてくださる優しい紳士です。

私はその話を聞いて、私の大好きな映画『ゴッドファザー』の一場面を思い出しました。
一代目のゴッドファザーがこの世を去り、父親が築いたシマを別の組のボスが牛耳り始めたのを知り、アルパチーノ扮する二代目ゴッドファザーがそのボスの元をわざわざ挨拶に詣でて、腸(はらわた)が煮えくり返る思いをぐっと抑えて温和に会話をしてその場を退却するシーンです。(その悔しさを押し殺しながらもその場をしのぐアルパチーノの名演技が感動モノです)そして、じっと時期を待ち、そのボスや手下、裏切り者を皆殺しにするというストーリーなのですが。
(誤解されると困るのですが、私は、決してやくざ映画が好きなのではなく、『ゴッドファザー』にはさまざまな哲学が組み込まれているところが好きなのです)

話が急に飛びますが、私が小さい頃に家で白い可愛いプードル系の犬を飼っていたのですが、父はいつもその犬を“馬鹿”だと言っていました。というのも、その犬は通行人でも何でもかんでも動くものを見るとキャンキャン鳴き喚くのでした。そのたびに父は私に「弱い犬ほどよく鳴きわめく。本当に強い犬はそうそう簡単には鳴かないんだよ。」と私に言って聞かせました。そして、『能ある鷹は爪を隠す』という言葉があり、強い者ほど騒がず相手を油断させ、隙を見て獲物を射止めるのが賢いモノだと教えました。ついでに「お母さんはいつもガミガミお父さんに文句をいっているだろう。アレは弱い証拠なんだよ。お父さんは能があるから、普段は静かにして、弱いものに対して無駄な諍いを起こさないんだよ」それを聞いて、私は妙に納得してしまい、自分の父親はなんと賢い人なのかと尊敬したものでした。

はやいもので、会社を起業して9年の歳月が立ちました。本当に多くの方々に助けていただき、ここまで来ることが出来たと感謝の気持ちです。会社を起業したことでそれまで学べなかった多くのことを学びました。
“捨てる神あれば拾う神あり”という言葉は本当ですね。1998年にわずかな資本と身ひとつでA&Peopleを興した私に、世間はそれまで経験したことの無い屈辱や方身の狭い思いをいくつも経験させてくれました。何度も何度も壁にぶつかり、『もう万事休すだ!』と消沈する私にその時々で温かく手を差し伸べてくださる多くの方(お客様、友人、知人、恩師などなど)がいました。それが私にわずかな光となる希望を芽生えさせ、諦めずにそれらの壁を乗り越える力を奮い立たせていただいたように思います。
私は父と違って、決して能はありません。少ないリソースで商いをこなさなければならないため多くのことを自分で賄わなければいけませんでした。そのため、いちいち諍いを起こしたり、感情をむき出しにして怒る労力も私にとっては温存したいエネルギーでした。また、勝つ勝算の無い相手に吼えたところで意味が無いことを、勝つ力の無い当時の自分が一番よく理解していました。勝つためには、自分やA&Peopleに力をつけなければいけないのだと自分に日々言い聞かせていました。

一昨日、久しぶりにちょっとした屈辱感を味わいました。帰りの電車の中で設立当初に味わった悔しい思い出がふつふつと走馬灯の如く脳裏に浮かんできました。
悔しいと思いつつも、よくよく考えると、こうした感情がバネとなり自分をここまで頑張らせてくれたのかもしれないと思う気持ちもあり、平穏ばかりではなく、時にはこうした悔しさも自分に必要な糧なのかもしれないと思う自分もいました。

っと、何事もポジティブに捉えるようになれたのも会社経営をして学んだことかもしれません。(~_~)

2007年06月08日

『この4本のよこ線はいったいなんだろう?』 By Asai

実は、先週末に車で信号待ちをしているところを後続車にぶつけらる事故に見舞われました。私と助手席の主人は、首を痛め、後部座席に乗っていた義母(主人の母)は、もともと心臓が悪く、そんな事故に遭ったために急に血圧が上がってしまったのか、未だに体調がすぐれません。
すぐに警察を呼び、警察の現場検証を終えて、警察の指示に従い みんなで病院へ向かいました。
また、翌日は事情聴取のためにみんなで警察の交通課へ行きました。
こちらが被害者のせいか、私が想像していた怖い警官のイメージではなく交通課の方はとても優しくて、オヤジギャグなんかも飛び出し、和やかなムードで聴取は終わりました。
しかし、私一人の聴取で3時間近くかかり、とてもびっくりしてしまいました。
(まとめて3人は出来ないからと、義母は後日になってしまいました)
たまたま、家族4人(うち幼児1名)が乗り合わせていたため、大人3名分の調書を違う警官が作成しなければならず、夫々の調書の整合性を取る必要があるので、それらを確認しながら進めるため、時間がかかるようでした。
例えばこんな感じ。

