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2012年05月17日

[読書ノート]高峰秀子との仕事〈2〉


副題:忘れられないインタビュー

著者:斎藤 明美  出版社:新潮社  2011年4月刊  //\/i/i1,470(税込)  252P


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4月30日の読書ノート『高峰秀子の捨てられない荷物』を取りあげたあと、ジュンク堂で3月24日に収録された斎藤明美氏の講演ビデオをYouTube で見た。(http://www.youtube.com/watch?v=AaZHJo-qF4M 参照)


自らの立場を「私は高峰秀子の番犬のようなもの」と譬え、高峰秀子を取材し続けたライターとして、また養女として、高峰秀子の思い出を語っていた。斎藤氏の語る高峰秀子のすばらしさ、斎藤氏が高峰秀子に受けた恩義の大きさが聴衆の心に残る内容だった。


一人の取材記者だった斎藤氏が、高峰秀子と仕事を重ねるうちに距離を縮めていった。その様子をもっと知りたいと思い、本書を手にした。




女優業を早々と55歳で引退した高峰秀子は、執筆業も徐々に減らしていき、70歳を超えたあたりから、編集者からの依頼をほとんど断るようになったという。


高峰秀子と親しいことが知られていた斎藤氏の元にも、秀子に原稿依頼したいので、取りついでもらえないかという相談が何件も寄せられたが、斎藤氏は断り続けた。

女優業も執筆業もやめて、ようやく念願の静かな生活を手に入れた“老母”をそっとしておいてやりたい。

と思ったからだ。


しかし、一方で、高峰秀子にインタビューや寄稿をどうしても依頼したくなる編集者として自分が鎌首をもたげることもあった。そんなとき、ジレンマを感じながらも、斎藤氏は意を決して高峰に原稿を依頼する。


本書には、こころよく「ご祝儀だよ」と原稿を書いてくれたり、根負けして「何が聞きたいの」とインタビューに応じてくれた高峰秀子との仕事がいくつも登場する。


なかでも、高峰が細部まで心配りしてくれたのが、前回取りあげた『高峰秀子の捨てられない荷物』を世に送りだすことだった。


インタビューの場所代が会社持ちではなく、斎藤氏の自腹であることを知ると、高峰は、安価に利用できる会議室を紹介する。


巻末に一文書いてもらいたい、との依頼に、一度は「書きませんね」と拒絶するが、斎藤氏の原稿完成に合わせて「ひと言」をプレゼントする。


本の装丁を相談されると、デザイナーとの打ち合せにまで出席して、自分のイメージを伝え、しおり紐の色まで提案する。


そもそも、『高峰秀子の捨てられない荷物』というタイトルも高峰の命名だったのだ。


出版後の広告にも気を使い、映画関係者ではなく、作家の出久根達郎に書評を書いてもらうことを提案したりもした。実際に出久根の書評が「週刊文春」に載ると、自宅にお礼に伺うよう、斎藤に指示する。

「お礼に、出久根さんに焼酎を差し上げたいの。前にお目にかかった時、焼酎が好きだとおっしゃってたから。ちょうど珍しい焼酎が手に入ったのよ。あんたね、宅配便なんかで送るんじゃなく、あんたが直に出久根さんのお宅にお届けしなさい。前もってお電話して、奥様が家にいらっしゃる時間を伺いなさい。出久根さんにおうちにいていただくようなご迷惑をかけちゃいけませんよ、忙しい方なんだから。そしてお宅に行ったら、『焼酎は高峰から出久根さんに。これは私から奥様にです』と言って、お花を持って行きなさい。大げさでないお花がいいわ。そうねぇ、今ならスイートピーがいいと思う。可愛らしいし。そしてね、その時、決してお宅に上がり込んだりしちゃいけませんよ。玄関先で失礼しなさい。いいわね」


高峰の心配りは、ここまで行き届いたものだった。


ところで、3月14日の読書ノートで取りあげた『ポーカー・フェース』のなかに、沢木耕太郎は「挽歌、ひとつ」という高峰秀子の死を悼む一文を収録している。

沢木耕太郎も高峰秀子を高く評価する人物の一人だが、本書「高峰秀子との仕事」には、2002年に行われた沢木と高峰の長文の対談が(たぶん全文)載っており、二人が意気投合する様子が生き生きと再現されている。


