東アジアの産業連携と日本の役割
-日本の市民社会と国家の特徴を踏まえて-
近代化の経路はひとつではない
古典の引用になるが、ヘーゲルに言わせれば、自由な精神や自由な理念は、(1)実体的、そして自然的な倫理的精神を前提とする「家族」、(2)実体的普遍者たちの形式的普遍性における結合態としての「市民社会」、「欲求の体系」としての、また人格、私的所有などを保障する法的な制度を介しての「市民社会」、そして(3)実体的普遍者としての「家族」と形式的普遍性の精神に基づく「市民社会」のうえに、普遍的かつ客観的な自由を具現化するものとしての「国家」というプロセスを経て、おのれの精神を取り戻す。
近代市民社会は、ごく一般的に言えば、市民革命などにより成立し、封建的な身分的階層秩序からの解放を基底に、法的には、人格・意思の自由、私的所有・契約などの自由と法のもとでの平等などを前提とし、経済的には、マックス・ウェーバー流に言えば、日常の需要が合理的な資本計算を伴う資本主義的な仕方で充足される社会である。
日本の場合、明治維新がどのような「革命」であったか、「市民革命」と言えるのかなどをめぐってはさまざまな議論があった。日本の研究者の視点は、これまでどちらかと言うと、近代市民社会の西欧モデルとの違いや乖離の考察のうえに、日本社会や資本主義の特質が語られてきたことはご承知の通りである。しかしながら、近代化の経路はひとつではなく、また近代化の類型が複数存在するという観点からみると、日本の近代化のパターンは、幾つかのパターンのひとつとしてみなされるべきものである。
ここでは、東アジアの国や地域のなかで近代化の洗礼を多少早く受けた日本が、東アジアの国や地域の企業との産業連携による新しい事業と企業倫理や企業統治の創出のプロセスを通して、どのような地平が切り開かれる可能性があるのかについて、日本の市民社会と国家の特質を踏まえた叙述をしておきたい。
高度な中央集権・管理国家と希薄な市民社会意識
明治維新政権は、強力な政治的統合のもとに、急速な資本主義的システムを構築すべく、西欧資本主義国家の到達した近代的諸制度を導入し、制度的近代化を驚くべきスピードで推進した。明治国家イデオロギーの正統化は、天皇と国家の結びつきの強化を背景に持ち、維新政権は、明治イデオロギーのもとで合法的・合理的な官僚機構を構築した。そして、この官僚メカニズムのもとで、強力な中央集権志向と、国民的な共同体とでも呼ぶべき構造的な特質を持った社会をつくりあげたとも言える。
日本では、これまで公共的な空間における議論は政治家たちと官僚たちによりかなりの部分が独占されており、ヘーゲルの言う「欲求の体系」としての市民社会という考え方は希薄であったと思う。日本は、西欧に学びながらも、日本独自の空間を形成してきており、特に市民社会意識は全体として希薄である。
政治的なシステムについて言えば、さまざまな局面で形を変えながら、基本的な特質、すなわち国家と市民社会が融合しようとする傾向、の再生産を繰り返している。こういう社会では、市民社会が国家から自立を遂げること、換言すれば、国家権力から統制を受けない自律的な公共空間を形成することはかなりの難しさを伴うものになる。
内向き志向と高いイノベーション能力
また、経済的なシステムについて言えば、 産業活動の担い手相互に見られる緊密な連携が特筆されるべきである。特に国内的かつグループ企業内的な連携(大企業間連携や下請企業間連携など)や大企業にみられる内部環境志向の強さなどは極めて特徴的である。しかしながら、一見内向き志向にみえる日本の企業群と企業人たちは、技術革新の領域でのイノベーション能力やモノづくりの領域で傑出した能力を発揮し、国際社会で主導的な役割を果たしてきたこともまた事実である。
東アジアの産業連携と東アジア企業市民の創出による公共空間の増大
東アジアの国や地域は、香港のような例外を除けば、概ね強い管理国家の体制下に置かれていると言うことができよう。このような環境のもとで、国境を越えて私的に動き回ることができる企業の存在は極めて大きな意味を持っている。
これまでの東アジアの産業連携を更に強化し、この地域における産業集積とビジネスモデルの特徴を活かしたビジネス連携により新しい事業と事業を支える企業理念、企業倫理、そして企業統治の創出を求めた活動を行うことで、東アジアの企業に共通なコア価値や東アジアの企業市民像をつくりあげて行くことが中長期的に大切である。
企業の活動は、基本的に、企業経営者と企業市民が国を超えた活動を自由に行うことができることを前提としている。筆者は、今後、東アジアの産業連携が活発になり、共存共栄を目指す前向きのビジネス活動のなかから、東アジア企業と東アジア企業市民がつくる公共空間の広がりの鍵を見出すことができると考えている。東アジアの企業群による産業連携の追求という経済活動が先行し、政治が活発なビジネスの連携を追走するような形の展開に持っていくことが当面の目標であり、課題である。