警官A(私の調書を担当した警官)
「えーっと、お名前は?」
私 「浅井満知子です」「浅い深いの浅に、井戸の井です」
警官A「はい。ご主人のお名前は」
私 『○○○○です』
警官A 「えーっと、漢字はどう書くんですか?」
私 「ちょっと難しい東洋漢字にない字を使うんですが、姓は○○と書きます」
警官A「えっ、○○ってどんな漢字?」
*これとまったく逆の質問がすぐ隣のデスクでもされています。
警官B(主人の調書を担当した警官)
 「これこれ、こんな難しい漢字を書くわけよ」
警官A 「へー、これで○○と読むんだー。。。あれ、目白通りで事故って?明治通りで事故が起きたんですよね!?」
私「はい、明治通りで事故が起きました。」
警官B 「ちがうよ、目白通りに向かう明治通りでって書いてあるだろー」

そんな調子で、みんなで確認をしながら進むので、なかなかA4 で1枚の調書でも夫々すぐに終わらないわけです。
特に、私を担当した若いおまわりさんは年配のおまわりさんに最終的に承認をもらわなければいけない分、その都度、内容の確認をとりながらなるべく後の修正を最小限に留めたいのか、そのためなかなか進みません。また彼だけはPCで調書を作成しているため、漢字が出てこないとかでなにかと手間がかかるわけです。そのため、私は主人よりも更に1時間多く調書の時間に拘束され3時間近くかかってしまったわけです。
ようやく終わったかと思ったら、若手のおまわりさんはフロッピーを机の引出しからとり出して、それに保存して、PCからそれを抜き出し、また別のデスクのPCを立ち上げそこでプリントして年配の警官にチェックしてもらっていました。

私は思わず『久しぶりにフロッピーを見たなぁ。。。』とボーっと思いつつ『えっ!いまどきイントラが構築なされていないわけ?なんだかすごく原始的!』そんなことを考え始めたら『だいたい、プリントして上司に確認するのではなく、LANで繋がっていればプリント前に確認をして最終完成したファイルをプリント・ファイリングすればいいのに、既に修正、確認と3枚もプリントしてもったいないじゃない!税金の無駄遣いだっーー!』とか『例えば、名前、住所、車種、事故当時の場所など基本の情報は一人が入力して、それを全員で共有するようにすればいいのに!』なんて、小姑のごとく目をキョロキョロ  させながら意地悪く観察していました。

思わずA&Peopleのお客様でシステムインテクレーションの会社に『ぜひ、警視庁にコスト削減のためのシステム構築のご提案をしていただけませんか?』とご連絡したい衝動に駆られました。もっとピックリしたのは、合計3人の警官が我々の担当をしてくれたのですが、3人目の人は私の隣のデスクで、PCに向かって黙々と作業をしているので何をしているのかとチラッとディスプレイを覗き込むと、MS-Dos のような真っ暗な画面での描画ソフトで一生懸命、事故の遭った現場の地図と車の絵(単に長方形で描くらしい)を描いているようですが、そのソフトがまったく使えないソフトで全然描画が進みません。1時間近くたっているのに画面には横線が4本しか描かれていません。私は思わず彼の手元の手描きの下絵と照合して、どうやらその4本線が明治通りの4車線であることが想像できました。彼はこれから、もう一本横線を引いた後に、たて線のモードにきりかえ目白通りの縦5本線を描こうとしている模様でした。
私は首の痛みよりもひどいめまいに襲われ『いったい何十年前のソフトを使ってるのかしら?』と頭がくらくらしちゃいました。今の時代、ネットから地図だって簡単に取り込めるし、有料になるけれど地図情報だってあるし、描画ソフトだって簡単に描けるソフトが沢山出回っているのに、こんなひどいソフトじゃ、この先、何十時間かけて完了するのかと思うと、税金の無駄遣いよりも警察の人たちに同情してしまいました。
彼らもきっと不便さを感じているのでしょうし、トップの警視庁が指定したソフトしか使用できないのでしょう。Windowsのバージョンも低いものを使っているようです。はたまた『ASPのサービスをしているお客さんに電話して、ぜひ警視庁に、、、、』なんて、事故に見まわれた不愉快さより、そんなことばかり気になって、歯がゆさを感じました。