印象的だったのが、「僕ね、人生の計画を立てたことが、まずないんです」という沢木に対し、高峰は30歳で結婚、60歳まで奥さん業を務め、60を過ぎたら読書三昧、という人生設計をたて、その通りに生きてきたこと。


どこにも出かけずに本を読む生活に満足し、「今が一番幸せですよ」という高峰は、サッカーW杯取材のため近くソウルへ行くという沢木を暖かく送りだして対談を終える。


いつしか、沢木は旅先から高峰に手紙を出すようになり、二人が交流を深めていくことが沢木の「挽歌、ひとつ」には書かれているが、そのきっかけともなったのは本書「高峰秀子との仕事」に収録された対談なのだろう。


直接会うのがまだ二度目だというのに、お互いに相手の著作や近況を熟知し、「理解」しあっていることが、言葉の端はしにあらわれている。



斎藤氏は、高峰秀子を「かあちゃん」と呼ぶほど親しいことを自著に書いたが、同業者や評論家からの風あたりはきつかった。


「書いた本人が登場するなんてあり得ない。読んでてウンザリする」

「高峰秀子を母親だと思うなんて図々しい」

などと言われることもあったそうだ。


半分めげながらも、斎藤氏は高峰とのエピソードを書きつづける。


斎藤氏は言う。

 高峰秀子は、身内びいきなどというつまらぬ動機で書かれるほど、凡庸な人物ではない。

 書かずにはいられないほど人を突き動かす、稀有な人だ。

 だから書いた。

「高峰で商売している」「死んでまで高峰で儲けようとする」……何と言われようと構わない。

 私はこれからも書く。

 何百回生まれ変わっても、決して二度とめぐり逢えない、高峰秀子という見事な人物のことを、書き続けたいと思う。


2冊シリーズの本書「高峰秀子との仕事」発刊は、高峰との最後の共同作業となった。

養子縁組を結び、斎藤氏が松山善三、高峰秀子夫妻の養女になったのも、本書の雑誌連載が終わろうとしているころだった。


まさか発刊までに高峰が亡くなってしまうなどと想像もせず、斎藤氏は病室のベッドにノートパソコンを持っていったそうだ。

編集者から送られてきた2冊の表紙カバー画像を見せたとき、高峰は「うん、うん」と大きく二度頷いてくれた。


斎藤氏は、「あとがき」に次のように記した。


  高峰秀子に出逢えた人生に感謝する。


《参考書籍》


斎藤明美著『高峰秀子との仕事〈1〉』


副題:初めての原稿依頼

著者:斎藤 明美  出版社:新潮社  2011年4月刊  //\/i/i1,575(税込)  300P

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2012年05月14日

★【Webook 2012.05.14】あなたが上司から求められているシンプルな50のこと ~ 濱田秀彦 + 所作

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  ジェイカレッジ74:
  高田靖久さん  「お客様はえこひいきしなさい!」
  http://kokucheese.com/event/index/34509/


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■■
■■   Webook of the Day      久々です・・・
□□□     http://webook.tv
■■   Shinnosuke Matsuyama
■■
------------------------------------------------------2012.05.14-----


   新人のうちから読んでおくべき良書! 1mmの差は5年後に・・


----------------------------------------------------------------------続きを読む

2012年05月11日

[読書ノート]脱会議


副題:今日からできる! 仕事革命

著者:横山 信弘  出版社:日経BP社  2012年4月刊  //\/i/i1,365(税込)  195P


脱会議 今日からできる! 仕事革命    ご購入は、こちらから


2005年に大橋禅太郎著『すごい会議』を読んだ。ヤフー!、アップル等で採用している革新的な会議方法を紹介していた。(2005年8月の読書ノート参照)

2008年に清宮普美代著『質問会議』を読んだ。キリンビールも採用したという、いっぷう変わった「質問と答えだけで進行していく会議」を提唱していた。(2008年12月の読書ノート参照)


