ガリレオ・ガリレイ(Galileo Galilei)

物理学
ピサの大聖堂で揺れるシャンデリア(一説には香炉の揺れ)を見て、
振り子の等時性(同じ長さの場合、大きく揺れているときも、
小さく揺れているときも、往復にかかる時間は同じ)を
発見したといわれている。ただしこれは後世に伝わる逸話で、
実際にどのような状況でこの法則を見つけたのかは不明である。
この法則を用いて晩年、振り子時計を考案したが、
実際には製作はしなかった。
ガリレオはまた、落体の法則を発見した。
この法則は主に2つからなる。1つは、物体が自由落下するときの時間は、
落下する物体の質量には依存しないということである。
2つめは、物体が落下するときに落ちる距離は、落下時間の2乗に
比例するというものである。この法則を証明するために、
ピサの斜塔の頂上から大小2種類の球を同時に落とし、
両者が同時に着地するのを見せた、とも言われている。
この有名な故事はガリレオの弟子ヴィンチェンツォ・ヴィヴィアーニ (Viviani) の
創作で、実際には行われていない、とする研究者も多い。
このエピソードに先立って既に「落下の法則」を発見していた
オランダ人のシモン・ステヴィンの実験と混同して
後世に伝えられる事になる。よって後述のアリストテレスの
理論を瓦解させたのはガリレオではなくステヴィンの功績となる。
実際にガリレオが行った実験は、斜めに置いたレールの上を、
重さが異なり大きさが同じ球を転がす実験である。
斜めに転がる物体であればゆっくりと落ちていくので、
これで重さによって落下速度が変わらないことを実証したのである。
この実験は、実際にもその様子を描いた絵画が残っている。
アリストテレスの自然哲学体系では、重いものほど
早く落下することになっていたため、ここでもアリストテレス派の
研究者と論争になった。ガリレオ自身は、たとえば、1個の物体を
落下させたときと、2個の物体をひもでつないだものを
落下させたときで、落下時間に差が生じるのか、というような反論を行っている。
科学革命
ガリレオは、ニコラウス・コペルニクス、ヨハネス・ケプラー、
アイザック・ニュートンと並び、科学革命の中心人物とされている。
読者に同一の実験を促して検証させることによって、
自説の正しさを証明するという手段をとった、
最初期の科学者である。ただし、そのような手段をとった
科学者はガリレオ以前にもイブン・アル・ハイサム(ラテン名アルハゼン)、
ウイリアム・ハーベー、ウィリアム・ギルバートなどがいる
(ハーベーやギルバートも科学革命を推し進めた人物とされている。
また、ガリレオは自著の中でたびたびギルバートに言及している)。
有名な失敗
- ケプラーの法則が発表されても「すべての天体は完全な円を描いて運動する」と主張し続け、「楕円運動などをするわけがない」というようなケプラーを暗に批判する文も書いている。その意味では、ガリレオはアリストテレス的な考えにまだ縛られていた時代の人物であった。ケプラーのルドルフ星表が発表され、楕円軌道に基づいて惑星の位置予報がされる時代になっても撤回しなかった。
- 地動説の証拠として潮汐をあげた。実際には、月と太陽の重力が原因であり、ガリレオの時代の科学ではまだ説明ができない現象であった。ガリレオ自身は潮汐こそが地動説の最も重要な証拠だと考えていたふしがあるが、この主張は当時分かっていた科学的事実にも整合せず、最初から誤っていたものであった。もしガリレオの説が正しければ、満潮は日に1度しか起きないはずであるが、実際には通常約2回起きる。ガリレオは2度あるように見えるのは、地形などがもたらすもので例外的なものだと主張した。
その他の主な業績
「小天秤」
- 幾何学的・軍事的コンパス
- 関数尺を改良したもので、さまざまな計算を行うことができた。また分度器の機能も持っており、天体の観測に使用できた。ガリレオはパドヴァ大学教授時代にこのコンパスを販売し、使い方を教えることで収入を得ていた。
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