本来、コンピュータを導入することで便利さが享受されるはずが、使い方や運用を誤ると返ってアナログよりも不便になることが多々あります。また、導入期には、多くの時間を割いて操作方法とその教育に時間が取られます。
PCを使い慣れない年代の人口が多い職場などだとせっかくの便利な代物も不便なものになってほこりをかぶるということにもなりかねませんし、今回の件で言うと紙の調書とPC上でデータの調書とのダブルスタンダードが横行してしまうと、ただ一人に一台パソコンを配布したところで、あまり高い成果が期待できないと思いました。
そもそも、何のためにPCが一人一台配布されているのか、その目的も私の見た状況下では理解できませんでした。
PCもさることながら、使いにくいお仕着せのソフトを強制使用させられることほど作業効率が落ちることはありません。まさに、彼らはそうした状況に陥っている様子でした。
多分、配布に際して『目的、設計、運用、教育、データ管理、セキュリティ』などをしっかり踏まえた上での導入ではないことが推測されました。きっとどこかのパソコンメーカーが落札して、大量のノートPCを納品・搬入・設置して終わっている感じで、現場では便利さや効率化といった目に見える効果などまったく享受できていない状況です。
唯一若手のおまわりさんは得意そうにキーボードをたたき、年配のおまわりさんにブラインドタッチを見せびらかして優越感に浸っているのか、なんだかキーボードをたたく音もやけに大きくて楽しそうでした。

たまたま今回、事故に遭遇して警察の交通課の中を覗き見ましたが、交通課に限らず、捜査課や国際テロ対策課などはいったいどんな状況なのだろうか?と、ちょっと不安がよぎりました。

2007年06月08日

『この4本のよこ線はいったいなんだろう?』 By Asai1

実は、先週末に車で信号待ちをしているところを後続車にぶつけらる事故に見舞われました。私と助手席の主人は、首を痛め、後部座席に乗っていた義母(主人の母)は、もともと心臓が悪く、そんな事故に遭ったために急に血圧が上がってしまったのか、未だに体調がすぐれません。
すぐに警察を呼び、警察の現場検証を終えて、警察の指示に従い みんなで病院へ向かいました。
また、翌日は事情聴取のためにみんなで警察の交通課へ行きました。
こちらが被害者のせいか、私が想像していた怖い警官のイメージではなく交通課の方はとても優しくて、オヤジギャグなんかも飛び出し、和やかなムードで聴取は終わりました。
しかし、私一人の聴取で3時間近くかかり、とてもびっくりしてしまいました。
(まとめて3人は出来ないからと、義母は後日になってしまいました)
たまたま、家族4人(うち幼児1名)が乗り合わせていたため、大人3名分の調書を違う警官が作成しなければならず、夫々の調書の整合性を取る必要があるので、それらを確認しながら進めるため、時間がかかるようでした。
例えばこんな感じ。

警官A(私の調書を担当した警官)
「えーっと、お名前は?」
私 「浅井満知子です」「浅い深いの浅に、井戸の井です」
警官A「はい。ご主人のお名前は」
私 『○○○○です』
警官A 「えーっと、漢字はどう書くんですか?」
私 「ちょっと難しい東洋漢字にない字を使うんですが、姓は○○と書きます」
警官A「えっ、○○ってどんな漢字?」
*これとまったく逆の質問がすぐ隣のデスクでもされています。
警官B(主人の調書を担当した警官)
 「これこれ、こんな難しい漢字を書くわけよ」
警官A 「へー、これで○○と読むんだー。。。あれ、目白通りで事故って?明治通りで事故が起きたんですよね!?」
私「はい、明治通りで事故が起きました。」
警官B 「ちがうよ、目白通りに向かう明治通りでって書いてあるだろー」