どちらも画期的な会議の方法を教えてくれたが、本書に比べれば、まだまだ手ぬるい。


なにしろ、「脱会議」なのだ。

ムダな会議は、いくらやり方を工夫してもダメ! ともかく、会議を減らしてしまえ! という過激な主張を展開する、破壊的イノベーション? を提案している一書だ。




会議というものは、時間ばかり食って何も成果を上げないものが多い。だから、会議の「数」と「時間」と「参加者」の1/2にカットして、会議コストを90%削減しよう! というのが著者の横山氏の主張である。


会議はムダが多い、という横山氏の意見に異議のある人は少ないと思う。しかし、僕の思いうかべた会議のムダは、横山氏の経験に比べると、まだまだ甘かった。横山氏は強烈なムダ会議を山ほど目撃しているのだ。

特に、横山氏が「人生最悪の会議」と名づけた会議はひどい! こんな会議を経験した人は、たぶんいない、と思ってしまうくらいひどい!

どんな「ひどい」会議だったかというと……。


午後4時ころ、「すぐ終わるから」と上司が横山氏を会議室に連れ込んだ。

明日までに提案書を作らなくてはならないから、議論に加わってほしい。そう言い残して上司は別の会議へ行ってしまった。

分煙という考え方もない時代のこと。室内がタバコの煙で曇るなか、情報共有、意見交換、議論がはじまったのだが、会議参加者は顧客の声を直接きいたことがないようで、ああでもない、こうでもないと推測で発言している。


「だいたい、あの会社の部門長は何を考えているかわからない」などと、ボヤキや雑談に脱線し、30分経ってからやっと本題に戻るという繰り返しで、話が前に進まない。


4時間が経過し、夜8時ころに「オレにも、聞かせろ」と営業部長が顔を出した。

いままでの経緯を1時間かけて説明させたあと、「ま、一発、デカイ提案してくれや」と言い置いて部長は去っていく。


その後も議論がつづき、「もういい加減にしてくれ」と心の中で叫んでいたところ、夜10時半ころ、一杯ひっかけた部課長3人が「なーにやってんのぉ」と乱入してきた。好き勝手に発言されたあと、予想どおり、「あとはお前がみんなの意見を参考にして、うまくまとめてくれればいいから」と丸投げされ、ともかく夜中の12時すぎに会議は終わった。


これだけでも、そうとう「ひどい」会議だが、まだ続きがあった。

自分の席で資料を作りはじめたところ、8時間前に「すぐ終わるから」と会議室に横山氏を引き込んだ上司が、ほかの会議を終えてもどってきた。

「結局、どうなった?」と聞かれて、自分が1人で考えることになった、と報告すると、「そんなんじゃダメだろう!」とどなった。


そこから、また会議再開。横山氏と上司と、たまたま残っていた担当者を含めた3人の会議は、深夜0時半から2時間続いたそうだ。午前3時前に終了し、それから朝6時まで資料を作ったそうだが、結局、クオリティの低い「やっつけ仕事」になってしまった、とのこと。

人が入れ替わりやってきて、10時間も会議に拘束されれば、ろくな提案書ができないのは当たりまえだ。


いやはや、これは会議“地獄”だ。


この地獄を抜け出すには、「会議のやり方を改善する」なんて悠長なことを言っていてはいけない。

ともかく、会議をやめよう! どうしても必要なものだけ会議というスタイルを残し、それ以外は、いままで会議でやっていたことを、別のやり方に変えてしまおう。


これが「脱会議」である。


具体的に、どうやって会議を減らすのか、代りに何をすれば良いのか。

詳しくは本書を読んでいただくとして、やはり、脱会議の第一歩は、現在行われている会議をすべてリストアップすることから始まる、とのこと。


会議の名前、目的、頻度、参加人数を書きだしてみる。

重要度はあとで検討するとして、書きだした会議にかかる人件費を算出してみると、惰性でやっていた会議のコストの多さに驚くそうだ。


年間休日120日の会社で、平均年収600万円のメンバーが参加しているとすると、1人あたりのコストは、1分50円になる。10人で1時間の会議をすれば、3万円。この会議が月に2回の定例会だったら、1年間で24回となり、合計72万円のコストだ。


このほか、会議自体の人件費のほか、資料作りの時間と人件費、会議室の賃料、照明、空調費まで考えると、会議の総コストは単純人件費の約2倍になるそうだ。


「今日からできる!」を信じて、まずは読んでみよう。

本書を管理者が読めば、実際に会議を減らして業績が上がるに違いないし、会議を減らす権限のない担当者も、「この本に出てくるひどい実例に比べれば、まだ自分の職場はまともかもしれない」と、忍耐力が増す効果がある。きっと……。

