
韓方エステでキレイを目指すソウル3日間
1組2名様ご招待!
官製はがきに 氏名(フリガナ)、郵便番号、住所、自宅電話番号、携帯番号、年齢、生年月日、職業明記
162−0056
東京戸新宿区若松町12−1 株式会社青春出版社 美人計画編集部 「韓国セレブ旅行」係
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TOP>1999年02月









ってそんな偉そうには言ってないが、挨拶しといた。
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ポルタインフォメーションスタッフ耳よりブログ
おねーさんたちも悲しかろう。


ポルタ
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みたいな。




この記事はブログルポの依頼により執筆しました。
世の中には、みっともないことがたくさんある。
例えば音楽の場合。
下手なのに、歌うのが上手だと自負している人の姿はみっともない。
かといって、下手なりに歌っている人を馬鹿にする人の姿も、みっともない。
音楽は、楽しめることが大事なのであって、
つまらない見栄やプライドを織り交ぜてしまうと、とても陳腐になものになってしまう。
「上手か下手かに執着する姿」は、みっともない。
他人が作った歌を、自分が作った歌だと偽って歌う姿はみっともない。
かといって、他人の歌を、別の誰かが作った歌の真似だと批判する姿も、みっともない。
歌は、心に響くことが大事なのであって、
その歌が誰が作ったものであるのかは、根本的に重要なことではない。
「所有者や独自性にこだわる姿」は、みっともない。
しかし、もともと音楽の嗜み方にルールはない。
人それぞれの嗜み方があって良いのであって、
他人の嗜み方に「みっともない」とケチをつけることは、見苦しく、さらにみっともない。
それゆえ、ここで述べたような「みっともないこと」は、
暗黙のうちにそれとなく伝えられることはあっても、はっきりと口外されることは滅多にないのである。
雨が強くなってきたので


と思ったら


レイニーデイ・ファン
傘をさして踊るダンサーがとってもかわいい
と意見一致

うれしい〜
続きはこちら

美味しんぼ塾ストーリーブログ
で確認。
鯨を食べるなんて野蛮だというジェフに
と思ったのを思い出す。



と思った。BUMP OF CHICKENの『車輪の唄』。
これほど情景が目に浮かぶ歌を、僕は、まだ他に知りません。
早朝、徐々に明るさを増してゆく星空。
生命が活動を始める直前。
世界が光に包まれる一歩手前。
自転車を漕いで、坂道を少しずつ上っていくと、
そこに広がっていたのは、視界いっぱいの真っ赤な朝焼けだった。
・・・こんなふうに文章で書いてみても、文字は無機質だから、
朝の空気の澄んだ感じとか、
自転車のペダルを交互に踏む躍動感とか、
太陽から光が降り注いでくる感じとか、
・・・やはり、うまく伝えることができません。
こうして説明するだけが、どうしても限度です。
でも、音楽は、その感じを直接的に伝えることができる。
『車輪の唄』
を聴いていると特に、そう感じます。
聴いているというより、まるで光景を見せられているようです。
もう、ずいぶん前から僕はこの歌が好きなんですが、
どこをどう感じて好きなのか、うまく説明する言葉が見つからないまま、
ずっと紹介できずにいました。
結局、紹介らしい紹介は全然できませんでしたが、
・・・なんというか、光景が目に浮かぶ叙事詩のような歌です。
『車輪の唄』
に限らず、BUMP OF CHICKENの歌は、
世界の一部を切り取ってきて、それを歌い上げたようなものが多いです。
人生は、ツギハギだらけだ。
どうしていいのか、わからない。
今日も、僕は、一日を無駄にしてしまった。
・・・と言っても、やるべきこと自体はちゃんとわかっている。
わからないのは、「それをやるにはどうしたらいいか」ということなんだ。
今、こうしている間にも、僕の頭の中では、
まったく関係のない音楽が聞こえている。
この煩雑な心をなんとかしたい。
この心さえ無ければ、
ぜんまい仕掛けのロボットのように、やるべきことを淡々とこなしていけただろうに。
「僕の心が弱いからいけないんだ」
何度も、そう思ったよ。
「心が弱いとか言ってないで、とにかく行動してみるのが大事」
それも、よく思った。
がむしゃらに行動してみたことも何回かある。
でも、がむしゃらに行動しても、結局、余分に疲れただけだった。
僕は、自己否定が過ぎるのだろうか?
「弱い部分も含めて、まず自分を肯定していこう」
・・・でもね、
今、自分を肯定できずにいる僕にとって、
それでも無理に自分を肯定しようとすることは、
むしろ、最大の自己否定になるんだ。
今、僕が自己否定している。
そうしている自分を肯定する、ということは、
自己否定していることを含めて良しとする、ということだ。
人生は、ツギハギだらけだ。
こんなことを考えている場合ではなかった。
ごはんを食べなきゃ。
睡眠をとらなきゃ。
生きていかなきゃ。
でも、僕はどうすればいいんだろう?
今まで僕が出会ってきた人たちが、
たまたま、いい人たちだったのかもしれない。
もっと単純に言えば、単に僕の運が良かっただけなのかもしれない。
そもそも、日本に生まれた時点で、少なくとも経済的には恵まれていた。
だから、その分を差し引いて考えなければいけないのだろうけど、
それにしても、僕は今、心から、
「人間って素晴らしい」
と思う。
先月、アルバイトを辞めた。
その最後の日に、職場の人たち(アルバイトの先輩)と居酒屋に行った。
僕が、その席で、
感謝の気持ちと申し訳ない気持ち、それからまた機会があれば会って(成長した自分を見て)もらえたら嬉しい、という話をしていたら、
意外な反応が返ってきた。
「また会えたらもちろん嬉しいけど、まこっちゃ君の人生にとってそれは大して重要なことじゃなくて、いよいよこれから本当にまこっちゃ君の人生が始まるんだと思う。これからいろいろ大変なことが待ち受けてると思うけど、ここで働いたことが少しでもまこっちゃ君の自信になってくれたら、それが僕たちにとってはすごく嬉しいことなんだ。」
その言葉には、仕事も人間関係もなかった。
ただ、僕のこれからの人生のためだけにくれた言葉だった。
自分でもよくわからないまま、泣かされてしまった。
泣いてしまうほどつらい思いをしながら働いていたわけじゃなくて、
本当に、みな親切で、働き甲斐があって、いい職場だったのに。
真剣に悩みながら僕に仕事を教えてくれた人。
なかなか溶け込めずにいた僕を引き込んでくれた人。
僕のくだらないノリにも付き合ってくれた人。
ミスをして落ち込んでいた時、前向きな励ましとフォローをしてくれた人。
僕の欠点をきちんと指摘してくれて、僕のスキルアップを後押ししてくれた人。
僕が恵まれた環境にいたことを差し引いてでも、これだけは言いたい。
人間って素晴らしい。
悪い人間のほうがニュースになるし目立ってしまうけど、
無償の愛は、何も聖書の中ではなく、日常生活の中にたくさん転がっている。
今日も、人知れず放たれた無数の小さな無償の愛が、
この世界に満ち溢れている。
感謝してもしきれない。
いつか僕も、せめて今までに受けてきた愛と同じだけの愛を、
この世界に返していきたい。
本当にありがとう。
これからも精一杯、楽しみながら生きるつもりです。