そんな調子で、みんなで確認をしながら進むので、なかなかA4 で1枚の調書でも夫々すぐに終わらないわけです。
特に、私を担当した若いおまわりさんは年配のおまわりさんに最終的に承認をもらわなければいけない分、その都度、内容の確認をとりながらなるべく後の修正を最小限に留めたいのか、そのためなかなか進みません。また彼だけはPCで調書を作成しているため、漢字が出てこないとかでなにかと手間がかかるわけです。そのため、私は主人よりも更に1時間多く調書の時間に拘束され3時間近くかかってしまったわけです。
ようやく終わったかと思ったら、若手のおまわりさんはフロッピーを机の引出しからとり出して、それに保存して、PCからそれを抜き出し、また別のデスクのPCを立ち上げそこでプリントして年配の警官にチェックしてもらっていました。

私は思わず『久しぶりにフロッピーを見たなぁ。。。』とボーっと思いつつ『えっ!いまどきイントラが構築なされていないわけ?なんだかすごく原始的!』そんなことを考え始めたら『だいたい、プリントして上司に確認するのではなく、LANで繋がっていればプリント前に確認をして最終完成したファイルをプリント・ファイリングすればいいのに、既に修正、確認と3枚もプリントしてもったいないじゃない!税金の無駄遣いだっーー!』とか『例えば、名前、住所、車種、事故当時の場所など基本の情報は一人が入力して、それを全員で共有するようにすればいいのに!』なんて、小姑のごとく目をキョロキョロ  させながら意地悪く観察していました。

思わずA&Peopleのお客様でシステムインテクレーションの会社に『ぜひ、警視庁にコスト削減のためのシステム構築のご提案をしていただけませんか?』とご連絡したい衝動に駆られました。もっとピックリしたのは、合計3人の警官が我々の担当をしてくれたのですが、3人目の人は私の隣のデスクで、PCに向かって黙々と作業をしているので何をしているのかとチラッとディスプレイを覗き込むと、MS-Dos のような真っ暗な画面での描画ソフトで一生懸命、事故の遭った現場の地図と車の絵(単に長方形で描くらしい)を描いているようですが、そのソフトがまったく使えないソフトで全然描画が進みません。1時間近くたっているのに画面には横線が4本しか描かれていません。私は思わず彼の手元の手描きの下絵と照合して、どうやらその4本線が明治通りの4車線であることが想像できました。彼はこれから、もう一本横線を引いた後に、たて線のモードにきりかえ目白通りの縦5本線を描こうとしている模様でした。
私は首の痛みよりもひどいめまいに襲われ『いったい何十年前のソフトを使ってるのかしら?』と頭がくらくらしちゃいました。今の時代、ネットから地図だって簡単に取り込めるし、有料になるけれど地図情報だってあるし、描画ソフトだって簡単に描けるソフトが沢山出回っているのに、こんなひどいソフトじゃ、この先、何十時間かけて完了するのかと思うと、税金の無駄遣いよりも警察の人たちに同情してしまいました。
彼らもきっと不便さを感じているのでしょうし、トップの警視庁が指定したソフトしか使用できないのでしょう。Windowsのバージョンも低いものを使っているようです。はたまた『ASPのサービスをしているお客さんに電話して、ぜひ警視庁に、、、、』なんて、事故に見まわれた不愉快さより、そんなことばかり気になって、歯がゆさを感じました。

本来、コンピュータを導入することで便利さが享受されるはずが、使い方や運用を誤ると返ってアナログよりも不便になることが多々あります。また、導入期には、多くの時間を割いて操作方法とその教育に時間が取られます。
PCを使い慣れない年代の人口が多い職場などだとせっかくの便利な代物も不便なものになってほこりをかぶるということにもなりかねませんし、今回の件で言うと紙の調書とPC上でデータの調書とのダブルスタンダードが横行してしまうと、ただ一人に一台パソコンを配布したところで、あまり高い成果が期待できないと思いました。
そもそも、何のためにPCが一人一台配布されているのか、その目的も私の見た状況下では理解できませんでした。
PCもさることながら、使いにくいお仕着せのソフトを強制使用させられることほど作業効率が落ちることはありません。まさに、彼らはそうした状況に陥っている様子でした。
多分、配布に際して『目的、設計、運用、教育、データ管理、セキュリティ』などをしっかり踏まえた上での導入ではないことが推測されました。きっとどこかのパソコンメーカーが落札して、大量のノートPCを納品・搬入・設置して終わっている感じで、現場では便利さや効率化といった目に見える効果などまったく享受できていない状況です。
唯一若手のおまわりさんは得意そうにキーボードをたたき、年配のおまわりさんにブラインドタッチを見せびらかして優越感に浸っているのか、なんだかキーボードをたたく音もやけに大きくて楽しそうでした。