2012年05月07日

[読書ノート]なぎさホテル


著者:伊集院 静  出版社:小学館  2011年7月刊  //\/i/i1,470(税込)  188P


なぎさホテル    ご購入は、こちらから


35万部を超えるベストセラーになっているエッセー『大人の流儀』の作者、伊集院静氏の自伝的エッセイである。


直木賞選考委員を務め、今や一流作家として認められている伊集院氏も、かつては無頼な日々を送っていた。

他人との折り合いに疲れ、家族とも離別し、30歳を前に都落ちを決める。東京を遠く離れるつもりだったが、ふとしたきっかけで逗子の海沿いのホテルに逗留しはじめ、7年あまり過ごした。


伊集院氏は、このホテルで小説を書きはじめ、作家生活のスタートを切る。夏目雅子との結婚を機に転居したあと、5年後にこのホテルは閉鎖された。


もう存在していない「なぎさホテル」を思い出すとき、伊集院氏は、

「私が作家として何らかの仕事を続けられて来たのは、あのホテルで

過ごした時間のお陰ではなかったか」

との感慨をおぼえる。


やさぐれていた自分を受け止め、見守ってくれたホテル関係者との交流に感謝しながら、伊集院氏は、今でも夢の中に生き続けているホテルでの出来事を回想する。




「なぎさホテル」は、皇室御用達の由緒正しいホテルという、格式高い一面を持つものの、観光客の少なくなる冬場には、客足がほとんどなくなってしまうホテルだった。


1泊3千円という安価な部屋に逗留することにした伊集院氏だが、ともかく金のない彼は、部屋代もまともに払えなかった。

なぜか彼を気に入ってくれたI支配人は、出世払いで結構です、と猶予してくれ、彼が旅に出るときには費用を貸してくれるほど親切だった。


「なぎさホテル」に滞在している間に、伊集院氏は「私が一番本を読んだ時期」というほど読書にいそしんだ。

しかし、当時の読書日誌を読み返してみると、陳腐な内容ばかりとのこと。たくさん読み込んだことが小説家としての滋養になったとは限らない。「むしろ邪魔になっている気もする」とまで言っている。


ホテル滞在中の読書はともかく、ホテル滞在中に出会った人々の中には、いっぷう変わった人物も多く、初期の小説のヒントを与えてくれた。滞在中に書いた小説内のエピソードや主人公として、直接的に助力してくれた人々だ。


たとえば、第2章「ワンピースの女」でホテルの隣の住人として描かれた女性。

次の第3章「夜の海」で、伊集院氏が逗子駅近くのバーに入ったときのエピソードに登場する。


バーに入ったとたん、伊集院氏は、そこがただの酒場でないことに気づいた。店の奥には、二階へ続く階段が淡いピンクの照明に浮かんでいて、カウンターの中の女が、科(しな)をこしらえながら「二階で遊んで行く?」と誘う。

煙草をくゆらせるカウンターの女は、ホテルの隣の住人と瓜ふたつだった。女の誘いに乗らずに、数杯のウィスキーを飲んだだけで店を出ようとしたとき、釣り銭を出した女から香水が香り、鼻の奥に残った。


ホテルの隣の女性は、戦後この近くに別荘を持っていたGHQ将校の恋人だった、と噂で聞いた。将校が帰国したあとも、若かったころの恰好をして再会を待っているという。


伊集院氏は、彼女のことを『緑瞳の椅子』という小説に書いた。



小説を書きはじめたものの、海のものとも山のものとも分からない日々がつづき、伊集院氏は借金の旅にでかけた。


かつて「私が六本木でボディガードのような仕事をしている時に知り合った」という男から金を借り、画家のY氏から金を借り、借金というものの後味の悪さが身にしみる。

かつて横浜港の口入れ業をしていたころの思い出の地に立ち寄りながら、仲間たちがあぶく銭を酒や女で費やすなか、自分はギャンブルに走ったことを回想する。


何かあの頃の名残に触れたくて立ち寄った本牧には、当時の猥雑なおもかげは何も遺されておらず、「あのまま自分が、あの街に居残っていたら、私自身も消滅してしまったのでは、という恐怖感に襲われた」。