-日本の市民社会と国家の特徴を踏まえて-
近代化の経路はひとつではない
古典の引用になるが、ヘーゲルに言わせれば、自由な精神や自由な理念は、(1)実体的、そして自然的な倫理的精神を前提とする「家族」、(2)実体的普遍者たちの形式的普遍性における結合態としての「市民社会」、「欲求の体系」としての、また人格、私的所有などを保障する法的な制度を介しての「市民社会」、そして(3)実体的普遍者としての「家族」と形式的普遍性の精神に基づく「市民社会」のうえに、普遍的かつ客観的な自由を具現化するものとしての「国家」というプロセスを経て、おのれの精神を取り戻す。
近代市民社会は、ごく一般的に言えば、市民革命などにより成立し、封建的な身分的階層秩序からの解放を基底に、法的には、人格・意思の自由、私的所有・契約などの自由と法のもとでの平等などを前提とし、経済的には、マックス・ウェーバー流に言えば、日常の需要が合理的な資本計算を伴う資本主義的な仕方で充足される社会である。
日本の場合、明治維新がどのような「革命」であったか、「市民革命」と言えるのかなどをめぐってはさまざまな議論があった。日本の研究者の視点は、これまでどちらかと言うと、近代市民社会の西欧モデルとの違いや乖離の考察のうえに、日本社会や資本主義の特質が語られてきたことはご承知の通りである。しかしながら、近代化の経路はひとつではなく、また近代化の類型が複数存在するという観点からみると、日本の近代化のパターンは、幾つかのパターンのひとつとしてみなされるべきものである。
ここでは、東アジアの国や地域のなかで近代化の洗礼を多少早く受けた日本が、東アジアの国や地域の企業との産業連携による新しい事業と企業倫理や企業統治の創出のプロセスを通して、どのような地平が切り開かれる可能性があるのかについて、日本の市民社会と国家の特質を踏まえた叙述をしておきたい。
高度な中央集権・管理国家と希薄な市民社会意識
明治維新政権は、強力な政治的統合のもとに、急速な資本主義的システムを構築すべく、西欧資本主義国家の到達した近代的諸制度を導入し、制度的近代化を驚くべきスピードで推進した。明治国家イデオロギーの正統化は、天皇と国家の結びつきの強化を背景に持ち、維新政権は、明治イデオロギーのもとで合法的・合理的な官僚機構を構築した。そして、この官僚メカニズムのもとで、強力な中央集権志向と、国民的な共同体とでも呼ぶべき構造的な特質を持った社会をつくりあげたとも言える。
日本では、これまで公共的な空間における議論は政治家たちと官僚たちによりかなりの部分が独占されており、ヘーゲルの言う「欲求の体系」としての市民社会という考え方は希薄であったと思う。日本は、西欧に学びながらも、日本独自の空間を形成してきており、特に市民社会意識は全体として希薄である。
政治的なシステムについて言えば、さまざまな局面で形を変えながら、基本的な特質、すなわち国家と市民社会が融合しようとする傾向、の再生産を繰り返している。こういう社会では、市民社会が国家から自立を遂げること、換言すれば、国家権力から統制を受けない自律的な公共空間を形成することはかなりの難しさを伴うものになる。
内向き志向と高いイノベーション能力
また、経済的なシステムについて言えば、 産業活動の担い手相互に見られる緊密な連携が特筆されるべきである。特に国内的かつグループ企業内的な連携(大企業間連携や下請企業間連携など)や大企業にみられる内部環境志向の強さなどは極めて特徴的である。しかしながら、一見内向き志向にみえる日本の企業群と企業人たちは、技術革新の領域でのイノベーション能力やモノづくりの領域で傑出した能力を発揮し、国際社会で主導的な役割を果たしてきたこともまた事実である。
東アジアの産業連携と東アジア企業市民の創出による公共空間の増大
東アジアの国や地域は、香港のような例外を除けば、概ね強い管理国家の体制下に置かれていると言うことができよう。このような環境のもとで、国境を越えて私的に動き回ることができる企業の存在は極めて大きな意味を持っている。
これまでの東アジアの産業連携を更に強化し、この地域における産業集積とビジネスモデルの特徴を活かしたビジネス連携により新しい事業と事業を支える企業理念、企業倫理、そして企業統治の創出を求めた活動を行うことで、東アジアの企業に共通なコア価値や東アジアの企業市民像をつくりあげて行くことが中長期的に大切である。
企業の活動は、基本的に、企業経営者と企業市民が国を超えた活動を自由に行うことができることを前提としている。筆者は、今後、東アジアの産業連携が活発になり、共存共栄を目指す前向きのビジネス活動のなかから、東アジア企業と東アジア企業市民がつくる公共空間の広がりの鍵を見出すことができると考えている。東アジアの企業群による産業連携の追求という経済活動が先行し、政治が活発なビジネスの連携を追走するような形の展開に持っていくことが当面の目標であり、課題である。