システムインテグレーションの会社の方、ぜひ日本国民のために警視庁に新しいシステムのご提案をしていただきたいと、国民を代表して心よりお願い申し上げます。

たまたま今回、事故に遭遇して警察の交通課の中を覗き見ましたが、交通課に限らず、捜査課や国際テロ対策課などはいったいどんな状況なのだろうか?と、ちょっと不安がよぎりました。

2007年02月05日

友達

彼女の計報を聞いたのは一週間前。 韓国に留学していた友達が交通事故で亡くなった。 不思議とショックで身体が震えるとか、涙がとめどなく溢れるということは無かった。 とにかく余りにもリアリティが無くて、余りにも突然すぎて信じられなかった。 長い闘病生活の末に亡くなったとかではなく、忽然と消えてしまったという感覚。 友達の嗚咽を目の前にしても、ただただそれを見つめることしか出来ず この一週間、処理し切れない感情と、異物感がずっと消えなかった。 彼女は学生時代、一緒にサークルを立ち上げた仲間だった。 韓国と日本の交流サークルだったのだが、 私の韓国に対するステレオタイプを払拭してくれたのは彼女だった。 真夏の暑い中、一緒にサークルのビラ配りをしたり、イベント企画のため何度も打ち合わせを重ねたり、深夜まで一緒に語ったこともあった。 美人で気立てが良くて、優しくて彼女はサークルでも本当に人気だった。 彼女の死を聞いてから、一週間。 メールしても返ってこない、携帯のアドレス。 更新されていない彼女のホームページ。 そこにある「安らかに眠ってね」という多くの書き込み。 1つ1つで、ようやく受けいれられるようになったのと同時に始まる深い悲しみ。 送別会、もっと豪華にしてあげれば良かったとか、 留学してからも、もっと一杯メールすればよかったとか もっともっと「ありがとう」って言えば良かったとか、 事故といっても長時間、痛みで苦しんだりしなかったのかとか 今一人で泣いてないかとか 偽善者のようにそんなことばかり考える。 日本語教師の夢も叶えたかっただろうし、大好きな人と結婚して可愛い子供も生みたかっただろうに。普通の女の子と同じように、当たり前のように訪れるはずだった彼女の未来。 『あなたが空しくすごした今日は 昨日死んでいった者があれほど生きたいと願った明日』 何かの本で読んで知った言葉を思い返し、そして再びその重みを知る。 命は大事だ、生きているだけで価値があると、幼い頃から刷り込まれてきたが その理由を本気で考えたことはなかった。 本当に生きているだけで価値があるとしたら、その計りしれない未来にあるのだろう。 彼女の冥福を心から祈りたい。そしてどこかでまた出会えたらいいなと、 それまで彼女に恥じぬように頑張らなくちゃいけないと 自分に言い聞かせてばかりの毎日です。

2007年02月05日

柳沢厚相発言のその後 By Asai.4

前回、柳沢大臣の『女性は子供を生む機械』発言についてブログを書きましたが、その後思った以上に大きな問題に発展してちょっと意外でした。
何よりびっくりしたのは、野党の国会審議拒否でした。私には審議拒否するほどの問題なのかがいまひとつ理解できませんでした。言いたいことがあるなら、はっきり国会の場でいってやるべきところを、欠席してどうするの?子供じゃないんだから、他の話し合うべきことも山盛りなのに、いこじにならず、その辺は頭を切り替えて国民のためにてきぱきと進めましょうよ!っと、思わず言いたくなりました。
野党も含めて、いったい国会議員の中で本当に日本の将来や国民のことを考えて政治に参加している人がどれ程いるのか疑問に思います。彼らは自分達の利権のことしか考えていないのではないかとさえ思ってしまいます。