このとき感じた恐怖感は、やがてレクイエムに形を変え、20年後に『ごろごろ』という作品にまとめられる。



先の見通しのない、「ボウフラのようにふわやわと」した生活を送っている中でも、I支配人は「あせって仕事なんかしちゃいけません」と伊集院氏をなぐさめてくれた。

  「あなた、大丈夫だから」

  「何をやっても大丈夫。ほら、先日、居なくなった野良犬……」

  「あの犬、私とあなたにしか尾を振らなかったんですよ」

  「あなた何をやったって大丈夫。私にはわかるんです」

と。


伊集院氏には居心地の良い環境だったが、決して経営がうまく行っているわけではなく、ホテルは売却されることになる。


支配人に見送られてホテルを出てから、もう20年以上になる。十数年前に逗子を訪れたとき、ホテルのあとにファミレスが建ったことを知った。


やさしくしてくれた支配人や従業員もバラバラになってしまったが、「なぎさホテル」は、今でも伊集院氏の夢の中に生き続けている。

2012年05月05日

[献本御礼]ワンピースの言葉が教えてくれること


副題:ルフィと仲間たちに学ぶ「生き方」の教科書

著者:方喰正彰  出版社:あさ出版  2012年2月刊  //\/i/i1,365(税込)  263P


ワンピースの言葉が教えてくれること (ルフィと仲間たちに学ぶ「生き方」の教科書)    ご購入は、こちらから


出版社さん、編集者さん、著者さんから書籍をお送りいただく機会が増えましたが、せっかくお送りいただいても、僕の読書スピードが追いつかず、レビューしきれません。

せめて、書名と内容の概略を紹介させていただきます。




本書の内容

【担当編集者のコメント】

国民的漫画『ONE PIECE』には、私たちが生きていく上で大切にしたいヒントが詰まっていました。ワンピースファンはもちろん、ワンピースをよく知らない方も、ぜひ1度、手に取ってみていただけたら、嬉しいです。背中を押してくれる名言が満載です。

豪華な“秘宝”が当たるキャンペーンも実施中! ぜひこちらもご覧ください。

http://op2012.imagination-power.asia/


【著者からのコメント】

 名言は、それそのもので力を持つ言葉です。

 ですから、『ONE PIECE』の言葉は、『ONE PIECE』をふだん読んでいる方はもちろん、「あまり知らない」、「読んだことがない」という方にも、さらには、マンガやアニメに興味がないという方にも、伝わるものがあるはずです。

 本書では、普遍の原理が詰まった『ONE PIECE』という名作から、私たちに力を与えてくれる言葉を選び、その意味するところを掘り下げてみました。そして、私たちがこの社会のなかで生きていくためのヒントを、一緒に考えてみたいと思います。

  1. 夢をかなえるためのヒント
  2. 仲間をつくるためのヒント
  3. 強くなるためのヒント
  4. 苦しいときを乗り越えるためのヒント
  5. 自分らしく生きるためのヒント

 この五つのテーマについて、キャラクターを限定せず、善と悪とを区別せず、言葉そのものが持つ魅力を取り上げ、その意味を見つめてみました。

 皆さまが「人生における大切な何か」に気づくきっかけとして、「生きる力」をみなぎらせるきっかけとして、そして「生き方の教科書」として、お読みいただければ嬉しく思います。


【著者はこんな人】

方喰正彰(かたばみ・まさあき)

Imagination Creative代表。国内外に、漫画家、イラストレーターを中心とするネットワークを構築し、マネジメントを手がける。マンガ雑誌などへ、マンガやイラスト&キャラクターを提供するだけでなく、それ以外の媒体での、マンガやイラストの活用、ニーズの開拓、新サービスの創出にも注力している。キャラクターやコンテンツの企画から、ストーリー展開におけるシナリオ制作まで、総合的なクリエイティブ・ワークを可能とする体制を構築し、あらゆるジャンルのマンガ、イラストのニーズに対応できると、クライアントからの信頼は厚い。

●公式サイト用アドレス

http://op2012.imagination-power.asia/


(以上、版元サイトの該当ページより引用)

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