日曜日のTVのNHKの討論番組では、国会審議拒否をしていた野党の政調会長などと与党からはイケメンの中川昭一氏と公明党からはおじさん(名前を忘れちゃいました)一人で熱い議論を戦わせていました。面白いことにその面子がそっくりそのまま、その後のテレビ朝日のサンデープロジェクトにも参加し、同じ論題で議論をしたのですが、司会が代わるとこうも議論の流れが変わるものかと思ったのですが、NHKの司会者に比べて、田原総一郎が審議再会について「だから、あなたならどうするのよ」と突っ込むと、明確な答えをいえないまま、しどろもどろしてしまう民主党の政調会長を見ていると、『結局この人には、肩書きが与えられただけで、それに見合う権限は与えられていないのかな?』なんて、思ってしまいました。
野党に対して、もっと意地悪な見方をすると審議拒否は場当たり的な行動で、その先、与党の出方次第で二手先、三手先を踏まえた上での行動ではないのかな?とも思えてしまい、ちょっとがっかりしてしまいました。

話は飛びますが、私が会社員になって間もないときに、怖い先輩の下でしごかれました。彼が最初に言った言葉が、「会社は学校じゃないから何でもかんでも教えてもらえるとは思わないでね。分からないことはまず自分で調べる。それでも分からなかったときは、僕に聞いてもいいから。それから、子供みたいに“どうしたらいいでしょうか?”なんて質問はお断り。まず自分で考え、その考えをまとめて、それから指示を仰ぐようにしてね。」と言われました。当時はとてもその先輩が怖かったですが、今思えば彼の元で色々勉強させていただきました。
もう一つ、その先輩から言われたことは、「現状を変えたいときは、文句を言うだけではだめ。必ず現行に対する改善策や代替案を持ち、どのように改善していくかを明確に提案書にでもして示さなければだめ。それが出来ないなら、黙っていてね。」と教えられました。
今、その先輩は私よりも先に会社を起業され、IT関連の会社の社長さんをしています。

そんな風に先輩に手厳しく鍛えられた私は、人の意見に反対票を投じるときは代替案や改善策を持ってからでないといけないのだ!という思いが、自然に身についてしまったのか、TVの中の討論会での野党の議員は非難や反対ばかりでその改善策や代替案をまったく示さないのが、説得力に欠けるのではないのかな?やっぱり霞ヶ関の常識と巷の常識はかけ離れているのかもしれないなぁ。。。

そんなことをボーっと思いながら、今週の日曜日の朝もソファーの上でTVのリモコンを握りしめチャンネルをカチャカチャかえて、その週に起こった世の中の事件や出来事をおさらいをして過ぎていきました。

平日はなかなか時間を気にせずTVを見ることが出来ないので、日曜日の朝は早起きしてゆっくりTVを見れる唯一の楽しみの時間なのです。(笑)

2006年06月26日

○高出産 By A

(前回に続き、育児について)

私は○高(高齢出産)で子供を授かりましたので、残念ながら若くてピチピチのお母さんではありません。(パワフルさではその辺のお母さんには負けないかもしれませんが)そのため必然的に20代のお母さんよりもわが子との別れが早く来てしまいます。
しかし、色々な経験を積んで母親になれたことを自分ではとても良かったと思っています。
いつか自分が今まで学んだことや、仕事を通じて多くの素晴らしい出会いや感動があったことなど、押し付けるのではなく色々な場面でわが子と話ができる日を今からとても楽しみにしています。また、人生がいかに楽しく、素晴らしいものなのかを語ってあげたいと思っています。そして「あなたも早く大人になりなさい!」っと言ってわが子の独立心を早く芽生えさせたいと考えています。もちろん少なからず世の中に役立つ大人になってほしいと切に願いますが....。

独立とは精神的自立もさることながら、経済的な自立なくして一人前とはいえませんので、そのために働くことの意味(世の役に立つ+お金を得る)を教え、お金の使い方、活かし方、蓄え方、そして増し方を教えたいと思います。また創意工夫して、自分の強みや興味を伸ばし自分に自信を持って生きて欲しいと思います。そのために、学ぶことの大切さや、『自由』の意味をはき違えることなく果たすべき責任をまっとうして自分の人生を切り開き、謳歌して欲しいものです。
子供の自立もさることながら、私自身もある時期が来たら早く子離れしなければいけません。もしかしたら、子育ての過程で、私にとってそれが一番難しいことかもしれないと今から覚悟しています。
(次回に続く)